自由法曹団通信:1303号        

<<目次へ 団通信1303号(3月21日)



木山  潔 シャープ福山工場における派遣社員の期間中解雇事件の勝利的解決について
宮本 平一 京都支部・派遣切り問題ローラー作戦展開中
村井 豊明 京都府労働委員会の労働者委員に京都総評から一名任命される
池上  忍 中国ブロック交流集会(仁比聡平参議院議員と語る会)@広島
田中 庸雄 「大都会広島での意見交流会・懇談会に参加して」
則武  透 盛況だった団中国地方ブロック交流会
内山 新吾 団員になりそうな私と、ブロック交流会
枝川 充志 二・二八シンポジウム「国際水準からみた日本の人権」報告
石川 元也 韓国の刑事司法改革の前進に学ぶ
日弁連、刑法通信、NO、一一一を読もう
松島  暁 チヤホヤされる日本 ―クリントンは何のために来日したのか
中野 直樹 ちょっぴり荷を背負って五月集会へ(その一)
後藤 富士子 「わが子と生きる権利」を闘おう
守川 幸男 東京都安全・安心条例「改正」を斬る



シャープ福山工場における派遣社員の

期間中解雇事件の勝利的解決について

広島支部  木 山   潔


 シャープは、八五年に立地した福山工場で半導体等を生産する工場で、〇六年一二月から派遣労働者を採用しはじめた。〇八年一一月時点では、派遣元三社合計三〇〇人ほどが働いていた。一日二交替、朝夕九時三〇分から九時四〇分までの一二時間一〇分の拘束で、時給は一時間一四〇〇円であった。

 当初は、派遣期間は一年であった。〇八年五月からは、契約期間は半年に短縮された。派遣社員の中には、一〇人に一人くらいの割合でリーダー的な者をシャープが指名して、各派遣会社に準社員として一年契約で採用させていた者がいた。派遣労働者の構成は、福山近辺の若者が大半で、九州から求職してきた者も若干含まれていた。本年春までは、仕事量も多く残業や休日出勤もあった。

 ところが、シャープから派遣会社の担当者が一一月二日に呼び出しを受け、派遣契約の終了を通知されるとともに、派遣労働者全員一二月一五日をもって解雇することと、労働者に個々的に通知するように指導があった。これを受けて、各社はただちに更に解雇予告通知を電話で行い、個々面談で解雇通知の手交と、その通知受領の書面への署名、捺印をさせた。

 その際、他における就職の斡旋はなく、「遠方しかないので、行けませんよね」といったアリバイ作り的な話があっただけであった。

 若者の労働者が議員や地域労組に相談をし、広島のマツダでの取り組みに刺激をうけ、地域労組に加入することとなった。携帯メールで連絡を取り合って、組合加入が呼びかけられ、期間中の解雇というひどい仕打ちに、多数が加入の意思を表し、一二月二五日労働組合結成をした。

 その後、自由法曹団に相談があり、組合員が三九名となったため、広島支部全体で取り組みをすることとなり(いすゞ弁護団長に連絡、訴訟資料を入手)、一月一〇日検討会を経て、法的手続きとしては仮処分申請をすることを決め、二月一一日の休日に七名の弁護士が報告書作成に参加し、準備を始めた。

 組合の団体交渉は、二週間に一度と少なく、遅々として進まなかったのであるが、二月二三日には仮処分申請書を完成させ、二月二五日に法的手続をとることを表明しながら団体交渉を行ったが決裂した。そのため、二月二七日に仮処分申請をすること、シャープ本社へも働きかけることを決定したところ、その深夜になり急遽、会社が組合の要求をほぼのむことを表明し、勝利的解決をすることとなった。内容については、期間満了までの賃金の支払いの他、更に、解決金を支払うこととするものであった。

 この取り組みの中で、「派遣」における他の問題が判明している。

(1)始業までと終業後の時間外労働につき、手当が支払われていない こと、

(2)化学薬品による皮膚炎の職業病の無視、

(3)寮費、物品の高価なことなどである。このうち職業病については、 会社も認め対応している。

 支援の輪は、地域では国鉄分割民営化の時以来の盛り上がりをみせた。本件については、労働者の団結、世論の後押し、法的手段の用意などが寄与したと思われる。

 しかし、二六〇名の労働者は救済を受けていない。



京都支部・派遣切り問題ローラー作戦展開中

京都支部  宮 本 平 一

一 団員は総出で現場主義で闘おう

 今、労働者を取り巻く状況は、労働問題に取り組んできた私たちにとっても、かって経験したこともない深刻かつ異常な事態として展開している。本年三月末の非正規(派遣、請負)労働者の解雇・雇止めは業界団体でも約四〇万人と推計し、しかもこの数は発表ごとに増加している。さらに正社員の解雇者数も一万人になると言われている。無論、これ以外に新規学卒の内定取り消しの問題も深刻である。企業に生殺与奪の権利を与えたかのごとき観のある派遣法、さらに労働基準法など何処吹く風かというがごとき労働契約の中途解除。ある者は住居を奪われ、さらにその日の食事も事欠く、無論一か月後の生活見込など立ちようがない。単身のみならず家族を抱える労働者の不安と苦悩は筆舌に尽くしがたいものである。全ての労働者が、労働法による権利保護を受け、生活の確保を図るべく、私も団弁護士の一員としてその役割を果たしたい。そのためには、想像を絶する各地の労働の現場に足を運ぶことが何よりも重要である。今、団員が総出で、団の総力をあげて、列島を吹き荒れる労働者の人権侵害に対して立ち向かうべき歴史におかれていることを痛感する。

二 現場主義を貫く京都支部の闘い・優れものリーフレット「事実、それは違法です!」

 この間京都支部は、京都府が南北に長い下、京都市内のみならず、南部地域や北部地域についても、現地での宣伝相談活動を展開している。去る二月二〇日には団員一六人が京都府北部の福知山市で、また二一日には舞鶴市で、地元地労協の労働者の協力も得て、派遣切り、解雇問題の宣伝を行った(この状況については、赤旗日曜版の記者も東京から取材に来て、三月一日付日曜版の記事となった)。ここでの宣伝の優れ物は、今年一月に支部が作成したリーフレット「事実、それは違法です!」であった(このリーフレットの案内は二月一一日付団通信一二九九号で毛利団員が紹介している。発注が相次いでおり増刷予定)。ともかく内容がわかりやすい、派遣切り問題のみならず、正社員のリストラ問題まで、さらにアンケートまでつき、すぐに団員に相談したくなるという、素晴らしい出来上がりのヒット作、自信作である。このリーフレットはコンパクトで、すぐに労働者や市民と語り合え、その場の労働相談にも利用できるものである。従って通常のチラシと異なり、市民の受け取り方も非常に良い。中には子供のため、知り合いのため、と言って受け取る人もある。ところで、派遣切り等の現状としては、京都府の北部の福知山地域でも、工場団地の労働者六〇〇〇人のうち、三月末には電子関係の下請け企業等の派遣切りと雇止め解雇が一割を超えると見込まれている。人口約八万人の小都市に与える深刻さは極めて重大である。いずれにしても、地方都市にまで派遣切り、雇止めの嵐が一歩遅れで吹き荒れており、団員は地方にも足を伸ばし、人権を守る砦を築いていく必要がある。

 なお、京都支部は、上記二月二一日と二二日の北部行動の外、京都自治労連との共同で、翌週の二月二五日と二六日にかけて、北部コースと南部コースの二班に分かれ、府内自治体への雇用問題のキャラバンを実施した。派遣切りをしている企業前やターミナルでの宣伝、さらに地元監督署との懇談、要請の活動を展開をした。

三 新人団員デビューする

 上記南部や北部地域での現場に訪いての宣伝、キャラバンについては、昨年一二月登録の六一期の吉本晴樹弁護士(北部の舞鶴地域で活動予定)も、マイクを握っての力強いデビューをしている。今後同弁護士には舞鶴の裁判所で提訴した労働事件にも取り組んでもらう予定であり、特に過疎地域の労働弁護士として期待大とするところである。団としても、人権救済活動の地方での取り組みを強化する視点で、過疎地域の団員の確保のためにさらに助力を願いたい。

四 日本海に波高し、憲法九条京都の会の全府活動の展開

 前記の京都支部の北部宣伝は、毎年二月に実施している団支部の北部地域交流会も兼ねるものである。この交流は、地元労働者と約一〇年前から、団活動を府下全域的に広げようと、北部地域に出向き、同地域の問題についての交流をすることを目的にしている(聞くところでは、地域の広がりを持つ他支部などで実施されているとのことである)。

 上記北部入りについては、二月二一日に、舞鶴市において、憲法九条を考える講演と交流のつどい、を実施した。歴史教育者協議会の委員長になられた山田朗明治大学教授により、「ソマリア問題や田母神問題から見えてくる自衛隊の危険な変貌」のテーマでの講演をして頂いた。表舞台に出されない自衛隊内のジレンマと精神的支柱の必要性、米国との集団自衛権を巡る動きや軍備の質の変化などについて、わかりやすい指摘がなされた。ところで舞鶴市は旧海軍、今海上自衛隊ということで、アフガンへの派遣も見られるところである。それだけに地元では、この集いのための実行委員会も結成され、多くの北部の市民の方々にご参加を頂いた。そして各地域の九条の会活動の交流、さらには憲法九条の京都の会(瀬戸内寂聴さんや鶴見俊輔さんらが代表世話人)の京都北部の広がりの課題についての提起がなされた。

 ところでこの度、北朝鮮の長距離弾道ミサイル「テポドン」の発射に対抗するため、海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦の日本海への派遣が防衛省方針として固められた(三月三日付京都新聞)。これが日米安保の下でのミサイル防衛(MD)計画によることは明らかで、今後の成り行きによっては、SM3搭載の佐世保基地所属のイージス艦「こんごう」や「ちょうかい」も日本海戦略に基づき、展開されるとのことである。

 この点については、上記山田先生の講演が印象的であった。現在自衛隊は、新型艦船への切り替え計画の中で、自衛力の範囲を明らかに超えると思われる自衛艦の大型化、又空母化した艦船の配備へと質的に変化しているとの指摘であった。ヘリ一〇機搭載可能の空母型の護衛艦(ひゅうが型、一三五〇〇トン)や輸送用上陸用のホバークラフトを搭載した「おおすみ」型輸送艦(八九〇〇トン)である。これが、日本海における限りなき軍拡への道となる危険性(日本に対抗しての中国や朝鮮の自衛名目での軍備強化)があるとの山田先生のご指摘で、情勢の問題点を十分に納得できた。真の平和の実現のためにも、東アジア連合の課題をさらに強く取り組まなければならない。



京都府労働委員会の労働者委員に京都総評から一名任命される

京都支部  村 井 豊 明

 二〇〇八年一〇月一〇日、第四一期京都府労働委員会の労働者委員に京都総評が推薦した吉岡勝氏(京都総評事務局次長・福祉保育労京都地本副委員長)が任命された。三二期(一九八九年)の委員任命以来、労働者委員五名は京都総評排除・連合京都独占の任命が続けられてきたが、実に一九年ぶりに京都総評から労働者委員が任命されたことになる。

 京都総評は三二期の労働者委員の任命は違法不当であるとして京都地裁に任命処分取消・損害賠償請求訴訟(第一次地労委訴訟)を提起して闘ったが(私も弁護団の一員として)、一九九一年一二月に三三期の任命(京都総評排除・連合京都独占の任命)がなされ、任命処分取消請求に関しては訴えの利益がなくなるという状況の下で、京都府との交渉を行った上で今後の公正な任命処分を期待して一九九二年四月に第一次地労委訴訟を取り下げた。

 しかしながら、三四期(一九九四年)以降も京都総評排除・連合京都独占の労働者委員任命が続けられた。京都総評や民主団体などは公正な任命処分を求めて運動を続けてきたが、是正されることはなかった。

 そこで、再び三九期(二〇〇四年)の京都総評排除・連合京都独占の労働者委員任命処分は違法不当であるとして京都地裁に任命処分取消・損害賠償請求訴訟(第二次地労委訴訟)を提起した。争点となった原告適格については、行政事件訴訟法が改正されて九条二項が追加されたことの意義、最高裁判決の到達点(第二次家永訴訟判決、東京一二チャンネル判決、小田急高架事件判決など)などに基づいて詳細な主張を行い、証拠として橋本博之教授(立教大学)の意見書(原告適格論)と大和田敢太教授(滋賀大学)の意見書(労働組合推薦制度の意義)なども提出した。また、任命処分の違法性(知事の裁量権に逸脱・濫用)に関しては、三二期から三九期まで八期連続で京都総評が排除されていることの異常性、メーデーの補助金など他の分野でも京都総評が差別されていること、昭和二四年七月二七日付労働省通牒第五四号は労働者委員任命に関して「委員の選考にあたっては系統別組合員数に比例させる」としていること意義、憲法一四条、二八条、ILO条約、国際人権規約、労働組合法に違反していることなどを主張立証した。

 しかしながら、二〇〇六年六月二〇日に言い渡された京都地裁判決は、原告適格に関しては原告らに「法律上の利益」はないとして任命処分取消請求を却下し、任命処分の違法性に関しては判断をせず、損害については「法律上保護された利益」がないとして損害賠償請求を棄却した。極めて形式論理に堕した不当判決であった。京都総評は直ちに大阪高裁に控訴した。

 ただし、この不当判決でも、三二期から三九期まで八期連続で京都総評が排除されていることの異常性は黙過できず、「全国の労働運動において、路線や運動方針をめぐり連合系と非連合系との対立が生じ、特に京都府内においては、連合京都と原告京都総評との各加盟労働組合の組合員数がほぼ拮抗している状況にあることにかんがみると、労働者委員が専ら連合京都の加盟労働組合が推薦した候補者の中から任命されるという事態が長期間にわたって継続すれば、偶然の結果によるものとはにわかには認めがたく、労働者委員の任命が公正公平に行われているかどうかについて疑念を生じかねないともいわざるをえない」と判示したのである。

 大阪高裁での審理中、二〇〇六年九月二二日に四〇期の任命(京都総評排除・連合京都独占の任命)がなされ、任命処分取消請求に関しては訴えの利益がなくなるという状況の下で、京都府との交渉を行った結果、京都府が設置する予定の京都府労働委員会検討懇話会に京都総評も参加できる見通しとなり、今後の公正な任命処分が期待できると判断して二〇〇六年一〇月五日に第二次地労委訴訟を取り下げた。

 そして、その後の京都府労働委員会検討懇話会での議論を経て、第四一期の労働者委員に京都総評から一名の委員が任命されることとなったのである。

 以上の経過をみるならば、第二次地労委訴訟を闘ったことが今回京都総評から労働者委員任命という成果を生む原動力となっている。

 労働委員会は、憲法・労働組合法に基づき、迅速的確に不当労働行為から労働者・労働組合を救済し、労働争議のあっせん、調停及び仲裁を行う機関であり、京都総評から労働者委員が任命されたことによって、今後労働委員会の機能が十分発揮されるよう期待するものである。



中国ブロック交流集会(仁比聡平参議院議員と語る会)@広島

広島支部  池 上   忍

 昨年一二月、仁比聡平参議院議員(共産党・団員)から、中国ブロックの団員とざっくばらんな話し合いを是非行いたいとの要請が突然広島支部にあった。このあたり、広島支部の活動が停滞していることが見透かされていたようで、断るわけにもいかず、早速、「自由法曹団中国ブロック交流会―仁比聡平参議院議員と語る会」を二〇〇九年二月一四日開催しようと決定、中国ブロックの全団員に参加を呼びかけた。

 どのくらい集まるか正直不安であったが、仁比議員の所属事務所(北九州第一法律事務所)の吉野高幸団員弁護士もわざわざご参加頂き、総勢二三名、上は一三期から下は六一期までと、なかなかそれなりの交流会を広島で持つことができた。

 当日は、午後三時から午後五時半までは仁比議員の報告とそれを踏まえた意見交換ということで、まずは仁比議員から、「構造改革や新自由主義政策が間違いであったことが明らかとなっているが、このことを真正面から国民に向かって論議している党はどこであるか」等々、昨今の全体の政治状況について、時々の政局やその動きを追いながら裏話も絡めて報告された。

 続いて、労働・雇用問題、暮らしの問題、平和・憲法の問題に、個別のテーマを移し、意見交換を行った。

 この中で、山口県の内山新吾団員から、山口のマツダ防府工場の派遣切りや雇い止め事案について、近々マツダに直用を求めて集団提訴をする予定であるとの勇ましい報告があった。これって、「『マツダのご当地の広島支部は、いったいぜんたい、何をしているのか?』と言うことなのかな?」と受け止めながら思いもかけない挑発を受け、奮い立つのを覚えたのは、まさに交流会ならではの成果と納得した。

 午後六時から午後八時三〇分までの懇親会は、若手の平田かおり団員(広島)から「もっと若手の団員に任せろ」といった威勢のいい発言が出るなど、ますますの盛り上がりとなった。

 そして、懇親会の大半を独演によって仕切られていた田中庸雄団員(島根県)から、事務所と住居を構えておられる隠岐の島が紹介されると、次回の開催は今年の七月に隠岐の島でという提案が誰からともなくなされ、あっという間に全員で確認された。

 仁比議員の現場に根ざした正確で豊富な情報とその鋭い分析に参加者が引っ張られながら多いに議論がなされ、石口俊一団員(広島)の、「例えば、広島県だけでなく山口県にまでまたがって強行されているマツダの派遣切りに対抗するためには、山口や広島など中国ブロックの団員の連携が大切だと改めて認識した。日頃から、一緒に闘っていきましょう」というまとめ的発言に皆が思わずうなずいたように、知的好奇心と活動への意欲を大いにかき立てられた交流会であった。

 なお、当日報告された広島のシャープ福山工場の派遣切り事案は、この度、金銭支払いによる解決をみた。この事件に私も関わったが、当事者は、二〇代三〇代のこれまで集まって議論をし、一定の結論を出すといった経験を殆どしてこなかった若い男女で、そのような三九名が、組合を作って、勉強しながら活動をし、成長し続けていく姿を見せてもらった。

 私達も負けずに、初心に返って、各支部、中国ブロック、さらにはできれば四国も巻き込み、皆が集まり、もっともっと議論をし、刺激をしあって機会を持ち続ける必要があると痛感した。



「大都会広島での意見交流会・懇談会に参加して」

島根県支部  田 中 庸 雄

 広島支部の佐々木猛也支部長より、自由法曹団中国ブロックの意見交流会・懇談会の通知を頂いて、同期の佐々木さんは元気に頑張っておられるのかなあとの気持から参加いたしました。

 ウグイスやキジの鳴き声で目を覚ます隠岐の島から広島市に行くと久しぶりに大都会に来た気分になりました。若い女性が群がって歩いている姿など永い間お目にかかっていなかったからです。

 交流会・懇談会では仁比議員の国会や地域での活動報告があり、各地域で派遣切りや解雇の実情とこれに対する闘いの報告がありました。

 今日の労働者は無権利状態にあり、御用化された労働組合は頼りにならず、法的救済と云っても「地位保全」「損害賠償請求」などは出来ても時間もかかる上、限界があって、日々の暮らしに追われる失業した労働者を救済するには余りにも力不足であることを痛感いたしました。

 こうした中でも、仁比議員をはじめ参加した団員の弁護士は、労働者の権利と暮らしを守るために法的な対応だけでなく組織化や地域住民との連携など法律家の枠をこえて、やれることは何でもやろうとの意気込みで話し合っておられました。

 私は、こうした自由法曹団の若き闘士の皆さんの話を聞いて、熱い血がよみがえる気持ちで参加してよかったと思いました。



盛況だった団中国地方ブロック交流会

岡山支部  則 武   透

 さる二月一四日、広島で団中国ブロック交流会が開催された。岡山に登録換えして一〇年になるが、中国ブロックで団員が一同に会する集会を開いたのは初めてのことである。当日は、鳥取を除く中国四県から、登録数年の若手団員も含め二〇名を越える団員が参加した。

 当日は、仁比参議院議員を講師に招いて、非正規雇用や平和改憲問題などについての最新の国会情勢の報告を受けた。マツダの派遣期間の脱法的延長の問題など、興味深くリアルな話であった。また、ソマリア沖の自衛隊派兵の問題では、仁比議員の報告に加え、この分野の第一人者である尾道の井上正信団員の鋭い分析もあり、高レベルの議論がなされた。その後、中国各地で取り組まれている非正規雇用問題の闘いの報告が、広島、山口、福山などからあった。どれも団員が中心となって闘いの先頭に立っているものであり、大変に励まされた。

 交流会の後の懇親会では、隠岐ひまわり公設事務所(島根県)の田中庸雄団員からの、次回は是非隠岐で交流会を開催したいとの提案で盛り上がり、早速、今年の七月に第二回の中国ブロック交流会を実施することが決まった。

 一〇年前に東京で団本部の事務局次長をしていた際には、地方からの発信が少ないことに不満を感じたこともあった。しかし、一〇年間岡山で活動をしてみて痛感したのは、地方の団員も時代の要請に応えて様々な困難な課題の取組をしているということである。しかし、残念なことに、あまりの忙しさにその貴重な経験を全国に発信する余裕がないだけなのである。

 その意味では、今回の中国ブロックの交流会の取組は、東京での常任幹事会に参加するのは大変だけれどもという中国地方の団員にとって貴重な経験交流であった。是非とも、この取組の継続を期待したい。



団員になりそうな私と、ブロック交流会

山口県支部  内 山 新 吾

 最近、うちの事務所が、急に「団の事務所」らしくなってきた。

 偽装請負、派遣切り、雇止め、整理解雇、そして、中国人実習生問題などが、次々に事務所に持ち込まれている。その中には、大企業(マツダ)相手の事件もある。さらに、岩国基地の爆音訴訟の提訴準備も重なった・・・。県弁会長だから、という理由で、かなり仕事を「パス」させてもらっていたが、そうもいかない。人手不足のため、団外の弁護士(入会したばかり)に一か八か声をかけて手伝ってもらうことにした解雇事件もある。たとえていうなら、これまで、白いユニホームを着て、帽子だけ赤いのをかぶっていたのが、人目をはばかることなく、まっ赤なユニホームを着てプレーするようになったみたい。入団一年半、まだ二〇代で「青い」はずの(当事務所の)横山選手は、いきなり一軍の四番で登場して、赤いバットをぶんぶん振り回している。(その姿が、テレビや新聞で報道されている。)正月や盆に、「事務所ニュース」で目にする、各地の「団の事務所」の姿が、いきなり目の前で展開し始めた・・・。

 そんな折、団の中国ブロック交流会に参加した。団が中国ブロックで集まるのは、本当に本当に久しぶり。

 これまで、中国地方の団員と接点がなかったわけではない。かつては、公選法事件、じん肺、そして、最近では、岩国基地訴訟の弁護団としてのつながりがある。それ以上に、中弁連の委員会や中弁大会といった弁護士会活動を通じて、顔なじみの団員は多い(そこで得た信頼感は大きい)。このため、少し前までは、中国地方のすべての団員の名前と顔がわかっていた。ところが、弁護士の数が急増し、新しい団員も増えて(かつ、私の記憶力も衰えて)、そうもいかなくなった。知らない団員のことが気になる。そして、何よりも、いま、「団の事務所」への脱皮を図らないといけない。何かヒントが欲しい。行ってみよう、忙しいけれど。そんな思いで、新幹線に乗って広島へ。

 会場にはいると、思ったよりも、参加者が多い。そして、いた、いた、初めての顔。まず、自己紹介では、広島の佐々木団員が、いきなり英語(オバマ流)で、あいさつをして、何が起こるかわからない、という不安と期待を与える。そして、ゲストである(福岡の)団員の仁比参院議員から、雇用・労働、憲法、社会保障の分野に関して、ホットな国会報告を受ける。その後、各地の活動紹介と議論。派遣切りの問題一つとっても、当然のことながら、県をこえた情報交換と経験交流の必要性を実感する。(広島の服部団員からは、交流会の後すぐ、参考資料が郵送されてきた。)改めて、「団員同士の」交流だけでなく、「団員としての」交流が大切なのだと思う。

 懇親会では、離島(隠岐)から大都会に出てきた田中団員の大きな声が響く。お会いする前は、収入が少なくて大変だろう、というくらいの印象しかなかった。しかし、それを吹き飛ばす大ベテランの豪快さ。各地の若手のスピーチからは、新鮮な意気込みが感じられる。彼ら(若手)だけで交流する機会があってもいいのでは、と思う。なお、永田町界隈では「イケメン」で鳴らしているらしい仁比さんのスピーチに、わかりやすさと迫力が増したのも、頼もしい。

 次回は、もっとたくさんの「古い顔」「新しい顔」が集まるといいな、と思う。事務所運営などの悩みも出し合えるといいな、と思う。そして、同時に、支部(山口県)自体の活性化が必要だと痛感する。

 話はそれるが、私は、日弁連の小規模弁護士会協議会の副議長を担当している。その議長は、釧路弁護士会の会長。私は、以前から、「山口は弁護士が広く分散していて大変」と訴えていたが、最近になって、釧路の管轄面積が、中国五県を合わせた面積を上回ることに、気づいた(子ども用に、居間に貼ったカレンダーの日本地図をながめていて、気づいた)。そうなんだ・・・。中国地方は、一つの弁護士会の面積規模。そう思えば、心の距離も近づいてくる。

 さて、この交流会から二週間後に、地元山口で、「派遣切り」にあったマツダの労働者の集会が開かれた。そこでの原告(予定)の労働者の発言が忘れられない。「人は宝、と言っていた会社が首を切るのか。守ってくれれば、労働でいくらでもお返しするのに・・・。」「きられた人はみんな、心に傷を持っていると思う」「現場の人はいい人ばかりなのに・・・怒りで手がふるえる」「(職場でたまたま)声をかけられなければ、確実にこの場所にいなかったと思う」「普通に寝て、普通に起きて・・・という生活をしてみたい」「申し訳ありませんけど、力を貸して下さい」・・・。(手垢のついた表現だけれど)情勢が団事務所を求めている。個々の事件の質と量が、これまでと違った集団的かつ広域的な対応を求めている。そんな感じがする。

 だから、ブロックの交流会は、水を飲むように、必要なのではないか、と思う。



二・二八シンポジウム「国際水準からみた日本の人権」報告

東京支部  枝 川 充 志

一 概要

 二〇〇九年二月二八日、東京にて、「国際水準からみた日本の人権」集会実行委員会の主催の下、「二・二八シンポジウム『国際水準からみた日本の人権』報告」が開催されました。他に「国際人権活動日本委員会」「自由法曹団」「治安維持法国賠同盟」「日本国民救援会」が呼びかけ団体として参加し、約一五〇名を超える方々が出席されました。

 このシンポジウムは、二〇〇八年一〇月に行われた「第五回自由権規約日本政府報告審査」の結果出された「総括所見」(concluding observation)について、その意義と、今後この総括所見をどのように活かすかを考え、話し合うことを目的として開催されたものです。 

二 総括所見の概要

 自由権規約は、締約国に条約上の義務の履行状況を自由権規約委員会に報告する手続である「国家報告制度」を義務づけています(規約四〇条一項)。規約委員会は、提出された政府報告書をNGO等の意見も聞きつつ審査した上で、上述の総括所見を出します。この所見は、序、評価すべき側面、主要な懸念項目と勧告から構成され、同時に次回の報告提出の日付が定められます。日本政府の第五回定期報告書の提出期限は二〇〇二年一〇月と定められていましたが、実際に日本政府が報告書を提出したのは四年も遅れた二〇〇六年一二月で、漸く今回の審査が実施されるに至ったのでした。

 今回の総括所見では、裁判官などに対する人権教育、選択議定書の批准問題、「公共の福祉」による人権の制限、女性に対する差別、取調べの可視化、拘禁・死刑制度、言論・表現の自由、外国人研修生、難民申請の問題等、様々な項目について日本政府の取り組みについて懸念が表明され、具体的な勧告がなされました。また次回の定期報告書の提出期限は「二〇一一年一〇月二九日」と定められました。

 シンポジウムでは、懸念が表明された各項目について、第三回(一九九三年)、第四回(一九九八年)、第五回の比較表が配布され、新たに勧告が表明されたものや、従来から何ら進展ないものまでわかりやく示されました。

三 シンポジウムの内容

 第一部では、「国連勧告の意義と国際人権の定着のためにいま何が必要か」とタイトルの下、パネルディスカッションが行われました。各パネラーとも総じて今回の勧告がNGOの声を反映し、具体的かつ明確ものであると評価していました。そして、日本政府に勧告の履行を迫ること、同時に国内にこの勧告を普及・定着させていくことが大切である旨の指摘がなされました。

 個人的に印象に残った各パネリストの発言要旨の一部を紹介します。

●新倉修氏(青山学院大学教授)

「人権に対する評価は、他の国より優れているとか劣っているとかの相対的な評価の問題ではなく、絶対的評価でなければならない。そもそも国家は人権を守るためにあるのである。規約委員会は「締約国は」として勧告を出しているが、政府を選んだのは国民である以上、『国民よ、しっかりしろ』というメッセージでもある」

●伊賀カズミ氏(国民救援会中央本部副会長)

「日本国内で学んで活かす努力が足りなかったことを強く感じるとともに、他方で勧告内容はこれまでの努力が花開いた結果となった。一番の問題は政府の答弁のいい加減さ、無責任さ。今回の勧告をありとあらゆる機会を通じて活用すること、勧告を意識的に利用することが大事。審査委員から、勧告に強制力はないが、勧告に命を吹き込むのはあなた方であると言われたが印象的だった」

●吉田好一氏(国連人権活動日本委員会代表委員)

「一九七九年の衆参両外務委員会で、社会権規約・自由権規約の批准に際し決議がなされ、『選択議定書の締結については、その運用状況を見守り、積極的に検討すること』との決議がなされているが、日本政府の態度は「真剣かつ慎重に検討」というものであり、三〇年前から後退している。政府の関係者は約二年で替わってしまう。国際的課題にきちんと対応していくためのメカニズムの構築が必要である」

 続いて行われた第二部では、日本政府の報告書へのカウンターレポート作成に関与されたNGOやシンポジウム参加者より意見表明がなされました。具体的には(1)裁判官の人権教育の重要性や、(2)今年夏に審査される女性差別撤廃条約第六回報告についての呼びかけ、(3)治安維持法犠牲者に国家賠償法を求める請願、(4)一九四九年から五一年にかけてなされたレッドパージについて名誉回復を求める呼びかけ、(5)過労死・過労自殺問題、(6)布川事件の再審開始に向けた戦い、(7)板橋高校卒業式事件の最高裁判決に向けた戦いの呼びかけ、(8)外国人研修生問題、(9)従軍慰安婦問題、(10)労働問題など、残念ながらここで紹介しつくせないほど多数の方々の、いわば"権利のための闘争"に向けた魂の叫びを耳にすることができました。

 他に、中部地方から参加された方が「これまであまり注目してこなかったが、総括所見の画期的な内容を知り、地域での運動に是非とも活かしていきたい」旨の発言をされていたのは印象に残りました。今回の総括所見は、これまでの活動をより活性化させるだけでなく、あらたな活動の萌芽になるものだと思わされました。

 最後に鈴木亜英・国際人権活動日本委員会委員長より、今後の「運動課題」が読み上げられ、勧告の履行、人権規約の定着、選択議定書の早期批准についての呼びかけが行われました。

四 最後に

 「国際人権法」というと、それがいかに重要であっても、言葉の問題等が障害となり、弁護士としてもつい手が伸ばしにくくなるのではないでしょうか。

 今回のシンポジウムに参加して、(1)各団体やNGOが自由権規約を活かし、かつ国際的な場を積極的に利用していること(利用せざるをえない程切迫しているというのが現実でしょう)、(2)自由権規約・総括所見は、裁判官や弁護士を含めた法律家以上に、人権課題に取り組む個人・団体の方々の中に地下水脈のように浸透していることが看取できた気がします。

 自由権規約というと何か遠い存在のような印象を持ちますが、今回のシンポジウムに参加し、いま一度、規約及び総括所見を読み返し、日々の人権を巡る諸課題に取り組んでいく必要があると思いました。



韓国の刑事司法改革の前進に学ぶ

日弁連、刑法通信、NO、一一一を読もう

大阪支部  石 川 元 也

 このほど、日弁連刑事法制委員会は、特集「韓国における刑事司法改革の実現と日本の現状」と題する刑法通信NO、一一一を発行した。

 これは、昨年八月の同委員会の夏期合宿の講演と討議を掲載したものである。

そのテーマは、本年五月実施の裁判員制度を前にして、様々な問題点が指摘されている状況に鑑み、一足先に陪審制度的な「国民参与裁判制度」を導入し、あわせて、刑事訴訟法の大改正に踏み切った韓国の刑事司法の改革とその運用を学び、日本の刑事司法の現状と対比して論議を深めようとするものであった。

李東熹韓国警察大学校教授をお呼びし、三井誠同志社大教授そして山下幸夫委員会事務局長代行らによる講演と報告のあと、質疑討論を行った。

 昨年(二〇〇八年)一月一日施行の刑事訴訟法の改正は、新設・修正条文が一三〇以上にものぼるような大改正であり、その眼目の一つは、捜査段階における弁護権の拡大にある。すなわち、捜査は任意捜査が原則であることを明文化し、取り調べの全録画と弁護人の立会権をみとめ、勾留審査の厳格化と起訴前保釈の導入など、画期的な改革を含むものである。

 同日施行の「国民参与裁判法」は、被告人の選択権を採用した。陪審員制で、現在は試験実施ということで、裁判官の関与なしに独自に評議を行うが、裁判官との協議や評議に法的拘束力を認めていないが、裁判官が評決と異なる判決をするときは、評決の結果を明らかにし異なる理由を説明しなければならないとしている。試験実施の五年の間に、憲法の改正(陪審制を規定する)を行った上、完全な陪審制に移行するというのである。

 まだ、参与裁判の数は、そう多くはないが、無罪や執行猶予判決など裁判官裁判に比べて、被告人に温情的であるという。国民の間に永年の圧政のもとでの反権力的な感覚が強いのかもしれないとも。

 討論の中での最大の関心事は、なぜこの改革が実現できたか、その原動力は何か、我が国の現状にひきかえて活発な論議であった。

 実は、この企画と当日の司会など、私が担当したのである。当面する裁判員裁判の問題点を追及するだけでなく、同じような法制であった(というより韓国が日本を追いかけていた)日本と韓国の間で、これだけの違いができたことの要因を突き止めたい、そして今後に活かしたいものだと思ったからである。

 この刑法通信には、「国民参与裁判法」の全文など貴重な資料も豊富に掲載されている。一〇〇〇部発行されて、各弁護士会や関係委員会さらに学会などでの論議に活用されることが期待されている。

 団員のみなさんにも、ぜひ目を通していただきたいと思う。

【日弁連刑事法制委員会事務局】

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チヤホヤされる日本
―クリントンは何のために来日したのか

東京支部  松 島   暁

 昨年の四人の日本人のノーベル賞受賞に続いて、去る二月には「おくりびと」と「つみきのいえ」がアカデミー賞でダブル受賞した。大統領選を制したオバマがホワイトハウスに初めて招いた外国首脳が麻生首相であり、クリントン国務長官が最初に訪問したのも、わが日本である。

 昨年あたりから、この国は、外国、特にアメリカからとても大事にされている、悪く言うと「チヤホヤ」されているように私には感じられる。

 クリントン国務長官が来日したのが二月一六日の深夜。一七日に麻生首相や中曽根外相、小沢民主党代表らと会談、一八日午前には離日している。

 会談や昼食・夕食会、外相との共同記者会見とともに、中曽根外相との間で、「在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定(通称:グアム協定)」に署名している。ところがこのグアム協定、前文と一一箇条の本文で構成されているのだが、異常な内容である。

 前文には、「二〇〇六年五月一日の日米安全保障協議委員会の会合において、関係閣僚が、安全保障協議委員会文書「再編の実施のための日米ロードマップ」において、「第三海兵機動展開部隊」が二〇一四年までに「グアムに移転することが記載されていることを再確認」し、「第三海兵機動展開部隊のグアムへの移転のための施設及び基盤の整備に係る費用の見積額一〇二億七〇〇〇万ドルのうち」、日本が「六九億九〇〇〇万ドルを提供することが記載されていることを再確認し」、第三海兵機動展開部隊の沖縄からグアムへの移転は、普天間飛行場の代替施設の具体的な進展と施設・基盤の整備に対する「日本国の資金面での貢献」にかかっていることを想起して(以下の一一箇条を)「協定した」とあり、それに続く協定文の内容は、ほとんどが日本が提供する資金の使い方に関するものである。

 何故、外国の軍隊を撤収させるために、その引っ越し費用を日本が負担する必要があるのかという根本的疑問はさておいて、さらには、そのために、約七〇億ドル(約七〇〇〇億円)、司法予算がだいたい三〇〇〇億円なので、その二年分超を出す必要があるのか、という問題も、取りあえずさておく。問題はその資金の出し方にある。

 海兵隊のグアム移転のための施設・設備の建設等に必要に応じて支払いを行うのではないらしい。かかった経費を支払うのではなく、予め、当面は二八億ドルを先渡し、渡された資金をアメリカが運用・管理するというものである。そうでなければ、生じた「利子」の使い方(四条)などを協定化する必要がない。日本が先渡しした資金を、アメリカは「合衆国財務省勘定」に繰り入れ、その下に日本国が提供する資金のための「小勘定」を開設・維持するとしている(七条)。

 海兵隊のグアム移転は二〇一四年とされるが、必ず移転されるわけではない。その間、日本が提供する資金のための「小勘定」のもとでの「財テク」が可能となる。

 クリントンは、「何のために来日したのか?」と問わざるをえない。

 膨大な貿易赤字を世界中から資金を呼び込むことで埋め合わせてきたのがアメリカだった。支出が収入を上回っていた赤字のアメリカにおいて、赤字を埋め合わせるために借り入れをする。この借入金利を上回るリターンを見込める投資先に再投資すれば、借金はチャラにできる。実体経済の赤字を放置したままにしておけば、財テク=マネーゲームに向かわざるをえなかった。その財テク・マネーゲームがサブプライム問題で崩壊した。

 そんなアメリカに、グアム移転費用の名目で二八億ドル、一年分の司法予算に匹敵する資金を先渡ししようというのだ。チヤホヤされた代償としては大きすぎるように思われる。

 グアム協定は、二月二四日に閣議決定のうえ、国会に提出された。早ければ三月二七日の外務委員会で審議される。



ちょっぴり荷を背負って五月集会へ(その一)

東京支部  中 野 直 樹

 また五月集会を想うころとなった。昨年出しそびれた原稿が引出しから出てきた。時は二〇〇八年五月、ところは岐阜・下呂温泉、ここから始まる。

一 五月集会、総会は一大イベントである

 団本部から次期開催場所の要請を受けた支部の団員と事務局員は、できるだけ温泉付きという会場探しから始まって一泊旅行が終わるまで約一年間にわたり、種々の準備に気が抜けない月日が続く。同期の仲松さんが全体会の司会をつとめ、大宴会の舞台では出し物「にわか」談義のおじさんに扮していた。岐阜支部の皆さんは、この取り組みで支部内の団結が深まり、支部活動の活性化に貴重な財産となったのではないでしょうか。

 本部執行部と事務局も、それぞれ二月と八月の事務局合宿から約三ヶ月をかけての準備となる。五月集会は多様化する団員・事務局の活動の分野別の経験交流の場、総会は一年の活動を集約し、次期の方針と執行部をつくりだす場で役割が異なるが、分科会にしろ、分散会にしろ、全体会にしろ、一つ一つの報告の感動力・感銘力とともに、議論のかみ合わせと流れが作れないと退屈する。ここが至極難しいところで、事務局次長・司会担当者をはじめとした準備責任者のプレッシャーとなり、気楽な参加となりえないところである。

二 プレ企画「団の基礎づくり、人づくりを考える」

 二〇〇二年三重五月集会で団の将来を考えるプレ企画を始めてから、二〇〇四年沖縄総会を除き、毎五月集会・総会の前日にプレ企画を開催してきている。今回で一二回めとなった。

 この企画は私も主催者の一人であるので、毎回、事前準備と当日の運営の責任の荷を背負っての参加となる。入団者の長期低迷の打開を出発としたが、現在は、事務所の基盤づくり、人づくり、そして団員過疎地域への事務所展開が関心事である。六〇期は現新合わせて団員の事務所に一一〇名を超える入所があり、現在までの入団は八〇名である。他方で三六期以降の団員がいない支部が鳥取、香川、五〇期以降の団員がいない支部が栃木、岡山、愛媛、宮崎、鹿児島と大きな空白の層をもつところも少なくない。

 事前アンケートで、全国に団員の法律事務所の開設が望まれると自覚されている空白地域がかなりあることもわかったし、既設の団員事務所の後継者問題に直面している地域も多い。支部での組織的討議を開始しているところはまだ少ないが、今回の会合では、近い将来に法人化して支所展開をすることを具体的に検討していると表明した事務所が五つを超えた。

 今回、基盤づくりの点で「出張相談アンケート」を実施した。一一二の回答があった(総合計六一九カ所)。最多順では、東京東部(三六カ所)、関西合同(三〇)三多摩(二七)、城北(二三)、東京(二〇)、きづがわ共同(二〇)、川崎(一八)、京都第一(一七)、京都(一六)、東葛(一六)・・・である。愛知が少ないのが気になった。労組五五カ所、業者・団体二一九カ所、議員二五一カ所、他九四カ所の内訳で、議員が一番多い。議員では東京東部の二五カ所がダントツである。北九州地区では、現在、議員の地元二〇数カ所に、月あたり四〇回くらい相談に出向いているそうである。ちなみに日本共産党の地方議員は都道府県議一〇〇名以上、市議一七〇〇名以上、町村議九〇〇名以上とのことであり、生活相談活動をされている議員・議員団で、地元で法律相談会を定期開催したいとの切実な要望をもっているところがないか、さらなる調査が必要ではないか。そんな要求が顕在化したら忙しくなるだけだとの気持ちも沸く。しかし、苦しんでいる人々がいるところに足を運び、権利救済の光を当てるというのは団の気風である。かつて、神奈川の増本一彦団員が、車に机と椅子と看板を積み込んで、連日、神奈川県北西部全域をまわって、地域の民主団体と連携して青空法律相談会を続けた歴史をうかがったことがある。私にはとても真似のできない武勇伝であるが、その心意気にはいたく感ずるものがあった。岐阜支部では、高山市での定例出張法律相談活動を支部全体で分担して続けているそうである。各支部で調査のうえ、空白を埋めていく計画をつくれればと思った。

 秋の総会は福島。同期の京都支部の浅野さんは、弁護士になってから団の五月集会・総会に参加しなかったのは一回だけという奇特な団員であるが、彼は必ず事前の山登りを楽しんでいる。

彼は、前と後ろに、安達太良山、磐梯山の二つを登ろうかという魅惑的な話をしていた。総会でプレ企画をやること自体が負担になってしまう。

三 地方自治分科会

 気楽な参加であったが、中身は深刻だ。構造「改革」の暴風雨が地方自治体と住民を翻弄している。二〇〇〇年時まで三二〇〇を超えていた地方自治体は、平成の大合併により一七八〇まで激減した。バブル期以降、膨大な大型公共事業が自治体に押しつけられ、そしていま、下水道事業や病院など本来不採算部門を含めた連結決算をとる財政健全化法による「破産」のおどしをかけられた地方自治体。指定管理者制度、PFI、地方独立行政法人、株式会社参入等の民営化の進行で、公共サービスの切り捨て、自治体職員の非専門化、力量低下と心の病増加、官製ワーキングプアーの創出・・。

 これに対する住民のたたかい、自治体労働者の権利闘争が実際の裁判事例を通して紹介された。市民オンブズマンの「公正な競争」による税金の無駄遣い減らしという切り口が、時には、地元業者の基盤を脅かし、労働者の賃金切り下げにもつながりかねないという側面もある。私も、居住する相模原市で、市民オンブズマン活動に取り組んでいるが、よかれと思ってやっていることが、自治体職員や業者などのなかに相当な怨嗟の声を生んでいることを感じている。適正なバランス基準というものはないであろうが、このような分科会に出て対極の立場で活動する団員の話を聴くことにより、物事を多角的総合的にみる目と頭を訓練することに役立つ。

 二日めの全体会まできっちり参加して、さて、いよいよ乗鞍岳の山頂からのスキー大滑走への旅立ちである。(次号へ続く)



「わが子と生きる権利」を闘おう

東京支部  後 藤 富 士 子

■ これまでも、夫婦が別居して子どもの親権争いになる事件を受任してきたが、この二年程、妻が夫に無断で子どもを連れて実家に帰ってしまったり、姿を隠してしまったりして、悲嘆にくれる夫(父)からの依頼が増えている。朝、何事も無く会話したのに、夜仕事から帰ってきたら「もぬけの殻」だったというのもある。こういう全く一方的な遁走を正当化する論理が「DV」や「モラハラ」だ。しかし、こういう「被害者」は、被害の生々しさなどなく、何ヶ月も前から遁走する計画を練っている。妻が管理していた夫の預金など財産を持ち出し、子どもの学校や健康保険など行政の保護を受け、弁護士がついて法的手続がとられる。

■ 殺人などの犯罪者でさえ、適正手続が保障され、裁判で有罪が確定するまで無罪推定を受けるというのに、「DV」や「モラハラ」では、「被害者」が有罪を宣告する。私は、学園紛争華やかなりし頃の大学生で、二年生のとき無期限バリスト(バリケード・ストライキ)を経験したが、過激派学生は、「革命か、反革命か」を一般学生に迫り、彼らと同調しないものを「右翼反動」と罵っていた。また、部落解放同盟の一部の勢力が自治体財政を食い物にして社会問題になったりしたが、そういう人たちに異を唱える教師がリンチを受ける事件もあった。そういう実際に起きた事象を経験した者にとって、妻たちの一方的遁走は既視感がある。

■ 私が黙視できないのは、夫婦間の紛争に子どもを巻き込んで憚らない妻の態度である。妻にとって「悪い夫」であったとしても、子どもの「良き父」であることは珍しくない。だから、かくも独善的な遁走劇を演じることができる妻が、子どもの幸福を考えているとは到底思えない。夫の財産を持ち出したり、残された夫の明日の生活にも困ることなどお構いなしなのは、ただただ「子どもが自分の方にいる」からである。つまり、子どもは、母親の生活のための「手段」「道具」にされている。それ故、子どもの意思を無視して、子どもの居場所も隠し、父子の交流を遮断する。

■ 従前、このようなケースで父が子との面会交流を求めても、「子の福祉」を楯にして認めない運用が裁判所を席巻していた感がある。子どもを自分の生活の手段や道具にする親の下で監護されることが「子の福祉」に適うはずがない。まして、突然、生活の場から父を消し去るなど、子に対する精神的虐待である。それにもかかわらず、「子の福祉」を錦の御旗にして「単独監護」を争う構図では、悲惨な結果がもたらされるだけである。このことは、父と母が入れ替わっても同じである。

そこで、むしろ子どもとの接触を不当に排除されている親の「わが子と生きる権利」を根拠にして、離婚紛争とは別に、慰謝料請求訴訟を提起することを提唱したい。「家族的生存権」を司法に認知させることなしに、誰も幸福にはなれないと思われる。

二〇〇九・三・六



東京都安全・安心条例「改正」を斬る

千葉支部 守 川 幸 男

一〇〇年一度の不況です。
ハケン切りに立ち向かう
多くのたたかい生まれてる
福祉切り捨て怒り沸き
政治とカネの追及も

これじゃ世の中どうなるか
政情不安おおこわい
そこでビラ貼りつかまえて
またまた安全・安心と
びっくり条例持ち出した

大道芸人めいわくと
応援東京かけつけて
ビラを配るはめいわくと
あらあら復活「自警団」
どこからともなく現れた

警察うしろでほくそえむ
うしろでだれかが見張ってる
これで安全・安心か
これじゃ危険で不安です
急いでひろく知らせよう

もりかわうらゝ