自由法曹団通信:1339号        

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田中  隆 政治改革をめぐる三つの共同から
出田 健一 東京地裁も、配転に至るNTT西日本の大掛かりな不当労働行為を断罪
枝川 充志 ソマリア沖への海上警備行動命令・発令から一年
後藤 富士子 「単独親権」制 と 児童虐待
――「子の福祉」はどこへ?



政治改革をめぐる三つの共同から

東京支部  田 中   隆

一 政治改革ふたたび

 衆院比例定数削減と国会改革が動き出している。政権交代を梃子に、政治改革の完遂をめざす策動と考えていい。

 いまなぜふたたび政治改革か、政治改革=小選挙区制の一五年とはなんだったのか、改革路線を断罪したはずの政権交代と改革完遂はどうかかわるか。はたまた、同時進行する改憲手続法の施行、ソマリア派兵を嚆矢とする海外派兵の新展開、監視カメラと予兆規制による警察権限の拡大、地方分権改革・公務員制度改革など、他の平面の問題とどう関係してくるか・・。

 投げかけられている問題は広範かつ大きい。

 本稿では、そうした課題をにらみながらいま進めている「三つの共同」を紹介し、協力をお願いする。

二 学習の友社・ブックレット

 定数削減と国会改革の意見書を発表したことがきっかけで、学習の友社からブックレットを出版することになった。第一部の概説と第二部のQ&A一〇問で構成し、題して「比例削減・国会改革 だれのため?なんのため?」。この構成とタイトルは有事法制以来の自由法曹団ブックレットの「定番」、逐条批判を加えて理論部分を拡充すると「すべて」になるのだが、この問題ではまだそこまで機が熟していない。

 わずか八〇頁のブックレットだが執筆者は実に多彩。田中隆、松井繁明、長澤彰、鷲見賢一郎ではあまり変わりばえしないが、杉本朗、馬屋原潔、伊須慎一郎、佐藤生、福山和人、小林善亮、山口真美と続くラインアップは、事務局長と新進気鋭の現・前事務次長である(執筆順。敬称略)。かなりの出版や意見書編集にたずさわったが、五支部・一一名という執筆陣ははじめてである。世代を超えた自由法曹団の新たな共同と言えようか。

 これだけの人数でありながら、原稿締め切り(三月一日)、編集会議後の補正稿締め切り(三月一〇日)を寸刻の遅れもなくやりきり、予定どおり三月一二日に出版社への出稿を終えた。弁護士にとって必ずしも専門分野とはいえない政治制度の問題に挑んだ、執筆陣の熱意のなせるわざである。

 このブックレット、後記のシンポジウムにあわせて四月一〇日には出版となる。一般市民の目線で考え、わかりやすく記述することを身上とした出版なので、ぜひご活用いただきたい。

三 「法と民主主義」二・三月合併号

 ブックレットよりひとあし先に出版されたのが、日民協機関誌「法と民主主義」二・三月合併号の特集「議会制民主主義とあるべき選挙制度」、すでに日民協会員には配布されている。分売もされるので、必要であれば日民協まで(一冊一、〇〇〇円+送料)。

 研究者・ジャーナリスト・法律家・運動家一〇名が共同した論稿集(法律家では坂本修団員と筆者が執筆)で、小澤隆一東京慈恵会医科大学教授が編集にあたっている。興味深いのは執筆者の年齢層、研究者がすべて筆者より年下なのに対し、ジャーナリストや運動家はいずれも年長で、最年長は紀平悌子さん(婦人有権者同盟会長)だろう。

 「多様な視角からの考察が必要かつ有益」(「特集にあたって」)との見地から、それぞれの論点・切り口から問題を「深掘り」した論稿を集めている。ブックレットが一般向けの「概説編」とすれば、こちらは専門的な視座で踏み込んだ「理論編」である。

 いささか気になったところを指摘しておく。研究者の論稿は政治システムをそれ自体として鋭く解明批判しているが、政治改革をグローバリゼーション・構造改革や自衛隊海外派兵との関連で把握する視座が希薄に思えてならない。そのためか、「リクルート事件の発覚が政治改革のはじまり」とする記述がなんども登場する。財界が国会改革を叫んだのは八〇年代後半からで、中選挙区制廃止を掲げた社会経済国民会議「議会政治の提言」が発表されたのは事件発覚の一か月前だった。リクルート事件と、政治改革を序曲とする国家改造とでは、経緯もスケールもまったく違うのである。

 このあたりの究明には、政治改革とわたりあい続けた自由法曹団が果たすべき理論的役割もあるのかもしれない。

四 四・一〇マスコミ・自由法曹団共同シンポジウム

 日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)・日本ジャーナリスト会議(JCJ)・マスコミ関連九条の会連絡会と、自由法曹団の四団体の共同も動きはじめた。労働組合と個人加盟の市民団体と九条の会という「同業異種」の三団体が、「異業」の自由法曹団とタッグを組むというめずらしい共同運動で、これまでも改憲手続法、海賊対処法と活動を積み上げてきている。

 今回の企画は、シンポジウム「だれのため なんのため 比例削減・国会改革」(四月一〇日午後一時三〇分 文京区民センター3A 参加費五〇〇円)。

 小澤隆一教授の基調講演「民主党の国会・政治改革の狙いと議会制民主主義」とパネルディスカッション「国会改革・比例削減問題を考える」の二部構成で、パネリストは、坂本修団員・高見勝利上智大学教授(憲法学「世界」二月号座談会参照)・丸山重威関東学院大学教授(ジャーナリズム論・元共同通信情報システム局長)。基調講演の総論をベースに、比例削減、国会改革、メディアの役割といった切り口から問題を考察するシンポになるはずである。

 会場では、この日出版となる自由法曹団・ブックレットと、小澤教授編集の「法と民主主義」特集号も販売する。これまでの検討と蓄積を集約しようという、まことに贅沢な企画でもある。

 司会・進行のプロはマスコミ界にことかかないはずなのに、どういうわけか実務を自由法曹団側が引き受けることが多く、今回も司会を山口真美団員が担当し、進行を筆者が担当する。

 積極的なご参加をお願いしたい。

五 二〇年のときを経て

 「寓話的に言えば、これは形をかえた『大統領制』にほかならない。大統領候補のかわりに政党をすえて、アメリカ式の『大統領選挙人』を選ぶかわりに国会議員を選ぶ。その国会議員は、政党の決定に従って大統領ならぬ内閣総理大臣を選出し、これで本来の役割は終る。そして、大統領と別の方式で選出された議会を持つアメリカと違って、『首相選挙人団』でしかない国会に、内閣へのコントロール機能など期待できようもない・・」

 これは、政治改革についての自由法曹団第一意見書「小選挙区・政党法を斬る」(九〇年九月発表)の一節、この意見書が、筆者が取りまとめた「自由法曹団意見書第一号」でもあった。比例削減と国会改革が生み出す政治像にもそのまま妥当する論評のはずである。

 あれから二〇年、政治改革の「哲学」と「論理」はかわるところはない。そのことは、小沢一郎「日本改造計画」(九三年五月 講談社)と菅直人「大臣(増補版)」(〇九年二月 岩波新書)の「政治モデル」の同質性からも読みとくことができる。

 だが、かわっているものがある。

 あのときアプリオリに「正義」だった「改革」が、二〇年の間に生み出した凄惨な現実は、いまも厳然と存在して「改革」を告発し続けている。そして、あるいは自由法曹団のなかで世代を超えて、あるいは研究者・ジャーナリスト・法律家・運動家の理論作業で、あるいはマスコミ三団体と自由法曹団の共闘で、あのときにはなかった共同が豊かに生み出されている。

 これが、二〇年のときを経てふたたび政治改革と対峙する「前線」と考えていいだろう。

(二〇一〇年 三月一五日脱稿)



東京地裁も、配転に至るNTT西日本の大掛かりな不当労働行為を断罪

大坂支部  出 田 健 一

 持株会社主導の、東西NTTの一一万人リストラの脅しの手段であった遠隔地配転につき、各地で裁判闘争が行われる中、大阪高裁は昨年一月、一七名の名古屋への配転(名古屋配転)の業務上の必要性を否定して全員に総額九〇〇万円の慰謝料を認め、最高裁でも勝利しました(団通信一二九九号、一三三四号で既報)。また、大阪では配転訴訟に先行して「労働委員会闘争を基軸にしたたたかい」に取り組み、二〇〇八年、格調高い中労委命令を獲得しました(団通信一二九三号で既報)。その中労委命令の取消訴訟で、本年二月二五日、東京地裁は請求棄却の勝利判決を言い渡したので報告します。

 中労委命令は、NTT西日本が、(1)「NTTグループ三か年経営計画(二〇〇一〜二〇〇三年度)」に基づく構造改革に伴う退職・再雇用制度の導入等に関する二〇〇一年五月以降の通信労組との団体交渉において、同労組に対する提案並びに同労組の求める資料の提示及び説明において合理的な理由がないにもかかわらず多数派のNTT労働組合と比べて取扱いに差異を設け、団体交渉期日の設定及び団体交渉における説明・協議において誠実性を欠く対応をし、NTT労働組合と合意するや否や、上記退職・再雇用制度の導入に伴う意向確認という名の退職勧奨を通信労組との誠実な協議を行わずに一二月から実施に移したこと、(2)意向確認手続が終了して、配転対象者となりうる「六〇歳満了型」労働者の約七割が通信労組組合員であることが判明した翌年二月に、通信労組が申し入れた組合員の勤務地等に関する団体交渉において、本人の希望を尊重した配置を行うなどの配転の実施方針に関する団体交渉に応じなかったことは、労働組合法第七条第二号に該当する不当労働行為であると認めていました。

 中労委命令と同じく、東京地裁も、複数組合間において差別的な取扱いは許されず、使用者は中立的態度を保持すべきであるとし、NTT西日本がこれに違反したと判断しましたが、その理論的根拠が昭和六〇年四月二三日・日産自動車事件最高裁判決であることを明示しました。この点は組合側も会社も一致して主張していましたが、東京地裁が明示したことにより、最高裁でもわれわれが勝利しうる理論的可能性を示唆していると考えます。

 そして、NTT労組との経営協議会において提示した資料や説明内容が、その後の同労組との団体交渉における会社の説明や協議の基礎となっているとして、通信労組との団体交渉における使用者の実質的な平等取扱いを確保する観点から、必要な限りで通信労組に同様の資料の提示や説明を行う必要があることを判示しました。

 この部分は、経営協議会を利用した複数組合間差別としておそらく初の司法判断と考えられます。

 東京地裁判決には二、三の点で中労委命令に反した判断をした箇所があります。しかし重要なことは、中労委命令が不誠実な交渉態度であると判断した会社の一年近くにわたる数々の不当な対応について、個別に不当労働行為該当性を認めたものではなく、本件退職・再雇用制度導入団交における一連一体の行為としてその不当労働行為該当性を認め、これを特定したのが前述の(1)の命令主文であると指摘したことです。

 つまり、会社には交渉の始まりから意向確認手続という退職勧奨まで、それが終了して(2)の配転事前団交拒否まで、一貫して、NTT労組との間で通信労組に対する差別的取扱いがあった、と述べているのです。

 そして、われわれが「中核的不当労働行為」と表現した意向確認強行の不誠実性と、その後の配転の基本事項に関する事前団交義務については、中労委命令を越えたかのような指摘が見られます。

 前者については、「NTT労組と合意した本件意向確認の実施方法及びスケジュールを既定路線として、参加人(通信労組)の要求等を顧慮せずに、押し進めたものと評価できる。・・・・・少数派労働組合をないがしろにしてよいという理由にはならず、複数組合が併存する場合の中立的態度の保持の観点に照らすと、参加人に対しても、NTT労組との対比において、相応の時期に、本件意向確認の実施方法及びスケジュールを提案し、これらについて参加人が求める団体交渉の場で説明、協議を行うべきであったというべきである」と判示しました。

 後者については、「配転は、社員の配置の変更であって、職務内容や勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものであり、労働者の労働条件や生活環境に多大な影響を与えるものである。配転は、業務上の必要性があって行われるものであるが、使用者は、業務上の必要性を考慮するだけでなく、労働者の職業上、生活上の不利益にも配慮して労働者の配転を行わなければならないことからすると、特に本件退職・再雇用制度のように大規模な配転を行うことを予定している場合には、組合員の労働条件を守る立場にある参加人にとって配転がどのような方針で行われるのかは、正に組合員の労働条件に関する事項として、原告に対して確認し、協議していくべき事項であるといえる。」等と判示しました。なお、この点も、昭和四八年一二月一日三晃社事件大阪地裁決定を除けば、東亜ペイント事件最高裁判決以後、初の司法判断ではないかと考えます。

 さて、ここまで認定するなら組合破壊の支配介入の不当労働行為だと断定してもらいたいものですが、残念ながらそれはありませんでした。

 しかし、第一に、中労委命令主文の「本件退職・再雇用制度導入団交における一連一体の行為としての不当労働行為該当性の認定」と併せ考えると、命令も判決もわれわれの主張、すなわち、「一一万人リストラは本件不当労働行為を必然的な手段としていた」との主張に相似します。

 つまり、NTTの一一万人リストラは違法な五〇歳定年制と大幅賃金切り下げを狙いとするから、国鉄型の新法や会社分割法制によることができず、労働協約・就業規則の不利益変更にもよることができず、大量の中高年労働者の「同意」を取り付けるという古い手法による外ありませんでした(なお、最近のNTT東日本―北海道の契約社員の派遣社員化と併せ考えると、私は、一一万人リストラの手法は、一九八五年の労働者派遣法制定時にわれわれが強く反対し、同法三二条に修正された、「業として行わない労働者派遣」の手口ではないかと思い始めました)。しかし、自由な意思なら労働者は「同意」しません。それを克服するために会社は、秘密裡の経営協議会等を利用して日本最大の単組であろうNTT労組中枢幹部の積極的な協力をえて、具体的労働条件についてNTT労組全体が九月の大会を経て一一月に会社と最終合意するまで、最大の反対派である通信労組との団交を拒否し無視・差別して情報を与えませんでした。そして、NTT労組と合意したとたんに通信労組組合員に直接働きかけて「同意」を取り付け、それでも同意しない残留組の配転について団交拒否をして配転に応じさせようとする、組合破壊の支配介入を働いたのです。その後の配転につながる約一年間の大掛かりな不当労働行為を、支配介入という用語だけは使わないものの、中労委も東京地裁も事実と「ストーリー」を以って正確に把握したと評価できます。

 第二に、それは同時に、六〇歳満了型労働者の中の「多数派」(約七割)である通信労組組合員に対する配転自身の不当労働行為性をも示しています。それが大阪高裁で一七名の配転の業務上の必要性の否定に結実したと考えます。

 組合員を奮い立たせ、名古屋配転に全員で提訴することとなり、大阪高裁・最高裁で勝訴した「労働委員会闘争を基軸にしたたたかい」を最後まで貫徹するべく、引き続き奮闘する決意です。



ソマリア沖への海上警備行動命令・発令から一年

東京支部  枝 川 充 志

一 はじめに

 昨年三月一三日、ソマリア沖の海賊対処のため海上警備行動命令が発令された。それからはや一年。同年六月一九日には自衛隊に関する“画期的”な法律、「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(以下「海賊対処法」)が成立し、七月二四日に施行された。

 この海賊対処法が“画期的”である所以は、これまで「地域限定・時間限定・後方支援・人道支援・武器限定」という「制約」の下で可能であった自衛隊の海外派兵が、「世界中・無期限・前線活動・武器使用基準大幅緩和」という「制約」の下で可能となった点である。これは、今はナリをひそめている恒久派兵法への地ならしといってよい。このことの具体的問題点は昨年四月九日に発行された団・意見書「ソマリア沖派兵と海賊対法案に反対する」に既に詳述されているのでそこに譲りたい。ここでは海上警備行動命令が発令され一年が経過した今、海賊の現状、及びほぼ忘れられた感のある自衛隊の陸・海・空の三軍の活動の現状を俯瞰し、その問題点を指摘したい。

二 何が行われているか
(1)「海賊」の現状

 国際商業会議所・国際海事局作成レポートによれば、全世界の海賊行為の発生状況は以下のとおりとなっている。なおここでいう「海賊行為」は「公海及びそれ以外の水域両方で行われる不法な暴力行為等」を指す。

 全世界レベルでみると海賊事件の発生件数は増加傾向にあり、ソマリア沖・アデン湾・紅海での事件も同様に増加傾向にある。他方で日本関係船舶(日本籍船及び日本事業者運航の外国船)の被害は全世界でみると二〇〇九年には漸減したもののほぼ平行線を辿っており、ソマリア沖等では二〇〇八年には三件だった被害件数が二〇〇九年には一件になっている。しかしソマリア沖等についていえば、そもそも被害件数が少ない上減少しており、かつ海上警備行動の前後で被害件数にほとんど変化がない。

 海賊事件は全世界レベルやソマリア沖等では増加している。しかしソマリア沖には現在三〇カ国以上の軍艦や哨戒機が派遣されており、さらにいまや海賊行為はアデン湾からインド洋に移行しつつあるとされる中、日本による海上警備行動の海賊発生に対する抑制効果はいかほどのものであったのか。またその活動はいつまで・どの範囲まで行われるのか。そもそも自衛隊の海外派兵の意味を等閑視してまで派兵する必要があったのか。

(2)海賊対処法の下での活動

 自衛隊は現在、昨年三月一三日の海上警備行動命令基づく海上自衛隊の護衛艦二隻の派兵、及び同年五月一五日のP3C哨戒機二機の派兵以降、次のような活動を行っている。

 まず「海」からの活動、すなわち海賊対処行動水上部隊として、現在「第四次海賊対処行動水上部隊」である護衛艦「あおなみ」(四六五〇トン、約一九〇人、横須賀基地)、護衛艦「さわぎり」(三五〇〇トン、約二一〇人、佐世保基地)の二隻が派兵されている。護衛艦は海上警備行動命令から数えて今年三月一二日現在で通算一一五回目の護衛活動を行い、海賊対処法の下、七四回目の海賊対処行動を行っている。

 次に「空」からの活動として、今年二月三日、八戸航空基地から後継の海上自衛隊第二航空群P3C哨戒機(約八〇名)が「第三次派遣海賊対処行動航空隊」として派兵され、三月一二日までに通算で一六四回の飛行により警戒監視行動を行っている。

 また「陸」での活動として現在、「日・ジブチ地位協定」(昨年四月三日付「ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文」)に基づき設置されている、ジプチ国際空港内の活動拠点へ陸上自衛隊(中央即応連隊、約五〇名)が派兵され、基地管理業務やP3C哨戒機の警戒等の業務にあたっている。

 以上はすべて防衛省により逐一発表されている活動実績情報をもとにしているが、単純計算すると合計約五〇〇名以上の自衛隊員が派兵されていることになる。しかし回数を中心とした実績が一方的に発表されるばかりで、これらがどのような成果をもたらしているのかの検証に接することない。

三 既成事実の積み重ねと憲法九条のスリ抜け

 先に示した表をみても明らかなように、そもそも海賊問題が顕在化したのはここ数年のことではない。また海賊問題は、自衛隊海外派兵の道筋をつけるまでの誘因とはならなかった。しかし人質解放に多額の身代金が要求されるソマリア海賊問題が耳目を集めるようになり、さらに五度に渡る国連安保理決議が採択され各国に軍艦の派遣が要請されたことから事態は一変、ソマリア海賊問題が海賊問題一般にすり替えられ自衛隊派兵の道筋ができあがった。船舶の安全確保が必要なのはいうまでもないが、被害件数や自衛隊海外派兵の持つ意味を考えれば拙速であることは否めない。そもそもいつまで続けるのか。政権交代の限界が垣間見えるところであるが、派兵実績が積み重ねられるやり方はお家芸という他なく、その効果が検証されたり問われたりすること皆無である。

 既成事実の積み重ねとしてもっとも恐れるのは、海賊対処法八条第二項により従来と比べ大幅に緩やかな要件で可能となった武器使用の問題である。現在までこのような事例がないが、報道によれば昨年一一月末に帰還した護衛艦「あさぎり」の二等海曹は「海賊の前では銃を手にするなど艦内に緊張が走り、家族の顔も一瞬頭をよぎった」とし、武器使用の可能性があったことを仄めかしている。いったん武器使用がなされれば、一事なれば万事なる、武器使用の論議はもはやすっ飛んでしまうだろう。「海賊=犯罪行為」の定式(意見書一二頁)により、武力行使や交戦権を否認した憲法九条のスリ抜けがここに完成するのである。

 モザンビークやザイール・ゴマでの活動など、自衛隊は多くの場合、日本から遠く離れた地域で活動する。だから目に付きにくく、いったん派兵され内外の注目がなくなると報道すらされなくなる。仮に報道されたとしてもその内容といえば“発表モノ”が大半を占める。既述した活動実績情報も“発表モノ”以外には知る由もない。よくわからないまま実績づくりがなされ、「次」へのステップのハードルがドンドン低くなっていく。自衛隊の活動、とりわけ海外派兵の歴史はこの積み重ねではないか。安易な実績づくりによる九条のスリ抜けを許さないためにも、撤退を求め続けることは決して無意味でない。



「単独親権」制 と 児童虐待

――「子の福祉」はどこへ?

東京支部  後 藤 富 士 子

■ 両親による虐待の後に子どもが亡くなる事件が相次いで報道されている。厚生労働省によると、児童相談所などが問題の家庭と接触しながら虐待死を防げなかったケースが多発しているという。埼玉の男児(四歳)は、急性脳症による衰弱死で、体重は四歳児平均より六キロ軽い一〇キロ。頭や顔には複数の擦り傷やあざがあった。近所の人の話では、怒鳴り声や子どもの泣き声が毎日のように聞こえ、「お水を下さい」と哀願する声も響いていた。

■ 両親が路上生活していたころに生まれ、乳児院で育てられた後、〇六年一月、保育所に通わせることを条件に親元に引き取られた。しかし、通園しない状態で、児童相談所は〇七年一月、小学校に通っていない長男も含め児童福祉法に基づいて「職権保護」しようと、さいたま家裁と相談したが、「学校や保育所に行っていないというだけでは、親の意に反する保護は難しい」と断念した。〇七年一一月、母親の妊娠検査で訪問した市保健センターの保健師が、居合わせた男児について「やせている」と感じて、児童相談所に伝えた。〇八年一月三〇日と二月六日に児童相談所職員や保健師が訪問したが、父親に面会を拒絶され、二月一一日に亡くなった。

■ 児童虐待に関する法制度としては児童虐待防止法と児童福祉法が主柱で、児童相談所や市町村という行政機関の仕事とされている。通告の受理→調査→処遇決定→自立支援・親子再統合という流れの中で、司法は積極的な役割をもたない。児童福祉施設等への入所措置は、親権者が拒否した場合には家裁の承認を要するが、埼玉のケースのように、「学校や保育所に行っていないというだけでは」承認しないのだ。このような司法消極主義で虐待を防止することができるのだろうか?

■ 民法八三四条では「親権濫用」は親権喪失事由とされ、家裁は親権喪失宣告ができる。しかし、埼玉のケースで家裁は親権喪失宣告をするだろうか?「学校や保育所に行っていないというだけでは、親権喪失させることはできない」というに違いない。つまり、「学校や保育所に行っていない」というだけでも「親権濫用」「虐待」といえるが、より重大なのは、「というだけ」と、実際に起きているはずの深刻な事態を捨象・矮小化することだ。家裁が真に「子の福祉」を考えていれば、このようなことはできないと思われる。換言すると、家裁は「子の福祉」よりも「親権喪失宣告に対する親の反感」を恐れているのではないか。

■ ところが、離婚後の単独親権者指定については、家裁は俄然司法積極主義に転じて一方の親の親権を剥奪する。裁判官には、「子の福祉」の見地から父母に優劣をつけて単独親権者を決める権限が民法八一九条によって与えられている。それ故、親権喪失宣告のようにビビることがない。しかし、親権喪失事由もないのに親権を剥奪するのだから、より野蛮な権利侵害であろう。そして、単独親権が共同親権よりも「子の福祉」に叶うなどということはあり得ない。「子の福祉」のために必要なら、親権喪失宣告で臨めば足りる。

■ 日本の裁判所では、虐待についても離婚後単独親権についても、「子の福祉」はどこかへ押しやられている。子どもの権利条約前文では、「家庭的環境のもとで育てられる権利」が謳われている。換言すると、単独親権制と虐待は表裏一体のものなのだ。離婚後単独親権制は、それ自体が善良な親子にとって「虐待」になり得る。親の離婚にさらされる子どもたちに「家庭的環境のもとで育てられる権利」を保障するには、親権喪失事由がないのに親権を剥奪する「単独親権制」を止めなければならない。

(二〇一〇・三・一二)