自由法曹団通信:1358号        

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佐藤 博文 やって分かった自衛官の人権裁判の特徴
〜女性自衛官人権裁判、完全勝訴!(II)
中島 嘉尚 確立できるか、もうひとつの住民による税金の無駄遣い仕分け(その二)
―損失補償無効裁判最高裁へ―
中島  晃 大逆事件一〇〇年にあたって
萩原 繁之 呉・高盛団員へのお問い合わせ



やって分かった自衛官の人権裁判の特徴 〜女性自衛官人権裁判、完全勝訴!(II)

北海道支部  佐 藤 博 文

一 密室内での出来事に、原告主張に沿うリアルな事実認定が得られた理由

 裁判は三年三カ月かかり、弁論一六回、証人尋問三回、進行協議六回が行なわれた。この中で、証人尋問に入る前に行なわれた現地(基地)進行協議は、山頂の閉ざされた基地で、若い女性隊員がどういう勤務・生活環境にあるかをリアルに認識することができ、裁判所の事実認定に大きく影響した。

 自衛隊は、裁判所や弁護団の「侵入」を防ぐために、弁護団が要求する写真をことごとく提出した。裁判所も初めは「写真を見れば分かりますから」「役所の建物はどこも同じようなもの」などと言って消極的だったのを、現地に行かないと明るさや狭さ(圧迫感)、階段の急さ、ドアの重さなどは分からない等と主張した。こうして、裁判所と弁護団が基地内に入るという画期的な成果を得た。現場では、私が加害者役で女性弁護士が被害者役になって(!)、状況を説明したりした。

二 非常識な自衛隊の応訴態度―「不知」から全面否認へ

 国は、初め、性暴力の事実について「不知」と答弁した。弁護団が国の応訴姿勢を厳しく批判したら、第四回弁論で「同意のうえでの性行為」と主張してきた。

 実は、仙台地裁の情報保全隊による国民監視差止訴訟では、国は内部告発で明らかになった報告書の存在について、何ら答弁しないという態度を未だに貫いている。このように、欧米だと法廷侮辱罪にあたるような非常識な応訴態度を平然ととるところに、他の行政庁相手との違いを感じた。

三 自衛隊の「精強さ」を主張

 自衛隊は、(1)性暴力、(2)被害者保護・援助の不作為、(3)退職強要の全てについて争った。懲戒処分や警務隊(自衛隊内の司法警察員)の供述調書、上司らの膨大な陳述書が国から出された(約三〇〇頁に及ぶ)。

 弁護団は、自衛隊ではセクハラ行為が「私行上の非行」とされ個人の問題に解消されてきた中、組織としての防止対策・被害者保護、援助を追及した。

 弁護団は、公務員に適用される法・規則・訓令と同じものが、自衛隊にも適用されていることを主張した。国はこれを認めた。

 しかし、同じ書面で「精強さ」という概念を強調してきた。すなわち、国は、「自衛官の任用においては、その職務の特殊性及び自衛隊の精強さを保つ上での厳正な規律の保持が求められており、一般の公務員とは大きく異なる点が多い」と展開した。あたかも「他の役所と違い、自衛隊は精強さを求められているから、多少のセクハラなど問題にしてられるか」と展開しかねない論旨だった。

 しかし、「精強さ」は自衛隊法に無い概念であり、自衛隊員の権利を制限し、自衛隊の組織原理として働くとするならば法治主義に反する。弁護団が厳しく批判すると、その後一切言わなくなった。しかし、本音を垣間見せたと思う。

四 「職務行為」(国賠法一条一項)について独自解釈

 裁判の当初の段階でもう一つ驚いたのは、夜勤中の加害者の行為が国賠法一条一項の「その職務を行なうについて」に該当しないと言ってきたことである。すなわち、「(1)原告とAは、所属隊が異なり、組織上の上下関係はなく、原告は職務上Aの命令に従う義務はなかったこと、(2)本件があった時間帯原告は勤務時間外であったこと、(3)Aの行為は、同人の職務行為とは全く無関係に、同人個人によって主体的になされた私的な行為にすぎないこと、(4)自衛官である原告は当然にこれらを判断できたことなどからすれば、原告が主張する「Aの暴行、強要、猥褻行為」は、Aの職務との密接な関連性は全くないことは明らかである」と言ってきた。

 この国側主張を一般化し反対解釈をすると、(1)直接の組織上の上下関係があり、(2)当事者双方が勤務時間内であり、(3)加害者の職務行為として行なわれ、(4)以上について被害者に判断する能力が無かった、という場合以外は責任を負わないという帰結になる。

 これは、隊員のセクハラ行為で自衛隊が責任を負うことはないと言うに等しい全く独自の解釈である。弁護団では、法曹資格を有する指定代理人の主張とは思えず、自衛隊の無法な主張をコントロールできなかったのではないか、と推察した。

 結局、最初だけで、最終弁論で繰り返すことはなかった。

五 自衛官の人権裁判の意義

 以上から明らかなように、自衛隊は、毎回市民が傍聴席を埋めつくす公開の法廷で、自衛隊の実態を明らかにされ、問題を追及されることを徹底的に嫌がった。

 自衛隊は「軍事裁判所」設置を強く求めており、自民党の新憲法草案には明記されている。これに関連づけ、最初から最後まで裁判傍聴を続けた北海道平和婦人会会長は、雑誌(女性のひろば一〇月号)に次のような感想を書いた。

 「日本国憲法九条を活かし守り、軍事裁判所の設置を許さない国民のたたかいが日々ある国の、市民法廷の勝利であると心に深く刻みました。」


確立できるか、もうひとつの住民による税金の無駄遣い仕分け(その二)
―損失補償無効裁判最高裁へ―

長野県支部  中 島 嘉 尚

 損失補償無効判決内容が確定すれば、無責任な第三セクターの損失補償による税金の無駄遣いを差止めることができるようになります。そうなれば全国の自治体でいっせいに住民による差止め請求ができるようになり、住民による税金無駄遣いの仕分けが可能となります(もっとも現段階でも提起されるでしょう)。

 既に報じた安曇野市の損失補償契約無効に伴う差止め判決に対し、安曇野市は九月九日上告手続及び上告受理申立手続を行いました。そしてこれに伴い、A金融機関は補助参加申立をしました。

 申立理由書によれば金融機関はこの判決の結果により、支払いを受けられなくなる可能性があるとされています。要するにこの判決内容が確定すれば、金融機関としては一大事ということです。また、先の報告書に述べた市長の、多くの自治体に影響を及ぼす判決、との発言をあわせ考えると、この判決を何とかして無にしたい地方自治体と金融機関側の総意の背景的構造が見えてきます。

 そうなれば、この判決は一地方の自治体と金融機関の問題では済まされません。もし、上告が受理され、審理が開始されるとなれば、この判決を支えていく体制がどうしても必要となります。

 この判決を支持するための学者の意見書の提出、また、訴訟を支えるための弁護団の結成、必要経費の捻出、国民の支援(署名)などの体制が必要となってくるでしょう。団員の皆様方の物心両面のご協力をお願いすることになりますので、その際にはよろしくお願いします。


大逆事件一〇〇年にあたって

京都支部  中 島   晃

 今年(二〇一〇年)は、大逆事件から一〇〇年を迎える。大逆事件は、明治天皇の暗殺を企てたとして、多くの社会主義者等に対する逮捕、取り調べ、家宅捜索等が行われ、根絶しにする弾圧を政府が主導し、捏造したとされる事件である。この事件は、いまから一〇〇年前の一九一〇(明治四三)年五月に、長野県松本署に宮下太吉が爆裂弾製造の容疑で逮捕されたのを発端として、全国各地で次々と社会主義者、無政府主義者が検挙された。その一方で、同年八月、明治政府は韓国併合を強行し、朝鮮半島を完全に日本の植民地として支配することに踏み切った。

 大逆事件と韓国併合が同じ年におこったことは決して理由のないことではない。

 明治政府は、朝鮮を植民地とすることに先立って、これに反対する日本国内の世論を完全に封殺することを目的に、大逆事件をデッチ上げ、朝鮮の植民地化に反対した幸徳秋水をはじめ、五〇〇人以上を逮捕拘束して、社会主義者たちを一掃しようとしたのである。したがって、大逆事件は、当時の国家権力が捏造した一大弾圧であり、権力犯罪にほかならない。

 この事件は、同年一二月に大審院で公判が行われ、翌年一九一一(明治四四)年一月一八日判決が下され、二六人全員が有罪とされた。結果は幸徳秋水以下二四名が死刑であり、翌一九日、「天皇の恩命」により、うち半数が無期懲役に減刑された。そして、一月二四日、秋水以下一二名に死刑が執行された。

 最近教えられたことであるが、大逆事件の「主犯」とされた幸徳秋水は、一九〇三年ごろから明白に韓国植民地化反対の立場をとり、一九〇九年一〇月に安重根がハルビン駅で伊藤博文を射殺した事件について、

 生を捨て義を取り 身を殺して仁を成す 安君の一挙 天地皆振るう

 という漢詩を作り、安重根に全面的な共感を表明している。このことが政治権力の逆鱗にふれ、秋水は韓国併合に先立って検挙され、一九一一年一月に処刑された。こうした経緯からいっても、大逆事件は韓国併合反対の声を圧殺するために創作された「フレームアップ」であることは疑いの余地がないといえよう。

 戦後、逆賊との汚名を着せられ、死刑となり、あるいは獄死した人々の名誉を回復して、復権を実現しようとする運動が起こり、「大逆事件の真実をあきらかにする会」などを中心に、再審請求などの運動が推進された。一九六一年に、この事件の唯一の生存者坂本清馬と、森近運平の妹栄子が東京高裁に再審の請求をしたが、一九六五(昭和四〇)年に却下され、直ちに最高裁に特別抗告したが、一九六七(昭和四二)年七月にそれも却下された。

 その一方で、この事件に連坐して死刑判決をうけた三人の僧侶(山内愚童、高木顕明、峯尾節堂、うち高木と峯尾は無期懲役に減刑)については、一九九〇年代に入って、それぞれの宗門において、復権と名誉回復が図られている。高知県中村市や和歌山県新宮市などの市議会では、二〇〇一年に、幸徳秋水をはじめ、事件関係者に対して、名誉回復や顕彰の決議を行っている。

 今年は、韓国併合一〇〇年ということから、日本政府は、八月一〇日、管首相の談話を発表して、不十分ではあるが、朝鮮の植民地支配に対する謝罪を表明した。

 しかし、大逆事件から一〇〇年が経過した今日に至るも、日本政府は、いまだにこの事件の犠牲者に対する公式の謝罪を行っておらず、名誉回復の措置もとっていない。これでは、日本が民主主義や人権を語る資格がないのではないといっても過言ではない。

 とりわけ、権力犯罪に加担して、無実の人々に死刑判決を下し、戦後も再審の門をとざしてきた司法の責任は重大である。さしあたり、日本弁護士連合会などが率先して、大逆事件一〇〇年を迎えるにあたり、事件に連坐して、汚名を着せられたまま死んでいった犠牲者たちの復権と名誉回復のための行動に立ち上がることが求められているのではないだろうか。

 そのためにも、自由法曹団が積極的な役割をはたしていくことが重要であると考える。


呉・高盛団員へのお問い合わせ

静岡県支部  萩 原 繁 之

 全国の多くの団員各位はタカモリ団員といえば愛知の高森裕司団員を思い浮かべるでしょう。広島県支部、呉合同事務所の高盛政博団員は、あまり全国に登場しないし、ご存じない方が多いでしょう。

 私自身も、同団員とは、一九九三年の宮島五月集会でちょっこしだけ(「ゲゲゲの女房」に毒されています)顔を合わせることができて以来、お会いしていません。しかも宮島でも、同行した妻を同団員に紹介しようとしたら、既に同団員は帰宅してしまっていて果たせませんでした。その後は神奈川の折本団員を通じて電話で話したくらいです。

 でも高盛団員は、団員仲間として、私にとっては非常に重要な存在です。

 同団員と私は、年齢も、大学での学年も、修習の期も、一年、一期違い、同団員が私より一年年少ですが、学生時代に知り合って以来、その誠実、温厚な人柄は、長年にわたる深い信頼に値するものだと思っています。

 広島県呉と私の活動してきた静岡県沼津とは、いずれも弁護士会は中規模単位会とされていて、しかもその県の地裁本庁所在地でなく支部所在地、さらにその都市はいずれも戦前戦時に海軍工廠が置かれていた、といった諸点で共通しています。団員としての境遇にも、「合同法律事務所」の看板を掲げながら、弁護士としては単独で活動してきた期間が長いという共通性があります。

 高盛団員が地域で誠実に活動し、団事務所の弁護士、団員弁護士として地域で信頼を得て頼りにされながら活動しているであろうということは疑いありません。

 ただ、自分を顧みて、私自身は団の五月集会、総会などに、できるだけ多くの機会に参加し、それによって、団員弁護士としての初心を確認し直したり、同期その他の団員と再会して、その元気で活躍する姿を見て元気をもらったり、一般的な弁護士業務についても取り組む活力を回復したりしていて、それがなければ今日まで、団員としての弁護士活動を継続してこられなかったのではなかろうか、と、思うにつけ、高盛団員は、どのようにして、日常の尽きせぬ繁多な業務や諸活動に、くじけずに活力を持って取り組み、団員の初心も確認し直したりしているのだろう、と、気になっています。

 いつも顔を合わせる団員との間では、たとえば高盛団員と私の共通の先輩である仙台の小野寺義象団員など、今年の五月集会に私が都合で参加しなかったところ、わざわざ「おい萩原どうしたんだ、五月集会に来ないなんて、体調を崩したわけでないだろうな」と携帯電話に連絡してくださいました。

 高盛団員とも、顔を合わせて、元気な姿を確認してそのこと自体を喜んだり、日常の愚痴や悩みを言い合ったり、昔の思い出を語り合ったり、今後の抱負と展望を述べあったり、ということができると良いのだが、と、いつも思いながら、実現していません。

 そこで高盛さん、団通信紙上を通じてのお問い合わせですが、呉と瀬戸内海を隔てた松山の地での、今度の総会には、参加されませんか。たまには参加して元気な姿を見せてくれる気はありませんか。顔を見られるとうれしいんですが。