<<目次へ 【意見書】自由法曹団


船舶検査法案に反対する自由法曹団の意見

二〇〇〇年一一月一七日
自 由 法 曹 団

一 はじめに

 政府は、本年一〇月二七日、船舶検査法案(「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律案」)を国会に提出した。
 この法案は、周辺事態法(「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」)で規定する「周辺事態」に際して、経済制裁等の厳格な実施のために船舶検査活動(自衛隊の海上臨検作戦)を行うことを定める法案である。
 そもそも、船舶検査活動については、国会に提出された当初の周辺事態法案三条・七条等に盛り込まれていたものであったが、九九年五月の法案成立にあたって、自由党の反対で法案から削除された。今回の船舶検査法案は、周辺事態法を補強し、船舶検査活動についての独自の法律を制定しようというものである。
 そもそも、周辺事態法は、アジア太平洋に及ぶ広範な地域で、日本がアメリカの戦争に自動的に参戦することを定めた法律であって、日本国憲法に明白に違反する。船舶検査法案は、この違憲の周辺事態法による軍事活動の範囲をさらに拡大するものである。のみならず、同法案が規定する自衛隊の活動は、武力による威嚇や武力行使、交戦権の行使・発動にも及ぶものであって、それ自体憲法九条に明確に反する。
 いま、アジアでは朝鮮南北対談を契機に対話による平和の実現が急速に進められており、アジア諸国を始め、全世界がこれを歓迎している。いまや軍事力による紛争解決は時代錯誤であるといわなければならない。これに対して、なぜ、日本政府は、このように平和憲法に違反する船舶検査法案を国会に提出して、日本がアメリカの行う戦争に参加し、あるいはこれに協力するための軍事活動を拡大しなければならないのであろうか。このような法案の提出自体が、国際的な平和の流れに明らかに逆行するものである。
 以下、本法案の問題点を具体的に明らかにする。

二 武力による威嚇及び武力行使

1 憲法九条違反は必然

 法案の定める船舶検査活動は、「船舶(軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であって非商業的目的のみに使用されるもの(以下「軍艦等」という。)を除く。)の積荷及び目的地を検査し、確認する活動並びに必要に応じ当該船舶の航路又は目的港若しくは目的地の変更を要請する活動であって、我が国領海又は我が国周辺の公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)において我が国が実施する」(二条)とし、自衛隊の部隊等が行うとされている(三条)。
 まず、この船舶検査活動にあたる自衛隊の艦船は、武装した艦船である。政府は、「通常装備している自衛艦でやるわけでございます」と国会で答弁している(九八年四月一七日衆議院安全保障委員会、久間防衛庁長官)。すなわち、船舶検査活動は、五インチ砲や二〇ミリ機関砲などで武装した自衛鑑が、実力によって船舶を停船させることを前提に行う活動であって、武力による威嚇を伴うものであるのみならず、場合によっては武力行使あるいは対象船舶からの武力反撃を覚悟しなければできない活動である。
 そして、法案五条は、「船舶検査活動」の実施態様として、船舶に対する「説得」及び「説得」を行うのに「必要な限度」の活動を規定している。しかし、五条三項の別表記載のとおり、そもそも武装した自衛艦が、「自己の存在を示す」ために信号弾や照明弾を発射したり(二号)、停船及び乗船しての書類・積み荷検査の要請・説得に応ずるよう「接近、追尾、伴走及び進路前方における待機」活動を行う(七号)ことは、対象船舶からみれば「武力による威嚇」以外の何ものでもない。
 しかも、自衛隊が対象船舶に乗船して職務を行う場合に、一定の条件のもとで「武器を使用することができる」とされている(六条)。
 このような法案の規定及び海上臨検活動の本質からして「武力の行使」と「武力による威嚇」を必然的に伴うことになるのであり、日本国憲法九条違反となることは明白である

2 臨検に該当する軍事活動

 法案の「船舶検査活動」とは、いわゆる「臨検」といわれる作戦である。
 臨検とは、一般的に「主として戦時に、船舶や航空機(およびその載貨)を捕獲するにあたって、捕獲理由の有無を確かめるため士官を派遣してその備付書類を検査すること」であり、「船舶に対する臨検は、交戦国の軍艦・軍用機が公海や交戦国領水で船舶を発見したとき、これに停船を命じたうえで行う」とされ、停船の手段としては、「停戦命令は信号旗や汽笛、または空弾発射をもってするが、必要な場合には船首の前方に実弾を発射する。命令に応じないときは武力をもって強制することができる。停船したときは、その現場で、船舶に臨検士官(および補助員)を派遣して行うのが原則である」といわれている(国際法学会編「国際法辞典」)。
 法案は、周辺事態に際して、経済制裁等の厳格な実施のために必要な措置を執ることを要請する国連安全保障理事会の決議又は旗国の同意を得て船舶検査活動を行うという(二条)。ここでいう「経済制裁」は、我が国が参加するものであれば国連決議がない場合も含む。また、船舶検査活動について国連決議がない場合でも、旗国の同意を得て行うことができる。これらの点は、当初の周辺事態法案に盛り込まれていた条項(三条一項三号)にはなかった点であり、本法案の重大な特徴である。
 ところで、そもそも船舶検査の対象となるのは民間の船舶であり、国会の決議がある場合でも、船舶の積載物を検査するために、武装した艦船が武力で威嚇して停船を求めることとなる。また、「旗国の同意」についても、「何をもって『同意』があったとするか」、「『同意』の手続きは何か」など全く明らかでない。船舶検査活動の対象となる船舶については、その船舶の掲げる旗が表示する国家ーすなわち船舶の国籍の帰属する国(国連海洋条約第九一条、九二条)が「旗国」であるから、例えば、この旗国が当該武力紛争に関与せず経済封鎖に協力する立場を明らかにする場合であれば「旗国の同意」が得られたとみなされることになろう。国連の決議がない場合にも、民間の船舶が検査活動の対象と十分なりうるのである。これは紛争の火種を宿すものである。
 しかも、周辺事態の場合で国連決議のない場合に行われる経済制裁を実効あらしめるための船舶検査活動は、集団的自衛権の行使として行われる場合を当然に含むこととなる。例えば、湾岸戦争において多国籍軍側が行ったイラクに対する経済封鎖とそれに伴う臨検が、まさにそれである。本法案で定める船舶検査活動は、周辺事態において、戦時における臨検活動を想定しているといわざるを得ないのである。現に、イラクに対する経済封鎖の際には、米海兵隊の攻撃ヘリが船舶の甲板上に強制乗船(テイクダウン)して臨検を行うという作戦もしばしば実施されている。

三 戦闘行為や交戦権の行使

1 自衛隊の活動の限界は不明確

 問題なのは、対象船舶が自衛隊の「要請」や「説得」を拒否して停船しない場合にどうするかということである。この点について、外務省の林条約局長は、「その行動が具体的にどういう活動をし、どこまでのことをやるかということはここでは何も書いておりませんし、それは今後の検討の問題であろう」と答弁していた(一九九七年六月一二日参議院外務委員会)。ここでいう「必要な限度」の範囲は明確とされていない。
 また、実施区域の拡大など実施要項の変更についても、不明確である。五条五項は、活動の中止、変更等について、防衛庁長官は、「実施区域」が法律や基本計画で定める要件を満たさなくなった場合には、区域の指定を変更するか、その活動の中断を命じるべきことを規定している(周辺事態法六条四項の準用)。しかし、急激な変化を伴う戦闘行為の実態からして作戦行動の必要性がこれに先行することになり、法律や基本計画の限界が厳格に遵守されるなどということはおよそ考えられない。

2 戦闘行為に発展しかねない自衛隊の武器使用

 法案では、対象船舶に乗船して「船舶検査活動」を実施する場合に、「自己または自己と共に当該職務に従事する者の生命または身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる」としている(六条)。この規定は、「船舶検査活動」に対して相手からの武力反撃があることを前提にしたものであるが、その際に自衛隊が「合理的に必要とされる限度」で武器を使用することを認めれば、本格的な戦闘行為に発展する危険性は大である。また、乗船して職務を遂行する自衛隊員の「防護」を理由に「船舶検査活動」に従事する部隊の装備がエスカレートすることも十分考えられる。一触即発の事態を迎えることは十分予想される。しかも、船舶検査活動については、自衛隊法九五条の「武器の防護のための武器使用」の規定が適用されるので武力行使はますます拡大することになる。
 このようにして、船舶検査活動から交戦権の行使にも及ぶことになる。

四 米軍の臨検に対する後方支援の危険性

 法案三条は、船舶検査活動に「相当する活動を行う」アメリカ合衆国の部隊に対して自衛隊が後方地域支援活動を行うことを定めている。これは、米軍の臨検活動に対しても、日本の自衛隊が米軍に対して「後方地域支援」活動を行うことを認めたものであり、具体的には、「補給」、「輸送」、「修理及び整備」、「医療」、「通信」、「宿泊」、「消毒」を行うこと(周辺事態法別表第二)を定めている。しかも、この「後方地域支援」を行うのは、自らも船舶検査活動を行っている自衛隊の部隊(三条)である。これは、自衛隊が米軍とともに船舶検査活動(臨検)を行うことを予定していることになる。自衛隊だけが「法の要件を満たさない」という理由で、業務を中断しその場から離脱することは、事実上不可能といわざるをえない。
 しかも、自衛隊が支援する米軍の臨検は、戦時における臨検活動も当然予定されている。相手国から日本は交戦国と見なされ、攻撃の対象となる。
 法案五条では、外国による船舶検査活動などと混交しないよう区域を分けて活動するとしている。けれども、例えば、封鎖・臨検を行っているアメリカの艦隊に対して、自衛隊が「補給」、「輸送」、「修理及び整備」、「医療」、「通信」などの活動を行うのであり、米軍と自衛隊が同一地域・同一海域で同時に活動を行うことになる。弾薬の輸送も行うことは否定されていないのである。このように密接に連携して活動している日米両軍の艦船が、現実には、全く別個の船舶検査活動を行っているなどということは考えられない。
 いずれにしても、相手国又は臨検の対象国からは、自衛隊の活動が、米軍の行為に加担する行動とみなされたり、あるいは日米一体となった作戦行動とみなされてもやむを得ない事態となり、直接的戦闘行為に発展する危険も十分ある。すでに指摘した武器の使用も、「自己と共に当該職務に従事する者」とは、自衛隊員のみならず、米軍人、他の国の軍人も含まれることを見落としてはならないのである。
 実際、九八年七月六日から八月六日までハワイ周辺海域で米国、日本、韓国、豪州、カナダ、チリの六か国が参加して行われた合同演習「リムパック九八」では、日本の自衛隊が新ガイドラインで想定されている船舶の強制検査(臨検)などの訓練を米軍と一体となって実施している。

五 許されざる法案

 九九年五月に周辺事態法が成立して以降、共同作戦計画、共同作戦指揮機構などを具体化するための日米協議が進められ、日米共同・統合の軍事演習が行われている。のみならず、国民・自治体を動員する施策も具体化されようとしている。日本が戦争をする国づくりが進められているのである。
 今回の船舶検査法案の提出も、憲法の平和原則を無視して押し進められようとしている日米軍事協力の強化、日本の軍事大国化の方向をより促進しようとするものである。しかし、これは、いま急速に進められつつある対話による国際紛争の解決に逆行するものである。国際的な流れは、日本の平和憲法が定める軍事によらない世界平和の実現を目指す方向に進んでいることは誰の目にも明らかである。
 このような法案の成立を到底認めることはできない。