<<目次へ 【意見書】自由法曹団


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第3、法曹養成制度について

1、法曹養成についての基本的考え方

現行の司法試験は狭き門ではありますが、受験資格に関する制限はなく、そのため法学部出身者に限らず、すべての人に広く公平に法曹になる機会が保障されています。実際にも、他職種と比べると様々な階層や多様なバックグラウンドを持つ人々が法曹資格を取得しています。
そもそも法曹は、国民生活に起因するすべての問題に幅広く関わらなくてはならない存在ですから、多様な人材に対して公平に法曹になる道が開かれていなければなりません。ますます社会が複雑化し、新しい社会問題が次々と生じている今日においては、その必要性はますます高まっているといえるでしょう。したがって、法曹資格取得へのプロセス、及び法曹養成制度を検討するにあたっては、その公平性・開放性・多様性が不可欠の前提とならざるを得ません。
と同時に、法曹は国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現をその基本的な使命とするものであり、かつ三権のひとつである司法権を直接担っていくものですから、国民の基本的人権の擁護や社会正義に対する基本的な素養と深い洞察力が求められるのも当然です。したがって、法曹養成制度はこのような質を持った法曹を生みだすことが制度的に担保されていなければなりません。

2、現行の法曹養成制度の本質的問題点

現行の法曹養成制度は、司法試験に合格した者が司法修習生となり、司法研修所での講義と実務修習を中心とする1年半の司法修習を行うというシステムになっています。前述のように司法試験がすべての国民に開かれていること、また司法修習生に国庫から給与が支払われていることから、このようなシステムの中で法曹界に多様で幅広い人材を輩出してきています。また、司法修習生が法曹三者のすべての実務修習を行うという統一修習の下で、法曹三者の相互理解が深まり、法曹一元の基礎を築いてきました。
現状の司法修習制度は、こうした利点を有するものではありますが、他方看過しがたい重大な問題点があります。それは、現行の司法研修所の運営を最高裁が独占的・排他的に行っていることの弊害です。弁護教官の任命さえ最高裁が行い、弁護士会がイニシアティヴを持てないのが現状です。こうした中で、司法研修所での教育は裁判実務(主として民事裁判)が中心となっており、著しく偏ったものとなっています。
 さらに問題なのは、司法修習修了者の中から判事補を採用するという現行の裁判官任用システムの下で、最高裁が判事補の任用権限をフリーハンドで持っていることの弊害です。最高裁はこのシステムを最大限利用して思うがままに修習生を差別・選別し、司法修習生に対する管理・統制を貫徹してきました。また神坂修習生の任官拒否に代表されるように、最高裁は修習生の思想・信条を理由とする差別・選別を公然と行っています。こうした中で、任官希望者を中心とする多くの修習生が最高裁の「評価」を気にして極度に萎縮し、修習生の自主的研究活動さえ自由に参加できないという深刻な結果をもたらしています。
 また、修習期間が2年から1年半に短縮されたことにより詰め込み教育が強化される中で、修習生のストレスは著しく増大し、病気になるどころか急死する事例さえ複数生まれているのです。まさに司法研修所の閉塞状況は極限に達しているといっていいでしょう。
 法曹には国民の基本的人権に対する深い洞察力が求められていることは先に述べたとおりですが、こうした素養は上からの官僚的教育で生まれるものでは決してありません。修習生が自主的研究活動をのびのびと行い、社会の実状や社会の諸問題の実態に幅広く接し、その中で自由闊達に意見交換をすることなどが保障されてはじめて身についていくものです。最高裁の与える教材を熱心に「お勉強」し、最高裁の求める「答え」をひたすら探求していくだけでは、国民に身近な人権感覚の豊かな法曹は決して生まれません。今、緊急に求められているのは、こうした最高裁が独占的に管理・運営する司法研修所の現状の変革であることは明らかです。

3、法曹養成制度について求められるもの

こうしたことから、法曹養成制度の改革に最低限求められるのは、以下の点についての制度的担保であると考えられます。
(1)国民の各層に法曹となる道が公平に開かれており、多様なバックグラウンドを有するものが幅広く法曹となりうるシステムであること。特に経済的な理由によって、法曹への道が閉ざされることがあってはならず、いかなる意味においても思想・信条等による差別・選別があってはならない。
(2)受験技術に偏することなく法学の専門的知識を身につけると共に、国民の基本的人権に対する深い洞察力を育む教育内容であること。
(3)弁護・裁判・検察の各部門について、質の高い実務教育を行うこと。法曹一元を展望し、とりわけ弁護修習の充実が図られること。そのために実務家から教員を確保・養成すること。
 (4)学生・院生・修習生に対する官僚的な管理・統制を及ぼさず、自主的な研究活動を保障すること。

4、中間報告の現状認識の問題点

中間報告は、新たな法曹養成制度として「法曹養成制度に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院を設けることが必要かつ有効である」とし、法科大学院構想を打ち出し、相当の分量を割いています。
中間報告が法科大学院の設置を「必要かつ有効」と論じる前提となっている現状認識として、現行の司法試験は受験競争が厳しく受験者の受験技術優先の傾向が顕著であること、大学・大学院における法学教育は法律実務と乖離しておりプロフェッションとしての法曹を養成するという役割を適切に果たしてきたとは言い難い、したがって学生が予備校に依存する傾向が著しくなり、法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼすに至っている、ということが概ね示されています。
ここでは、先に述べた現行の司法研修所の極めて深刻な事態に対する認識がまったく示されていません。現在の最高裁の司法修習生に対する管理・統制がどれほど重大な弊害を生じさせているかという厳しい認識を抜きにして、法曹養成制度の具体的な展望と抜本的改革の方向性を見いだすことは不可能です。私たちは、まずこのことに強い懸念を抱きます。また、受験競争が依然として厳しいという指摘についても、司法試験合格者がここ数年で500人から1000人へと倍加し、現役学生に著しく有利な「丙案」が導入された現時点においても、そのまま妥当するかについては疑問がありますし、少なくとも実証的な検証が加えられているわけではありません。「法曹となるべき者の資質の確保」をいうのであれば、司法試験から「丙案」のような著しく不公平かつ不公正な優遇枠を廃止することから始めるべきではないでしょうか。

5、文部省への白紙委任は許されないー法科大学院の具体像が見えてこない!?

結局のところ、中間報告がいみじくも「現行の司法試験による合格者を端的に大幅に増加させるということも考えられなくもないが、これでは現行の法曹養成制度に関する問題点が改善されないまま残るばかりか、むしろ事態はより深刻なものとなる」と指摘するとおり、法科大学院構想は法曹人口の大幅増員を前提とした対応策であることは明らかです。確かに、中間報告の打ち出す新規法曹を年間3000人とするという前提に立てば、現状の司法試験の短答式試験の合格者の大半が最終合格するということになるのですから、何らかの対応策が必要ということになるでしょう。しかしながら、法曹人口の問題と法曹養成の問題とは相互に関連性は有するものの、それ自体独自な重要問題として検討されなければなりません。
本来法曹養成制度について検討していくためには、法曹養成に求められる理念とその実現のための制度設計、そして制度を具体化するための手だてが一体として考察される必要があります。法曹という国民の権利擁護に不可欠な存在を養成してくのですから、安直な弥縫策であってはならないことは当然です。
しかしながら、中間報告は法科大学院という極めて大胆な改革が「必要かつ有効」であるとして提起しながら、その細部の制度設計や具体化のための手だてを示すことなく、実に大まかで抽象的なガイドラインを示しているに過ぎません。 そして「法科大学院の設置認可や第三者評価(適格認定)の基準の策定、新司法試験及び新司法試験実施後の司法修習の具体的な設計等を含む所要の措置について、関係機関において適切な連携を図りつつ、前記の文部省検討会議の報告書を参考としながら、当審議会の最終意見を待たず速やかな検討を進めることを期待する」として、具体的内容については文部省等の関係機関にまる投げしてしまっています。
 入学者選抜、教育内容・方法、教員組織のあり方、第三者評価(適格認定)等についての内容は、法科大学院の内容を決定づけるものであり、こうしたことについての具体的内容を明らかにしないまま、法科大学院が「必要かつ有効」というのは、法曹養成制度という極めて重要な問題について検討する姿勢としては甚だ無責任であるといわざるを得ません。とりわけ文部省は、予算配分権限を利用した大学に対する管理統制を行っており、その一層の強化とともに、大学の格差化に対する強い意欲をもっています。文部省に法科大学院構想のイニシアティヴを与えることは、文部省の大学への統制権限の強化、大学の格差化等に一層の拍車をかけることになるのではないかという強い懸念があります。中間報告はこうした懸念に対する回答をまったく用意しておらず、すべては曖昧なままで法科大学院構想を押し進めようとしています。
 再度繰り返しますが、法科大学院を構想するというのであれば、精密な制度設計とともにその実現のための具体的な手だてが一体となって検討されなければなりません。法科大学院をつくるための具体的で現実的なプログラムが提示されなければ責任ある提案とは言えないのは当然です。にも関わらず、中間報告は関係機関に「速やかな検討を進めることを期待する」として他人まかせにしてしまっており、具体的な内容が一向に見えないのです。
 そもそも法科大学院について具体的な論議が開始されたのは、ここ数年のことであり、十分に議論が成熟したとはいえない状況ですから、中間報告の具体性に乏しい「構想」に対して、各方面から種々の懸念が示されるのも当然でしょう。
中間報告の法科大学院構想には、こうした本質的な問題点のあることを留保しながら、以下、中間報告で示された「構想」の要点について検討することとします。

6、法科大学院「構想」の具体的検討

【以下○印は中間報告の引用です】
(1)入学者選抜
○入学者選抜は、公平性・開放性・多様性の確保を旨とし、入学試験のほか、学部における学業成績や学業以外の活動実績、社会人としての活動実績等を総合的に考慮して合否を判定する。もっとも、これらをどのような方法で評価し、その程度の比重を与えるかは、各法科大学院の教育理念に応じた自主的判断に委ねられるべきである。
入学者選抜について、公平性・開放性・多様性を確保するということは首肯できますが、考慮されるべき「学部における学業成績や学業以外の活動実績、社会人としての活動実績等」というのは何を指すのかあきらかでなく、結局各法科大学院の自主的判断に委ねてしまっています。 入学者選抜について各大学院の自主性を尊重するというのはひとつの見識ですが、「学業以外の活動実績」の名の下に思想・信条等を理由とする差別があってはならないことは当然です。このことを明記するとともに、基本的には公平な入学試験によって選抜すべきと考えます。

(2)教育内容・方法
○必置科目や教員配置等についての基準を定めることにより、法曹養成のための教育内容の最低限の統一性と教育水準を確保しつつ、具体的な教科内容等については、各法科大学院の創意工夫による独自性・多様性を尊重することとする。
○法科大学院では、実務上生起する問題の合理的解決を念頭に置いた法理論教育を中心としつつ、実務教育の導入部分(例えば要件事実や事実認定に関する基礎的部分)をも併せて実施する。
○法科大学院における教育は、少人数教育を基本とする。
○法科大学院の修了者のうち相当程度が新司法試験に合格するような制度とするためには、法科大学院では厳格な成績評価及び修了認定を行うことが不可欠であり、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じなければならない。
 ここでも「必致科目や教員配置」「実務教育の導入部分」「厳格な成績評価及び修了認定とそれらを担保する仕組み」について、具体的に述べられていないため評価のしようがありません。教育内容については、法学の専門知識の習得とともに、基本的人権についての深い洞察力を持ちうるものが必要であることは先に述べたとおりで、こうしたことが明記される必要があります。また実務教育の導入部分の実施については、現行の実務の運用を無批判に追随するものであってはならず、それに対する批判的精神が養われるようにしていかなければなりません。
 教育内容や成績評価の基本は各法科大学院の自主的判断に委ねつつ、第三者評価によって質を担保するというのが全体の構想の基本となっていますが、第三者評価の問題点は後に述べます。

(3)教員組織
○少人数で密度の濃い教育を行うのに相応しい数の専任教員を必要とする。
○法科大学院は、法曹養成に特化して法学教育を高度化し、理論的教育と実務教育の架橋を図るものであるから、実務家教員の参加が不可欠である。実務家教員については教義の法曹に限らず、適格性を有する人材を幅広く求めるべきである。
○実務家教員の数及び比率については、法科大学院のカリキュラムの内容や新司法試験実施後の司法修習との役割分担等を考慮して適正な基準を定める必要がある。
○実務家教員の任用を容易にするため、弁護士法や公務員法の兼職・兼業の制限等についての見直し・整備を行う必要がある。
○法科大学院での教員資格に関する基準は、教育実績や教育能力、実務家としての能力・経験を大幅に加味したものとすべきである。
○教員の採用は各法科大学院が行う。
法科大学院における教員、とりわけ実務家教員の確保は重大な問題です。法科大学院は実務教育の導入部分を実施するとされていますから、実務家を積極的に教員に登用すべきことは当然でしょう。法曹三者のうち、裁判官・検察官は国庫による身分保障がなされていますからその人口を拡大していけば質の点はともかく量的な問題は克服できるでしょうが、弁護士はそういうわけにはいきません。現在の司法研修所においても、弁護教官は事実上手弁当で行っているのが実状ですから、何らかの財政的手だてを講じない限り、多数の教員の確保は不可能です。

(4)公平性・開放性・多様性の確保
○地域を考慮した全国的な適正配置に配慮するとともに、夜間大学院等の多様な形態により、社会人が学ぶことができるような法科大学院の公平性・開放性・多様性の確保に努めるべきである。
○資力が十分でない者が経済的理由から法科大学院に入学することが困難となることのないように、格別の配慮が必要であり、奨学金、教育ローン、授業料免除制度等の各種の支援制度を整備する必要がある。
○厳しい財政事情の中においても、国公私立を問わず、適切な評価の結果を踏まえつつ、公的資金による財政支援が不可欠である。
 多様なバックグラウンドを持つものに法曹への道を開くために、法科大学院において、公平性・開放性・多様性を確保しなければならないということは首肯できます。しかし、法科大学院は設置基準を満たしたものを認可するという建前で構想されていますから、夜間大学院等の多様な形態を取るべきと謳ったところでどの程度実効性があるのかは疑問です。
 また、法科大学院構想によれば学部4年、法科大学院3年ないし2年ということですから、司法試験を受験するまでに最短でも6〜7年を要することになります。この間の学費・生活費等の経済的負担は過大なものとならざるを得ません。前述のように国民各層から公平に法曹となるべき道が開かれている必要がありますから、経済的な負担を軽減するための奨学金、教育ローン、授業料免除等の支援制度は不可欠です。しかし現状は奨学金でさえ利子付きですから、その具体的な内容が乏しければ、経済的な理由によって法曹への道を断念せざるを得ないことになりかねません。また、法曹になったとたんに多額の借金返済に追われるようなことになれば、国民の期待する役割を果たすことは到底できないでしょう。こうしたことも含めて、どのような支援制度を構築するかについて具体案が是非とも必要です。
さらに大学等が、法科大学院を設置・運営するための公的資金による財政援助についての「適切な評価の結果」の内容も明らかになっていません。財政援助を口実とした政府等の教育内容への介入は絶対にあってはならず、そのための制度を構築しなければなりません。

(5)設立手続及び第三者評価(適格認定)
○法科大学院の設置認可は、関係者の自発的創意を基本としつつ、設置基準を満たしたものを認可することとし、広く参入を認める仕組みとする。ただし、その基準は、法曹養成の中核的機関としての使命に相応しく厳格なものでなければならない。
○法科大学院における入学者選抜の公平性・開放性・多様性や法曹養成機関としての教育水準、成績評価・修了認定の厳格性を確保するため、適切な機構を設けて、第三者評価(適格認定)を継続的に実施する。
法科大学院構想の基本は、入学者選抜・教育内容や成績評価等については、各大学院の自主性に委ねるとしながら、その水準を維持するために第三者評価の仕組みを構築することにあります。その意味で、第三者評価は法科大学院構想の中でのひとつの要ともいうべきものですが、第三者を構成するものは何か、設置基準・教育水準・成績評価等の具体的基準をどう定めるか等については、何ら具体的なことは述べられていません。
 中間報告で第三者評価を実施するとしたのは、法科大学院の修了者の大半が法曹資格を取得するものとして構想されていることとの関係で、その教育水準等を担保することが必要という発想に基づくものと思われます。
 しかしながら、中間報告の法科大学院構想は、法科大学院修了後に司法試験を実施し、さらにその合格者は司法研修所での司法修習を行うこととされていますから、アメリカのようにロースクールの卒業と法曹資格が直結するシステムと同様に考えることはできないはずです。むしろ第三者評価の内容如何によっては国家権力が教育内容等に介入してくることが危惧されます。特に財政援助についても「適切な評価」を前提とされていますから、予算配分を口実とした介入のおそれは大きく、そうなれば学問の自由・大学の自治は危機に瀕することになるといわなければなりません。
中間報告の法科大学院構想のベースになっている文部省の「法科大学院(仮称)構想に関する検討のまとめー法科大学院(仮称)の制度設計に関する基本的事項ー」は、第三者評価として以下の項目をあげています。
 ・組織と運営(経済的基盤、自己評価システム、運営体制など)
 ・教育課程(教育目的、カリキュラム、成績評価、教育方法、修了要件、授業日数など)
 ・教員組織(教員の資格、専任教員数、学生・教員比、実務化教員の数ないし比率など)
 ・入学者選抜(受験資格、入学試験、情報開示、定員に対する入学者数、学生支援制度など)
 ・施設設備(講義室、研究室、図書館などの施設、図書雑誌などの整備)
 ・その他(適当な事務組織の設置)
また、第三者評価を実施する機構には文部省が加わり、定期的に評価(認定)を実施した上、「その結果を踏まえて是正勧告や場合によっては認定の取消しも行うもの」とされています。これほど多岐にわたる項目について、文部省等が定期的に評価を実施し、認定の取消しまで行うことになれば、先に述べたように国家権力の大学の自治等への介入を導くといわざるを得ません。
教育水準等の担保のため第三者評価が必要であれば、その機構は国家権力から独立したものであることが最低限必要であり、実務教育の水準確保という観点からは弁護士会がそこに加わる必要があります。また評価の項目についても、基本的には外形的なものにとどめるべきであり、教育内容等への介入にならないことが必要です。
 審議会がこうした重大な問題を含む第三者評価の内容について沈黙することは許されず、学問の自由・大学の自治への侵害とならないよう具体的提言を行うべきです。

(6)司法試験
○法科大学院制度の導入に伴い、司法試験も、その修了を要件とする新たなものに切り替える。新司法試験の受験資格の付与は、法科大学院を修了したことを前提にすることが望ましい。
○やむを得ない事由により法科大学院への入学が困難な者に対しては、法科大学院を中核とする新たね法曹養成制度を整備することの趣旨を損ねることのないよう配慮しつつ、別途、法曹資格取得を可能とする適切な例外措置を講じるべきである。
○新司法試験の受験回数は、3回程度の受験回数制限を課すべきである。
法科大学院を設置しつつも司法試験を残すという構想である以上、法科大学院の修了を司法試験の受験資格とすることは当然の帰結ということになるのでしょう。しかし、ここで「やむを得ない事由により法科大学院への入学が困難な者」とはどのような場合を指しているのか明らかではありません。むしろ先に述べたように、経済的理由等によって法科大学院に入学できないということがないよう抜本的な措置を講じることが先決問題であると考えます。また、中間報告のいう「適切な例外措置」というのはどのようなことを想定しているのまったく分かりません。
新司法試験に法科大学院の成績が考慮されるのかについては、何も触れられていませんが、「点からプロセスへ」という発想からは法科大学院の成績を合否の判定の資料とすることも十分に考えられます。前記の例外措置との関係からも、このような態度はとるべきではないと考えます。
受験回数制限についても、その必要性や内容について実証的な検証を踏まえて提言すべきです。

(7)司法修習
1)修習の内容
○新司法試験実施後の司法修習は、修習生の増加に実効的に対応するとともに、法科大学院での教育内容を踏まえ、実務修習を中核として位置づけつつ、修習内容を適切に工夫して実施する。
○集合修習(前期)と法科大学院での教育との役割分担のあり方については、今後、法科大学院の制度が整備され定着するのに応じ、随時見直していくことが望ましい。
司法修習において実務修習を中核とすることは当然です。現在の司法修習が裁判官養成に偏していることは先に指摘したとおりであり、法曹三者について公平に修習できるものとする必要があります。また、法曹一元を前提とし、とりわけ弁護修習を充実させる必要の大きいことを明記すべきです。
「集合修習(前記)と法科大学院での教育の役割分担」については、前述した実務の運用に対する批判的精神を養うという観点から、法理論教育の途上にある法科大学院生に対してなされる実務教育の内容には慎重な配慮が必要です。したがって、集合修習(前記)を廃止し、それにあたるものをすべて法科大学院に委ねることには賛成できません。
2)司法研修所
○司法研修所の管理・運営については、法曹三者の協同関係を一層強化するとともに、法科大学院関係者や外部の有識者の声を適切に反映させる仕組みを考えるべきである。
最高裁が司法研修所を独占的に管理、運営していることの深刻な弊害は前述のとおりです。したがって「法曹三者の協同関係の強化」というレヴェルでなく、最高裁の独占的運営を排し、法曹三者が対等に運営していくことを明確に打ち出さなければなりません。法曹一元の実現の観点からは、弁護士会の関与について一層重要になるのであって、このことも明記すべきです。

7、まとめ

法科大学院構想は、現状の法曹養成制度を抜本的に変革するものです。しかも、その具体的な議論がいまだ成熟したものとは言い難いことは先に述べたとおりです。したがって、その構想を具体化するにあたっては、十分に慎重な検討がなされなければなりません。審議会の審議において、この問題を文部省の「法科大学院(仮称)に関する検討会議に委ねてしまっている感は否めませんし、今後の具体化についても同様です。
私たちは、これまで指摘してきた諸問題が解決されるための具体的な道筋が示されないまま法科大学院が設置されていくことに、強い懸念を抱かざるを得ません。
審議会においては、これらの諸問題について自らの責任において検討し、最終報告に盛り込むことを求めます。