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2002年7月

わたしたちの労働裁判改革の提案

自 由 法 曹 団

目次

  提案にあたって
  第1  現状の問題点といますぐできる改善
  第2  労働裁判改革の方向と焦点
  第3  具体的な制度設計
    1  証拠収集手続きの拡充
    2  労働参審制導入
    3  簡易労働訴訟導入
    4  労働委員会の救済命令の司法審査の改革
  さいごに



提案にあたって

自 由 法 曹 団
団 長 宇賀神   直

 今、政府の「司法制度改革推進本部」において制度改革の各論が論議されていますが、役人主導の面が強くでており、市民本位の司法改革が危ぶまれています。この改革の中で遅れているのが、労働裁判の制度改革です。今、リストラによる大量解雇、配転や企業による労働条件の切り下げが一方的に行なわれています。その場合、労働者が気軽に裁判に訴え、早急に解決することが出来る制度が求められています。しかし、現状は判決までに長い年月がかり、しかも、裁判官の常識外れの証拠判断と事実認定、そして憲法28条の労働基本権、25条、27条の労働者の権利を無視した判決が多いのが現状です。
 労働裁判の現状と憲法の労働基本権の保障に反する幾多の労働法制の改悪と結びついて5300万人労働者の現実の日常生活に深刻な被害を及ぼしています。雇主、企業の一存で解雇、配転、賃下げ、女性差別が行なわれ、裁判で救済されないのでは法治国家とは言えません。
 自由法曹団はそれぞれの労働者の裁判が勝利するため力を込めて弁護活動をしています。また、労働法制の改悪に反対し権利確保のために運動しています。
 同時に政府の手で進められている司法改革のなかで、労働裁判制度の改革にも取り組んでいます。その一環として今回「労働裁判改革の制度設計案」を発表しました。
 この労働裁判改革の制度設計案が労働組合や労働者の皆さんの労働裁判改革を進める運動の力になることを期待します。
 そして、「司法制度改革推進本部」での制度設計に、私たちの提案が生かされることを願います。


第1 現状の問題点といますぐできる改善

1 労働裁判の数は「リストラ・合理化」が強まる中で、この10年間で約3倍に増加しているとはいえ、数のうえだけからみれば、民事訴訟全体の1%程度に過ぎません。しかし労働裁判は、働く国民の大多数を占める5300万人もの労働者の利害に関わるものであり、その在り方は国民にとって重大な重みを持つものです。裁判所における判断の内容は、当該事件にとどまらず同種の労使紛争に関する裁判所の公権的ルールを明らかにするものであって、他の労働者や使用者の行動に一定の影響を与えます。
 また、憲法や法が保障する労働者や労働組合の権利に実効性が与えられることは、それを侵害しようとする使用者の動きを事前に予防することにも役立つことになります。
 しかし、現在の労働裁判は大きな問題点をかかえています。それは
 @証拠の偏在を無視して労働者側に過重な主張・立証責任を負わせること
 A労働者側に極めて苛酷な事実認定・証拠評価を行うこと
 B使用者側に偏した利益衡量や価値判断を行うこと
 C労働法を無視したり無理解な法的判断・解釈を行うこと
 D労働組合活動、特に少数派組合の活動に対し無理解であったり敵視したりすること
 E公務員労働者の労働基本権を敵視したり無理解であったりすること
 F労働委員会の判断と救済方法を不当に蹂躙すること
 G労働裁判の審理が長期化すること
などを指摘することができます(2000年12月「労働裁判改革のための意見書ー労働者の権利救済のためにー」)。

2 これらの問題を改革するためには、裁判官制度改革をはじめとする司法全体の抜本的改革が不可欠ですが、しかし現行法制のなかでも適正な運用をすることによって改善を図ることができる点もあります。
 たとえば
 @仮処分申請事件において、参考人又は当事者の審尋手続きを活用して決定を下すこと
   ・・・・これは以前大阪地方裁判所を中心に現実に行われていたものです。
 A最高裁判所事務総局による裁判官会同・協議会を通じた裁判統制・誘導をやめること
また労働裁判専門部ないし集中部を廃止すること
   ・・・・労働裁判専門部ないし集中部には労働運動に理解を示さない傾向を持つ裁判官の配置が行われているものと判断せざるを得ない現状にあっては、公正な裁判を実現するためこれらを廃止することが求められます。
 B裁判所は、労働委員会の命令を尊重するとともに緊急命令を積極的に発するようにすること
   ・・・・労働委員会の救済命令は頻繁に取り消されている現状にあり、司法制度改革推進本部第3回労働検討会において、菅野和夫座長も「(JR関 係事件を除いても)救済命令の取消率は、一般の行政処分に比べて高くなっている」と発言しています。裁判所はこと労働委員会の救済命令に限ってはこれを尊重していないうえ、労働委員会とは異なった判断基準により判断し直しているのです。
 その結果、一部の地方労働委員会や中央労働委員会においては、労働運動に理解を示さない傾向を持つ裁判官の判断を考慮して労働側勝利の救済命令を避ける傾向が生じていると思われるばかりでなく、慎重を期す余り命令書作成・交付までに長い期間を要する例も少なくありません。
 更に緊急命令はなかなか出されず、出たとしても取消訴訟の判決の段階という状況では、緊急命令の制度趣旨が没却されているというほかありません。
 C中央労働委員会や多くの地方労働委員会における連合系組合による労働者委員の独占を改めるとともに労働委員会の事務局体制を強化すること
 ・・・・旧労働省は昭和24年7月29日付事務次官通牒(労働省発労第54号)において「委員の選考に当たっては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに、産業分野、場合によっては地域別等を充分考慮すること」を都道府県知事に通知し(これは中央労働委員会の労働者委員任命にも適用されることが確認されています)、これが任命基準として取り扱われてきました。連合系組合による労働者委員の独占が許されないことは余りにも明白です。
などを挙げることができます。

3 このような現行法制内における改善を早急に進めるとともに以下のような抜本的な労働裁判の改革を図るべきものと考えます。


第2 労働裁判制度改革の方向と焦点

1 司法制度改革審議会の最終意見とこれに対する評価
 司法制度改革審議会の最終意見は
 @労働関係訴訟事件の審理期間をおおむね半減することを目標とし、民事裁判の充実・迅速化に関する方策、法曹の専門性を強化するための方策等を実施すべきである。
 A労働関係事件に関し、民事調停の特別な類型として、雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する労働調停を導入すべきである。
 B労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方、雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否、労使関係事件固有の訴訟手続の整備の要否について、早急に検討を開始すべきである。
と述べています。
 これらにつき、わたしたちは、改革案のほとんどが先送りされていること、労働参審制についても検討課題で終わっていること、証拠収集手続の拡充について具体的な提案がないままの審理期間の半減、計画審理の推進などは拙速に陥る危険があることを指摘し、そのうえで、検討課題につき早急に改革の方策を具体化していく必要があることを提言しています(2001年9月「国民のための司法改革をー司法制度改革審『最終意見』とわたしたちの見解ー」)。

2 わたしたちの改革提案
 わたしたちは、先の「労働裁判改革のための意見書」において次のような改革提案を行っています。
@ 簡易迅速な労働者の権利救済制度の導入
 賃金不払い事件や理由のないことが明らかな解雇事件など比較的事案が簡明でその処理にそれほど時間を要しない事件を念頭においた簡易労働訴訟を導入すべきである。
 これは少額訴訟のように本人訴訟を念頭において、提訴のための書類をある程度定型化し、しかも審理回数を2ないし3期日に限定したものとすべきである。
 なお、労働調停や裁判所外の紛争解決手段の意義は否定しないが、裁判制度の改善が基本である。
A 労働裁判の審理と判断の在り方をめぐる改革
 イ 労働裁判における陪審・参審制の導入
  ・陪審・参審制の選択制とする(なお賃金不払い事件や理由のないことが明白な解雇事件は簡易労働訴訟を想定する)
  ・参審制は、職業裁判官と労使双方から選出された素人裁判官によって構成し、素人裁判官にも評決権を付与する
  ・素人裁判官の選出については、民主的な手続き・客観的で公正な基準を定めること
 ロ 法曹一元の実現
 ハ 労働裁判の特別な手続きの創設
  ・強力な証拠開示制度の新設
 文書提出命令の範囲の拡大するとともに証拠保全手続きの要件や範囲・効力を拡充強化する
  ・労働者側に申立権を付与して裁判所が使用者に対して求釈明をできるようにする
 ニ 労働実体法の整備
 労働契約法・解雇規制法・労働者保護法・差別禁止法の制定や実体法において立証責任の転換規定ないしは推定規定を設ける
B 労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方の見直し
 イ 実質的証拠法則の導入
 ロ 中労委命令に対する取消訴訟の管轄を東京高裁とすること
 ハ 中労委による地労委命令の履行勧告を改め、使用者に従うことを義務づけるとともに裁判所は原則として緊急命令を出すべきことを法定すること

3 労働検討会における主要な検討項目
 2001年12月司法制度改革推進法が施行に至り、その後各検討会における活動が開始されました。
 労働検討会では、主要な検討項目として
  @労働調停の導入について
  A労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方について
  B雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否について
  C労働関係事件固有の訴訟手続きの整備の要否について
が提示されました。
 一方、証拠収集手続きの拡充はこの検討項目から外されています。

4 具体的制度設計の焦点
 その後の労働検討会の検討状況を見ると、委員名を明示した議事録公開や実態把握のためのヒヤリングの積み重ねなど積極的な取り組みが行われています。
 わたしたちは、国民の要求する制度改革を実現する立場から、中長期の展望を持ちつつ、検討会の状況をも鑑み、当面の具体的な制度設計の課題を明確にしておく必要があります。
 また証拠収集手続き関係は法制審議会民事訴訟法部会で、労働契約法制については労働政策審議会労働条件分科会で議論されるという分断ともいえる扱いとなっており、これらの審議会に対する対応も併せ行っていくとともに少なくとも証拠収集手続きの拡充については法制審議会に「丸投げ」するのではなく労働検討会において検討されなければなりません。
 私たちとしては、労働検討会に向けた当面の課題は、証拠収集手続きの拡充とともに次の各点にあるものと把握すべきでしょう。
  @労働参審制の実現
  A簡易労働訴訟の実現
  B労働委員会の救済命令の司法審査の改革
 これらにつき私たちの考える具体的制度設計は項を改めて提示することにします。
 なお労働調停については、調停委員会を裁判官1名、労働者側推薦委員及び使用者側推薦委員各1名をもって構成する(選任方法等は労働参審員の例に準ずるものとする)とともに訴訟事件につき労働調停に付す場合には、当事者双方の同意を要件とすべきです。


第3 具体的な制度設計

1 証拠収集手続きの拡充

 前に述べたとおり、現在の労働裁判が抱える最大の問題点の1つは、審理の進め方が、労使間での証拠の偏在を無視して労働者側に過重な立証責任を負わせ、また使用者による引き延ばしを許し、その結果審理が長期化していることにあります。
 審理の充実・促進にとってもっとも重要と言える証拠収集手続きの拡充なくして審理期間の半減、計画審理の促進を図っても、それは公正、正義という裁判の本質に反し、結局裁判の名に値しないものとなってしまうことは明らかです。
 この点につき、司法制度改革審議会意見書においても、「法曹の専門性強化、計画審理の推進」と並んで「証拠収集手続の拡充等を図るべきである」と指摘されているところです。  そのためには、少なくとも
 @強力な証拠開示制度を新設すること
 A労働者側に求釈明申立権を付与すること
が不可欠です。
 @はたとえば、現行法上の文書提出命令の範囲を大幅に拡大すること、証拠保全手続きの要件や範囲・効力を拡充・強化することが考えられます。
 またAは、主張・証明責任の有無に関わらず事案を解明するために、裁判所が使用者に対して求釈明ができるようにし、そのために労働者側に求釈明申立権を付与することを想定しています。
 そしてこれらを含め労働検討会において「証拠収集手続の拡充」のための具体的方策を検討することが求められます。


2 労働参審制の導入

@ 労働参審制
 労働契約・労使関係に関する事件(労働関係事件)を対象とするものとする。
 原告(労働側)が労働参審制を選択できるものとする。
 地方裁判所(支部を含む)の審理及び裁判について労働参審制を導入するものとする。
  事物管轄において簡易裁判所の管轄に属する事件であっても、地方裁判所(支部を含む)において労働参審制による審理及び裁判を受けることができるものとする。

 労働契約に関する事件とは、使用者の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求事件、業務(公務)外認定処分取消訴訟、公務員の懲戒処分取消訴訟等を含むものです。また労使関係に関する事件とは、地方労働委員会命令の取消訴訟等も含むものです。
 すべての事件に参審制を導入するという判断もありえますが、参審制を義務づける必要はなく選択制が妥当でしょう。また選択権を労働者側にのみ認めるのは、労働契約が従属労働を内容とするという特殊性を有するからであり、また集団的労働事件もこの従属性を前提に団結権によって対等性を確保する過程で生ずる紛争だからです。選択権の片面性は、労働委員会への申立権が労働者側にのみ認められている例にも見られるとおり、憲法28条等の要請でもあります。
 また使いやすい制度とするためには、簡易裁判所の事物管轄に属する事件であっても労働参審制を選択することができるようにすべきでしょうし、前記のとおり簡易裁判所の事物管轄の上限を増額する顕著な動きがある現在、一層簡易裁判所の事件においても選択することができるようにしておくことが必要です(因に労働調停において労使双方推薦の調停委員が入る制度となる場合には、簡易裁判所において労使双方推薦の参審員なり調停委員が活動することになります)。
 なお民事事件においては、刑事事件における裁判員制度に関する議論と異なって、量刑関与、検察官の上訴権及び控訴審構造論等の論点がなく、高等裁判所の審理及び裁判にも労働参審制を導入することが妥当です。

A 裁判体の構成及び評議
 裁判体は、裁判官1名並びに労働者側及び使用者側各1名の参審員をもって構成するものとする。
 この場合、裁判官が裁判長を務めるものとする。
 裁判は過半数の意見によるものとする。
 参審員は配転された事件毎に順次これを務めるものとする。

 裁判官との対等性を図るため、参審員につき労使各2名、計5名の構成とすることも考えられます。全体としての参審員の員数や体制等をどう予定するかともかかわる問題です。

B 参審員の選任
 参審員は、最高裁判所長官が任命するものとする。
 任期を3年とし、再任されることができるものとする。
 裁判所法に定める年齢に達したときには退任するものとする。
 参審員は、当該地方裁判所の管轄内の労働組合、労働団体及び使用者の団体が裁判所に提出する推薦名簿から、相当数を、産業別、業種別及び系統を考慮して、少数労働組合・団体からの推薦に留意して公正かつ適正に選考し、また任命しなければならないものとする。
 とりわけ1つの系統に属する労働組合・団体から推薦された者からだけ選考ないし任命することなく、現に存する複数の系統に属する労働組合・団体及びいずれの系統にも属さない労働組合・団体から推薦された者を選考ないし任命することを原則とし、産業別、業種別についても同様とするものとする。
 裁判所法に準じた欠格事由を設けるものとする。

 憲法80条(任命及び身分保障)は職業裁判官に保障されるべきものであり、参審員には適用されないものと考えらます。
 また前記のとおり旧労働省は、労働委員会の労働者委員の任命につき、昭和24年7月29日付事務次官通牒(労働省発労第54号)を都道府県知事に通知し、これが任命基準として取り扱われているのですが、現実にはこれに反した任命が多くの地域で行われている現状にあります。そこで参審員についてはこのような違法・不当な選考・任命が行われないよう最低でも遵守されるべき基準を明示しておく必要があります。
 また下級裁判所裁判官候補者指名選考機関の在り方については別途検討が必要ですが、参審員についてもこの選考を経て任命されることは当然のことでしょう。

C 参審員の資格
 参審員は満35歳以上の者で、当該地方裁判所の管轄内で労働者又は使用者として活動している者でなければならないものとする。
 労働組合の役員及び職員並びに使用者団体の役員又は職員で、労働組合又は使用者団体から代表権を委嘱された者は、前項の労働者又は使用者として活動している者とみなすものとする。

D 参審員の職責及び報酬
  参審員は、その良心に従い独立してその職権を行い、日本国憲法及び法律のみ拘束されるものとする。
 参審員は相当額の報酬を受け、在任中、これを減額することができないものとする。

 参審員が推薦団体等の利益代表ではないことは当然であり、また、職責及び報酬につき憲法の規定を注意的に書き入れています。

E 通常手続きへの移行決定
 裁判所は、次に掲げる場合には、通常手続きにより審理及び裁判をする旨の決定をしなければならないものとする。
 ・公示送達によらなければ被告に対する第1回口頭弁論期日の呼び出しをすることができないとき
  この決定に対しては不服を申し立てることができないものとする。

F 除斥又は忌避事由の拡大
 参審員が当事者と特別な利害関係(対立関係にある場合を含む)を有する場合には、除斥又は忌避されるものとする。
  この除斥又は忌避の裁判手続きについては裁判官に関する民事訴訟法の規定に準ずるものとする。

 参審員については労働組合、労働団体及び使用者の団体の推薦により労働者又は使用者として活動している者が選考・任命されることから、裁判官の除斥又は忌避理由を拡大する必要が出てきます。特にわが国では企業別労働組合が一般であり、その企業別労働組合が業種別ないし産業別に上部団体を結成していることが少なくありません。使用者団体についても同様の状況がありましょう。また同一企業内に複数の労働組合が併存する場合や単一の労働組合であっても組合内において運動方針に対立がありる場合もあります。
 このような場合、労使ともに当事者と同一企業や、その直系の上部団体から推薦された参審員は事件から除斥又は忌避されることは当然といえるでしょう。
 ここではこのような事態を想定して「特別な利害関係を有する(対立関係にある場合を含む)」と表現してみました。


3 簡易労働訴訟の導入

@ 簡易労働訴訟
  雇用・労使関係に関する事件(労働関係事件)を対象とするものとする。
  通常民事訴訟手続きの特則とするものとする。
  原告(労働者側)が簡易労働訴訟手続きを選択できるものとする。
  原告(労働者側)の選択により、労働参審制による審理及び裁判を受けることができるものとする。

 賃金不払い事件や理由のないことが明らかな解雇事件など比較的事案が簡明でその処理にそれほど時間を要しない事件を念頭に置いていますが、個別的労働事件に限定する必要はなく、原告(労働者側)の選択により集団的労働事件をも対象としてよいでしょう。
 簡易労働訴訟ではすべて参審制による審理・裁判とする(裁判官だけによる審理・裁判という選択は認めない)旨の制度設計もありうるところですが、前記のとおり比較的事案が簡明でその処理にそれほど時間を要しない事件を念頭においているところから、(単独)裁判官による通常手続きも選択する余地を残すことが妥当でしょう。
 なお本人による訴訟提起も可能なように、必要な職員を配置したうえ定型的訴状の準備や窓口相談・指導の充実も不可欠です。

A 土地管轄
 原告(労働者側)の住所の普通裁判籍所在地の裁判所も管轄を有するものとする。

 事物管轄については一般原則によることから、簡易裁判所も取り扱うことになります。
 現行の30万円以下の金銭請求事件の場合は簡易裁判所の少額訴訟をも選択できることになります。

B 訴訟費用
 地位に関する請求や高額の請求については定額制とするものとする。

 利用しやすい制度とするためには、地位確認請求は例えば月額基準内賃金の3か月分に相当する訴訟費用、高額の退職金請求等については訴訟費用の上限値(定額)を定めるなどとすることが必要です。

C 補佐人
 当事者は、労働組合、労働団体及び使用者団体の役員を補佐人に選任することができ、この場合裁判所の許可を要しないものとする。

 本人による訴訟追行が可能なように補佐人につき特則を設ける必要があります。

D 審理
 第1回口頭弁論期日は、提訴の日から原則として3週間以内の日に指定するものとする。  審理は口頭主義によることを原則とするものとする。
 裁判所は、第1回口頭弁論期日前に、答弁書の提出のほか、当事者の出頭、準備書面の提出、陳述書の提出など必要な措置を当事者に命ずることができるものとする。
 裁判所は、第1回口頭弁論期日に、争点を明確にするため必要に応じ次の措置を採るととともに人証を含め証拠の採否を決定するものとする。
 ・当事者に対し釈明を求めること、また、そのため当事者に対し終期を定めて準備書面及び陳述書等を補充のうえ提出することを求めること
 ・当事者に対しその所持する文書の提示及び提出を命ずること
 ・当事者及び関係者の出頭を命ずること
 裁判所の前項の求釈明に遅れて提出された攻撃防御方法は、時期に遅れたものとして却下することができるものとする。
 提出を命じられた文書を提出しないときは、相手方当事者のその証拠に関する主張を事実として認定することができるものとする。
 第2回口頭弁論期日は、第1回口頭弁論期日から原則として1か月以内の日に指定し、人証の証拠調べを実施するものとする。
 裁判所は、相当と認めるときは、音声により同時に通話することができる方法によって証人を尋問することができるものとする。
 証人が正当な事由により出頭することができないなどやむを得ない事由がある場合には、できるだけ直近の日を指定して、第3回口頭弁論期日を実施することができるものとする。

 簡易労働訴訟を適正かつ実効あるものにするためには、速やかで短い間隔の期日指定とともに裁判所の強力な釈明権と証拠提出命令権の行使が不可欠です。
 裁判所の釈明権行使については、通常民事訴訟手続きの釈明処分(民事訴訟法151条)を簡易労働訴訟に適した形で定める必要があり、更に工夫が求められます。
 また文書提出命令については、通常民事訴訟手続きにおける提出命令の要件をどのように緩和するか検討を要するところです。

E 和解勧試
 裁判所は、いかなる段階においても訴訟上の和解を成立させるよう努力するものとする。

F 通常手続きへの移行決定
 裁判所は、次に掲げる場合には、通常手続きにより審理及び裁判をする旨の決定をしなければならないものとする。
 ・公示送達によらなければ被告に対する第1回口頭弁論期日の呼び出しをすることができないとき
 この決定に対しては不服を申し立てることができないものとする。

G 判決
 裁判所は、口頭弁論を終結した期日に判決を言い渡すものとする。
 判決理由はその要旨を告知するものとする。
 言渡日から原則として3週間以内に判決書を作成するものとする。
 金銭支払請求を認容する判決の場合には、職権で、担保を立て、又は立てないで仮執行をすることができることを宣言しなければならないものとする。

H 上訴
 通常民事訴訟手続きによるものとする。

 少額訴訟手続きと同様に、不服申立手続きとして、通常訴訟への異議申立権、異議後の判決に対し控訴禁止という制度もありえましょうが、高額な訴訟もありうることから通常民事訴訟手続きによる上訴制度が妥当と考えられます。


4 労働委員会の救済命令の司法審査の改革

@ 実質的証拠法則
 労働委員会の命令の取消しの訴え(労働組合法27条6項)については、労働委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときには、裁判所を拘束するものとする。
 前項に規定する実質的な証拠の有無は、裁判所がこれを判断するものとする。
 新証拠の申出その他の手続き及び命令の取消しの要件については独占禁止法の規定に準ずるものとするが、裁判所が労働委員会の命令を取消す場合には、事件を労働委員会に差し戻すことなく自ら判断を下すものとする。

 実質的証拠法則は、中央労働委員会の命令に限らず地方労働委員会の命令の取消訴訟においても採用されるべきです。
 また判断の遅延を避けるため、労働委員会の命令を取消す場合には、差し戻すことなく裁判所が自ら判断を下すことが必要と考えられます。

A 中央労働委員会の命令の取消しの訴えの裁判権及び専属管轄
 中央労働委員会命令の取消訴訟につき、第1審の裁判権は東京高等裁判所に属し、専属管轄とするものとする。

 地方労働委員会命令の取消訴訟は従前どおりとしまが、中央労働委員会命令の取消訴訟につき、第1審の裁判権は東京高等裁判所に属し、専属管轄とすることが必要です。この結果どちらの場合にも4審制となります(地方労働委員会命令に不服を申し立てる当事者からすると、中央労働委員会→東京高等裁判所→最高裁判所を取るか、地方裁判所→各高等裁判所→最高裁判所を取るかを選択することになります。後者を取れば地方裁判所から実質的証拠法則が妥当することになります)。
 なお東京都地方労働委員会は、第2回検討会におけるヒヤリングにおいて、「審級省略を導入する前提としては、労働委員会の証拠調べの現状(審査手続、組織体制等)を大幅に改善・強化することが必要であり、その上で、裁判における証拠調べの充実という観点からは、むしろ地方裁判所ではなく高等裁判所を省略するようなことも考えられるのではないか」との意見を表明しています。
 証拠調べの現状を改善・強化することに格別異論はありませんが、裁判所の審理と遜色ない審理が労働委員会でも行われている実態に照らせば、現在でも審級省略は十分可能ですし、更には「不当労働行為のやり得」という事態を改善するためには少なくとも4審制を実現することが欠かせません。
 この場合、東京都地方労働委員会の意見のとおり高裁を省略するという考えもありうるところであって、むしろその方が遠方の当事者に便宜であるということも魅力です。
ここでは中央労働委員会の権威を高めるという目的もあって従来のわたしたちの見解のとおり東京高裁の裁判権に属するものとしました。


さいごに

 どのような改革提案であっても、これを実現できるかどうかは国民世論にかかっています。  わたしたちは、引き続き労働裁判制度の改革をはじめ司法全体にわたって国民のための司法改革を実現するため奮闘する決意です。



わたしたちの労働裁判改革の提案

2002年7月
編 集  自由法曹団司法民主化推進本部
発 行  自 由 法 曹 団
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