<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2002年9月

新仲裁法から労働契約の除外を求める

自 由 法 曹 団




  はじめにー重大な「中間まとめ」
  1 「仲裁」の機能と性格
  2 「強」「弱」の差のある当事者間の「仲裁」の危険
  3 労働契約は、新仲裁法の適用除外とすべきである
    労働者は「仲裁合意」を拒否できない
    5,300万人が訴権を失う
    判例によるルール確立を不可能にする
    労働基本権の侵害
  4 現行法制度と労働裁判検討会審議との不整合(矛盾)
    労組法などの「仲裁」との不整合
    労働裁判検討会審議との矛盾
  むすびー討議をつくし、除外を




はじめにー重大な「中間まとめ」

 政府の司法制度改革推進本部事務局の「仲裁検討会」は、「仲裁法制に関する中間まとめ」を発表した。これによれば新仲裁法を制定し、その適用対象を当初、主としていわれていた「国際商事関係」から「国内取引関係」へ、無限定に拡げることになっている。労働契約もまた「国内取引」の一部であり、当然に適用対象となることになる。しかし、のちに四でくわしく述べるように、こうした新仲裁法制は、リストラ・「合理化」などによって被害を受けている労働者から、裁判を受ける権利を奪うことになるものであり、司法改革の本来の目的に決定的に反すると、長く、そして多くの労働事件を担当してきた私たち自由法曹団は考える。
 よって、私たちは新仲裁法の適用対象から労働契約を除外することを求め、以下のようにその理由を述べるものである。


1 「仲裁」の機能と性格

 新仲裁法による仲裁制度とは、裁判所ではなく、特定の仲裁人(あるいは仲裁機関)が、当事者双方の合意がある場合には、仲裁によって紛争を解決するという制度である。この合意は、紛争が発生したときに個別にされることもあるが、将来発生するかも知れない紛争についてあらかじめ、当事者間で「その場合は仲裁で解決する」としておくことも可能である。多くの場合後者が予定されている。こうした合意をする当事者についていくつかの例をあげれば、a外国企業と国内企業間(国際商事関係)、b国内各企業、c建築業者と建築主、d企業と消費者、e企業と労働者などがあげられる。
 こうした当事者間で仲裁合意がされていれば、紛争について当事者は仲裁を求めるしかなく、裁判は起こせない。起こしても相手方から「仲裁によるべきだ」と抗弁(「防訴抗弁」)されれば裁判は却下、つまり門前払いになる。仲裁手続も裁判のように公開の法廷で当事者が主張、立証し、審理をつくしてシロ、クロを争うというのではなく、仲裁人(機関)の定める簡便な手続による。こうして出された「仲裁」の結果に不満があっても、不服申立手段はない。仲裁裁定の中身自体が明らかに違法であるなどという特殊なケース以外に、仲裁判断の無効、取消を求めて裁判で争うこともできない。
 つまり、「仲裁」は公開の場での裁判のような手続抜きの仲裁人(仲裁機関)の判断まかせの「一発勝負」なのである。
 以上によって明らかなように、「仲裁」は迅速さや、簡単さはあっても、公正なやり方で当事者が真実を明らかにし、適正な判断を得るという保障のない仕組みである。その判断の公正さ、正確さについては、保障はないと言わなければならない。


2 「強」「弱」の差のある当事者間の「仲裁」の危険

 こうした新仲裁制度が国際商事関係などに適用するということはありうることである。なぜなら双方当事者間の力関係に大差はなく、かつ、仲裁を紛争発生前に予め選択することの利害得失について、各当事者は前もって判断することが可能で、選択についての「平等な主体性」が一般にみとめられるからである。しかし、契約にあたって、明らかに力関係上大きな差のある当事者間で「将来の紛争」についての「あらかじめ仲裁合意」を認め、こうした当事者間の契約について新仲裁法の適用対象とすることには「弱者」の「強者」に対する訴権(裁判を受ける権利)を奪う危険があると言わなければならない。
 なぜなら、たとえば一般に消費者が企業と取引するに、将来、紛争が生じたとき、あらかじめ仲裁で解決すると約束しあった方がいいか、裁判に訴えることにしておいた方がいいかは消費者には予測し、判断することはまずできない。まして、多くの場合、こういう仲裁条件は何十条もある契約書のどこかに一〜二行で書き込まれているだけである。こうした契約書の場合、重要条項について、消費者は実際には見てもいないことが多いのはよく知られた事実である。新仲裁法について、消費者の多くから、その適用除外、少なくとも「将来の紛争についての仲裁合意を無効とする」という要求がつよく出され、仲裁検討会でも、そのことが討議されるにいたったことは当然である。
 この危険は、借地・借家契約、フランチャイズ契約など他の分野においても等しく存在することに留意すべきである。


3 労働契約は、新仲裁法の適用除外とすべきである

 物の販売やサービスの提供についての企業と消費者との関係以上に、企業と労働者の力関係の差は大きい。いうまでもなく、企業の側が圧倒的「強者」である。だから、労働契約については、従属的契約として労働者を守るために様々の規制立法があり、判例がある。それなのに、新仲裁法についての「中間まとめ」は、労働契約についてなんの配慮もしていない。新仲裁法の労働契約への適用は、弊害が明白かつ重大であって、絶対に適用除外すべきである。

労働者は「仲裁合意」を拒否できない

 労働契約を新仲裁法の適用対象としたとしよう。使用者はあらかじめ、就業規則に労働契約に関する一切の紛争は仲裁機関の仲裁によって解決するものとすると書いておくことになる。雇用契約を結んだ各労働者はこうした就業規則を認めて労働契約を締結したということになり、あらかじめ包括的に仲裁に合意したとして取り扱われる。「あらかじめ、使用者が就業規則を提示し、労働者が明示・黙示的に合意(つまりはっきりノーと言わなかったことー引用者注)することによって、就業規則の労働条件は労働契約の内容となる」(昭和電工事件、東京高裁判決・昭和29年8月31日)「就業規則の規定内容は、合理的なものであるかぎりにおいて、具体的労働契約の内容となる」(帯広電報局事件、最高裁第一小法廷判決、昭和61年3月13日)というのが判例だからである。
 仮に、新仲裁法による仲裁では、就業規則の記載による「包括的合意」だけではだめで、個別に労働者と合意しておく必要があるとしたとしよう。その場合でも、使用者は雇用のときに労働契約書にそうした一行を書いておけばいいだけのことである。
 「そんな就業規則規定は認めない」とか「労働契約のその一行は認めない」といえば、その労働者は採用されないことは見えすいている。労働者は労働力を売って生きるしかないのだから、労働者は「ノー」ということはできない。
 このことは、期間の定めのないいわゆる正社員であっても、契約社員、パート、アルバイト、派遣労働者の別なく共通である。

5,300万人が訴権を失う

 こうして入社した労働者は解雇されても、不法な出向、配転をされても差別されても裁判に訴えるわけにはいかない(不当労働行為の救済申立(不利益差別是正)についても同様であろう)。
 訴えたら却下、「門前払い」の敗訴判決ということになる。
 仲裁機関が会社よりのものになっており、手続的にも充分に言い分を聞いてもらえず、仲裁の結論がまったく不当でも、もはや争う手段はないということになる。
 労働者の数は約5,300万人である。ということは5,300万の労働契約があるということである。もし、このままの方向、内容で新仲裁法が制定されるならば、5,300万人労働者が「弱者」の最後の権利である「裁判を受ける権利」を大きく奪われるのは必至である。

判例によるルール確立を不可能にする

 労働者側の被害はさらにある。労働者は多くの労働裁判をつうじて、たとえば「整理解雇の四要件」や、「労働条件の不利益変更の禁止」などの判例を確立し、労働諸立法の不備をおぎない、労働のルールを確立してきた。ところが労働契約上の紛争が仲裁の囲いに閉じ込められ、労働者が訴権を失ったら、こうした労働裁判の貴重な機能は失われることになる。その結果、この国の労働のルールの発展は阻害され、さらに貧しいものになるにちがいない。

労働基本権の侵害

 それだけではない。新仲裁法の労働契約への適用は、労働者の団結権、団体交渉権、争議権についても重大な侵害なる。「この解雇、賃下げ、差別はいずれも仲裁事件であり、団交議題ではない」「仲裁を拒否して、あるいは仲裁判断に反して争議を行うことは違法である」という主張が企業側からかならず持ち出されることは目に見えているからである。裁判とともに、本来はそれ以上に、労働者の権利回復のための手段である憲法と労組法上の権利行使に新たな重大な障害がつくられるのである。


4 現行法制度と労働裁判検討会審議との不整合(矛盾)

 労働契約を新仲裁法の適用対象とすることは、現行法制とも、司法改革推進本部の労働裁判についての検討会の審議とも整合性がない。率直に言えば、矛盾している。

労組法などの「仲裁」との不整合

 現行法制では労働組合法(20条)で「労働争議の斡旋、調停及び仲裁」の権限が与えられ、現に広く活用されている。また労働関係調整法(10条乃至35条)で労働争議についてあっせん、調停、仲裁の各手続が定められ、労働委員会の会長があっせん員、調停委員会、仲裁委員会を指名することができるとされている。これらの場合の労働争議とは労働組合が団体行動として行う争議だけでなく、個別的な労働紛争も含むとされている。こうした現行法の一環として、労働委員会での仲裁を活用し、必要ならばそのいっそうの充実を検討すべきである。こうした労働委員会での仲裁と別個に、当事者の合意により事実上、使用者のイニシアティブでつくられる仲裁人(仲裁機関)による仲裁、しかも、紛争発生以前にあらかじめ紛争は仲裁によるという制度をつくることは、労働委員会が行う公正な仲裁を事実上、使用不能にすることになる。

労働裁判検討会審議との矛盾

 我国の労働裁判の現状を改善するために、司法改革推進本部の労働裁判検討会では、労働裁判改革のための討議が熱心に行われている。今日の労働者の状況を見れば見る程、労働裁判の改革による権利救済は重要である。具体的には@審理期間の半減化、A労働調停制度の導入、B労働委員会の救済命令についての司法審査のあり方、Cいわゆる労働参審制の検討、D労働裁判固有の訴訟手続の導入などが討議されている。
 一方で、こうした討議が行われているのに、他方で5,300万労働者から訴権(不当労働行為救済申立権を含む)を奪うことになる労働契約への適用を当然視する新仲裁法の制定の討議が同じ司法改革推進本部で、事実上、無関係で進行しているのは整合性がなく、矛盾である。
 現行法制及び司法改革推進本部労働法制検討部会の審議との明らかな不整合性(矛盾)を解消するには、新仲裁法の適用対象から、労働契約を除外する以外に道はないと確信するものである。


むすびー討議をつくし、除外を

 私たちは、国民の権利を守るために、司法改革が行われることを心から望んでいる。そのための努力を惜しまないつもりである。しかし、5,300万労働者から、「裁判を受ける権利」を奪う仕組みは、あまりにも被害が大きく、けっして容認できない。このような「改革」は司法改革の本来の目的に反していると言わざるを得ないのである。
 仲裁検討会の諸記録を見ても、私たちの知る限り消費者間の契約についての一定の論議はあっても、労働契約についての論議はない。これほど重大な問題で5,300万人の労働者、その家族をふくめれば国民の圧倒的多数の人々の権利にかかわる問題がまともに審議の対象とされず、労働者側のヒアリングもされていないというのは検討会の論議として重大な欠落であり、すみやかに審議の対象とすべきである。
 幸いにして、事態はまだ「中間のまとめ」の段階であり、検討会の審議はなお続いている。検討会において、本意見書を充分に検討され、新仲裁法からの労働契約の除外をされるよう、心から要望する次第である。

2002年9月9日
自由法曹団
団長 宇 賀 神  直

司法制度改革推進本部 殿
同本部各委員 殿