<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2002年10月22日

憲法調査会の中間報告作成に関する意見


衆議院 憲法調査会
会長 中山 太郎殿
〒112-0002
東京都文京区小石川2-3-28
DIKマンション小石川201号
自由法曹団
団長 宇賀神 直




1 憲法調査会の役割と中間報告について

 憲法調査会は、いうまでもなく「日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行うため」(衆議院憲法調査会規程第一条)に衆議院に設置された組織である。
 今日に至るまで、衆議院憲法調査会では、日本国憲法の制定経緯や21世紀の日本のあるべき姿をテーマとし、その後、4つのテーマ別に小委員会ごとで審議を進めてきた。また、5つの地方で公聴会を開いたが、各公聴会では、憲法を大切にすべきという意見が多数述べられた。
 しかし、衆議院憲法調査会において、「広範かつ総合的な調査」に値する調査が進められてきたかは、疑問といわざるを得ない。まず、憲法の運用状況がどうなっているか、必要な法令が十分整備されているか、不十分さや問題点があるかについてなどについての議論が必要である。そして、不十分さや問題点があれば、それぞれについて原因を解明し、解決策、つまり憲法を政治に活かす方法を検討することである。それが、憲法尊重擁護義務を負っている国会議員としての責務でもある。
 4つの分野でテーマ別に議論を開始した小委員会でも、このような議論が進められているとはいえない。少なくとも、憲法を実践する立法・行政・司法の現場から、具体的な実態に迫る調査活動を展開し、問題点を解明する必要がある。
 憲法調査会の本来の役割を果たすためには、このような基本的な活動を進めることがまず先決ではないだろうか。今日、中間的な報告をまとめる段階でないことは明らかである。中間報告をまとめるとしても、現場の関係者や国民からの意見聴取や調査活動を積極的に進め、そこに憲法が生かされているかどうかの実態を明らかにし、到達点や問題点を検討することをふまえる必要がある。
 私たちは、憲法の問題が様々に議論されている具体的な裁判事例について取り組み、「憲法判例をつくる」という出版物を発行している法律家団体として、具体的な国民の生活や実態との関係で国会における調査活動が具体的に進められることを強く求める次第である。

2 まとめ方について

 仮に中間報告をまとめるとしても、調査会で述べられた意見や審議を正確に反映したものでなければならないことは、言うまでもない。
 ところが、すでに本年七月に憲法調査会により作成された「小委員会における委員及び参考人の発言に関する論点整理メモ」では、整理の仕方について、重大な問題があり、改憲を指向する方向が強調されている。以下、若干の例を示して問題点を指摘する。

(例(1))

 「政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会の論点整理メモ」については、「I国会と内閣の関係その他政治部門全般」(計9ページ)、「II国会」(16ページ)、「III内閣」(5ページ)、「IV司法部門」(7ページ)、「V明治憲法体制下の統治機構」(7ページ)、「VIその他」(8ページ)に大項目分けして、委員および参考人の発言が抽出されている。このうち「VIその他」は、さらに「憲法論議に臨む態度その他総論的事項」、「制定経緯に関する議論」、「9条に関する議論」、「基本的人権関係」、「地方自治」、「憲法改正・最高法規」、「その他―憲法と教育」と分けられている。しかし、本小委員会は上記5つのテーマを設定し、それぞれのテーマを対象にして審議されたのであるから、論点整理メモとしては5つのテーマに絞って項目設定をするのが筋である。テーマをめぐる発言のなかでテーマの対象となっていない事項についての発言があったとしても、それはそもそも論点設定されていないのであるから、整理対象からはずすべきである。
 しかも、「VIその他」のなかに設定されている項目をみると、憲法「改正」を推進する立場の発言を並べる個所が多くを占めている。委員では奥野誠亮議員(自民)の憲法「改正」を志向する持論を展開する発言が9箇所も引用されている。これは突出した扱いである。また、参考人のなかで、明治憲法を高く評価し、明確な改憲論をとなえる八木秀次(高崎経済大学助教授)の発言がこれまた突出して多数引用されている。引用されている参考人の発言全体のなかに占める八木参考人の回数を数えると、「憲法論議に臨む態度その他の総論的事項」のなかでは7発言中5つ、「制定経緯に関する議論」のなかでは2発言中2つとも、「9条に関する議論」では6発言中3つ、「憲法改正・最高法規」のなかでは5発言中2つ、「憲法と教育」のなかでは5発言中4つという具合である。他の参考人の発言が少ないのは、本来設定されたテーマではないからである。
 以上のとおり、「VIその他」の大項目の設定は、特定の意図にもとづく恣意的で、アンフェアーなものであり、事務局の行う論点整理メモとしては不適切である

(例(2))

 「国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会の論点整理メモ」では、大項目としては、「外交・安全保障」「緊急事態」「その他」の3項目に分類されているが、大部分を「外交・安全保障」が占めている(全体で32ページのうち27ページ)。また、「緊急事態」(1ページ)は有事法制に関するものだけである。これでは、そもそもテーマの内容からして「広範かつ総合的に調査」することになっていない。さらに、「その他」には小項目として「憲法改正手続き」をわざわざ組み込んでいるが、前述したように整理対象からはずすべきである。
 具体的な参考人の意見に関する整理の仕方も問題である。例えば、松井芳郎参考人の発言について、同参考人は、「私個人としては、現行憲法を生かしながらどれだけのことができるのかということをもっとやれるだろう」と述べている。にもかかわらず、整理メモは、同参考人の「必要であれば憲法改正を考える必要がある」という発言部分をあえて引用している。けれども、この引用された発言部分は、憲法改正が国民の意思にかかっているという一般論を述べただけの部分であって、同参考人の意見として引用されるべきものでないことは明らかである。あまりにも恣意的にねじ曲げた整理といわなければならない。
 さらに、同参考人は、「私は憲法上自衛隊の存在は違憲だと思います」と明確に述べているにもかかわらず、整理メモは、「もちろん、9条だけではなく、さまざまな規定で時代遅れになっている規定も多々ございます」という発言をとらえて引用している。これでは「ねつ造」に近い揚げ足取りである。

 以上のように、憲法調査会の議論が公正に整理されずに、憲法改正を指向する意見を強調し、さらにはそれに反する意見まで改憲の方向にねじ曲げてしまう「整理」やまとめが行われている。「中間報告」においても、その危険性を指摘せざるを得ない。断じて、そのような過ちを繰り返すことのないよう強く要請する次第である。