<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2002年10月25日

      有事法制はいらない

現場からの報告 パートT

自 由 法 曹 団


  はじめに
  有事法制と地方自治体・自治体職員
  有事法制で医療現場はどうなるか
  有事法制と建設業者・労働者
  平和な海は日本の生存条件
    ー船員と有事法制
  有事法制と港湾労働者
  有事法制と航空労働者



はじめに

 私たち自由法曹団はこれまで第5意見書まで発表し、有事関連3法案について、その本質は攻撃型有事法制であることを明らかにし、どのように修正しようともその本質は修正不可能であり、本法案は廃案にすべきことを主張してきた。
 3法案の一つ武力攻撃事態法案は、政府が武力攻撃事態と認定し、対処基本計画を決定すると、政府機関・地方自治体・指定公共機関が対処措置を実行する義務を負い、国民は対処措置に協力する義務を負うとしている。その対処措置には自衛隊の作戦行動のほか、自衛隊・米軍への物資の提供、役務の提供などあらゆる兵站の提供、救助・復旧・価格統制・物資の配分など、戦争にかかわることすべてが含まれている。有事関連3法案は「日本有事」「本土上陸」を想定した事態に国民の生命・財産をどうやって守るかを考えたものではなく、周辺事態=武力攻撃事態として米軍に追随して「海外侵攻」する際に、自衛隊さらに日本の施設、物資をどのようにして調達し、国民をどうやって動員するかの設計をする法案である。有事法制によって政府はこの国をどのようにしようとしているのか。有事関連3法案から見えてくるこの国の未来はどのようなものか。本第6意見書は個別の分野における告発型の意見書であるが、各分野で想定される事態を過去の事例も検証し、具体的に検討してみた。そこから見えてくるのは政府の意向により自治体の権限は停止させられ、国民は否応なくあるいは自らすすんで戦争遂行に協力していく姿である。有事法制が平和憲法を壊し、地方自治の本質を蹂躙し、この国をいつでも戦争できる国にしようとしていることである。

 本意見書は各執筆者の責任で緊急に作成されたものである。編集段階に入った本年10月8日、「国民保護法制」素案が全国知事会の席で政府から発表された。「国民保護」という名称をかぶせたどのような法案が出されてくるのであろうか。どのような法案がでようとも、その基本法たる有事関連3法案の本質は「攻撃型」であり、「国民保護」などということはその本質を隠すためのものでしかない。継続審議となった有事関連3法案を廃案にするためには3法案の本質を的確に指摘し、その危険な本質をより多くの人々に知らせることが肝要であろう。限られた分野ではあるが、本第6意見書(告発集)をパートTとして緊急に発行した次第である。まだまだ不十分であり、特に各分野で実際に携わっている方々からみれば指摘の足りないことも多いと思う。みなさまからの意見を是非お寄せいただきたい。


有事法制と地方自治体・自治体職員

1 ねらいは自治体・民間の動員
 93〜94年の北朝鮮核疑惑でアメリカが軍事攻撃を準備した際、米軍が防衛庁に1059項目の支援要求を出した。弾薬輸送のための10トントラックを148台とか、沖縄海兵隊基地ではトラックとトレーラー計1370台、荷積みのためのクレーンとフォークリフトを計114台、コンテナが沖縄で何個、横須賀で何個などと具体的に要求し、さらに空港・港湾の使用についても具体的に要求してきた。日本にはその要求に応えうる法がなく、アメリカは攻撃を断念したといわれる。アメリカが欲しかったのは日本が持っている修理・補給・物資調達能力であり、地方自治体の管理下にある空港、港湾などの活用であった。
 周辺事態法は地方自治体に対し「協力を求めることができる」、民間に対しては「協力を依頼することができる」とした。しかし、自治体や民間企業が拒否したらそれを強制する方法はない。アメリカとしては「ノー」と言われる危険をおかして軍事作戦をたてるわけにはいかない。武力攻撃事態法案の重要な目的の一つは地方自治体を全面的に協力させることである。「国及び他の地方公共団体その他の機関と相互に協力し、武力攻撃事態への対処に関し、必要な措置を実施する責務を有する」(5条)とし、地方自治体も同法案による対処措置(2条6号)を実施する責務を課せられる。
 対処措置とは、@自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動、A自衛隊とアメリカ軍への物資・役務などの提供、B警報・避難・救助・復旧など、C生活関連物資の価格の安定、配分などである。自治体は軍隊として行動すること以外のほとんどの対処措置について実施することが義務づけられたことになる。そしてこれらの対処措置に国民は協力するように努めなければならない(8条)。
 対処基本方針は内閣総理大臣が少数の閣僚と相談して独断的に決めることができる。そして内閣総理大臣は地方公共団体に対し、それを実行するよう指示する権限が与えられ、指示に従わない場合は、地方公共団体に代わって当該大臣がそれを執行するか、執行を命じることができる。首長が拒否しようとも地方公共団体を全面的に戦争体制に動員する法制度である。
 民間企業は「指定公共機関」と指定されると地方公共団体とおなじように対処措置について責務を課せられる(6条)。政府は協力させたい業者を「指定公共機関」と指定すればよい。「国民保護法制」素案によれば「指定地方公共団体」という指定もなされるという。こうして民間企業も戦争体制に動員される。
 現在の自衛隊法103条では防衛出動命令(武力攻撃を受けたか、おそれのある場合)が出された段階で地方自治体を国の統制下におくことができるが、武力攻撃事態法案では「予測されるに至った事態」まで拡大され、さらに自衛隊法103条に基づく処置の他に、限定のない、閣議で決定された対処基本方針に基づいて国は地方自治体を指示することができる。地方公共団体は意見を言うことができても指示されれば従わざるをえない。国から命令されるだけの下部組織とされるのである。

2 「個別法」による措置
 武力攻撃事態法案22条・23条は有事法制の整備を今後2年以内にするよう求めており、警報の発令、避難の指示、被災者の救済、消防などに関する措置、施設及び設備の応急に関する措置、保健衛生の確保及び社会秩序の維持に関する措置などは地方公共団体が対処する義務を負わされることになる。国民の生活の安定に関する措置についても、経済統制、物価統制などについて具体的には自治体職員が、町内会などの組織作り、その運営にも動員されることになろう。地方公共団体を通じて住民をどのように動員するかの仕組みをつくる法制度が予定されている。有事法制の整備とは国家総動員態勢作りにほかならない。地方公共団体はそのために強制動員され、住民を動員する先兵とされるものである。
 新しく防衛庁長官となった石破茂は、先の国会で次のように発言している。
 「有事法制の根幹は国民保護法制だ、日本がアメリカに勝つことができなかったのはアメリカの方が総動員体制がきちんとしていたからだ。ーー国の力を一点に集中して、不幸な事態を終わらせるために何ができるかに正面から向き合わなければ民主主義体制を守れない。ーー(先の戦争で)政府は戦争が始まるや、県や都市に対する統制力を失い、整然とした国家防空組織活動は見られなくなった。」と述べ自衛隊はどうやって敵をせん滅するかに専念しなければならない、そのために国民に協力させる法体系が必要と主張している。

3 先兵とされる自治体職員
 中央集権体制の明治憲法下では、戦争遂行のための機関として自治体は利用された。 国民、住民に最も近いところにいる自治体が、住民を戦争にかりたて、その生命・財産を奪うための先兵として活動させられてきた。
 1873年1月「徴兵令」が施行され、1882年8月には「徴発令」が施行された。
 食料関係は府県、運搬のための馬・車両関係、人夫関係は郡区、宿舎・飲料石炭・船舶・鉄道・演習のための地所・演習のための材料器具は町村が分担させられた。
 職工鉱夫洗濯人の類、治療に要する器具、道具、薬剤の類、病院、造船所工作・軍事の工作に要する材料なども町村の負担とされた。
自治体業務として徴兵業務が大きな仕事、それ以外では徴発業務が大きな比重を占めている。
 1937年7月7日、廬溝橋事件、日本の中国全面侵略が開始する。その年の8月閣議決定による国民精神総動員運動が始まり、自治体は精神総動員の推進機関とされる。1938年、国家総動員法が施行され、経済の直接統制、国民生活・地方自治体の行政もすべて戦争遂行のための計画経済に組み込まれる。自治体は地場産業や地元中小企業の振興政策を放棄。町内会は市町村の下部組織として組織され、町内会に、庶務部・消費経済部・貯蓄部・軍事援護部・防務部・健民部・婦人部・青少年部が設けられ、これを市町村自治体が指導した。さらに隣組が作られ、自治体はこれらの指導のため町会課を設け、国民精神総動員部との連携が図られた。
 日本が直接参戦はしていないが、米軍の後方支援を担わされた1950年の朝鮮戦争の時はどうであったか。
 米軍のための調達に政府内に特別調達庁が設置され、全国に67箇所の監督官事務所が設置された。自治体は基地労働者の募集業務などその補完的役割を課せられた。さらに港湾支援業務として給水・水先案内・曳舟・埠頭使用・クレーン提供・荷役・トラック提供・倉庫および臨時宿舎などを提供させられ、港湾・空港周辺、基地防衛の治安維持業務、基地防空態勢までとらされている(福岡の板付基地周辺は灯火管制)。
  (「自治体の戦争協力義務とはなにか」議会と自治体51号・山崎静雄)

4 平時から戦争遂行体制・「災害対策基本法」からみた自治体との関係
 片山総務大臣は、地方公共団体の役割として「災害対策基本法」を参考にして、すでに対策が立てられている静岡県などの実態も参考にしたいと答弁。大地震に備え自治体では「災害対策会議」が設置されているが、武力攻撃事態法案に基づく対処措置を実効あらしめるために都道府県ないし市町村は、有事対応会議を設置し、有事対応会議で有事対応対策を作成することになる。そのメンバーには自衛隊の方面総監、警察本部長が入る。有事の際だけ設置していたのでは対応に遅れが生じるので、平時から対応しておく必要があり、平時から自治体には「有事対策室」が設けられ、職員が配置され、絶えず、物資の状況、役務提供する業者の動向、物資を輸送する運輸業者の状況、さらに平和活動家の状況などについての情報を収集することを要求され、有事の際の対応の訓練が繰り返される。米軍基地をかかえる地域では米軍関係者も入ってくることになろう。対応計画は国の方針に反することはできない。
 自治体には有事対応訓練が義務付けされ、日常的に住民生活のなかに自衛隊(場合によっては米軍)が入ってくる。平時の有事対応訓練においても、歩行者・車両の通行禁止、通信設備の優先利用、設備等の撤去などの事前措置、警戒区域の設定などが行われる。

5 地方自治の本旨からみた有事法制
戦争遂行態勢は中央集権の権限集中体制が成立しないとなりたたない。武力攻撃事態法案は包括的に地方自治体を下部組織として組み込むものである。自治体は国の命令を受けて対処基本方針を実行させられるだけの機関となってしまう。
 憲法上、地方自治体は国とは別個の独立した団体であり、自治体の役割は「住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担う」ものである。住民自治は民主主義の基本であり、地方自治の理念は、国から独立した対等な自治権を有する地方公共団体が、住民の自治により自らの政治を実現し、産業を興し、文化を育てることである。武力攻撃事態法案は憲法が保障する地方自治制度の中に戦前型中央集権体制を持ち込むものであり、それは「有事」の場合にかぎらない。周辺事態=武力攻撃事態と認定されたときはもとより、平時においても「備えあれば憂いなし」とのかけ声で、地方自治の本旨を破壊し蹂躙してくるであろう。
 日本国憲法は戦争に結びつく一切の規定を排除したが、国と対等独立した関係にある地方公共団体をおいた。そのシステム自体が戦争遂行体制に移行することを抑止するものであり、戦争への歯止めになっているものであることを強調したい。 

(平  和元)


有事法制で医療現場はどうなるか

1 第二次世界大戦と医療労働者の動員・犠牲
(1) 1931年から始まる日本の侵略戦争は、医療従事者や医療施設に大きな犠牲と被害を及ぼした。1938年の国家総動員法以後、医療関係者の登録実施(同年)、国民徴用令(1939年)、医療関係者徴用令(1941年)などで医師は次々と徴用され、国民医療法(1942年)によって医師は完全に国家統制下に置かれた。こうして1941年に67612人いた医師が敗戦の前年には11136人しか国内にいないというほど戦争に動員され、日赤の看護婦は約3万3000人が動員され、多くの医師・看護婦が戦場で命を落とした。
 従軍看護婦は自ら武器を取って戦争に参加しながら、他国領土において侵略戦争のための医療に従事した。
(2) 医療技術の戦争への利用の名のもとに、医療をゆがめる恥ずべき行為が組織的に行なわれた。例えば、731部隊(関東軍防疫給水部)は多くの軍医を集めてペストやコレラによる細菌兵器を研究開発し、多くの中国人、ロシア人、朝鮮人に対する人体実験を強制的に実施し、中国側の調査では約1万人の人命を犠牲にした。九州大学生体解剖事件は、1945年に米軍捕虜を軍部の立会いのもと4回にわたって麻酔下で生体解剖した事件である。
(3) このような、医療関係者の戦争動員により、国内の医療体制は壊滅的な打撃を受けた。1941年に4,858あった病院は、終戦の年には645に激減している。このようにして、国民の命を守る医療は全面的に破壊された。

2 戦争動員の強い要求と新ガイドライン
(1) 朝鮮戦争、ベトナム戦争時アメリカは米軍基地内に野戦病院を設営し、傷病兵の治療を実施した。朝鮮戦争・ベトナム戦争では米軍の傷病兵手当のために赤十字の救護班の派遣を日本政府に要求した。朝鮮戦争時には、日本赤十字社が九州各地の国立病院などに勤務する看護婦を集め、米軍の治療にあたらせたという。
 ベトナム戦争では、日赤は「体制が整っていない」こと等を理由に、救護班派遣を見送ったが、アメリカはアジア・太平洋地域における戦争に日本の医療労働者を派遣させようとする要求を持ちつづけている。
(2) 1997年9月23日に日米両政府が合意した日米新ガイドラインは、日本の対米協力義務として、医療による救援活動・避難民への対応、後方地域支援の一環としての「衛生」が明記されている。
 米国は既に、朝鮮半島有事を想定して、重傷の米兵1000名を日本の病院で手術・治療できるようにしているという(琉球新報97/12/7)。これらを優先的に実施するために、医療施設を強制使用する法的措置を検討する方向も提示された(自民党安全保障調査会「ガイドラインの見直しと新たな法整備」)。
 今回の有事法制は、こうした流れの中で出てきているものである。
(3) 平成13年11月30日時点の、日本の陸海空自衛隊における医官は定員1058名のところ現員が919名と不足しており、歯科医官は定員231名のところ現員229名である(平成14年版防衛ハンドブック)。
 このような自衛隊内の医官のみでは到底、戦争動員へのアメリカの要求に応えることはできない。

3 現行自衛隊法と医療現場
 現行自衛隊法は、防衛出動時に、自衛隊の行動に係る地域(戦闘地域)において自衛隊の任務遂行上必要があると認めたときは、都道府県知事が防衛庁長官等の要請に基き、病院、診療所を管理し、物資(医薬品等医療上必要な物資を当然に含む)を使用・保管・収用できると規定している(103条)。
 そして、防衛出動時には、自衛隊の行動に係る地域(戦闘地域)でなくとも、都道府県知事が防衛庁長官等の要請に基き、医療労働者に対し業務従事命令を出せるとされ、また、物資(医薬品等医療上必要な物資を当然に含む)の収用、使用を行い、保管命令を発することができる、とされている。
 しかし、未だ抽象的であり、かつ防衛出動時に限られていた、これら医療の戦争での活用、医療労働者に対する動員を、現実に具体化し、協力義務及び刑罰の威嚇により協力を強制し、かつ、防衛出動のはるか以前から導入しようとするのが今回の有事法制である。

4 武力攻撃事態法と医療労働者
(1) 武力攻撃事態法案の規定する医療現場の「戦争協力義務」
 武力攻撃事態法案は、国(4条)地方自治体(5条)、指定公共機関(6条)に戦争協力義務を課す。戦争協力義務は、防衛出動命令以前のいわゆる「予測事態」(第2条2)から課されることとなる。
 これにより、国立病院・国公立大学附属病院(指定行政機関)、都道府県立・区市町村病院(地方自治体)、私立大学病院・日本赤十字病院(指定公共機関)は、すべて戦争協力義務を課されることとなる。
 しかし、指定公共機関とされる病院は日本赤十字病院や私立大学病院に限らない。日本中のどこの病院も、政府にひとたび指定されれば、「指定公共機関」として、戦争協力義務を負わされる危険がある。
(2) 戦争協力義務の中身
 武力攻撃事態法案は、「対処措置」として、「日米が武力攻撃を排除するために必要な行動を円滑かつ効果的に行なわれるために実施する物品、施設または役務の提供」を規定する(第2条6イ(2))。自衛隊及び米軍の活動を円滑にするための「兵站支援」の一環として医療施設の提供、医療労働者の役務提供が当然に予定される。
 この規定により、日本の医療労働者は朝鮮戦争時よりはるかに大規模に米軍と自衛隊の戦争に動員されることになる。
@ 傷病兵の手当のために、協力義務を課した日本の医療施設を使用し、医療労働者を治療に従事させる。その際にはたとえ民間の入院者を追い出しても傷病兵の手当が最優先とされることになる。
 このようにして、国民の命を守る医療はずたずたにされる。
A また、協力義務を課した大学病院等では医師が医療技術の戦争利用のための研究に従事させられることとなる。
B 戦争協力・戦争動員の地理的範囲は国内施設にとどまらない。
 米軍や自衛隊が海外で戦闘行為を展開する際に従軍し、海外の前線や後方地域で医療活動に従事することが求められる。他国領土に設置される野戦病院、日本及び海外の米軍基地、空母等での傷病兵の手当を行なうことが予定される。「武力攻撃のおそれ」「予測」といった事態の段階からこのような義務を医療機関は課されるのである。
(3) 個々の医療労働者と、戦争協力
 戦争協力義務を遂行するには、その病院・医療施設で働く労働者の実働が欠かせない。武力攻撃事態法が発動され、医療施設・病院に戦争協力義務が課されれば、政府主導の「対処措置」の指示により医療施設で働く医療労働者は、病院・施設からの業務命令というかたちで戦争協力を命じられる。労働者は業務命令に背いて解雇されるか、業務命令に従って戦争協力をするかの選択を迫られる。
 なお、下記のとおり自衛隊法「改正」は、個々の医療労働者の戦争協力を一層露骨に強制しようとしている。

5 自衛隊法「改正」と医療労働者
(1) 保管命令違反
 今回の自衛隊法「改正」案は、物資の保管命令について、違反者に懲役刑を含む罰則を課すこととしている。この条項は医療現場にも深刻な影響をもたらす。
 例えば、将来の戦闘に備えて、民間人の生命の為に欠くべからざる医薬品・輸血用血液を対象とする保管命令が下されたら、いかにそれを必要としている患者がいても、使用することはできない。これを患者のために使用すれば懲役刑を課されるからである。こうして国民の命を守る医療活動は問答無用の軍事優先によりずたずたにされることになる。
 さらに、自衛隊法改悪案には保管命令遵守を調査するための立ち入り検査実施及び立ち入り検査の拒否・妨害に対する罰則まで明記されている。
 医療機関が保管命令をきちんと守っているか確認するため、自衛隊は自由に立ち入り検査を実施できることになり、これを医療機関が拒否すれば罰金刑を科されるのである。
(2) 野戦病院の設置
@ 医療法の適用除外
 自衛隊法「改正」案115条の5は、防衛出動待機命令の段階でも、医療法の適用を除外した野戦病院を自衛隊の部隊が臨時に開設できる旨規定している。この規定によれば、武力攻撃に至らない段階でも医療法の適用によらない野戦病院が簡易に設営できることとなる。
A 防御施設構築
 自衛隊法「改正」案77条の2は、防衛出動待機命令の段階において、展開予定地域に陣地その他の防御施設を構築する措置を命ずることができる旨規定する。この規定によれば武力攻撃に至らない段階でも陣地構築ができることとなる。展開予定地域は、陸上のみならず海上(日本海)にも予定される。陸上において想定されるのは、防空レーダー、対空ミサイル陣地、原発等の攻撃対象周辺の防御施設と予想される。そして「改正」案92条の3は展開予定地域内における自衛官の武器の使用を認める。
B このようにして、「改正」案によれば、武力攻撃に至らない「おそれ」「予測」等の事態においても、国内の陸上及び洋上に陣地等防御施設が構築されるが、この陣地等防御施設に野戦病院が設営されていくこととなる。
 前記のとおり防御施設では武器の使用が認められることとなる。
 自衛隊が展開予定地域とし、陣地を構築するのは、自衛隊が、敵の攻撃・上陸の高度の危険性があると認めた地域にほかならない。上記に例示した現実に想定される防御施設として予定される地域は、瞬時にして戦闘地域になる危険性が高く、ひとたび戦闘行為が開始されれば、多大な人命の犠牲が生じる危険性が極めて高い地域である。
 このような極めて危険の高い場所に野戦病院が設置され、ここに医療労働者は動員されていくこととなるのである。
(3) 業務従事命令
@ 防衛出動時には、自衛隊法103条に基づき、防衛庁長官等の要請により、都道府県知事が、戦闘地域の病院・診療所を管理・使用する。そして非戦闘地域で医療に従事する、個々の医療労働者に対し一片の公用令書により「業務従事命令」を発布し、戦争のための医療業務への従事を命ずることになる。
A この都道府県知事による病院等の管理や業務従事命令は、今回の有事法制において、現実性を帯びる。武力攻撃事態法案5条は、武力攻撃事態における地方公共団体の戦争協力義務を課し、内閣総理大臣が地方公共団体の長に対処措置に関する指示ができるとし、従わない場合は直接執行できるとする(5条)。このように内閣総理大臣は指示権、直接執行権を有するのであるから、仮に都道府県知事が右103条に基づく措置や命令を行わない場合、首相がこれを指示して行わせ、従わない場合は直接行うこととなるのである。
B 医療労働者は一片の公用令書により(「改正」案103条の8)、国内及び領域内洋上の野戦病院に派遣されて傷病兵の手当を命じられ、また、医学技術の戦争への利用を命じられることとなる。
 業務従事命令の地理的範囲は、国内に限定されるが、上記のとおり、「展開予定地域」は戦闘地域になれば極めて危険性の高い地域であり、医療労働者はこうした地域における野戦病院で戦闘行為の危険と隣り合わせに医療行為にあたることとなる。
 しかもひとたび戦闘行為が開始されれば、政府が「業務従事命令」を濫用して医療労働者を国外に派遣する命令を出す危険性も指摘せざるを得ない。
C 傷病兵の治療は、前線に兵士を送り出す欠くべからざる兵站行為であり、また医療技術の戦争利用は第二次世界大戦の苦い教訓を待つまでもなく殺戮のための武器の生成にほかならない。
 戦争行為に密接不可分な行為に医療労働者はいやがおうにも駆り立てられることとなる。
D 業務従事命令に従わなかった場合の罰則規定は現在のところ存在しない。しかし、武力攻撃事態法案には、同法成立後2年間を目標に事態対処法制をつくる旨明記されている(23条)。業務従事命令に反した場合の罰則も制定される危険性がある。
 このような意に反する戦争協力義務・戦争動員は、明らかに思想・良心の自由(19条)、奴隷的拘束および苦役の禁止(18条)に違反する。
 今回の3法案は、こうした強制徴用への道の外堀りを埋めるものにほかならない。

6 結論
 このように、有事法制が成立すれば、確実に医療の軍事化が推し進められていく。医療労働者の人権を侵害して、意に反する戦争動員を行い、危険地域において医療の名のもとに戦争協力を行わせるのである。それは、強制的に戦争動員される医療労働者に耐え難い苦痛を与え、幾多の医療労働者の生命の犠牲をもたらす危険性があるものである。このような強制動員は、わが国憲法下で決して許されない。
 同時に、医療労働者の戦争動員は、最も大切な国民の生命をないがしろにするものである。医療労働者の戦争動員は、一方で国民に対する医療を犠牲にする。国民の命と健康を守る国民の医療は全面的に破壊され、犠牲になるのは、今まさに医療を必要とする、生きる権利を持ったひとりひとりの国民なのである。医療労働者の動員体制の整備は、憲法25条による生存権保障を切り崩し、すべての国民の命を危機にさらす重大問題にほかならない。

(伊藤 和子)


有事法制と建設業者・労働者

1 建設業と建設市場
 日本の建設業者・労働者の現状を統計面から確認しておこう。
 建設業を営むには許可が必要とされているが(建設業法)、許可を受けている業者(許可業者)の数は57.1万(法人・個人を含む 2002年)、「バブル崩壊」後の不況にもかかわらず年々増え続けて2000年にピークの60万に達し、以後減少して57.1万になっている。このうち資本金1億円以上の建設企業は6,490社(1.1%)にすぎず、資本金1千万円未満の法人が33.5%、個人経営の工務店が24.5%を占めている。同じ許可業者といっても規模の格差はきわめて大きい。
 建設業に従事する就業者の数は632万人(2002年)。この数も「バブル崩壊」後も増加し続けて、ピークは97年の685万人。81年が544万人だったから、長期不況にもかかわらず81年より100万人近く増えている。このなかにはゼネコンの幹部社員なども含まれてはいるが、ほとんどは個人業者や許可業者に雇われた現場労働者、手間大工などの個人職人などである。
 建設市場は「バブル崩壊」の直撃を受け、建設投資比率(国内総支出に占める建設投資の割合)は90年の18%水準から2000年の13%水準へと減少し、建設投資の実額も97年からは減少の一途をたどっている。許可業者・就業者が増加する一方で建設投資が縮小したのだから、経営環境は極めて厳しく、2000年の許可業者の倒産は6千件に達している。これは許可業者のみの数字だから、現場労働者・個人職人などの生活破綻ははるかに多い。
 元請から下請、下請から孫請へという、「丸投げ」の実情は変わっておらず、「下請完成工事比率」は90年代を通じて70〜80%に及んでいる。
 以上が、日本建設業団体連合会編「建設業ハンドブック(2002年度版)」が描く、日本の建設業の現状である。

2 施設隊 − 自衛隊の土木建築部隊
(1) 陸上自衛隊・施設科の状況
 自衛隊にも土木建築を専門とする部隊があり、施設科と名づけられている(部隊名称は施設隊)。旧陸軍の「工兵」にあたる部隊だが、「自衛隊は軍隊ではない」という建前から「工兵隊」ではなく、「施設隊」とされた。歩兵を普通科、砲兵を特科と呼ぶのと同じである。PKO法にもとづく海外派遣第一陣として、92年にカンボジアにわたって道路工事に従事したのが、この施設隊である。
 陸上自衛隊の施設隊は、おおむね以下の編成になっている(高井三郎「陸自施設科の現状とPKO問題」雑誌PANZER 93年5月号より 筆者は「元陸自教官」)。
@ 13ある師団・旅団にそれぞれ施設大隊があり、1個施設大隊はおおむね550名が定数となっている。
A 師団・旅団をたばねる5つの方面隊にそれぞれ施設団がある。1個施設団は2個から3個の施設群からなり、1個施設群は4個施設中隊(1個は施設器材中隊 1個中隊は定数約200名)
B これ以外に地区施設隊がある。
 こうした編成からすると、施設科・施設隊の定数は2万名前後ということになる。陸上自衛隊の総定数が18万人(現在、師団の旅団への改編などにより16万人体制に移行中)だから、2万人規模の施設科・施設隊は相当の規模ではある。
(2) 施設隊の建設能力
 施設隊の定数は相当の規模だが、このことから、「有事」(=戦争)に際してのすべての土木建築を施設科・施設隊だけで実行できることにはならない。
 第1に、定数と実数の乖離。
 どの自衛隊も定数よりはるかに少ない隊員しか現存しておらず、施設隊の「定数充足率」は60%未満と言われている。その結果、階級・年齢・特技なども不揃いで、92年のカンボジアPKOの派遣部隊は50箇所の駐屯地から隊員を抽出して編成した。「技術者集団」である施設科の緊急補充は容易ではないから、実勢は「不揃いの1万人あまり」ということにしかならない。
 第2に、技術の水準。
 前記の高井論稿は、「年を追うごとに民間企業の方が質量ともにはるかに発展する道をたどり、これに対して自衛隊では、予算の制約等から旧式器材の更新がままならない。とくに各国軍工兵に見られる航空基地、港湾、パイプライン、補給処、駐屯地など、巨大な施設を造りあげる建設工兵力は、現在の陸自には存在しない」としている。要するに、施設隊は戦闘部隊に随伴して付随的な土木建築をする能力しかなく、本格的な建築技術は持っていないということである。
 第3に、兵站支援の対象。
 有事法制によってこの国は、自衛隊だけでなく米軍の兵站(へいたん 作戦の支援・サポート)も担当する。米軍に追随して兵站拠点になるのが有事法制のねらいだから、実際には米軍支援が本体になるだろう。「周辺有事」に際して、アメリカの陸・海・空・海兵の四軍は日本に移動して出撃態勢を整えるだろうが、そのための「出撃基地」を建設する資材や人員を伴って来るわけではない。その米軍用の補給処や駐屯地の建設は、自衛隊の駐屯地を建設する能力もない施設隊の手に負えるものではない。
(3) 「ビッグレスキュー」での架橋作戦
 施設隊の状況を示す実例をあげておこう。
 2000年9月3日、石原慎太郎東京都知事が主導した三軍統合演習が行われた。東京直下型地震を想定したこの「ビッグレスキュー2000」では、自衛隊が大挙動員され、江戸川では架橋を建設して渡河作戦まで行った。
 このとき、江戸川に渡した架橋設備(浮き橋)を持ってきたのは、半分は宇都宮の第4施設群だが、残りの半分はなんと北海道・恵庭の第1施設群。恵庭の部隊はどうしてか「東京直下型地震」を予測して、あらかじめ江戸川に「布陣」していたことになる。
 「東京直下型地震が起きたとき恵庭から運んでいて間に合うか」の質問に、東京都の担当者は憮然として答えた。「実は・・宇都宮だけでは架橋設備が足りないというので・・」。
 これが実情なのである。

3 武力攻撃事態と土木建築
(1) 土木建築なしには戦争はできない
 自衛隊の施設隊ではとても十分な土木建築はできない。だが、土木建築は作戦をサポートする兵站の最重要分野で、これがなければ戦争そのものができない。
 考えても見よう。
 戦争には陣地が不可欠であり、陣地の構築には建築技術と技術者・作業員が必要になる。その陣地はいつ攻撃を受けて破壊されるかわからず、破壊されれば直ちに補修しなければ戦争に支障をきたしてしまう。部隊が進撃するには道路や橋梁が確保できねばならず、道路が破壊されたら直ちに補修し、橋が落とされたらすぐにかけなおさなければならない。施設隊の架橋設備(浮き橋)を全部かき集めても、江戸川級の橋が2つか3つ落とされたら「もうお手上げ」なのだから。
 艦隊や輸送船舶が動くには港湾が整備されていなければならず、空爆や空輸をやるには、空港・滑走路が整備されていなければならない。これらも破壊・破損があったら直ちに補修が必要。出動する自衛隊やはるばるやってくる米軍の部隊のためには、適切な駐屯地や補給処が建設されていなければならず、「雨ざらしのテント生活」では士気にかかわってしまう。
 従って、建築業者・建築労働者は、真っ先に動員される分野にならざるを得ない。だから、自衛隊法第103条では、医療や輸送とともに、土木建築関係者は「いつでも強制動員できる」業種とされているのである。
(2) 必要となるのは・・まさしく最前線
 その土木建築関係者はどんなところで必要になるか。
 前にあげた例でもわかるように、ほとんどが最前線か前線に近い場所。最前線だから陣地が必要になり、道路や橋が破壊されるのも最前線。出動した部隊の駐屯地や補給処も前線のすぐ近く、距離的には遠い港湾や空港は戦略的な要地だからいつ攻撃を受けるかわからず、実質的には前線と同じことになる。
 有事法制・武力攻撃事態法が想定する事態は「本土有事」ではなく「周辺有事」だから、主戦場は海外。「自衛隊が出て行くから、建築業者も行ってくれ」とならない保障はない。

4 土木建築業者・労働者動員の道筋
 有事法制・武力攻撃事態法には、土木建築業者・労働者を動員する仕組みが何重にもしかけられている。武力攻撃事態は「武力攻撃の予測」から「おそれ」、そして直接の交戦と進んでいくから、この順番で検討していこう。
(1) 陣地(防御施設)構築命令
 自衛隊法「改正」案では、「武力攻撃の予測」が発生した段階から、自衛隊は陣地などの防御施設を構築できることになっている。武力攻撃の「おそれ」もないのに、わざわざ部隊を集結させて陣地を構築するのだから、昔風に言えばほとんど「宣戦布告」に近い。
 陣地構築命令を出すのは防衛庁長官で、陣地の「施主」は自衛隊なのだが、実際に自衛隊が建築するわけではない。前に述べたとおり、施設隊には「補給処、駐屯地など」を建設する能力もないのだから、防御陣地やミサイル陣地などが建設できるわけはない。
 となると、「施主」の自衛隊から建築業者に発注されることにならざるを得ない。受注するのはゼネコンだろうが、実際に建築にあたるのは中小零細業者や建築労働者ということになる。
 「防御施設構築命令」を受けるのは自衛隊で、この段階では業者・労働者に直接命令することはできないから、形の上では「契約」ということにはなる。下請業者への発注もやはり契約ではある。だが、「そんなあぶない仕事はできない」「戦争に協力したくない」と言って拒否できるだろうか。
 武力攻撃事態法には国民の協力義務が定められているから、「『国民の義務も果たさない業者』として政府と自衛隊からにらまれ、「リスト」にされて公表されるかも知れない。ゼネコンには、当然のようにほされるだろう。ただでさえ仕事が少ない建築不況のなかで、これで下請業者は生き残れるだろうか。
 陣地構築に従事したらどうなるか。陣地構築は戦争準備でいつ攻撃を受けるかわからないから、自衛隊員には武器の使用が認められている。だが、「丸腰」の建築業者・労働者が身を守るすべはない。
(2) 指定公共機関としての対処措置
 武力攻撃事態法では、政府に政令で指定された指定公共機関が、国家機関や地方自治体とともに対処措置にあたることになっている。対処措置には、作戦のための港湾や空港の確保・活用や、鉄道等での輸送など広範なものが含まれている。この指定公共機関の対処措置も「予測」段階からはじまる。
 法文の上では、「建設」というのは例示されていないから、建設業者が指定公共機関にされると決まったわけではないが、法文には「等」がついているから建設分野に広がらない保障はない。もともと政府が政令でどうでも指定できる仕組みだから、ゼネコンを個別に指定することもできるし、「○○地方に本店・支店を置く許可建築業者」という「包括指定」も不可能ではない。「包括指定」をされると、その地方の業者がまるごと指定公共機関にされてしまう。
 指定公共機関にされれば対処措置を実行するのは法的な義務となり、拒否すれば首相が「指示」を出し、いざとなったら「直接執行」まですることができる。「○○建設は××海岸の沿岸陣地を建設しろ」「△△県の建築業者は国道×号線を補強して米軍戦車が通れるようにしろ」ということになるだろう。そして、「拒否しても指示を出す。それでもやらないなら、担当官を派遣して直接指揮する」ということになる。
(3) 自衛隊法第103条による徴用
 最後の「決め手」が自衛隊法第103条による業務従事命令。土木建築業者・労働者ならだれにでも直接命令が出せる。命令を出すのは原則として都道府県知事だから、地方公務員が「公用令書」を持って、「○月○日から、△△で、××業務に従事せよ」との命令を通告する。まさしく徴用である。
 この業務従事命令が出せるのは、「武力攻撃のおそれ」あるいは「武力攻撃」(つまり開戦)となった場面だから、従事する業務はいっそう戦争に直結する。「敵の攻撃で破損した陣地を補修せよ」だの、「敵の攻撃の前に町の周囲に防護陣地を構築しろ」などということになるだろう。ほとんど「工兵の軍属」として戦争するのと同じである。
 相手国から見たらどうなるか。
 せっかく破壊した陣地を補修したり、攻撃しようとしている町に防護陣地を構築したりするのは戦闘行為と同じだから、いつ攻撃を加えてもおかしくない。「補修された陣地」は自軍の攻撃に使われるからである。だから、「工兵の軍属」は戦闘員と同じで、攻撃しても国際法上は合法ということになる。
 この「現場」はどこだろうか。「周辺有事」の主戦場は海外だから、戦闘の多くも海外で起こり、「陣地の補修」や「防護陣地」も海外で必要になる。そのとき、「土木建築業者も自衛隊と一緒に行ってもらうしかない」となるのは必然だろう。
 沿革からすると、自衛隊第103条は日本国内での業務を想定しているはずだが、戦争の実際が自衛隊法の沿革や理念を踏みにじってしまうことは十分考えられる。土木建築業者動員の「終着点」は、自衛隊とともに海外に出て行く「出征」になりかねないのである。

(田 中   隆)


平和な海は日本の生存条件
 ー船員と有事法制

1 日本の海運業の現状
 日本の海運は、縮小しているとはいえ、船籍のある商船数で世界一(8922隻)、OECD諸国で総トン数でギリシャ、ノルウェーに次いで3位である。船輸送は、国内物流の45%を担っている。日本人船員が船長や機関長を務め、実効支配している船が約1500隻ある(海運統計要覧2000 日本船主協会)。
 エネルギー・資源物資のほとんど、食糧の多くを海外に依存し、大量の工業製品を海外に輸出している日本の経済と国民生活は船による海上輸送を抜きにしては成り立たない。

2 太平洋戦時下の船員
(1) 政府は、太平洋を舞台とする日米開戦不可避との判断から、1940年10月、船員徴用令を施行し、1941年3月には、船舶保護法をつくって、同年7月から船舶を徴用(陸軍用・海軍用)し始めた。
 船舶保護法は、第1条に「本法は戦時事変その他の場合において帝国の通商航海に脅威を受け又は受くるの処あるとき敵襲その他の軍事的危害に対し船舶を保護するをもって目的とする」とする。ところがそのあとに定めていることは、海軍官憲は命令の定めるところにより、運航業者・船舶所有者・船長に対し、「船舶の航海、碇泊、通信、装備、乗組員、乗客、積荷その他に関し臨機必要なる指示をなすこと」(第2条)、「船舶の整備に関し必要な指示をなすこと」(第3条)、「報告をなさしめ又は船舶その他必要なる場所に臨検し検査をなすこと(第4条)ができる、これに従わないときには「懲役二年以下又は二千円の罰金に処」し(第5条)、「船長が第2条の指示によりてなす職務の遂行を妨げたとき、4条の規定による報告をせず虚偽報告をし、臨検を拒み忌避したときには六月以下の懲役又は五百円以下の罰金に処す」というものである。
 要するに、船舶保護の名目をたてて、船舶の所有と運航に関係するすべての人を罰則をもって軍隊の支配化におく仕組みをつくる法律であった。
 そして同年8月には、戦時海運管理要綱を策定して、「戦時海運輸送の完遂を期して日本の船舶の一元的運航、船員の臨戦体制の確立および船舶の拡充をはかるため船舶および造船は戦時中国家においてこれを管理する」こととなった。
(2) 旧海軍の戦略思想は「敵海上兵力の撃滅」を至上命題としており、船団護衛は軽視されがちであった。その結果、太平洋戦争の期間中に1万隻以上(うち500総トン以上の船2534隻)の船舶が軍事被害により失われた。戦争による国富被害率の平均25%に対し、船舶の被害率は88%と群を抜いた。記録されている船員の戦死者数は6万0601人で、うち18歳未満の者は8000人以上であった。商船船員の死亡率は30・14%で、海軍人の死亡率21・18%を大きく上回った(「海員」2002年6月号より)。

3 朝鮮戦争時
 1950年6月朝鮮戦争が勃発した。当時は、民間の船はすべて米軍商船管理局の管制下にあり、GHQは、海上保安庁保有の21隻の掃海艇を動員したほか、次々と商船を物資輸送に徴用した。
 約70隻、34万総トンが用船契約により提供され、船員も半ば強制で数千人規模で従事させられた。これは極秘事項とされ、戦死者も秘密とされた。1977年4月18日付け朝日新聞の記事で、徴用された22名の船員の沈没死がはじめて社会に明らかにされるほどの秘密扱いであった(「海員」2002年6月号)。

4 イラン・イラク戦争
 1980年から8年間続いたイラン・イラク戦争では、中立国船も巻き込まれて47隻が被弾、333人が死亡し、317人が負傷した。
 日本船員の乗り込む船舶は、中立国・非交戦国表示を徹底し、船体の航側や甲板上には巨大な「日の丸」を描いた。船員居住区には土のうを積み上げ、ヘルメットや防弾コートを着用した。それでも12隻が被弾し、2人が死亡した(「海員」2002年6月号)。

5 湾岸戦争
(1) 1990年8月2日、イラクがクェートに侵攻し、1991年1月17日、アメリカ軍を中核とする多国籍軍がイラク攻撃を開始した。この湾岸戦争で54万人のアメリカ軍が湾岸に展開した。この兵站に運ばれたドライ貨物の全輸送量の85%にあたる314万総トン(部隊装備244万総トン、補給物資70万総トン)の輸送を担ったのが船舶であった。
 1990年8月から1991年3月26日までに使用した船舶数は延べ494隻であった。燃料は610万総トン輸送され、73隻のタンカーが使用された。
 米軍自身の保有する輸送戦力は、洋上事前集積戦力(APF)25隻、高速海上輸送船(FSS)8隻、国防予備役船隊のうちから106隻を稼動させたにとどまった。残りは282隻(船員1万人)もの民間貨物船・タンカーをチャーターすることによって輸送作戦を行った。このうち外国籍チャーター船は187隻であった。
(2) 1990年8月14日、ブッシュ大統領から海部首相に電話がはいった。ブッシュ大統領は、掃海艇と給油艦の派遣を求めてきた。この電話を受けて、内閣官房は運輸省に日本船籍の派遣の検討を指示した。運輸省は三大船舶会社に湾岸への輸送協力を要請したが、「紛争の一方の当事者に加担することによって将来のビジネスにマイナスになる。海員組合も了解しない」ことを理由に受諾しなかった。
 アメリカはRO/RO(roll−on/roll−off)船の提供を求めてきた。これはすべて車両が直接埠頭から船のランプを通って車両デッキ内に乗り降りできる車両貨物船である。いますぐ10隻、2週間後にもう20隻ほしいという催促がなされた。
(3) 結局、政府は、神戸の佐藤國汽船の経営者をくどき、パナマ船籍の普通の貨物船を確保して「平戸丸」と命名し、日本人船員を乗り込ませて、9月下旬、横浜港を出航し、ロサンゼルス港で大型仮設テントや水道管などの建設資材、食糧などを積み込んで、サウジアラビアのアルジュベル港に運航した。もう一船の「きいすぷれんだあ」は10月2日に横浜港を出航し、14日韓国釜山港でヘリコプター発着用の組み立てプレート3000トンを積み、サウジアラビア・ダンマン港に入港した。そのあとアメリカのニューヨーク近郊の港にはいって176台のトレーラーを積み、1月22日にダンマンに入港した。この際、ガスマスクを着用した。2回にわたりミサイルが飛来し、パトリオットが迎撃し、荷役をおこなっていた兵士がいっせいに船内に駆け込んできた。  (「一九九一年日本の敗北」手嶋龍一著・新潮社、「海員」2002年6月号など)

7 自衛隊法および有事関連法案によってどのように動員されるか
(1) 自衛隊法103条1項
 防衛出動命令が発せられたとき、都道府県知事は、防衛庁長官の求めで、「物資」を強制使用することができるとされる。この「物資」にはたとえば船舶所有者の所有する船舶が含まれると解される。
 また、都道府県知事は、防衛庁長官の要請で、自衛隊の作戦区域内に存在する船舶内に関する保管命令を出すことができる。
 緊急事態の場合には、防衛庁長官又は政令で定める自衛隊員が直接権限行使をすることができる。
 いまのところこの権限発動をする政令(103条4項)はつくられていない。
(2) 自衛隊法103条2項
 防衛出動命令が発せられたとき、都道府県知事は、防衛庁長官の求めで、作戦区域の外であっても、自衛隊の任務遂行上特に必要があると認めるときには、船舶所有者の船舶の強制使用をすることができる。
 また、船舶の運航業者、所有者、船長、乗船員に対し業務従事命令を出すことができる。この命令の対象は業者とその従業員双方である。この業務従事命令の内容は、船舶の使用付きのものとなると解される。そして、武器弾薬や燃料、軍事物資、食糧、部隊などの輸送を担わされる。
 いまのところこの権限発動をする政令(103条4項)はつくられていない。
(3) 武力攻撃事態法案2条5号、6条
 防衛出動命令が発せられる以前でも、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるにいたった段階で、船舶所有会社、運航業者は「指定公共機関」と指定される可能性がある。この指定がなされた船舶所有会社ないし運航業者は、自衛隊および米軍の兵站物資の輸送の主力を担わされることになる。
 この場合、第一次的には、用船契約による動員となろう。しかし、船所有会社・運航業者が契約締結を拒絶したとき、内閣総理大臣の指示権・直接執行権が発動されるが(事態法案15条)、その執行方法は今のところ不明である。
(4) 武力攻撃事態法案第22条
 政府は、武力攻撃事態を排除するために必要な自衛隊が実施する行動が円滑かつ効果的に実施されるために、船舶・航空機の航行について措置をとることを可能にする個別法制をつくるとしている。
 これは自衛隊およびアメリカ軍の軍艦の航行を最優先にして、海域を管制することを意味する。

8 船員の命を危うくする有事態勢
(1) 戦時国際法上の軍事目標
 海戦法規によると、商船が軍艦や軍用機の護衛のもとに航行したときや、商船が軍事物資の輸送に従事すれば軍事目標にされる。この場合、陸戦法規と異なり、相手国から無警告で攻撃されても文句がいえないことになっている。
 用船契約によって軍事物資を輸送している商船に対し、相手国から武力攻撃がなされたときに、日本に対する武力攻撃といえるかどうかという問題も発生する。
(2) 無差別攻撃
 もちろん商船が、積荷の内容にかかわらず、相手国から、無差別攻撃を受ける可能性がある。これに備えて、自衛隊が商船を護衛し、攻撃に対する反撃をすることができるかどうか、という論点がある。
 これに関し、1983年3月14日、政府は「有事における海上交通の安全確保と外国船について」と題する政府統一見解を示した。
 この見解は次のようにいう。「国際法上、公海で船舶が攻撃を受けた場合、その攻撃を排除しうる立場にあるのは原則として当該船舶の旗国である。したがってその船舶がわが国向けの物資を輸送していることのみを理由に自衛権を行使することができない、しかし、理論上は、わが国を攻撃している相手国が、わが国向けの物資を輸送中の第三国船舶に対し、無差別に攻撃を加える可能性は否定できず、その場合、その物資がわが国に対する武力攻撃を排除するため、あるいは国民の生活を確保するため必要不可欠の物資であれば、わが国防衛行動の一環として自衛隊がその攻撃を排除することは自衛権の行使の範囲に含まれる。」
 この見解は、自衛隊に防衛出動命令が下っている事案を前提としたものである。
 しかし、まだ防衛出動命令が下らない段階において、たとえば、わが国の国民の生活に必要不可欠な物資(石油)を運んでいるタンカーに、相手国が無差別に武力攻撃をしかけることが「予測」される事態になったとして、武力攻撃事態法が発動され、一気に有事態勢がしかれることも理論上可能になってしまう。
(3) 臨検・捜索・拿捕
 交戦国の軍艦および軍用機は商船が拿捕の対象と考える合理的な理由がある場合には中立国領水外で商船を臨検・捜索することができる。敵国船舶およびその船舶上にある貨物は、中立国領水外で拿捕することができる。この場合拿捕に先立つ臨検・捜索は必要でない。

9 通商上の大打撃
(1) 日本の商船が戦争に協力すれば、相手国から攻撃を受ける危険性がでてくるので、日本の商船に輸送を依頼するビジネスが激減するであろう。
(2) 外国商船も日本に出入りすることを控えるようになり、工業製品の輸出、エネルギー、資源、食糧などの輸入が大幅な制限を受け、それこそ日本経済の基盤、国民のライフラインを確保することが著しく困難となる。

(中野 直樹)


有事法制と港湾労働者

1 港湾の概要
(1) 港湾管理
 港湾の管理については、戦前は国家が管理していたが、戦後制定された港湾法では、港湾を地域経済と住民生活を支える公共施設として位置付け、地域による民主的な運営が不可欠であるとの見地から、港湾管理者を地方自治体にした(第2条)。
 現在、都道府県が港湾管理者となっている港は625港、市町村が港湾管理者となっている港が395港ある。
 1994年から1966年にかけて在日米軍が日本政府に対し、朝鮮半島有事の際、米軍の使用を求めてきた港湾として、函館、苫小牧、新潟、大阪、水島、神戸、松山、博多、那覇などが指定されている。
 米軍基地のある港湾は、横須賀、佐世保など、自衛隊基地のある港湾は、横須賀、佐世保、舞鶴、呉などである。
 港湾法で地方自治体に港湾管理権が認められたので、地方自治体は、広範な管理権限をもちいて、地域住民の生活と暮らし、生命と安全を守ることも可能となった。港湾法は、港湾局の業務として「港湾区域内において入港船又は出港船から入港届又は出港届を受理すること」(第12条1項5の2)を定めている。神戸市議会は1975年、入港船に核兵器を搭載していないとの証明を求める非核神戸方式を採用した。港湾法が定める地方自治体の権限を活用し、住民の生命と安全を守ることができる実例である。
 有事(=戦争)における港湾管理としては、米軍艦船、自衛隊艦船を優先的に寄港させ、軍事関連物資の輸送を担当する民間船舶についても優先的に管理業務を行うことになる。
 生活物資を輸送する民間船舶が入港しようと許可を求めても、米軍と自衛隊の艦船の入港接岸が優先されるので、生活物資は後回しにされ、国内の物資の流通が阻害され、生活物資や生活材の欠乏が起こりうる。例えば、新聞紙の問題がある。新聞用の巻き紙は現在はほとんど新聞社がストックしておらず、新聞社の計画に基づき、その都度、港湾倉庫から新聞社に搬出される。これが、軍事物資優先になったら、新聞社に新聞用の巻き紙が届かず、新聞が印刷できない事態も発生する。また、日本の港には、毎日1万3000トンの食糧が輸入されており、この搬入が滞ると、国民生活に重大な支障が生じることになる。
(2) 港湾業務
 港湾業務は、船舶から貨物の積みおろし、倉庫と船舶のあいだの貨物の移送、倉庫での保管、貨物の数量の検査など、様々な職種の集合である。
 港湾運送事業法は、港湾運送事業を行うものは、国土交通大臣から免許を受けなければならないと定めている(第4条)。港湾運輸事業は「免許制」であり、国土交通大臣の強い影響下にある。
 有事(=戦争)の際の港湾業務における対象貨物は、燃料、食糧、水、武器、弾薬、戦車、装甲車、トラック、医療機材、通信機器、医薬品、装備品(軍服、靴、食器、テント等)などがある。
 空輸できる貨物類は、自衛隊機・米軍機・民間航空機で空輸されるが、その他の貨物類の国外への輸送は、船舶による。まずは自衛隊と米軍の艦船で輸送するが、それで輸送できない貨物類は民間運送業者の船舶で輸送することになる。
 いずれにせよ、港湾は、生活物資や産業物資が輸出入される日本経済の玄関口であるだけでなく、戦争になれば、軍事関連物資の輸送拠点として軍事上の重要拠点となる。戦闘行為が行われる前線を支える後方支援地域としての港湾は、兵站基地として敵国からの攻撃対象とされる。日本国内において、非戦闘員である港湾労働者が攻撃対象とされる危険性が極めて高いという点では、有事法制は港湾労働者の生命と安全に直接的にかかわる重大問題である。

2 港湾業務をめぐる歴史
 港湾労働者は、過去の戦争において、危険な業務に従事させられ、戦場にかり出され尊い命を失った。朝鮮戦争と、ベトナム戦争での港湾労働者の記録が残っている。
(1) 朝鮮戦争
 朝鮮戦争のとき、港湾労働者は日本での荷役作業にとどまらず、戦地での荷役業務に従事させられた。何も知らされないまま、輸送船に乗せられ、敵地上陸作戦の一環として、朝鮮半島に輸送された軍事物資を荷物おろしする作業に従事させられた。記録によると、横浜港の港湾労働者数千人が「沖作業」として釜山港に連れていかれ、米軍の荷役作業に就いたとある。また、別の記録によると「朝鮮作戦向け兵器弾薬など軍需品その他の積載、輸送、警備、付帯業務等の兵站補給作業に従事していたものも相当数に上ったと推定される」とし、その中での死傷者数について「特殊港湾荷役者=業務上死亡1名、業務上疾病79名、その他21名(うち死亡者3名を含む)。計101名(占領軍調達史)と記録されている。
(2) ベトナム戦争
 軍事物資の輸送船荷役は一刻一秒を争う強行荷役となる。「追い通し」(徹夜作業)、「カミカミ」(食事を取りながらの作業)、「ノーチャブ」(食事抜き作業)の連続だった。現場は、軍事機密をともなうためにカービン銃で武装した米兵に見張られながら作業をしたという経験が伝えられている。ドライアイスが詰められた寝袋がベトナムから移送され、何もわからないまま荷役して、後で確認したら米兵の遺体だったと聞いたとき、生きた心地がしなかったという話もある(「港湾を兵站基地にさせない」・玉田雅也)。

3 地方自治体の協力義務
 武力攻撃事態法案は、地方公共団体の責務として「地方公共団体は、国及び他の地方公共団体その他の機関と相互に協力し、武力攻撃事態への対処に関し、必要な措置を実施する責務を負う」(第5条)と定める。さらに、内閣総理大臣は、所要の対処措置を実施しない地方公共団体や指定公共団体の長に代わって実施させる権限(第15条)が定められている。
 対処措置は、「武力攻撃の予測」が発生した段階から発動される。具体的には、船舶の入港・接岸に関する対処措置が命じられる。米軍艦船、自衛隊艦船、軍事関連物資の輸送を担当する民間船舶について、他の生活物資・産業物資を輸送する民間船舶に優先しても入港・接岸の許可が与えられることになる。そのような対処措置に従わなければ、内閣総理大臣が直接対処措置を行うことになる。
 いずれにせよ、地方自治の本旨を港湾に生かした港湾法の理念を覆し、地方自治体の権限を国が管理することになり、戦前の港湾法に逆戻りすることになる。
 自衛隊法「改正」案では港湾法の特例が設けられ(115条の8)、自衛隊が防衛出動または防衛施設構築の措置を行う場合は、港湾区域内の工事等については、港湾管理者の許可を求める必要がなくなり、通知だけでよいことになる。この点でも、港湾を兵站基地として作り変える工事を地方自治体の意向を無視して、実現することが可能となる。

4 指定公共機関としての対処措置
 武力攻撃事態法案では、政府に政令で指定された指定公共機関が、国家機関や地方自治体とともに対処措置を実施する責務を定めている(第2条、6条)。
 対処措置は、燃料、食糧、水、武器、弾薬、戦車、装甲車、トラック、医療機材、通信機器、医薬品、装備品(軍服、靴、食器、テント等)などの必要貨物の取り扱いや運送等を処理する広範な措置が含まれている。
 武力攻撃事態法案では、指定公共機関として「港湾業務」を例示していないが、政令で「その他の公益的事業を営む法人」を指定することになっている。港湾運送事業法は、港湾運送事業を行うものは、国土交通大臣から免許受けなければならないと定め(第4条)、国土交通大臣が公益上必要と認めれば事業者を指名して港湾荷役を行わせることができる(第18条の2)と定め、その命令に従わなかったときの処分として、事業の停止、免許の取消し(第22条)や刑事罰(第37条)が定められている。
 現行の災害対策基本法には別表で指定公共機関の指定があり、港湾業務はそれには含まれていないが、港湾業務が戦争遂行にあたり極めて公益性が高い業種であることから、指定公共機関に指定される危険性がある。指定方法として、「○○港湾の△△の運送事業を行う事業者」と包括的に定めることもできるので、そうなると特定の港湾の運送事業者が軒並み指定されることになる。

5 自衛隊法「改正」案(業務従事命令、保管命令違反、防衛秘密の漏洩罪)
 自衛隊法第103条は、医療、土木建築、輸送業務労働者に対して、業務従事命令を課している。有事法制研究の中間報告(1981年)では、業務従事命令対象者を12業種定めているが、その中に「港湾運送業者およびその従事者」が含まれており、業務従事命令対象者となっている。
 防衛出動事態(「武力攻撃のおそれ」又は「武力攻撃」(戦争勃発)となった場合)となると、個々の港湾労働者に対して、一片の公用令書により、「業務従事命令」が発布される。「○月○日から、△△港湾において、□□業務に従事することを命じる」との公用令書により、業務従事が命じられる。港湾労働者は、一片の公用令書により、国内港湾だけでなく、国外の港湾に派遣されて荷役業務に従事させられることになる。
 自衛隊法第103条は、日本国内での業務従事命令を想定していると考えられるが、いったん戦闘行為が開始されれば、海外での荷役業務に日本の港湾労働者が従事する必要性が出てくる。前述したように、朝鮮戦争では、数千人の港湾労働者が釜山港に派遣されている。自衛隊法の「日本国内」の適用が厳格に守られる保証はどこにもない。
 従事命令違反行為に対して、現在のところ、罰則規定は設けられていない。しかし、今後、処罰規定が設けられる可能性は否定できないし、命令を拒否すれば、会社から業務命令違反として解雇されることになり、いずれにせよ、命令を拒否できないことになる。
 自衛隊法「改正」案は、立ち入り検査を拒んだりした場合には20万円以下の罰金(第124条)、取扱物資の保管命令に違反した場合には30万円以下の罰金(第125条)、さらに両罰規定を設け違反行為者のみならず会社をも処罰することとしている(第126条)。港湾業務の中で、倉庫での物資保管業者に対して立ち入り検査、保管命令がなされることになれば、刑罰による強制がなされることになる。
 テロ対策特別措置法が成立した際に、自衛隊法が改正され、防衛秘密を漏らしたものに対して刑事罰(5年以下の懲役)が定められた。国家機密法案において外交機密を除いた防衛秘密に対し刑事罰を設けたものである。積荷の中身や船舶動向などは防衛秘密の対象となる。故意犯として処罰されるだけでなく、「過失による秘密漏洩」として、1年以下の懲役に処せられることになっているので、居酒屋などで仲間同士で積荷などの話をしただけでも、過失犯として処罰される可能性がある。

 以上のように、有事(=戦争)に際して、港湾が重要な軍事拠点となり、港湾労働者が有事法制により、戦争に直接動員されることが明らかであり、なんとしても有事法制は阻止しなければならない。

(長澤  彰)


有事法制と航空労働者

1 兵站活動と空港・航空
 兵站活動の中でも、物資の「輸送」は戦争遂行の上で重要である。前線での食糧・生活物資から、医療品、武器・弾薬・燃料等の軍事物資、人員の移動等々、戦争となれば膨大な物資・人を前線に運ばなければ戦争の遂行は不可能である。船舶は大量輸送に優れているが、必要な場所に、機動的・迅速に物資を輸送するには、航空機が優位である。
 航空機を飛ばすには、空港が使用できなくては意味がない。空港といっても、管制、機体整備、地上誘導など人的施設も整ってはじめて機能するもので、空港で働く多数の労働者も、「空港」という施設の一部なのである。
 朝鮮有事や台湾有事を想定しても、アメリカから輸送される人員・物資は一度日本に集積され、日本の空港、港湾から前線に運ばれることになるだろう。日本の民間空港、航空機が米軍・自衛隊に活用されることは間違いない。

2 日本の民間航空、空港の位置付け
(1) 湾岸戦争時の空輸体制
 93年発表された「アメリカ戦略の徹底見直し」(ボトムアップレビュー)では、朝鮮半島有事・中東有事の際の米軍の兵力規模は、湾岸戦争規模と見積もられている。湾岸戦争時には兵員が主として空輸され、装備、補給物資は船舶で輸送され、現地で合流して出撃していった。空輸された人員は30万人以上、物資は50万トンを超えるとされ、航空機は6000機を超え、サウジの空港は、最大10分おきに空輸機が到着したと言われる。後方支援を担当したドイツでは、民間チャーター主体に航空機を435機、船舶109隻を動員し、3ヶ月かかりで物資を輸送したとされる。
(2) 自衛隊・民間航空の輸送能力
 日本が兵站活動を担当するとすれば、これだけの人員物資の輸送を自衛隊だけで遂行することなど不可能である。自衛隊の輸送能力には限界がある。自衛隊の空軍基地(民間と共用も含む)は25個所。自衛隊の持つ輸送機はC−1輸送機27機、C−130輸送機16機、YSー11輸送機13機である。しかも自衛隊機は「専守防衛」の建前上、航続距離の短い(いわゆる「足の短い」)空輸機だけであり、遠い海外に飛ぶことになれば、何度も途中給油が必要である。
 これに対して日本の民間航空機輸送能力は、国内輸送だけでも貨物で約89・3万トン、人員で9147万人(運輸白書より、01年実績)に及び、空港では94という多数の空港がある(運輸白書より、平成12年8月1日現在)。94年にアメリカが北朝鮮の核開発疑惑を口実とした武力行使を準備した際には、アメリカは成田、関西国際、福岡、新千歳、宮崎、長崎、那覇の7つの空港について、提供を要求してきた。
 アジアでアメリカが介入する紛争が起きた場合、日本の民間空港、航空機が総動員されることは容易に予想できる。

3 有事法制ができたら日本の空はどうなるか
武力攻撃事態法案では、武力攻撃が「予測される」事態から、空港・航空関係は事実上一斉に、戦時体制にはいっていく。
(1) 指定行政機関などの指定
 空港を管理している国土交通省、都道府県は指定行政機関、指定地方行政機関とされる。武力攻撃事態法2条5項(以下「法」)では「公益的事業を営む法人で政令に定めるもの」は指定公共機関とする旨の定めがある。災害対策基本法でも成田空港を管理する新東京国際空港公団(成田)、関西空港を管理する関西国際空港株式会社(以下「空港会社」)がはいっていることからすれば、武力攻撃事態法でも当然ながらこれらは指定公共機関とされるだろう。
 今のところ民間航空会社は災害対策基本法でも指定公共機関とされていない。しかし、日本の民間航空会社の輸送能力からみれば、「指定公共機関」に入る可能性が大きいとみるのが自然だろう。
(2) 施設の提供
 これら指定行政機関などは、対処措置を実行する「義務」を負う(法4〜6条)から、対処措置の一環として、その管理する空港を、米軍・自衛隊に施設提供することになるだろう。指定地方行政機関とされた地方公共団体や、指定公共機関とされた空港会社が、地域住民の生命の安全や、旅行客の安全を考えて対処措置実行を拒んだとしたらどうなるだろうか。内閣総理大臣には対処措置を実行するように、地方公共団体に指示すること、地方公共団体や空港会社に対処措置を実施する直接執行権があるとされる(法15条)。有無を言わせない協力である。実際上、地方自治体や、空港会社は協力を拒否できない立ち場なのである。
(3) 危険な空港
 施設提供された空港は、事実上自衛隊・米軍の管理下に入る。滑走路は勿論、格納庫、倉庫等も軍事用に活用されるだろう。空港労働者は会社、自治体の業務命令により協力が命じられる。管制作業も、整備作業も、物資の積みおろしも、空港労働者が行うことになる。空港労働者からみれば、扱いなれない軍用機である。実際には大変な混乱と危険が予想される。たとえば、物資の積みおろし。ここにいう物資には武器・弾薬が含まれる。破壊力のある危険な武器を、限られた時間内に積みおろす作業は、大変な緊張と労力を必要とするし、ちょっとした事故で大惨事が生じかねない。そこで犠牲になるのは第1には現場で働いた空港労働者である。また管制作業も困難である。民間機と全く違うルールの軍用機を「目視」を含めて誘導しなければならない。軍用機の離発着自体が重要な軍事機密なのだから、管制官にも直前まで伏せられるだろう。果たして安全な管制など可能なのだろうか。
 さらに言えば、相手国にしてみれば、敵機が出撃し、物資の輸送拠点になる空港は、最大の攻撃ポイントである。空港自体が敵国からの攻撃にさらされ、労働者は命がけで労働に従事することになるのである。
(4) 危険な空
 同時に、民間航空会社も指定公共機関として対処措置を実施する義務を負うことになる可能性が高い。航空機は物資や人の輸送で動員されることになり、危険な最前線に物資も人も運ばなければならない。国際民間航空条約では、民間機は保護の対象とされるが、民間機でも軍の業務に用いられると、条約の保護はおよばない。当然攻撃対象にされ、航空労働者もまさに危険と隣り合わせ、命がけで労働しなければならない。
 軍事利用されていない民間機でも、危険はついて回る。軍用機の航路、空域が確保され(法22条)、もともと目的も性能も全く違う民間機と軍用機が狭い空に共存し、航路・空域を分けるというのである。ただでさえ過密な日本の空で、ニアミスなどの事故の危険は格段に増大する。民間機の航路・空域は大幅に制限され、軍事用航路、空域が拡大すれば、民間旅客便の離発着全面禁止もあり得るだろう。実際ユーゴ空爆の際には、ヨーロッパの各地の空港で、民間機の離発着のおくれ、ホールディング(空中待機)の多発、民間航空機の飛行停止などの事故が多数発生した。このような事態が、航空機衝突などの大事故につながりかねないのである。
(5) 最後は「業務従事命令」
 さらに事態が進行し、武力攻撃のおそれが生じた場合は自衛隊法上の防衛出動命令が下令される。この場合自衛隊法103条によれば、「輸送を業務とするもの」には、業務従事命令を出すことができるとされる。対象業種は政令で定めるとされているが、この政令は今のところ定められていない。しかし、航空輸送能力の重要性からみれば、航空運送業者およびその従業者が対象業種にはいることは明らかであろう。
 業務従事命令がでれば、航空・空港労働者個々に、ダイレクトに業務に従事することが命じられる。今回の法案では業務従事命令違反に罰則こそつかなかったものの、防衛庁は業務従事命令違反に罰則を盛り込むことを主張しており、そうなれば航空・空港労働者は刑罰の強制力を持って、命がけで仕事を遂行するということになりかねない。

4 空の安全のためには有事法制をもたないこと
 さらに言えば、有事法制をもったというだけで、実は日本の航空・空港はテロの対象として危険にさらされる。実際、航空機、空港がテロの対象とされた事件は多数ある。パンアメリカン航空・ロッカービー事件は(1988年12月21日)、アメリカのリビア・トリポリ爆撃に対する報復として、リビア秘密工作員によるテロ事件であることがわかったが、乗員乗客ほか270人の死者が出る大惨事だった。成田空港手荷物爆破事件(1985年6月)は地上作業員死亡者2名、負傷者4名を出したが、これは乗り継ぎ便のインド航空機破壊をねらったテロ事件であることがわかっている。
 日本の空の安全とそこで働く労働者の安全のためには、有事法制そのものをもたないということが一番確実なのである。

(齊藤 園生)




有事法制はいらない
現場からの告発−パートT
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2002年10月25日
 編 集  自由法曹団有事法制阻止闘争本部
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