<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2002年12月10日

新仲裁法制に関する意見書


司法制度改革推進本部
本部長 小泉純一郎殿
〒112-0002
東京都文京区小石川2-3-28
DIKマンション小石川201号
自由法曹団
団長 宇賀神 直




はじめに

 自由法曹団は、2002年9月9日、「新仲裁法制に関する中間とりまとめ」に対し、「新仲裁法から労働契約の除外を求める」と題する意見書を提出した。
 その後「仲裁検討会」において、「消費者と事業者との間の仲裁」および「個別的労働紛争に関する仲裁」について、特則を設けるべきか、設けるとした場合にはどのようなものが考えられるか等について検討が続けられている。11月28日には労働専門家からのヒヤリングも実施した。
 仲裁検討会が最終意見をまとめる段階にはいっていくと思料される現時点で、自由法曹団の意見を述べる。

第1 意見の趣旨

 将来の紛争に関する仲裁合意はすべての国内取引について無効とすべきである。

第2 理由

1 権利救済の柱−裁判を受ける権利

 日本国憲法は司法を三権分立の一つの柱に位置づけている。そしてすべて司法権は裁判所に属するとし(76条)、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないことを明言している(32条)。
 仲裁制度をはじめとする裁判外紛争解決システムの整備の必要性は認めるとしても、国民の権利救済の担い手の柱は裁判所であり、裁判外紛争処理システムはあくまでその補完にすぎない。ましてや、裁判外紛争処理システムの活用を強調するあまり、国民の裁判を受ける権利を侵害するような結果をもたらす制度構築をすることは許されない。
 このことは「司法の中核たる裁判機能の充実」(司法制度改革審議会意見書35頁)を求める今次司法制度改革の理念に照らしても当然である。

2 困難な将来予測

 仲裁制度は、本来的に社会的経済的に対等な当事者間の合意を予定している。紛争が生じた後であっても、紛争を解決する場として、裁判がよいか、裁判外機関がよいかについては一律に決めがたいものがあり、特に社会的経済的な弱者は、それこそあらゆる方法に挑戦してみて、ようやく権利救済を得られることが多いのである。
 事前予測となればなおさらである。社会的経済的な弱者は、知識の面でも、判断能力の面でも、契約時において予め、将来の紛争の発生の有無、発生形態、解決のための方法、経済負担、利害得失について的確な予想をすることは不可能な場合が多い。

3 労働契約への仲裁合意の適用は弊害の典型

 企業と労働者との関係がもっとも典型的な「強者」「弱者」関係である。だから労働契約については、従属的契約として労働者を守るために様々な規制立法があり、法律を補完する判例が形成されている。自由法曹団の9月9日付け意見書で詳述したとおり、就職を求めている労働者が採用時に将来の裁判を受ける権利を放棄することの意義を正確に理解することは不可能であるし、仮に理解できたとしても、労働契約の仲裁条項の変更を交渉したり、就職を断念したりするような選択は期待できない。「仲裁合意」が裁判を排除することが許されるならば、労働者保護立法や判例によるルール確立が不可能となる。
 仲裁検討会がヒヤリングを行った労働分野の専門家が「将来の紛争に関する仲裁合意は無効にすべき」と主張されたのは当然である。

4 消費者と事業者との将来の紛争に関する仲裁合意

 仲裁検討会では、事務局作成の検討事項案その18(消費者に関する特則について)で、消費者と事業者との間の仲裁について、甲案(特則を設けない)、乙案(将来の争いに関する仲裁契約は無効)、丙案(将来の争いに関する仲裁契約をした場合には、消費者に解除権が留保される)の三つの選択肢を提示している。
 自由法曹団は乙案を採用すべきであると考える。
 消費者と事業者との間には知識、情報、交渉能力等の点で重大な格差がある。消費者が契約に際して将来の紛争を予想して契約に入ることは通常ありえないことであり、仮に仲裁合意に関する特別な書面が作成されてもその意義、裁判を受ける権利を予め放棄することの意味について的確な判断ができることは期待できない。仮に消費者が仲裁条項に異論をもったとしても、その条項の削除を求めることはこれまた困難である。
 そして、現在も当事者訴訟の多い簡易裁判所の裁判に呼び出された被告当事者が、慣れない場所と雰囲気に気押されてうろたえ、裁判官の指示するとおりに頷いている姿を多く目にするとおり、知識の乏しい消費者が、紛争の解決の場について的確な判断をすることはなお困難である。
 この当事者の力の格差を前提にした消費者の保護を考えるならば、丙案ではなく、労働契約と同じく、端的に将来の紛争に関する仲裁合意は無効とすべきである。

5 すべての国内取引について

 仲裁検討会では、消費者契約および個別的労働契約についてのみ、特則を設けるべきかどうかを検討しているが、社会的経済的な「強者」「弱者」の関係はこの2つに留まるものではない。金銭消費貸借契約、借地借家契約、フランチャイズ契約、請負契約等々においても、労働契約や消費者契約と同じ問題が所在する。さらに、近時、企業が形式的に「請負」「委任」という形態で人を使用することが増えており、裁判になったときに労働契約であるかどうかの争いとなることが少なくない。また取引社会が複雑となり、商品売買契約と金銭消費貸借契約、委任・請負と金銭消費貸借契約がリンケージされたりするなど、典型契約の類型では区分できない内容を備える契約が増えている。
 これらを、特則の対象とする契約とそうでない契約に類型化することは現実的には困難である。
 とするならば、法制度としての明確性の点からも、法的安定性の点からも、すべて国内取引について、将来の紛争に関する仲裁契約は無効とするのが妥当である。