<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2003年1月

裁判官の人事・人事評価制度に関する意見書


〒112-0002
東京都文京区小石川2-3-28
DIKマンション小石川201号
自由法曹団
団長 宇賀神 直


 はじめに
 第1 現在の裁判官制度の抱える問題点と基本的方向
    1 基本的問題点
    2 司法制度改革審議会最終意見に対する評価
    3 研究会報告書に対する評価
 第2 いますぐできる司法行政等の改革点
 第3 人事・人事評価制度に対する基本的視点
 第4 基本的な制度設計
    1 評価
    2 不服申立
    3 選考委員会
    4 適格者推薦のための応募制の導入
    5 下級裁判所部総括、所長及び長官に関する応募制
    6 その他


はじめに

 司法制度改革審議会は、2001年6月、最終意見(以下、「改革審の最終意見」という。)を発表し、その後発足した司法制度改革推進本部は法曹制度検討会等において裁判官制度改革等の議論を進めています。
 この間最高裁判所は、2001年9月、事務総局に「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会」を設置し、2002年7月、「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会報告書」(以下、「研究会報告書」という。)を公表しました。また2002年6月、下級裁判所裁判官の指名過程に関与する諮問機関の設置について、一般規則制定諮問委員会に諮問することとし、同委員会(委員長遠藤光男弁護士・元最高裁判所判事)は同年7月から活動を始め、同年12月要綱案が明らかにされました。
 自由法曹団は、2001年9月、「国民のための司法改革をー司法制度改革審『最終意見』とわたしたちの見解―」(以下、「見解」という。)を公表していますが、今回の意見書は、この「見解」に基づきながら、主として「研究会報告書」に対応するものとして基本的な制度案を明らかにするものです。


第1 現在の裁判官制度の抱える問題点と基本的方向


1 基本的問題点
 憲法は、国民の基本的人権を厚く保障するとともに、それが侵害された場合の救済を裁判所に強く期待し、とりわけ行政や立法に対するチェック機能、憲法の番人としての役割を求めています。しかし、裁判所の現状はこのような役割を果たしているとは到底言えません。
 その原因は、大きく(1)最高裁事務総局による官僚統制、及び(2)国民的基盤の弱さにあるものと考えられ、具体的には、(1)最高裁判事の人選の非民主性・不透明性、(2)裁判官の任命・人事、司法行政を利用した裁判官に対する官僚的統制、(3)裁判官の大幅な不足と負担過重にあります。
 その上で「見解」では、(1)裁判官任命手続の見直し、(2)裁判官の人事制度の見直し、(3)司法行政のあり方の見直し、(4)裁判官の大幅増員、(5)最高裁判所裁判官の選任等のあり方の見直しを具体的に提言しています。


2 司法制度改革審議会最終意見に対する評価
 裁判官制度改革についての改革審最終意見には不十分な点がある一方、現在の問題点を改革するうえで手がかりとなり得る注目すべき点もあります。
 裁判官の人事・人事評価制度及び任命手続に関して述べると次のとおりです。
(1)人事・人事評価制度の見直し
  (1)評価基準を明確化・透明化すること
  (2)評価内容及び理由等については評価対象者本人に対して開示すべきこと
  (3)評価内容等に関して評価対象者本人に不服がある場合について、適切な手続を設けるべきであること
  (4)報酬の進級制(昇給制)について、現在の報酬の段階の簡素化を含め、その在り方について検討すべきであること
  (5)評価に当たっては、本人の意向を汲み取る適切な方法、更に、裁判所内部のみではなく裁判所外部の見方に配慮しうるような適切な方法を検討すべきであること
 これらの点については官僚的裁判統制を防ぐための手がかりになるものとして評価できますが(なお「見解」では、裁判官の報酬は本来一律であるべきで、昇給を認めるとしても、3段階程度の緩やかなものとすべきことを提言しています)、統制の重要な手段となっている任地・配属・昇任・昇給等について改革審最終意見は全く触れていません。この点につき「見解」は、これらの異動等についても国民が参加する諮問機関への諮問の対象とするとともに部総括の指名や配属等については各裁判所裁判官会議によって決定するものとし、高裁長官や地裁・家裁所長の指名に当たっては、あらかじめ当該裁判所の裁判官会議の意見を聴きこれを尊重するものとすべきことを指摘しています。
(2)任命手続の見直し
  (1)下級裁判所裁判官の指名過程に国民の意思を反映させるため、諮問を受け指名されるべき適任者を選考し、その結果を意見として述べる機関を設置すべきこと
  (2)同機関が、十分かつ正確な資料・情報に基づき、実質的に適任者の選考に関する判断を行いうるよう十分な配慮がなされるべきであること
  (3)裁判官の指名を受けようとする者に、同機関による選考の過程へのアクセスの機会を十分に保障するため、選考の基準、手続、スケジュールなどを明示すること
  (4)裁判官への任官希望者のすべてが、同機関の判断を経たうえで最高裁判所によって最終的に決定されるものとすべきこと
  (5)同機関には下部組織を地域ブロックごとに設置すること
  (6)同機関を公正で権威のある機関とするため、委員の構成及び選任方法については、中立性・公正性が確保されるようにすること
  (7)同機関による選考に関しては、個々の裁判の内容を審査の対象とはしないなど、裁判官の独立を侵すおそれがないように十分に配慮されなければならないこと
  (8)最高裁判所は、説明責任を果たすという観点から、同機関による選考の結果、適任とされた者を指名しない場合にその者から請求を受けたときは、指名しない理由を本人に対して開示するものとすること
  (9)同機関による選考の結果、適任とされなかった者にたいして説明責任を果たすための適切な措置についても検討する必要があること
 これらの点についても任命手続を改革する手がかりとなりうるものとして評価できます。「見解」では現在最高裁事務総局が行っている恣意的な差別・選別を許さない制度に改革するという視点から、諮問機関が最高裁をはじめとする裁判所から独立した公正・中立な存在であること、構成・人選が公正かつ民主的であること、同機関が実質的な審議・判断をできる制度とすること、裁判官の独立を侵害することのないようにすること、同機関の選考によって不適任とされた志願者に対する理由の説明や不服申立制度を整備すること、同機関を各高裁所在地に設置すること、前記のとおり任地・転勤などについても諮問対象とすべきことを提言しています。


3 研究会報告書に対する評価
 研究会報告書は、最高裁事務総局による人事・人事評価制度の現状と方針を基本的に踏襲したものとなっており、そこには現状への批判的評価はなく現状を前提とした上で、わずかに自己申告制度、評価開示制度、不服申立制度等を具体化したものにすぎず、総じて改革審最終意見よりも後退したものとなっています。
 とりわけ、現行の異動が公正に行われていることを強調し、報酬制度についても改善を図る視点はなく、評価においても部総括からの情報を中核として地裁・家裁所長を評価者とするほか国民的基盤をどう獲得していくかという観点も乏しく、厳しく批判されなければなりません。


第2 いますぐできる司法行政等の改革点

 日本国憲法が施行されてしばらくの頃は、裁判所も司法を民主化するために尽力していたのですが、次第に最高裁事務総局による司法行政を核とする官僚的統制が強化され、冒頭述べたように憲法が期待する司法とは大きく異なった姿となってしまったのです。
 そのため司法行政を中心に、格別の立法を待つことなくいますぐできる改革点は少なくありません。これらは改革審最終意見がまったく触れていませんが、「見解」では次の点を指摘しています。
(1)裁判官会議の復権と現在の最高裁事務総局の廃止
 人事権など司法行政権は最高裁判所及び各下級裁判所の裁判官会議に属することを改めて確認し、現在の最高裁事務総局は廃止すべきです。庶務的業務はそのために限局した部署を新設するとともに裁判官以外の裁判所職員を充てることが必要です。また事務総局で司法行政に専従する裁判官の数を大幅に削減し、その分過重負担にあえいでいる現場に裁判官を配置すべきです(このことは高等裁判所事務局長についても同様です)。
(2)裁判官会同・協議会の在り方の見直し
 これまで行ってきた具体的な事件を念頭に置いた会同・協議会は禁止し、研鑽のためであればテーマを一般的なものとするとともに参加者をすべての裁判官に開かれたものとしその内容も裁判所外に公開することが必要です。
(3)「判検交流」の廃止 
 裁判官が一定期間法務省に出向し、国を当事者とする訴訟で国側代理人を務めるなどの「判検交流」は、憲法が裁判所に対し国や行政に対するチェック機能、違憲立法審査権の行使を期待している趣旨に反するものであり、直ちに廃止すべきです。
 また司法行政の分野以外でも、例えば現在裁判官の忌避が認められることは極めて稀で、この制度が死んでいるといってよい状況にあります。忌避制度は裁判所に対する当事者のチェック機能という役割が期待されているわけですから改善が急務です。


第3 人事・人事評価制度に対する基本的視点

 最高裁判所が事務総局を軸とする人事・人事評価を通じて官僚統制を行い、裁判官の独立を侵している現状にあることに疑いを容れる余地はありません。具体的には、
   (1)指名(新任、判事補から判事、判事の(再)再任、弁護士等任官等)
   (2)配置(配属・転勤)
   (3)補職(部総括、所長、長官等への昇格、最高裁事務総局や高裁事務局長等)
   (4)報酬
   (5)希望が重複した場合の選考
などにおいて透明性・客観性を欠いた恣意的・差別的異動・措置を行っているものと考えられます。
 また裁判所は、国民の理解と支持を得たり、国民の司法・司法行政への参加等を通じ国民的基盤を抜本的に強化することが求められます。裁判所が立法・行政等に対するチェック機能をあまり果たしていないうえ、司法が政治からの介入を許してしまった歴史の要因の一つに国民的基盤の弱さを指摘することができるでしょう。「孤高の王国」に安住することは今や許されなのです。
3 このように裁判官の人事・人事評価制度の基本的視点としては、裁判官の独立及び国民的基盤の抜本的強化に置くことが必要です。
 本来裁判官の独立と裁判官の人事評価とは緊張関係に立つものであって、裁判官の独立のためには、自己研鑽(質向上に向けた動機付)を目的とするものであればともかく、人事の資料として用いるため評価を行うのは独立を侵すものであり、それ故評価は基本的に不要であるうえ、今後改善が図られるとしても、なお最高裁判所による統制が強く残存することが懸念される現在、人事評価はどのようなものであれ有害でさえあるともいえましょう。
 しかし、他方「裁判官の給源の多様化、多元化」を進めてもキャリア制度が相当期間強く残ることが推測されます(たとえば日本弁護士連合会は、2001年2月の司法制度改革審議会へのプレゼンテーションにおいて、「特例判事補の指定を2005年から停止し、2009年に特例判事補を廃止し、その5年後から判事補の採用を停止し、10年かけて判事補の存在をなくすことを目処に」することを発表しましたが、そのためには、毎年数十人規模の弁護士任官者が必要となるとシミュレートしています)。
 そこで法曹一元に向かう過程として、裁判官の独立への侵害を極力抑制する視点から当面の制度設計を行い、恣意的・差別的人事をやめさせる方策を提示することが求められるものと考えられます。これは裁判所が、適切な人事制度や評価ないしその結果等を国民に示すことによって、国民的基盤を強めることにも結び付くものです。そのためには、
   (1)人事評価の目的ないし評価結果の使途を限定し、不利益処遇と結びつかない制度を導入すること
   (2)裁量的要素を限局するため、評価基準を明確化・客観化すること
   (3)現在検討されている国民等の参加する「下級裁判所裁判官指名過程に関与する諮問機関」(以下「選考委員会」という。)の権限を強化すること
が必要と考えられます。


第4 基本的な制度設計


1 評価
 選考委員会が後記の選考をするにあたって、面接等によるほか一定の資料が必要となりますが、その資料として使用するために人事評価を行うことになります。

(1) 評価権者

 裁判官会議又はその適切な授権による委員会が評価案を作成するものとする。
 委員会の構成にあたって、在職年数の均衡等を考慮し、また裁判員、参審員及び調停委員の一定数も参加するものとする。
 これらに参加しない裁判員、参審員及び調停委員並びに裁判所職員も評価原案を作成するにあたり、裁判官会議または委員会に対し意見を述べることができるものとする。
 第二次評価権者は設けないものとする。                  

 裁判員とは刑事裁判における裁判員、参審員とは労働参審員を指しますが、このほか非常勤裁判官も裁判官として裁判官会議や委員会に関与することは当然です(ただ、事件毎に選任される裁判員については、その地位との関係で工夫が求められます)。参加しない裁判官等も意見を述べることができるものとするのも言うまでもないことでしょう。
 弁護士、検察官、市民代表などについては、当面次の評価情報の提供者として位置付けることとしました。
 なお、評価は相当数の者がこれに関与するものであって客観性も確保されることから、第二次評価は「屋上屋」を重ねるものというほかありません。

(2)評価基準(評価項目、評価形式)

 勤怠や受忌避申立件数など客観的資料等に基づき、法律家としての能力・識見を評価するものとし、段階式の評価形式はとらないものとする。
 また評価にあたっては、被評価者の裁判内容、人種、信条、性別、社会的身分、門地、宗教並びに団体所属やその活動内容については考慮してはならないものとする。                  

 選考は、a新任の場合、b判事補から判事への任用の場合、c判事の(再)再任の場合、d弁護士等任官等の場合、と類型化することができますが、評価資料は、a、dの場合とb、cの場合とではそれぞれ異なることになるでしょう(aについては修習期間の、またdについては弁護士活動における資料が中心とならざるを得ません)。
 ここではb及びcの場合を念頭に置いて評価基準について提言しています。
 ところで、評価にあたって、裁量の幅をできるだけ少なくするため評価項目は客観的なものであるべきですが、これを前提として、そもそも評価は詳しいほうがいいのか、それとも簡素なものであるべきかという基本的視点を明らかにしておく必要があります。
 わたしたちは、労働者・労働組合の思想・組合・男女等による差別の是正を求める事件について多くの経験を有していますが、この経験からも、そもそも評価というものにおいて主観的判断は避けられないものであるとの共通の認識を持っています。
 また、裁判官の評価は選考委員会の選考のための資料とするために行うものですが、裁判官の独立への侵害を極力抑制するためには、選考委員会の選考において、被評価者の序列をつけるなどをすべきではなく、客観的かつ明白な不適格者を排除することに当面その目的が置かれるべきです。
 これらの観点から、わたしたちは、評価は簡素なものであるべきという見地に立ちます。
 また「人物・性格面」といった評価項目は不適切です。
 なお事件処理件数については、「研究会報告書」においても、「処理件数などの要素を偏重することは弊害が大きい」とされているところです。
 また評価形式として、段階式の方がそれだけとってみれば明確化・客観化に資するものともいえましょうが、主観的判断が避けられないことからすればこの方式をとるべきではないものと考えます。

(3)評価情報の収集方法

 評価情報は、自己評価、内部評価(当該裁判所内における評価)、外部評価(当該裁判所外からの評価)によるものとする。                 

 自己評価については、自立性を高めたり自己啓発にも役立つことを考慮し、自己評価書の提出を必要的とすべきでしょう(他方評価権者による面談は、運用における懸念が否定できず、消極とすべきでしょう)。
 外部評価につき、改革審意見書は「裁判所内部のみではなく裁判所外部の見方に配慮しうるような適切な方法を検討すべきである」としていますが、研究会報告書や最高裁判所は極めて消極的です。そもそも裁判官は一般的に批判されるということが少ない立場にありますから、身近に裁判を経験している人、とりわけ法廷や和解を直接見聞した利用者(代理人、当事者等)からの評価は不可欠なものです。現に例えば1988年6月に公表された大阪弁護士会によるアンケート結果にも示されるとおり、相当数集まれば極めて有効な資料となることが確認されてもいます(なお、第2回一般規則制定諮問委員会では検察官委員が「日頃の裁判をもっとも身近で見ている検察官や弁護士の評価は重要だ」と述べ、座長の遠藤光雄元最高裁判事も「裁判官の評価  は弁護士仲間では不思議と一致する」と指摘しています)。
 またインターネット等により一般に市民からの評価を寄せてもらうことも検討されてよいことです。

(4)評価開示及び反論権

 評価結果やその理由は被評価者に開示されるものとする。
 評価資料についても、基本的に開示されるものとする。
 被評価者は、不利益情報につき反論する権利があるものとし、反論書やその資料は人事記録と一体のものとして保管されるものとする。
 裁判官会議又はその適切な授権による委員会は、被評価者の反論が相当と認めるときは、評価案を修正するものとする。                 

 評価資料についても、場合により一部マスキングということがあるとしても、開示されるべきは当然のことでしょう。これは後に述べる不服申立のためにも必要なことです。


2 不服申立

 被評価者は、一定の期間内に、各高等裁判所所在地に設置される選考委員会に対し、評価の前提となる事実が誤っていること及び評価が相当でないことを理由として評価の修正を申し立てることができるものとする。
 選考委員会は、速やかに必要な調査を行ったうえ、理由があるもの認めるときは、然るべき修正評価をするものとする。                 

 行政不服審査とは別に、第三者機関に対する不服申立手続きを整備することが必要です。現在国家公務員の場合は人事院に、地方公務員の場合は人事委員会や公平委員会に不服申立をすることができるようになっているのに、最も独立性が保障されるべき裁判官において第三者機関に対する不服申立制度を欠くのは制度的欠陥とさえ言えるでしょう。
 この機関として、後記のとおり市民代表等も参加する選考委員会を充てることが相当と考えられます。これは評価の目的が裁判官の指名選考等の資料とすることにあるため、この選考委員会を活用することがふさわしいからです。
 更に、中央に設置される選考委員会に対して再審査申し立てをすることができるものとするかどうかについては今後の検討課題とします。


3 選考委員会

(1) 選考委員会の設置と職務

 「下級裁判所裁判官選考委員会」を各高等裁判所所在地に1つずつ(以下、「地方選考委員会」という。)、また中央に1つ(以下、「中央選考委員会」という。)設 置するものとする。
 地方選考委員会は
 イ 下級裁判所裁判官の指名を行うため必要な志望者の募集及び選考を行い、この結果を中央選考委員会に資料を付して送付すること
 ロ 被評価者たる裁判官の評価につき不服申し立てがあったとき、これを調査して評価の修正をするかどうかを決することを職務とするものとする。
  中央選考委員会は、最高裁判所との間の連絡事務を担うほか、地方選考委員会が行う職務を補佐するとともに、全国に関する庶務的職務を行うものとする。
 各地方選考委員会及び中央選考委員会には裁判所や法務省とは独立した事務局を置くものとする。                 

 一般規則制定諮問委員会では、現在この選考委員会の構成や職務等につき検討を行っていますが、大きな問題の1つは、地方選考委員会の権限ないし職務をどう位置付けるかという点です。これが中央選考委員会の補助機関として情報収集程度のものとなっては、後に述べる応募制も大きく崩壊し、現在弁護士会連合会等が力を注いでいる「弁護士任官適格者選考委員会」による推薦制度も形骸化してしまうおそれがあります。他方選考業務としては、現状を前提としても、年間300名程度が対象となり(特に4月と10月に集中します)、更に後記のとおり、これに簡易裁判所裁判官、非常勤裁判官のほか部総括、所長・長官等の指名・任命のための選考等をも行うこととなれば、実質的審議を図るためには地方選考委員会の権限と職務を拡充し、地方選考委員会こそ選考等の中心的機関として位置付けられなければなりません。

(2)選考委員会の構成と選出方法

 地方選考委員会は相当数の委員をもって構成し、その委員は当面弁護士会連 合会が、年齢、職業、性別等の均衡を考慮しながら、各界市民、研究者及び弁護士から推薦により選出するものとする。
 委員の任期は相当期間とし、相当額の報酬を受けるものとする。                

 地方選考委員会の委員の職務内容等から、裁判官や検察官が委員に就任するのは不適任と考えられます。
 なお中央選考委員会の職務が、前記のとおり地方選考委員会の補佐的業務や全国の庶務的業務が中心であれば、構成や選出方法は必ずしも地方選考委員会に準ずるものとする必要はなくなります。
 11月22日開催された一般規則制定諮問委員会において、中央選考委員会の委員数を11名(法曹5名、法曹外6名)、地方委員会の委員数を5名(法曹外は少数)とすることとされています。


4 適格者推薦のための応募制の導入

 各高等裁判所所在地に設置される選考委員会は、任期(10年間)、任地(10年間同一)、報酬額(10年間同額)等を明示して、下級裁判所裁判官の指名を受ける志望者の募集及び選考を行うものとする。                

 応募制を導入することにより、配置(配属・転勤)、報酬及び希望が重複した場合の選考のための人事評価は不要となり、裁判官の独立や自律性を制度的に高めることになります。またこれにより最高裁事務総局を中心とする司法行政上の機能が分散されていくことになりましょう。
 改革審最終意見でも、選考につき「選考の基準、手続、スケジュールなどを明示することを含め、その過程の透明性を確保するための仕組みを整備する」、「裁判官の指名を受けようとする者に、同機関による選考の過程へのアクセスの機会を十分に保障する。」とされており、この趣旨を実現するためには応募制が適切でもあります。
 対象となる下級裁判所裁判官には、簡易裁判所判事選考委員会の資格審査を経ているからといって、簡易裁判所裁判官を除く必要はありません。
 志望者の類型として、a新任の場合、b判事補から判事への任用の場合、c判事の(再)再任の場合、d弁護士等任官(非常勤裁判官を含む)等が想定されますが、すべての場合が対象となります(ただ弁護士任官や簡易裁判所判事等の場合、任期等につき異なった配慮が求められる場合もありましょう)。司法修習生からの新任の場合も、中央の選考委員会に一元化する必要はなく、各地の選考委員会が対応すべきです。
 任地が10年間同一であることによるマンネリ、癒着等の弊害を危惧するとすれば同一高等裁判所管轄内の比較的近隣地域において、前半と後半各5年間ずつとする修正を施すこともありえましょう。
 報酬が10年間同額であることにより、若年で裁判官となり定年まで裁判官を務めた場合、生涯で3〜4段階の報酬設定となります。


5 下級裁判所部総括、所長及び長官に関する応募制

 各高等裁判所所在地に設置される選考委員会は、任期、任地、報酬額等を明示して、下級裁判所部総括、所長ないし長官等の任命を受ける志望者の募集及び選 考を行うものとする。                

 補職に関する部総括、所長及び長官等についても応募制を導入することが必要です(なお経験年数を必要とするのであれば、選考委員会が応募にあたってその旨の条件を付することになります)。「見解」では、部総括については当該裁判所裁判官会議、所長・長官については各裁判官会議のそれぞれの意見を尊重するものとしていましたが、選考委員会のイメージが形成されつつある現在ではこの委員会を経るものとすることが妥当でしょう。
 なお経過措置として最高裁事務総局や高等裁判所事務局長についても、応募制とすることが考えられます。
 任期については10年を下回っても憲法に違反することはなく、ただその期間、任地及び報酬額は同一であるべきことは当然です。


6 その他

 最高裁判所は、選考委員会が下級裁判所裁判官並びに部総括、所長及び長官適格者として選考した志望者につき指名を行わなかった場合又は選考委員会がこれらの適任者として選考しなかった志望者につき指名を行った場合には、その理由を各選考委員会に文書をもって説明するものとする。また最高裁判所は、前者の場合には、その志望者に対し、その求めに基づき理由を文書をもって説明するものとする。
  各選考委員会は、これらの適任者として選考せず、かつ最高裁判所が指名を行わなかった場合には、その志望者に対し、その求めに基づき理由を文書をもって説明するものとする。                

 最高裁判所は選考委員会に対し説明責任を果たすべきですし、またこれらの機関が志望者に対して不利益な処置に対する理由を説明することは当然のことです。