<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2003年1月

パート労働者の差別を解消するために
立法措置を求める意見書


〒112-0002
東京都文京区小石川2-3-28
DIKマンション小石川201号
自由法曹団
団長 宇賀神 直


はじめに

第1 「パート労働法」の立法事実と運用実態

第2 均等待遇ルールの法定化の必要性
 1 パート労働者等の実態は法定化を切実に求めている
  (1) パート労働者の激増 
  (2) パート労働の激増をもたらしているもの
  (3) パート労働者の劣悪な労働条件
  (4) 求められる法的な規制
 2 国際的な流れからも必要な法定化
 3 あるべきパート労働法

第3 短時間正社員制度について

第4 パート労働法にもりこむべき事項(具体的提言)




1 はじめに

 2002年におけるパートタイム労働者数は約1200万人といわれ、いまも急増の一途である。同年7月、厚生労働省内に設置されたパートタイム労働研究会は「パート労働の課題と対応の方向性」と題する最終報告をとりまとめ、現在、労働政策審議会雇用均等分科会において「今後のパートタイム労働対策」について議論が始まっている。
 「できるなら正社員に」「それが無理ならせめて正社員と同じレベルの待遇をしてほしい」。これがパート労働者の基本的要求である。
 しかし、上記最終報告は、「日本型均衡処遇ルール」なる概念を提示して「同一労働同一賃金原則」の導入を放棄し、同時に、法律の制定も全面的に回避する内容にとどまっている。このままでは労働政策審議会雇用均等分科会においても、パート労働者の基本的要求に相反する内容の「検討」が行われ、最終的にはパート労働者が置かれている劣悪な現状を追認し、将来にわたって固定化する結論になってしまうおそれがある。
 これに対し、野党の衆参議員が「パートタイム労働者等の均等処遇を実現する議員連盟」をつくり、パート労働者保護法の法制化の必要性を打ち出して、2002年末に「パート均等待遇立法案骨子」をまとめた。パート労働者の基本的要求に、抜本的に応えようとする動きとしてきわめて注目される。
 本意見書は、現在のパート労働法の運用実態、及びパート労働者の実態調査等を踏まえて、最終報告書を批判的に分析し、あるべきパート労働法の方向性を提言するものである。


第1 「パート労働法」の立法事実と運用実態


 「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」、いわゆるパート労働法は、平成5年に制定・施行されている。同法は、平成5年当時においても約800万人(平成14年では1.5倍の1200万人に増加)を超えるパートタイム労働者が雇用され、その7割が女性であり、男性若年層と高齢者層にもそれが広がっている状況から制定されたものであった。このパート労働法に対しては、法律案要綱の段階から、同法が事業主に短時間労働者の「雇用管理の改善等」のための措置を講ずるように努めることを求めるのみで(同法3条、6条、7条)、事業主に「義務」を課す規定やそれに違反した場合の「罰則」規定が設けられないことから、その実効性に強く疑問がもたれていた。自由法曹団も、1993年3月8日付の声明でその旨を指摘した。
 当時の「パートタイム労働問題に関する研究会報告」においても、罰則付の法律による規制が必要であるとの意見が併記されるという状況にあったが、最終的には法案要綱に沿って立法化されてしまった。

 このパート労働法の「雇用管理の改善等」の運用実態をみてみれば、例えば、平成14年において全国自治体の労働局が雇用管理の「報告」を求め「助言」をした事業所数は、およそ2700件程度(厚生労働省雇用均等・児童家庭局 短時間・在宅労働課)ということである。全国の事業所数を考えたとき、パート労働法が如何に行政によっても徹底されていないかがわかる。同時に、同法の「労働大臣」が「短時間労働者の雇用管理の改善等を図るために必要があると認めるとき」に行うとされる「指導」あるいは「勧告」(第10条)が現実に行われたという例は、「現在までにない。」(前同)とのことである。
 以上の運用実態以外の状況、例えば、全国の事業所においてどの程度パート労働法が活用されているのかといった現実の実態については、厚生労働省ですら把握しきれていないというのが現状である。

 結局、平成5年にパート労働法が制定されたが、同法の内容が(1)正社員との均等待遇を目指すものになっていないのみならず、(2)事業主に対して一定の「努力目標」を設定したのみであったことから、現実的にはほとんど有効性を発揮できない結果となっている。その本質的な限界が、その後におけるパートタイム労働者の激増及び劣悪かつ不安定な労働条件の温存に繋がってきたのである。


第2 均等待遇ルールの法定化の必要性


1 パート労働者等の実態は法定化を切実に求めている
 ここでは、最終報告の援用する図表に加えて、全国労働組合総連合 パート・臨時労組連絡会が2001年11月〜2002年3月末に実施したアンケート調査をまとめた「パート・臨時などで働くみんなの実態アンケート調査 報告書」(2002年10月発行、以下「全労連アンケート」という)を資料として、パート労働者の急増とその原因、さらに一向に改善されることのないパート労働者の劣悪な労働条件について指摘する。なお、全労連アンケートはその報告書の2ページに「回収状況」が記載されているとおり、回答者総数1万4855(うち女性回答者1万3838)をもとにしている。


(1)パート労働者の激増
4分の1を占めるパート労働
 最終報告の引用する2001(平成13)年総務省の調査によると、週35時間未満の非農林雇用者は1205万人で、非農林雇用者に占める割合は22.9%である。パート労働法が制定された1993年当時は800万人といわれていたので、この8年間で400万人以上増加したことになる。女性の比率はここ10年間約68%で変わらず、2001年には829万人となった。女性雇用者中短時間雇用者の占める割合は、39.3%と4割を占める。
 1998年から2001年の4年間で正社員がはじめて減少した。しかも減少数は男性82万人、女性89万人の計171万人という多人数にのぼる。他方で、非正社員(呼称パート)が206万人と大幅に増加している。
 企業別では、従業員1000人以上の大企業で、11年前は7%弱だったパート比率が約3倍の2割弱まで上昇した。1000人以上の大企業のパート比率が、1000人以下の企業のパート比率をはじめて上回った(図表7)。

パート労働者の長時間労働
 増加している「呼称パート」の労働時間数については、最終報告は「呼称パートには、短時間労働者でない者も含まれているが、ここ数年、週40時間以上の長時間労働者が大幅に増えている」と指摘している。図表4によれば、非正規で週40時間以上働く者は、1999年8月から2001年8月まで307万人から418万人へと約110万人の増加である。
 全労連アンケートでは、組合未加入の女性パートの3分の1が週「30時間以上」働き、男性パートの45.5%が「30時間以上」働き、「40時間以上」は24.9%と4分の1を占める。
 パートと呼ばれているが、実質は正社員とかわらぬ労働に従事している呼称パートが大幅に増えている実態をみておかなければならない。


(2)パート労働の激増をもたらしているもの
人件費削減が最大推進力
 最終報告は、「増加の背景」というなかで、「需要側の要因」と「供給側の要因」を並列している。この記述の仕方は、問題の所在をぼかすものである。もとより、企業と労働者は社会的経済的な対等性がない関係にあり、労働者の「供給」主体があるわけでもない。
 近年のパートの激増は、図表9および10にも如実に顕れているように、企業の人件費削減を動機とする労働者の置き換えによるものであり、そのことを端的に指摘すべきである。さらに最終報告は、労働市場全体のなかで引き起こされている猛烈なリストラの実態にはまったく触れることを避けている。パートの急増を、この労働市場の激変との関連性なしに考察する方法はまったく失当である。

深刻な雇用危機
 パートへの置き換えは、次のような深刻な労働市場の中で進行している。
 (1)リストラ合理化による国内人員削減についてはどうか。
   春名眞章衆議院議員の2002年2月15日衆議院予算委員会での資料によると、
   報道された人員削減の総計 2001年8月〜02年3月 約24万人
                2002年4月〜02年1月 約30万人
                       総計約54万人にのぼる。
 (2)失業者数はどうか
   2002年1月時点で、5.6% 実に350万人を超え、しかも完全失業者の26.1%が1年以上の長期失業者である。さらに細かく分析すれば、解雇されて失業になった人が102万人、世帯主の失業者が90万人である。まさに深刻な雇用危機の深まりである。
   これからの日本の産業を背負う若い世代が一段と深刻である。15才から24才までの青年層の失業率は9.6%である。2002年3月時の高卒の就職率は86.3%で過去最低であった。ところが2002年10月時の高卒の就職内定率は47.1%で、はじめて50%を割り込み、過去最低の昨年をさらに3.6%下回っている。1992年10月時の内定率が80%であったことを考え合わせるとまさに激変である。10月時に就職の決まっていない卒業予定者の多くはいやがおうでも正規社員でない不安定な就職先を探していかざるをえない。

ダブルワークに追い込まれるパート
 最終報告は、パートが急増している「環境の変化」として「柔軟で多様な働き方へのニーズの高まり」などとばら色に印象づけ、それを今後の基本コンセプトとする議論に結びつけている。最終報告は図表15「働きたい理由」を援用して「ライフステージに応じて柔軟に働き方を変えたいと望んでいる」としているが、このデーターは「大学卒で無業再就職を希望する女性」に関するものであり、パート労働者全体からすればごく限られた層である。家族的責任を負っている既婚・中高年女性、高齢者などに短い労働時間を選択するニーズが存在することはそのとおりだが、やはりそれは一部の層のものにすぎず、そこをばら色に色づけをして普遍化し基本コンセプトとすることは実態を覆い隠すものとなってしまう。
 「全労連アンケート」によれば、男性パートの半分近くが20才台であり、これは青年層の就職難と失業率の高さが大きな原因である。男性パートのパートで働く理由の第1は「生活を維持するため」で44.7%、次いで「正社員の仕事がなかったから」が31.2%である。
 さらに、女性パートでは、自分が解雇されたことがある(5.2%)、職場で解雇された人がいる(11.4%)、賃下げがあった(16%)、就労時間を短くされた(23.1%)、男性パートでは、自分が解雇されたことがある(7.6%)、職場で解雇された人がいる(17.1%)、賃下げがあった(13%)、就労時間を短くされた(17.3%)というリストラの影響を受けている実態もある。
 厚生労働省平成13年度調査でもダブルワーカーが8.2%(男性14.3%、女性6.3%)という実態が判明しているが、全労連アンケートでも、30〜40才台の男性パートの20%がダブルワークをしている実態が明らかとなった。そしてダブルワーカーの多くは、ひとつの職場では生活を維持するために十分な所得が得られないため切迫した状態にある。
「働き方についての柔軟性・多様性の確保」はその多くは財界の要求とみるべきである。労働者側には「多様性」のなかから選択をする客観的な条件をもつ層は限られており、多くの労働者層はいやがおうでも不安定雇用形態に追いこまれているとみるべきである。
 そこをネグレクトして「働き方についての柔軟性、多様性を確保していくこと」を基本コンセプトとする議論の建て方は、短時間雇用者のなかに処遇の異なる2つの層をつくり、結局はパート労働者全体の労働条件の抜本改善のための立法化には手をつけないことにつらなっているように思われる。


(3)パート労働者の劣悪な労働条件
 最終報告はパートの「処遇の実態」に少しながら触れている。パート労働者の劣悪な労働条件は、現行パート労働法が制定された1993年当時と比べてみても何ら改善されていない。

採用時の労働条件の明示
 「全労連アンケート」では、雇用契約時に書面によって労働条件を明示されているものは、未組織女性パートで42.7%、男性パートで43.1%に留まっている。

契約期間
 最終報告は、欧米諸国との比較でも、わが国の常用パートの割合が少なく、女性パートの場合フランスの半分の4割に過ぎないことを指摘している。最終報告はその原因としてわが国では有期労働契約に対する規制が少ないことをあげている。とするならば、有期労働契約の法的規制の強化を政策課題にあげるべきである。

賃金格差
 最終報告も、パートの賃金は、男性で5割強、女性で7割弱の水準であり、経年的にはその格差が拡大していることを認めざるをえない。
「全労連アンケート」では、時給600円未満、あるいは600円台という最低賃金違反となる低賃金が女性パートで7.7%、男性パートで11.3%存在する。また賞与については、未組織女性パートでは、「何も支給されない」(40.3%)、「寸志で支給される」(36.8%)、男性パートでは、「何も支給されない」(26.9%)、「寸志で支給される」(21.5%)と歴然とした格差がついている。
 最終報告はこの賃金格差の異常さが、企業の人件費削減という企業側の動機によるものであるという指摘をしようとしない。低賃金がパート労働者の健康で文化的な最低限の生活をすることをいかに困難にしているか、その現状を抜本的に改善していくためにどうするかという目線をもたない。最終報告が行っていることは、もっぱら、賃金格差の「拡大」の、数字の操作による「縮小」作業だけである。かかる作業を行うことは「課題」策定のためまったく無意味である。
 図表20によると、女性パートの2001年の平均時給は890円にすぎない。東京都の母子3人家族(10歳未満の子2人)の年間生活保護・児童手当て等給付の年収は246万円である。女性パートがこの収入を得るためには、年間2764時間も働かなければならないことになる。ここにダブルワーカーが増えている最大の原因がある。

有給休暇
 「全労連アンケート」では、未組織女性パートの46.4%が有給休暇は「ない」。「あるがとったことのない」ものは6.9%である。男性パートでも、43.4%が「ない」、13.2%が「あるがとったことがない」と回答している。この点からも、最終報告が「それぞれのライフスタイルに合わせてゆとりをもって働く」などとばら色に描いているような世界は現実の社会にはないのである。

社会保険
 「全労連アンケート」では、女性パートの加入率は、雇用保険(39.7%)、健康保険・厚生年金(46.9%)、労災保険(16.1%)である。男性パートでは、雇用保険(52.9%)、健康保険・厚生年金(69.8%)、労災保険(22.3%)である。
 社会保障制度の適用も受けることのできないパート労働者群が半数いるという実態もふまえた政策提起が求められている。


(4)求められる法的な規制
 パート労働者の組織率はわずか3%弱である。大企業を筆頭に人件費削減を最大の動機として猛烈なリストラ、急速なパート労働者への置き換えを行っている実態を直視し、その労働条件の抜本的な改善のためには法律による強力な規制しかない。


2 国際的な流れからも必要な法定化
 わが国の大きく立ち遅れている多用な雇用形態をめぐる法制度を見直すことが、最終報告の課題であった。ところが最終報告は、以下のとおりこの課題に正面から応えるものとは全くなっていない。

法的規制を先延ばしする最終報告
 最終報告は、「今後、パート等の多様な働き方が拡大していく中で、その雇用保障・処遇を『働きに見合ったもの』にしていくことが、…必要である。」とし、そのための条件として、
 1)パートのみならず、正社員の働き方や処遇の見直しも含めた全体の雇用・処遇システムのあり方について、労使が主体的に合意形成を進めること
 2)政府がこうした労使の取組を推進するべく、多様な働き方がより「望ましい形」で広がっていくための制度改革を実行すること、
をあげている。
 また、わが国企業の処遇システムの特性として、「外形的に同じ仕事をしていても、年齢、勤続年数、扶養家族、残業・配転などの拘束性、職務遂行能力、成果などの違いによって、処遇が大きく異なりうる。」ことをあげ、「ヨーロッパのように『職務』による評価を中心とした『同一労働同一賃金』の考え方をそのままわが国にあてはめることはできない。」と結論づけている。
 その上で、欧米諸国とは異なる「日本型均衡処遇ルール」という概念を提示し、この確立を考える必要があるという方向性を導き出している。
 しかしその一方で、「均衡処遇ルール」を法的措置として直ちに導入した場合には、企業行動や労働市場に
 (1)一時にパートの雇用コストが増えることによるパート雇用機会の減少や、フルタイム有期や直傭形態以外の派遣労働者、構内下請などへの代替等の影響
 (2)パートと正社員との職務の分離
など一定の影響が及ぶことは否定できないとする。
 このため、「いずれにしても、社会全体の共通認識を深めながら、パート労働者の均衡処遇ルールを定めた法律の制定に向けて、その時機の検討と労使を含めた国民的合意形成を進めていく必要がある。」として、均等待遇を完全に放棄したのみならず、均衡処遇についてさえも法律の制定については全面的に回避し、労使を含めた国民的合意形成に全てを委ねてしまった。
 しかし、労働基準法に規定された「均等待遇(3条)」「男女同一賃金の原則(4条)」でさえ遵守されていないわが国の企業社会の現状に鑑みるとき、望ましい方向に向けた法律による規制なしに、パートタイム労働者の均等処遇という国民的合意など形成されようはずがない。これは国民的合意という名目に隠れた国の責任の放棄に外ならない。

均等待遇こそ国際的なルール
 パートタイム労働に関するわが国の方策を検討する場合、ヨーロッパの制度等と比較してみると、最終報告のレベルでは全く改善策にならないことが一層よくわかる。
(1) ILO条約175号
 1994年に採択されたILO条約175号は、パートタイム労働者について、同じ事業所や企業で、同じ仕事をするフルタイム労働者と同等の労働条件を確保することなどを明記している。賃金については、パートタイム労働者の賃金の基準が同じ条件のフルタイム労働者の基準より低くならないように各国の法律や慣習を整備することを求めている。
 また労働組合の結成をはじめとする団結権、差別の禁止、雇用の終了についての権利の保障、安全・健康や母性保護、有給休暇や病休など賃金に関わる権利は時間比例で決めることも明記している。
(2) EU指令
 EU(欧州連合)は、96年に代表的な労働組合組織、産業経営者団体、公共企業体連合体が「パートタイム労働協約」を結び、協約実現のため97年に「パートタイム労働指令」を採択した。指令は加盟国に対し、2000年までに、パートタイム労働者への差別をなくし不利な待遇を受けないこと、パートからフルタイムへの転換、労働時間の延長、解雇等のルール、職業訓練の促進などの実現のため、法制化を含む必要な措置をとることを義務づけ、パート労働者の平等待遇を進めている。
(3) オランダの挑戦
 オランダはパートタイム雇用で世界の最先端をいっている。
 パートタイム労働を労働者のニーズにしたがって任意に選択できる権利として確立し、フルタイムとの平等な取扱いのもとに働く権利を確立してきた。96年には、使用者に労働時間に関して労働者の意思を尊重しなければならないよう義務づけ、労働時間差を理由とする差別が禁止された(労働時間差別禁止法)。
 さらに、フレキシビリティーが雇用不安につながらないよう、99年には変形労働に関する法律が施行された。この法律は変形労働の促進とあわせ、派遣労働者や有期契約労働者などの雇用等の保障を定めている。
(4) わが国が特別ではありえない
 オランダにおいてパートタイム労働の均等待遇を可能にしたのは、公労使の社会的合意であったが、その源には、ひとりひとりの価値観の多様化や、労働するための生活ではなく生活のための労働を求め、多様な生活スタイルに適合した労働形態こそ重要であるという考え方があった。また、わが国のような企業別労働組合とは異なり、もともと産業別の労働協約で職種等毎に時間あたり賃金が決定されていたことなども大きな要因である。
 これに対し、均等待遇より穏やかな均衡処遇を、産業別にすらなっていない企業内労使自治を基調としつつそのルール化を図るというのでは、いつまでたってもわが国のパートタイム労働が抱える矛盾は解決できない。法規制がなければ、パートタイム労働者が企業間競争の犠牲になることは目に見えている。


3 あるべきパート労働法
(1)わが国における多様な雇用形態による格差は社会的差別の結果にほかならない。わが国においては、本意見書の第2の1でみてきたように大半のパートタイム労働者は自らの力によってその雇用形態を選択できているわけではない。これが労働市場や雇用慣行に制約された社会的身分による差別であることを明確に規定し、政策として均等待遇を推進するのでなければ社会全体の意識は変化しない。「日本型均衡処遇」ルールでは、こうした差別は決して解消されないのである。
 またパートタイム労働者が労使の綱引きの主体でなければ、待遇の改善にはつながらない。ところが、本意見書第2の1で見たようにパートタイム労働者の組織率は極めて低く、企業内組合の中には組合員資格を容認しないところさえある。正社員を中心とする労働組合を想定した労使自治のもとでは、ますますもってルール化は期待できない。

(2)西欧諸国において、均等待遇が徹底されてきたのは、パートタイム労働者の低賃金は、性や家族的責任を理由とした差別であると明確に認識し、法政策として均等待遇を推し進めてきたからである。オランダの例に明らかなように、政府を含んだ公労使の社会的対話が、制度改革に当たって不可欠である。

(3)とりわけ、「日本型雇用」についていえば、同一労働同一賃金原則というより、同一義務同一賃金原則という言い方の方が当てはまる。わが国の企業社会では、残業、配転、勤務時間外活動の制約、勤務時間の決定・休暇取得に際しての労働者の自由のなさが、賃金格差の合理的な根拠とされているのである。
 わが国では、長時間労働に象徴される包括無定量な労働を「正規雇用」として原則的な雇用のスタイルとみなす意識が根強い。「どれだけ働けるか」という価値観に基づいて、長く働いたものほど企業貢献度が高いという意識が根強く植えつけられている。そして、日本型雇用は長期の安定的な雇用や年功賃金に特徴づけられてきたが、そのことは、性役割を土台とした働き方と世帯賃金が、性や家族的責任を理由とする格差を構造化してきたのである。
 このような企業社会の意識が強く支配するところでは、法的規制をしなければ、家族的責任など生活上のニーズを犠牲にしない短時間の働き方を選択した以上、格差は当然とする帰結が導かれてしまうのである。

(4)わが国の労働時間規制及び家族的責任を配慮するための法制度はまだまだ不十分であり、パートタイム労働は、それゆえに「仕事と家庭の両立」を図るためのひとつの選択肢としての位置づけをもつ。そして、労働時間規制など西欧諸国との比較において立ち遅れたわが国の水準を前提にすると、家族的責任故にパートタイム労働を選択したことによって不利益な待遇を強いられないようにすることが一層強く要請される。

(5)均等待遇保障は、不安定低賃金労働が抱える深刻な問題を解消するために不可欠かつ重要な原則である。
 これまで見てきたようなわが国の社会的現状に鑑みると、法律による規制なくして「均等待遇」の実現はない。ILO175号条約の即時批准とパートタイム労働法に罰則をもって均等待遇を明記する改正こそが急務である。


第3 短時間正社員制度について

 最終報告では、現在の雇用システムは、「拘束性の強いフルタイム正社員」と、「補助的位置づけで低処遇のパート非正社員」とに二元化されているが、両者の「中間形態的な働き方」の一つとして、「拘束性の低いフルタイム社員」「基幹的な仕事で経済的自立が可能なパート」という巾広い選択肢が確保される必要があるとされ、「パートのみならず、正社員の働き方や処遇の見直しを含めた全体の雇用・処遇システムのあり方について、労使が主体的に合意形成を進めること」を提案している。そして、合意形成のかぎになる論点の1つとして、パート等に対して働きに見合った処遇を確立するために使用者団体が、「短時間正社員」の考え方を提案することをあげている。
 最終報告では「短時間正社員」は、「フルタイム正社員より1週間の所定労働時間は短いが、フルタイムの正社員と同様の役割・責任を担い、同様の能力評価や賃金決定方式の適用を受ける労働者」と定義されている。そして、以下のような二つの「仕組み」の中で、いずれも「基幹的であるが短時間」という共通項をもっている働き方で、フルタイム正社員とパート非正社員のバイパスとして位置づけられるものを想定しているようである。
 第1は、フルタイム正社員として雇用されているものが、育児・家事・自己啓発等のライフステージの一定の時期に発生する必要に応じて、正社員のまま短時間勤務として仕事を継続し、一定の時期の終了後に再びフルタイムに復帰ができる仕組み
 第2は、外部市場からの参入形態として、意欲と能力に応じて、キャリアアップし、もっと基幹的な役割とそれに見合った処遇のパート、さらにはフルタイム正社員というような働き方が可能になるような仕組み
 しかし、「決してフルタイム正社員や、パート非正社員から分断された雇用管理区分を作ろうとするものではない。」「両者をつなぐ中間的な働き方をなだらかに連続した形で創出し、両者の行き来を可能にするところに『短時間正社員』の意義がある」とされている。
 そして、「拘束性の強いフルタイム社員」「拘束性の低いフルタイム社員」「基幹的な仕事で経済的自立が可能なパート」「補助的な仕事で家計補助でよいパート」等と「多様な働き方」が広がることを期待しているようである。
 たしかに「多様な働き方」が労働者の権利として選択できるシステムが確立されており(相互互換性があり)、かつ均等待遇されるのであれば支持できるが、最終報告では相互ご換性はあるようであるが、処遇においては、それぞれの働き方は、「拘束性のあるフルタイム」とは明らかな処遇の差があることが前提にされている。これでは、雇用形態による労働条件の格差を温存するものであり賛成できない。
 とくに、育児・介護を担うフルタイムの正社員である女性労働者について、育児・介護休業法上の当然の権利である短時間勤務を選択した場合には、転勤・残業等の拘束を強いられずに、従前どおりの労働条件を保障されるべきなのに、「短時間正規社員」とすることにより、労働条件等の低下をまねきかねない。
 いずれにしても、フルタイムとパートタイムの時間あたり賃金を同一にする等の明確な労働条件についての均等処遇の原則の確立こそが不可欠である。


第4 パート労働法にもりこむべき事項(具体的提言)

1 パート労働者についてあらゆる労働条件についての差別取扱い禁止
  賃金・休暇・教育訓練・福利厚生・解雇・退職・その他の労働条件について、パ
 ―ト労働者を通常の労働者と差別取扱いすることの禁止を明記する。

2 賃金比例原則の明記
  パート労働者は、同格付け、同等職務の通常労働者の賃金を基準に、その労働時
 間の長さに比例した額の賃金が保障されることを明記する。

3 在職期間の算定
  退職金・年金等、在職期間の長さに応じて権利が決定される場合に、パートの在
 職期間は、その期間働いていたものとみなす。但し、その権利が金銭的な場合は、
 金額は労働時間に比例して計算される。

4 フルタイム・パートタイム労働の双方向の転換
(1) 通常の労働者を募集するとき、希望するパート労働者に優先的に応募する機会を与える。
(2) フルタイムの通常労働者は、子どもの養育、家族の介護、その他の理由で短時間勤務を希望するときは、その労働者の申出に係る期間、パート労働者になることができる。その間の労働条件について差別されないことは1に同じ。