<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2003年3月

刑事司法改革意見書
−刑事裁判の真の充実・迅速の
ために何が必要か


自由法曹団


はじめに

第1 刑事裁判の現状改革は不可欠である
 1 刑事裁判の現状
 2 「現状」を改革する真摯な議論を検討会ですべきである
 3 充実・迅速な審理のためにこそ刑事手続きの改革を行うべきである
 4 直接主義・口頭主義の実質化のために
 5 自白採取中心の捜査のありを抜本的に改める

第2 公判準備手続のあり方 
 1 被告人の権利を侵害する公判準備になってはならない
 2 迅速化に名を借りた争点明示義務を創設すべきでない
 3 全面、一括、事前の証拠開示をすべきである



はじめに

 裁判員制度・刑事検討会(以下「検討会」という)では公訴提起のあり方(第3回)、刑事訴訟手続への新たな参加制度の導入について(第4回から6回)、刑事裁判の充実・迅速化について(第7回から10回)と、3つのテーマに沿った議論が重ねられ、今後は3テーマについて具体的制度設計にむけた議論が進められることになっている。
 このうち裁判員制度とその下での刑事手続の改革について、自由法曹団は、2002年9月「裁判員制度はどうあるべきか」で、基本的意見を明らかにしている。しかし検討会で「刑事裁判の充実・迅速化」というテーマで議論されている刑事裁判の諸手続の改正のなかには、法務省「裁判員制度・刑事検討会での当面の論点に関する意見」(以下「法務省意見書」という)、最高裁「裁判員制度、刑事裁判の充実・迅速化、検察審査会制度のあり方についての意見」(以下「最高裁意見書」という)のように、現状の刑事手続の問題点には全く反省が無く、裁判員制度のとも裁判迅速化に名を借りて、被告人に新たな義務まで負わせようとするなど、危険な提言がなされている。
 そこで本書では、「刑事裁判の充実・迅速化」として議論されている、刑事手続の改正、特に公判準備手続のあり方を中心に、改めて自由法曹団の意見を述べるものである。


第1 刑事裁判の現状改革は不可欠である

1 刑事裁判の現状
 現在の刑事実務は、一言で言えば自白偏重の捜査、裁判に偏っている。
起訴前は私費でしか弁護人を選任できず、保釈制度もなく、20日にもおよぶ長期の勾留が常態化している。起訴後は権利保釈制度があるにもかかわらず、ほとんど保釈が認められない。被疑者・被告人は代用監獄という捜査機関である警察の監視下におかれ、そのもとで自白を迫られ、自白調書が作成される。裁判では伝聞法則があるにもかかわらず、伝聞例外が広範に認められ、裁判は捜査機関が作成した調書に依存し、中でも自白調書が最大の証拠として利用される。裁判所は公判廷での被告人の言い分よりも、捜査段階で精密に作文され、一見筋道の通った調書の方の信用性を認め、有罪の認定を下すのである。
 人質司法とも調書裁判とも言われるこのような刑事裁判手続のもとで、日本の刑事裁判は99.9%が有罪とされ、無罪を獲得するのは絶望的とさえ言われてきたのである。この異常に高い有罪率の中には、多数の無実のものがその訴えを聞き入れられずに、有罪とされていることは容易に想像できる。また近年の痴漢えん罪事件に象徴されるように、たとえ無罪を獲得しても、そのためには被告人側が多大な時間と労力をかけ、大きな犠牲を払わなければならない。このような日本の刑事裁判の実態は近代刑法の大原則である「無罪推定の原則」に明らかに反している。

2 現状を改革する真摯な議論を検討会ですべきである 
 しかし、検討会の議論のなかに、現状の刑事裁判に対して、真摯な反省の上に、これを改善しようと言う現状改革の視点は全くない。法務省も最高裁も現状の刑事裁判を良しとし、改善しようと言う視点はない。このような現状の根本的な改革なしに、裁判員制度を導入した改革を進めても、裁判員制度のもとでの集中・迅速化に名を借りて、十分な審理も保証されず、被疑者・被告人の防御権を侵害する事態を招くことになるし、それによって誤った裁判を増長しかねないのである。

3 充実・迅速な審理のためにこそ刑事手続きの改革を行うべきである。
 むしろ、現状の刑事裁判の真摯な反省の上に立った改革こそが、裁判員制度のもとでの充実・迅速な審理への改善につながるのである。
 最高裁意見書では現在長期未済事件を分析し、長期化の主要な原因は(1)開廷間隔が平均1ヶ月程度と長い,(2)証人調べ、被告人質問に多数回を要する、(3)釈明要求や証拠開示の紛争に長期間を要したこと、(4)自白の任意性、信用性に関する証拠調べに長期間を要したこと、(5)起訴事実が多数に上ることと分析している。
 これらの原因の多くが、現状の刑事裁判の問題点を改善することで対応できるのである。すなわち、(2)については、裁判が捜査段階での自白調書や捜査調書を偏重する調書裁判に陥っているが故に、その弾劾のために多数の証人が必要になったり、被告人質問が長期化するのである。(4)については長期間十分な弁護も受けられず警察の監視下におかれ、無理な自白を迫られるからこそ自白調書の任意性、信用性についての争いが生じるのである。(3)についても、検察官が被告人に不利な証拠しか開示せず、利益な証拠を開示しないから、証拠の矛盾が生じ、釈明や証拠開示の争いが長期化するのである。(1)や(5)の問題も基本的には裁判所、検察官が十分な人的、物的体制ができていないから、生じる問題である。
 このように考えると、裁判員制度のもとでの「充実・迅速」な審理のためには、現状の刑事裁判の反省にたった、改善が必要なのである。具体的には以下の点が必要である。

4 直接主義・口頭主義の実質化のために
 現状の自白調書を最大の証拠とする調書裁判を抜本的に改善し、口頭主義、直接主義を実質化すべきである。特に裁判員制度は、市民が裁判所の構成員として直接犯罪事実の有無を判断するのだから、裁判員が自ら直接公判で見聞きした証人の証言や被告人の供述に基づいて事実を認定することができなければならない。そのためには調書裁判の抜本的改革として以下の点が必要である。
 その第1は伝聞例外の限定である。現行刑訴法は伝聞例外を広範に認め、裁判所が解釈でさらに例外を拡大解釈し、伝聞法則は形骸化している。この伝聞例外を限定し、少なくとも321条1項2号(検察官面前調書)、322条(被告人供述証拠)、323条3号(特信書面)は撤廃すべきである。
 第2に公判で書証を取り調べる際には、公判で裁判員が心証を採ることが可能となるように、要旨の告知だけでなく、全文朗読を原則とすべきである。
 第3に直接主義、口頭主義からは、法廷で心証を形成するべきであり、法廷外で書証を読んで心証を形成することはさけるべきである。法廷外で書証を読む場合は、記憶喚起など、やむを得ない理由のある場合に必要最小限にすべきである。
 第4に証人調べにおいても、原則として法廷で心証が取られるべきであるが、裁判員の記憶喚起や正確性担保のためには、証人調書が正確に、即座に文字化され裁判員に提供される必要がある。そのためには、既に実用化されている電子速記(速記機械とコンピューターソフトを連結させたシステム)の活用を図るべきである。

5 自白採取中心の捜査のありを抜本的に改める
 被告人の身体を長期間拘束し、自白採取を偏重する捜査は誤審を生み出す最大の原因である。またその中で作成された自白調書の任意性・信用性を巡る争いが審理長期化の大きな原因でもある。裁判員制度のもとでは口頭主義、直接主義を実質化した審理を行い、捜査段階の調書は制限的に用いられるべきだから、無制限な捜査は認められるべきではない。また自白調書の任意性・信用性の審理が合理的かつ迅速に行なえるように、取調べのあり方を可視化すべきである。具体的には以下の点が必要である
 第1に身体拘束の短縮化である。現状では被疑者は逮捕を含めると事実上最大23日間もの長期間身体拘束を受けることになっている。起訴前の身体拘束期間を大幅に短縮すること、起訴前にも保釈制度を創設すること、起訴後は保釈を原則化することが必要である。
 第2に、弁護人との自由な接見の実現である。法39条3項を廃止し、接見交通権の完全な自由化を図るべきである。
 第3に取り調べの可視化である。被疑者・被告人の人権侵害の防止という観点からも、裁判員制度の下での自白調書の任意性・信用性の審理の合理化・迅速化の観点からも、取り調べ状況の録音・録画、弁護人の取調べへの立会権、ミランダ法則の導入などが必要である。

第2 公判準備手続きのあり方

1 被告人の権利を侵害する公判準備になってはならない
 裁判員制度のもとでは、連日開廷を前提に、市民である裁判員にも理解しやすい充実した審理を行う必要がある。そのために可能な限り効率的審理が必要で、公判準備手続を新設することが必要である。しかしこの新しい制度のもとで、迅速・集中審理の名の下に、被告人の権利が侵害される事態になることは本末転倒である。

2 迅速化に名を借りた争点明示義務は不当である
 問題なのは、迅速化、集中審理に名をかりて被告人に側に、審理に協力するように新たな義務を課そうという動きがあることである。今国会に提出が予定されている「裁判迅速化法案」ではすべての事件について、2年以内に判決を迎えられることを目標とし、弁護士、当事者らに訴訟進行に協力する責務を課している。これと呼応するように、検討会に提出された法務省意見書では、迅速で集中した審理のためには公判開始までに争点が明確になっていることが必要であるとし、被告人側に「争点明示義務」を課し、争点を明らかにしなかった場合には公判での主張制限など不利益を課すべきと主張している。また最高裁意見書も、不利益処分までは言及していないが、裁判員制度ののもとでの迅速集中審理のためには、被告人側に対して「争点明示義務」を課すことを主張している。
 しかし、このような争点明示義務を被告人側に課すことは認められるべきではないし、まして被告人側が明示しなければ、一定の不利益を課すなど到底許されないと言うべきである。
 そもそも刑事裁判において無罪推定の原則から、挙証責任を負うのは検察官であり、無罪を主張する被告人側は検察官の主張・立証を弾劾して合理的な疑いを生じさせれば足りるのであって、積極的に無罪を立証しなければならないわけではない。従って被告人側の弁護方針は、審理の最初からすべて決まるものではなく、審理過程での検察側の主張・立証に応じて変動することがありうる流動的なものである。だからこそ刑訴規則194条は争点整理のための準備手続をすることが「できる」と規定し、しかも第1回公判手続前は「この限りではない」とし、同194条の3も「事件の争点を整理すること」が「できる」と制限的に規定しているのである。公判の準備段階から被告人側が争点を全て明示できるものではなく、争点整理は可能な場合に可能な限りで行えばいいのであり、整理できない場合も大いにあるのである。
 本来、公判開始までに争点を明確にするかどうかは、事件の具体的事情、証拠のあり方、検察側の主張・立証の方針を見ながら、被告人と弁護人とが決めるべき弁護方針に属する問題であり、義務付けるような問題ではない。
 仮に公判前の準備手続で争点明示を義務付ければ、被告人側は将来の争点の変動を見越して、予備的争点を多数主張せざるを得ず、かえって争点が分かりにくくなりかねない。
 また被告人は憲法及び刑事訴訟法上黙秘権が保障されており、利益であれ、不利益であれ、利益であれ、被告人には一切の質問に答えないで黙秘することができるというのが黙秘権の趣旨なのであるから、少なくとも、争点明示義務を課すことは黙秘権の侵害にあたり憲法違反である。

3 全面、一括、事前の証拠開示をすべきである
 公判準備段階で、さらに問題なのは、証拠開示のあり方である。現状では、検察官は自己に不利でないと考える証拠だけを被告人側に開示して、被告人に有利な証拠の開示を拒否し、また証拠を開示する場合でも公判期日の直前だったり、補充捜査によって新たな証拠を作成して、公判がすすんだ段階で提出する等の五月雨式提出が頻繁に行われている。このような証拠提出のあり方が、証拠の任意性、信用性に疑いを生じさせ、審理の長期化を招いていることは既に指摘した。
 裁判員制度のもとでは、できるだけ集中した審理が必要である。そのためには、有利不利を問わず捜査機関の収集した証拠をすべて、起訴後すみやかに一括して開示する制度に改革する必要がある。起訴後の補充捜査などで収集した証拠が提出できないことは言うまでもない。捜査側の収集した証拠が全て開示されて初めて、被告人側は公判での争点を定め、公判の準備をすることができるのである。そしてこれが集中、充実した審理に役立つのである。
 この点法務省意見書は、被告人に対して争点明示義務を課す一方で、証拠開示の拡充については罪証隠滅、証人威迫、プライバシー侵害の弊害があるとして全面開示を否定し、争点に関連する証拠のみ開示するとしている。しかし、前述したように争点明示義務を被告人に課すことは認められない。また実際上も検察官手持ち証拠の内容が分からない中で争点を決めることは不可能であり、法務省意見書は全く不合理である。証拠開示を争点の範囲に制限するという制度を採用した場合、弁護側は、考えうる争点をすべて掲げざるを得ず、その結果かえって争点がぼやけ、裁判員にとって分かりにくい審理とならざるを得ない。
 従って検察官手持ち証拠の全面、一括、事前開示を原則とし、検察が不開示とした場合には、裁判所が拒否理由の正当性を判断すべきである。担当する裁判体は予断排除原則から、審理を担当する裁判体ではなく、公判準備手続だけを担当する別の裁判体とすべきである。裁判所は、インカメラ方式によって開示拒否理由の正当性を判断するがその際には、拒否理由の概要を弁護人に説明した上で意見を聴取する機会を必ず設けるべきである。さらに裁判所の証拠不開示決定に対して、不服申立制度を創設すべきである。ただし、原則が証拠全面開示である以上、裁判所の開示決定に対して検察側は不服申立できないとすべきである。