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解雇自由化につながる解雇ルールの
法制化に反対する意見書
―解雇立法の法案化に反対する意見書―


2003年3月6日
自由法曹団


1 はじめに
2 要綱における解雇ルール
3 あるべき解雇ルール
4 私たちがそのように要求する理由
5 まとめ

1 はじめに

 労働政策審議会は、去る2月18日、「労働基準法の一部を改正する法律案要綱」について、「概ね妥当」との答申をし、厚生労働省は、現在、この要綱に基づき同法の改正法案を作成中である。
 しかしながら、私たちは、要綱どおりに解雇ルールを法制化することには強く反対する。

2 要綱における解雇ルール

 要綱は、解雇に関して、「使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができること。ただし、その解雇が、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とするものとすること」との条文を新設するものとしている。
 この要綱は、使用者は原則として労働者を自由に解雇できるということを、まず本文で正面から規定し、理由のない解雇が無効とされるケースを但書で例外として位置づけようというのである。
 労働基準法は、国民の勤労権を保障した憲法27条の要請に対応する法律であり、市民法上自由とされる使用者の行為に制限を加えて勤労権の内実を保障することを目的としている。そのような労働基準法に、「使用者の解雇の自由」を権利として正面から規定することは、労基法の根本に反するもので、明らかな間違いである。

3 あるべき解雇ルール

 労働基準法に規定すべき解雇ルールは、労働者の働く権利を守るために解雇を適切に規制するものであるべきである。具体的には、要綱のそれとは異なり、「使用者は、正当な理由がない限り、その雇用する労働者を解雇することができない」というものでなければならない。

4 私たちがそのように要求する理由

 その理由は次のとおりである。
(1) 第1に、勤労権を保障した憲法27条及びその要請を受けて勤労条件を法定する労働基準法の基本的性格からすれば、このように使用者の解雇権行使を制限する形で規定するのが当然だからである。
 労働基準法は、労働現場に広く普及している法律であり、使用者の行動を規制するルールとして強い影響力をもっている。この法律に、要綱にあるような「使用者は・・・労働者を解雇できる」という条文が入れば、使用者による安易な解雇が激増することは必至である。長期化するデフレ不況の中で、完全失業率は過去最悪の5・5パーセント、完全失業者は約360万人(本年1月)となっている。リストラ万能の風潮の中で、リストラによる生活苦から自ら命を絶つという痛ましいケースすら多発しており、これによる自殺遺児の増加という社会的に看過しえない問題状況が生じているのである。このような社会情勢の下で、あえて、解雇をやりやすくする法律を作ることは、社会経済政策としても間違っている。
(2) 第2に、このように規定することが、現在の裁判実務で定着している解雇権濫用法理を正しく条文化することになるからである。
 使用者の解雇権行使については、最高裁判例で、「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない場合には、権利の濫用として無効となる」とされている。これは、解雇には正当な理由が必要である旨を判示したものであり(最高裁判例解説)、正当理由があることについての主張立証責任は、実務上、使用者側が負うことになっている。
 しかしながら、要綱のように、正当理由のない解雇が無効とされるケースを例外(但書)として位置づけることになれば、「解雇に正当理由がないこと」を労働者側が主張立証しなければならなくなり、不当な解雇を裁判で争う労働者にとって、致命的な困難を強いる結果となる。ほとんどすべての証拠を会社側が握っている労働裁判において、「正当な理由がない」ことを労働者が立証し尽くすことはおよそ不可能である。「使用者は、正当な理由のない限り、労働者を解雇できない」と規定することによって、解雇に正当理由があることの主張立証責任は使用者側にあることを明確にしておかなければならないのである。
(3) 第3に、このように規定することが、雇用に関する世界の労働のルールに合致するからである。
ILO158号条約は、使用者の発意に基づく雇用の終了について、
 労働者の能力・行為に基づく妥当な理由又は企業運営上の妥当な理由がない限り、雇用を終了させてはならない旨規定するとともに、雇用の終了に妥当な理由があることの挙証責任は使用者側にあるとの考え方を示している。フランス、ドイツ、イタリアには、それぞれ、解雇規制法が存在し、解雇には、「真実で重大な理由」(フランス法)、「社会的相当性」(ドイツ法)、「正当理由又は正当事由」(イタリア法)が必要であると規定されている。そして、いずれにおいても、これら正当理由の挙証責任は使用者側にあるとされている。一般に解雇が自由であると考えられがちのアメリカにおいても、実際上は、公民権法や差別禁止諸法等によって、使用者の解雇権は厳しく制限されている。経営側で労働問題を担当している弁護士からも、「わが国の整理解雇の4要件はルールとして大変よくできており、アメリカでもその考えで行動しないと敗訴する」「解雇理由としては、非常に説得力のある事情が現実に要求されてくる」と指摘されているのである(経営法曹研究会報14号)。
 このように雇用に関する世界の労働のルールにおいては、「使用者は正当の理由なくして労働者を解雇できない」というのが当然の前提となっているのである。

5 まとめ

 以上のとおり、私たちは、労働基準法に要綱どおりの解雇ルールを条文化することに強く反対する。労働基準法に盛り込まれる解雇ルールは、「使用者は、正当な理由がない限り、労働者を解雇することができない」というものでなければならない。
  わが国における労働基準法は、使用者の恣意的な行為を規制し、労働者が安心して働くためのルールとして、職場に定着しその機能を果たしてきた。この法律に「使用者の解雇の自由」をあえて規定する必要は全くない。要綱にあるような解雇ルールを労働基準法に盛り込むことは、この法律の基本的性格を根底から変質させるものである。
私たちは、労働基準法が、これからも、人間が人間らしく生き・働くためのルールとして、その機能を果たしていけるようにするために、この意見を公表するものである。

以上