<<目次へ 【意見書】自由法曹団


意見書
「裁判の迅速化に関する法律案」
に対する意見書


2003年4月19日
自由法曹団

はじめに
第1 なぜ「迅速化」だけなのか
第2 当事者への責務規定は裁判の著しい職権化につながる
第3 「迅速化」法案は民事裁判の改悪につながる
 1  民事裁判の「迅速化」法案を必要とする立法事実はない

 2 「迅速化」法案は当事者の権利を不当に制約することにつながる
 3  真の迅速な裁判を実現する道
第4 「迅速化」法案は刑事裁判の改悪につながる
 1 絶望的な刑事裁判を改革することこそ急務

 2 刑事裁判の「迅速化」法案を必要とする立法事実は存在しない
 3 争点明示義務は課すべきではない
第5 「迅速化」法案は廃案に



はじめに

 「裁判の迅速化に関する法律案」(以下「迅速化」法案)が国会に提出され、現在衆議院で審議されている。本法案の内容には重大な問題があるし、提案過程にも問題が多い。本法案によって、裁判の充実審理にはつながらないといわざるを得ない。
 自由法曹団は以下の理由から、本法案に反対し、本法案の廃案を求めるものである。

第1 なぜ「迅速化」だけなのか

 今回の司法改革で目指されたのは、「迅速かつ充実した」裁判である(司法制度改革推進法5条)。国民は迅速な裁判だけではなく、自分たちの訴えに耳を傾け中味のある審理をしてくれる裁判所を求めているのである。しかるに、求められている「迅速かつ充実した裁判」の中からことさら「迅速化」だけをとりだし、「充実」という価値を除いた「迅速化」法案は、司法制度改革推進法の理念に反するものである。
 また本法案の提出は推進本部・検討会での検討を全く経ないで、官邸主導のトップダウンで提出されたものである。司法制度改革推進計画では、推進本部が各検討会で公開の議論を通じ、国民に情報公開をしながら、立法作業を行うことが予定されていたはずである。にもかかわらず、本法案が首相官邸主導で推進本部・検討会の検討を経ないで法案作成作業が行われることは、推進本部・検討会の無視であり、この点でも司法制度改革推進計画の趣旨にも反する。

第2 当事者への責務規定は裁判の著しい職権化につながる

 法案2条では「第一審の訴訟手続については2年以内のできるだけ短い期間内にこれを終結させ」ることを目標とし、当事者や代理人、弁護人などにこの目標が実現できるよう「手続上の権利は誠実にこれを行使しなければならない」とする責務を課している(7条)。そして、この目標実現のために最高裁判所による検証を行うことなどを定めている(8条)。
 このように裁判の迅速化のために、当事者に責務を課すことは、裁判の一層の職権化につながる。現代の裁判は民事でも刑事でも、当事者の主張や提出した証拠を裁判所が真摯に検討し、その中から真実を発見していくという当事者を主体とした訴訟形態であり、裁判所の訴訟進行での役割は、当事者の足りない部分を補う第2次的なものとされている。
 しかし、「2年以内のできるだけ短い期間」という制約を課すことで、裁判所が訴訟を強権的に進行させ、本来当事者の意思にゆだねられるべき面にまで干渉することになることが危惧される。裁判所が迅速化を強権的に押しすすめることは職権的な訴訟への著しいシフトを引き起こし、当事者主義構造の根本に反し、当事者に満足と納得を与えることにはならない結果を招く。
 本条項が成立した場合、基本法的性格をもつ条項として、以下に述べるように民事裁判での失権効、主張・立証の時間的制限の拡大に、刑事裁判では被告人側の争点明示の義務化など、当事者の正当な権利制約につながりかねない。

第3 「迅速化法案」は民事裁判の改悪につながる

1 民事裁判の「迅速化」法案を必要とする立法事実はない

 最近の民事裁判では一審判決まで2年以上要したものは7.2%、一審の平均審理期間は1年8ヶ月程度である。この数字からみると「迅速化法案」をささえる立法事実は存在しない。
 この期間内に充実した審理により国民の権利・利益が実現されているものであれば問題はないが、問題は、現在でも、充実した審理にはなっていないという実状がある点である。検証や鑑定は10年間で3分の1にまで減少し、陳述書が多用される一方、証人や本人尋問は極めて抑制的で、尋問時間も相当限定される現実にあり、総じて裁判の拙速化が目立っている。
 他方民事訴訟法の改正により文書提出義務の範囲が拡大されたが、とりわけ行政や大企業においては提出義務の存否を争い、また裁判所も提出義務の範囲を制限的に把握することもあって、「証拠の偏在」の解消にはほど遠く、行政や大企業の責任を問う事件にあっては、これらの者の応訴態度とあいまって訴訟の長期化を余儀なくされている。たとえば全国各地で提訴された、ごみ焼却施設入札談合住民訴訟では、公正取引委員会の審判事件記録の閲覧謄写許可処分を大企業側が争い、更には裁判所の文書提出命令に大企業ばかりでなく当の公正取引委員会までも異議を唱え、実態審理に入れない状態にある。そしてこれは労働、公害、薬害等の事件においても同様の状況にある。このような審理の状況で当事者の不満も高まり、むしろ上訴(控訴・上告)が増加している現状にある。
 以上のような、「充実」というにはあまりにほど遠い実状の中で、法律をつくってまで迅速化を求めることは、社会的強者を益々有利にさせる一方、一般国民においては意にそわない訴訟上の和解か敗訴かを迫られることになり、全体としてむしろ裁判に対する国民的不信を強めるものとなろう。

2 「迅速化」法案はさらなる当事者の権利制約につながる

 更に問題なのは、「迅速化」法の成立によって、さらに主張・立証の時期的制限ないし失権効を強化することに連動するという点である。
 現在でも準備的口頭弁論や弁論準備手続終結後の攻撃防御方法を提出するためには相手方の求めがあるときには、終了前に提出できなかった理由を説明しなければならないものとされている。しかしこれでは不十分であるとして失権効を強化することが予想される。
 既に国税の課税処分の取消訴訟については、国税通則法において「必要経費又は損金の額の存在その他これに類する自己に有利な事実につき課税処分の基礎とされた事実と異なる旨を主張しようとするときは、相手方当事者となった税務署長又は税関長が当該課税処分の基礎となった事実を主張した日以降遅滞なくその異なる事実を具体的に主張し、併せてその事実を証明すべき証拠の申出をしなければならない」とされている。つまり課税庁側が処分の正当性を立証するのではなく、その基礎となった事実主張があれば、納税者側で遅滞なく違法を立証せよというに等しい。
 また法制審議会では計画審理の名のもと、特定事項についての攻撃防御方法の提出時期を定めることができるものとし、この時期を経過したときには現行民事訴訟法より容易に却下できるようにすることが議論されている。
 民事訴訟の迅速化は、このように主張・立証の時期的制限ないし失権効の強化を随伴するものであって、社会的強者に偏在したもののうち、その者に有利であるとして提出された証拠書類を中心に審理される結果となり、民事裁判は半ば儀式と化してしまうであろう。
 ましてや審理期間につき数値目標を定めることは手抜き裁判の奨励にほかならず、「社会的弱者は裁判など起こすこと自体が間違いだ、せいぜいADR(裁判外紛争解決手段)あたりが相応」と言っているに等しい。
 更に最高裁判所による検証システムは、件数主義を更に助長させるとともに人事評価の資料として使用されることを通じ裁判の独立を侵す結果となり、到底賛同できない。検証の実施主体は、訴訟関係者と訴訟手続きを利用した市民からなる第三者機関とすべきである。

3 真の迅速な裁判を実現する道

 以上のように「迅速化」法案が成立すれば、到底充実した審理にはならず、今回の司法制度改革で、セイフティネットとしての司法で救済されなければならないとされている社会的弱者を、裁判からも切り捨てることにつながりかねない。
 民事裁判の真の迅速化のため現在求められているのは、「国民のための司法改革をー司法制度改革審『最終意見』とわたしたちの見解ー」(2001年9月)等において明らかにした以下の点の改革が必要なのである。
 ?遅延が顕著な労働事件、公害・薬害事件などの集団事件につき、懲罰的損害賠償制度、クラスアクション制度、ディスカバリー(事前の証拠開示)制度等を導入するとともに、主張・立証責任を行政や大企業側に転換する等の措置を図ること
 ?裁判官・検察官やその他の関係職員の大幅増員と物的施設・設備を充実すること、とりわけ裁判官、検察官の数を10年間で2倍化するとする数値目標を立てること

第4 「迅速化」法案は刑事裁判の改悪につながる

1 絶望的な刑事裁判を改革することこそ急務

 現状の刑事裁判は、被疑者・被告人の権利を保護しながら適正な手続きの中で真実の発見をはかる、という刑事裁判の理念にはほど遠い状態である。捜査段階で自白偏重の捜査が行われ、被疑者は長期にわたり身体拘束を受け、弁護士との接見も十分に行われず、起訴後も保釈はなかなか認められない。裁判では伝聞法則があるにもかかわらず、捜査段階の調書が証拠の中心とされ、中でも自白調書が重要視されている。このような人質司法とも調書裁判ともいわれる中で、99.9%が有罪とされ、無罪を獲得するのは絶望的とさえ言われている。
 刑事裁判には国民が刑事裁判の審理に参加する裁判員制度が導入され、その下で迅速・充実した審理が必要になることは間違いない。しかし、真に迅速・充実した審理を求めるなら、現状の刑事裁判の真摯な反省の上に立った改革こそが必要である。最近では裁判官経験者からも、証拠開示の拡大や、取り調べ過程の可視化の提言がなされている(吉丸眞「裁判員制度化における公判手続のあり方に関する若干の問題」判例時報1807号3頁以下)。
 具体的には直接主義・口頭主義の実質化のためには、伝聞例外の制限、法廷で心証をとることが可能になるように、争いのある事件では取り調べ書証の全文朗読や証言の即時文字化が必要である。また自白偏重の捜査を抜本的に改め、身体拘束の短縮化と保釈制度の拡大、弁護人との自由な接見の実現、取調べ過程の可視化等を実現すべきである。また、圧倒的に有利な立場にいる捜査側の手持ち証拠を、全面的に開示させることが必要である。

2 刑事裁判の「迅速化」法案を必要とする立法事実は存在しない。

 刑事裁判では全事件のうち結審まで2年以上経過しているのは,平成13年で264人、既済人員7万1379人中わずかに0.4%にすぎない。平均審理期間は3.3ヶ月。否認事件でも9.7ヶ月である。その意味で、迅速化法案を支える立法事実は乏しい。
 最高裁は長期未済事件の理由を分析し、長期化の主要な原因は?開廷間隔が平均1ヶ月程度と長い,?証人調べ、被告人質問に多数回を要する、?釈明要求や証拠開示の紛争に長期間を要したこと、?自白の任意性、信用性に関する証拠調べに長期間を要したこと、?起訴事実が多数に上ることと分析している(平成14年9月24日付け「裁判員制度、刑事裁判の充実・迅速化、検察審査会制度のあり方についての意見」)。
 このうち、?については、裁判が捜査段階での自白調書や捜査調書を偏重する調書裁判に陥っているが故に、その弾劾のために多数の証人が必要になったり、被告人質問が長期化するのである。?については長期間十分な弁護も受けられず警察の監視下におかれ、無理な自白を迫られるからこそ自白調書の任意性、信用性についての争いが生じるのである。?についても、検察官が被告人に不利な証拠しか開示せず、利益な証拠を開示しないから、証拠の矛盾が生じ、釈明や証拠開示の争いが長期化するのである。?の問題も基本的には裁判所、検察官が十分な人的、物的体制ができていないから、生じる問題である。
 このような現状の刑事裁判制度の改革なくしての迅速化を先行させることはあってはならない。

3 争点明示義務は課すべきではない

 問題なのは、「迅速化」に名をかりて被告人側に、審理に協力するように争点明示義務を課そうという動きがあることである。法務省は、迅速で集中した審理のためには公判開始までに争点が明確になっていることが必要であるとし、被告人側に「争点明示義務」を課し、争点を明らかにしなかった場合には公判での主張制限など不利益を課すべきと主張している(平成14年9月24日付け「裁判員制度・刑事検討会における当面の論点に関する意見」)。また最高裁も、不利益処分までは言及していないが、裁判員制度のもとでの迅速集中審理のためには、被告人側に対して「争点明示義務」を課すことを主張している。
 しかし、このような争点明示義務を被告人側に課すことは認められるべきではないし、まして被告人側が明示しなければ、一定の不利益を課すなど到底許されない。
 そもそも刑事裁判において無罪推定の原則から、挙証責任を負うのは検察官であり、無罪を主張する被告人側は検察官の主張・立証を弾劾して合理的な疑いを生じさせれば足りるのであって、積極的に無罪を立証しなければならないわけではない。従って被告人側の弁護方針は、審理の最初からすべて決まるものではなく、審理過程での検察側の主張・立証に応じて変動することがありうる流動的なものである。だからこそ刑訴規則194条は争点整理のための準備手続をすることが「できる」と規定し、しかも第1回公判手続前は「この限りではない」とし、同194条の3も「事件の争点を整理すること」が「できる」と制限的に規定しているのである。公判の準備段階から被告人側が争点を全て明示できるものではなく、争点整理は可能な場合に可能な限りで行えばいいのであり、整理できない場合もおおいにあるのである。
 本来、公判開始までに争点を明確にするかどうかは、事件の具体的事情、証拠のあり方、検察側の主張・立証の方針を見ながら、被告人と弁護人とが決めるべき弁護方針に属する問題であり、義務づけるような問題ではない。
 仮に公判前の準備手続で争点明示を義務づければ、被告人側は将来の争点の変動を見越して、予備的争点を多数主張せざるを得ず、かえって争点が分かりにくくなりかねない。
 また被告人は憲法及び刑事訴訟法上黙秘権が保障されており、利益であれ、不利益であれ、被告人には一切の質問に答えないで黙秘することができるというのが黙秘権の趣旨なのであるから、少なくとも、争点明示義務を課すことは黙秘権の侵害にあたり憲法違反である。

第5 「迅速化」法案は廃案に

 以上述べたように、民事裁判でも刑事裁判でも、今必要なのは現状の裁判の問題点について真摯な反省の上にたった改革なのである。特にこの間裁判員・刑事検討会で、法務省の意見をみると、現状の刑事裁判の問題点について全く反省がないことが分かる。このような法務省の認識のもとで、「迅速化」だけが進行すれば、被告人側の主張は全く聞き入れられないものになってしまうであろう。
 民事裁判でも刑事裁判でも、「迅速化」だけを目指す迅速化法案は裁判の拙速化を進めるだけで、国民の願う「国民のための司法」から遠ざかるばかりである。
 自由法曹団は以上の理由より、「迅速化」法案に反対し、廃案を求めるものである。

以 上

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