<<目次へ 【意見書】自由法曹団


司法制度改革推進本部事務局作成たたき台

「刑事裁判の充実・迅速化について(その2)」に対する意見

2003年11月8日
自由法曹団

 裁判員刑事検討会に提出された「刑事裁判の充実・迅速化について(その2)」に対して、自由法曹団は次のとおり意見を述べる。

第1 基本的視点

 現状の刑事裁判は有罪率99.99%と、無罪推定の原則に反する異常な状態にある。この原因は自白偏重の捜査、裁判に偏っていることであり、そのため捜査段階では被疑者は長期の身柄拘束をうけ、弁護士の十分な援助もなく、自白が採取され、公判段階でも自白調書偏重の調書裁判が横行している。
 今回の司法制度改革において、刑事裁判に国民参加の裁判員制度を導入し、そのための刑事手続を整備していくこと自体は異論のないところである。しかし裁判員制度・刑事検討会に提出されたたたき台には、大きな問題点が存在すると言わざるを得ない。
 第1に、たたき台では現状の刑事裁判の問題点についての根本的な反省が無い点である。自白偏重の捜査、裁判を改善するためには、検察官手持ち証拠の全面開示、捜査の可視化、被疑者被告人の身柄解放(人質司法の改善)と弁護人との自由な接見交通、直接主義口頭主義の実質化等の改善が必要であるにもかかわらず、たたき台は、証拠開示、直接主義・口頭主義について言及したものの、十分な改善にはなっていない。また捜査の可視化、人質司法の改善に至っては検討課題にさえしていない。このような現状の問題点についての根本的な改善をしないで、新しい裁判員制度の制度設計をしても充実した審理は確保できない。
 第2に、たたき台では「迅速化」が必要だと強調され、この「迅速化」を進めるために、裁判所に強力な訴訟指揮権を与えることが検討されている。たとえば証拠の目的外使用の禁止、訴訟指揮権による命令不遵守の時の制裁等である。一方、被疑者・被告人の権利保障は全くないがしろにされている。たとえば、検察側と被告人側の「武器対等の原則」を実現するための、検察官手持ち証拠の全面開示はたたき台でも実現されず、被疑者被告人の黙秘権を侵害する争点明示義務が新しい公判準備手続の中で導入されようとしている点などである。捜査側に比べ圧倒的に不利な立場にある被疑者被告人側が、証拠も開示されず、唯一の武器である黙秘権も侵害され、強力な訴訟指揮権のもとで十分な立証さえできなければ、国民参加の裁判員制度のもとでも、誤った裁判を増長することは必至である。
 たたき台の基本的姿勢には根本的な問題があると指摘せざるを得ない。

第2 「たたき台」の各論点に対する意見

1 たたき台第2について

連日的開廷の法定化は必要ではない

理由:裁判員制度下の刑事裁判では、多数の裁判員を拘束することから、連日的に開廷することが望ましいことは言うまでもない。しかし、たたき台のいうように、連日開廷の前提となる条件(以下に述べるような、証拠全面開示、被告人の身柄解放など)の整備を抜きに、連日開廷の法定化を行うことは、被告人・弁護人への「連日開廷の強要」と被告人の防御権を侵害する「拙速な裁判」となりかねない。
 そもそも、最終意見書は「法律上このこと(連日的開廷)を明示することをも含めて、連日的開廷を可能とするための関連諸制度の整備を行うべきである」とのべ、連日的開廷を可能とする諸条件の整備を第一に求めているのであって、前提条件の整備を抜きに、単に連日開廷を法定化することは最終意見の趣旨に反することである。
 連日的開廷を可能とする諸条件の整備抜きに、連日的開廷を「法定化」することを考える前に、現在の制度下でも現実的に連日的開廷を実践した事例があることに留意すべきである。本庄保険金殺人事件(第1審さいたま地裁平成14年10月1日判決)では、国選弁護人団からの申し出で連日的開廷が実現した。平成13年9月4日第2回公判から週4日終日開廷の原則が取り入れられ、85期日の証人尋問、8回の期日外尋問、1回の検証をへて、平成14年8月に結審し、まさに集中的に、連日的に公判が開廷された事例である。この裁判を維持するために、さいたま地裁は特別合議体を設置し、法廷も確保した。同時に証言の録音テープを即日当事者に貸与し、速記や録音反訳は数日中に作成され、しかもフロッピーで交付した。検察官は被告人に有利不利を問わず、基本的には手持ち証拠の全面開示を約束した。このように、「法定化」しなくても現在の制度の条件整備をし、関係者が特別な配慮と努力をして連日開廷を実現することができる。
 そしてこの事例においても、(1)証言記録が公判の進行に追いつかない、(2)検察官手持ち証拠の一部が公判が進行してから開示され証人尋問に間に合わない、(3)検察官立証計画の提示がおくれ公判計画が乱れる、(4)公判終了後の接見ができない、等の問題があったことが指摘されている(季刊刑事弁護33号49頁以下)。これこそ条件整備の観点で教訓とすべきである。
 以上のとおり、連日開廷を実現するための以下の前提条件を実現することこそ必要なのであり、この条件の整備抜きにして「連日開廷」を法定化することは反対である。
 (1) 検察官手持ち証拠の全面的証拠開示による検察官と被告人・弁護人の武器対等の原則の実現
 (2) 十分な公判準備期間の確保
 (3) 被疑者被告人の早期の身柄解放
 (4) 接見交通権の十分な保障と拡充
 (5) 公的弁護制度の実現や弁護人の権限の拡充など有効な弁護権の制度的保障
 (6) 公判記録、テープ、速記の充実による逐語的証言調書の即時交付

2 訴訟指揮の実効性確保

(1) たたき台第3の1について

 弁護人不出頭の場合裁判長の職権で弁護人を付すことは許すべきではない

理由:たたき台では裁判長の訴訟指揮権を現状よりも強化し、弁護人が「出頭しない」、「出頭しないおそれがあるとき」、「在席しなくなったとき」に、裁判長が職権で国選弁護人を付すことが出来るとしている。
 弁護人の公判等への不出頭・退廷等をめぐる深刻な問題が、昭和40〜50年代の一時期、いわゆる「過激派」集団の裁判における「荒れる法廷」に関して起こったことがある。一部の弁護士が裁判所の強権的訴訟指揮に対し、出廷拒否(不出頭、退廷)戦術に出たことについては、自由法曹団は、国民の権利擁護という立場から批判を加えた。弁護人の独立した地位と弁護活動の実質を保障することが重要であり、訴訟指揮権はそれを前提として行使されなければならない。弁護人は違法不当な訴訟指揮に対して、あらゆる方法によりねばり強い主張と説得をつづけ、その是正をはかるため全力をあげるべきであり、審理の拒否や安易な不出頭、退廷など実質的な弁護活動の放棄につながる行為は許されない。いかに強権的な裁判所に対しても、被告人の権利擁護を最大の使命とする弁護人は、公開法廷で被告人の言い分、意見表明の権利を確保し、そのことを通じて真実を明らかにすることこそが必要だからである。
 しかし、かりに誤った弁護方針であったとしても、そのことは弁護士倫理の問題として、基本的には弁護士の相互批判を通じて解決される問題である。そのことを理由に裁判所から弁護人としての身分を事実上剥奪することは、明らかに行き過ぎであり、被告人の最大の権利擁護者である弁護人の剥奪は(後に国選弁護人を付けたとしても)、被告人の防御権侵害である。このようなことを一歩でも許せば、冷静さを欠いた裁判官か、あるいは偏見をもった裁判官が、「誤った」弁護方針という口実のもとに、正当な弁護活動に刃を向け、弾圧をする事態もおこりうるのである。
 たたき台では、「不出頭」等につき「正当な理由」の有無を問わず、また被告人の同意はもとより、その意見の確認すら必要としていない。加えて出頭しない「おそれ」まで含めている。「出頭しないおそれ」と言っても、その範囲は漠然とし裁判所の認定次第で、いくらでも範囲が広がる危険性がある。裁判所の不当な訴訟指揮に従わず、その是正を求める弁護人を、裁判所が勝手に「出頭しないおそれがある」として、弁護人から排除することが可能となってしまい、被告人の防御権を侵害すること甚だしいと言わなければならない。

(2) たたき台第3の2、3について

命令不遵守に対する制裁は課すべきではないし、裁判所の処置請求もすべきではない

理由:たたき台では、訴訟関係人(弁護人、検察官)が、裁判所の出頭命令に対して正当な理由なく出頭をしない場合、裁判長の陳述・尋問の制限の命令に反した場合、制裁として過料を課すこと(第3の2)、さらに裁判所はその検察官および弁護士につき懲戒措置の請求を必要的にすべきと、提案している。
(1) 弁護人の不出頭・退廷については、前述した「過激派」集団の刑事裁判の「荒れた法廷」をめぐり問題となり、その戦術自体が批判されるべきものであることは前述したとおりである。しかし、いかに戦術として誤りであったとしても、そのことをもって、弁護人に対する過料や懲戒の対象となるのは、被告人の防御権、弁護人の弁護権を侵害するものであり、許されるものではない。実際上問題となった事案でも、多くの場合、弁護人の不在廷などは一時的なものであり、また、裁判官の訴訟指揮が妥当性を欠いていた場合も多く、それを改めること等により弁護士会のあっせん等で協議解決し、昭和50年代からは問題となった事案は存在しない。現在では立法事実が存在しないのである。
(2) 尋問・陳述制限命令違反にたいする制裁は、裁判所が被告人・弁護人の訴訟活動そのものに対して、制限を課すことであり、いっそう問題が大きい。重複尋問等をめぐって、弁護人と裁判所との見解が異なったときには、異議及び裁判官の忌避の制度があり、このルールをつかって解決されればよいのでのある。
  重複か否か、関連性があるかどうかは裁判官の主観的、価値的判断になってしまうことも少なくない。また重複尋問と言っても確認の意味や反対尋問の対象を明確にする意味、証言を翻させないため等様々な理由で必要なこともあるし、関連性も証人の信用性弾劾のために、一見関係のない事項から尋問をしなければならないこともある。重複、関連性なしという形式論では割り切れないのである。
  実際上は、裁判官も一時の感情に駆られ発言禁止等の命令など、いきすぎた訴訟指揮がなされたと指摘された例も少なくない。このように訴訟活動の評価にかかわる微妙な問題につき、裁判所に強権が付与された場合、濫用のおそれが極めて大きいと言わざるをえない。また尋問制限が制裁付きでなされれば、弁護人等の尋問は自然と「及び腰」になるという傾向も否定しがたい。これでは最終意見が目指した、証人尋問を中心とした当事者の活発な主張・立証による裁判員の心証の形成ということも不可能となる。
(3) さらに処置請求と連動することは問題が大きい。現行刑訴法規則303条1項は、訴訟関係人が審理を妨げたとしても、裁判所はまず当事者に説明を求め、その上で特に必要があるときに、処置請求するものとなっているのに、たたき台では制裁を科した場合、必要的に処置請求せよとしているのである。しかもたたき台の説明で事務局は処置請求に対して「処置しない」回答は許されないとの説明を行っているとのことであり、弁護士会のもつ弁護士自治の原則との抵触のおそれが極めて大きい。
  したがって出頭命令違反、陳述・尋問制限命令違反等に対して、制裁を課すことはもとより、それと連動して処置請求をすることは弁護権の不当な制限あるいは弁護士自治の原則の不当な侵害となりかねず反対である。このような規定は設けるべきではない。

3 直接主義、口頭主義の実質化(たたき台第4について)

 裁判員対象事件以外でも直接主義・口頭主義の実質化を図るべきである
 具体的には刑訴法321条2項後段、322条の撤廃をすべきである

理由:たたき台は直接主義口頭主義の実質化と言いながら、裁判員制度とそれ以外で異なるか否か、と言う設問だけで、その内容については全く述べていない点は問題である。裁判員制度の下では、多数の裁判員が関与するのだから、公判中心に裁判員の心証形成が出来るように、調書裁判からの脱却が必要であり、そのために伝聞法則の徹底と、少なくとも刑訴法321条2項後段、322条の撤廃が必要である。また調書中心裁判を脱却し、直接主義・口頭主義の原則にたった訴訟の要請は、裁判員対象事件以外でも全く同じである。