<<目次へ 【意見書】自由法曹団


弁護士報酬の敗訴者負担「合意論」に反対する意見書

2003年11月15日

司法制度改革推進本部 御中

自由法曹団
団 長 坂本  修


意見の趣旨

「合意による弁護士報酬の敗訴者負担制度」導入に反対する。


意見の理由

第1 敗訴者負担「合意論」の唐突な登場

 司法制度改革推進本部司法アクセス検討会において、突然「合意論」が浮上した。
 「合意論」とは、敗訴者負担の採否を当事者の合意によらしめるという考え方である。
 この「合意論」は財界出身の西川委員から、消費者事件等当事者の格差の存する事件において消費者側に各自負担と敗訴者負担の選択権を認めてはどうかという意見に端を発し(選択権論)、この意見を受けた推進派委員から敗訴者負担の採用を当事者の合意によらしめる考え方が示された。「合意論」が、敗訴者負担の適用範囲を広げようとの意図のもとに持ち出され、有力化してきたことは明らかである。
 これまでの検討会の議論からは不明確ながらいくつかの考え方が提示されている。第1は、敗訴者負担制度を原則として導入し、当事者間に格差の認められる訴訟について例外的に各自負担としたうえで、例外的に各自負担とする分野について、当事者の合意による敗訴者負担の採用を認めるとするものである(第1案)。第2は、敗訴者負担制度を原則として導入した上で、訴額が一定金額以下の訴訟については例外的に各自負担としたうえで、例外的に各自負担とする分野について、当事者の合意による敗訴者負担の採用を認めるとするものである(第2案)。第3は、各自負担を原則とし、当事者の合意のよる敗訴者負担の採用を認めるとするものである(第3案)。第1案・第2案と第3案は、敗訴者負担を原則とするかどうかで本質的に異なり、似て非なるものである。
 11月12日公開された10月30日の司法アクセス検討会の議事概要によると、委員より次のような意見が出されている。
「まずは、合意があれば敗訴者負担にできるという制度にしておいて、その利用状況を見て次のステップにすすむという方法がいいのではないか。」
「私は、あるべき姿としては、敗訴者負担を広く導入すべきだと考えている。しかし、条件の整っていないところはあり、そのようなところには導入すべきではないという議論をこれまでしてきた。……意見を収束させる方向としては魅力的な案である。この案に反対するつもりはない。しかし、司法制度改革審議会の意見書では、勝訴した当事者が弁護士報酬の一部を回収できるようにするとされていた。相手方の同意を要件に敗訴者負担にできるというのでは、やや狭すぎるのではないかという気がする。」
 このように合意論は、(1)推進派ないし事務局から、(2)何がなんでも敗訴者負担を導入するという姿勢に基づいて、(3)将来敗訴者負担を拡大するための制度として、提起されてきていることはまぎれもない。

第2 「合意論」に「国民の理解」はない

 司法制度改革審議会報告書には、敗訴者負担制度の検討にあたっては「国民の理解にも十分配慮すべき」と明記されている。
 司法アクセス検討会は、今年7月29日から9月1日まで敗訴者負担についての意見募集を行った。これにあたって、司法制度改革推進本部は、これまでの議論のまとめを資料として公表していたが、このときに「合意論」については全く触れられていない。
 意見募集には、実に5,134件もの意見が寄せられ、その圧倒的多数は敗訴者負担制度反対の意見であった。また、意見の中には司法アクセス検討会の議事運営の公正を求めるものも少なくなかった。
 司法制度改革推進本部事務局の意見募集の結果は、10月10日検討会の当日になって「結果概要」として配布された。そして、事務局から極めて簡単なコメントがあったのみで、きちんとした説明が行われることもなく、10月10日の議論が行われた。この日の議論において、突如浮上したのが「合意論」である。
 続く10月30日の検討会においても、意見募集の結果については充分な紹介や意見交換が行われることなく、「合意論」を巡る議論がなされた。
 司法アクセス検討会におけるこの間の議論は、第1に、5,134件も寄せられた意見募集が検討会の議論において全く生かされておらず、一部の委員が発言の際に引用する以外ほとんど無視されていること、第2に、意見募集の際に全く検討の対象とされていなかった「合意論」について突如議論を開始し国民の議論がほとんど不在の短期のうちに「合意論」に関する議論を終結させようとしていること、第3に、司法アクセス検討会の議事運営等に関して公正さを欠いており、裁判の実態や紛争の実態を踏まえない机上の形式論が横行しているとの批判が重ねられてきていたにもかかわらず、上記のような進行を図っていること、から、厳しく批判されねばならない。
 敗訴者負担制度は反対の署名が100万筆を大きく超えていることにも示されているとおり、司法制度改革の諸課題の中でも特に国民的関心を集めている課題である。司法制度改革推進本部及び司法アクセス検討会は改めて「国民の理解」に配慮すべきである。

第3 破綻した敗訴者負担導入論と不透明きわまりない「合意論」の検討

 この間司法アクセス検討会における議論は、訴訟類型ごとに敗訴者負担制度の導入の可否について具体的に検討するとして、議論が重ねられてきていた。
 従前、議論が行われてきた行政訴訟・労働訴訟・人事訴訟・人身損害の損害賠償請求訴訟・消費者訴訟においては、敗訴者負担を導入すべきでないという意見が多数を占めてきており、少なくともこれらの分野には敗訴者負担を導入すべきでないという概ねの意見一致が検討会内においてできてきていた。
 さらに、個人間訴訟・業者間訴訟について検討が行われる予定であり、10月30日の検討会においては日本弁護士連合会が個人間訴訟・業者間訴訟について従前の意見書の補充も行った。ところが、10月30日の検討会における議論はこれら分野について充分な検討を行うことなく、「合意論」の議論について多くの時間が割かれた。(業者間訴訟については、商工ローン事件・フランチャイズ事件・下請事件等において敗訴者負担を導入すべきかの議論、個人間訴訟においては個人間の紛争を解決するにあたっての裁判所の役割等が実情も踏まえて充分に議論されるべきであったが、これらの点について必ずしも充分な議論が行われてないままとなっている。)
 「合意論」の議論は、従前の議論において重ねられてきた「意見一致」を軽視ないし無視する形で進められつつある。
 このような議論展開は、敗訴者負担を導入しない範囲が広がってきたことから、推進派がこうした議論の成果を一旦混乱させ、改めて敗訴者負担制度の広範な導入へ向けての議論の「仕切り直し」を図ろうとする企てを感じさせる。透明性の徹底をキーワードとして進められている今次司法改革の理念にも反する進め方である。

第4 「合意論」の問題点

 1 第1案の問題点
 第1案は、敗訴者負担制度を原則として導入し、当事者間に格差の認められる訴訟について例外的に各自負担としたうえで、さらに例外的に各自負担とする分野について、当事者の合意による敗訴者負担の採用を認めるとするものである。
 この第1案では、個人間訴訟及び業者間訴訟については敗訴者負担制度が導入されることになる。10月30日の検討会においても、敗訴者負担を導入すべき分野について下記のような意見が述べられており、検討会内にこれらの分野への敗訴者負担制度導入を求める意見は依然強い。
「敗訴者負担を導入すべき分野について御意見はあるか。」
「差止請求訴訟など、勝訴しても経済的利益を得ることができない訴訟が考えられる。」
「事業者間の訴訟、法人間の訴訟が考えられる。法人という制度を選択した以上はそれなりの責任を負うべきという議論はあり得るだろう。」
「中小企業の問題があり、それに対して配慮が必要だという御意見は分かるが、理念的には、企業間訴訟は敗訴者負担ではないかと思う。」
「隣人間訴訟は、敗訴者負担制度を導入すべき典型例ではないか。」
 第1案では、個人間訴訟及び業者間訴訟には敗訴者負担制度が導入されることになるが、これらの分野に司法アクセスへの抑制がもたらされることは明らかである。特に事業者間訴訟に広く敗訴者負担制度が導入されれば、商工ローン訴訟・フランチャイズ訴訟・下請訴訟に敗訴者負担が導入されることになり、その弊害は大きい。
 また、例外的に各自負担とする分野について、当事者の合意による敗訴者負担制度の採用を認めるとする案は、後記第3案に述べるとおりの問題がある。

 2 第2案の問題点
 第2案は、敗訴者負担制度を原則として導入した上で、訴額が一定金額以下の訴訟については例外的に各自負担としたうえで、例外的に各自負担とする分野について、当事者の合意による敗訴者負担の採用を認めるとするものである。10月30日の検討会では、例として「訴額が3,000万円を超える事件には敗訴者負担を適用し、それ以外の事件には敗訴者負担を適用しないという方法」(議事概要)が述べられている。
 この案によれば、訴額が3,000万円を超えれば、労働事件であろうが、消費者事件であろうが、公害・環境事件であろうが、敗訴者負担制度が適用されることになる。その弊害は明らかであろう。この案では、従来推進派が掲げていた「公平論」すらもどこかへ行ってしまっている。
 第1案及び第2案は、敗訴者負担原則導入論に立つものであり、意見募集の結果を見ても絶対に採用できないものである。

 3 第3案の問題点
 第3案は、各自負担を原則とし、当事者の合意による敗訴者負担の採用を認めるとするものである。10月30日の検討会では、この第3案は、あくまでも裁判上の合意、しかも当事者双方に弁護士が付いている場合の合意という前提で議論されている。
 この案は、原則各自負担とする点で、推進派及び事務局からの妥協案ないし譲歩案的装いを持つ。しかし、この案には以下のような問題点があり、到底賛成することはできない。
 第1に、この「合意論」の本質に関わる問題である。「第1」で述べたとおり、「合意論」は、(1)推進派ないし事務局から、(2)何がなんでも敗訴者負担を導入するという姿勢に基づいて、(3)将来敗訴者負担を拡大するための制度として、提示してきたものである。すなわち、この「合意論」は推進派ないし事務局において、敗訴者負担導入の目的を貫徹し、将来敗訴者負担を本格的に拡大していくための足がかりとして位置づけられている。
 第2に、この「合意論」には、重大な弊害がある。裁判上の合意、かつ双方に弁護士が付された場合の合意に限るとしても、訴訟当事者は進退両難の選択を迫られる。すなわち、合意をしなければ裁判所に勝訴の自信がないとの心証を持たれかねず、合意をすれば敗訴者負担のリスクを負わされることになる。
 この点に関し、10月30日の検討会では、「裁判所が、本案の心証とは関係ないものだと考えてもらえるとよい。」「そこは裁判所を信頼して頂きたいと思う」というやりとりが行われている。しかし、裁判所の心証に影響を与えないというのは机上の空論ではないか。事案の検討に熱心な裁判所であればある程、むしろ合意に対する態度は心証に影響せざるを得ないのでないだろうか。
 少なくとも、当事者において、(いくら裁判所から「信頼して頂きたい」といわれても)裁判所の心証への影響を心配しなくてよいなどということは、現実的でない。
 第3に大きな問題は、「敗訴者負担の合意」をするか否かを選択するにあたって、当事者間の条件が対等でない場合(多くの場合には何らかの形で格差が存するであろう。)、この「敗訴者負担の合意」は、強いものに有利に働くということである。例えば、労働者と企業の間の訴訟において、労働者が「敗訴者負担の合意」を選択することは負担能力が限られていることから必ずしも容易でないが、他方、企業の側においてこの「合意」を選択することにさほどの困難はないであろう。ここにおいて、労働者は、裁判所の心証への影響を心配しながら「合意」を拒否するか、敗訴者負担のリスクを覚悟して「合意」をするかの選択を迫られる。他方、企業の側は、敗訴者負担のリスク負担をさほど気にすることなく「合意」をすることが可能であろう。このように、「合意論」はやはり力の格差を裁判手続きに持ち込みこれを拡大することになる。
 このような問題は、個人間の訴訟でも同じである。例えば、離婚訴訟において夫と妻の社会的経済的におかれている状況は異なる。「合意論」は弱いものに過酷に、強いものに有利に働く。
 ことは「いやなら合意しなければよい」というような単純な問題ではないのである。
 第4に、「裁判上の合意による敗訴者負担」を導入した場合、むしろ裁判外の合意による敗訴者負担が拡大し、労働者や消費者等に事実上強制されるおそれが極めて強い。
 「裁判上の合意による敗訴者負担」が導入された場合、敗訴者負担制度が周知されることにより、さまざまな契約において敗訴者負担条項が盛り込まれることになることが予想される。労働契約・消費者契約・下請請負契約において敗訴者負担条項が盛り込まれる例は現在よりも増大すると思われる。
 このように諸契約に敗訴者負担条項が盛り込まれた場合、裁判所における合意による敗訴者負担制度が導入された状況下で、労働訴訟・消費者訴訟・下請請負訴訟が提起されるとどうなるであろうか。「裁判上の合意による敗訴者負担」については、裁判上の合意が求められた際に合意しないと意思表示すれば、同制度が適用されることはない。しかし、この場合、使用者・業者・元請け会社は、労働者・消費者・中小零細業者に対して、訴訟外の契約に基づいて敗訴者負担を求めることは可能である。このような請求に対して、労働者・消費者・中小零細業者は、敗訴者負担条項の合意の不存在・無効・取消を争うことになるが、現在においても契約条項の不存在・無効・取消を争うのは、必ずしも容易ではない。「裁判上の合意による敗訴者負担」が導入された状況下では、合意の不存在・条項の無効・取消を争うことはより困難になることが予想される。
 このように裁判上の合意による敗訴者負担制度が導入された場合、(1)裁判外の契約における敗訴者負担条項を増大させ、(2)訴訟において同条項を争う余地が狭まることから、(3)むしろ裁判外の契約条項により労働者・消費者・中小零細業者側に敗訴者負担を事実上強制される場合が拡大しかねない。こうして「契約上の敗訴者負担条項」により、司法アクセスが抑制される。
 第5に、損害賠償請求訴訟への影響が懸念される。現在損害賠償請求訴訟においては、弁護士費用が損害の一部として認定される。しかし、「合意による敗訴者負担」が導入されると、弁護士費用は「合意による敗訴者負担」に委ねられるべきとして、損害からはずされる、または現在認容額の1割程度認められている水準が切り下げられることになりかねない。10月30日の検討会では、訴訟法上の問題と実体法上の問題は別との意見も出されているが、損害賠償を請求された被告側が上記の主張を行うことは充分考えられるし、必ず訴訟法と実体法は別との形式論のみによって処理が行われるとも思われない。
 第6に、そもそもこの「合意による敗訴者負担」は、いかなる目的により正当化されるのか。「司法アクセス」の観点からは、この制度の導入により裁判所へのアクセスが促進される事態というのは考えがたく、むしろアクセスを抑制することが懸念される(前記の第4点、また第2点及び第3点)。推進派が持ち出していた「公平」の観点からもこの制度を根拠づけることは困難であり、むしろ現実の「合意」の場面を考えると「公平」の観念には反する。この制度は、司法制度改革審議会意見書からは、全く外れた制度である。

まとめ

 この間の「合意論」を巡る司法アクセス検討会及び司法制度改革推進本部の取り扱いは、極めて不透明かつ不公正であり、「国民の理解」に背くものである。
 自由法曹団としてはいかなる形態であっても、「合意論」による敗訴者負担制度の導入には反対である。

以 上

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