<<目次へ 【意見書】自由法曹団


「裁判上の合意による敗訴者負担制度」についての意見書

2003年12月11日

司法制度改革推進本部 御中

自由法曹団
団 長 坂本  修

1 「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は国民の理解を得ていない

 次回12月25日の司法アクセス検討会において、司法制度改革推進本部事務局は「裁判上の合意による敗訴者負担制度」によるとりまとめ案を提出すると伝えられている。
 この考え方は、本年8月に行われた意見募集においても全くテーマとされていなかった。このまま、国民の意見を聞かないままでとりまとめが行われることは、敗訴者負担制度の検討にあたっては「国民の理解にも十分配慮すべき」とした司法制度改革審議会報告書に真っ向から反するものであり、この点は私たちの11月15日付意見書(「弁護士報酬の敗訴者負担『合意論』に反対する意見書」)でも指摘した。
 このように「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は手続き的に問題がある。
 さらに内容的にも、重大な弊害を含むものであり、私たちは到底賛同することができない。

2 敗訴者負担「合意論」の急浮上とその全般的な問題点

 私たちは、11月15日付で発表した「弁護士報酬の敗訴者負担『合意論』に反対する意見書」において、10月30日の検討会で示された3つの考えの問題点をそれぞれ指摘した。
 11月21日に骨格が示された案は、私たちの意見書で指摘した「第3案」を基本とするものであるが、私たちは、上記「意見書」においてこの「第3案」の問題点をつぎの6点にわたって指摘した。
 第1に、そもそもこの「合意論」は、推進派ないし事務局において、敗訴者負担導入の目的を貫徹し、将来敗訴者負担を本格的に拡大していくための足がかりとして位置づけられていること。
 第2に、この「合意論」には、訴訟当事者は、合意をしなければ勝訴の自信がないとの心証を裁判所から持たれかねず、合意をすれば敗訴者負担のリスクを負わされることになるという重大な弊害があること。
 第3に、労働者と企業の場合に典型とされるように当事者間の条件が対等でない場合、「敗訴者負担の合意」は強い者に有利に働くこと。
 第4に、「裁判上の合意による敗訴者負担」が導入された場合、「契約上の敗訴者負担条項」の普及により、労働者・消費者・中小零細業者は、この「契約上の敗訴者負担条項」による敗訴者負担を心配せざるを得ない結果、事実上司法アクセスが抑制されること。
 第5に、「合意による敗訴者負担」が導入されると、弁護士費用は「合意による敗訴者負担」に委ねられるべきとして損害から外され、または現在認められている水準が切り下げられることになりかねないこと。
第6に、そもそもこの「合意による敗訴者負担」は、導入の根拠を持たないこと。(その導入により裁判所へのアクセスが促進されるどころかむしろアクセスを抑制することが懸念され(上記第4点)、また、推進派が持ち出していた「公平」の観点からもこの制度を根拠づけることは困難であり、むしろ現実の「合意」の場面を考えると「公平」の観念には反すること(上記第3点))。

3 「裁判上の合意による敗訴者負担制度」検討の視点(司法アクセスの拡充)

 弁護士報酬の敗訴者負担制度は、司法制度改革審議会(以下、「審議会」という。)において「司法アクセス促進の観点から」検討されてきた。このことは、弁護士報酬の敗訴者負担制度が意見書中「司法アクセス」の項におかれていることにも端的に表現されている。また、司法制度改革推進計画(平成14年3月19日閣議決定)においても、「裁判所へのアクセスの拡充」の項目に明確に位置づけられており、この制度の導入は「裁判所へのアクセスの拡充」という目的に沿って行われるべきものである。
 この間市民団体や日本弁護士連合会等が、「敗訴者負担制度」に対して反対の意見を表明し、110万を超える署名が集まり、また、意見募集に5000件を超える意見が寄せられたのも、「敗訴者負担制度」が市民の裁判所へのアクセスを阻害することに懸念をもってのことであった。
 従って、「裁判上の合意による敗訴者負担制度」の可否についても、この制度が「裁判所へのアクセスの拡充」に資するか否かの観点から検討することが必要かつ重要である。求められているのは、「裁判所へのアクセスの拡充」のための制度であり、間違っても、「裁判所へのアクセス」の妨げとなるような制度導入が行われてはならない。
 この観点から見たときに、この「裁判上の合意による敗訴者負担制度」の弊害は、上記2の「第4」において深刻かつ重大であり、実質的に市民の司法アクセスを阻害する結果をもたらすものである。

4 契約約款の敗訴者負担条項の問題

(1)契約約款上の敗訴者負担条項の弊害

 「裁判上の合意による敗訴者負担」が導入された場合、「敗訴者負担制度」が周知されることにより「契約上の敗訴者負担条項」が普及していくことになりかねない。こうした「契約上の敗訴者負担条項」の普及により、労働者・消費者・中小零細業者は、この「契約上の敗訴者負担条項」による敗訴者負担を心配せざるを得ない結果、事実上司法アクセスが抑制されることになりかねない。この点は、「司法アクセスの拡充」という司法制度改革審議会意見書の趣旨に鑑みたときに、看過し得ない重大な弊害である。
 この点を労働契約について述べれば、労働契約の内容は原則として就業規則の定めるところによるものとされているもとでは、就業規則に弁護士報酬の敗訴者負担が規定された場合、労働者は、敗訴の場合には使用者側からその弁護士報酬の請求を受ける覚悟を迫られることにならざるを得ない。その結果、解雇・賃金切下げ・男女昇進差別等々の使用者による違法・不当な行為を労働者が裁判で争うことに消極的にならざるを得ないという重大な弊害が生じる。
 また、消費者契約約款においても「敗訴者負担条項」が入れられた場合には、消費者はこの条項による敗訴者負担を心配せざるを得ない。消費者が、悪徳詐欺商法、証券・先物取引被害、変額保険事件等の銀行被害、欠陥住宅被害等の被害を受けても、契約約款にこのような条項が入れられると提訴・応訴の重大な障害となり、法的手段を取ることの立ち後れ(被害の拡大と悪徳業者の財産隠しを許すことにつながる)、提訴の萎縮・応訴の萎縮(泣き寝入りをせざるを得ない)、請求金額の抑制等を事実上強いられることになりかねない。
 さらに、商工ローン・フランチャイズ・下請契約等において、こうした「敗訴者負担条項」がいれられると、商工ローン業者が敗訴者負担条項を「支払わないと裁判になって、こちらの弁護士費用も払わなくてはならなくなるぞ」という威嚇に用いることになりかねない。また、それでなくても極めて厳しい状況におかれているフランチャイズの加盟店において本部に対して法的権利主張をいっていくことは(最終的に裁判手続きに訴えるにあたって敗訴者負担条項が重大な障害となることから)極めて困難となることが予想される。下請契約においても、下請業者が権利救済を裁判所に求める道が狭められることになってしまう。このように、契約上の敗訴者負担条項は、それでなくても厳しい状況におかれている中小零細業者の権利救済に重大な障害となるものである。
 このように「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は、「契約上の敗訴者負担条項」を普及させることにより、司法アクセスへの重大な障害物を作り出すものである。

(2)弊害除去の可能性について

 このように「契約上の敗訴者負担条項」が重大な弊害をもたらす可能性のあるものであることは、11月21日の司法アクセス検討会においても議論の対象とされた。この議論の場では、導入論者より、労働基準法・消費者契約法により対処しうるとの意見が出されている。しかし、次に見るとおり、労働基準法16条や消費者契約法9条ないし10条により、契約上の敗訴者負担条項を十分に排除しうるとはいえず、これら条項による「裁判所へのアクセス」の障害を除くことはできない。

ア 労働基準法16条について

 第1に、そもそも労働基準法第16条は、「(賠償予定の禁止)」とのタイトルのもとに「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めているもので、文言上使用者との間の訴訟において敗訴した場合の使用者側の弁護士報酬が「労働契約の不履行についての違約金」または「損害賠償額の予定」に含まれない。
 第2に、解釈上も、労働基準法16条が禁止する違約金の定め又は賠償額の予定は、「労働契約の不履行」についての場合であって、これを不法行為の場合をも含むとする説があるものの、さらに広く訴訟費用の負担について定めることまでが禁止の対象とされるとの解釈をとることは、とりわけ同条違反が6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に当たる犯罪とされているところから(同法119条)、罪刑法定主義に照らしても困難であろう。
 第3に、裁判実務上、このような解釈が通用する現実的可能性は殆どない。判例は、労働基準法16条に関しても、たとえば、退職後に同業他社に就職したときは退職金の半額を返還しなければならないとの定めを同条違反とはならないとし(名古屋高裁昭和51年9月14日判決)、あるいは、従業員が一定期間内に退職したときは企業派遣留学費用を返還しなければならない旨の定めも同条違反とならないとするなど(東京地裁平成9年5月26日判決)、限定的な立場を相次いで示しており、このような姿勢は狭きに失しているとの批判を招いているのが実情である。
 したがって、労働基準法16条により就業規則に「敗訴者負担条項」を設けることは規制されあるいはそのような条項は無効とされるなどという指摘は、現実にはまったくのまやかしである。

イ 消費者契約法第9条及び第10条について

 第1に、消費者契約法9条は、「消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効」との題名のもと、「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額」(いわゆる「キャンセル料」等)(同条1号)及び「支払うべき金銭の一部を消費者が支払期日……までに支払わない場合における損害賠償の額」(いわゆる「遅延損害金」)(同条2号)について定めたものである。弁護士報酬の敗訴者負担が、「損害賠償の額」の予定といえないこと、とりわけ「キャンセル料」や「遅延損害金」にあたらないことは明らかである。(なお、消費者契約法9条は、消費者側に「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」(同条1号)、「年14.6パーセント」(同条2号)までの負担を認めているものであり、契約条項の効力をすべて否定しているものではない。)
 第2に、消費者契約法第10条は、表題に示されているとおり「消費者の利益を一方的に害する条項」を問題としている規定である。消費者のみに敗訴者負担を負わせる片面的敗訴者負担条項であれば同条に違反するといえるであろうが、両面的敗訴者負担を定めた条項が「消費者の利益を一方的に害するもの」との判断を得ることは相当困難である。また、同条は「民法第1条第2項に規定する基本原則に反」すること(信義誠実の原則違反)を要件としているが、裁判上の合意による敗訴者負担が導入された状況下において、敗訴者負担条項が信義誠実の原則違反との判断を得ることもまた容易でない。
 第3に、以上見たとおり、消費者契約法第9条ないし第10条により契約約款上の敗訴者負担条項の効力を否定することは、極めて困難であることから、消費者は敗訴者負担条項による敗訴者負担を覚悟しないと、訴訟を提起できない。これは重大な裁判所へのアクセスの阻害となる。(従来敗訴者負担について述べられてきた提訴抑制効果と全く同じ問題である。)このことは、司法制度審議会意見書が「不当に訴えの提起を萎縮させないよう……」と求めている趣旨に真っ向から反する。

(3)小括

 上記のとおり、「裁判所の合意による敗訴者負担制度」は、「契約上の敗訴者負担条項」の普及により、市民の「裁判所へのアクセス」に重大な障害をもたらすものであり、このような制度が導入されるべきではない。

5 従来の権利の切り下げは許されない(損害賠償請求訴訟への影響)

 さらに、新たな制度導入により、従来保障されていた権利が切り下げられるようなことはあってはならない。
 現在損害賠償請求訴訟においては、弁護士費用が損害の一部として認定される。しかし、「合意による敗訴者負担」が導入されると、弁護士費用は「合意による敗訴者負担」に委ねられるべきとして、損害からはずされる、または現在認容額の1割程度認められている水準が切り下げられることになりかねない。
 損害賠償請求訴訟は具体的事件のあり方としては多岐にわたるが、公害被害に対する損害賠償請求訴訟、交通事故における損害賠償請求訴訟、証券被害・先物取引被害損害賠償請求訴訟、欠陥住宅損害賠償請求訴訟等、さまざまな被害事件の損害賠償請求事件において弁護士費用の1割程度が損害額として認められており、この認容される弁護士費用は、必ずしも資力を有せず被害に苦しんでいる被害者らにとって、極めて大切なものとなっている。このような公害被害者、交通事故被害者、証券被害・先物取引被害の被害者、欠陥住宅の被害者等から、現在認められている一割程度の弁護士費用を奪うようなことがあってはならない。
 11月21日の司法アクセス検討会では、この点について「裁判上の合意による敗訴者負担制度」が導入されても因果関係は切れないということが、発言されている。しかし、この解釈がどれほど安定的なものであるかは疑問であり、この点が解釈に委ねられるのみであれば、上記の保証は脆弱といわざるを得ない。
 「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は、従来の損害賠償請求訴訟において認められてきた弁護士費用が、切り下げられまたは否定されるおそれがあり、この点からも同案に賛同することはできない。

以 上

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