<<目次へ 【意見書】自由法曹団


1998年3月

「盗聴法案」の自民党修正意見を批判する

自 由 法 曹 団

は じ め に

1 経過

 盗聴法案を含む「組織的犯罪対策立法」法案の国会上程をめぐって、1998年2月上旬まで、与党組織犯罪対策法協議会で検討されてきた。法務省が作成した法案要綱骨子、特に盗聴法案に対しては各界からの批判が大きく、与党内で合意に至らなかった。
 ところが、2月4日、自民党の協議メンバーから盗聴法の法務省案に対する修正案が出され、なお、与党間で協議が行なわれることになった。
 2月27日、自民党法務部会・治安対策特別委員会などの合同会議で、与党の合意ができなくとも、盗聴法案を含んだ「組織犯罪対策法案」を今通常国会に提出する方針を決めるに至った。
 その上で、与党協議のとりまとめの衝にあたった与謝野馨議員が修正意見を法制審議会に提示し、答申と異なる修正を図ることの実質的な了承を受けるという異例の手続を踏み、近日中に閣議決定を経て、今国会に法務省案を原案のまま上程する態勢を整えている。
 自民党は、与党の合意のないまま法務省原案をそのまま国会に提出し、審議の過程でこれに修正案をもち出し、一部野党の賛成を得て強引に採択にもち込もうとしている。

2 本意見書のポイント

 自由法曹団は、1998年1月、「盗聴法案」要綱骨子に対する批判意見書を発表した。法務省案の要綱骨子に沿って盗聴立法の危険性を指摘し、盗聴法案の市民生活、マスコミの取材活動、議員活動、労働組合などの団体・住民運動の活動に与える影響を解明した。
 法制審議会が答申した法案要綱ではあまりに問題が多いため、自民党は他の党の同意を得るため修正案をとりまとめた経緯からして、原案のままでは国会に上程できないことが明らかになったのであるから、盗聴法案はすでに「死に体」となったも同然である。
 本意見書はこのような異例の情勢をふまえ、自由法曹団は、自民党の修正によっても法案の問題が除去されないこと、また盗聴立法の実効性はますます疑問であること、したがって法務省案に修正を加えて法案の成立をめざす策謀は断じて許されないことを明らかにするため、自民党修正案の内容を予め批判するものである。

第1 自民党修正案の内容

 自民党は2月4日に、「組織犯罪対策に関する三法案についての考え方」という見解を示した。そのなかで、盗聴法案に関し、「今後さらに検討を要することが適当と思われる問題として、次のような点がある」とした。

ア 対象犯罪について、個別にその要否を吟味すること。
イ 令状請求権者について、規則等において、捜査機関内における手続及び責任の在り方を厳格・明確にすること。
ウ 電気通信事業法等の通信秘密侵害に対する罰則を強化すること。
エ 必要最小限の的確な通信傍受が実施されるよう、より厳正な実務を確保すること。

 この具体的内容の詳細は不明であるが、2月4日付朝日新聞の報道によれば、

  1. 対象犯罪を殺人や誘拐、逮捕監禁罪、薬物・銃器関連犯罪に限定する
  2. 令状請求に警視総監または道府県警本部長の決済を要件とする
  3. 令状裁判官を地裁に限る
  4. 違法盗聴の罰則を、捜査員について「五年以下」に引き上げる
    というものである。また、
  5. 10年程度の時限立法にする
    ということが視野に入れられているとのことである。
    さらに朝日新聞の報道にはないが、自民党見解のエに即して
  6. 「第三者立会」制度の厳密化
    も想定されていると思われる。そこで以下に@ないしEの六つのポイントを中心にしながら、個別に検討を加える。

第2 暴力団犯罪に限定されず、市民も対象に

−@の対象犯罪の範囲

 法務省は、対象犯罪にむけた盗聴立法の必要性として、近年暴力団による薬物・銃器犯罪が増加していること、オウム真理教のような大規模な組織的形態による凶悪犯罪が発生していることをあげる。
 オウム真理教の事件はわが国の犯罪としても極めて特異なものであり、今後同種犯罪が繰り返される可能性が高いとは思えない。警察がオウム真理教による犯罪の拡大を防止できなかった原因は、盗聴実施ができなかったところにない。坂本弁護士一家拉致事件捜査に対する批判に象徴される、警察の捜査姿勢自体に問題があったのである。  暴力団による薬物・銃器犯罪が大きな社会問題になっていることは確かである。しかし、朝日新聞の報道によれば、自民党修正意見案は、盗聴対象犯罪を薬物・銃器関連犯罪に限定するわけではなく、殺人、逮捕監禁など必ずしも暴力団による組織的犯罪に限っていない。
 さらに、法で認められた対象犯罪が発生していなくても、その準備行為があると判断されるときに盗聴を認める事前盗聴や裁判官の審査を経ていない別件犯罪の盗聴を認める仕組みを残す以上、事実上盗聴対象に限定がないのである。

第3 警察本部長決済は濫用防止策にならない

−Aの令状請求者の範囲

 自民党修正意見案では、令状請求者を警視総監か県警本部長に限ればよいとするが、警察実務の現場を考えれば、あまりにも糊塗的な対応である。警視総監や県警本部長名義の請求が行われても、その実質的な決定は彼らの部下がきめるのである。また彼らに委せておいて安心であるという保障も皆無である。
 違法な盗聴は、現場の警察官の単独の判断によってなされるものではない。緒方靖夫氏宅電話盗聴事件においても、警察組織の上層部からの指示によって盗聴が組織的に実行された。検察が、実行警察官を起訴猶予にした理由のひとつに、組織の末端の者だけを処罰するのは酷であることを挙げていたことを想起されたい。そして、国家賠償判決が確定した今日なお、警察は、組織をあげて、盗聴の事実を否認しているのである。
 こんな反省も自浄能力もない警察の内部において、令状請求に本部長決済を要するとしたとしても、信用の基礎が全くない。

第4 地裁裁判官に限定してもチェックは不十分

−B令状裁判官の範囲

1 地裁の令状実務もフリーパスに近い現状にある

 1996年(平成8年)度の捜索差押及び検証許可状に対する地裁及び簡裁の全体の却下率は、0.08パーセント(16万1914件中124件)、1995年(平成7年度)は0.12パーセント。このレベルは10年来変わっていない。ほぼ100パーセントの認容率といってよい状況にある。
 では、地裁だけだとどうか。平成8年度の統計によると、地裁の却下率は0.14パーセント(2万8912件中41件)となっている。
 地裁の却下率(0.14%)は、簡裁の却下率0.06%(13万3002件中83件)よりわずかに高いとは言えるが、フリーパスと評される数値であることには変わりはない。
 右の地裁と簡裁の却下率の違いは、令状チェック機能の観点からすると有意な違いとはいえない。
 簡裁裁判官を除外し、地裁裁判官に令状発布権限を限定したところで、厳格な司法チェックに乏しい現状に変わりはない。

2 地裁裁判官は令状審査の職責を十分に果たし得ているのか

 地裁裁判官は、通常の場合200件から400件もの手持ち事件を抱え、その処理に追われている実情にある。その合間を縫うように令状審査当番をこなしているという。
 裁判官は、令状請求に対し、関連証拠を吟味した上、迅速的確に判断しなければならないが、多忙を極めている裁判官が証拠を吟味する時間を十分に確保するのは困難な状況にある。どうしても、「却下したことにより、証拠が収集されなかったりしたら・・・」という意識が働き、よほどのことがない限り令状請求は却下できない実情にある。
 現行刑事訴訟法のもとで、1994年、検証令状で盗聴捜査を許可した旭川簡易裁判所裁判官の令状審査の場合、午前10時に捜査機関から令状請求が出された。そしてその日の午後3時に令状発布が決定された。その関連証拠は関係者の供述調書、警察官作成の捜査報告書等であったが、その量は枚数にして1000枚もの膨大なものであり、昼休みや他の事件の令状審査もはさみながらのわずか5時間の間にこの証拠を慎重に吟味することはどれほど優秀な裁判官であろうと不可能だろう。
 地裁の裁判官に限定すれば、令状発布のチェックが十分になるというのは現実的ではない。

3 令状審査の構造上の問題

 令状審査には、裁判官の資質や能力を超えた次のような構造的な根本問題がある。

  1. 令状審査が警察の一方的な請求で行われ、審査段階で弁護人が付かない。被告人や弁護人の関与がはじめから排除されている。
  2. 請求を裏付ける資料と情報は警察の裁量で決まる。これに反する内容の資料・情報を提供するかどうかは警察の判断に委ねられ、令状裁判官がその意向にかかわらず提出させる制度はない。
  3. 裁判官は、警察が提出した書面資料の範囲でしか調査できず、独自の捜査権をもっていない。

 令状実務を形骸化する構造上の問題を放置したまま、裁判官らの意識・能力だけに頼っても、令状審査が厳密になる保障はない。

第5 「罰則の強化」は濫用防止に役立たない

−Cの罰則の範囲

 この罰則というのは、電気通信事業法104条、有線電気通信法14条違反を指す。いずれも「通信の秘密を侵害した者は1年以下の懲役か罰金に処する」という構成要件で、通信業者については「2年以下」と加重されている。法務省案では、警察官がこの違反をしたときにも「1年以下の懲役または罰金」刑にとどまり、この刑事罰はあまりに軽すぎるとのもっともな批判がなされ、日弁連意見書でも「捜査機関の無令状通信傍受の刑は5年以下の懲役が相当」と指摘されている。自民党の修正意見案はこの批判を受け入れたものである。
 しかし、この罰則(強化)の射程範囲は狭い。
 警察官が令状なしに通信傍受を行なう場合には、この罰則の構成要件に該当することは間違いがない。したがって、警察官が盗聴令状をとった後、盗聴を実施する際に、ついでに令状で認められた電話回線とは別の回線の盗聴を行なえばこの罰則が適用される。
 これに対し、警察官が盗聴令状で指定された回線の盗聴を実施する際に、厳密に検討すれば事前盗聴の要件を満たさない通信の盗聴を行なったとき、あるいは、該当性判断のためという目的を逸脱して盗聴を行なった場合、さらには厳密にいけば別件盗聴の要件を満たさない通信を盗聴したときなどは、職務熱心のあまりのはみ出し行為であり、判断の誤りはあっても故意はない、との理由で構成要件該当性を否定されるだろう。そうなれば、盗聴実施における警察の濫用を防止する刑罰とはなりえないのである。さらに、警察が盗聴記録を消去する義務に反することに対する罰則ともなりえない。
 この罰則は、緒方氏宅電話盗聴事件のケースのように、警察官が令状をとらないで盗聴を行なう事案にしか射程距離をもたないのである。しかもこの事案においても、密室で作業を行なう警察が無令状盗聴を行なったことを立証する証拠を収集し、現実に罰則を発動させることはまず困難であろうと思われる。

第6 「時限立法」で問題点は解決しない

 −D立法の時間的範囲

1 「時限立法」の考え方は、盗聴法とは相容れない

 「時限立法」とは、あらかじめ一定の有効期間を定めて制定される法律のことである。その実質的理由は、「法規を必要とした制定当時の事情が消滅又は変動」するところにあるとされる。つまり、一定の時間的な経過により立法事実が変動したり、消滅したりすることが予め予想されるときに、時限の経過により立法の存在基盤が失われることを理由とする。
 「時限立法」には、昭和6年法律第40号重要産業統制法、昭和12年法律第86号臨時資金調整法等があった。当時の社会的実情のもとで、一定の期間に限定した立法がなされたが、社会的経済的基盤の変化により、刑罰法規の存在理由がなくなったものとして、期間の経過により立法が失効している。
 盗聴法案に対しては、警察権限の拡大による人権侵害の危険性の問題点だけでなく、そもそも立法事実そのものが存在するのか、電話盗聴により犯罪捜査にどの程度効果があるのか、その効果について客観的裏付けはどこまであるのか等、立法事実自体に大きな疑問が提起されているのである。
 自民党修正意見案は「犯罪摘発の有効性や弊害を検証」するため、10年くらいの「時限立法」とすることを提案している。しかし、立法事実が存在するかどうかの検証のために時限立法とするということは、「時限立法」の実質的理由とは全く相容れない。
 刑事手続に「時限立法」の考え方を持ち込むことはさらに問題である。もともと「時限立法」は、刑罰を定めた法規について付されるものであり、刑事手続法に付されることはまず先例がない。盗聴法は刑事手続法である。しかも盗聴の人権侵害の危険性は、その無限定性にあり、現行刑事訴訟法で認められた「強制処分」に比類のない、強制権限なのである。だからその立法事実の存在が厳格に問われなければならないのであって、「犯罪摘発の有効性や弊害を検証」するために、「試しに10年やってみる」ことは、許容されないことである。

2 「時限立法」は会話盗聴、無線通信盗聴に道を拓く布石

 時限立法にすることは、10年間にわたって「盗聴捜査」を認めるものであり、その検証の結果、「有線通信盗聴」では効果が上がらないということになれば、警察・法務省は、住居や事務所内に盗聴器を仕掛ける「会話盗聴」、通信衛星を利用した「無線通信盗聴」の導入の必要性を主張してくることは陽を見るより明らかである。アメリカでは、「有線通信盗聴」とともに、「会話盗聴」、「無線通信盗聴」が合法化されている。豊富な資金をもつ犯罪組織グループは、盗聴が容易で危険な特定の有線通信で聞かれては困る通信を行なうことを回避し、利用有線通信を捕捉されないよう頻繁に変更したり、直接会話で行なうようにしている。これでは有線通信の盗聴を行なっても犯罪摘発できない。アメリカでは、いきおい会話盗聴が主力になっているとの報告もなされている。
 警察の真の狙いは、「有線通信盗聴」合法化を契機として、会話を直接盗聴するために室内に盗聴器をしかける「会話盗聴」、さらには日進月歩の技術革新により次世代の有力な通信手段と期待される「無線通信盗聴」の合法化にある。
 法務省は10年もしないうちに、「有線通信盗聴」の効果がなくなってしまうことを見越して、「10年の時限立法」を主張し、国民の批判をかわしながら、実はさらに強力な盗聴権限の取得をするための布石とみることは決して穿った見方ではない。

第7 立会制度は、濫用防止の保障たりえない

−Eの「第三者立会」制度

 2月4日の自民党の見解に、「必要最小限度の的確な通信傍受が実施されるよう、より厳正な実務を確保すること」があげられている。この具体的な内容は不明であるが、第三者立会の厳格化により盗聴法を肯定しようとする見解もあるので、これが意識されているものと思われる。

1 立会を合憲的な要件にする考え

 現行法のもとで、令状にもとづく盗聴の合憲性を認める下級審判例がいくつかある。そこでは第三者の立会に盗聴実施手続きの公正さの担保を託している。たとえば、旭川簡裁で出された令状の許可条件は、盗聴期間は2日間の午後5時から11時まで、地方公務員(消防署員)2名を立会わせ、この立会人に無関係通話についての分配器の電源スイッチを切断する権限を与えた。
 この先例を重視して、法務省案が、通信設備管理者などの常時立会を要件としていないこと、立会人に切断権を認めていないことを批判する意見がある。この批判自体は適切である。
 しかし、批判の域を越えて、常時立会および切断権が認められれば盗聴立法を肯定してもよいとする短絡的な見解には反対である。

2 常時立会・切断権の議論は観念的すぎる

  1. 旭川の事例では、盗聴期間はきわめて限定されており、消火出動のない消防署職員がかろうじて立会うことができた。しかし、法務省案では延長を含め30日間、24時間体制での盗聴が可能である。全時間立会うことができる者を、盗聴実施を仕事とする捜査機関以外に見いだすことは現実的に不可能である。
  2. 捜査機関以外の者が臨時に立会いを求められても、その者には捜査内容はほとんど伝えられず(密行性)、通信システム・盗聴システムについての知識もなく、実質的に公正さを担保することができるか根本の疑問がある。
     通信設備管理者なら少なくともシステムについての知識はある。しかし、通信設備管理者が、警察に対し毅然としたチェック機関になりうるか、必ずしも信用できない。過去、NTTは盗聴器が発覚した際すべて警察にまかせ、通信の秘密を守る立場から独自に調査をし得られた情報を公開するような姿勢が全く感じられない対応をしてきている。緒方氏宅電話盗聴事件の発覚の際もそうであった。アメリカでは、警察と通信業者が結託して違法な政治盗聴を繰り返していることを指摘する資料もある。
  3. 切断権については一層の疑問がある。まず、捜査内容を知らない者が要件を満たす通信、満たさない通信の判別をすることは不可能である。次に、そもそも捜査機関でもない、裁判官でもない第三者が強制処分について判断・執行の職権を行使すること自体許されるかという問題がある。判断が誤っていたときにその立会人が法的責任を問われるようであれば立会人を引き受ける者はいない。

3 立会制度は装いにすぎない

 すでに盗聴立法をもつ国の制度をみても、第三者立会を要件とするものは見当らない。法制審刑事部会の委員である立法推進者の井上正仁教授は、憲法上の要請として立会制度はなくてもよいこと、立法政策として要件とする場合でも、その役割は、外形上、処分が適正に行なわれることを監視するという程度にとどまる、と述べ、その役割にほとんど期待するところがない。

お わ り に

 先進国では盗聴立法を備えていることが導入目的のひとつに言われる。それでは、盗聴立法をもつ国で、盗聴捜査が組織的犯罪の検挙にどの程度機能しているのか、盗聴立法にともなう人権侵害などの弊害が起きていないのかについて資料を取り寄せるなどの調査がなされているのか。われわれがこの点を法務省要請のときに尋ねたところ、「承知していない」との回答であった。
 法務省が与党協議会に提出した資料にも、そのようなデーターを収集していないと記載されている。さらに、イギリス、アメリカ、フランスにおいては、通信傍受を法律によって定める以前から傍受が採用されており、この法制を定めたことが犯罪検挙率に大きな影響を与えたことは考えにくい、と説明している。憲法に通信の秘密の保障規定をもつわが国と、それらの国との間には、盗聴捜査の許容性の成り立ちに大きな差がある。
 また、アメリカでは、連邦と全州レベルで盗聴立法が制度化されているが、1995年統計で、通信傍受による捜査をしていない州が21州もあると指摘する資料もある。盗聴立法をもちながら活用していないというのは、犯罪摘発に役立っていないことの証左であろう。
 盗聴法を導入することが、わが国の警察捜査のグローバル・スタンダード・システムを実現するのだという論拠には大きな落とし穴があることを軽視してはならない。