<<目次へ 【意見書】定期借家法案を斬る!


1998年8月

定期借家法案を斬る!

自 由 法 曹 

第一 定期借家制度導入借地借家法「改正」案提出される

一 反対の声を無視して法案提出

定期借家制度は、これまで借家や小零細店舗の賃借人の地位を保護してきた正当事由制度を骨抜きにするものである。自由法曹団は、これまで機会あるごとに定期借家制度のもつさまざまな問題点と、推進者がいう「良質な賃貸住宅の供給効果」など全く存在しないことを指摘してきた。
 しかし、九八年六月五日、定期借家制度導入のための借地借家法「改正」案が議員立法で衆議院に提出された。提案者は、自民党定期借家権等に関する特別調査会座長の保岡議員ほか、社民一名、自由党二名、さきがけ一名、計七名の共同となっている。反対の声が各界から大きく広がり、また識者も制度の問題点について危ぐを表明していたにもかかわらず、推進議員がこれを無視して通常国会の会期末に強引に提出したのは、この制度を急いで導入し、景気対策として利用しようとしているからにほかならない。このような動きは、これまで推進者が説明していた「良質な賃貸住宅の供給」などという理由が、欺瞞にすぎないことを示している。賃借しようとする者の利益のためではなく、賃借人を犠牲にして、投資環境の改善、内需拡大による経済効果、すなわち都市再開発促進と土地流動化による景気対策をはかろうとしているのである。
 この法案は六月一八日に継続審議となったため、七月三〇日から開かれる臨時国会で審議される予定となっている。

二 一部マスコミは世論を誤導しようとしている

 この間、毎日新聞、日経新聞などは、「定期借家制度が導入されれば家賃は下がる」「礼金は廃止」「選択の幅が広がり、持ち家指向も薄まる」などという根拠のない報道を一方的に流している。毎日新聞五月二八日社説は、九七年六月二二日に問題提起して以来「戦時立法である借家法の改正検討を促してきた」と述べて、同社が定期借家制度導入の積極的な推進者であることを表明している。さらに大阪新聞(七月八日付)にいたっては、「景気回復隠し玉」などという扇動的な大見出しで宣伝している。
 しかし、これらのマスコミは定期借家制度導入の問題点を真剣に検討したのであろうか。これらの報道は、未だに「良質な賃貸住宅の供給」効果を信じているようであり、さらに、与党案は新規契約に限って導入を認めるものだと断言しているが、未だにこのような主張をしていられるのは、やはり問題点を真剣に検討したことがないからであろう。既に、良質な借家供給効果などは期待できないという数多くの研究成果が発表されている。後に法案の批判で述べるように、既存の契約に影響がないなどということもとうてい言えず、むしろ、既存の契約も次々に定期借家契約に切り替えられるであろうことが予測される。現に、推進者からも既存契約の切り替えにより建て替え問題を解決できると本音を述べる者が現れている(エコノミスト六月二三日号本郷尚報告)。またこの論者はほとんどの契約が定期借家契約になると述べ、選択の幅が広がるなどという宣伝がまったくのまやかしであったことを認めているのである。
 毎日の社説は、最後に公営住宅整備の充実を要望するというが、公共住宅政策は後退の一途にあることを知っているのであろうか。公営住宅充実の政策が実施される状況は今のところないにもかかわらず、このような主張を付け加えてこと足れりとしているのも無責任の極みではないのか。
 これらマスコミの報道は、マスコミが本来持つ社会の公器、真実を正確に伝えるという使命を忘れたものとの批判を免れないであろう。

第二 定期借家制度導入借地借家法「改正」案の問題点

一 法案の内容

 定期借家制度を導入するための借地借家法一部「改正」法案は、借地借家法第三八条を「定期建物賃貸借」に変更し、同法の二三条と二九条に各一項を加えるだけというきわめて簡単なものである。
 しかし、それだけに、定期借家制度を導入した場合に予想されるさまざまな問題点、借家人の権利が不当に侵害されることになるであろうと危ぐされる点に対する手当は全くされておらず、いわばフリーハンドの定期借家制度を創設するものとなっている。したがって、この法案が成立するならば、実質的に正当事由制度を廃止するのに等しい事態が生ずると考えられる。
以下にまず法案の概略を示す。

  1. 改正理由
     「借家関係の当事者の権利調整を合理化するため」とする。
     当然、賃貸人と賃借人の権利関係の調整ということなのであるが、これだけでは何を目的とするのか全く不明である。

  2. 借地借家法三八条賃貸人不在期間の賃貸借を、「定期建物賃貸借」と変更し、以下のとおりの規定をすることにより、定期借家制度を創設する。
    一項 定期借家契約は公正証書による等書面によって契約をすることにより、正当事由制度の適用を排除することができる。
    一年未満の期間を定める契約も有効である(一年未満の契約は期間の定めのない契約とみなすとの現行規定を排除する)。
    二項 契約の期間が一年以上の場合は、期間の一年前から六ヶ月前までに賃貸借契約が終了する旨の通知をすることが必要。通知が遅れたときはその通知の時から六ヶ月後、通知しないときでも期間満了時から六ヶ月経過すれば終了したことを対抗できる。
     なお、この通知は文書であることを要しない。
    三項 賃料の改訂に関する特約がある場合には、家賃増減額請求はできない。

  3. 附則第二条経過措置
     従来の賃貸借契約の更新は、なお従来の例による。従来の契約にはいわゆる法定更新の適用がある。

  4. その他
     第二三条に第三項を加え、建物譲渡特約付借地権の上にある建物の定期借家契約の期間の有効性を認める。
     第二九条に第二項を加え、民法六〇四条(賃貸借契約の期間は二〇年を越えられない)の規定を適用しないとすることにより、二〇年以上の契約もできることにした。

二 法案の問題点

  1. 定期借家制度導入の理由は何か  定期借家制度の導入理由を「借家関係の当事者の権利調整を合理化するため」としているが、これでは何を目的としているのか全くわからない。このような理由を掲げざるを得なかったところに、既にこの法案の問題点が示されているといわなければならない。
     もともと、この法案の目的としては、「良質な借家の供給を促進するため」だということが宣伝されてきた。
     しかし、定期借家制度にはこのような効果はほとんどないことがさまざまな研究により実証されている。「良質な借家」といわれるものの賃料がどの程度のものとなるか、一般勤労者がそれを賃借できるかということを考えれば、そのようなものの供給が促進されるなどということはとうていいえない。それを裏づけるように、このごろの推進勢力の宣伝は景気対策のための導入というところにに力点が置かれている。
     提案理由として「良質な借家の供給」をあげられなかったのは、このような効果に疑問があることを自ら認めたものというべきであろう。

  2. 定期借家契約は「公正証書による等書面」によらなければならないとするが、このような規定は賃借人にとって何の意味もない
     この規定は、契約が定期借家契約であることを賃借人に対して明示させ、定期借家契約の意思を明確にするためであるという。
     しかし、公正証書によるというのは単なる例示にすぎず、これを要件とするわけではない。要するに書面であれば良いとしているのであるから、現状の借家契約書に「定期借家」との不動文字を加えればそれで十分であるということになる。
     ところで、既存の普通借家の契約でも期間は何年と限定的に記載されている。定期借家契約といっても、この契約書に「定期借家」の不動文字が加わるだけであるから、契約しようとする者にとっては、定期借家も普通借家もさしたる相違とは写らず、特に意識もしないで契約してしまうであろう。
     そして、このような処理で足りるとなれば、わざわざ費用と手間をかけて公正証書を作成する者はいないであろう。規定のなかに公正証書を例示することの意味は全くなく、何のための文言かと疑いたくなるというものである。
     また推進者のこれまでの説明では、このように契約書で明示させることにより、賃借人側に、定期借家と普通借家の選択の機会を与えるのだという。定期借家と明示されれば、普通借家を望む者はこれを拒否することが可能となるというのである。推進者は、良く、いやなら借りなければ良いではないかと言うが、それを保障するための規定だというのであろう。
     しかし、これも欺瞞としかいいようがない。定期借家が前述のように市販の契約書で簡単に締結できるとなれば、現状でもほとんどの賃貸借契約が市販の契約書により結ばれているのであるから、家主のほとんどは定期借家で契約しようとするであろう。借りられる借家には定期借家しかないとなってしまえば、これから借りようとする者には選択の余地などないのである。

  3. その他に何の制約もない
     この法案は、要するに、新規契約には無制限で適用するというものである。
     従来、定期借家制度を導入した場合の弊害を防止するためとして検討されていた、期間や規模等の制限も全くない。推進者は従来、規模の大きな借家の供給を促進するために定期借家制度が必要であると宣伝していたのであるが、そうであれば規模の大きな借家に限定するということが当然の道筋であるにもかかわらず、このような限定は全くなされない。これは、推進側の本音がどこにあるかをはっきりと示すものである。

  4. 契約終了の通知と、通知のない場合でも終了を対抗できるということはどのような効果を持つか
     定期借家契約において契約終了を対抗するには、予め契約終了の通知をすることが必要であるとしているが、通知がなくとも期間満了時から六ヶ月後には契約終了を対抗することができるというのであるから、たかだか六ヶ月間の準備、猶予期間を与えるというにすぎない。しかも通知は書面によることも必要ないのであるから、この規定には賃借人の保護という意味合いは全くない。
     むしろこの規定には、通知をしなくとも契約期限に契約は終了し、さらに六ヶ月経過すればそれを無条件で賃借人に対抗できるということに積極的意味が与えられているのではないかという疑問がある。
     すなわち、契約期限後においてもそのまま賃料を支払い、使用を継続する場合には、現行法上は、仮に法定更新の制度が適用されない場合でも、民法六一九条一項により黙示の更新ということが認められることになっている。新たに更新契約をしなくとも、更新したものと推定されるのである。この推定を破る事情は賃貸人が立証しなければならない。
     ところが、定期借家契約の場合には、期間が満了して賃貸人が何らの異議を出さなくとも、期間満了とともに契約は終了し、六ヶ月後にはこれを賃借人に対抗できるというのであるから、民法六一九条は排除されるのではないかという疑問がある。仮にこの点が解釈上未確定だとしても、おそらく定型の定期借家契約書では民法六一九条一項を排除する条項が盛り込まれるであろう。
     そして、このようにして契約が終了した後の建物の使用関係はどうなるのかという疑問がある。終了後は、賃料を支払っているにもかかわらず契約のない不法占有となってしまい、賃貸人はいつでも明け渡しを請求できることになってしまうのではないかということである。法案の該当条項をそのまま読むならばこのような解釈となるおそれは十分にある。
    このように、定期借家人の権利関係はきわめて弱体な不安定なものとなってしまうのである。
     もっとも、六ヶ月経過後に賃借人が「賃料」として支払ったものを賃貸人が異議をとどめずに受領したならば、民法の一般理論に基づき黙示の賃貸借契約成立を認めるべきであるが、このように解釈してもこの点の立証は賃借人側の責任となり、権利関係における不安定さが増すことは明らかである。

  5. 賃借人側の中途解約の自由は保証されていない
     期間限定ということは、期限に終了すると同時に、期限までは契約を終了させられないことを意味するので、長期間契約の場合は、借家人の事情変更による中途解約ができなくなるのではないかという問題がある。しかも、民法六〇四条の規定を適用しないとして二〇年以上の契約も可能としたことは、逆に言うと賃借人は二〇年以上拘束される場合もあるということになる。
     中途解約ができないということになれば、賃借人は必要がなくなっても使用を継続しなければならず、それでも転居する場合には残りの期間に対応する賃料・違約金を支払わなければならなくなる。恐らくこれを明確にするために、定型の定期借家契約書の中には、「中途解約の場合は残りの期間の賃料を違約金として支払うこと」との特約が入れられる可能性がある。そうなるとこの特約の効力を否定することは困難である。
     さらにこれに加えて、次に述べるように賃料が一定の割合で必ず値上げされるという特約も有効だということになると、賃借人の拘束はいっそう大きなものとなる。
     賃貸不動産の証券化が進んでいるアメリカでは長期間での投資収益を重視するため、長期契約のなされている賃貸不動産に投資が集まるとのことであるが、その長期の収益を保障するため、中途解約は禁止されているのが普通であるうえに(中途解約の場合は残期間賃料相当分の違約金を支払わなければならない)、二〇年以上の期間を定めるものも多いとのことである(但し、アメリカでは賃借人に転貸の権利を認めて過酷にならないよう一定の配慮をしているとのことではあるが)。したがって、わが国に導入される定期借家制度においても、投資の対象とされるような不動産については中途解約を禁止した長期の契約という類型が利用される可能性は高いのである。

  6. 賃料改定特約は全く自由である
     賃料改訂特約がある場合には賃料増減額請求権は排除されるという規定を三八条三項として、あえて設けたのはなぜか。
     現行法の下においても、賃料改定特約は有効であるとされており、たとえば賃料自動増額特約も原則として有効とされている。これらの特約が有効である限り、賃料増減額請求の規定の適用は排除される。したがって、あえてこのような規定を設ける必要はないはずである。
     しかし、現行法下においては、この特約を適用することが著しく不合理な結果となる場合には事情変更の原則により特約の効力を否定される場合があり、バブル崩壊後賃料水準が急激に下落したことにともない賃料自動増額特約の効力を否定し、賃料減額請求を認める判例が相次いでいる。
     このため、「改正」三八条三項の規定をあえて設けようというのは、このような事情変更原則の適用を排除して無制約に特約の効力を認めようとするものではないかという疑問がある。
     またこの規定は、もっぱら減額請求権がなくなるというところに意味をもたされている。一定の割合で賃料が増額することを特約すれば、自動的に賃料が増額され、賃借人は一切異議を述べられないことになる。しかも賃借人の中途解約の自由もなくなるのであるから、賃借人の負担は相当に過酷なものとなってくるであろう。
     必ず賃料が取得できること(空き家にならないこと)と、その賃料が必ず値上げされることは、賃貸不動産の証券化のために不可欠の条件だといわれている。不動産の証券化が現在の景気対策の眼目だとされているが、定期借家制度がまさにそのための制度であることがみてとれる。

  7. 従来の契約も転換を迫られる恐れが大きい
     「改正」法と既存契約との関係について、この法案は、従来の契約は従来の例によるとするだけである。したがって、従来の契約には法定更新が適用されるといっても、当事者が合意解約して定期借家契約に転換することについては、何の歯止めもかけられていない。
     九七年一二月一九日に発表された自民党特別調査会の定期借家制度に関する中間まとめでは、転換には公正証書を要するとして、既存の契約には影響しないことをアピールしようとしていたが、それから半年後に出てきたこの法案では、契約の切り替え、転換について何らの制限もしていないのである。
     現状の借家契約の更新においては、賃借人は、契約期限に賃貸人が一方的に作成した契約書に基づいて新たに契約をしている場合が多く、したがって、この更新時期に賃貸人から定期借家契約への切り替えが迫られる恐れはきわめて大きい。賃借人の権利は借地借家法により守られているといっても、実際の賃借人はこの権利関係を知らず、賃貸人に言われるままに契約書を作成しているのが実情である(しかも現行法の下においても更新料が請求され、これを支払っている場合が多い)。このような状況下にあって、どれだけの賃借人が切り替え要求を拒否できるであろうか。
     もとより、後に錯誤などで転換、切り替えの契約を無効とすることのできる場合もあろう。しかし、このようにして争われるのは希で、実際には定期借家への転換を認めてしまう場合が多いであろう。
     そして、現状の借家契約の期間は二〜三年のものがほとんどであり、店舗賃貸借でも三年から五年という期間が多いことを考えれば、この短い契約期限に、定期借家への転換が迫られ、次々と転換させられることは容易な想像できる。まさに普通借家は定期借家に駆逐されることとなってしまうのである。

第三 不良債権整理、金融再生等の要求が、定期借家制度導入に拍車をかけている

一 定期借家制度導入推進の新たな勢力

 定期借家導入は、一九九四年七月五日の「今後における規制緩和の推進等について」と題する閣議決定で公然となった。導入の理由は、「良好な借地・借家の供給促進を図るため」とされ、建築促進という位置づけがされていた。
 ところが、一九九六年一〇月一七日、経済審議会の行動計画委員会の下に設置された金融ワーキンググループが、「わが国金融システムの活性化のために」という報告書を公表したことに端を発し、橋本首相が二〇〇一年までに金融システム改革を実施するよう大蔵省と法相に直接指示したことで、金融ビッグバンといわれる金融システム全体の急激な改革が実施された。「わが国市場は、金融取引の規制が多いこと、土地代、オフィスコスト、人件費等のコストが高いこと、言語・習慣等の違いが大きいことなどの理由から、外国金融機関等がわが国でビジネスをする上で利便性に欠ける。国内外の資金需要者及び投資家から見て、より魅力的な市場とするための環境整備につとめていくこと」が必要(一九九五年一二月一日経済審議会、地域社会とわが国の役割部会報告)というのが、金融システム改革の理由である。
 そして、金融ワーキンググループの報告書と同時に同じ委員会の下の土地・住宅ワーキンググループが、「定期借家権」の導入を提唱した。この提案の特徴は、賃貸期間が長くなると賃料が低下するという継続賃料制度は問題であり、継続賃料制度を廃止すべきであるという提案を加えたことであった。定期借家導入は、この時期から、規制緩和の中の「住環境整備」という分野と金融の分野の両方に跨った存在となった。そしてむしろ、現在の推進力は金融システム改革勢力に由来している。

二 アメリカ並証券市場の創設をめざす「土地・債権流動化トータルプラン」

 アメリカでは、株式市場の他に証券化された債権・不動産に投資する市場が大規模に作られている。住宅ローン、自動車ローン、カードローン、商業用不動産ローン等の債権が証券化されて売買されており、その規模は、三三八兆円、不動産投資信託は一四兆円に上っているという。しかしその証券市場も、アメリカ国内では飽和状態になって投資利回りの低下傾向を示し始め、より有利な投資先として、現在の日本を格好の標的にしている。
 自民党は、一九九八年四月二三日、「土地・債権流動化トータルプラン」を作成した(後に「金融再生トータルプラン」に)。このプランは、不良債権償却を目的とする機関である臨時不動産関係権利調整委員会を中心に据え、不良債権を償却するシステム、不良債権付不動産を「きれいな不動産」に変換して行くシステムを提示している。債権や不動産を受け入れて証券に変身させる機関として、特定資産の管理、運用、処分のみを目的とした特殊な会社であるSPC(特定目的会社)を設立させる。SPCが発行した資産担保証券は、政府の保証をつけられて信用力を補強され、当面は、郵貯、簡保資金を利用して購入される。
 証券の売却により、不動産保有者は手持資金や銀行融資なくして、不動産の買取、再開発が可能になる。自民党のトータルプランは、不良債権付不動産ばかりでなく、都心の低・未利用地も、この証券化の手法により資金を集め、住宅都市整備公団に再開発をさせようとしている。そしてこのような債権、土地の証券化によって、三年後には、八一兆円の不動産証券市場を含む二〇〇兆円の証券市場ができると予想しているのである。
 しかし、このような証券の最終的な購入者は、一二〇〇兆円の預金を持つといわれる一般国民である。証券に損が出たときは、最終的には国民に負担させる構図になっている。

三 定期借家制度導入は土地証券化の基盤整備

 不動産という資産を担保に発行される証券の価値は、不動産が生み出す賃料収益と不動産の値上がり益を体現している。より高くしかも安定した賃料収入が確保されている不動産証券は人気が出るし、そうでないものは売れない。不動産の証券化にとっては、高い水準の賃料が安定して、しかもできるだけ長期に渡って、取得できることが不可欠なのである。途中で賃料が相対的にでも下がっては困るので、家賃増額特約の有効性が保障されなければならないし、「満足」な賃料を支払えない賃借人は、より「優良な」賃借人と入れ替えていくために借家期間は「定期」でなければならない。さらに、「満足の行く」賃料を払ってくれる賃借人は、「長期間」払い続けてもらうため、中途解約のときは残期間の賃料全額を支払ってもらうことを制度的な常識にする必要がある、というわけである。

四 弱者はさらに弱者に

 定期借家法案は、証券分野だけに限定されて適用されるものではない。市民の生活に不可欠な居住、営業の本拠として利用されている圧倒的多数の一般借家に適用される。賃貸人は、定期借家契約に躊躇する要素は何もない。新規契約は定期借家契約に一本化される。賃借人は、普通借家契約を求めてもそのような物件はなくなるので選択の余地はない。選択の余地は、定期借家の期間の長さをとるか、途中解約の残賃料支払いのリスクをとるかのいずれかである。建物使用の安定を求めて期間を長くしようとすれば、賃料改定特約と中途解約の残存期間賃料支払い特約を負わされる。残期間賃料支払いの危険を回避しようとすれば、賃貸借期間を短期にしか契約することができない。賃借人は、この二者択一を迫られる。この選択を苦渋なしにできる階層は、一定程度の資産を持つ者に限られてくる。カネを持つ者に住みやすく、持たぬ者にはいっそう住み難い社会の到来である。産業構造の調整という規制緩和政策は、実は、社会構造の再編を意味しているのである。
 アメリカ、ニューヨーク州は、一九七四年以降の新築住宅賃貸借をすべて定期借家にした。その後賃料は高騰し、一九九三年のニューヨーク市に関する統計によれば、収入にしめる賃料の割合が三〇パーセント以下の人が四七・八パーセント、六〇パーセントから一〇〇パーセントまでの人が一三・三パーセントも占め、一〇〇パーセントを超える人が九・三パーセントもいるという。多くの借家人が一人では賃料を支払えず、他人と共同して建物を借りるという生活を余儀なくされている。日本をこのような状況にしてはならない。