<<目次へ 【意見書】自由法曹団


改悪労基法に対してどのようにたたかうか

−自由法曹団の提言

1998年11月
自 由 法 曹 団

1、はじめに

広範な労働者・国民の要求に背をむけた「暴挙」──「5党共同修正案」

本年9月25日、「労働基準法の一部を改正する法律案」(「5党共同修正案」)が成立しました。これは、@1日8時間労働制の大原則の破壊、A安定雇用の破壊と差別的低賃金労働の飛躍的拡大、世界の常識ともいうべき男女共通の労働時間規制の放置などを基本的内容とする戦後最大の改悪です。
 だからこそ広範な労働者の反対、国民の批判がまきおこり、そのため修正もまとまらず、法案は、衆議院でひとたびは「継続審議」となったものです。
 その後、参議院選挙では、国民の利益に背を向け、ひたすら財界の利益のために行動する自民党政治に国民は厳しい審判をくだしました。自民党は歴史的な大敗をし、もはや衆議院の「虚構の多数」を使っての悪法を強行成立させることは不可能となりました。「法案」を抜本的に修正し、労働者・国民が人間らしく生き働くことのできる労基法にする条件が生まれたのです。
 にもかかわらず、こうした抜本的に修正できる条件をいかすことなく、自民党・民主党を中心に「5党共同修正案」が、共産党以外の与野党の間で水面下でまとめられていったのです。こうしてまとめられた「5党共同修正案」(以下、単に「改悪労基法」という)は、衆議院ではわずか1時間の委員会審議で可決されました。その後、参議院段階での新裁量労働制の削除、男女共通の労働時間の上限等の法的規制、それが間に合わないときの雇用機会均等法整備法の改正による女子保護規定撤廃の施行延期、変形労働制の拡大の削除、短期雇用契約制度新設削除などの共産党の修正案提起を、5党は「現実的ではない」と拒否して委員会での質問を放棄し、なんの修正もなく参議院で可決し、改悪労基法を成立させたのです。
全労連、連合などナショナルセンターの枠を越えた5400万の労働者の一致した広範な要求に背を向け、参議院選挙での国民の審判をも無視して、改悪労基法に賛成した各党の責任は重大といわなければなりません。

2、いまこそ改悪労基法の職場への導入を阻止するたたかいを

 特に、改悪労基法の成立前から、大企業での不払残業が横行し、この不払残業は年間1人平均300時間に達し、不払残業代の総額がおよそ30兆円を超える状況になっています。そのうえ、日立、三菱電機など日本を代表する大企業の職場を先頭に残業代打ち切りなど違法な疑似裁量労働制の横行、生産ラインや銀行窓口など多くの職場で正規労働者の違法派遣への大規模な置き換えなどの労基法に違反する濁流は、大企業の職場からあふれて多くの職場に広がっています。こうした状況を合法化し、世界に類例のない長時間過密労働による過労死と差別労働をいっそう拡大するのが政府・財界の労基法「改正」の目的であり、95年に発表された「新時代の日本的経営」(日経連)です。いま、改悪労基法を手に入れた彼らは、これを梃子にして「ルールなき資本主義」をいっそう野放図に推し進め、労働条件・基準を大幅に切り下げようとすることは目に見えています。
改悪労基法を使って彼らが拡大・強化しようとしているこの攻撃に、私たちが沈黙しているならば、「過労死社会・日本」「労働条件後進国」の状況は、いっそう過酷なものとなり、この国の21世紀は暗いものになるにちがいありません。
私たちはこうした暴挙に沈黙し、改悪労基法の職場への導入になすすべもなく、その犠牲者として甘んじていなければならないのでしょうか。
 決してそうではないし、そうしてはならないと考えます。それ故、いま、改悪労基法を職場に導入させないたたかいが、そして反転攻勢して男女ともに人間らしく働くルールを確立するたたかいをすすめることがきわめて重要となっているのではないでしょうか。
 私たち自由法曹団は事態の緊急性、重大性を強く思い、労働者・国民の運動方針の具体化にむけての共同の討議のために本意見書(提言)を発表します。討議の一素材として御活用していただければ幸いです。
 もちろんここでの提案は、どこまでもひとつの提案にすぎません。それぞれの場で運動をしてきた諸団体や多くの働く仲間の叡智を結集して、より有効な運動、取り組みが提唱されることを、私たちはこころから期待するものであります。

3、労基法改悪に「強制力」はない

   ──労基法改悪を労働条件切り下げの口実にできない

 労働者・国民の基本的権利を抑圧する治安立法が成立したとき、労働者・国民のさまざまな民主的諸活動自体が、犯罪として刑罰の対象とされたり、全面的に禁止されたりします。このような治安立法下での労働者・国民の活動は権力の弾圧にさらされ、その多くは沈黙を余儀なくされ、公然たる活動はきわめて困難なものにされます。暗黒化した社会から、自由と人権、そして民主主義と平和が保障された社会を回復するために、筆舌に尽くしがたい労苦を要求されることは、戦前の治安維持法下の日本の社会を想い起こせば十分でしょう。
これに比べ、労働法制(労基法)の改悪は、同じ悪法でも、改悪法が成立すると、それだけでただちにそれまで労働者が働いてきた職場の労働基準・条件が法によって自動的に切り下げられたり、労働者や労働組合は沈黙を余儀なくされる、というものでは決してありません。

 労基法の原則は労働基準の条件の引き上げを求めている   そもそも労基法の定める労働条件・基準は、労働者が「人たるに値する生活を営むための」(労基法第1条1項)「最低の労働基準」であって、「労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るよう努めなければならない」(労基法第1条2項)ものなのです。ですから改悪労基法が成立したからといって、それまで職場に存在していた労働条件・基準が、改悪労基法の定める最低の労働条件・基準に自動的に引き下げられ(不利益に変更され)、改悪労基法の濁流が職場に流れ込むというものではありません。むしろ労使双方は、この最低の労働条件・基準を上回る労働条件・基準を確立することが、求められているのです。それはまた労働組合の権利であり、責務でもあります。
 また、使用者においても、改悪労基法の労働条件・基準に引き下げ(不利益変更)を実行するには、その多くは労働組合との協定破棄、新就業規則の改悪・変更が必要であり、そのためには労働組合と労働者の協議をつくさなければなりません。しかも、同意なしに一方的に変更を強行したときは、労働者はその不利益変更の無効を求めて争うことができるのです。
 さらに付け加えれば、労基法32条(1日8時間・週40時間労働の原則)自体は改悪されていないのであって、協定なしに残業・休日労働をさせることはできません。違反は処罰されるのです。のちにくわしく述べるように、新裁量労働制には労使委員会の全員一致の決議が必要となっているのであって、企業側の一方的決定は不可能です。「改悪には自動的に労働条件を切り下げる法的力はない」このことをしっかりつかみ、労基法の基本を堅持してたたかうことが大事だと考えます。

4、職場を主戦場とする改悪労基法とのたたかい

 職場に渦巻く要求を力に   上記の通り、労働者・労働組合は、改悪労基法のもとでも、職場を主戦場とする労働者・労働組合のたたかいが禁止されているわけではないのです。重ねて強調しますが、たたかうことは憲法と労基法、そして労組法が保障している労働組合と労働者の権利なのです。
 いまこそ、職場を主戦場にした労働者、労働組合を主人公とする改悪労基法の職場への導入を阻止する闘いを、全国的な規模で全職場にひろげていくことが、求められています。私たちの目の前には改悪労基法の濁流が職場に流れ込むことを阻止し、人間らしく生き働くことのできるルールを確立することを現実に可能にする条件が、まちがいなく生まれていると確信します。
 なによりも職場にはたたかう強いエネルギーが、広範に存在しています。年間1万人といわれる過労死を生みだす長時間過密労働、不安定な雇用形態のもとでの差別的低賃金の派遣、パート労働の拡大とこれを梃子にした人べらし「合理化」は多くの労働者を苦しめています。2000万を超えた女性労働者は、差別、無権利な状況を改め、平等に働くことを強く求めています。「なんとかしたい」「人間らしく働きたい」「平等に働きたい」という要求は、かってなく強まりひろがっています。

 火に油の改悪―広がる新しい運動   このような職場の状況のもとで、労働法制の全面改悪は、立場の如何にかかわりなく圧倒的多数の広範な労働者に破壊的な影響を及ぼすものであるだけに、かってない前進的な条件が生まれ、労働法制全面改悪阻止の運動は、支配層と国民との間の多様な闘争課題のなかで、最も新しい発展条件を生みだしました。
 全労連、連合の枠を越えて、基本的に一致する要求でいままでにない共同の輪が各地でかってなく広がったのです。その共同のひろがりのもとでの「女子保護規定」撤廃反対と今回の労基法改悪反対の運動は、政府・財界の予想をはるかに越えて盛り上がったのです。
また、この2年有余の運動によって、わが国の労働者、労働運動は新しい経験を積み新しい共同をひろげてきています。いままでの労働運動は正規雇用労働者、それも男性主体の企業内の労働運動という狭い枠を越えられない弱点を有していました。また労働時間についての要求運動をなかなか取り組めない弱点もありました。しかし、この壁を突き破る新しい運動が始まったのです。
大規模な人べらし「合理化」、労働力の徹底した弾力化・流動化、そして労働法制の全面改悪に直面して、広範な男女労働者、組織・未組織の労働者が、賃上げだけでなく、労働時間や雇用形態について改悪に反対し、人間らしく生き働くためのルールの確立をめざし、立ち上がったのです。この運動は全労連、連合というナショナルセンターや男性・女性の枠を越えて、広範な労働者の手で本気で取り組まれたのです。この流れは決して後退しないでしょう。
改悪労基法を使って進めようとする労働条件の切り下げ策動に対して反撃する要求闘争を強め、ひろげる条件が生まれていることに確信をもっていいのではないでしょうか。

5、職場からの要求闘争―協約闘争の取り組み

 職場を主戦場に、労働組合と労働者は主人公になって、労働のルールについての要求闘争を巻き起こすことが求められています。この要求闘争は攻めと守りの二つの側面で、しかも“攻防一体”の運動として取り組むことが有効だと考えます。すでに述べたように改悪労基法を口実にして、就業規則の一方的不利益変更や労働協約の破棄を押しつけてくるやり方は、本来、違法なのであり、これを拒否する要求闘争に取り組むことが大事だと考えます。

JMIUや合同闘争本部の正しい方針   そのことを前提として、ここでは、まずこれから労働者側が積極的・攻勢的に取り組む要求闘争について述べることにします(なお、とりわけ緊急の問題になってくる「女子保護規定」の撤廃の来年4月1日施行を前にしての「不利益変更」阻止、権利擁護の協定獲得闘争については後にのべることにします)。
 “守り”だけではなく、“攻め”の要求闘争が大事です。労働組合は、改悪労基法の職場への導入を阻止するだけでなく、人間らしく働くことのできるより進んだルールの確立を求めて、積極的に「協約闘争」を展開することもできるし、それこそが働くルールを確立する基本です。こうした観点に立ってすでに先進的な運動が始まっています。たとえば全労連傘下の全日本金属情報機器労働組合(JMIU)の「98秋闘での労働基準法改悪阻止闘争」の運動方針はその貴重な例です。この方針で、JMIUは、「労働基準法改悪を職場にいれさせない具体的要求とたたかい」として、改悪労基法による労働条件の不利益変更・切り下げをさせないために、経営者に「事前協議」「同意協定」の締結をせまる取り組みを提唱し、以下の4項目の協定を実現する運動を提起しています。
 @「新裁量労働制の導入・適用拡大を行わないこと」 「変形労働制導入や要件緩和を行わないこと」 「1年を超える有期雇用を行わないこと」などの協定実現により改悪労基法の職場へ導入を阻止するための運動、A「男女共通の深夜、時間外、休日労働の規制を行うこと」として「1日2時間、週6時間、年間150時間の時間外労働上限規制、家族的責任ある労働者の深夜労働禁止」の協定を求めることにより、改悪労基法では実効性が欠如している時間外・休日労働の上限規制及び激変緩和措置を真に実効性のあるものにする運動、Bなんらの法的規制のない深夜労働について合理的規制をもうける運動、そして、C「男女共通の労働時間規制ができない間は、女性保護規定の撤廃をしない」とする協定によって、雇用機会均等法整備法の改正による女子保護規定撤廃の施行延期の立法を、職場で事実上実現しようとする協定などの4項目要求を経営者に提出し、「職場世論をもりあげて、経営者による労働条件改悪を阻止する共同の力をつくりあげることを徹底して追求」すること、というのがそれです。
同じような発想に立って、9月25日に発表された労働法制中央連絡会、「女子保護」・均等法中央連絡会合同闘争本部事務局長談話も、「改悪労基法の労働者への押しつけを許さないたたかいは、まさにこれからが正念場である。その最大の課題は、改悪労基法を職場に導入させない方針を各産別・職場組織が明確にし、労基法違反の一掃の取りくみとともに、男女共通の深夜・時間外労働の上限規制協定、『事前協議制』や『同意協定』など働くルール確立の職場からの運動を強化すること」をよびかけています。
 私たちはJMIUや、合同闘争本部のこうした呼びかけに全面的に賛成するものです。

労働時間の上限基準を守らせるために 男女共通の労働時間の上限基準について、今度の「改正」では、労働大臣の指導基準として男女共通に年間残業・休日労働時間の上限基準をきめること(具体的には「360時間」となる予定)と、激変緩和措置の対象となる女性労働者のみについて同じく年間150時間以内とするとなりました。罰則付きではないという点で、私たちが強く要求した法的規制にはなっていません。しかし、政府は、今回の基準改訂は単なる努力義務ではなく、より強い遵守義務であること、これに違反した協定は改めるよう労基署は誠心誠意努力をつくすこと、上限以下の協定にさせることは「政府の義務」であると再三再四答弁しました。そこには私たちの運動の部分的ではあれ反映があるのです。私たちは、法律の不十分さを批判するにとどまらず、国会答弁で約束したことを守らせることを強く要求してたたかうべきだと考えます。この点ではまず、上限基準を上回る協定は結ばない、そしてオーバー協定については企業内でも地域でも、労基署に是正指導を公約どおりするよう要求することが大事だと考えます。

女性についての不利益変更は許さない 女子保護規定の撤廃の施行を好機に、使用者は、これまで女性労働者の時間外・休日労働の上限規制及び深夜業を規制した労使協定の改定を求めてくることが予想されます。使用者はこの場合、「法律が改正になったのだから当然だ」とか「労働者がノーといっても一方的に変えられる」といってくるかも知れません。しかし、女性が150時間を超える残業や休日労働、深夜労働をさせられるというのは明らかに、いままでの協約や就業規則の不利益変更です。労働者の同意なくして強制することはできません。「法律でそう働かせてもよくなった」というだけで、「不利益」に契約を同意なく変更する「合理的な理由」にはならないからです。
 不利益な変更は拒否するというだけではなく、この機会に男女共通にいままでの残業時間などを削減することを要求する協約闘争に取り組むことが大事になります。そこまでの要求闘争がくめないとしても、女性だけとか家族責任を負う男女についてとか対象者を限定してのたとえば年間150時間上限協定の締結を要求するというたたかいが考えられます。
例えば、時間外労働規制について男女で異なる内容にする。この場合、残業を希望する女性にはその厳しい規制を適用しないと定めておけばよいのです。(なお残業規制について男女で異なる内容の協定をしている場合に、そのことを理由に男女で昇進に差をつけることは均等法6条(昇進差別の禁止)違反となります)。「女性は深夜勤務シフトや一定時間を越える残業を拒否できる」とする協定も、希望する女性の深夜勤務シフトや残業を制限するものではないので、均等法違反にはなりません。ただし、「女性は深夜勤務シフトに従事させない」との労使協定は、女性を一律に特定の勤務配置から排除することになるので改正均等法6条(配置差別の禁止)違反するという考えがあります。しかし、この考えにたっても、「深夜勤務シフトを希望する者には適用しない」旨明らかにしておけば法的に問題はないと考えます。
 家族的責任を負う男女労働者について、年間150時間上限協定を結ぶことは当然に正当です。

新裁量労働制の適用阻止   男女共通の労働時間規制、女性労働者が働けなくなる不利益変更の阻止とともに、新裁量労働制をはじめとする諸改悪の職場導入をどう阻止するかという問題があります。ここではその中でも最大の問題である新裁量労働制の導入阻止(拡大適用阻止を含む)について述べます。なお、新裁量労働制は、初めての制度であり、その内容がまだよく理解されていませんから、その内容と労働者にとっての「利害得失」を職場の実体と照らし合わせてよく討議することです。そして、おそらくどの職場、どの業務での、弊害の方がはるかに大きいことをみんなの共通の認識にすることが大事です。そのことを前提として、以下で個別の対応について述べます。
 第1に、拡大解釈を許さないことです。たしかに私たちが批判したように新裁量労働制の要件は、ずいぶん曖昧です。しかし、国会での政府答弁などに基づいて、条文を解釈すれば決して「全ホワイトカラーに適用できる」ものではありません。政府は「企画、立案、調査、分析など」について、「一体として」担当する労働者に限るといっています。つまり、これらの業務の一部を分担するにすぎない労働者は対象にはならないというのです。政府は、中小企業ではこの意味での対象労働者はまずいないのではないか、ともいっています。これからつくられる政省令の中身が大問題ですが、いずれにしても政府答弁を「活用」して、拡大適用を許さないことが重要です。
 第2に、新裁量労働制を認めるために不可分の要件になっている労使委員会全員一致制の「活用」です。反対なら、労使委員会をつくらせない(参加しない)というたたかいがあります。過半数組合の場合は、これだけで阻止できます。仮に労使委員会の成立は阻止できないという場合でも、労働者委員を任命する労働者代表の選挙と、右代表によって選ばれた複数の労働者委員の信任投票で真に労働者の意見を反映する委員をかちとるという取り組みができます。こうして、まともな労働者委員を選任できたら、一人の反対でも適用決議は不成立となるのですから、新裁量労働制の導入を阻止できるのです。仮に導入となっても、1年ごとの選挙で、もし不当に労働者の要求を踏みにじった委員がいたら、批判を集中する投票の機会があるのです。なお、新裁量労働制が決議されたときも、実労働時間とみなし労働時間のギャップの是正など多くの職場要求を掲げて「決議」に反映させる運動に取り組むべきでしょう。

6、職場で横行している労基法違反を是正する運動

 いまや深刻な社会問題と化している過労死の原因となっているわが国の異常な長時間労働を、有効に規制するための時間外労働の上限規制のないことは、労基法の構造的欠陥のひとつとして指摘されてきたものであります。
 これに対して改悪労基法は、労働大臣が時間外労働の上限基準として年間360時間と定め、また、6歳以下の子供の養育、又は介護を行う女性労働者に限って当面の「激変緩和措置」として上限基準を年間150時間とするとしています。しかし、どちらの上限基準も行政指導上の基準にすぎず、その違反に罰則もなければ、上限基準違反を無効とする民事的効力もないとされています。
 まことに実効性のない改悪労基法です。だからこそ実効性のない改悪労基法のもとでは、その規制を厳格に遵守させる運動によって実効性を確保する取り組みを、全国各地で組織していくことがきわめて重要となっています。
例えば、全国各地のローカルセンターや各都道府県の労働法制改悪反対連絡会等が中心となって、各地の労働基準監督署に改悪労基法で定められている360時間、150時間の上限基準をこえる協定を労働基準監督署として受理しないよう、地域の多くの労働者、労働組合にひろくよびかけて、その地域の実情にふさわしいやりかたで労働基準監督署に要請する運動を旺盛に組織する。
また360時間、150時間の上限基準をこえる事業体が、地域の各職場に存在しているのかどうか、地域の労働組合と労働者の協力をえて、「労基法一斉点検運動」をよびかけ、上限基準違反の職場の実情をさまざまな形で発表するとか、このような事業体に対して労働基準監督署に指導・勧告等さまざまな措置をとらせるよう要請する運動を組織する。衆議院労働委員会での審議のなかで、政府委員は時間外労働の上限に関する基準に適合しない労使協定を締結した使用者に対して、「労働基準監督署名による是正勧告を行い、厳正に対処してまいりたい」、基準を守らせることは政府の義務となったと答弁しています。これらの政府答弁を活用したたたかいが、いま、求められているのです。
 これらの運動は、全国各地でこれまでにつみあげてきた運動の成果を活かしながら、取り組むよう工夫をしてみる必要があるでしょう。
 例えば、この間の労基法改悪反対のたたかいによって、全国各地の自治体では労基法改悪反対あるいは労基法充実・強化を決議したり、声明等を発表しております。これらの決議、声明を活かしその自治体における各党の議員と連携して、その自治体において上限基準違反職場を地域から一掃するために必要なさまざまな行政上の措置を発動するような取り組みが考えられないでしょうか。
また国政調査権を有している国会議員とも連携して、全国各地における上限基準の遵守状況を日常的に把握できる資料収集等の協力体制をつくっていく必要があります。
 同時に、上限基準違反だけでなく、現在でも横行している不払残業、現行労基法のもとでも裁量労働制をすでに導入している職場で、もともと裁量労働制の対象業務でないにもかかわらず裁量労働制を適用している違法な疑似裁量労働制等々の労基法違反を摘発して、不払労働にたいする賃金を支払わせる運動を、創意工夫して取り組んでいくことが重要だと私たちは考えます。

7、「女子保護規定」撤廃の延期を

職場からたたかうだけでなく、全国的なレベルの立法闘争にしていくことが必要です。ひきつづく立法闘争としては、「女子保護規定」撤廃が施行される来年4月1日までの間に、時間外・休日労働の上限及び深夜業に関する男女共通の労働時間規制ができるまで男女雇用機会均等法整備法の改正による「女子保護規定」撤廃の施行延期をもとめる立法要求・運動が緊急の課題となっています。
すでに10月8日「女子保護」均等法中央連絡会は、この立法要求で各党要請行動を行っています。10月13日には共産党も「雇用機会均等法整備法の一部を改正する法律案」を国会に提出しました。
この立法要求は、これまでの国会審議での各党の質問に照らしても、自民党を除く各党において一致しうる要求であり、全労連、連合等のナショナルセンターレベルでも一致している要求であり、もっとも広範な共同の運動になりうる課題となっています。

8、労働者派遣法改悪を許さないたたかいを

 10月6日には、自民党政府は使い捨て派遣労働の全面自由化のための労働者派遣法「改正」案を、国会に提出しました。大規模な正規雇用の派遣労働への代替を狙う財界の要求を実現しようとするものであります。
労働者派遣法「改正」案については、全労連はじめ連合、そして多くの労働者がこぞって反対し、そのための請願署名運動が始まっています。この法案の基本的内容と構造についての詳細な分析については、自由法曹団として別に詳細にまとめて発表しますので、是非御参照下さい。

9、国民が主人公となる21世紀を

改悪労基法に明らかなように、政府・財界の「21世紀戦略」は、内外から批判されている異常な長時間過密労働をなくすための「民主的規制(常識的規制)」に歩を進めることなく、逆に「規制緩和」によってこそ21世紀の日本経済の安定的発展があると称して、雇用・労働分野を含むあらゆる分野の「規制緩和」を要求しているのです。それは、消費者の権利に関わる食品等の安全規制、住民の生活に関わる環境保全規制、国民の知る権利と文化に関わる出版・新聞の再販制、借家法による借家人の保護規制、大店法による中小業者の保護規制等々実に広範な分野におよんでいます。政府・財界のすすめる「規制緩和」は、労働者、市民、中小企業の側の労働、生活、経営、環境等の悪化とその犠牲のうえに、大企業がよりいっそうの利潤を確保することのできる国家・社会にするために、「ルールなき資本主義」をいっそうルールや規制のない「弱肉強食の世界」に導く大企業本位の戦略であることが、次第に明らかとなってきています。
雇用・労働分野における労働基準の「規制緩和」は、労働者・国民の生活と権利を破壊し、この国の経済そのものを混迷させ、結局は破滅にいたる道なのです。いま、未曾有の危機に直面しているといわれている日本経済の危機に、どのような景気回復策をとるのかについて、すべての労働者・国民は注目しています。改悪労基法による労働条件・基準の切り下げと労働者派遣法「改正」案によって生ずる大規模な雇用の不安定化と労働者の消費購買力の激減(その規模は約30兆円に達すると試算されています)による日本経済への重大な影響を、政府・財界はいったいどのように考えているのでしょうか。
 また、改悪労基法や労働者派遣法「改正」案によって、労働のルール・基準を大きく解体・劣化させることが、極端な「少子化社会」へとさらに拍車をかけるとともに、生まれた子供たちの人生を歪め、とりかえしのつかない社会にしてしまう危険をどのように考えているのでしょうか。どうしてそんなやり方で、「光り輝く21世紀」への道がひらけるのでしょうか。
 私たちは労働のあり方を変えなければならないと考えています。5400万人の労働者とその家族が、人間らしく生き働くことのできる社会と労働現場にするためのルールとして、労働時間を短縮し、雇用を増やし安定させることは、わが国の経済を発展させる鍵であります。人間らしく生き働くためのルールを確立ことは、この国のあり方を決める巨大な課題です。
 労働者、国民が、この国の主人公になり、この国に生まれ生きてきてよかったと、こころからいえる私たちの21世紀を実現するために、職場の内外から人間らしく生き働くという要求で力をあわせ立ち上がろうではありませんか。この国の未来はそこに大きく関わっているにちがいないのです。