<<目次へ 【意見書】自由法曹団


労働者派遣法改正案についての意見

1998年11月
自由法曹団労働法制対策本部

第1 はじめに

 今回の労働者派遣法改正案は、港湾、建設、警備そして当面の間の製造業を除くすべての業務を派遣労働の対象として自由化しようとするもので、ここでは労働者保護のための直接雇用の基本原則は全面的に覆えされている。これは派遣労働そのものの性格を根本的に転換し、新しい制度を創設しようとするものである。
 1986年の労働者派遣法実施以降わが国では専門的知識、技術または経験を必要としている業務に限定して派遣労働が認められてきた。
 しかし実際にはこれに加えて、自動車、電機、銀行、商社などの基幹産業で、派遣を禁じられている業務について、請負を装うなど違法派遣が拡がってきている。そして派遣法に基づく派遣と違法派遣とを問わず、正規常用労働者の派遣労働者への置き換えが進められてきている。人件費削減のために低賃金の派遣労働者への代替が拡げられたのである。
 そしてここへきて、法改正により、派遣労働を原則自由化しようとするのは、対象業務の規制を取り払って、すべての業務で正規常用労働者を低賃金で無権利の派遣労働者に置き換え、極限まで利潤を追求する意図からにほかならない。正規常用雇用から無権利な不安定雇用に労働者を追いやり、人間らしい労働と生活を奪うこうした法改悪は到底容認できない。
 中央職業安定審議会(公益委員)と労働省は、この法改正は、ILO181号条約「民間職業紹介所条約」の趣旨に添うものと主張している。しかし諸外国では派遣労働はあくまでも一時的臨時的必要に応じたものとされ、従ってその就労期間もごく短期間となっている。日本のような著しい賃金格差もないこともあって、常用労働の派遣労働への置き換えは行われていない。ILO181号条約は、あくまでこうした一時的臨時的必要に応える短期間の派遣労働を前提にして、雇用と使用の分離からくる労働者の不安定な地位をふまえ、その権利を保護するため諸々の制度的保障を求めているのである。
 このILO181号条約の趣旨をいうなら、常用労働への代替を規制して、派遣はあくまでも臨時的必要に応じた短期のものとする法整備をすすめることが求められる。そしてなによりも低賃金・無権利の派遣労働者の権利を保護するために手だてを整えることこそが求められている。この条約を口実に常用労働に代替する派遣労働を制限なく拡げることを求めるなどは、事態を逆さまに画くものである。
 かってない深刻な不況のもと、失業率も統計をとり始めてから最大の記録を更新し続けている。この不況を克服するためには、なにをおいても、雇用を拡げ労働者の賃金を上げ、消費を拡大することが求められている。こうしたなかで、派遣労働の対象業務を原則自由化し、すべての業務について常用労働を低賃金の派遣労働に置き換えることは、失業率をいっそう高め、労働者の収入を大幅に切り下げ、そのことによって、消費をますます縮小して不況を極限まで深刻なものにすることになる。ひたすら目先の人件費削減のみを追い、あとは野となれ山となれという、こうした愚かな目論みを許してはならない。
 本意見書では、まず派遣労働の現状と問題点を明らかにし、ついで、国際労働基準としてILO181号条約が派遣労働にどのような規制を求めているかを見る。そして今回の改正案についての見解を示し、最後に派遣制度についての提言をすることとする。

第2 派遣労働の現状と問題点

1 直接雇用の基本原則と派遣労働

 憲法27条の労働権保障を現実のものとするために労働基準法や労働組合法とともに職業安定法が定められている。職業安定法は、労働関係において労働者を実際に指揮命令する者を使用者とし、その者に使用者としての責任を負わせる直接雇用の原則をうちたて、労働力を提供するのみの業務を労働者供給事業として禁止した。これは中間搾取の禁止(労働基準法6条)、賃金の全額・直接払(同法24条)とあいまって、中間搾取による無権利状態に労働者を追いこんだ雇用慣行を排除するためである。それとともに、使用者に民事上の責任を負わせるだけでなく、監督行政を通じて、賃金、労働時間から安全衛生まで、適正な労働基準を守らせることとしたのである。
 1986年、労働者派遣法の施行により「専門的な知識、技術または経験を必要とする業務」(同法4条1項)に限定して「専門職労働市場」を形成するものとして労働者派遣事業が認められた。派遣労働は、労働者が派遣元に雇用されて、派遣先に派遣され、派遣先が指揮命令し使用するもので、使用と雇用が分離されている。ここではあくまでも直接雇用の基本原則の例外として「専門的労働市場」に限定して派遣労働が認められたのである。その後1996年6月の法改正で適用対象がひろげられ、ソフトウェア開発、機械設計、事務用機械操作、ビルメンテナンスなど26業種となっている。

2 派遣労働の拡大  常用労働の代替と雇用の調整弁として

 1986年の法施行以降派遣労働者は年々拡大され1996年度で約72万人、22万件、売上高1兆1800億円となっている(労働省「労働者派遣事業の平成8年度事業報告の集計結果について」)。
 わずか26業種にのみ限定されている現行の労働者派遣事業でさえ72万人まで拡がり、雇用者総数に占める割合は1.35%になっている。ちなみに、対象業種を限定されていないドイツでも0.63%(18万人、男女比8対2)、フランスで0.9%(21万人、男女比7対3)にすぎない。派遣事業についてほとんど規制のないアメリカで1.49%(183万人、男女比56対44)、イギリスでも1.8%(45万人)程度である。これと比べると、「専門職労働市場」の26業種に限定されて1.35%に達する日本での拡がりは目だっている。そのうえ、このような労働者派遣事業法に基づく派遣以外に、わが国では後述する請負名目などの違法派遣がひろく存在している。
 つぎに就労期間をみると、派遣労働者の調査で「現在の派遣先に初めて派遣されてからの期間」は1年以下27.2%、1年〜3年以下が28.7%、3年〜5年以下が12.1%、5年〜10年以下が22.3%、10年以上が7.5%であり、平均3.8年となっている(労働省の労働者派遣事業実態調査結果報告、調査期間平成9年5月19日〜6月6日)。諸外国の派遣労働者の就労期間をみると、イギリスで平均2〜3週間、フランスで平均2.15週間(上限規制18カ月)、ドイツで1週間以上3カ月未満が51.4%(上限規制12カ月)である。外国では臨時的一時的必要に応えるという目的から就労期間が短期におさえられているのに比べ、わが国で長期恒常的な派遣がひろがっていることがここに示されている。
 また労働者の収入をみると、同結果報告の派遣労働者調査によると平均年収で245.7万円(男性395.5万円、女性199.6万円)という低水準である。「専門職労働市場」26業種は比較的高収入を派遣労働者に保障するといわれてきたが、一般労働者の平均年収が男性564.8万円、女性229.2万円であることと比較すると、その収入が低くおさえられていることが明らかである。
 同結果報告によると、「派遣労働者が行っている業務の派遣受入れ以前の担当者」は常用労働者が81.3%もあり、派遣労働者による常用代替が進んでいることが明らかになっている。
 派遣先はどのような理由で派遣労働者を受入れているのであろうか。同じ調査によると、人件費が割安とするのが25.3%、正規従業員の数の抑制のためとするのが26.7%、雇用調整が容易なためとするのが14%である。ここでも「専門的な知識、技術」に関心はなく、もっぱら正規労働者を低賃金の派遣労働者におき替えることと、雇用の調整弁として使い勝手のよいことが、派遣労働のメリットとされている。

3 違法派遣の横行とその差別的低賃金、無権利状態

 今日の派遣労働をめぐる根本問題は、派遣を許さない対象業務について「請負」「業務委託」の形を装う違法派遣が横行し、そこで正規労働者と同じ仕事をしている労働者が、差別的に異常な低賃金と無権利の状態においやられていることにある。
 たとえば、日本アイビーエム藤沢工場でパーソナルコンピューターの製造現場は、社員30人に対しアルバイトと派遣労働者が20倍をこえる740人に達しているが、専門的知識等を要しない生産ラインへの派遣は対象業務の制限を逸脱する違法なものである(全労連、自由法曹団、労働現場からの告発証言集その1、10ページ、「日本アイビーエム恒常化する有期雇用・派遣労働違反」)。
 また、正規雇用労働者を大幅に削減したトヨタ関連のダイハツ自動車の職場では、数社の派遣会社から約1,000人の派遣労働者が働いている。形式的に「請負」を装った明らかな偽装派遣である。生産ラインに派遣されている労働者の賃金は日給1万円前後、基本給だけみると月20万円前後、税金、食事代、寮費などをさし引くと14万円前後という低賃金である。しかも健康保険に入っていないので病気になっても医者にかかれないという。(証言集16ページ、「トヨタ自動車ー『新日本的経営』と女子保護撤廃・派遣労働」、同18ページ、「ダイハツ自動車ー違法な派遣労働者の大量導入の実態」)。
 このように違法派遣(偽装派遣)がほしいままに拡大しているのは、法の禁止をかい繰っても低賃金労働者を導入して、人件費を低額に押える意図からである。
 また認められた範囲を超えて、派遣が禁止されている仕事に従事させる例も広範に拡がっている。
 たとえば銀行においては、総人件費削減のために、パート、派遣労働者が正行員にかわって本来業務の中心になろうとしている。銀行の本来業務として派遣を禁止されている受付、ローンの相談窓口、外交の個人顧客担当の業務にまで派遣労働者が配置されている。彼女らの出勤日数は若干少ないものの、1日の所定労働時間は正行員とほとんど変わらず、業務内容はベテラン行員の水準が要求されるのに、その賃金は高卒新入者の年収より低い水準におかれている(証言集20ページ、「銀行におけるパート、派遣労働者の実態」)。また退職勧奨を受けて銀行を退職した女子労働者が求められて派遣労働者としてその銀行で働くと、正規の行員の年収500万円から5分の1にダウンした例も報告されている(証言集36ページの<事例5>)。

第3 法改正の意図する原則自由化とILO181号条約

1 日経連の要求に応えた法改正…対象の原則自由化

 中央職業安定審議会に提出された日経連の意見書は「競争力、企業活力を維持していくために、派遣労働者の上手な活用は企業の命運を決める」「派遣労働を二次的なものと捉えず、就労確保の一方策として積極的に位置づけて活用されるべきである」「常用労働と派遣労働を対峙してとらえるのは実態を反映していない」「別の派遣労働者を派遣することにより常用雇用代替回避のための期間制限は実質的に無意味となる」等々述べて、適用対象業務の原則自由化と派遣期間制限の撤廃を求めている。
 最近も日興証券で、女性事務職全員を人材派遣子会社日興ビジネスサービスに移籍させて、派遣労働者として従前と同じ業務に従事させることを検討していることが報道されている。
 日経連などが強く求めている派遣労働は「臨時的一時的な労働力」としてのそれではなく、常用労働に置きかえられる低賃金の恒常的派遣であり、今回の法改正案はこの要求にそのまま応えるものである。
 派遣労働の対象業務の原則自由化は、すべての業務について、正規常用労働者の低賃金で無権利の派遣労働者への置き換えをもたらすことになる。また日興証券の例が示すように、正規常用労働者をそのまま低賃金の派遣労働者に転換させる例が拡がることになる。こうして多くの正規常用労働者が職場を追われ、派遣、短期雇用など低賃金で不安定な雇用にしかつけない事態に追いこまれることとなろう。
 また専門的知識等を要する業務に限定されていたことによりそれなりの水準を維持していた派遣労働者の賃金も、すべての業務に無制限に拡がるなかで、大幅に低下することも必至である。
 労働者派遣事業の適用対象業務の原則自由化は、労働者の雇用と生活を危機に陥いらせ、耐え難い苦痛をもたらすもので、絶対に認められない。

2 諸外国の派遣労働の実情…一時的労働力の必要に応じた短期派遣

 政府と労働省は、派遣労働について、専門的知識、技術を要する業務と特別の雇用管理を要する業務に限定する現行法を改めて、対象業務を限定しない原則自由化に転じる論拠として、ILO181号条約「民間職業紹介所条約」を挙げる。
 しかしILO181号条約を検討するうえでは、まずもってこの条約がどのような派遣労働を対象として新たに定められたのかを知らなければならない。この条約は、わが国におけるような、派遣労働と常用労働の著しい賃金格差を踏まえて、人件費をおさえるために常用労働におき替える恒常的な派遣労働などはまったく前提にしてはいない。条約が前提としているのは、常用労働と著しい賃金格差のない、一時的臨時的必要に応じた短期の派遣労働である。
 労働省資料によって派遣労働の実情をみると、ドイツ、フランスなどでは対象業務の限定はないが、期間規制や派遣利用事由規制に違反した場合に派遣先が直接雇用したものとするなど、臨時的一時的な必要に限定する厳しい規制があり、前述のようにその就労は極めて短期間となっている。
 一方アメリカ、イギリスでは労働者派遣事業についての規制はほとんどないが、イギリスの平均就労期間は一般に2〜3週間とされている。ここでも一時的労働力の必要に応じたものとなっている。また派遣労働と常用労働の賃金に著しい差がないことも、派遣が長期的恒常的なものとならない原因とみられている。
 ひろく欧米では派遣労働は一時的臨時的必要に限られるとの社会的合意がある。そしてまた常用労働に派遣労働をおき替えることがないのは、派遣労働と常用労働でその賃金に著しい格差が無いからである。ちなみにスウェーデンでは、派遣労働は一時的な労働力と専門的な技術者が必要な場合に限定されるが、賃金面のメリットは少なく、労働協約によってかえってコスト高になると報告されている。
 またILOが1994年に採択した「パートタイム労働条約」はパート労働者が同じ労働に従事するフルタイム労働者との間で、基本賃金など待遇面で差別されないことを定めている。フランスでは法律上、派遣労働者と派遣先労働者との同一待遇が原則とされている(雇用形態による差別待遇禁止)。

3 労働者保護の厳しい規制を求めるILO民間職業紹介所条約

 政府と財界はILOの議論を紹介して、労働・雇用分野でも国際的に規制緩和の流れがあると一面的に主張し、これをわが国で労働者派遣事業と有料職業紹介事業の原則自由化を求める論拠としている。しかしILOや多くの先進資本主義国は、わが国のような不十分でゆるやかな労働者保護の法規制をさらに緩和し労働者を不安定雇用の無権利な状態に放り出そうとしているのではない。反対に、ILOが96号条約を見直して昨年採択した民間職業紹介所条約(以下「条約」ともいう)は、派遣や職業紹介の対象となる労働者の権利を保障するあらたな厳しい規制を求めている。
 1944年のILO憲章で「労働は商品ではない」と宣言したILOは、民間の職業紹介による強制労働などの弊害をふまえて、国による職業紹介を原則としたが(88号条約)、その後有料職業紹介所の漸進的廃止か、それらを規制するかの選択を加盟国に委ねる「有料職業紹介所に関する条約」(96号)を採択した。そして日本の職業安定法も、この96号条約に沿って有料職業紹介事業を一部例外を除いて原則禁止した。またこれは、国による失業保障と結んだ公的職業紹介を制度化していたドイツ、フランス、イタリア等の欧州諸国の動向にあわせたものだった。その後1960年代以降、各国で労働者派遣事業や民間の職業紹介がふえていくなかで、ILOは民間の職業紹介と公的職業紹介の併存を前提にあらたな状況をふまえて労働者を保護する厳しい規制を加えることとした。そして慎重な検討のうえに民間職業紹介所条約を採択したのである。
 この民間職業紹介所条約は、職業紹介のほか、労働者派遣事業と求職関連サービスをも対象として、労働者の結社の自由、団体交渉権、雇用、職業についての機会均等と差別禁止、個人データーの保護とプライバシーの尊重、労働者から料金、経費を徴集することの原則禁止、移民労働者の保護、児童労働の保護、労働者派遣事業に雇用される労働者についての詳細で具体的な権利保護、その他を求めている。このあたらしい条約は政府や財界が一面的に主張したように、ただ規制を緩和して常用労働に替えて不安定雇用を拡大しようとするものではない。逆に、臨時的必要に応じた短期の派遣について、これらの事業がもたらす権利侵害の危険性をふまえて、労働者保護へむけて強い規制を求めている。
 ILO181号条約をいうならば、まずもって現在広範に進められているような常用労働への派遣労働の置き替えを禁止し、派遣労働を厳格に臨時的一時的必要に応じたものに限定する規制を進めることこそ求められている。そしてそれとともに条約が求める労働者の諸々の権利保護のため必要な立法をし、行政指導を強めなければならない。ILO181号条約を掲げて、その求める権利保護には口をつぐみながら、常用労働の代替として派遣労働をほしいままに拡大しようとするのは、白を黒といいくるめるものである。

第3 法案に対する意見

1 業務の範囲

《法案の内容》

 何人も、次のいずれかに該当する業務について、労働者派遣事業を行ってはならない。
  港湾運送業務、建設業務、警備業法第2条第1項各号に掲げる業務
 何人も物の製造の業務で労働省令で定めるものについては、当分の間、労働者派遣事業を行ってはならない(法案4条)。

《意見》

 港湾運送業務、建設業務、警備業務および当分の間製造業務を除いたすべての業務を派遣労働の対象として、原則自由化することに反対。

《理由》

 港湾、建設、警備と当分の間製造の4業務を除いたすべての業務について原則自由化することは、中間搾取を排除するとともに、使用者に対する監督行政をつうじて適正な労働基準の確保をはかるための直接雇用の原則を覆すもので認められない。1986年の労働者派遣法は専門的な知識、技術、経験を要する専門職業務に、雇用と使用を分離する派遣を認めたが、これはあくまでも直接雇用の基本原則の特例としてであった。この原則を根本から覆すネガティブリスト化は容認できない。
 また法案は、当初はネガティブリストとして港湾、建設、警備の3業務に限られていたところ、強い反対のなかで製造業務が加えられたが、附則でしかも「当分の間」に限定されている。いずれは製造業務も自由化しようという法形式である。
 派遣労働が専門的知識、技術、経験を要する業務に制限されている今日でさえ恒常的長期派遣が一般的となり、さらに違法派遣による常用労働の派遣労働への置き換えが拡がっている。こうした事態のなかでネガティブリスト・原則自由化が認められるなら、常用労働に代替する低賃金・無権利の派遣労働が、人件費削減のため際限なく拡がることになる。

2 派遣期間

《法案の内容》

 今回の法案で拡大された新たな派遣は、派遣期間が1年に限定されているということが最大の特徴とされている。すなわち、@派遣先は当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの原則として同一の業務について派遣元事業主から1年を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならず(法案40条の2第1項本文)、A派遣元事業主は派遣先が当該派遣元事業主から労働者派遣の役務の提供を受けたならば@の規定に抵触することになる場合には当該抵触することになる最初の日以降継続して労働者派遣を行ってはならず(法案35条の2)、B派遣先は当該同一の業務に継続して1年間従事した派遣労働者が当該同一の業務に従事することを希望する旨を派遣先に申し出た場合には遅滞なく雇い入れるように努めなければならない(法案40条の3)、C期間制限に違反した場合に労働大臣は必要な措置を勧告することができる(法案49条の2)とされている。

《意見》

 確かに、新しく導入される労働者派遣事業は臨時的・一時的な労働力の需給調整に関する対策のためとして設けられたものであり、常用労働者との安易な代替を許さぬために厳格な期間制限を設けることが必要である。しかし、法案は実際に派遣期間を1年以内に規制するために必要な違反者に対する実効ある責任規定を欠いており、このままでは期間制限をかいくぐった長期派遣に道を開くことになるので、新しく導入される派遣事業には反対せざるを得ない。

《理由》

 法案は、@派遣期間が限定されるには「当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの」、「同一の業務」という要件があるため、実際には「事業所」や「業務」を形式的に変更してしまえば何度でも事実上の繰り返しが可能であり、期間制限を簡単に免れうること、A期間制限に違反した場合に取りうる措置が労働大臣の勧告だけでは取り締まりの実効性に乏しいこと、B派遣期間終了に当たり派遣労働者が派遣先に同一の業務に従事することを希望した場合の派遣先の雇用継続の努力義務を定めるだけでは派遣労働者の雇用が守られないこと等の問題点がある。そのため、実際には1年に限定されることなく、日常的・恒常的な長期派遣に道を開くおそれが大きい。今日すでに派遣を許されない業務について違法派遣が広範に広がっており、労働行政もこの実態を規制できないでいることを踏まえると、明確で一義的な禁止条項と共に、これに違反する場合に厳しく責任を課する条項なしには1年の限定を実際に守らせることはできない。
 従って、@ドイツやフランスにおいて認められているように派遣期間を過ぎて派遣労働者が希望する場合には派遣先に直接雇用を義務づけ労働契約を創設すること、A期間制限に違反した場合には罰則や公表制度などより強力な措置を規定すること、Bそもそも派遣事業が臨時的・一時的な労働力の需給調整に関する対策のために設けられたものとの趣旨は現行法で認められている派遣にも妥当するから現行法上の派遣にも期間制限を導入すべきである。
 この規制がない限り、長期派遣に道を開くことになる新しい労働者派遣事業には反対する。

3 派遣労働者保護

《法案の内容》

 今回の法案では、派遣労働者の就業条件確保のための措置として、@派遣元や派遣先が法律や命令の規定に違反する場合には、派遣労働者がその事実を労働大臣に申告することができ(法案49条の3第1項)、派遣元や派遣先は派遣労働者がこの申告をしたことを理由に解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない(同条第2項)、A公共職業安定所は派遣就業に関する事項について労働者などの相談に応じたり、必要な助言その他の援助を行うことが出来る(法案52条)、B派遣元事業主等は正当な理由がある場合でなければ業務上知り得た秘密を漏らしてはならない(法案24条の3)などの規定を新設している。

《意見》

 本意見書第4に提言する内容を盛り込むべきである。

《理由》

 これらの規定を新設すること自体には賛成であるが、前述した派遣労働者がおかれている劣悪な現状からすれば、これらの規定では到底労働者保護に十分とは言えないからである。

第4 労働者派遣制度のあり方についての提言

 前述のわが国の派遣労働の現状と問題点をふまえ、ILO181号条約が求めるものを考慮すると、当面すみやかに以下のことが検討されなければならない。

1 違法派遣の規制

 適用対象外の業務について派遣労働者を受入れることを刑事罰で規制するとともに、前述した派遣期間を過ぎた場合と同様、この場合も派遣先との直接の労働契約関係の成立を認める。
 労働者供給事業については労働者を受入れ自らの指揮命令のもとに労働させることを刑事罰をもって禁止しているが(職業安定法44条、64条)、労働者派遣事業については、適用対象以外の業務について派遣を受入れることの禁止が明示されているものの(法第4条4項)、この場合の罰則は定められていない。罰則を定め違反は刑罰をもって規制する必要がある。
 あわせてこの場合、派遣先との労働契約関係の成立を認めて使用者としての責任を負わせ、賃金、休暇をはじめ労働契約に基づくすべての権利を労働者に認めるべきである。ちなみにドイツの労働者派遣法では、派遣先が労働者派遣事業の許可をもたない場合に、労働者と派遣先との間に労働契約関係の成立を認めている。

2 団交応諾義務

 派遣先に団体交渉応諾義務を明示する。
 派遣先に散在している派遣労働者が派遣元に一同に会して団体交渉を行うことは事実上不可能である。しかし一方で、「よそ者」の派遣労働者が派遣先の正規従業員の労働組合と共に労働条件向上のために行動することも困難である。そもそも、派遣労働は団体活動が困難な雇用形態なのである。そうした実情を反映してか、労働組合への組織率は労働者全体では23.2%(労働省編平成9年版労働白書)であるのに対し、派遣労働者の労働組合組織率は、登録スタッフで3.7%、全体でも6.5%に過ぎない(労働省調査)。
 ILO181号条約11条では、派遣労働者の結社の自由や団体交渉権に関して充分な保護が確保されるよう必要な措置を取ることを加盟国に義務づけている。また、条約12条では、団体交渉についての派遣元と派遣先の各々の責任の明確化が加盟国に求められている。
 日本においても、派遣労働者が派遣先との団体交渉を求めて争った朝日放送事件では、「雇用主以外の事業者であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、この事業者は労働組合法7条の『使用者』に当たるものと解するのが相当である」(1995年2月28日最高裁判決)と、派遣先企業の団体交渉応諾義務を認める最高裁判決が下された。
 派遣労働者の団体交渉権を担保するために、派遣先にも団交応諾義務を課する立法をする必要がある。

3 派遣契約の解除制限

 派遣契約の解除には正当な事由を要することとする。
 派遣先から容易に派遣契約が解除されるトラブルがあいついでいる。契約解除は派遣労働者の解雇につながることから、一定の契約解除予告期間を設けるとともに、正当な事由がなければ解除できないこととする。正当な事由がある場合であっても、派遣契約期間の賃金補償について、派遣先に義務づける。

4 平等待遇の保障

 派遣労働者と派遣先企業の正規労働者との同一労働同一賃金を保障するための法整備を行うべきである。更には、現行の最低賃金法の充実を図り最低賃金の引き上げを図るなどの工夫が必要である。また賃金以外の労働条件についても、派遣労働者と派遣先労働者との労働条件を平等待遇にする法整備をすべきである。
 条約5条では、民間職業紹介所による雇用・職業についての機会・待遇の均等の促進、差別の禁止が定められている。新条約が、1958年の雇用および職業についての差別待遇に関する条約(ILO100号条約)を前提にすることを確認していること、パートタイマー条約(ILO175号条約)でパートタイマーとフルタイマーの比例的待遇が認められていることから勘案すれば、ILOが派遣労働者についても同一労働同一賃金の原則を前提としていることは明白である。
 ところが、日本の派遣労働者は派遣先の正規労働者と同じ労働に従事していても、両者の間には著しい労働条件の相違が存在している。これを平均年収で比較すれば、先に指摘したとおり、一般の労働者が男性564.8万円、女性229.2万円であるのに対し、派遣労働者は男性395.5万円、女性199.6万円と、専門性のある等の派遣業種の限定のなされている現在でさえ賃金が低額に抑えられていることが明らかである(労働省「労働者派遣事業実態調査結果報告」)。例えば、銀行労働者の実態では「金融ビックバンの大競争時代を迎えて、人件費の削減をめざして、派遣業務の禁止されている銀行の本来業務である受付、ローンの窓口相談、外交の個人顧客担当などの業務まで派遣・パートの仕事が拡大され、正行員に置きかえようとしてきています。彼女たちの業務は、出勤日数は正行員比若干少なくするものの、1日当たりの所定労働時間はほとんど変わりません。業務内容はベテラン行員の水準が要求されているにもかかわらず、賃金水準は高卒新入者の年収より低い水準に置かれているのです。」(「告発・証言集」21ページ)と報告されている。こうした報告から明らかなのは、派遣先企業にとっては派遣労働者が安価な労働力として重宝されており、ひいては常用雇用の破壊を招いているという派遣労働の実態である。
 中職審では、労働者代表委員から、「同条約の規定を念頭に置き、派遣労働者の人権と権利に関する具体的な法整備が不可欠」との意見が出されたが、この意見を実効化するためにも、冒頭に述べた諸措置を行わねばならない。

5 個人情報の保護

 @個人情報保護違反に関する罰則を含む厳しい規制を行うこと、A派遣事業に不必要な情報の収集を禁止すること、B派遣元や紹介元だけでなく、派遣先や紹介先を含めて規制の対象とすることを盛り込むべきである。
 条約6条では、民間職業紹介所による労働者の個人データの処理についてのデータ保護、労働者のプライバシー尊重が強く求められている。
 日本では、現行の派遣法では一切労働者のプライバシー保護の規定は存在しないため、最近でも、名前、住所、生年月日、電話番号、容姿のランク付けまでに及ぶ大手派遣会社の登録労働者9万人の情報が流出するというとんでもない事件が発生している(98年1月29日付朝日新聞朝刊)。
 この点、今回の法案では、派遣元事業主等は正当な理由がある場合でなければ業務上知り得た秘密を漏らしてはならない(法案24条の3)との規定が新設されている。しかし、@この規定には罰則が存在しない、A情報の収集段階での規制がない、B規制の対象が派遣元に限定されている等の問題点が存在しており、不十分である。

6 労働者からの料金・経費の徴収の原則禁止

 派遣業種をネガティブリスト化すること自体を止めるか、少なくとも、料金・経費を徴収できる「特定の範囲の労働者」を限定する規定を新設すべきである。
 条約7条では、民間職業紹介所による労働者からの料金・経費の徴収が原則禁止されており、例外的に、権限ある機関は関係する労働者の利益となるように最も代表的な使用者及び労働者の団体と協議の上、特定の範囲の労働者及び民間職業紹介所が提供する特別の種類のサービスに関してのみ料金・経費の徴収が認められるとされている。
 しかし、日本では、中間介在者が労働者の賃金から紹介料金・経費を徴収する方がむしろ当然のこととされてきた。施行規則の改正ではコンサルティングなどの特別なサービスについての料金徴収を認めている。こうした日本的慣行の下で、家政婦紹介所の実例では、賃金の3〜4割を紹介所が違法にピンハネしていたとのひどいケースも存在する(「告発・証言集」34ページ)。
 このような現状を前提とする限り、ネガティブリスト方式による派遣業種の原則自由化が実施されれば、広範囲の派遣労働者からの料金・経費徴収がなされることは必至であり、条約7条に真っ向から反する結果となる。

7 外国人労働者、児童労働の保護

 条約8条、9条の定める通り、外国人労働者、児童労働を保護するための立法措置を早急にすべきである。
 条約8条では、民間職業紹介所により自国内において採用・配置される移民労働者の適切な保護、権利の濫用防止の措置、特に、不正行為等に関係する民間職業紹介所の禁止や罰則を定める法令・規則の制定が求められている。また、条約9条では、民間職業紹介所からの児童労働の保護が求められている。
 しかし日本では、依然として外国人労働者を巡る違法派遣、リクルーターの弊害が大きく、治安政策からの対策が主で労働者保護からの対策は何らないのが現状である。また、未成年者を風俗業等で働かせた業者が摘発される例も少なくない。

8 派遣労働者の保護・連帯責任の明確化

 派遣元と派遣先との連帯責任制度を導入し、派遣労働者の権利保護を実効化すべきである。
 条約11条では、2に述べた結社の自由、団体交渉権以外についても、最低賃金(c)、労働時間その他の労働条件(d)、法定の社会保障給付(e)、職業訓練の実施(f)、職業安全衛生(g)、職業災害または職業病の場合の補償(h)、支払い不能の場合の補償と労働債権の保護(i)、母性保護及び母性給付、並びに親であることの保護と親であることに対する給付(l)の各事項につき、民間職業紹介所に雇用される労働者に十分な保護が確保されるために、加盟国が必要な措置を取ることを求めている。また、条約12条では、以上の各事項につき、派遣労働者に対する民間職業紹介所(派遣元)と使用者企業(派遣先)の各々の責任の決定・割り当てを求めている。
 日本では、例えば社会保障給付(e)に関して言えば、雇用保険加入が常用労働者が90.2%に対し登録スタッフは63.2%、自己名義健康保険加入が常用労働者が89.2%に対し登録スタッフは49.8%、自己名義厚生年金加入が常用労働者が86.2%に対し登録スタッフ46.0%と極めて派遣労働者の労働・社会保険加入率が低い状況にある(労働省「労働者派遣事業実態調査結果報告」)。人材派遣業界において多くの派遣労働者が厚生年金・健康保険に未加入であった問題に関し会計検査院が一斉調査に乗り出すとの問題が報道されるなど(1997年6月20日付朝日新聞朝刊)、使用者の社会保険負担を軽減するための手段として派遣労働者が悪用されている現状が存在する。
 また、賃金(c、i)についても派遣先が倒産となり賃金が不払いとなったケース等、様々な賃金不払いの実例が報告されている(「告発・証言集」35頁)。こうした社会保険給付・賃金の実例に代表されるように、日本の派遣労働者の保護が不十分なままであることの最大の原因として、現行労働者派遣法44条以下で規定されている使用者責任の配分規定が極めて複雑で分かりにくく不明確であるため、派遣元・派遣先共が使用者責任を負担しない無責任な事態を容認しているという問題がある。
 中職審では、労働者代表委員が「労働者保護の観点から派遣元事業主と派遣先との連帯責任制度を新たに導入すべき」、公益代表委員も「派遣労働者保護の観点から、賃金・社会保険料の支払い等について派遣元事業主と派遣先の連帯責任制度の導入について検討すべき」との意見を述べている。是非とも、この意見を採用し、派遣元と派遣先との連帯責任制度を導入し、派遣労働者の権利保護を実効化すべきである。

9 違反取り締まりの組織・人員の整備

 法違反に対する実効ある監督ができるように、新たな制度の拡充整備が必要である。
条約10条では、民間職業紹介所の活動に対する苦情、権利の濫用及び不正行為の調査のための適切な機構と手続を設けることを各国に要請しており、条約14条では、条約に関連する法令・規定の実施監督が労働監督機関やその他の権限ある公的機関によって確保されるものとすると規定されている。
 しかし、日本での労働者保護を目的とした職業安定行政は、極めて消極的であり、ガイドラインに基づく行政指導が主という実情にある。
 この点、今回の法案では、公共職業安定所は派遣就業に関する事項について労働者などの相談に応じたり、必要な助言その他の援助を行うことが出来る(法案52条)とされているが、「助言その他の援助」では実効性を欠き不十分である。
 中職審において労働者代表委員は、「平成8年改正により整備された苦情処理システムは必ずしもその機能を果たしている状況にない」、「労働者派遣事業適正運営協力員制度や、派遣労働者苦情処理アドバイザー制度を抜本的に改革し、公労使による監視機構を設置し、苦情の相談や処理にあたる新たな委員会の創設を図るべき」との意見を述べているが、既存の職業安定所や労働基準監督署の担当者を増員することは当然のこと、実効ある監督ができるように新たな制度の拡充整備が必要である。