<<目次へ 【意見書】自由法曹団


定期借家制度のメリットといわれていることは本当か

1999年2月
自 由 法 曹 団

はじめに
 現在、定期借家制度を導入しようという借地借家法の「改正」案が国会に提出されています。定期借家制度とは、賃貸借契約の期限がきたならば「正当事由」がなくとも契約は終了するという賃貸借の制度ですが、一部のマスコミや推進論者はこの制度の早期実現を求めるとして、新聞誌上やリーフレットなどで制度のメリットというものをさかんに宣伝しています。
 しかし、これらの宣伝には明らかな誤りや問題点を隠した一面的な部分が多数あり、これをこのまま放置することは、この制度に対する誤った認識を広めることになる恐れがあります。
 そこで、この宣伝の誤りを正すことにより定期借家制度の問題点を明らかにしたいと思います。

1 定期借家制度で規模の大きな借家、アパート、マンションが供給されるか?
 推進者は定期借家制度導入の理由として、当初からこのように宣伝している。借地借家法上の賃貸借契約には正当事由があり、期限に契約が終了するとは限らないので、規模の大きなファミリー向けの貸家業を行おうとする者が少ないというのである。
 しかし、このような効果が期待できないことは簡単に推測できる。
民間において、借家やアパート、マンションなどの事業に乗り出すかどうか、すなわちその供給をするかどうかということは、結局その事業で採算がとれるかどうかということで決まる。契約期限に契約が終了するかどうかということではない。家賃で投下資本を回収し、利益を得るわけであるから、これは当然のことである。
 もともと大規模良質借家等の供給が進まないのは、まさに大規模借家では採算が合わないからにほかならない。規模の大きな借家等は必然的に家賃が高くなる。良質といわれるものになれば、なるほど家賃は高くとなり、その家賃は一般市民が支払える金額とはかけ離れたものとなる。しかし、高額な家賃を支払うことのできる者は、持ち家に流れていく。また規模の大きな住居を要求する者は家族を持つ者であり、居住の安定に対する欲求が強いということも持ち家取得の大きな誘因となっている。
 このように、借家等の供給対象は主に持ち家を持てない層ということになるのであるから、その家賃もその収入に見合ったものとせざるを得ず、そうなると、借家建築費投下資本も限られ、借家の規模は制限される。
 それゆえ規模の大きな民間借家の供給を誘導するには、公的に建設費補助や家賃補助をして賃借人の家賃負担額を下げ、需要を拡大するしかない。定期借家制度など何の役にも立たない。
 このように、定期借家制度ができたからといって、規模の大きな借家等の供給が促進されるということは考えられない。
 なお、持ち家所有者が転勤などで家を空けるときに、その期間だけ貸したいという場合には、現行の借地借家法によって、賃貸人不在期間の建物賃貸借(法38条)などが新設されており、この制度の利用で足りるはずである。

2 既存の契約には適用されないか?
 法案提出者も、推進者もすべてが、既存の契約には適用されないので現在の賃借人には不利益はないと宣伝する。そして確かに条文上はそのような体裁とはなっている。
 しかし、この制度が導入されれば、既存契約の多くについて、契約期限ごとに定期借家契約への切り替えを要求される恐れが大きい。現に定期借家制度を利用して建て替えを進めることができるなどと宣伝している者もある。
 このような家主の要求にどれだけの借家人が抵抗できるであろうか。
 この点について、推進者のなかには、不当な切り替えについては詐欺で取り消しができ、錯誤で無効になると説明するものがあるが、既存契約の切り替えは、家主であることを利用した圧力により迫られることが多いであろうから、詐欺によるものともまた錯誤があったともいえないことが多く、詐欺や錯誤の制度では救済は困難である。

3 期限が来ても再契約することは可能か?
 推進者は、「家主も再契約をすると思われるので契約期限がきても心配はいらない」と宣伝して、この制度の最大の問題点を隠そうとしている。
 確かに、家主が同意すれば再契約となるであろう。
 しかし、あくまでも再契約であるから、家主が承諾しない限り再契約はできないのである。
 家主が再契約を承諾するかわりにどんな条件を提示することになるであろうか。家賃の値上が要求されることは確実に予想されるであろう。再契約料、礼金、敷金等について支払を求めるということも予想される。このような新たな条件に応じられなければ、再契約は拒否され、借家人は転居しなければならないのである。
 推進者は、この点をはっきりと説明すべきである。

4 期限がきても突然の追い出しにはならないともいうが
 推進者は、事前通知が必要だから不意打ちや突然の追い出しにはならないと説明する。
 しかし、事前通知がなくとも契約に定められた期限から6ヶ月後には契約が終了するのであるから、必ず事前通知があるとは限らない。
 また、仮に定期借家制度が導入された場合でも、多くの賃借人は契約に定められた期限に再契約をしてもらえるとの予測の下に賃貸借契約を結ぶことになるであろう。家族を持つ借家人が2年や3年で転居を繰り返すことを望むわけがないからである。
 家主の側は、新契約にあたって定期借家契約をしながらも再契約の可能性を説明するであろう。推進者の説明でもそのように述べるものがある。そして家主は再契約の意思はあっても、期限の6ヶ月前に事前通知だけはしておくという方法をとることが多くなると予想される。事前通知はするが、再契約の交渉もするという形態が最も多くなるであろう。この場合、やはり借家人は再契約に期待することになる。
 ところが家主が再契約にあたり家賃の値上げや礼金、敷金等について新たな条件を出し、借家人がこれに承諾できなければ、転居しなければならない。これは借家人にとっては、やはり突然の追いだしということになる。

5 中途解約はできるか?
 定期借家契約において、契約期間が長期になった場合、賃借人がその契約から抜けることができるのかという問題がある。必ずしも契約期間が長ければ良いというものでもない。長い契約期間を決めると、逆にその間賃借人の自由な意思で移転することができなくなるのではないかという問題があるからである。
 当然のこととして、契約期間が定められた以上はその期間内において一方当事者が任意に解約することはできない。
 この点、推進者は、「1ヶ月前の解約申し入れにより解約可能という特約がつけられるであろう」と説明する。
 が、そのようになるという保証は全くない。むしろ長期の契約を結ぶ家主の意図は、長期間、契約に定めた家賃の支払いを受けたいということだと思われるから、簡単に解約されては困るということになるであろう。また逆に仮に契約書にそのような解約条項がつけられるとすると、家主側もこれを利用できるものになりかねず、長い期間を定めた意味がなくなる。
 また推進者は、「事業用建物については中途解約を制限する代わりに転貸を認めることとする特約が考えられる」などともいうが、そのような特約がなされる保証もない。仮にそのような特約が入ったとしても、適当な転借人が現れない限り契約から解放されることはない。
 いずれも全く無責任な説明である。

6 本当に「家賃が安くなり得る」、「保証金を返してもらい得る」のか?
 一部のマスコミや推進者は、このようなことを大々的に宣伝している。
 もっとも推進者の説明は巧妙に安くなり「得る」という表現を用いており、安くなるとはいっていないことに注意しなければならない(このようなやり方は全く欺瞞的である。)。
 しかし、むしろ家賃は確実に高くなることが予想される。
 期限ごとに家主が同意しない限り契約更新ができず、転居しなければならないとしたならば、引き続いて居住したい借家人は家主の家賃値上げ等の要求をそのまま承諾せざるを得なくなるであろう。この程度のことは簡単に推測できる。
 「値上げに応ずるのがいやなら他に転居すれば良い。」などということを平然と言う推進者がいるが、生活は地域に密着するものであり、一度生活の本拠を定めたならばそう簡単に転居できるものではないことを知るべきである。
もともと推進者は、定期借家制度を導入すると家賃値上げがスムースにできるようになると説明していたはずであり、いわば値上げしやすくなるところにメリットがあると言っていた(それゆえに貸家業を行う者が増えるともいうのである。)。それにもかかわらず今では、導入すれば家賃が下がるというのは何ともおかしな話である。
 なお、定期借家制度を導入したイギリスでは、持ち家価格が低下ないし停滞しているにもかかわらず、民間賃料が定期借家の増加に牽引される形で着実に上昇したという。家賃インフレが生じたという報告すらある。

7 家賃の値下げ請求ができるか?
 推進者は、当初家賃も「市場家賃と著しく乖離したような場合には、事情変更の原則で値下げ可能」、などと宣伝しているが、定期借家法案が通ってしまうと、むしろこれも非常にむずかしくなる。
定期借家法案では、あえて、当事者の合意があるときは家賃増減額請求権の適用はないという規定をもうけている。もともと家賃増減額請求というのは、契約後の事情の変更により家賃額が不相当となったときに行うものである(それゆえ事情変更の原則の具体例といわれている)。この増減額請求権の適用を排除できるようになるのであるから、「事情変更の原則」の適用は基本的には排除されるということになる。したがって、それでもなお「事情変更の原則」が適用されるのは、この説明がいうように単に「家賃が市場家賃と著しく乖離したような場合」ではなく、極端な乖離のある特別の場合に限られることになるであろう。事情変更の原則が適用されるのはきわめて希な場合ということになり、この制度による救済はほとんど期待できないと言わざるを得ない。

8 高齢者が借りやすくなるというが
 これも考えられないことである。  家主が高齢者に貸したがらないのは、高齢者は借家の管理を十分できなかったり、病気になったりしたときに困るという心配からである。そうであれば、定期借家であっても事情は変わらないはずであろう。仮に、病気になった場合は定期借家だから短期間で追い出せるゆえ家主は安心して貸すことができるというのでは(推進者はこのようにも言っている。)、逆に高齢者にとって居住が不安定で役に立たない。高齢者はむしろ長期にわたっての定着を希望するからである。高齢者にとって、転居は精神的にも物理的にも困難である。
 短期間での転居を予定する制度は高齢者には役に立たないといわなければならない。

9 イギリスでは定期借家制度導入により約10年間で民間借家のストックが1割も増えたというのは本当か?
 これも誤りである。
 イギリスでは1988年以降、民間住宅市場が若干拡大傾向になったことはあるが(それも年平均1パーセント以下という微増にとどまる)、その理由は持ち家市場の低迷と税制における優遇措置にあった。定期借家制度導入の効果ではない。
 また、イギリスでは、定期借家制度導入後、逆にファミリー向け住宅自体は減少しているのである。
 推進者は、ファミリー向け住宅の供給を増やすために定期借家制度を導入せよと言っているのであるが、イギリスの例はむしろこの制度を導入してはならないことを示している。

10 景気対策となるか?
 最近は、長引く不況のせいか、時にこの点を強調した宣伝がされている。景気対策の隠し玉などと大見出しで宣伝したマスコミすらある。  が、このような効果もない。
 前に述べたように、定期借家制度では確実に家賃が上昇するが、これは、家計における家賃負担の増大につながり、さらに期限には移転しなければならずそのための準備も必要だとなると、当然消費に対する大きな抑制効果が生ずることになる。  同時に、居住が不安定となり、家賃が上昇することとなれば当然持ち家指向が強まり、そのための貯蓄指
向が増大するであろう。借家需要も限定的なものとなり、消費不況はいっそう増大することとなる。
 総じて消費が低迷し、景気対策としてもマイナス効果が生ずることとなる。

11 定期借家制度が導入されることによる弊害は重大
 定期借家制度が導入されるならば、家主の多くがこの制度を選択するであろう。借家契約のほとんどが定期借家制度にとって代わられることになる。新規契約における選択の余地はなくなってしまう。
 このようにして借家人の居住の安定が破壊され、住宅弱者が増大するとともに、賃借店舗営業者の営業の安定も破壊される。
 定期借家制度の導入は絶対に認められるべきではない。