<<目次へ 【意見書】自由法曹団


一九九九年九月

「良質な賃貸住宅等の供給促進に関する特別措置法案」の問題点

自 由 法 曹 団

一 新法案提出の動き

 一九九九年七月三〇日、自民、自由、公明三党は、世論の反対を無視して定期借家制度を導入するため、新たに、「良質な賃貸住宅等の供給促進に関する特別措置法案」を衆議院に提出した。
 これに対して衆議院法務委員会の野党理事らは、同日、法案の内容は、既に法務委員会に付託されている借地借家法改正案と同一であり、今回の提出は、法務委員会の審議を回避し、建設委員会に付託して成立を急ごうとするもので、委員会手続きのルールを踏み破った許せないご都合主義だと抗議し、定期借家権の創設は民法体系を根本から変えるもので、法務委員会以外に審議の場はないとの声明を発表した。
 既に、一九九八年六月五日、当時の与党議員九名により、定期借家制度導入をねらった借地借家法「改正」案が提出されたが、反対世論の強い批判と、日本共産党、社民党、民主党、公明党の有力議員の反対を受け、現在まで全く審議されることのないまま継続審議となってきていた。
 推進者は、定期借家制度の創設は良質な借家の供給を目的とするものと宣伝してきたが、これが全くの欺瞞であり、真のねらいは土地流動化のための証券化や都市再開発にあることが既に明らかになった。現状では、アパート、テナントの空き家率は一〇パーセントにもなっており、この状況からみるならば、推進者がねらった定期借家制度導入による建築ブーム、景気対策も怪しいものとなっている。
 しかし、経済戦略会議の答申「日本経済再生への戦略」(九九年二月二六日)は、相変わらず定期借家制度の導入を強調し、さらには、居住目的以外の賃貸借については正当事由制度を全面排除することすらも提言している。産業構造転換・雇用対策本部決定の「緊急雇用対策及び産業競争力強化対策について」(同年六月一一日)も、資産流動化の促進のために定期借家制度を早期に導入すべしとしている。景気対策にしても、推進勢力が定期借家制度の導入効果を真剣に検討したのかどうか疑わしいのであるが、繰り返しこのような表明をする推進勢力の動きはきわめて執拗であり、この制度導入にかける狙いが単に「良質な住宅の供給促進にある」わけではないことをうかがわせる。
 今回の新法案提出の動きは、法務委員会での借地借家法「改正」審議がなされないことに業を煮やした推進勢力が、容易な可決に持ち込めるとふんだ建設委員会で審議させようとして、実質的に同一の内容の法案を二重に提出したものであるが、これは、国会の審議ルールを無視した、なりふりかまわない暴挙としかいいようがない。
 通常国会は、八月一三日に閉会となったが、法務委員会に付託されていた借地借家法「改正」案は廃案となり、「良質な賃貸住宅等の供給促進に関する特別措置法案」が継続審議となるという異常事態となった。

二 法案の内容

 今回再提出された法案は、

  1. この法の目的は、良質な賃貸住宅等の供給促進のため、定期建物賃貸借制度を創設することにあるとし(同法案第一条)
  2. 適切な規模、性能、居住環境を有する良質な賃貸住宅等の供給促進のために、必要な措置をとるべき努力義務を国と自治体に負わせる(同第二条)
  3. 住宅困窮者に対し良質な公共賃貸住宅の供給を促進するため、公共賃貸住宅の整備及び改良等に関し必要な措置を講ずる努力義務を国と自治体に負わせる(同第三条第一項)
  4. 公共賃貸住宅の入居者の選考に当たり、住宅困窮者の居住の安定が図られるよう務める義務を公共賃貸住宅管理者に負わせる(第三条第二項)
  5. 賃貸住宅等に関する情報提供、相談体制等の整備の努力義務を国と自治体に負わせる(同第四条) とし、そのうえで、借地借家法を「改正」して定期借家制度を導入するものである(同第五条)。定期借家制度に関しては、現行の借地借家法第三八条期限付建物賃貸借の規定を「定期建物賃貸借制度」を創設する規定に変更するものであるが、ここで規定される定期借家制度の内容は、従来提案されていたものとほとんど同一である。

 ただ、これまでの批判を回避するために、

  1. 二〇〇平方メートル未満の居住用建物賃貸借において、賃借人に転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情があるときは中途解約を認める。
  2. 附則のなかの経過措置で、既存の居住用賃貸借について合意で終了させて新たに賃貸借契約を行う場合は、当分の間、定期建物賃貸借契約はできないとする。

 なお、九九年七月二八日、自民、自由、公明の三党が、新たに法案を提出するとして発表した際の案には、五〇平方メートル未満の居住目的賃貸借については、五年間、定期借家制度の適用はしないとしていたが、実際に提出された法案では、この規定は全く入っていなかった。何故にこの規定が落とされたのかは不明である。

三 法案の問題点

  1. 良質な賃貸住宅等の供給を促進するために導入するというが
     しかし、定期借家制度により良質な賃貸住宅の供給が図られるなどということは考えられない。この点は、自由法曹団でも繰り返し指摘してきたところである。
     現在の借家の供給状況においては、八三年から九三年までの民間借家の戸数は約八四八万戸から一〇七六万戸に増えており、全体として、貸家、テナントはむしろ供給過剰な状態にある。アパートを建てても、一定の空き家率を見込まなければならないため、経営に不安を感じて建て替えをしない、アパート経営には乗り出さないという状況にある。賃貸や売りに出されていながら人が住んでいない空き家が、九八年には五七六万戸に達したという総務庁の調査結果も報告されている(九九年六月二八日)。これは五年前の三割増とのこと。また週刊ダイヤモンド九九年七月三日号でも、「オフィスビル異変」として、空き室率が一割になっていることを紹介している。
     このように現状の正当事由制度の下においても借家、テナントの供給は問題なく進んでいる。

  2. 良質な賃貸住宅等の供給促進のために必要な措置をとるべき努力義務
     法案は、「良質な賃貸住宅」とは、適切な規模、性能、居住環境等を有するものとするようである。
     しかし、適切な規模とはどの程度のものをいうのか、適切な性能、居住環境とはどのようなものか、何の基準もない。当然、規模の大きなものを対象とする趣旨であろうが、そうであればその基準面積を示さなければならず、同時にその基準面積により法律の対象を特定しなければならない。
     また、その「必要な措置」の内容も全く不明である。既に「小さな政府」のかけ声の下、国、自治体の公共住宅政策の後退ははなはだしく、公営住宅政策は縮小されて予算は削減される一方であり、住宅都市整備公団は都市基盤整備公団に組織変更されて、目的を良質な賃貸住宅の供給から都市再開発に改変させられている。このように一方で公共住宅政策を極度に後退させていながら、同じ政府与党が、本法案で、国、自治体にこのような将来の努力義務を課すといっても、とうてい信用できず、空文としかいいようがない。このような努力義務の設定により定期借家制度に対する批判をかわそうというのは、国民に対する欺瞞であるといわざるを得ない。

  3. 住宅困窮者のため、良質な公共賃貸住宅の整備及び改良等に関し必要な措置を講ずる努力義務
     この内容もあいまいである。公共賃貸住宅の整備及び改良等に関し必要な措置を講ずるというのは、既存の住宅に対する補修や建て替えを進めるということとも受け取れる。既存の公共住宅に対する補修については、この法案であえて持ち出すまでもない。またこの規定が公共住宅建て替えの方向を示すものであるとすると、建て替えにともなう既存入居者の居住の安定をどう確保するのかという問題があり(公団住宅建て替えにおいては、建て替え後の家賃として、既存入居者の居住が確保されないような高額なものが設定されたため、各地で紛争、訴訟が提起された)、これらの問題は、むしろ関係法規において慎重な検討のうえで進めるべきことである。

  4. 公共賃貸住宅の入居者の選考の際の配慮
     公共賃貸住宅の入居者の選考に当たり、住宅困窮者の居住の安定が図られるよう務める義務を公共賃貸住宅管理者に負わせるというのであるが、これなどは、公共賃貸住宅募集の実情を全く理解していないというほかない。現状では、公共賃貸住宅がきわめて不足しているため、何十倍という倍率による抽選がなされているのであり、この公共住宅の不足を解消させなければこのような努力義務は、何の効果もない。そればかりか、このような定めを根拠にして、公共住宅入居者の収入限度をさらに下げ、一時的にでもその基準を越えた既存の入居者を排除する方向に向かう恐れがいっそう強くなる。

  5. 賃貸住宅等に関する情報提供、相談体制整備
     賃貸住宅等に関する情報提供、相談体制整備の努力義務を規定しても、これも効果はない。定期借家は普通借家を駆逐する可能性が強く、借家人には選択の余地がなくなるかきわめて限定されたものになってしまうと考えられる。したがって、情報提供体制をつくっても結局、新規契約においては、定期借家の情報を提供されるだけとなるであろう。

  6. 中途解約について
     解約の理由は、転勤、療養、親族の介護その他やむを得ない事情とされており、例示されたものに準ずるような事情でなければ中途解約が認められない。したがって、他の条件の良い物件に移転したり、マイホームを取得したような場合には、中途解約は認められないということになる。
     また、中途解約ができるのは、居住用のものに限定されており、零細業者が業績不振で撤退するなどの場合は、残存期間の賃料支払義務が残るなど相当に過酷な結果となる可能性がある。

  7. 当分の間、既存の賃貸借からの切り替えには不適用とするが
     定期借家契約については、従来の法案と同様、「公正証書等書面によって」契約をすることを要するとしているが、この規定が何の歯止めにもならないことは既に繰り返し批判されているとおりである。「公正証書等」としてあたかも厳格な要件を定めたかの錯覚を抱かせているが、そのすぐ後で公正証書でなくとも書面によれば良いとしているのであるから、全く欺瞞的である。
     このように、従来の法案では、既存の契約の切り替えに対して何の歯止めもなく、定期借家契約への切り替えの強要がなされるおそれがあると批判されていた。
     この法案は、既存の賃貸借を合意で終了させるときは、当分の間定期建物賃貸借契約の適用はないとして批判をかわそうとしている。
     しかし、不適用は、居住用建物に限定し、しかも「当分の間」というにすぎない。当分の間とはいつまでなのか全くあいまいであり、しかもいずれは適用されるようになるのであるから、これまた全く欺瞞的だというしかない。
     そして、零細業者の店舗賃貸借契約の切り替えは全く自由になってしまい、テナントで営業する零細業者の営業基盤は根底から崩されるおそれがある。

  8. 実態は全く変わらない
     本法案は以上のとおり、従来の法案と実質的内容は全く同一であり、単に、批判を回避するために、良質賃貸住宅の供給促進のため必要な措置をとるべき努力義務などという無内容な政策的一般論を付け加えたにすぎない。しかも、その努力義務による政策目的が実現する一片の可能性も見受けられない段階で、先に定期借家制度の導入を進めてしまうというものである。提案者が本気でこのような努力義務により良質な公共賃貸住宅の供給が確保されると考えているのであれば、その政策の実現を待ってから、導入を検討すべきである。先に定期借家制度の導入だけ進めてしまおうというのは、提案者の掲げる政策目的がまやかしであることを示すものというべきであろう。
     要するに、この法案の本質は、借家人の居住の安定を破壊し、賃借店舗の零細業者の営業を危うくするものであるというべく、絶対に認めることはできない。

四 国会審議のルールを無視する暴挙

 今回の自民、自由、公明三党の決定は、既に提出されている借地借家法「改正」案を慎重に扱おうとする法務委員会を回避し、建設委員会であれば定期借家制度を容易に許容するであろうとの予測の下に、実質的に同一の法案を再提出したものである。
 元来借地借家法は、私人間の権利義務関係を規律する法律であるゆえ、法務委員会の所管事項とされてきた。それゆえに、先に提出されていた借地借家法「改正」案は、法務委員会に付託されたのであった。
 しかるに、法務委員会では法案可決が困難だからとして、本法案を提出のうえ建設委員会に付託させて短期間で可決させようというのは、国会審議のルールを無視する驚くべき暴挙であり、絶対に認められない。