<<目次へ 【意見書】自由法曹団


産業活力再生特別措置法に基づく「事業再構築計画」の「認定」にあたっての具体的運用のあり方についての要請・提言

99年10月
自 由 法 曹 団

T 本要請書の基本的立場

 私たち自由法曹団は、法案審議段階から産業再生法が「国家的リストラ誘導・強制法」として機能することを、その法案の構造と内容に即して分析し発表し、疑問を提起してきた(「国家的リストラ合理化法制の全貌」金融二法、産業再生法民事再生法、商法改正とリストラ)。
 しかし、本要請書は、産業再生法が成立した今日、産業再生法そのものの批判をさて措いて、同法の運用が労働者・国民の働く権利と生活に重大な影響をおよぼすことに照らして、同法の運用の鍵ともいうべき「事業再構築計画(リストラ計画)」の主務大臣による「認定」とその運用にあたっての基準ともいうべき「基本的指針」を明らかにしようというものである。
 その基本的内容としては、
 第一に、税制、金融上の特例・優遇措置をうけるのであるから、真に国民からの負託にこたえるべく、その運用は徹底的に国民に公開されること、第二に、日本国憲法が保障している労働者・国民の基本的人権である働く権利と生活を破壊し、雇用不安を増大させないこと、第三に、同法の適用を申請する事業に働く労働者・労働組合との間における民主的な協議を尽くすこと、第四に、我が国において確立している判例法理及びILO国際労働基準や世界各国、特にEU諸国でもさまざまな経済危機、深刻な失業等の雇用問題をかかえるなかでも、確立してきた労働と雇用についての民主主義的ルール(EC指令)などの国際労働基準等に照らして「認定」・運用されるべきであること、等々を踏まえて、少なくとも以下のルールに即して遵守されるよう要請・提言するものである。私たち自由法曹団がこのように要請・提言するのは、押し寄せる雇用不安と深刻な失業危機の現下の状況を無視することができないからである。

U 増大する雇用不安と「事業再構築計画」の認定・運用の基本的視点

1、「事業再構築計画(リストラ計画)」の「認定」は、深刻な雇用不安の状況を踏まえて公正に運用されなければならない

産業再生法と雇用不安の増大
 先の国会で、企業組織の合併・買収、分社化を容易にする商法の特例措置、設備廃棄・会社売却など事業の縮小・廃止に対する税制・金融上の優遇措置等々の支援策によって、企業の事業再構築を促進して産業の活力の再生を実現しようという目的のもとに産業活力再生特別措置法(以下、単に「産業再生法」という)が8月6日成立した。同法の成立過程とその内容をみれば、同法は、経団連等の財界主導のもとに小渕首相の直属機関として設置された「産業競争力会議」の「提言」という形をとって、「過剰雇用」「過剰債務」「過剰設備」の「三つの過剰」の整理・解消を求める財界の要求をストレートに立法化し、「企業の人減らしに政府が『お墨付き』を与えた」(99年7月30日「朝日」主張・解説欄「国がリストラをあおるな」)と報道されている通りである。
 同法によれば、大企業は「生産性を相当程度向上させることが明確な計画」「設備廃棄」等による人減らし合理化による「事業再構築計画(リストラ計画)」を主務大臣に提出してその「認定」を受けることにより、上記の税制・金融上の優遇措置等を得ることができる。まさに財界の要求がそのまま産業再生法となっていったものである。しかも、上記の優遇策の適用を申請した企業は、その「認定」された「リストラ計画」通り実行されていることを、主務大臣に「報告」しなければならない。このようにして同法は、国が企業のリストラの規模とスピードを強要あるいは誘引する役割を担うものとなっている。

宮沢大蔵大臣の答弁
 同法がリストラによる人減らし合理化に拍車をかけていくことについては、同法案を審議した参議院本会議において、「産業再生法は政府が財界と一体となって問答無用の人減らしをすすめる『リストラ競争推進法』ではありませんか」との質問に、宮沢大蔵大臣は「ことに大幅なリストラを急激にいたしますから、雇用に深刻な影響があるのは、御指摘のとおりと思います」と答弁している。 
 宮沢大蔵大臣のこの答弁は、産業再生法が「過剰雇用」や「設備廃棄」を口実とした過酷な大量人減らしと労働者の生活破壊・人権侵害に、国家の「お墨付き」をあたえ、全産業規模でリストラ・人減らし合理化を促進させ、「雇用に深刻な影響」をおよぼしかねない危険性を認めたものである。この危険性は同法を運用するうえで重視されなければならない。

いちだんと深刻化している失業危機
 いま、わが国では、大企業はリストラ計画を目白押しで強行し、日本列島は失業者にあふれ、雇用・失業問題はいちだんと深刻となっており、一日も放置できない状況となっている。民間信用調査会社の東京商工リサーチの調査によると、東証上場1730社の98年度下半期の総従業員数は475万人余。4年前に比べて50万人近く削減されている。本年7月30日に発表された総務庁・労働力調査によれば完全失業率4.9%、完全失業者329万人、失業は産業、地域をとわず全般化し、深刻な社会問題となってきている。そのうえ、株式公開企業910社では、今年と来年の2年間で約70万人もの人員削減を予定していると報告している(「日経」リストラ調査)。これは過去3年間の実績の3倍という急テンポの大リストラ計画である。
 このような状況のもとで、労働者に対する大量解雇と人減らし、労働条件の大幅な切り下げをともなう転籍、出向の強要、早期・希望退職の名による退職強要、これに応じない労働者に対しては仕事も外線電話も窓もない部屋に「隔離」するといった常軌を逸した人権侵害や「いじめ的処遇」が、全国各地のあらゆる産業分野に蔓延している。

増大する「リストラ自殺」
 また警察庁の統計によれば、98年に32,836人が自殺し、前年の97年の34.7%も増加している事実を発表している。なんと1日あたり90人もの国民が自殺により死亡しているのである。このような自殺者の増加は、厚生省発表の「平均余命年数」を押し下げるほどになっている。そのうち、ローン返済や子供の教育費負担という重荷を抱えることの多い中高年男性(40歳から59歳)の自殺は44.6%も増加している。将来の不安と自己否定された「リストラ自殺」が、「過労自殺」とならんでこの国を代表する社会問題となっているのである。雇用不安と失業問題は、1日の猶予もなくもはや放置することは許されない。

解雇・労働条件の切り下げの「事業再構築計画」の「認定」は公正に
 それだけに、いま、この国では労働者保護のための雇用のセーフテイ・ネットが、緊急に求められているのであって、安易な「事業再構築計画(リストラ計画)」による人減らし合理化が、産業再生法による主務大臣の「認定」によって、企業に「お墨付き」を与えることのないよう厳密に公正に運用されなければならない。

 2、安易な「事業再構築計画(リストラ計画)」の横行は不況をいっそう長期化・深刻化させる

産業再生法は、リストラの徹底(雇用削減、設備廃棄等)が大企業の競争力を強化するだけでなく、当面の不況を克服し景気を回復させるとする財界や「経済戦略会議」などの声高な主張を全面的に受け入れた。そして、税制・金融上の各種優遇措置の適用を申請する企業に、生産性を相当程度を向上させる「事業再構築計画(リストラ計画)」を提出させ、これを主務大臣の認定を受けなければならないとしている。
しかし、そもそも産業再生法による「リストラ計画」の大規模な実行が、企業の競争力を強化させ、本当に景気を回復させるのだろうか。
 大規模なリストラの実行によって大量失業が発生するのは明白である。雇用が悪化すれば所得減少による個人消費は冷え込み、消費需要はいっそう沈滞し、中小企業はますます経営危機にあえぐ。消費の落ち込みは生産の減退や設備投資の減少につながる。生産の減退と設備投資の減少による操業度の低下は「過剰設備」の「廃棄」によって人員削減が必要となる。その結果は、「失業と消費停滞の悪循環」を招来することは必至である。
次の報道(99年4月28日付「日経」)は、リストラの経済的結果である消費力の低下を招来する「失業と消費停滞の悪循環」を危惧する「アメリカの懸念」を伝えたものである。
「一斉に企業リストラに突き進んでいけば、日本経済への下押し圧力は大きくなりすぎるとの懸念が米国にはある。米政府内では97年に日本が財政構造改革を急ぐあまり消費税率を引き上げたことが景気の腰折れを招き、その後のアジア経済危機の深刻化につながったとの見方が有力。日本がまた失敗を繰り返すのではないかという不安感が根強い」
日経連会長の奥田碩トヨタ自動車会長も、リストラによる安易な人減らし合理化が、結果として企業としての「競争力」の喪失をもたらすことになるとして、次のような警告を発している。
 「現在のわが国には従業員のクビを切ることがもてはやされるおかしな風潮がある。(中略)確かに過剰とされる労働力を削減すれば、瞬間的には企業の競争力は増します。しかし、長期的に考えたら、もう何年かすると労働人口がどんどん減っていくのは、人工統計のうえからもはっきりしています。今、労働力が過剰なのは、景気がたまたま停滞しているからです。いずれは資金の調達と同様、労働力の調達にも苦労する時代を迎える。そのときにどうするんですか、と言いたい。不景気だからといって、簡単に解雇に踏み切る企業は、働く人の信頼をなくすに違いない。そして、いずれ人手が足りなくなったときには、優秀な人材を引き止めておけず、競争力を失うことになる」(「経営者よ、クビ切りするなら切腹せよ『不安の経済』から『自信の経済』へ」文芸春秋99年10月号)
 以上の通り、「事業再構築計画(リストラ計画)」を安易に「認定」することは、雇用不安をいっそう悪化・増大させ、不況をより長期化・深刻化させるばかりか、結果として競争力を喪失させていくことになる。
 そこで、「事業再構築計画(リストラ計画)」の「認定」は、労働者・国民の働く権利と生活を破壊しないよう慎重且つ公正に運用されなければならない。

V「認定」・運用に当たっての提言と要請

 1、提 言
   労働者・労働組合等への情報開示と労使協議の指導徹底
(1) 情報開示と労使協議
主務大臣は、使用者(本法適用申請事業者)が主務大臣に提出すべき労働者の雇用・労働条件に影響を与える企業組織の合併、分割・分社化、営業譲渡、閉鎖、設備廃棄等の「事業再構築計画」の作成・提出及びその変更とその計画の実施をするにあたっては、労働者の過半数で組織する労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合のないときは労働者の過半数を代表する者に、その具体的内容・情報を開示して、その労働組合あるいは過半数を代表する労働者から意見を聴取したうえで労使協議を尽くし、可及的に労使合意が成立するよう使用者に周知させ指導しなければならない。
(2)情報開示と労使協議を尽くさない「事業再構築計画」の「認定」の効力
主務大臣の上記の指導に従わない使用者の「事業再構築計画」については「認定」しないものとする。
(3)資料の提出
主務大臣は、使用者が上記の情報開示及び労使協議・合意成立にむけていかなる努力を尽くしたかについての具体的資料を、使用者及び労働組合あるいは過半数を代表する者から提出させたうえで、「事業再構築計画」の「認定」の判断をしなければならない。
提言の理由
 産業再生法第18条1項では、「認定事業者は認定事業再構築計画に従って事業再構築を実施するに当たっては、その雇用する労働者の理解と協力を得る」と規定している。「事業再構築計画」が労働者の雇用や労働条件に重大な影響を与えるからこそ「労働者の理解と協力を得る」ことを不可欠としたものである。
もともと労働条件を労働者に不利益に変更することは、原則として無効とされている。例外的にその不利益変更をしなければならない合理的必要性及び代替措置をとるなどの合理的事情があり、その変更について労使協議を尽くしたとき、はじめてその法的効力を認めるとするのが、わが国における最高裁「秋北バス事件判決」以来確立した判例法理となっている。
 また、労働者を整理解雇するときには、「整理解雇の4要件(解雇の必要性、解雇回避可能性と回避努力、解雇基準の合理性、労使協議を尽くしたこと)」を充足することが、これまた判例法理となっている。
 ちなみにEEC「大量解雇指令(75年、92年一部改正)」の以下のルールは、我が国の上記判例法理を具体的に法制化して徹底したものである。
「大量解雇に関する加盟国の法制の接近に関する指令」第2条第1項、第2項(情報提供と協議)「使用者が大量解雇を計画するときは、適当な時期に労働者の代表と意見の一致が得られるように(大量解雇を回避、限定し、又は和らげる可能性も含めて)協議しなければならない」
同指令第2条第3項「使用者は、労働者の代表が建設的な提案を行えるように、協議の適当な時期に、全ての関連する情報を提供するとともに、解雇の理由、解雇する労働者の数、解雇の計画期間、被解雇者の選定理由、解雇手当の計算方法等を文書で通知しなければならない」
同指令第3条(大量解雇の手続き)「使用者はその計画する全ての大量解雇につき、労働者代表との協議、解雇の理由、解雇労働者数、解雇の計画期間等を含め、管轄庁に申告しなければならない」
 そこで、使用者は「事業再構築計画」について「労働者の理解と協力を得る」には、具体的には当該事業再構築計画に関係する事業所の労働組合との労使協議を尽くして労使合意成立に努力を尽くさないときには、「事業再構築計画」を「認定」しないことを、主務大臣は使用者に指導・徹底しなければ、産業再生法の「労働者の理解と協力を得る」とする規定の実効性は確保されない。
また「労働者の理解と協力を得る」規定の趣旨を徹底して、労使協議の対象とその時期については、使用者「事業再構築計画の実施」のみならず、「事業再構築計画の策定」にあたっても、使用者は労働組合または過半数を代表する労働者に必要な情報をすべて開示して、労使合意成立に努力を尽くさないときには、主務大臣は「事業再構築計画」を「認定」しないことを、使用者に指導・徹底しなければならない。「事業再構築計画」の策定段階で労使協議もせずに、「計画」策定し「計画」を実施する段階になっていきなり労使協議による労使合意成立を得ようとすることは、きわめて困難な問題を生じる。そのための上記EC指令の規定のごとく、運用することが必要である。
さらに、主務大臣は、使用者に対する上記の指導・徹底を図るために、労使合意成立にむけて、いかなる努力が尽くされているかについての具体的資料を、労使双方から提出させなければならない。そうでなければ正確な判断ができないからである。重要なことは、「認定」が主務大臣の手で、つまり国家の手で、安易に運用されることのないようにすることである。
産業再生法第1条「雇用の安定等の配慮」、同法第3条6項六号「当該事業再構築計画」が「従業員の地位を不当に害するものでないこと」に適合することを要求している同法の規定を、実効あるものにするためには、上記のルールが遵守されるよう運用されることが不可欠である。

 2、提 言
   解雇、労働条件の不利益変更等を行う「事業再構築計画」についての「認定」にあたって
(1)解雇、労働条件の不利益変更と判例法理の徹底
主務大臣は、「事業再構築計画」に、企業組織の合併、分割・分社化、営業譲渡、閉鎖、設備廃棄等を理由とした労働者の解雇、労働条件の不利益変更が含まれているときには、@その解雇、労働条件の不利益変更の必要性、Aその解雇、労働条件の不利益変更についての回避回避努力を尽くしたこと、B解雇選定基準が合理性を有していること、C労働組合あるいは過半数を代表する労働者との間で協議を尽くしたこと等々を、使用者に指導・徹底しなければらない。 (2)指導を遵守しない「事業再構築計画」の「認定」の効力
主務大臣は、使用者が上記@ABCに関しての指導を遵守しないときは、
「事業再構築計画」を「認定」しないものとする。
(3)資料の提出と事情聴取
 主務大臣は、使用者が上記@ABCを遵守しているかどうかを、判断するうえで必要な具体的資料を、使用者及び労働組合あるいは過半数を代表する労働者から提出させ、双方から事情を聴取したうえで、「事業再構築計画」を「認定」すべきか否かの判断をしなければならない。
(4)労働者本人の同意
主務大臣は、「事業再構築計画」に企業組織の合併、分割・分社化、営業譲渡、閉鎖、設備廃棄を理由とした労働者の転籍、出向が含まれているときには、使用者は労働者の同意を得ておこなうよう指導・徹底しなければならない。
(5) 主務大臣は、使用者が同意に関する上記指導を遵守しないときは、「事業再構築計画」を「認定」しないものとする。
(6)閉鎖、設備廃棄についての指導基準
 主務大臣は、@「閉鎖」及び「設備廃棄」の必要性、A「閉鎖」及び「設備廃棄」の回避努力を尽くしたこと、B「閉鎖」及び「設備廃棄」について労働組合あるいは過半数を代表する労働者との間で協議を尽くしたこと等々を、使用者に指導・徹底しなければならない。
(7) 主務大臣は、使用者が前項@ABを遵守しないときは、「事業再構築計画」を「認定」しないものとする。
(8) 主務大臣は、上記各遵守事項を使用者が遵守しているか否かを判断するうえで、必要な具体的資料を使用者及び労働組合あるいは過半数を代表する労働者から提出させ、双方から事情を聴取したうえで、「事業再構築計画」を「認定」すべきか否かの判断をしなければならない。
(9)資料の開示
 主務大臣は、上記の各判断に至る関係資料については、その判断によって影響を受ける労働者から請求があったときは、その関係資料を開示しなければならない。
提言の理由
 産業再生法第1条は、この法律の目的実現にあたっては「雇用の安定等に配慮」して「事業再構築」を実施すること、同法第3条第6項六号で「当該事業再構築計画が従業員の地位を不当に害するものでないこと」、同法第18条第1項で「認定事業者は認定事業再構築計画に従って事業再構築を実施するに当たっては、(中略)当該労働者について失業の予防その他雇用の安定を図るための必要な措置を講ずるよう努めなければならない」、さらに同条2項で「国は、認定事業者の雇用する労働者について、失業の予防その他雇用の安定を図るため必要な措置を講ずるよう努めるものとする」としている。
産業再生法が規定する上記の労働者の「失業の予防その他雇用の安定」を、現実に確保し、「従業員の地位を不当に害するものでない」内容に適合する「事業再構築計画」にしなければならないとする観点から、解雇、労働条件の不利益変更が含まれる「事業再構築計画」については、すでにわが国において「整理解雇」や「労働条件の不利益変更」、また「転籍」「出向」に関して確立している判例法理(本人の同意を必要とする)が提起している上記の各ルールを、使用者が遵守して「事業再構築計画」を策定しているか否かを、主務大臣が指導・チエックすることが、「事業再構築計画」を「認定」するうえで肝要である。  また、主務大臣は、「事業再構築計画」を「認定」すべきか否かの公正な判断を担保し、その指導・チエックをより実効性のあるものにするために、労使双方から具体的資料を提出させて事情を聴取することが不可欠である。
主務大臣が上記の指導、事情聴取等をすることは、今日の国際労働基準からしても、いわば国際常識となっているものである。例えば、
 ILO158号条約「使用者の発意による雇用の終了に関する条約」は、「労働者の雇用は、当該労働者の能力若しくは行為に関連する妥当な理由又は企業、事業所、若しくは施設の運営上の必要に基づく妥当な理由がない限り、終了させてはならない」「終了の妥当な理由のあることを挙証する責任が使用者にあること」「終了の理由、影響を受けるおそれのある労働者の数及び種類ならびに終了が実施される予定期間を含む関連情報を適切なときに関係のある労働者代表に提供すること」「終了を回避し又は最小にするための措置及び関係のある労働者に対する終了の不利な影響を軽減するための措置に関する協議のための機会を、できる限り早期に関係のある労働者代表に与えること」としている。
 また前記のEEC「大量解雇指令」(第2条第1項、第2項、第3項)及びEEC「既得権指令(77年)」「企業譲渡の際の労働者の権利の保護に係る加盟国の接近に関する指令」第1条第1項は「本指令は、企業、経営又は経営の一部の法的な譲渡による若しくは合併による他の所有者への譲渡に適用される」として、同第4条第1項は、「企業譲渡を理由として解雇してはならない」、同条第2項は「解雇の形をとらなくても、企業譲渡による労働条件の実質的変更が労働者にとって不利益となるために雇用契約が終了する場合には、使用者はその雇用終了に責任があるものとみなす」としているのである。
なお、主務大臣による「事業再構築計画」の「認定」とその運用に関わるいっさいの行政が、国民に公開され真に民主的に運用されることが、主権者である国民に対する責務である。そのためには「認定」に関わる関係資料の公開は不可欠である。産業再生法第3条第7項には「当該認定に係る事業再構築計画の内容を公表するものとする」としているが「公表」すべき対象が「計画」にとどまっているのではあまりに狭すぎる。行政機関が国民の負託を得て、労働者・国民の働く権利と生活に重大な影響をあたえる「計画」の「認定」に関わる関係資料を、関係する労働者・国民にひろく公開して、その行政が公正におこなわれているかどうかを、国民のチエックをうけるようにするのは当然のことである。

 3、提 言
   企業組織の譲渡(合併、分割・分社化、営業譲渡等)によって雇用関係に影響を及ぼす「事業再構築計画」の「認定」にあたって
(1)企業組織の譲渡を理由とする解雇禁止、雇用・労働条件の承継と労使協議
主務大臣は、企業組織の譲渡を内容とする「事業再構築計画」が、@その譲受企業(吸収企業)に譲渡企業(被吸収企業)の労働者の雇用関係を承継すること、承継できない事態のときには、A企業組織の譲渡が不可避で且つ雇用関係を承継できない合理的必要のあること、B承継できない事態を回避するために譲渡企業及び譲受企業双方で努力を尽くしたこと、C承継できない労働者の選定が合理的であること及び承継できない労働者には他の職場での雇用を保障する努力を尽くすこと、D使用者は「事業再構築計画」策定前に、労働組合あるいは過半数を代表する労働者に、その「計画」の内容を開示して、雇用関係の承継について「事業再構築計画」策定前に協議をつくすこと、E承継できない労働者の雇用を保障するための具体的措置について、労働組合あるいは過半数を代表する労働者と「事業再構築計画」策定前に協議をつくして労使合意を得ること等々を、譲渡企業及び譲受企業双方に指導・徹底しなければならない。
(2)指導を遵守しない「事業再構築計画」の「認定」の効力
主務大臣は、譲渡企業及び譲受企業が上記@ABCDEの各指導を遵守しないときには、「事業再構築計画」の「認定」しないものとする。
(3)資料の提出と事情聴取
主務大臣は、譲渡企業及び譲受企業が上記の各指導を遵守しているか否かについて、労働組合あるいは過半数を代表する労働者と譲渡企業及び譲受企業から関係資料を提出させ、双方から事情を聴取して、「事業再構築計画」を「認定」すべきか否かを判断しなければならない。
(4)資料の開示
主務大臣は、上記の各判断に至る関係資料については、その判断によって影響を受ける労働者から請求があったときは、その関係資料を開示しなければならない。
提言の理由
産業再生法第18条は使用者及び国に対して、事業再構築を実施するに当たって、その雇用する労働者の「失業の予防その他雇用の安定を図るための必要な措置」を講ずることを命じている。「失業の予防その他雇用の安定を図る」ことを実現するには、雇用関係を譲受企業に承継させることなのである。
すでにわが国の判例理論では、「有機的統一体たる経営組織」が別企業に同一性を維持しつつ存続する営業譲渡について、雇用関係を原則的に承継することを認容してきた(東京地裁50年7月6日「済生会中央病院事件」「正当の事由なくして特定人の承継を拒否し得ないと解しなければならない。けだし経営組織ということに着目してみれば、その活動の継続中経営主体の交代に際し、特定人を排除することは、実質的には、そのものを解雇すると同じことになるのである」としている)。
EEC既得権指令「企業譲渡の際の権利の保護に係る加盟国の接近に関する指令」は、わが国の判例理論をさらに具体的に実効性のある法的ルールとして整備している。例えば
 同指令第3条第1項は「企業譲渡の時点で存在している労働契約又は労働関係から生ずる譲渡人の権利義務は譲受人に移転する」、同条2項は「譲渡人が締結した労働協約に定める労働条件を、譲渡後も譲受人はその終了(又は新たな労働協約の発行)まで維持するものとする」として、企業組織の譲渡の際に、雇用関係を原則的に承継させているのである。
 また同指令第4条第1項「企業譲渡を理由として解雇してはならない」、第2項「解雇の形をとらなくても、企業譲渡による労働条件の実質的変更が労働者にとって不利益となるために雇用契約が終了する場合には、使用者はその雇用終了に責任があるものとする」として、企業組織の譲渡による解雇を禁止しているのである。
 さらに同指令第6条第1項「譲渡人及び譲受人は、譲渡の前に、それぞれの労働者の代表に、譲渡の理由、労働者に対する法的、経済的、社会的インプリケーション及び労働者との関係で検討している措置について情報提供するものとする。特に譲渡人は譲渡が行われる前の適当な時期に情報提供しなければならない。譲受人はその労働者が譲渡によって直接に影響をうけることとなる前に情報提供をしなければならない」、同第6条第2項「譲渡人又は譲受人は、労働者との関係で措置を検討する場合には、合意する目的で労働者代表に協議しなければならない」同第6条第3項「情報提供と協議は少なくとも労働者との関係で検討されている事項をカバーするものとする。いずれも経営の変更の前の適当な時期ににしなければならない」として、企業組織の譲渡にあたっての労働者の雇用条件に与える影響とこれに対する措置についての事前における情報を開示し及び労使協議・合意による雇用を確保するための具体的努力を求めているのである。
合併、分割・分社化、営業譲渡などの企業組織の譲渡にあたって、労働者の雇用・労働条件を保障したEC諸国のルールは「世界の常識」として、「事業再構築計画」を「認定」判断の基準とされるべきものである。
譲受企業に雇用関係を承継できない事態においても、上記のABCDEの各指導を、譲渡企業も譲受企業も遵守することによって、労働者の雇用と労働条件の安定を確保する努力が尽くされることを求めることによって、「労働者の失業の予防その他雇用の安定を図る」ことの実効性を確保しなければならない。