<<目次へ 【意見書】自由法曹団


民事再生法案についての意見書

1999年11月
自 由 法 曹 団

はじめに

 政府は民事再生法案をまとめた。
 労働者の雇用をめぐって、完全失業率4.9パーセント、完全失業者329万人、大卒の就職率は60.1パーセント、高卒の7月末での求人倍率は0.62倍というかつてない深刻な事態が続いている。そして、企業分割と分社化をテコに進められている、転籍や出向を手段とした首切り「合理化」と、賃金など労働条件の一方的な大幅切り下げに、社会的な非難が急速に広がり、たかまっている。長びく不況を克服するためにも、なによりも労働者の雇用をまもり、その購買力を高めることが求められているのに、これに逆行する大企業の非人間的なリストラ(首切り「合理化」)に厳しい批判が集中している。
 こうした状況のなかで政府は、「経済的に窮境にある債務者について、債務者の事業の維持又は経済生活の再生を図ることを目的」として、破産予防のためにする債務調整に関する手続として民事再生法案をまとめた。この臨時国会にも提出すると伝えられている。法案は、とくに中小企業を対象としてその破産を予防し再生をはかるものとされている。
 また政府は、民事再生法案の策定と並行して、中小企業基本法の改定を企て、中小企業政策の基本方向の転換を計ろうとしている。中小企業政策審議会中間答申は、経済大国化のなかで中小企業労働者の所得水準もあがり、中小企業の絶対的水準も上昇したから、格差はあってもその意味は変ったとして、従来の「二重構造の是正」、格差是正という基本理念は実態と乖離したので、これを転換するとしている。
 しかし、中小企業が直面している困難は、最大の消費者である労働者の失業と賃金切り下げ、消費税増税を含む増税と社会保険料負担の増大による消費需要の縮小に起因している。また、大企業の下請単価の一方的引き下げ、低コストを狙った生産拠点の海外移転と産業空洞化、中小企業市場への大企業による介入などが、中小企業の困難をいっそう大きくしている。中小企業の経営はこれまでになく厳しいものとなっており、事業継続への見通しを失って廃業へ追いこまれるものがかつてなく多くなっている。二重構造はより深まり、その格差是正こそ、より緊急かつ欠くべからざるものとなっている。
 民事再生法の目的とされる、破産を予防し中小企業の再生をはかるためにも、消費税減税などの施策とここに述べたような大企業の横暴の規制が必要とされているが、なかでも労働者の雇用と賃金など労働諸条件をまもりその向上をはかることこそ緊急に求められている。
 こうした見地から、民事再生法について以下のとおり意見を述べ、必要な提言をする。

T 労働債権の確保

1 不十分な労働債権保護
 法案は、一般の先取特権については、再生手続によらないでこれを行使できるとしている(122条)。
 労働債権に関しては民法306条、308条で「最後の六か月分の給料」について一般の先取特権の対象とされている。しかしこれでは労働者の保護に著しく欠けるところから、商法295条は「雇用関係に基づき生じたる債権」すべてについて一般の先取特権の保護を与えている。とはいっても、商法295条は株式会社のほか有限会社、相互会社に準用されるのみで、それ以外の社団法人、財団法人、共済組合、信用組合、さらに個人営業の労働者の労働債権とくに退職金債権の保護に欠けることについて、かねてからくり返し指摘されているところである。

2 労働債権を共益債権に
 そこで再生手続においては「雇用関係に基づき生じたる債権」はすべて優先的に保護する扱いにするべきである。
 また法案のように一般優先債権は再生手続によらないでこれを行使することができるとする方法は、和議手続と同じであるが、法的には優先債権とされる労働債権でも、実際の手続においては、共益債権や再生債権の支払が優先されて、再生手続によらないで行使できるとされる債権の弁済が事実上後廻しにされる可能性もある。
 この点についてILO173号条約8条は「労働債権に、他の大部分の優先的債権、とくに国家および社会保障制度より高い優先権を与えるものとする」としている。このように労働債権に高度の優先権を与えることが、国際的に認められた基準となっている。
 したがって労働債権すなわち「雇用関係に基づき生じた債権」については、再生手続開始の前後を問わず、給料か退職金かを問わず、共益債権とすることを明示し、制度上からも労働債権は再生債権に先だって随時弁済することとするべきである。

U 労働組合等の手続関与

1 労働組合等の手続関与の必要性
 再生手続は労働者の雇用と労働条件の変動と結びつく可能性が高く、労働者の地位におおきな影響を与える。手続においては賃金など労働債権の支払が問題となり、また整理解雇、配転、出向、賃金切り下げなどが問題となる。
 また債務者は厳しい状況でおおきな困難をかかえているからこそ、労働組合など労働者の積極的な協力なしには再生計画の立案さえ難しく、商品(製品)の受注から製造、納品、代金回収まで、労働組合などの意欲的な努力なしには、再生計画の遂行は不可能な実情にある。
 再生計画の立案とその遂行のためには労働組合ないし労働者代表の再生手続への十分な関与が必要である。

2 労働組合等の意見聴取
 この点で法案は、営業譲渡および再生計画案について裁判所は、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、それがないときは労働者の過半数を代表する者(以下「労働組合等」という)の意見を聴かなければならないと定めるほか(42条、168条)、債権者集会の期日、簡易再生や同意再生の申立について労働組合等への通知を義務づけている(114条、200条、206条)。しかし、これのみでは十分でない。
 債務者が再生手続を申立てる場合にも、労働組合等の意見を聴取することとし、申立の際にその意見の添付を要することとするべきである。また、再生計画の取消し、再生手続の廃止の場合も、労働組合等の意見を聴取することを義務づけるべきである。

3 債権者集会
 再生手続においては債務者が業務を継続することを前提としているので、適正な再生手続をすすめて合理的な再生計画を立案するためにも、労働者の労働債権の有無にかかわらず、労働組合等を利害関係人として債権者集会に加わらせることを法律で定めるべきである。

4 再生計画作成にあたっての協議
 再生債務者または管財人が再生計画を作成するにあたっては、労働組合等と協議することを法律で義務づけるべきである。

5 再生計画と労働条件に関する情報の全面的な開示
 ここまで再生手続の重要な局面での労働組合等の意見聴取ないし協議の必要性を明らかにしてきたが、この手続要件を定めるだけではなお不十分である。
 なぜなら多数の労働者の整理解雇あるいは賃金など労働条件の一方的な大幅切下げのために再生手続が利用される場合に、単に労働組合等が意見を述べる機会を形式的に保障するだけでは、労働者の正当な権利を守ることはできないからである。
 労働組合等が意見を述べる機会を与えられても、あらかじめ債務者から充分な情報・資料を与えられていないとするなら、どんな意見も説得力をもって述べることはできない。再生計画およびこれと不可分な雇用と労働条件に関する必要な情報を労働組合等にあらかじめ開示することを、法律で義務づけるべきである。

6 団体交渉等
 そのうえで団体交渉(労働組合がない場合には労使協議)による誠実な協議が保障されなければならない。かねて会社更正手続において、裁判所の監督下にあることを理由に、管財人が雇用と労働条件について団体交渉を拒否することがあったが、再生手続において債務者と管財人は労働組合等の団体交渉(労使協議)に応じなければならないことを、確認的に明示すべきである。
 また再生手続申立て前から存在している労働協約と労働慣行を債務者と管財人は尊重しなければならない。少なくとも再生計画が裁判所の許可を受けるまでは、解約または更新拒絶できないこととするべきである。

V 営業の譲渡

1 労働者の雇用・労働条件保障条項の欠落
 民事再生手続で事業を維持するについて、最も重要で、実際に多用されると考えられる手法は「営業又は事業の全部又は重要な一部の譲渡」(以下「営業の譲渡」という)である。法案は営業の譲渡について手続を簡略化し、より自由にフレキシブルにこれができるように定めている。しかしここで当然に必要なはずの労働者の雇用と労働条件についての保障を欠いていることは、大きな問題である。

2 事業継続のための必要性(実質的要件)と労働組合等の意見聴取(手続要件)
 法案は、営業の譲渡の許可をするためには裁判所は労働組合等の意見を聴かなければならない(42条)とするが、他方で、株式会社である債務者がその財産をもって債務を完済することができないときで、債務者の事業の継続のために必要であると認める場合については、労働組合等の意見を聴く手続保障を欠いている(43条)。
 素直に文章を読めば、後者(43条)では労働組合等の意見を聴かないまま営業譲渡が許可できると読みとれる。
 また前者(42条)では、「債務者の事業の継続のために必要」とされるケース以外にも、自由に営業譲渡ができることになる。株式会社の場合であっても「債務者がその財産をもって債務を完済することができないとき」でない場合には、「債務者の事業の継続のために必要」との要件を欠いても、より自由に営業譲渡ができることになる(ただし、その場合には商法245条の規定は排除されないから、株主総会の特別決議等が必要になると思われる)。
 42条と43条の要件の違いは統一されるべきである。労働者の権利を守り、不公正で不当な営業譲渡を防止するためには、第一に裁判所が許可するには労働組合等の意見を聴かなければならないという要件を43条の場合にも明記すべきだと考える。
 そして第二に、営業譲渡の総則規定だとされる42条にも、営業譲渡を許可するにあたっては43条と同じく「債務者の事業の継続のために必要な場合に限り」という要件を必要とするべきである。

3 必要な情報の開示
 しかし営業譲渡の許可にあたって「事業の継続のために必要」という実質的要件と労働組合等の意見を聴取するという手続要件を規定するだけでは、なお不十分である。
 なぜなら多数の労働者の整理解雇、あるいは労働条件の大幅切下げなどのために民事再生手続が利用される場合に、形式的に労働条件等の意見を聴取するというだけでは、労働者の雇用と権利を守ることは困難だからである。
 裁判所から呼出しを受けた労働組合等が、あらかじめ債務者会社から必要な情報と資料を与えられておらず、必要な説明を聞かされていないとしたら、営業の譲渡についても企業の維持存続についても、合理的で説得的な意見を述べることは不可能である。したがってまず第一に、労働者の雇用と労働条件について重大かつ決定的な意味をもつ営業の譲渡(それによる雇用と労働条件の変更)について、必要な情報が債務者から労働組合等に開示されることを義務づけるべきである。

4 雇用と労働条件の承継
 しかし必要な情報の開示だけではなお不十分である。営業譲渡においては雇用を承継するとの原則を明記しなければならない。
 実質的にも、営業譲渡を労働者の雇用の原則的承継なしに裁判所が許可することができるとすることは、半世紀に亙って確立してきた営業譲渡における雇用の原則的承継という法理に反することになる。
 すでに1950年7月6日、済生会中央病院事件、東京地裁判決(労民集一巻4号646頁以下)は「有機的統一体たる経営組織」が別企業に同一性を維持しつつ存続する営業譲渡については、つぎのように判示している。
「正当の事由なくして特定人の承継を拒否し得ないと解しなければならない。けだし経営組織ということに着目してみれば、その活動の継続中経営主体の交代に際し、特定人を排除することは、実質的には、そのものを解雇すると同じことになるのである。」(これと同一のものとして1952年5月2日、福岡国際観光ホテル事件、福岡地裁判決、労民集三巻3号125頁以下がある)。
 「営業譲渡における労働者の地位」については東京地裁労働部の柳川眞佐夫裁判官らを中心として研究発表され、当時、全国の判例をリードした『全訂 判例労働法の研究 上巻(昭和34年刊)』は次のように述べている。
「現代の労使関係のもとにおいては、労働者は、労働組織のうちにおいて従業員たる地位を保有し、特定の使用者のために労働するというよりは、その経営のために労働をするというのが常態であり、労働契約もかような趣旨で締結されたものと認めることができる。それであるから、労働組織を含む経営の全部または一部が譲渡・承継された場合においても、労働契約の趣旨にいちじるしく反しないと認められる限りにおいては、労働関係は、新旧使用者間の合意にのみにより、包括的に譲渡・承継され、個々の労働者とのあいだにおいて、個別的に債権譲渡・債務引受などの手続をとることを要しないと解すべく、ただ、労働関係の承継を欲しない労働者は、労働契約の解約告知をなし得ると解するのが、実態に即した考え方であるということができよう。このような法理を構成することは、また、使用者の経営の遂行を円滑ならしめるゆえんでもある。」(同書291頁)
 その場合「経営全部を譲渡する必要はないから、労働関係を譲渡しない旨の合意をすることも妨げな」い(291頁)。
 しかしそれは「経営の遂行並びに労働者の生存の保障という観点からみて合理的なものでなければならない」(294頁)。
 以後の判例学説においても、こうした法理は揺るがずに今日に至っている。 営業譲渡に際して従来の労働契約は一般には当然に新事業主体に承継されること、新主体が承継を拒む(実質解雇)には合理的な理由があり、「合理的な措置」が採られるなど特段の事情、すなわち正当性が必要なこと。これが確立された判例理論の到達点となっている(注1)。


注1) その後判例理論の到達点を示すものであり、かつ、今日の時点で営業譲渡と雇用契約の承継を考える上で重要な判例として、播磨鉄工事件、大阪高裁判決昭和38年3月26日、労民集14巻2号439頁、九州電力事件、福岡地裁判決、昭和48年1月31日、労働判例172号72頁以下などの判例がある。


5 法案の不備、欠落の是正
 法案の手続的及び実質的不備を補足するためには、少なくともこのような規定が必要だと考える。
(1) 労働者の意見尊重のための是正
 民事再生手続の適用を受け、営業譲渡の許可を裁判所に申請する者は、労働組合等に対し以下の手続を経たことを、裁判所に対して疎明しなければならない。
 @ 労働組合等が意見をまとめ、企業と必要な協議(団体交渉を含む)を行うに必要な営業譲渡の内容とそれによって生ずる雇用や労働条件の変更に関する情報をあらかじめ労働者に開示したこと
 A 右情報にもとづいて、労働組合等と協議(団体交渉を含む、以下同様)を誠実につくしたこと
 B 裁判所は@Aの要件が欠けているときは、債務者に対し、右の手続を履行することを命ずる。この裁判所の命に反し債務者が右手続を履行しなかったときは、裁判所は許可してはならない。
(2) 雇用と労働条件の保障についての是正
 @ 営業譲渡は原則として解雇の理由にはならないものとする。営業譲渡にあたっては、原則として雇用は承継されるものとする。
 A 一部又は全部の労働者について、雇用の承継が経営上止むを得ない事由で不可能だと営業譲渡人たる債務者ならびに営業譲受人が主張する場合は、その止むを得ない事由を説明し、労働組合等と協議をつくさなければならない。
 B 雇用を承継しない労働者が生ずる場合は、その選定基準は合理的なものでなければならない。
 C 営業譲渡人たる債務者と営業譲受人は、労働組合等とAによる協議を誠実につくしたこと及びB記載の選定基準の合理性について営業譲受人たる債務者は裁判所に疎明しなければならない。右の疎明がされていないときは裁判所は営業譲渡を許可してはならない。
 D 営業譲渡に際して譲渡される会社の労働者(一部譲渡の場合の当該部分で働く労働者の場合も同じ)の労働条件は原則として、従前のとおりとし、労働者との協議をつくさずに一方的に不利益変更することはできない。もし右の条件に反するときは裁判所は許可しないものとする。
 E 譲受人とその労働組合との間に労働協約があるときは、原則として右協定は譲受人との間に承継される(譲受人は相応の期間後、右協定の破棄や変更を求めるには新たに団体交渉をつくさなければならない)。

6 雇用等の承継は不可欠―国際労働基準からも
 私たちの求めている法案についての是正要求は最低限のものである。要望している規定は、EC理事会指令(いわゆる「既得権指令」)では当然のものである(注2)。なお、民事再生法はその目的からいって、いわゆる清算型ではなく、企業を継続させるための手続なのだからEC指令規定をもうけるのは必要であり、かつ可能だと考える。
 実際に、今我国で進められているあまりにも雇用確保を無視したリストラ合理化の実態を見れば、こうした規定を設けるのは不可欠だと確信する。
 企業の真の再生は、単に当該企業の利益増加だけを求めて、そこで働いていた労働者の雇用や労働条件を一方的に無視するやり方では実現しない。さらにいえば多くの企業が民事再生法を使って、そんなやり方を競い合うような社会になれば、第一には失業が増えることによって、さらに第二には失業の不安におびえる労働者が激増することによって、国民の消費は大きく冷え込んでいくことにならざるを得ない。法案の目的に反して企業は再生しないばかりか我国の経済も再生不能になるのである。さまざまに経済的な困難を抱えながらも、EC理事会指令で営業譲渡・合併などにあたって、労働者の雇用と労働条件を保障したEC諸国のルールに学んで、我国の法制を適切にものにすることこそが合理的・建設的な解決法であることを確信して、ここに意見を提出する次第である。


(注2) ECの「リストラ関連法制」には、@大量解雇指令(解雇規制)、A「既得権指令」(営業譲渡などの時の雇用、労働条件保障)、B賃金確保指令がある。@とAは本法制定あたって大いに参考にするべきである。
(イ) 企業譲渡の時点で存在している労働契約または労働関係から生ずる譲渡人の権利義務は譲受人に移転する。
(ロ) 譲渡人が締結した労働協約に定める労働条件を譲渡後も譲受人はその終了(または新たな労働協約の発行)まで維持するものとする。
(ハ) 企業譲渡を理由として解雇してはならない。
(ニ) 解雇の形を取らなくても、企業譲渡による労働条件の実質的変更が労働者にとって不利益なものとなるために雇用契約が終了する場合には使用者はその雇用契約の終了に責任があるものとする。


 このようにEC理事会指令は私たちの是正要求の内容とほぼ同旨である。EC諸国で実現していることを我国で実現できないわけはない。「グローバルスタンダード」といいながら、こうした「スタンダード」を無視するのは企業サイドの利益を一方的に優先させるもので正しくない。