郵便局の統廃合を批判する意見書

 

1 進められようとしている郵便局の廃止

2005年10月に郵政民営化法が公布され、その後郵便局は、日本郵便株式会社の店舗になった。本来郵便局のネットワークは、国民共有の生活インフラ・セーフティーネットであり、利益を追求してはならない分野の事業として国が責任をもつ公営事業であった。民営化にあたっては、利益追求を第一とする株式会社となった経営主体が、赤字郵便局の統廃合によって郵便局のネットワークが破壊され、国民が等しく郵便事業の利益を享受することができなくなることが懸念された。

  そして現在、日本郵便株式会社は、東京23区内の住宅街をはじめとして、過疎地ではないが収益率が低い郵便局を廃止しようとしている。郵政民営化から10年余り経過した現在、日本郵便株式会社は郵便局の廃止を進めようとしており、民営化の際の懸念が現実化しようとしている。

2 民営化自体の問題点

  公共事業の民営化は、国民に対するサービスの質の低下をもたらす恐れがある。株式会社は、営利を目的とする社団法人である。この点、国や地方公共団体が事業をおこなえば、経費以上に利益を上げることが求められない。しかし、公共事業が民営化され、事業主体が株式会社などの営利を目的とする社団法人となれば、経費のみの売り上げでは足りず、必ず経費の他に利益を上げて株主に対して配当をおこなわなければならなくなる。利益を考えないでいい分だけ、公共事業であれば国民に対するサービス向上に利用できるが、民営化されると、利益は株主に配当されるため、必然的に国民に対するサービスが低下することになる。また、公共事業であった事業において利益を追求することになれば、不採算部門の縮小や利用料金の値上げなどの方法によって、さらなる利益を追求することは必然である。

  このように、サービスの質の低下や、サービス自体の廃止、料金の値上げを必然的にもたらす民営化という手法を、国民のインフラ・セーフティーネットにかかわる公共事業に対してとることが適当でないことは明らかである。

3 郵政民営化法の際に行われた議論

(1)設置基準について

  以上のような民営化の問題点は、郵政民営化法の審議の際に国会でも多く指摘されてきた。日本郵便株式会社法6条は「会社は、総務省令で定めるところにより、あまねく全国において利用されることを旨として郵便局を設置しなければならない」と規定するが、法案審議当時、この設置基準が「これは省令ですね。ただし、省令は勝手にかえられます、いつでも変えられます。」との質問(162回国会(参議院郵政民営化に関する特別委員会)平成17年8月2日会議録22頁)、「郵便局の設置なんですけれども、過疎の定義に該当しなければ経営者の判断により統廃合される、または合理的な再配置が行われる、そういうことなんでしょうか。」(162回国会(参議院郵政民営化に関する特別委員会)平成17年8月5日会議録31頁)などと質問がされている。これに対して当時の竹中平蔵大臣は、過疎地以外の郵便局について「地域住民の需要に適切に対応することができるよう設置されていること・・・いずれの市町村においても一以上の郵便局が設置されていること・・・交通、地理、その他の事情を勘案して、地域住民の、住民が容易に利用することができる位置に設置されていること。こういう設置基準を定める考えでございまして、これらの基準に従って必要な郵便局ネットワークを維持する・・・都市部、過疎地は当然のこととして、都市部、そしてそれ以外の地域も含めまして、国民の利便性に万が一にも支障が生じないように住民に配慮をして郵便局ネットワークを国民の資産としてしっかり維持していく」と述べている。

(2)赤字郵便局の統廃合の懸念について

  また、民営化において赤字郵便局が統廃合されるのではないかとの懸念があった。郵政民営化法の審議では「特に地方都市の、中途半端なと言ったら語弊があるんですけれども、特定郵便局、特に無配集の特定郵便局辺りはこれなかなか黒字を出そうとしても難しい。赤字がどんどん累積していく。そなってくると、将来的にそういったところに、効率化という名の下になるんだろうと思うんですけれども、統廃合のターゲットになってしまうんじゃないだろうかと、こういう心配がある」(162回国会(参議院郵政民営化に関する特別委員会)平成17年7月25日会議録6・7頁)との質問がされている。これに対して、竹中平蔵大臣は、「大都市と過疎地の中間、これは基本的にはもう十分ネットワーク価値があるわけでありますから、単体で赤字がでましても、ネットワーク価値がこの中間の場合はありますでしょうから、私はそういうことについて実際の支障は生じないと思いますが・・・仮に過疎地でない郵便局であってももちろんこの基金は使えるというふうに制度上はなっておりますので、その点でも私は担保がなされているというふうに思います」と答弁している。なお、この基金は「社会・地域貢献基金」であるが、平成24年に使い勝手が悪い、内部留保を自由に使いたいとの理由で廃止されている(第186回国会(参議院総務委員会)平静26年5月29日会議録2頁)。

(3)サービスの提供と採算性について

  また、採算性が合わない場合に、公的な事業をおこなわない可能性についての質問について、竹中平蔵大臣は、「今あるリザーブエリアをそのまま引き継ぐ形でこの会社は設立されます。この郵便事業会社は、・・・リザーブエリアでの利益をもって、これで全国津々浦々まで公共的な機能を果たすという仕組みになっておりますので、そこは民間会社になったから余裕がなくなって必ず利益追求になって公的なことができないと、そういうことにはならないような仕組みにしている」(162回国会(参議院郵政民営化に関する特別委員会)平成17年7月22日会議録11頁)と答弁している。

4 郵便局ネットワーク維持のために規定された法令関係

  以上のような議論を経て、郵便局のネットワーク維持のために、以下の法令が規定された。

  

 日本郵便株式会社法

第6条「会社は、総務省令で定めるところにより、あまねく全国において利用されることを旨として郵便局を設置しなければならない」

 

 日本郵便株式会社法施行規則

 第4条第1項「法第六条第一項の規定に基づく郵便局の設置については、会社は、いずれの市町村(特別区を含む。)においても、一以上の郵便局を設置しなければならないものとする。ただし、郵便窓口業務及び保険窓口業務を行う会社の営業所(関連銀行の営業所が併設されている場合に限る。)が当該市町村(特別区を含む。)において一以上設置されている場合又は郵便窓口業務及び銀行窓口業務を行う会社の営業所(関連保険会社の営業所が併設されている場合に限る。)が当該市町村(特別区を含む。)において一以上設置されている場合その他の合理的な理由があると総務大臣が認める場合は、この限りでない。」

第2項「前項の基準によるほか、会社は、次に掲げる基準により、郵便局を設置しなければならない。

一 地域住民の需要に適切に対応することができるよう設置されていること。

二 交通、地理その他の事情を勘案して地域住民が容易に利用することができる位置に設置されていること。

三 過疎地においては、郵政民営化法等の一部を改正する等の法律(平成二十四年法律第三十号)の施行の際現に存する郵便局ネットワークの水準を維持することを旨とすること。」

 

 郵政民営化法付帯決議

一「国民の貴重な財産であり、国民共有の生活インフラ、セーフティネットである郵便局ネットワークが維持されるとともに、郵便局において郵便の他、貯金、保険のサービスが確実に提供されるよう、関係法令の適切かつ確実な運用を図り、現行水準が維持され、万が一にも国民の利便に支障が生じないよう、万全を期すること。

   簡易郵便局についても郵便局ネットワークの重要な一翼を構成するものであり、同様の考え方の下で万全の対応をすること。」

 四「民営化委員会が行う三年ごとの見直しには、設置基準に基づく郵便局の設置状況、金融保険サービスの提供状況を含めること。また、民営化の進捗状況及び民営化会社の経営状況を総合的に点検・見直しを行うとともに、国際的な金融市場の動向等を見極めながら、必要があれば経営形態のあり方を含めた総合的な見直しを行うこと。

   なお、民営化委員会の三年ごとの見直しに関する意見については、郵政民営化法第十一条第二項によって国会へ報告されることとされているが、更に、郵政民営化推進本部がその意見を受けて施策を講ずるに当たっては、国会へ報告し、その意見を十分聴取するよう求める。」

 

  これらの関連法案は、当然ながら上記の国会における審議と一体として読まなければならない。特に公共性のあるインフラ・セーフティネットである郵便局の運用については、公共性を維持しようとした立法者意思を超えて恣意的に解釈・運用してはならないことはいうまでもない。

5 ねらわれる郵便局の廃止

(1)郵便局廃止の動き

  上記日本郵便株式会社法施行規則第4条第2項3号において、「過疎地」の郵便局の廃止は禁止されている。しかし、現在、「過疎地」の定義にあたらない不採算郵便局の廃止が全国で狙われている。現在中期的に複数の郵便局の廃止が予定されている。

(2)東京23区内での郵便局廃止の動き

  例えば、日本郵便株式会社は、東京23区内にある「板橋高島平郵便局」は、2018年9月、突如同年10月19日をもって廃止すると告知した。廃止の理由は、当初は建物の老朽化によって郵便局における労働者の労働環境が悪化しているためなどと述べていた。しかし、2018年10月27日に開かれた住民説明会で、日本郵便株式会社は、「当該郵便局は近くに商業店舗のない住宅地に所在しているため、郵便局としての立地が悪く一般的な都内の郵便局と比べてご利用が少なく、営業的に非常に厳しい」「築43年と経過していることから、老朽化が進み、毎年維持費も必要となっている」「そのため、当社としても、より一層の経営効率化が求められており、経営上の判断で閉店することとしたものです」などと述べて、不採算を理由に郵便局の廃止を主張する。

  板橋高島平郵便局は、いわゆる第一種低層住宅街といわれる住宅街に存在している。板橋区の人口は56万5725人(2018年9月1日現在)であり、非常に多くの人口を有している。しかし、日本郵便株式会社は、商業店舗がないため採算が取れないことを理由に、地域のインフラでありセーフティーネットである郵便局を廃止するとする。

  これを受けて、地域住民の大きな反対の声が巻き起こり、当初2018年10月19日をもって廃止する予定であった板橋高島平郵便局は、2019年2月28日まで廃止を延期された。

  住民説明会で、日本郵便株式会社は、板橋西局、板橋三園局、板橋高島平西局、板橋赤塚局などの利用を促したが、いずれの郵便局も板橋高島平郵便局から徒歩30分〜1時間程度かかるものであり、地域の高齢者が日常的に利用できるような場所にはなかった。また、代替施設に経営上の知友によりいつでも閉店の可能性がある民間企業であるファミリーマート板橋三園店に設置されたATMの利用やコンビニでの公共料金の支払いを促すなど公的な使命をもった企業とは思えない発言を住民に繰り返すなどしていた。

  このような事態は、郵政民営化の際に国会で危惧されていた状況そのものである(上記3(1)「過疎の定義に該当しなければ経営者の判断により統廃合される、または合理的な再配置が行われる」等)。このような事態を予測して、日本郵便株式会社法施行規則第4条第2項1号は「地域住民の需要に適切に対応することができるよう設置されていること。」同項2号は「交通、地理その他の事情を勘案して地域住民が容易に利用することができる位置に設置されていること。」と規定している。当該規定の解釈に当たっては、上で当時の竹中平蔵大臣が述べていたとおり「地域住民の需要に適切に対応することができるよう設置されていること・・・いずれの市町村においても一以上の郵便局が設置されていること・・・交通、地理、その他の事情を勘案して、地域住民の、住民が用意に利用することができる位置に設置されていること。こういう設置基準を定める」「これらの基準に従って必要な郵便局ネットワークを維持する・・・都市部、過疎地は当然のこととして、都市部、そしてそれ以外の地域も含めまして、国民の利便性に万が一にも支障が生じないように住民に配慮をして郵便局ネットワークを国民の資産としてしっかり維持していく」と解釈しなければならない。

  少なくとも、この立法者意思及び設置基準を勘案すると、代替施設が徒歩30分〜1時間程度の場所にあるので国民は廃止を受忍しなければならないような法の立て付けにはなっておらず、日本郵便株式会社は法律上「国民の利便性に万が一にも支障が生じないように住民に配慮」しなければならない義務があり、不採算を理由に経営上の判断で利用者のいる住宅地内の郵便局を廃止する裁量は設置基準をみても極めて限定されているのである。

  また、商業店舗のそばや、人通りが多い駅前に限定して郵便局を出店をし、住宅街などの住民に密着した郵便局を廃止していくのであれば、これはそもそも営利目的で作られた銀行と変わらないのであり、日本郵便株式会社法6条の「あまねく全国において利用される」という郵便局の目的や、郵政民営化法の付帯決議一「国民の貴重な財産であり、国民共有の生活インフラ、セーフティネットである郵便局ネットワークが維持されるとともに、郵便局において郵便の他、貯金、保険のサービスが確実に提供されるよう、関係法令の適切かつ確実な運用を図り、現行水準が維持され、万が一にも国民の利便に支障が生じないよう、万全を期する」という規定に真っ向から反する方針といえる。

  営利のみを追求する日本郵便株式会社の姿勢は法律上決して許されるものではない。

6 全国的に郵便局の廃止が広がりうること

  板橋高島平郵便局のような東京23区内の住宅街にある郵便局を、不採算を理由に廃止してしまう先例を認めてしまえば、同様の理由で日本中の郵便局の統廃合が更に加速していくことが予測される。このような動きを許してはならない。

7 おわりに

  以上のとおり、公共性が極めて高い郵便局を運営する日本郵便株式会社には、不採算を理由に郵便局を閉店する裁量は極めて限定されている。少なくとも、経営がすぐにも立ち行かないような不採算ではない限り郵便局を閉鎖することは法律上認められていないと解するべきである。

  自由法曹団は、国民の権利を擁護する法律家団体として、国民共有のインフラ、セーフティーネットである郵便局の数、質を維持するとともに、不採算を理由として郵便局を廃止することのないよう、法の趣旨を厳格に適用し、設置基準を順守するよう断固として求めていく所存である。

 

  2018年11月17日

自 由 法 曹 団

団 長  船 尾  徹