<<目次へ 【声 明】自由法曹団


審議会最終意見への団長声明

1、6月12日、司法制度改革審議会は2年の審議を終えて内閣に最終意見を提出した。  司法改革をめぐっては、憲法を擁護し国民とりわけ社会的弱者の人権を救済する司法を望む声と財界・自民党の進める規制緩和路線を前提に社会的強者の立場から紛争を「迅速」かつ「効率的に」処理する司法を求める声とが激しくせめぎあっている。審議会は国民の立場に立った委員が圧倒的に少数という問題を抱えていたが、司法を国民に役立つものに改革したいという世論と運動を反映して、最終意見には、今後の改革の手がかりになるものとして積極的に評価できる点があり、この点は今後一層徹底していくべきと考える。しかし他方で、重大な問題を含んでおり改悪として反対せざるをえない点、重要な問題であるにもかかわらず手つかずのまま放置されている点が数多く含まれている。

2、裁判官制度の改革として、裁判官指名諮問機関の設置、裁判官の人事評価の透明化と不服申立制度の導入、判事補に一定期間その身分を離れて弁護士実務等の経験を積ませることなどを提案している点は、最高裁事務総局という司法官僚が採用・人事その他様々な制度を利用して裁判官への官僚的統制を行なっている現状を変革する手がかりとなるものとして積極的に評価できる。裁判官指名諮問機関の民主的構成をはじめとして今後なお一層前進させ具体化していくべきである。また手つかずのまま残された官僚司法に対する改革を進め、とりわけ最終意見が結局踏み込まなかった法曹一元制度を是が非でも導入すべきである。

3、国民の司法参加については、重大な刑事事件において国民から選任される裁判員と職業裁判官が共同して審理・判断を行う「裁判員制度」の導入を提案している。しかし裁判員制度は職業裁判官が国民から選任される裁判員に強い影響を与えるおそれがあり、陪審制と比べ不十分な国民参加形態である。従ってより徹底した国民の司法参加制度である陪審制を導入すべきである。仮に裁判員制度を導入する場合でも、少なくとも裁判員の構成比を大幅に増やすなどして国民の司法参加を実効あるものとすることが必要不可欠である。また、国民の司法参加を重大刑事事件に限ることなく、行政事件や労働事件など裁判所のあり方に大きな問題がある分野においても導入すべきである。

4、民事司法制度の改革については、最終意見は様々な提案をしているが、重要な課題に関して多くの欠落が存在している。民事司法全般については、証拠の偏在を是正するために必要不可欠な証拠収集制度の充実・強化や経済的弱者の裁判を受ける権利の保障にとって急務な法律扶助制度の拡充に関して抽象的な指摘に留まっている。

5、労働事件については、労働調停制度の導入が提起されているが、陪審制はおろか参審制の導入すら先送りにされ、労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方の見直しや簡易迅速な労働訴訟制度の導入については何ら具体的な提案がなされていない。
 さらに、行政に対する司法のチェック機能の強化、違憲立法審査権の行使のあり方の見直しについては、改革の方向性すら示されていない。現在の裁判所の最大の問題は、行政事件、労働事件、公害事件、消費者事件などにおいて、国や地方自治体、大企業などの社会的強者に偏し、「憲法の番人」「人権の砦」としての役割を発揮していない点にある。このような現状にメスを入れることが審議会に強く期待されたのであるが、最終意見はその期待を裏切ったと言わざるを得ない。

6、最終意見は、国民を裁判から一層遠ざける弁護士報酬の敗訴者負担制度の導入を提案している。これが導入された場合、国や地方自治体、大企業などにとってはほとんど影響を受けない反面、経済的弱者が裁判を起こすことは極めて困難になる。とりわけ行政事件など経済的弱者が勝つことの困難な事件ではその萎縮効果は重大である。中間報告で原則導入が提案された後国民各層から非難の声が審議会に寄せられたにもかかわらず、最終意見は多少の手直しをした上でなお導入を提案している。弁護士報酬敗訴者負担の導入については我々は断固反対である。

7、刑事裁判についても、「絶望的」とも言われる刑事司法を改革するための方策は極めて不十分である。代用監獄制度廃止や人質司法・調書裁判の現状を改革するための提案はない。証拠開示については部分的な開示を前提としたルール作り、取調べの規制については録音・録画、弁護士の立会いを否定して書面による記録化というそれぞれ不十分な提案に終わっている。むしろ刑事裁判の「迅速化」が強く打ち出され、弁護活動が制約され、刑事司法がさらに悪化するおそれがある。
 しかし、最終意見が被疑者を含んだ公的弁護制度の整備を明確に打ち出した点は高く評価できる。ただ、その運営主体を「公正中立な機関」としその機関に対する監督等の在り方に言及しているが、刑事弁護への権力的介入を防ぎその自主性・独立性を侵害しないようにすべきである。

8、法曹人口の増加については、我々は基本的に賛成である。しかし最終意見は法曹全体で年間3000人に増員するとしながら、最も急務である裁判官の増員については何ら具体的な数値目標を掲げず、最高裁が提案した今後10年間で約500人増員という数値を引用するに留まっている。もし最終意見が最高裁の提案する程度の増員をもって十分と考えているのであれば問題である。裁判官は現在1人当り200件から300件もの事件を抱えてその処理に追われ、十分な審理・適切な判断ができていない。従って裁判官の数を2000人以上増員して少なくとも今の2倍程度にすべきであり、それに伴い書記官、速記官等の裁判所職員についても大幅に増員すべきである。

9、法曹養成制度については、最終意見は法科大学院構想が打ち出しているが、経済的理由によって法曹への道が閉ざされないか、第三者評価によって大学の自治が侵害されないか、十分な教育ができず法曹の質の低下を招かないかなどの疑念を払拭できない。従って今後構想の具体化に当たってはこの点に十分留意する必要がある。

10、弁護士制度の改革については、弁護士自治や弁護士の在り方に重大な影響を与える問題・危険性を多々含んでいる。そもそも弁護士自治は、弁護士活動や弁護士会の運営への国家権力などからの介入を防ぎ、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために国民から負託されたものである。しかし自民党・財界らは弁護士自治の弱体化を狙っている。こうしたたくらみを許さず、国民とともに弁護士自治を擁護発展させることが重要である。

11、 政府は審議会の最終意見を受け、改革の基本理念や推進体制を定めた改革推進法案を成立させた上で具体化を進め、3年以内をめどに必要な法改正や新規立法を目指すと報道されている。今後の具体化・立法作業に当たっては、以上指摘した点を踏まえ、最終意見の積極的な面をより発展させ、問題点や欠落した点を克服しなければならない。政府内に設けられる司法改革推進機関は、正しく国民の声が反映するよう国民の各層を公平に代表するメンバーによって構成されなければならない。また、国民のための司法改革を進めていくためには司法予算の大幅な増額が必要不可欠であり、最終意見が必要な財政上の措置について特段の配慮を求めている点は正当である。ところが財務省は、財政上の理由から司法改革を根幹から否定する意見を表明しているが、このような財務官僚による後退を許してはならない。

12、私たち自由法曹団は、この間全国各地で、労働者・国民とともに裁判の現状を告発し、国民のための司法改革を進める運動を押し進めてきた。基本的人権を擁護し、憲法的価値を実現するための司法改革の成否は、何よりも国民要求の結集と国民世論の発展にかかっている。自由法曹団は、弁護士任官や法曹養成、過疎地対策など司法の担い手として求められている責務を自覚し、今後も引き続き国民と手を携えて、国民のための司法改革の実現のために全力を挙げて奮闘するものである。

2001年6月13日
自由法曹団団長 宇賀神   直