<<目次へ 【声 明】自由法曹団


教科書採択の世論敵視の文部科学省に対する抗議声明

1 一部新聞で報道されるところによれば、遠山文部科学大臣は7月24日、都道府県の教育長らが集まった全国都道府県教育委員会連合会の総会で教科書採択のについて発言し、「一部の地域で、公正かつ適正な採択が妨げられかねない事態が生じている。外部からの働きかけに左右されることなく、採択権者の判断と責任で、採択を行ってほしい」と述べたという。
 一方、7月19日付で文部科学省初等中等局長名で各都道部県教育委員会教育長あて「一部の地域からは、教育委員会等の採択関係者に対し、教科書採択について組織的な運動として展開されるなど様々な働きかけが行われ、教科書の公正な採択に影響を与えかねない事態が生じているとの報告がなされています。」としたうえで「教科書の採択が外部からの働きかけに左右されることなく、採択権者の権限と責任において公正かつ適正になされるよう、指導の徹底をお願いする」旨の「通知」がされている。こうした発言等は教育への国家権力の介入と国民主権を否定する重大なもので、これに対して厳しく抗議するものである。

2 もともと「新しい歴史教科書をつくる会」(以下つくる会)作成の教科書の採択を求める者は、かねてから教育委員会に働きかけ、「つくる会」教科書を無償で「配布」したり、検定後「市販」を強行して採択の弾みにしようとしたり、教科書採択の仕組みの「改正」までして、つくる会教科書の採択に有利になるようにはかるなどの様々な「運動」を展開してきた。しかし、こうした動きについては文部科学大臣は何らの態度表明もしていない。
 ところが文部科学大臣、文部科学省は今の時点になって急遽従前の態度とは異なり、ことさらに公式の場で発言したり「通知」を出したりして教育委員会に対する働きかけを批判している。こうした「発言」、「通知」は、7月11日に栃木県下都賀地区協議会で一旦決められた「つくる会」歴史教科書(扶桑社刊)について、抗議が相次ぎ採択の方針が覆されたことなど全国で巻き起こっている抗議の声を意識し、こうした国民の健全な批判を敵視してなされたものとみるほかない。
 上記の「発言」、「通知」は形式的には、教科書採択が「公正かつ適正」になされるべきとしているものの、現在に至る経緯とタイミングから見るならば、「つくる会」の教科書批判への牽制であり、実際は教育委員会に対し、「つくる会」教科書採択を躊躇せず踏み切るように言っているに等しい。「採択権者」の権限と責任による「採択」を擁護するかのような姿勢をとりながら実際には文部科学大臣、文部科学省による「教科書採択」への介入である。

3 教科書採択については、地域によっては教材選択にもっとも関心と高い理解をもつ現場の教員の意見を聞かないで決定することを始め、教育の本来のあり方に反するものになってきている。  そもそも、教科書採択は、教育に直接携わる教員、地域住民、国民の意見を聞いてなされるべきものであり、国民の批判、監視を回避しようとすることこそ問題である。父母が我が子の教育に重大な関心を持つのは当然であり、基本的な権利である。そして、国民が次代を担う世代の教育に関心と期待をもつこともまた当然である。公教育は国民の負託を受け、国民全体に対し、責任を負って行われるべきものであり、国民の意見や批判を排除することは許されない。  さらに、国民からの批判を嫌悪し密室での採択を強行しようとすることは国民の請願権を否定し、国民主権をもないがしろにするものである。  私たちは、このたびの文部科学大臣の「発言」と文部科学省初等中等教育局長の「通知」に対して厳しく抗議すると共に直ちにこれを撤回することを求める。

2001年7月30日

自由法曹団  団 長   宇 賀 神    直