<<目次へ 【声 明】自由法曹団


速記録の訂正禁止通達の削除に関する声明

  1. 最高裁は、本年三月二〇日、「裁判所速記官による速記に関する事務の運用について」(昭和三二年一二月二六日付け事務総長通達)を見直し、「速記録については、誤字、脱字または反訳の誤りがある場合のほか、訂正をさせないものとすること」との項目を削除することを含む新しい通達を発出した。
     もともとこの三二年通達は、裁判所書記官について定めた裁判所法六〇条の五項では、「裁判所書記官は、口述の書取その他書類の作成または変更に関して、裁判官の命令を受けた場合において、その作成または変更を正当でないと認めるときは、自己の意見を書き添えることができる。」とされ、書記官調書については裁判官による訂正命令を前提としているのに対し、裁判所速記官に関する同法六〇条の二項の中には、これと類似の規定がなく、したがって、速記録については裁判官による訂正命令を禁止するものあることを、最高裁当局の公式見解で明らかにしたものである。最高裁事務総局が刊行した「裁判所法逐条解説」(中巻三〇八頁)も、この通達をふまえて、「裁判所速記録の作成については、裁判官といえども、その内容の変更を命ずることができない。けだし、裁判所速記官は一種の技術者であり、自己が耳で聞いたところを機械的に速記するのであるから、その内容の変更を命ずることは、速記の性質に反するからである。」とその諭旨を明確に述べていた。

  2. 最高裁は昨年二月、各界の反対を押し切って、証言調書の外部委託による録音反訳方式を導入し、速記官の新規養成停止を強行した。また、新しい民事訴訟法規則でも、録音テープを調書に代用する手続が規定され、集中証拠調等を理由として、供述調書を簡略化したり省略する動きが強まっている。これらの動きは、速記録の真髄である証言調書の正確性と信頼性を低め、証拠に基づく裁判の要請を後退させて、裁判官の心証に合わせた調書作りへと逆行させる危険な動きであり、今回の通達も、これらの大きな流れの中で理解する必要がある。
     しかも最高裁判所が、全司法等の申入れにも耳を貸さず、また、広く法曹界等に意見を求めることをせずに、一方的、かつ、短期間にこのような決定をしたことははなはだ遺憾である。

  3. しかし、三二年通達改訂の動きを察知した全司法や「裁判所速記官制度を守り司法の充実、強化を求める会」、自由法曹団等のとりくみ、日弁連による今後の運用に関する最高裁あての照会、国会における質疑等のたたかいを経て、最高裁は新通達の付随文書である「新速記通達の概要」等の中で、「速記録の訂正に関する事項」「については裁判官の訴訟指揮」「等に関する事項であり、通達事項とすることは相当でない」などとしつつも、「速記に関する通達の改正について」の中では、三二年通達に触れ、「速記録については『誤字、脱字または反訳の誤』の訂正はともかくとして、裁判官といえども内容の変更を命ずることができないことは、証人の証言等をそのまま文字にするという速記録の性質上当然のことであり、訂正命令に関するこのような運用は、深く実務に定着しており、このことは速記官を始めとする関係職員も、十分承知しているところと考えています。」と述べざるを得なかった。同趣旨は、日弁連の三月一九日付照会に対する三月二三日付「速記に関する通達の改正について(回答)」や、国会における質疑の中でも明言されるに至っており、これは短期間とはいえ、この間のとりくみの大きな成果である。

  4. 調書の簡略化に向けたこの間の大きな流れや、裁判官の中には、速記官調書を高く評価する考えがある一方で、調書の簡略化を求めたり、心証に合わせて調書を訂正することを望む根強い傾向があること、速記官調書の訂正を求める事例などが一部ではあるが出ていることなど、今後とも警戒をしていく必要がある。
     我々は、裁判所が三二年通達の趣旨をいささかでも変更することのないよう、監視を強めるとともに、一連の調書の簡略化の動きに反対し、その充実、強化とこれを支える人的、物的体制の強化を求めるとりくみを強めるものである。

一九九八年三月二八日
自 由 法 曹 団