<<目次へ 団通信1008号(01月11日)

芝信女性昇格差別是正判決の新たな到達点

─とりあえずの「速報・報告」として

東京支部  坂 本   修

一、二〇世紀最後の年の十二月二二日、午後四時、東京高裁は芝従組提訴女性労組員について、「課長職(資格)に昇格した地位を認め、差別賃金と一審では認められなかった慰謝料・弁護士費用を含め、合計約一億八〇〇〇万円余の支払いを命じた。昇格を認めた画期的な一審判決以来四年以上(提訴後一三年以上)、長い格闘≠ノよって一審判決をさらに大きく前進させ、新たな峰を築き、「二一世紀へのかけ橋」(原告弁護団声明)をつくった大きな意義を持つ勝利判決である。

二、判決の前進面に絞って報告すれば、次の諸点があげられる。
 一審判決では年功加味運用の労使慣行の存在とこれからの女性の排除を根拠に昇格を認めていた。高裁判決は厳しい昇格試験だというのに男性は一〇〇%昇格している事実を総合判断すれば、男性については年功加味運用をするために、昇格試験の合否に決定的な意味(総得点の五〇%)を持つ人事考課について、男性を優遇していたと「推認」できるとした。さらに、原告ら女性は、合格不能の人事考課をされ、その結果を、学科・論文試験受験前に発表されて合格できないことを知らされた事実を指摘し、こうした場合に学科・論文試験の点数が大きく劣位にあっても、それは不合格の理由とは出来ないと明言した。
 法理論としては、まず雇用契約においては、労働者を平等に処遇する原則があることを明言した。その上で、労基法三条(均等待遇)、同四条(賃金における女性差別の禁止)、同一三条(法律違反で無効な契約の場合の基準)をあげ、賃金についての差別は違法無効で、差別されていない賃金が支払われるべきだとした。では昇格差別をどう法的に評価するか?長く問題にされてきたこの論点について、判決は昇格について、使用者は人事権を持ち、裁量権を持っているが、賃金に直結している昇格についての差別は、賃金差別と同視すべきであり、違法無効となるとした。
 本件のような昇格差別の場合の救済としては、たんに不法行為にもとづく損害賠償を認めるだけでは「差別の根幹にある昇格についての法律関係が解消されず、男女の賃金格差は将来にわたって継続することになり、抜本的是正措置がないことになる。だから、労基法一三条(そして就業規則で平等処遇義務を明記している本件では労基法九三条)を『類推適用』して昇格を認めるのが相当である。」判決は以上の法理に立って退職金差別や年金差別にも及ぶことを指摘し、昇格した地位そのものの確認の利益と差別賃金(定年退職者には差別退職金)の支払いを命じたのである。なお、判決は一審判決が認めなかった一人最高二〇〇万円、最低で七〇万円(勤続年数の差に比例)合計一五八〇万円の慰謝料の支払いと、差別賃金を含む全請求金額の一割にあたる弁護士費用一六六七万円の支払いをも命じた。「生涯に及ぶ差別を許さない」「抜本的な是正を」という原告らの思いに基本的に応えてくれたものだと思う。
 ただし、判決には原告植松について、同期男性のうち五名がまだ昇格していない(男性昇格率約八二%)を理由に昇格を認めなかったとか、入庫以来の一貫した女性差別は金庫の意図的な女性差別政策にもとづくものだという主張について、そこまではいえないとするなど重大な欠点はある。とくに前者は、差別の救済における不当差別であり、決して容認できない。にもかかわらず、二でのべた判決の事実認定と法理ーとくに法理ーは文字どおり二〇世紀の働く女性の差別是正裁判闘争上、新たな峯を築いたものといえよう。それはたんに女性差別だけではなく、資格制度(さらには昇格試験制度)を差別に悪用するやり方に苦しむ多くの男女労働者の権利回復の武器となり得るにちがいない。

三、約三年半を超えた高裁審理の最終時点で裁判長以下全員が交代してしまうという状況下で、結審をどうするか、弁護団は悩みに悩んだ。この重大な局面を突破するために私たちは弁論の更新と相次ぐ準備書面の提出など全力をつくした。この間、わずか五ヶ月間に準備書面は第一四、第一五、第一六、第一七に及び合計頁数は約一〇〇〇頁(六〇万字)に達した。
 弁護団の一員として、私はいままで、短期にこれだけの準備書面作成に関与したことはない。西谷敏教授や、深谷信夫教授など労働法学者の貴重な協力を得、多くを教えられながら私たちは格闘≠ノつぐ格闘≠くりかえしたのである。
 私たちは、いまはこの勝利に素直に喜んでいる。しかし、金庫は判決の翌日の土曜日、自主解決を求める声に全く耳を貸さずに上告した。「二一世紀のかけ橋」を焼き落とそうという金庫の暴挙との緊張したたたかいがまた続く……。こんな事態を許さず、だれもが早期に権利を回復することのできるようにするにはどんな労働運動が必要か?誰のための、どんな司法改革が必要か?そして、そのために私たち自由法曹団員にはどのような視点と活動が求められているのか?思うところは多い。

四、到達点に確信を持ち、ここまでの道を開いた原告らとこれを支えたすべての人々と喜びを共にする。だが、なお、たたかいはこれからである。一人請求を認められなかった原告植松を含む、全原告の一日も早い権利の実現のために、弁護団は原告団や共闘組織の労働者とともに、年末、そして年頭早々にたたかいの方針討議に入る。多くの団員からも御意見をいただければ幸いである。(注)

(注) 団通信編集部の「ともかく速報を」という依頼を受け、本文は一二月二七日に執筆した。本格的な総括と今後の闘争方針討議には若干時間がかかる。とりあえずの「報告」としてお読みいただきたい。なお、法律関係諸雑誌には判決全文・評論等があいついで載る予定である。

企業再編型リストラとの闘い そのA

西神テトラパック工場閉鎖計画を撤回させる

兵庫県支部  本 上 博 丈

 九二年以来労使紛争が継続する中、九九年一一月に突然工場閉鎖計画が発表された西神テトラパックにおいて、〇〇年八月、工場閉鎖計画の撤回及び従前の全ての労使紛争の全面解決を勝ち取ることができた。その概要を報告する。

一、会社等概要

 西神テトラパック梶i以下、会社)は、東京都内に本社を、神戸市西区に工場(以下、西神工場というが、外に工場があるわけではない)を置き、食品用紙容器に供する紙加工を業とする会社で、現在の従業員数は約一八〇名。
 牛乳・ジュースなどの液体食品を包装する紙容器の製造・販売、及び充填機のリースなどを業とするスイス系(もともとはスウェーデン資本)多国籍企業テトラパック・グループの日本法人グループの一つで、テトラパック・ジャパン・グループは、営業・販売部門である日本テトラパック株式会社と製造部門である会社及び御殿場テトラパック株式会社の三社で企業グループを形成している。なお、九九年七月一日には、本件で問題となる製造部門の一工場化プロジェクトにおける製造部門の統合会社として、新たに東海テトラパック株式会社(以下、新会社)が設立されたが、一工場化計画撤回後解散した。
 グループの山路会長は、現在、日経連副会長である。
 グループの営業状況は、極めて良好な経営状態にあり、その年間所得金額は、株式非公開のため推定ではあるが、九七年が八二億円、九八年及び九九年が一〇〇億円以上。収益率が決して悪くはないことは、会社も団体交渉において認めた。殊に会社において製造しているレンガ型紙パック(森永ピクニック、明治ブリックなどの紙容器)は、日本における業界シェアの九割以上を占めており、グループの主力商品である。

二、組合状況

 九二年六月の女子パート組合員四名の雇止め問題に端を発した労使紛争以前は、唯一の企業内組合が従業員約二〇〇名ほぼ全員を組織していたが、その後の組合中傷、脱退勧奨、三役の工場内配転などの相次ぐ不当労働行為によって激減し、本件工場閉鎖計画時点では、労使紛争の続く中で上部加盟したJMIU西神テトラパック支部(二七名)のほか、脱退者で結成した過半数組合のテトラパック西神工場労組(約一〇〇名。本件「一工場化計画」後、連合産別のCSG連合に加盟)が併存していた。
 なお、従前の労使紛争については、労委事件として、東京地判平成一一・四・二一労判七六五ー四〇、東京高判平成一一・一二・二二労判七七九ー四七等があり、損害賠償請求事件として、神戸地判平成一〇・六・五労判七四七ー六四等がある(八連勝)。
 本件「一工場化計画」問題においては、JMIU支部はもとより、連合労組も明らかな反対を貫き、個別面談拒否などで事実上同一の対応をとったり、スト日程を調整するなど部分的な共闘を組むことができ、勝利解決の主要因の一つとなった。

三、製造部門一工場化計画の概要

1、計画内容

 会社は、九九年一一月一六日、御殿場工場敷地内に新たに生産会社を創設し、現在の御殿場テトラ社と西神テトラ社の事業を承継させる、すなわちテトラパック・ジャパン・グループにおける製造工場を御殿場のみとする製造部門一工場化を決定した旨、突然、発表。その理由につき、長期にわたる業績後退と市場における激しい競合、また顧客からの種々の要請に正しく対応するため、と説明した。
 そのタイムプランは、〇〇年七月御殿場テトラ社と西神テトラ社の従業員に対する新会社の採用募集開始、同年秋に西神テトラ社から新会社への段階的な製造機械の移設開始、〇一年四月から新会社での生産開始、〇二年一月に完全一工場化というものであった。
 「一工場化計画」の法形式は、グループ企業内の既存二社(御殿場テトラ社と西神テトラ社)を合併するのではなく、グループ企業内に新会社を設立(西神テトラ社にとっては神戸から御殿場へという遠隔地に)、既存二社の業務を新会社に移し、その後既存二社は休眠もしくは解散するという手法であった。
 なお新会社への業務移管の手続き形式が営業譲渡か重要財産譲渡かは、その区別基準自体が明確でないことやグループ企業内の譲渡であることもあって、明らかではなかった。

2、会社の説明による労働契約等の扱い

 新会社の採用募集に応募した者は新会社の就業規則を承認し、かつ明らかな欠格事由がないかぎり新会社に採用され、既存会社を会社都合退職、新会社との間で新契約締結という方式で転籍するとのことであった。もっとも新会社での労働条件は、深夜割増率及び休日割増率の一〇%ダウン、労働時間も最大で年間一三二・八時間増加するなど著しい不利益変更が予定されていた。
 他方、会社は、西神工場における従来の業務の新会社への移行が完了した後(予定では〇一年一二月末)については、何らかの事業活動を継続することは予定していないとして、その時点で新会社に勤務することにならず西神テトラ社に在籍する者は解雇することになる、としていた。

四、問題点の検討

1、会社従業員にとっての深刻さ

 会社の計画どおり進むと、労働条件の不利益変更と遠隔地への永続的転居を伴う新会社に応募するか、それとも会社に残って解雇されるかという極めて深刻な選択を強いられることになる。また新会社に応募するとしても、従前の労使紛争の実情からして恣意的な採用がされるおそれもあった。

2、本件「一工場化計画」の巧妙さ

(一)本件「一工場化計画」の労働契約に関する実質は、労働条件の集団的不利益変更と遠隔地への永続的転居を伴うグループ企業内他社への転籍の申し込み(以下、Aとする)であり、またそれを承諾しなかった場合の停止期限付解雇の意思表示を内包もしくは予告している(以下、Bとする)から、講学上いわゆる変更解約告知に極めて類似する。但し、新会社への移籍と遠隔地への永続的転居を伴う点で、一般の変更解約告知とは異なる。
(二)変更解約告知法理を承認しなければ、本件「一工場化計画」の労働契約に関する実質をAとBに分解して、本来であれば、Aについては就業規則の不利益変更に関する法理、Bについては整理解雇法理によって規律されるべきということになる(大地判平成一〇・八・三一判タ一〇〇〇ー二八一大阪労働衛生センター第一病院事件)。
 そしてAについては、西神テトラ社とその従業員との間の問題であれば、西神テトラ社の経営状態からして不利益変更の合理性が認められる余地はおよそなく適法にはなし得ない。ところが、新会社への転籍とそれに伴う新たな労働契約の締結という形式をとることによって、雇用継続を望む従業員は不利益変更を承諾するしかないという場面設定を行い、論理的に不利益変更の合理性が問題にならないようにしている(就業規則の不利益変更に関する法理の脱法)。
 Bについても、同様に現在の西神テトラ社とその従業員との間の問題であれば、西神テトラ社の経営状態からして整理解雇の必要性が認められる余地はおよそなく、解雇回避努力に関しても会社は解雇回避どころか、むしろ単にグループ全体の収益の維持強化のために解雇を余儀なくされる者を創出しようとしているのだから、整理解雇として適法になし得ないことは明らかである。ところが、新会社への業務完全移管後何らの事業活動をしなくなった西神テトラ社が会社解散してしまうと、西神テトラ社に残った従業員の解雇の理由や有効性を争うことは極めて困難となってしまう(結局、整理解雇法理の脱法)。

3、労働者側として対応に苦慮していた点

(一)最大の問題は、本件「一工場化計画」そのものを差し止める法理論の構築が何とかできないか、という点だった。
 従来の営業譲渡等によるリストラに関しては、裁判例を見る限りは、既になされた営業譲渡等を前提に譲受会社に雇用が承継されるかという争いがほとんどである。しかし本件では、神戸から御殿場へという遠隔地への永続的転居に応じられない労働者が多数いるので、雇用承継の確保だけでは問題の解決にならず、本件「一工場化計画」そのものを差し止める必要があった。具体的には、一工場化の段階的実施として予定されていた転籍に関する個別面接及び生産設備の移設をどのように阻止するかが問われていた。
(二)本件「一工場化計画」における労働契約関係をどのように法律構成するかという点も問題であった。
 グループ企業性を強調して、配転+就業規則不利益変更と構成すると、新会社への雇用承継及び不利益変更の不合理性を主張しやすくなるが、反面、遠隔地への永続的転居が困難な労働者は実質的な配転命令拒否を理由とした西神テトラ社による解雇が正当化されてしまう危険がある。
 逆に、西神テトラ社と新会社はあくまで別会社という構成を採ると、転籍の自由は確保できるが(新会社に応募しなかったことを理由とした西神テトラ社による解雇はできない)、反面、新会社の恣意的採用につき採用の自由が問題になり、また不利益変更につき別個の労働契約を承諾したものとして争うことができなくなる。 (三)闘い方にしても、万一、本件「一工場化計画」そのものの撤回が得られない場合には、転籍に応じてでも雇用継続を確保したいという労働者も当然のことながら多数いるので、一工場化反対の取り組みを中心にしながらも、そのような労働者の雇用確保もできなかったという最悪の事態は避ける必要があった。つまり、必ずしも全員が失うものは何もないという闘いではなかったので、要求を単純に一面化して突っ走るわけにはいかず、情勢を時々で分析しつつ「失うもの」への配慮を忘れないようにする必要があった。

五、闘争戦略の概要

1、〇〇年三月ころという比較的早い段階から、高見沢電機事件を参考に、仮処分(製造機械の搬出禁止)、不当労働行為救済申立て(一工場化問題に関する不誠実団交)などの法的対応を検討した。しかし、理論的難点、団交そのものの不十分、法的対応をとった場合の団交への悪影響、職場での力関係の現状、当該支部が法的対応に依存するおそれ(従前の不当労働行為事件への取り組みが法廷・労委闘争のみにほとんど一面化し、職場での力関係に影響を及ぼすことができていなかった)などから、直ちに法的対応をとることは適切でなかろうと判断し、当面は、原則的に、団交を充実強化して本件一工場化計画の不当性を暴くことと、運動を拡大強化して会社を社会的に包囲していくことに集中することにした。
 そして、西神テトラ社から新会社への段階的な製造機械の移設開始が予定されていた〇〇年秋を目前にした八月下旬〜九月に運動の山場を設定し、同時期に運動上の位置付けをはっきりさせたうえで法的対応にも打って出ることを予定していた。
 なお、本件「一工場化計画」そのものが不当労働行為という捉え方は、事実関係等から困難と考えた。

2、予定していた法的対応

(一)不誠実団交についての不当労働行為救済申立て
 本件「一工場化計画」の必要性、新会社に転籍した場合の労働条件、及び西神テトラ社に残った場合の処遇の三点に関する団体交渉を相当程度煮詰めた結果、会社計画が極めて不合理で、将来予測の根拠も乏しく、説明するデータも変遷して信頼性が乏しいことが明らかとなっていた。
 そこで、主に一工場化計画の必要性についての説明不十分をとらえて不誠実団交として不当労働行為救済申立てを行い、併せて、それらの点に関する団体交渉が尽くされるまで転籍に関する個別面接及び生産設備の移設を行わないよう実効確保のための措置勧告申立てを予定していた。

(二)生産設備の移設禁止の仮処分もしくは本案訴訟
 労働契約に基づいて、以下のような妨害予防請求ができないかと考えていた(売買契約の買主が、売主による二重譲渡のおそれありとして、決済前に処分禁止仮処分をするのと同様に考えられないかという発想)。
  1. 従業員らは、会社の本件一工場化プロジェクトがこのまま進められれば、早晩、前述のような極めて厳しい選択を迫られることになることが明らかである。
  2. しかし、従業員らは、会社との労働契約に基づいて、会社に対し、将来にわたる継続的賃金請求権、雇用継続期待権、もしくは人格権的生活権を有しており、また少なくとも労働契約に伴う付随的義務として、会社は従業員らに対し、従業員らの生活に配慮すべき義務を負担している。
  3. 会社を含むテトラパック・ジャパン・グループが行おうとしている本件一工場化プロジェクトにおける労働契約関係の処理は、労働条件の不利益変更に関する判例理論及び整理解雇の法理を潜脱する違法なものであり、同プロジェクトが進められれば、従業員らの前記諸権利が侵害される結果となることは明らかである。
  4. よって、従業員らは会社に対し、労働契約上の前記諸権利に基づいて、侵害予防請求権を有する。具体的には、本件一工場化プロジェクトは会社の西神工場における生産設備を新会社に移設することによって実行されるから、その移設禁止請求権となる。

六、全面解決に至る経過の概要

 三月下旬から予定されていた個人面接については、連合労組も歩調を合わせた拒否通告によって延期を勝ち取った。七月から予定されていた希望退職募集についても、JMIUの運動の展開と、最繁忙期である七月中旬の連合労組と共闘したスト予定の威嚇で直前の延期を勝ち取った。
 その間、JMIUは、労働省・神戸市産業振興局・兵庫労働局・工業会・職業安定所等への要請(神戸市・職安等は会社に調査に入った)、金属反合共同行動として東京本社への毎月一〇〇名以上の要請行動、地元西神中央での家族を含めた四〇〇名規模の集会と工場までのデモ行進など、家族ぐるみ、地域ぐるみの工場閉鎖反対運動を広げる一方で、連合労組との懇談を継続して事実上であれ可能な限りの共闘を模索し続け、団体交渉においては、弁護団とも協議して本件「一工場化計画」の必要性、新会社に転籍した場合の労働条件、及び西神テトラ社に残った場合の処遇の三点に関する多岐にわたる具体的かつ詳細な団交事項を設定して、会社を説明不能に追い込んでいった。その結果、会社のいう競争力低下が新製品開発の遅れや設備投資の遅れなど経営サイドの問題と非現実的な将来予測に基づくものにすぎず、一工場化の狙いが二工場体制の下では西神においてなし得なかった労働条件の大幅切り下げによる人件費コスト削減にあり、そのための方便として一工場化が計画されたにすぎないことを明らかにし、それを裏付ける使用者発言や資料も入手した。
 そのような中で会社は、従前では考えられない対応として、東京本社での組合外の運動団体からの要請書の受け取り、個人面談の延期、不当労働行為全面解決要求に対する少人数での別途協議回答、希望退職募集の延期などの譲歩を示して態度変化の兆しが窺われるようになってきた。
 そして、当初に設定していた運動の山場にさしかかった七月一九日、会社は突如、計画撤回を表明した。発表されたその理由は、「雪印事件が起こり、他の乳業メーカーの増産体制に応える容器増産が求められる下で、工場集約化をめぐる労使紛争により生産の遅れが続発し、乳業メーカーやコンビニ・スーパーなどの大型小売店からテトラパックへの批判が強まっている」「また、乳業業界再編成の下で、工場集約化の前提も崩れた」というものだった。
 なお従前の不当労働行為問題についても、一工場化問題をめぐる混乱収拾の過程で、八月三日、労使正常化に関する協定書及び同協定書に関連する覚書を締結して、会社からの陳謝、解決金支払いを含む全面解決を勝ち取り、さらに同月八日には、一工場化計画撤回に関する協定書及び覚書の締結と併せて、就業時間中の一定の組合活動を認めることなどを内容とする労働協約及び雇用安定に関する事前協議協定書を締結し、かねてJMIUが要求していた諸権利を一挙に獲得した。

七、全面解決の要因等

 JMIU兵庫地本藤田和夫委員長が八つの要因に整理しており(『労働運動』〇〇年一一月号)、異論はないが、私なりに重要と思われる点を挙げると次のとおりである。
(一)職場に少数になっても闘う労働組合(主体)が存在し続けて会社の不正・不合理を容認せず(異議申立)、また不当労働行為関連事件で通算八連勝の命令・判決を得続けていたこと(正当性の確認)が、一工場化計画撤回闘争の様々な勝利要因のベースになったと考えられる。
 組合主張の正当性がこれまで繰り返し確認されてきたことは、一工場化問題での広範な社会的支援や家族ぐるみの闘いを組織するうえでその正当性をわかりやすく提示することにつながり、また連合労組や非組合員が事実上の共同歩調をとることを勇気づけ、さらに雪印事件後の納品不足に対するユーザー(飲料メーカー)からの批判が会社に向けられたことにもつながったと考えられる。
(二)一工場化計画撤回闘争の初期の段階で、直ちに法的対応をとることは適切でなかろうと判断し、当面は、原則的に、団交を充実強化して本件一工場化計画の不当性を暴くことと、運動を拡大強化して会社を社会的に包囲していくことに集中するという闘争方針をとったことは、本件においては正しい選択だったと思う。弁護団は、本件計画そのものに対しては結局法的対応を採らずに終わったが、団交事項の細かい詰めなど会社との対応策について協議・助言した。
(三)本件のようなタイプの営業譲渡は、主たる目的が事業再編そのものではなく、実質は従前と同様の事業活動を続けながら労働条件のみの不利益変更を断行することにあるから、譲渡先がグループ会社であることに特徴がある(同種事案として、京王電鉄バス事業部門譲渡事件)。新設子会社への営業譲渡及び転籍は、不利益変更制限法理の脱法を目的とする法人格の濫用であり、グループ企業内での人事異動は実質的には配転にすぎない。これが単一の企業内でのことであれば、整理解雇の四要件、労働条件不利益変更の合理性の有無、不当労働行為などの従来の枠組みで労働者保護を図れることが、営業譲渡などの事業再編の形式で行われると、とたんに営業の自由が無制約になり労働者保護の枠組みを一切免れることができるというのは、明らかに不合理である。事業再編の必要性の有無、目的などの実質及びその形態などに照らして、従来の労働者保護の枠組みをアレンジしながら規制を及ぼしていくという柔軟な解釈がなされるべきである。

一二月二日の企業再編リストラ交流会に参加して

大阪支部  小 林 徹 也

1 交流会の趣旨について

さる一二月二日、民法協と自由法曹団との共催で開かれた「企業再編型リストラ事件交流会」に参加した。
私自身、営業譲渡に絡んだ労働事件を何件か経験しており、その中で、従来の考え方など疑問に感じている点が多くあり、最先端の議論を聞いてみたいと考えていた。
交流会での報告自体はこれからの事件活動に大いに参考になるものであったが、当日解消されなかった疑問点について以下述べたい。

2 商法上の「営業譲渡」概念を前提とすることの疑問

「営業譲渡に伴う労働契約の承継」という問題を考える際に、「営業譲渡」という概念について、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等を含む)の全部または重要な一部の譲渡」という商法上の概念が用いられることが多い。
従来の判例や地労委命令でも、かかる概念を前提に、表面的には「そのような契約がなされた場合に労使関係は承継されるか」という形で問題設定をしている場合が多いように思う。
この点、商法上の「営業譲渡」の概念は、商法二五条にしろ、同法二四五条にしろ、当該会社の実質的所有者である株主が、かかる営業譲渡により不利益を被る場合を限定する趣旨から演繹的に定義付けられる概念である。
また、企業間で行われる「営業譲渡」は、その事実認定においては、結局のところ、個々の不動産・動産・債権などの財産の移転の総体に過ぎない。当該企業が、それを「営業譲渡契約である」と主張したから、営業譲渡となるわけではないし、逆に、個別の資産の譲渡契約を別個に行っていても、法的には営業譲渡と評価される場合もあろう。
ただ、このような法律行為を仮に、商法上の概念を用いて「営業譲渡」であると法的に評価してみたところで、それは、商法二四五条などで株主総会の特別決議が必要となる行為である、との結論は出ても、そのことと、労使関係の承継とはまた別個の問題なはずである。
従って、労使関係が承継されるか否かという場合の「営業譲渡」は商法上の概念とは別個に定義されるべきものであると思う(或いはあえて定義する必要性もないのではないか)。
結局のところ、個別具体的な企業において、当該「営業譲渡」契約によって、譲渡元或いは譲渡先の企業がいかなる変質を受けるか、という事実が問題なのであろう。
これをあえて、株主保護のための商法上の概念を用いて、「営業譲渡」と評価してみる必然性はあるのか、以前から疑問に思っている。

3 私が係わっているチバガイギー事件においては、(その詳細は割愛するが)、国際的な企業再編のもと、要は、譲渡元である日本チバガイギー社の一部門を別の製薬会社に「営業譲渡」したが、その部門の中の一つの課(そこに申立人が所属している)は、当該「営業譲渡」契約の目的から除外されていた、と会社は主張しているものである。
このように「営業」の目的としていかなる範囲までを含めるかについては、商法上の概念を前提とする限り、株主総会の議決さえあれば、自由なはずであり、右で述べたような、一部を除く営業譲渡であっても、その有効性に何ら問題はないはずである。
この場合に、商法上の「営業」概念を前提として、「申立人は、人的要素として、当該部門たる営業と一体をなしているから除外できない」などと言ってみたところで、あまり説得的であるとは思えない。というのは、人的要素として労働者の必要性を感じているのは株主なのであり、その株主が承諾している以上、問題はないはずだからである。
無論、この事件においては、会社の不当労働行為であることは明白であり、当然そのような主張をしているが、不当労働行為を言えない場合には右のような理屈では裁判所や労働委員会は説得できないのではないだろうか。
「労働者は人的要素であるから当該営業譲渡と共に承継されるのが原則」というのは、あくまで商法上の「営業譲渡」の概念を前提としたものであり、かかる「営業」概念が株主保護のためのものである以上、このような議論は説得的にはなりえない。

4 思うに、労働者は、企業と労働契約を締結する際に、当然にその時点での当該企業の人的物的規模から、将来に渡っての賃金支払能力などを考慮し当該企業を選択したのであり、かかる人的物的規模が、企業の責めに帰さない事情によって変動するのであればともかく、「営業譲渡」のような企業の任意の行為によって、大きな変動を受け、将来に渡っての賃金支払能力に不安が生じるような場合には、当該譲渡元企業に対しては、譲渡先企業に労使関係を承継させるべき義務が生じるものと考えるべきではないだろうか。
そして、譲渡先の企業においても、当該「営業譲渡」によって、譲渡元の人的物的規模が大きな変動を受け、その労働者に対する賃金支払能力に大きな変動を与えることについて悪意の場合には、譲渡元のみならず、譲渡先の企業も当該「営業譲渡」契約の有効性を当該労働者には主張できない、或いは労使関係を承継する、と考えてもよいのではないだろうか(善意であるような場合は一般的には想定できないであろう)。
このように考えれば、労使関係が承継される「営業譲渡」というものは、(あえて定義付けるとすれば)「当該契約によって譲渡元の人的物的規模が影響を受け、当該労働者に対する賃金支払能力に重大な影響を及ぼす場合」と捉えられる。
前述のチバガイギー事件においても、当該部門が譲渡されることにより、申立人が残った譲渡元である日本チバガイギー社は、日本有数の製薬会社から、極めて弱小の会社に転落してしまった。申立人は、当然大企業である日本チバガイギー社の規模(すなわち、将来に渡っての賃金支払能力)を信頼して労働契約を締結したのであり、それが「営業譲渡」という企業間の任意の行為により喪失することは、申立人との関係では許されるものではない。
そして、このような事態になることは譲渡先企業も当然に予測していたのである。従って、譲渡先企業も、労使関係の承継を否定することは許されないはずである。
現在、当該事件は中労委にかかっているが、このような主張をしようと考えている今日この頃です。

日弁連シンポ「談合をなくし公正な入札制度への改革」への参加のお願い

三重支部  松 葉 謙 三

 「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律(適正化法という)」が二〇〇〇年一一月の国会で成立しました。適正化法の中に談合を防止する具体策はありません。適正化法は、「不正行為の排除の徹底」を挙げていますが、具体策としては「発注者は談合の事実を認めた場合は、公正取引委員会に対し通知しなければならない」「談合情報マニュアルの策定」を挙げているに過ぎません。このような対策では談合は防止できなかったし、今後も防止できないと考えます。しかしながら、この法の中には、適正化基準を中央建設業審議会の議を経て、閣議で決定することになっています。この適正化指針に本当に談合をなくする中身を入れる必要性があると考えます。
 そのための日弁連は以下のとおり「談合をなくし、公正な入札制度への改革」というシンポを行います。談合をなくす絶好のチャンスですし、五〇〇人が入れるクレオを満員にして談合をなくす力にしたいと思いますので、団員の皆様の参加をお願いする次第です。
 1、日時 二〇〇一年二月三日(土)午後一時から五時
 2、場所 日弁連会館 クレオ
 3、司会 松葉謙三
 4、パネラー 
      櫻井よしこ  (ジャーナリスト)
      林 功二   (横須賀市契約課長) 
      田村 計   (建設省建設業課構造改善対策官)
      大川隆司   (全国市民オンブズマン連絡会議代表幹事)
 5、議題
  @日本の入札談合の実態
  A談合防止対策
  B適正化法の適正化指針の中身
 なお、私は、現在、日本の入札の状況、入札制度改革につき、次のとおり考えています。忌憚のないご意見を伺いたいと思います。

1、日本の入札の九五%が談合―損害は二〇%

 現在の入札は、談合情報がぴたりと当る入札、一位不動の入札、一社だけが予定価格以下で、予定価格の九八%から一〇〇%で落札する入札が蔓延しており、ほとんどの入札が談合であるとの疑いが極めて濃いにも関わらず、発注者はこれだけのことでは談合と断定できないなどと言って、談合が容易な入札を実施し続けている。私は、日本の入札の九五%が談合による入札であり、談合による発注者の損害は落札額の二〇%程度であると推定しています。

2、「どうぞ談合してください」という日本の入札

 日本の現在の入札は、いずれも、いつものメンバーでの入札がほとんどで、ローテーションが容易な入札ばかりです。一般競争入札といっても、せいぜい全国ゼネコン三〇社程度が参加可能な入札が多く、公募型指名競争入札では、特定の地域の大手業者二〇社程度であり、いずれも参加業者が特定できるものであり、ローテーションが容易な入札である。普通の指名競争入札では、工事現場に近いいつものメンバーだけを指名して、しかもほとんどの県は、あらかじめ入札参加業者を公表しています。これでは、発注者はこのメンバーでどうぞ談合して下さいと言っているのと同じです。入札業者にとっては、談合すれば談合しない場合より数倍の利益があがるのですから、談合しやすい入札制度(事前に話合う相手が分かり、ローテーションが容易な入札)であり、ペナルティーが少ない場合は談合する可能性が高いことは当然です。 

3、談合をなくす入札制度とは

 @第一に、発注者に対し、談合する相手が分からない入札、ローテーションが困難な入札をすることを義務付けることです。
 具体的には、地域制限や経審点数制限を大幅に緩和し、五〇社から一〇〇社以上参加可能な入札を実施し、落札率が予定価格の八五%未満に定着するような入札とすることです。
 A第二に、談合が明らかになった場合は、発注者に対し、談合した業者の入札参加資格を長期間(二年間程度)剥奪するとともに、談合業者に対し、損害賠償請求することを義務付けることです(その前提として入札業者に対し、談合した場合は一〇%の損害賠償義務を約束させる)。
 アメリカでは、談合した場合は、談合利益の二倍の罰金と一二ヶ月の実刑になり、司法省は必ず談合業者に損害賠償請求(三倍賠償)をします。日本では、談合刑事事件の刑罰は執行猶予であり、公正取引委員会において談合で摘発されても、発注者が談合業者に損害賠償請求をすることはほとんどなく、指名停止は数ヶ月です。

4、談合をなくしている自治体の実績―横須賀市、座間市、久居市

 国や自治体は、入札参加者を多くすると発注者の負担が多くなり、手抜き工事や不良工事が多くなるので実施が困難であると主張しています。入札参加業者が五〇社ないし一〇〇社となるようにしている横須賀市や市外業者も参加可能としている座間市や三重県久居市においては、平均落札率が七〇%ないし八五%となっており、談合入札がほとんどなく、自由競争となっていると推定されますが、担当者の聞き取り結果では、発注者の負担が多くて困るとか、不良工事は増えているとの意見はありません。その気になれば談合をなくすことは難しくないことを裏付けています。

5、談合をなくす抜本的対策を

 年間五〇兆円の日本の公共事業の内一〇兆円もの損害をもたらす談合をなくすため、抜本的対策を実施する必要があると考えます。

設計されなかった判事補制度

─判事補の職務権限─

東京支部  後 藤 富 士 子

一、無内容な判事補制度

司法修習修了者を任命資格とする「判事補」(裁判所法四三条)の職権については、「@他の法律に特別の定のある場合を除いて、一人で裁判をすることができない。A判事補は、同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない。」(同法第二七条)とされている。また、判事補は、地方裁判所および家庭裁判所にのみ配属されている(同法二三条、三一条の二)。判事補が簡易裁判所で単独で裁判をすることがあるが、それは判事補としてではなく簡易裁判所判事としての職権行使である。
 このように見てくると、裁判所法では、判事補について明確な制度設計がなされていない。「他の法律に特別の定のある場合」という規定の仕方からすると、「どのようなものについて判事補にやらせてよいか」という基準さえ白紙である。これについて、裁判所法逐条解説(最高裁事務総局)によると、「判事補に一人で裁判をさせてもさしつかえない程度の簡単、軽微なもの」とされている。
 ところが、「他の法律に特別の定のある場合」の例をみると、民事訴訟法・刑事訴訟法で判決以外の裁判は判事補が単独で行えるとされており、保全、執行停止、競売開始など強制執行に関する各種決定や令状発布ができる。また、破産事件、和議事件、会社更生事件、人身保護請求事件等については民事訴訟法の規定が準用されるから、これらの事件の決定等も判事補が単独でできる。これに対し、非訟事件手続法には裁判に関し民事訴訟法の規定を準用する旨の規定がないので、同法の規定による事件(会社整理、会社清算、過料事件等)においては判事補は単独で裁判することはできないし、民事調停事件についても非訟事件手続法の準用があるから、同様である。「簡単、軽微なもの」という基準からすると、保全や令状など到底該当するとは思えないし、調停や非訟事件が該当しないというのも疑問である。
 また、「判事補」と一括りにされていて、判事補の経験年数に応じた職権の区別も法的には規定されていない。「判事補に一人で裁判をさせてもさしつかえない程度の簡単、軽微なもの」といっても、判事補三年未満の者にとっては「簡単、軽微」とはいえないが、判事補五年以上の者にとっては「簡単、軽微」ということは充分ありうる。だからこそ、臨時司法制度調査会意見書では、「判事補制度の改善」として、「判事補のうち在職三年に達しない者は、判決以外の裁判も、特に法律で定める軽易なものを除き、一人ですることができないものとすること」が挙げられているのであろう。
 更に問題なのは、職権特例法により、五年経過すると判事と同等の職権が付与されることである。

二、職権特例法と判事補制度

 現行裁判所法では裁判官=判事の任用資格を高くし、判事補の職権を制限したが、判事に十分な数の人を得ることができなかったため、規定どおりに運用すると裁判事務の渋滞をもたらすおそれがあった。そこで、昭和二三年の職権特例法により、判事補で在職五年以上になる者のうち特に「最高裁判所の指名する者」は、判事補の職権の制限を受けないものとし、地方裁判所における職務の執行に関する限り、実質的に判事と同一の職権を有するものとされた。この措置は、あくまでも当分の間の過渡的なものにすぎないと考えられたから、裁判所法の改正によらないで特例法の形式がとられたのである。
 ところが、現在では、五年経過した判事補は、例外なく「特例判事補」になっているように見受けられる。しかし、特例法の規定によれば、単に五年経過したというだけではなく、「最高裁判所の指名する者」という限定があり、その指名にあたっては「能力、経験その他の点から一人で裁判をすることができるかどうかを慎重に判定して決すべきであろう」(裁判所法逐条解説・上巻二二二頁)とされている。そして、この指名をする例として、在職一〇年を超え判事に任命する資格を有する者について、定員その他の関係で判事に任命することができない場合が挙げられている。
 ところで、司法審の議論をにらんで、「判事補制度の廃止」は無理でも「特例判事補制度の廃止」は実現可能性が高いとする見解が出されている。
 しかしながら、特例判事補は、判事補でありながら判事と同等の職権をもつのであるから、特例法を廃止しても判事補は残る。そして、判事と判事補の職権を区別する指標は、「能力、経験その他の点から一人で裁判をすることができるかどうか」ということにあり、裁判所法四二条が判事の任命資格として「一〇年以上の経験」を要求していることに照らすと、「一〇年以上の経験」が「一人で裁判をすることができる」とされる要件なのであろう。そうすると、「一人で裁判をすることができる」として、「一〇年未満の経験」で判事と見做される特例判事補は、論理矛盾にすぎない。
 従って、特例法の廃止は、単に論理矛盾を解消するだけで、判事補制度を廃止する方向に寄与しない。むしろ、「一人で裁判をすることができない」という職権を「一〇年」もの長期に亘らせるのだから、判事補の経験年数による職権区分を定めるなど、「判事補制度」と呼ぶに足る制度化がなされかねない。また、一人ですることができないのは判決だけという現状からすれば、特例法の廃止により判事補制度の弊害をどれだけ解消できるか疑問である。
 なお、特例判事補に単独事件をやらせているのは地方のことであり、東京地裁では例外的と思われる。また、新任判事補研鑽部とでもいうのであろうか、裁判長と右陪席が同じで左陪席だけが三人もいて合議体が三つある部では、結局、左陪席に判決起案をさせているのだから、当事者からすると冗談ではないと言いたくなる。
 やはり、判事補制度の廃止が本質的課題なのである。

三、修習生諸君! 判事補になるな

 原則として「一人で裁判をすることができない」判事補は、憲法七六条三項の「裁判官」ではありえない。そして、判事補は、法曹一元を構想した現行裁判所法の「鬼子」であり、法曹一元を阻む癌である。判事補は、裁判官の平等と自治を不可能にする現行キャリアシステムの礎である。のみならず、「ヒヨコ裁判官」の裁判など誰もが願い下げである。判事補は、司法における「招かれざる客」である。こういう判事補になろうとは、「良き法曹」になろうと志す諸君は思うまい。諸君が判事補にならないことは、弁護士任官に劣らず、法曹一元の実現に効果的なのである。そして、法曹一元の運動は、単にキャリアシステム廃止という現象的目標に埋没せずに、「裁判官はいかにあるべきか」をひとりひとりがきっちりと考え、「裁判官は官吏であってはならない」ことをゆるぎない信念とすることによってのみ実現できるものだと私は思う。

「聞きしに勝る国」コスタリカ

─続 コスタリカ訪問記 そのB─

東京支部  盛 岡 暉 道

一〇月一三日
 この日は、サン・ホセからコスタリカの北東部カリブ海沿岸へ向けて、専用バスでブラウリオ・カリージョ国立公園を通り抜け、フリーマン港からボートに乗り野生動物達や熱帯植物の生態を観察しながら、熱帯雨林の中の運河を経てトルトゥゲーロ国立公園内のロッジで一泊しました。道中、沿道の木に登っている「なまけもの」という猿を見たり、運河ではサギやフラミンゴのような鳥(私にはどの程度に珍しい鳥なのかはさっぱり分かりませんが)を見たり、トルトゥゲーロ国立公園の海岸ではウミガメの赤ちゃんが一匹だけ波打ち際に駆け出していく姿を写真に撮ったり、まあ、はるばる日本からやってきただけのことはある「観光先進国コスタリカ」の珍しい自然を楽しむことが出来ました。
 コスタリカは今は雨期で、観光シーズンではないのですが、午後になると必ず二時間ばかり降る雨にも、この日はほとんど見舞われずにすみ、ラッキーでした。ただ、サン・ホセから街並みを抜けて村々を通る際に、バスから沿道を眺めていて、気が付いたことがあります。それはコスタリカの普通の家やお店では、昼間はまったくと言っていいほど電灯をつけていないことです。そのかわり、玄関の付近には必ず一、二脚の椅子が置いてあります。キューバもまったく同じでした。コスタリカとキューバでは、少し違う事情でこのような「節電」が行われているのでしょうが、コスタリカが「観光先進国」を目指していても、敢えてこういう電力政策をとっているのだとしたら、この国が何を大切にし、何にはあまりお金を使わないようにしているかということのあらわれのようにも思えて考えさせられました。
 私は、敗戦直後まで日本の家々でも、このように昼間は「電気が来ない」時代があったことをまざまざと思い出しました。いずれにせよ、今の日本は必要以上に電灯をつけすぎていることは間違いないですね。

一〇月一四日
この日も逆コースで、主として熱帯雨林の中の運河での鳥や「なまけもの」を見たりしながら夕刻サンホセのホテルに戻り、ホテル内で国際反核法律家協会副会長のバルガス弁護士と懇談しました。
 バルガス弁護士は、冒頭、わずかひと月の間に、遠い日本からこの国に二つも熱心な訪問団が来られたことを大変嬉しく思う、自分も一九八九年に日本を訪れたことがあるという前置きをされた後で、あらまし次のような話をされました。
「コスタリカは小さな国だ。一五〇〇年にスペインの植民地にされた。しかし封建的奴隷的影響を受けなかった。自由を尊重する気風を学んだ。この植民地時代の経験から基本的人権・自由を尊重するシステムと大きな中産階級を生んだ。他の中米諸国では二極化しているがコスタリカはそうではない。他の中米国では、黒人が自己決定権、自由に対する権力を持つように導かなければならない。
 コスタリカは教育制度を確立している。小学校六年中学校五年が無料である。これによって人権に対する尊重を選択することが可能になった。各人がただ政党を選ぶだけでなく、必要に応じて自分たちの意見を表明する気風を作り出した。教育が、コスタリカを中米の紛争から距離をおいて軍隊のない地位まで導いてくれた。会話、対話、交渉。これらは相手に勝つことではない。これがコスタリカの教育を作っている。何故、コスタリカが五〇年間も軍備なしでこられたのか。唯一最大の理由はコスタリカの交渉によって解決するという国民性にある。交渉するということがコスタリカ国民のアイデンティティーを構成している。これがニカラグワやパナマのどの隣国のみならずアメリカともうまくやってこられた理由だ、コスタリカはアメリカとも対等の立場で交渉している。軍隊がないことが民主主義、人権尊重の基礎になっている。ニカラグワ内戦の時やパナマからの米軍の撤退の時に米軍基地を置こうとした人たちがいるが、対等の立場を続けるためには外国の基地を持っては駄目だ。
 日本の軍備は他国との対立を生み出す。自衛隊があることが米軍基地を撤去できない原因になっていると思う。  コスタリカの伝統を維持するためにも、軍隊を持たないことが大切だと思う。軍備を持つことは伝統を失わせる。自衛隊は日本の伝統を破壊して、対立的な思想を入りやすくした。
 軍備を持たないことが市民社会のパワーにつながる。市民社会のパワーが政府に圧力を加え、平和を維持することを可能にする。
 日本はこの一〇年間、国連の安保理事会の常任理事会入りをしようと運動をしてきた。しかし日本政府の変わらない意図は、憲法九条を変えることだ。市民社会のパワーを発揮してこれをやめさせる必要がある。自衛隊があることが米軍基地の撤退を不可能にしている。市民社会のパワーのみが軍隊の廃止、軍事基地の撤去を可能にする。パナマは一九九〇年に軍隊を廃止し、そのあとの九四年に憲法でに軍隊の廃止をきめたが、このことによってアメリカの軍隊を撤退させることが出来た。コスタリカは
  1. 軍隊がない。
  2. 人権を尊重する
  3. 民主主義的である
  4. 選挙にみんなが参加している
  5. 教育、平和、民主主義を尊重している
  6. 中産階級が存在している
  7. 自然との調和、環境の保護が生活に根ざしている
国である。」
(日本をどう思うかという質問に)
「社会問題についての教育の仕方に非常に疑問がある。第二次大戦の問題も未解決であると思う。日本の国民はどう考えているのか。日本の小学生がコスタリカにきたら何と言うだろう。
 国際人権基金で交流すべきだ。二〇〇二年にコスタリカの総選挙があるが、これを是非体験してもらいたい。
 小学・中学・大学での「平和文化教育」のカリキュラムも理論的なものではなく、行動的なものである。選挙によって、紛争解決の基本的枠組みは何か、基本的価値は何かを学ぶ。
 皆さんがコスタリカの選挙を想像することは難しいかも知れない。それはまるでサッカーの応援のようなものだ。自分の支持する政党の旗を振って、表現の願望を通じて、コスタリカのアイデンティティーを大切にする。
 日本がどうして広島の惨状をもっと世界に広げないのか。それをこそ世界に輸出してはどうか。第三世界にもこのコスタリカにも!
 二一世紀は市民社会が強くなる世紀だ。世界の者は無知ではいられない。」
(コスタリカの生活水準を高めるために工業化を進めるのかという質問に)
 「常に環境と手をつないだ状態が大切だと考えている。工業化はこれに反する。産業革命は労働者を悲惨な状態に置き、労使間の紛争を生んだ。工業化のためにヨーロッパから森が消えていった。産業革命が必ずしも良いことだとは考えていない。」
(理想的な選挙をやるコスタリカで共産党が今でも非合法のままなのか)
 「一九七〇年代から、共産党に似た政党が三議席をもっている。」
(しつこいようですが、私は、竹村先生の論文「国際内戦―一九四八年のコスタリカ―」の中の、一九四八年にコスタリカでは「フィゲーレスを議長として内閣の形態を取る政府評議会は…七月一七日にはPVP《コスタリカ共産党》を結社禁止として非合法化した」の箇所を読んでいたので、あとで通訳のマルティネスさんにもう一度この質問をしてみましたが、彼は「そのとおり非合法だ。共産党はコスタリカではポピュラーではないから」と言っていました。
 コスタリカ共産党は、当時ニカラグワの独裁者と組んでコスタリカ政府を打倒しようとしていた勢力と協力関係にあったらしいのですが、今この論文を読み返してみても、何だか複雑すぎてよくわかりません。まあ、PVPは、労働者のために既得の社会立法の成果が失われることを懼れて過ちを犯してしまい、コスタリカ国民は未だにそれを不愉快に思っているというところなのでしょうか。)
 このあと、バルガス弁護士さんとの会食、二次会と続きましたが、私は疲れ果てて二次会は遠慮させていただきました。
しかし、ホテルの部屋で、同室の成見正毅団員と寝支度をしながら「いやー、コスタリカの人たちは格調が高いねえ」とつくづく感心し合いました。

一〇月一五日
 かくて、私たちのコスタリカ滞在は終わり、朝一一時〇五分発の飛行機でキューバはハバナを訪れるべくバスで空港へ向いましたが、このバスのなかで山本真一団員が早速「来年(再来年?)の五月に『コスタリカで選挙を見る』ツアーを呼びかけよう!」という趣旨のコピーを配っていました。私は、またまた自分がこのコスタリカにくるかどうかはまったく別として、この提案に大賛成です。
 本当に一人でも多くの日本人が、なかでもわが自由法曹団員が「軍隊のないコスタリカ」を自分の目で見て来てくれることを望んでやみません。

(訂正)
 団通信一〇〇五号で「私たちがコスタリカの先住民の人たちの作った金の宝物の展示されている博物館に行っている間に、根本孔衛団員たちは別行動で米州人権裁判所に出掛けた」と書きましたが、その根本団員から二つ間違っていると指摘されました。
 第一は、根本団員が米州人権裁判所を訪問したのは、私たちがトゥールゲイロ国立公園へ一泊二日で熱帯雨林地帯の「自然保護状況の視察」を楽しんでいた時であったこと。
 第二は、この米州人権裁判所を訪問したのは根本団員一人であったこと。
 私は、根本団員はスペイン語の出来る姫路獨協大学の吉田稔教授(憲法)と一緒に出掛けられたとばかり思っていたのです。
 根本団員の立派さに改めて頭が下がりました。謹んで訂正申し上げる次第です。
なお、根本団員は、国法協機関誌「インタージュリスト」のコスタリカ特集号に「米州人権裁判所訪問記」を投稿された由ですので、是非、みなさんがお読みになるようおすすめいたします。(完)

コンビニ・フランチャイズ一一〇番の実施結果のご報告

東京支部  中 野 和 子

 一二月七日、午前と午後に、コンビニ・フランチャイズ協議会から三名、団及び団外併せて一〇名の弁護士が参加して行いました。相談件数は全部で五件あり、深刻な相談が寄せられました。北海道新聞と中日新聞で事前に一一〇番開催が報道されていたため、これらの地域からの相談があり、その他神奈川、秋田、埼玉の方からありました。いずれも、コンビニ店の方からのご相談でした。
 相談内容は、@本部の説明が実際と違う、A同じ本部が近くにコンビニ店を出店する、B閉店に伴う高額の違約金、C経理の不明朗など、典型的な相談でした。
 今回は、臨時電話の開設手続が遅くなり、電話番号が事前にわからなかったことと、大手マスコミがコンビニ本部からの圧力を受けていることなどが相まって、十分な事前報道が行われず相談件数も伸びませんでした。また、時間帯としてコンビニ店主の働き方を考えれば二時頃から夕方にかけてのほうが手が空くということで、時間帯の設定も考慮すべきでした。ただ、初めての団本部での臨時電話敷設でしたので、画期的な試みであったことは確かです。
 そこで、再度一一〇番を試みることにして、次回は、二〇〇一年二月一三日、午後一時から六時まで行います。電話番号は〇三―三八一三―七四四四です。コンビニ・フランチャイズ問題の情報は、全商連のホームページからも入手できますのでご参考になさってください。これまで五月集会や市民問題委員会にご出席の団員の皆さんには個別にご連絡していますが、それ以外の方も積極的にご参加いただければ幸いです。まだ検討中ではありますが、当日、コンビニ・フランチャイズ弁護団(仮称)結成ができればよいと考えております。