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大森  顕 明治図書石橋配転事件で画期的勝利決定!
小林  務 中国人強制連行・強制労働京都訴訟判決報告
鶴見 祐策 ここまできた「法廷速記」の現状と今後の展望について
毛利 正道 在日朝鮮・韓国人とその子弟への暴行・脅迫を止めさせる小泉首相への緊急要請署名行動を呼びかけます
萩尾 健太 法科大学院の問題点と大学の活路
谷村 正太郎 書評 長崎誠三著「作られた証拠―白鳥事件と弾丸鑑定」



明治図書石橋配転事件で画期的勝利決定!


東京支部  大 森  顕

 平成一四年の暮れも押し迫った一二月二七日、東京地裁民事第一九部は、労働者の配置転換を巡る仮処分において、女性の社会参加の意義を正面から認め、改正育児介護休業法が定める使用者の配慮義務の内容とする画期的な判断を行った。
 これまで、使用者の労働者に対する配置転換については、業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは当該従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合には、権利の濫用として無効となるとされてきた。
 本件は東京の大手教科書出版社「明治図書出版」に勤める三四才の男性従業員が、大阪支社への配置転換を命じられたのに対し、これに応じる義務はないことを確認するよう提訴した事案である。この男性には仕事を持つ妻と〇才と三才の子どもがいた。しかも、二人の幼い子どもたちは二人とも重度のアトピー性皮膚炎に苦しんでいた。男性は入社以来ほぼ一貫して編集の業務に携わっていたのであるが、会社は男性に対し大阪支社の営業職への配転を命じた。
 これに対し、男性は子どもが重度のアトピー性皮膚炎に罹っており専門的な治療が必要であり、妻と協力し合わなければ治療を含めた子育てができないことや、妻が生きがいを持って働いていること、そしてその妻の収入が家族の生活及び購入した家のローンの返済のためにどうしても必要なこと、さらには年老いた両親(東京近郊に居住している)の介護を近い将来みなくてはならないことを訴え配転をしないよう懇願した。この間男性は労働組合(全明治図書労働組合)に加入し、組合の全面的な協力も得て会社に配転をしないよう申し入れていた。
 しかしながら、会社は男性に対する配転命令を強行し、その後男性は仮処分を申し立てるに至ったのである。仮処分の代理人となったのは東京法律事務所の志村新団員と私である。
 仮処分の審尋で、われわれは大阪支社の人員配置の状況や東京から大阪への過去の配転事例を挙げ業務上の必要性がないことを詳細に疎明するとともに、本件配転により男性の家族が被る不利益を全面的に訴え配転命令の権利濫用による無効を主張した。もし、大阪支社への配転に応じなくてはならないとすれば、まず根気よく継続している子どものアトピーの治療ができなくなり、環境の変化もあって二人の子どもは生活さえままならない状況に置かれるであろう(アトピーは重度になると気管支喘息を合併したり、栄養失調に陥る場合もある)。また、男性の妻は正規従業員として勤務する会社で、得意な英語を活かし日本に長期滞在する外国人の方のための生活のコーディネイトの仕事をしているが、生甲斐を感じているその仕事をやめざるを得なくなるであろう。それは、購入した家のローンの返済に支障を生じることともなる。
 また、配転を巡る裁判所の判断は労働者に対し非常に厳しいものがあった(東亜ペイント事件・帝国臓器事件・ケンウッド事件の各最高裁判決ではいずれも労働者側敗訴)ところ、それらの判決が出された後、政府もILO一五六号条約の批准を踏まえて男女雇用機会均等法・育児介護休業法の改正や男女共同参画社会基本法の制定とこれらにもとづく諸施策を推進するなど、法・社会制度の整備が急速に図られてきたこと、また、企業による女性労働力「活用」に伴い女性の社会進出と少子化がすすむなかで、国民意識の面でも、男女の固定的役割分担意識や仕事と家庭の両立についての考え方は大きく発展し、そのような社会の急速な進化からすれば過去の判例はもはや通用しないことも詳細に論じた。
 一例を挙げれば、政府が実施している「男女共同参画社会に関する世論調査」(「婦人に関する意識調査」、「男女平等に関する調査」と呼ばれていた)での、国民の意識の変化については、例えば、「女性が職業を持つことについての考え」に関しては、「子どもがいてもずっと職業を続けるほうが良い」と答えた者は、三三・一%(平成九年九月)から三七・六%(平成一四年七月)へと上昇し、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきか」についても「賛成」は五七・八%から四七・〇%へ低下し、逆に「反対」は三七・〇%から四七・〇%へ上昇しているという顕著な変化を見せ、女性が家庭を持ちながら働くことについて当然のことと認める国民意識の変化が見られるのである。
 本件決定はこれらの点を十二分に考慮した結果、夫婦がともに働きながらアトピーの治療を含めた育児をすることができなくなる不利益について、以下のように述べて、本件配転により男性の被る不利益が「通常甘受すべき程度を超える不利益」であるとし本件配転命令を無効としたのである。すなわち決定は、「女性が仕事に就き、夫婦が共働きをし、子どもを産んでからも仕事を続けることは、実際に就労している世代の国民の間に既に許容されている今日の社会の状況、男女共同参画社会の形成に寄与すべきことを国民の責務とする男女共同参画基本法の趣旨、少子化社会を克服すべき『多様な生き方が可能になる社会』、『子どもを育てたい、育てて良かったと思える社会』、『子育てという選択をする生き方が不利益にならない社会』等を目指す政府の取組み等に照らすと、債権者の妻が仕事をもっていることの不利益を債権者又はその妻の一方が自らの仕事を止めることでしか回避できない不利益を『通常の不利益』と断定することはできないといわざるを得ないし、債権者に生じている不利益は、単に債権者の妻が共働きであるというだけのものではなく、その子らが三歳以下で、しかも(重症の)アトピー性皮膚炎であることによるものであり、単なる共働きとは異なり、育児負担が特段に重いものといえるから」「通常甘受すべき不利益を著しく超えるものであるというのが相当である。」とした。
 しかし、決定のうち特筆すべき点はこれだけでない。わが国は平成七年に労働者の家庭的責任について使用者の配慮義務を定めたILO一五六号条約を批准し、これを具体化した一六五号勧告を受け、同年六月にはいわゆる育児介護休業法が制定された。そして、平成一四年四月には「家庭的責任を有する労働者に対して就業場所の変化を伴う配置転換を行うに際しての使用者の配慮義務」を新設(第二六条)した改正育児介護休業法が施行された。もちろん、このような動勢の背景には既に述べた国民意識の変化があるわけであるが、決定はそれらすべてを踏まえ以下のように述べ、本件配転が改正育児介護休業法の趣旨に反し無効であると断じたのである。
 すなわち、決定は、「同条の『配慮』については、………『配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではない』」との行政解釈を引用した会社主張に対して、一般論としてはこれを肯定しつつも、「けれども、これを回避するための方策はどのようなものがあるのかを、少なくとも当該労働者が配置転換を拒む態度を示しているときは、真摯に対応することを求めているのであり、既に配転命令を所与のものとして労働者に押しつけるような態度を一貫してとるような場合には、同条の趣旨に反し、その配転命令が権利の濫用として無効になることがあると解するのが相当である」とした上で、本件では会社は大阪支社への配転を所与のものとして労働者に応じることを強要したのであり、改正育休法の趣旨に反し無効であるとした。
 このように、本件決定は女性の働く権利を正面から認め、改正育児介護休業法に実質的な意味を認めた点で画期的であり、従来の配転に関する裁判所の判断を実質的に修正するものとして大きな意味を持つものといえよう。





中国人強制連行・強制労働京都訴訟判決報告


京都支部  小 林  務

 去る一月一五日、京都地方裁判所第六民事部(楠本新裁判長)は、第二次世界大戦中に中国大陸から強制連行され京都大江山ニッケル鉱山で強制労働を強いられた中国人六名が、被告国及び被告日本冶金工業株式会社(以下「被告会社」といいます)に対して、謝罪広告と損害賠償を求めていた訴訟において、請求を棄却する判決を下しました。この結論自体は、一昨年七月の劉連仁訴訟での勝利判決、昨年四月の福岡訴訟での勝利判決に逆行し、歴史の流れに反する不当なものです。判決は、被告国及び被告会社の時効や除斥の主張を認めており、「正義、衡平の理念に著しく反する」結論となっています。福岡訴訟で、被告企業の奴隷労働を認定し、被告企業の時効援用や除斥の主張を「正義、衡平の理念に著しく反する」として明解に退けたことと比較しても、批判は免れない結果となっています。
 しかし、判決は、不当な強制連行の事実、原告らの耐え難い奴隷労働の事実及びこれらの強制連行・強制労働が国策に基づきなされた事実を認定しています。そのうえで、被告国並びに被告会社の共同不法行為責任を認めています。特に被告国に対する請求では、大日本帝国憲法下においては国家の権力的作用に対して損害賠償請求を認める法制度がなかったという、いわゆる国家無答責の法理の適用を排除しています。これは、他の戦後補償裁判に及ぼす影響を考えても画期的なものです。
 今まで多くの戦後補償裁判が国家無答責の法理という厚い壁に阻まれてきました。しかし、本判決は、日本帝国憲法下において国家無答責の法理というものがあっても、それは当該公務を保護するためのものであるので、当該行為が公務のための権力作用にあたらない場合には、国の行為であっても民法上の不法行為責任が成立するのは当然としています。そして、本件強制連行については、国の閣議決定があっても、それは私経済政策である労働政策の一つとしての移入政策(非権力的方法)であり、その実効性を確保するために、国が権力作用を行使して強制的に連行して労働させることを構想してはいなかった。にもかかわらず、旧日本軍が法的根拠なしに権力作用を行使した。これは、旧日本軍の戦闘行為や作戦活動あるいは、これに付随する行動でもない。このような本件強制連行は、保護すべき権力作用ではないので、国家無答責の法理は適用されないとしています。この判決は、原告らが主張していた京大の芝池教授の説を採用したものと思われますが、戦前のあらゆる権力作用に国家無答責の法理が適用されるのではなく、法的根拠のある保護されるべき権力作用にのみ適用があるとすることは、非常に重要です。今問題になっている戦後補償裁判の多くは、法的根拠のある保護されるべき権力作用ではないからです。慰安婦問題は、特にそうです。
 劉連仁訴訟では、戦後の保護義務違反は認められて勝利しましたが、戦前の責任は国家無答責の法理のために否定されました。福岡訴訟では、国と企業の共同不法行為の存在は認めましたが、国家無答責の法理のために国の責任は否定されました。この京都判決は、国家無答責の法理は適用されないとしたことで、初めて戦前の国の責任が示されました。ただ、もう一つの壁である時効・除斥のために、原告らの請求自体は否定されました。この壁は、福岡訴訟では既に破れています。
 次に、判決は、被告会社に対して安全配慮義務違反を認めました。安全配慮義務は、債務不履行責任であり、労働契約を基本とするものです。労働契約が締結されるはずのない強制労働(奴隷労働)に、労働契約を基本とする安全配慮義務が認められるかが問題となりました。判決は、原告らが、被告会社の指定した作業場で、そこの設備や器具を使用して、その指示のもとに就労させられていたが、被告会社が労働契約を締結できるのに、ことさらに締結せずに、原告らが労務に服すべき労働関係を設定したことに着目し、特別の社会的接触関係を認めて、安全配慮義務を認めました。この判決は、原告らが主張していた立命館大の松本教授の説を採用したものと思われますが、今後、学会で大いに議論されることになるでしょう。さらに、判決は、原告らが奴隷労働したことにより、被告会社に賃金相当分の不当利得が生じたことを認め、その返還請求をみとめました。ただ、これらの責任も、時効のために、原告らの請求自体は否定されました。
 今回の判決は、請求棄却でしたが、内容的には、ほぼ勝利といえるものです。弁護団は、一連の戦後補償事件の早期全面解決を求める中国をはじめとする内外の世論と運動を力にして、新たな気持ちで大阪高等裁判所での勝利をめざし、戦後補償事件の全面解決を勝ちとる決意です。
 なお、弁護団は、団長が京都支部の畑中和夫団員、副団長が京都支部の莇立明団員と大阪支部の山下潔団員、事務局長が京都支部の当職です。常任弁護団としては、京都支部の村山晃団員、小川達夫団員、藤浦龍治団員と、大阪支部の石川元也団員、宮崎明佳団員です。





ここまできた「法廷速記」の現状と
今後の展望について


東京支部  鶴 見 祐 策

 裁判遅延の批判が行き渡ったところで政府は、すべての事件で一審判決を二年以内という「迅速化法案」を、この国会に提案しようとしている。裁判の「促進」には大方が支持するであろうが、杜撰な審理による「拙速」を望んでいるわけではない。最も重要なのは「公正な裁判」だと思う。企業の証拠独占と情報の秘匿、検察官の証拠不開示など、訴訟促進を阻む種々の要因にメスを入れないで「迅速」のみを追求すると真の「国民のための司法」から確実に遠ざかることになると思う。裁判所の人的物的強化が必要なことも勿論である。それが伴わなければ、国民の裁判に対する不満を増幅させるだけになろう。
 裁判の「公正」は、国民の不断の監視と仮借ない批判によってこそ維持される。そのためには法廷の公開と正確で客観的な記録が不可欠である。日弁連が裁判官や職員の増員を求める中で裁判所速記官の拡充に言及しているのは、まさに正論であってその意味で高く評価したいと思う。
 最高裁が新規養成を中止していらい全国配置の速記官は年ごとに激減して現在四二二名を数えるのみである。本庁でも福井などは空白となり、函館、岡崎、奈良、岡山、松江、山口、下関では一名のみ。一名では他から填補を求めない限り実際には機能しない。裁判所法は、全ての地裁に速記官の配置を定めている。最高裁自身が法を無視して予算を他に流用している。奈良と岡山では弁護士会が増員の決議をしているが、最高裁事務総局は、ほかの弁護士会からは意見がないと語ったという。正確で客観的な記録を求める弁護士や弁護士会のより積極的な発言が望まれる。
 この間に現職の速記官の創意工夫による技術革新は目を見張るものがある。長い闘いのすえ最高裁も輸入速記機械の法廷使用を容認するに至った。すでに一〇〇台を超える機械(ステンチュラ)が速記官の自己負担(日本円で約三五万円という)で輸入され、実務で活用されている。これに速記官が開発したコンピューターソフト「はやとくん」を連動させて即時に漢字入りで文字化されるまでになった。タイプ打ちのほかに文字化の補助者も必要ない。先日、国会議員会館での実演に立会って感服させられた。
 法廷の尋問が終わり次第、当事者に証言速記録が配布できる。訴訟促進に役立つ。当該事件に固有の名詞等を辞書に入れることで能率は更にあがる。正確と迅速の優位は外部業者の録音反訳と比較にならない。
 昨年一〇月に日本で開かれた「高速入力競技会」では、これに参加した速記官が優勝している。電子速記の国際交流も深まり、ステンチュラと「はやとくん」のシステムはマスコミなど各方面からも注目を集め始めている。即時文字化は聴覚障害者への伝達にも有効である。国民の「司法参加」が求められているとき、この供述記録のすぐれた技術を活かさない手はないと思う。
 速記官制度を守る会は、二月八日(土)午後一時から東京労働会館ラパスホールで総会を開く。司法改革審議会いらい貴重な提言をされてこられた高木剛委員から現状と課題につきご講演をいただく予定である。今日の司法問題を正確に知る機会として多くの団員が参加されることを望んでやまない。





在日朝鮮・韓国人とその子弟への
暴行・脅迫を止めさせる
小泉首相への緊急要請署名行動を呼びかけます


長野県支部  毛 利 正 道

 署名に賛成していただける方は、「信州からPEACEネット」のメールアドレスs-peace@eagle.ocn.ne.jpに、[住所・氏名・(できれば)ひと言]を書いて送ってください。メールで随時小泉首相に送ります。おおいに転送しあって急速に広げましょう。

小泉内閣総理大臣への要請書
 北朝鮮が公式に日本人拉致を認めて以降、子弟を始めとする在日朝鮮・韓国人に対する嫌がらせ・脅迫・暴力事例が急増し、「日本からゴキブリ共(朝鮮人)を一人のこらず、ぶち殺しましょう」「本日から朝鮮人およびこれを助ける者を拉致・監禁・抹殺する」「朝鮮学校に爆弾を仕掛けた。(拉致されて死亡した日本人と同じ)八人殺す」と言う凄まじい脅迫や在日子弟へのつきまとい・暴力など、朝鮮総連が公表しているだけで三〇〇件を超えています。
 子どもの権利条約は、日本に住むすべての朝鮮・韓国人子弟に対して私生活の安全・教育を受ける権利などを日本人の子どもと全く同様に保障しています。拉致事件があまりにひどい犯罪であるからといって、罪のない在日朝鮮・韓国人とその子弟へのこのような犯罪・人権侵害が許されるはずがありません。よって、私たちは、当面緊急に、小泉首相に対して、次の二点を求めます。

1 国民に対して、在日朝鮮・韓国人とその子弟への嫌がらせ・暴力・脅迫など一切の人権侵害行為を行わないよう積極的に呼びかけること。
2 政府はその人権侵害行為の実態調査を直ちに行い、これを公表すること。
 とりわけ悪質な行為は、毅然として厳重に取り締まること。 
      (信州からPEACEネット呼びかけ人有志責任者)





法科大学院の問題点と大学の活路


東京支部  萩 尾 健 太

1 法科大学院とは何か
 現在、「司法改革」が進行している。その大きな目玉として位置づけられているのが法曹養成制度の改革である。
 これまで、裁判官、弁護士、検察官の法曹三者の養成は、原則としてだれでも受験できる司法試験の合格者が最高裁判所の管轄する司法研修所で一年六ヶ月の修習を受ける統一修習で行われてきた。その期間の内の一年間は各地の裁判所、検察庁、弁護士事務所の現場における実務修習であった。これは、弁護士が裁判官や検察官と別ルートで養成されていた戦前の反省に立って、統一・公正・平等を基本理念とするものであった。
 これを、大学を卒業した人が法科大学院で二〜三年勉強し、その後司法試験に合格すると一年間司法修習をして法律家になるという制度に変えようというのである。
 そうすることにより、年間三〇〇〇人以上もの多数の法曹を輩出でき、司法を身近にすることができるとのことである。すでに、二〇〇一年秋の臨時国会で法曹養成制度改革関連三法(法科大学院の教育と司法試験等の連携等に関する法律(以下「法科大学院連携法」という)、学校教育法の一部改正、司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律)が成立し、二〇〇四年四月から開校予定とされている。
 しかし、他方で、この法科大学院の設置基準についての答申は、法科大学院を「大学改革の試金石」と位置づけている。つまり、高度専門職業人養成のための専門職大学院の創設という「大学改革」のモデルとして、法科大学院を位置づけているのである。

2 あるべき大学と法曹養成
 「高度専門職業人養成のための専門職大学院の創設」とは、大学を「真理探究のための学問の府」から、産業の専門技術の要請に応える機関に変えることにつながる。もちろん、大学が社会から孤立して学問研究をしていて良いわけではなく、社会の要請に応える場でなければならない。しかし、大学が要請に応えるべき「社会」とは、専ら国家や産業界であってはならない。むしろ、大学がかつての侵略戦争に協力したことの反省に立って憲法に学問の自由が明記され、国家や産業界の干渉を排する大学の自治が保障されたことからすれば、大学が社会で弱い立場にある人々の権利実現の要請に応えることこそが求められる。
 まして司法は少数者の人権を保障するための機関であるから、それに携わる法曹の養成は、人権擁護を基本理念として行われ、制度としてもその理念に合致するものでなければならないはずである。
 その観点からすると、理念としても制度としても法科大学院には重大な危惧を抱かざるを得ない。

3 法科大学院の問題点
(1)「規制の撤廃または緩和」という理念
 まず法科大学院の理念は、法科大学院連携法二条によれば、「国の規制の撤廃または緩和の一層の進展その他の内外の社会経済情勢の変化に伴い」より重要となった司法の役割を果たすことにあるというのである。そこには人権擁護のじの字もない。規制緩和という財界の要請への対応である。これは、「高度専門職業人養成のための専門職大学院の創設」の実質を示している。
(2)「受益」者負担主義と教育機会均等の破壊
 実際の制度の面でも、以下のような問題がある。
 そもそも、三〇〇〇人以上もの法曹を養成するために法科大学院を設置する、との考えの背後には、現行の司法修習ではそれだけの法曹の養成は無理だ、との判断がある。なぜ無理かと言えば、現行の司法修習は、国から給与を得て研修を受ける制度だからであり、人件費がかかるからということになる。これを止めて大学院に法曹養成をになわせるということは、人権擁護のために国費で法曹を養成するという考えから、受益者負担の見地で法曹を目指す人に多額の出費をさせて国としては安上がりに法曹を養成することに変更することを意味する。その上、国立大学の法人化が実現してしまえば、法科大学院の年間の学費は二〇〇万から三〇〇万円にもなることが予想される。これでは経済的に余裕のない人や、経済的負担を負っている社会人からの法律家への道を閉ざし、富裕層しか法律家を目指すことができなくなり、教育の機会均等が破壊される。その上、法曹となることがその人にとっての「受益」と捉えられ、職務の公益性が薄められてしまう。
(3)文部科学大臣と評価機関による管理統制
 法科大学院が「大学改革の試金石」とされる点は、学校教育法改定も法曹養成改革関連三法の一法律として、その大学自治を破壊する重大な問題点にも拘わらず、大した反対運動も起きないまま可決されてしまったことに、まさに現れている。法科大学院は、二〇〇四年の開講へ向け、具体的準備作業に入っており、大学教員も、弁護士も、その動きに絡め取られて、有効な反対運動を展開することができなかったのである。しかし、学校教育法改定は、詳しくは別稿で述べられるが、法科大学院に限らない極めて重大な問題点を有しているのである。
 ここで簡単に述べれば、第一に、改正一五条では、国立を除く大学に対して、文部科学大臣による改善勧告、改善されない場合の変更命令、変更命令でも改善されない場合の当該勧告にかかる組織の廃止命令が新設された。これは、大学自治に対する露骨な介入の措置の新設である。さらに、法科大学院連携法六条3項では、法科大学院においては、法務大臣が文部科学大臣に対して上記の措置を取るよう求めることができるとされているのである。
 第二に、改正六九条の3〜6で、文部科学大臣が認証し、その取消権限を有する認証評価機関が大学の評価をする制度が新設された。これにより、大学は、その経営から教育研究面にいたるまで、文部科学大臣の統制に服することとされてしまいかねないのである。法科大学院連携法五条では、法科大学院においては、認証評価機関は、前述の規制の撤廃および規制緩和を旨とする法曹養成の理念に基づき、法科大学院の教育研究内容の評価を行い、適格認定をすることが規定されている。また、適格認定を得られなかった法科大学院に対しては、文部科学大臣が直接報告および資料の提出を求めることができるとの規定さえ盛り込まれている。
 この認証評価機関の設置も、法科大学院設置とあわせて二〇〇四年からとされている。法科大学院はまさに「大学改革」を先取りする重大な内容を有しているのである。
(4)教育内容の問題と大学院生の管理
 さらに、上記のような手段で文部科学大臣と法務大臣に統制されかねない法科大学院においては、その教育内容も、「規制の撤廃および緩和」に伴う財界の意向に沿ったものとされかねない。中教審や政府の司法制度改革推進本部の法曹養成制度改革検討会の関係者が開催したシンポジウムでは、法科大学院の教育内容について、財界の要請に応えるものとすべきとの意見が目立った。
 司法制度改革審議会の最終意見書や、中教審の法科大学院の設置基準についての報告には、法科大学院の教育について、「理論と実務の架橋」が謳われているが、前述のような法科大学院への管理体制のもとでは、実務を批判的に検討するのではなく、現行実務追随の教育がなされる危険もある。
 また、上記の報告等では、法曹の質の確保のため、法科大学院を中核とした「プロセスとしての法曹養成」を厳格な成績評価のもとに行うとされているが、それによって上記の「規制の撤廃および緩和」や現行実務追随の見地が教育を通じて学生、大学院生に強要され、批判的見地を失い、自主的活動も行えなくなる危険すら有る。
(5)司法変質の危険
 このような法科大学院から毎年三〇〇〇人もの法曹が生み出されることは、司法を庶民に身近なものとするどころか、むしろ法曹を変質させ、司法そのものを人権擁護機関とは異なるものに変えてしまう危険すら有る。

4 法科大学院に関しての課題
 しかし、法案が成立した以上、法科大学院は設置されるであろう。この法科大学院を少しでもましなものとするために、私たちがしなければならないことは、以下の点であると考える。
(1)まず、法科大学院の学費を急騰させ、学校教育法改正一五条と同様の大学自治破壊の制度が新設されることが予定される国立大学法人化を阻止することである。
(2)次に、法曹養成関連三法可決に際し、衆参両院で附された付帯決議もふまえ、日本育英会など現行奨学金の充実拡大、大学への公的助成の拡大、授業料免除措置など、経済支援措置を求めていくことである。
(3)さらに、上記の付帯決議には、大学への介入に当たらないように法を運用すべきとの内容も盛り込まれた。それも踏まえて、学校教育法改正一五条や改正六八条の3〜6、法科大学院連携法五、六条は条文通りに発動されれば、大学自治(憲法二〇条)および行政の教育への不介入(憲法的規定たる教育基本法一〇条)に照らし違憲であって限定的に解釈運用されるべきであると主張していくことである。
(4)そして、いざ介入がなされたときにも、それをはね返し得るような、教員、職員、院生、学生の強固な大学自治を作り上げることである。
(5)加えて、法科大学院連携法二条の法曹養成の理念にとらわれず、憲法の要請する人権擁護という真の法曹養成の理念に則って、人権侵害の実態に接する教育をする、あるいは大学院生がそうした自主的活動を行うなどの実践を積み上げていくことである。
(6)そこから、民衆の権利を守る法律家が輩出されるようになったとき、民衆は、そうした法科大学院の必要性を認め、大学人とともに、それを権力の介入から守るべく立ち上がるようになるだろう。そこにこそ、大学の真の「活路」があるのである。





書評 長崎誠三著
「作られた証拠―白鳥事件と弾丸鑑定」


東京支部  谷 村 正 太 郎

 本書の著者・長崎誠三さんが、白鳥事件の三発の証拠弾丸を初めて手にしたのは、一九五六年九月のことであった。
 著者は当時東北大学金属材料研究所の助教授であったが、この時、白鳥事件の第一審を審理していた札幌地方裁判所から、鑑定の依頼を受けたのである。三発の拳銃弾丸のうち、一発(二〇六号)は被害者である白鳥警部の体内から摘出されたもの、二発(二〇七号、二〇八号)は射撃訓練を行ったとされる札幌郊外幌見峠の土中から一九ヶ月後及び二七ヶ月後に発見されたというものである。この二発が本当に長期間土中にあったのか否か(腐食の問題)が裁判の大きな争点になっていた。
 電子顕微鏡とX線による鑑定の結論は「二〇七、二〇八ともに過酷な腐食作用の存在する環境に長時間おかれてあったとは考えがたい。」であった。
 この時から真実を明らかにするための著者の取り組みが始まった。最高裁判所が白鳥決定で「証拠弾丸に関し第三者の作為ひいては不公正な捜査の介在に対する疑念が生じうる」と認めたのは実に一九年後の一九七五年のことであった。
 白鳥事件の弾丸については、もう一つ、三発の弾丸が同一の拳銃から発射されたものか否か(旋条痕の問題)が重要な争点であった。 この二つの問題をめぐって、著者をはじめ北海道大学、東京大学、東北大学の多くの研究者が共同して討論し、実験を行い、多数の水準の高い鑑定書を作成し、裁判の証拠として提出した。そして中国の科学者と協力し吉林省延吉と幌見峠で行った弾丸の腐食実験では、一九ヶ月あるいは二七ヶ月土中にあった実験弾丸には応力腐食割れが生ずるのに、二〇七号・二〇八号には全く割れがないという決定的な事実が発見された。
 旋条痕についても比較顕微鏡と精密投影機を駆使して研究が進められ、その結果、三発の弾丸は異なる拳銃から発射されたことが明らかになった。
 本書は科学者の立場から書かれた白鳥事件の歴史・弾丸の研究史であり、内容は高度であるが一般市民に理解されるよう平易に叙述されている。主要な鑑定書については、鑑定書全文・写真が収録されており、資料としても貴重である。白鳥事件の記録としてだけでなく、裁判と科学、科学者と弁護人の協力体制の資料として、さらには銃器鑑識の参考書としても多くの団員の役に立つと思われる。
 長崎誠三さんは一九九九年に亡くなられた。本書は長く著者の助手であり、白鳥事件の裁判にも確定審の最高裁段階から関与した比留間柏子さんが、遺稿を整理編集して完成したものである。
(定価四二〇〇円・送料実費。注文はアグネ技術センターまで。東京都港区南青山五丁目一番二五号北村ビル。電話 〇三 三四〇九 五三二九 FAX 〇三 三四〇九 八二三七)