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三浦  久 秋田五月集会特集3−五月集会の感想
田巻 紘子 これから『平和』のために何をするべきか ―五月集会に参加してー
川口  創 やる気になれた五月集会
糸瀬 美保 秋田五月集会に参加して
神田  高 “私の町の小さなアピール”〜小さなことと大きなこと
杉島 幸生 裁判勝利をめざす全国交流集会の報告
齊藤 園生 必見!「ボーリング フォア コロンバイン」
松井 繁明 書評 姜尚中・酒井啓子 『イラクから北朝鮮へ「妄想」の戦争』
鶴見 祐策 松川事件無罪確定四〇周年行事の案内
川人  博 拉致被害者の救出のためにいまこそ弁護士の力を発揮しよう



秋田五月集会特集3

五月集会の感想

福岡支部  三 浦  久

 団の秋田五月集会は限りない勇気を与えてくれました。
 私は有事法制分科会に夫婦で出席しました。妻も「よくわかった、良くわかった」と繰り返し言っていました。分科会にはアメリカの侵略戦争に自衛隊のみならず自治体や国民を総動員して参加させ憲法を無惨にも蹂躙する暴挙に対する怒りが満ち溢れていました。
 それは当然のことだと思います。
 アメリカは第二次世界大戦後も、休むことなく戦争を繰り返し行ってきました。一九五〇年代には、朝鮮戦争、一九六〇年代にはベトナム戦争、一九七〇年代は引き続きベトナム戦争、一九八〇年代はグレナダ・パナマ侵略、一九九〇年代はイラク、ボスニア、ユウゴウスラビア。二〇〇〇年はアフガニスタン、イラクとほぼ一〇年ごとに大きな戦争を繰り返してきました。そのほかにもアフリカや中南米の内戦にも数知れず軍事力で介入してきました。
 アメリカは、「自由と民主主義」「人道や正義」を口実にしてきましたが、ほんとうは資源の確保や外国での企業の利益を守るためであり、また死の商人といわれている兵器産業の利益をはかるのが目的だったのです。最近の一〇年間だけで、この戦争や内戦で死亡した人は四〇〇万人に及んでいますがそのうち子どもが二〇〇万含まれています。
 今アメリカは新しい国家国防戦略に基づいて、ならず者と一方的に断定した国々に先制的な核攻撃をも行うという態度を明確にしております。このようなアメリカと一緒になって世界中で核戦争や侵略戦争を行うのはまっぴらごめんです。
 これらのことは、すべて団発行の「有事法制のすべて」と「有事法制とアメリカの戦争」という本に余すところ無くかかれています。めまぐるしく変わる情勢のなかでの「労作」です。
 団の機を逸しない反対運動の呼びかけに応じた地方の団員の活動も非常に参考になりました。弁護士会の活動に積極的に参加したり新しい組織を粘り強く立ち上げていく積極的姿勢に感銘をうけました。今戦わずしての情熱が溢れるように伝わってきました。
 二日目分科会冒頭の田中闘争副本部長発言は、圧巻でした。アメリカのイラク攻撃の後急に浮上した与党三党の衆院強行突破の動きと民主党の修正後賛成可決の裏切りに対する団の国会要請活動の実態を極めて詳細にお話を戴きました。民主党の議員がいずれも要請に行った団員の顔を見ることが出来ない状況だったそうですがそれでも連日のように動員をかけて要請行動を続けたことが報告されました。団通信に「俺にも実務があるんだ」という悲鳴がちょっと聞こえたことがありましたが、みんなが団の要請に懸命に応じた様子を手に取るように知ることが出来ました。最後に田中副本部長は、「我々は悪法反対の戦いだけをやってきたのではない。戦争か平和かの戦いの一環として戦ってきた。有事三法案はプログラム法であり、まだ完結していない。完結しても発動させない戦いがある。イラク戦争反対で示された世界の平和運動と結び合い草の根の力を発揮しよう。ほんとうの戦いはこれからだ」と力強く訴えられました。今後の戦いを展望しながら 参加した団員はおおいに勇気付けられ、確信をもつことが出来ました。
 今年の五月集会は、歴史上最大の規模で大成功しました。
 真理を探究し、主権在民、基本的人権を守り社会発展の先頭にたっている自由法曹団の素晴らしい実績と伝統、責任と確信を与えてくれた秋田の五月集会でした。     

二〇〇三年六月一六日



これから『平和』のために何をするべきか

―五月集会に参加してー

愛知支部  田 巻 紘 子

 五月集会に初めて参加しました。有事三法案が衆議院を通過し、参議院通過も目前、会期延長でイラク新法も…という中で開かれた五月集会でした。
 私は昨年秋に登録したばかりの新人ですが、このまま黙っていると私たちが決して望まないのに、気がついたら戦争に協力させられてしまう、そんな国になってしまうのではないか、それは嫌、という単純な思いがあり、有事三法案について自分に出来ることを少しずつ取り組んできました。ただ、有事三法案が衆議院をあっさりと通過してしまい、このまま「武力行使もやむを得ない」という考えの広がりを止めることはできないのか、これから何をすべきか、自分の中で悩みも迷いも深まるばかりでした。
 五月集会では、時期をとらえて連日にわたり「イラク・北朝鮮問題分科会―北東アジアの平和構築の道すじ」(二五日)「有事法制分科会―有事法制阻止と平和の構築をめざして」(二六日)の分科会が開かれました。私は、これからどんな方向で運動に取り組んでいったらよいのか、少しでも議論を深めたいという思いで、この二つの分科会に参加しました。
 両分科会ともに、議論に先立ち、まず各地の取り組みの様子が報告されました。各地で様々な取り組みが行われ、広がっていることに大変勇気づけられました。各地の報告を通じて今後、一緒に取り組みできそうだ、という出会いもあり、その点でも有意義でした。
 続いての議論では、武力に頼らずに北東アジアの平和を構築するために何をするかについて活発な議論が行われました。「だってミサイルが飛んできたらどうするの?」という意見にどう向き合って意見を交わしていったら良いのか、感情のすれ違いに終わってしまいがちな部分だけに悩みも多かったのですが、国際的な連帯を市民レベルで進めよう、という積極的な提言を受けて道が少し開けたような気がしました。有事法賛成の人たちともやるか、やられるか、だけではない多様な選択肢を提示して議論をしていきたいと思います。
 二日間の分科会での議論を通じ、これからの運動の方向性として見えてきたものがあったように思います。現在の日本で平和を語ろうとする時に北朝鮮をめぐる問題を避けて通れないこと、恐怖をあおられていることに対して北朝鮮の実相(に近いところ)を率直に伝えること、積極的に北東アジア諸国との対話・協調を市民レベルで進めていくこと等。
 ただ、平壌宣言に対する評価など、団内でも議論が煮詰まらない点は残りましたし、私自身も不十分な点が残りました。不十分な点は、今後、各自が持ち帰って議論し検討していくことになるのだと思います。
 有事三法案の“案”がとれ、次はイラク新法…この動きの中、一つ一つの法律への反対のたたかいにとどまらず、これから私たちは戦争をする選択をするのか戦争をしない選択をするのか、北東アジアの中でどのような国際協調関係を築いていくのか、を正面から議論し、考え、訴え、行動していかなくては。
 思いを強くし、今後のための示唆を数多く得た五月集会でした。



やる気になれた五月集会

愛知支部  川 口  創

 私は昨年一〇月に弁護士登録をしたので、五月集会に参加するのは初めてだった。噂には、五月集会は十月の総会より面白いという話だったので、期待をして二四日の新人むけ企画から参加した。
 新人向け企画での札幌の佐藤弁護士の話からは、労働事件の当事者の方と人としての関わりをしっかり作ることの大切さを実感した。
 二五日の分科会では、私はイラク、北朝鮮問題分科会に参加した。会ではイラク攻撃反対の声を、有事法制反対の声にどう転嫁していくか、そこで北朝鮮の問題をどう捉えていくかが議論の中心となった。
 その中でも、北東アジアにおける新しい国際的枠組み等についての活発な議論が出された。私も、日本は単に米国の傘の下に従属しているだけではなく、日本が米国の世界戦略に大きく貢献しているとの観点から、米国の世界戦略に荷担しないためにも、アジアに力点を置いた外交を進めていく必要があると考えている。今後、日韓中の法律家のレベルでの交流を、自由法曹団が中心となって積極的に展開していくことを期待したい。
 また、ブッシュ、ブレアの戦争責任を追及する必要があるとの発言も出された。私は、現在「ブッシュ・ブレアをICCで責任追及を」という運動に加わっていることから、この点は是非、自由法曹団の有志を募って、しっかり取り組んでいきたいと思っている。
 二日目は、国際人権分科会に参加した。会では、龍谷大学のシルビア・ブラウン・浜野さんの基調講演があり、その後、その講演を前提として、人権規約を法廷闘争に生かしていくことの意義について、様々な意見が出された。
 その中で、裁判所に、世界の水準を認識させることが、日本の人権規定の解釈の前進をもたらす可能性がある、また、今や日本の裁判所といえども、グローバルな人権保障機構としての責任を負っていることを、裁判所に知らしめる、ということが大事なのだということが印象に残った。
 私は、現在NTTリストラ裁判に加わっており、五月にはジュネーヴのILOへの要請に同行してきた。そこで、世界の(米国基準ではなく)水準を実感し、日本が如何に人権後進国であるかを実感してきたばかりだったので、情報鎖国である日本の裁判所に、国際条約等を示して、しっかり世界の水準を知らせていくべきだということを改めて実感した。
 五月集会についての印象であるが、これだけの様々な議論をしっかり考えるために、全国から大勢の弁護士、事務員が集まってくることに、非常に勇気づけられた。情勢は決して良い方向に進んではいないが、この全国の多くの仲間と共に、ひるまずに立ち向かっていきたい、そういった決意を持つことが出来た良い集会であった。準備をして下さった皆さんに感謝しています。



秋田五月集会に参加して

京都支部  糸 瀬 美 保

 五五期の新人弁護士(新人といっておれるのもあと数ヶ月になってしまいましたが)として、初めて自由法曹団の五月集会に参加しました。秋田を訪れるのは、修習生の時に夜行列車で京都から一〇時間かけて秋田修習の友人を訪ねて以来のことです。
 五月二四日には、「秋田で生活保護裁判をたたかって」(沼田敏明団員、鈴木正和さん)と「弁護士は労働裁判にどう立ち向かうか」(佐藤博文団員)をテーマとする新人学習会に、二五日には教育基本法の分科会に、二六日にはヤミ金、商工ローン、消費者金融の分科会に参加しましたが、一番印象的で感動的だったのは新人学習会でした。
 「福祉が人を殺す」福祉行政にまつわる悲惨な事件については、私が本格的に将来の職業として弁護士というものを考え始めた高校生か大学生の頃にマスコミ等で話題になっていたように思うが、改めてこの国の社会福祉の貧しさと行政の冷酷さ、憲法で保障されているはずの人権もたたかって初めて守られるのだということを学びました。
 「加藤訴訟」の原告となった加藤さんの信じられないような耐乏生活(一〇切れの塩サバを夫婦二人が三日間で食べる、飯台のベッド、破れたポリバケツにガムテープを貼り、便器として使用する)の実体、そして、その生活に耐えながら将来に備えるために作った七三万円の預貯金を収入認定して生活保護を廃止し、または保護費を減額した上、預金の使途を葬祭料や墓石購入に限定して使えなくしてしまうという、弱い者いじめとしか思えないような行政のやり方には、涙を禁じ得ませんでした。アメリカ海軍のワドル元艦長だって、えひめ丸事件の被害者の遺族の話を聞いて泣いたそうなのに、日本の行政に携わる人たちには血も涙もないのだろうか。
 そういえば、京都支部の近藤忠孝団員が、東京大気の判決日の国土交通省に対する交渉の際、「千景さんに泣いてもらわなきゃ始まらない。」と言っておられましたよね。
 とにかく、こんな人権侵害がまかり通るようでは、それこそ泣くに泣けないのですが、秋田地裁に保護費を原資とする預貯金を収入認定することについて、遠回しながら憲法二五条1項や一三条に違反することを認めさせ、行政の指導指示には重大かつ明白な違法があるとして無効と判決させたことに、非常に元気づけられました。
 近頃とかく涙もろくなって困っているのですが、なにしろ弁護士となっていまだ八ヶ月余りですので、幸か不幸か依頼者の話を聴いて泣くことはありません。今後、泣きながらでも当事者の実体を裁判所や相手方に訴えることができるような事件に巡り会いたいと思いました。
 実は五月集会参加時には、労働事件を一件も手がけていなかったのですが、佐藤団員の北海道を舞台にしたダイナミックな労働事件のお話は大変おもしろかったです。
 その後京都に戻り、何件かの労働事件と教職員の超勤問題などに関わり始めています。
 教育基本法の改悪問題や心のノートの問題など、知らないうちに教育現場の状況が本当に悪いものになってしまっています。教育面からの憲法改悪と戦争に向けた人作りを阻止するために、教職員の権利を守り、教育現場をダイナミックに変革する事件活動ができればよいなあと思っています。
 京都支部における同期の団員は、同じ事務所の弁護士だけという寂しい情況なので、他の地域の同期の弁護士と交流できたことなどから学ぶことの多い五月集会でした。
 最後になりましたが、私たちを迎えて下さった秋田の皆さん、ありがとうございました。



“私の町の小さなアピール”

〜小さなことと大きなこと

東京支部  神 田  高

 一一日の夕刊にイラク戦争の民間人犠牲者が少なくとも三二四〇人との記事(AP通信調査)が出ていた。民間団体のIRAQ BODY COUNT のホームページでは、五五〇〇〜七二〇〇と記録していた。肝心の大義名分の「大量破壊兵器」もでてこないのに、これだけの犠牲者を出したブッシュ侵略戦争は未来永劫忘れてならない。 また、この「戦勝」に乗り、北朝鮮問題を利用しながら民主党を恫喝、腰砕けにし、有事法案を強行し、さらにイラク「支援」と称して自衛隊の戦争派遣をもくろむ日本の支配層、政府・自公与党を許してはならない。
 九・一一テロ後のアフガン空爆の調査にパキスタンに出かけた私は、帰国直後病気治療であえなく戦線離脱となって、一〇数年ぶりの休養を得ていたが、近くの井の頭公園にラジオ体操に来ている大学の先生が、「有事立法ができたら大変だ」と言っているという。たまたま、地元三鷹の市議をしている妻がその先生宅を訪れ、それがきっかけで“有事法制反対井の頭アピール”にとり組むことになってしまった。このI先生は、八八才の憲法学会の長老の方で、都知事選のときは“反石原”を表明し、中国での戦争体験をもった根っからの反戦、平和主義者である。私は身体は思うようにならなかったが、妻や地域の方の協力をえて、町内の音楽家(チェリスト)の飛山さんや絵本作家のまついのりこさん、山本真一団員や三嶋健団員にも呼びかけ人となってもらい(計一〇人)、アピール文を作成し、町内に配布し賛同者をつのった。文化人や芸術家が多く、三鷹市で平和運動発祥の地だと聞いてはいたが、反応は予想以上であった。FAXやメールで賛同が寄せられた。お陰で、今年の五月まで計三回のアピールを出すことになった(町内居住の市議(共産、民主、無所属)はみな賛同者となっている)。FAXなどで寄せられた意見をいくつかあげるとー
 第一回“有事法制反対井の頭アピール”(〇二年七月。賛同者八九人)
・子どもたちのために、この法律だけはどうしても通して欲しくありません。どうしたらよいのかわからず、街頭で署名等してきましたが、皆でできることがあればぜひ声をあげていきたいです。
・今、論議されている「有事法制」は、憲法が目指している世界平和を実現するためのものではなく、あくまで目先の「国」の利益にとらわれているように思われます。やたらと「敵」を想定して「備え」をすることは、ありもしなかった敵を生み出し、攻撃を呼びこむばかりで、むしろ「国益」を損なう行為だと思います。
・平和への意識が国民の武器です(一九才)
・何でこんな世の中になったのか、六〇年安保で争った者としては、絶望に似た行く末をただ見ていてはいたくない。
 第二回“イラク攻撃・アフガン空爆反対、有事法制反対井の頭アピール”(〇二年一一月。賛同者一〇〇人)
・全く同じことを考えておりました。力には力という感情もわかる所もありますが、現在、地球規模で起きていることへの対処は、一人でも多くの人が、平和で満たされることへの同じ願いを持つことだと思います。攻撃されたことにも何かこちら側の学びもあるのではないかと思います。
・私は現在は主婦ですがイラク攻撃などに対する反対の声をどのように社会にアピールしたらよいか考えておりました。私の住む地域にこの問題を考えていらっしゃる方々がいると知りとても嬉しく思いました。アメリカは圧倒的な軍事力を背景に九・一一以来、世界警察のように振る舞っています。対テロとの戦いを正当化するため国民の恐怖心をあおりアフガン空爆も続けているのかもしれません。最近、若い米国の歴史博士に「なぜ日本は平和憲法を持ち、軍隊を持たないのに米国に戦争協力をしようとしているのか?」と言われはっとしました。
・報復の連鎖を絶対に止めなくてはなりません。私の夫はアメリカ人ですが、イラク戦争反対の電話を直接ホワイトハウスの“市民意見受付”にしたそうです。有事法制はもってのほか!このような小さなアピールが大きな波へつながると信じています。
第三回“イラク攻撃中止・有事法制廃案を求める井の頭アピール”(〇三年五月。賛同者一三四人)
・私は一一才の時一五メートル先に二五〇キロ爆弾が落ちてかろうじて生き残りました。あの時の恐怖が今もなまなましくあって、イラクのこどもを、殺すな!あの恐怖にさらすな!との叫びが心の中からふきあげます。
・現在の情勢の中で日本の果たしうる役割は大きいと思います。日本が盲目的にアメリカに追従するのではないことをまずはっきりと示す必要があると感じます。そのために、今回の戦争のさなかにみられた各政治家の対応を忘れず、これからの選挙にしっかりと反映させていくことが市民の義務だと思います。(大学院生)
 因みに、このアピールの間、今年二月には、地域でアフガン難民調査写真展もやった。素人写真であったが、写真家の森住氏の言う“写真の力”“被写体の力。笑顔の力”(『イラクからの報告』小学館文庫)で三日間で八〇人が訪れ、近くの中学生、高校生も真剣な眼差しで見ていた。難民の女の子たちの写真が好評で、ポスターにして街角にも貼ったがこれも好評だった。
 有事法案は通ってしまったが、この小さなとり組みで、平和、反戦への強い地下水脈が町の中にあることを実感させられた。それは時に表面に表れ、また見えなくなることもあるかも知れないが、大きな流れは脈々として途絶えない。時にはたゆとうが、深く生活に根ざしている。法案が成立した翌日、妻が最近閉店が目立ってきた商店街で会った女性は、「これじゃ戦前と同じになっちゃうじゃない。戦争にお金が使われて、福祉も切り捨てられちゃうわ。」と憤慨していたという。

 さて、これからどうするか。有事法制の具体化などに反対する闘いは続くが、さらに大きく、国民的な運動の柱を立てることも必要だと思う。右の意見からは、国連をも無視したアメリカの一方的で先制的な侵略戦争に対する根強い反感とともに、アメリカへの追従への批判とアジアの平和・憲法擁護の強い願いが表れている。
 アメリカ追随の戦争拒否と平和憲法を守れの骨太い運動は、やがて地下水脈を汲み上げ、二一世紀に日本の進路の基本方向になっていかざるをえないと確信する。先日、テレビでビートたけしや浜幸が出て、北朝鮮の万景峰号入港問題を論じていたが、あの浜幸が「拉致をふくめ北朝鮮問題は平和的手段で解決する以外ない。」と堂々と唯一趣旨明瞭に正論を述べていたのを見てビックリした。“道理“は浜幸をも貫くものだと変に感心した。
 私は、もう少し健康を回復したら、飛山さんらの音楽家が主催する恒例の“井の頭わが町コンサート”に学んで、“わが町平和フォーラム”でもやるかなどと考えている。



裁判勝利をめざす全国交流集会の報告

事務局次長  杉 島 幸 生

 六月八〜九日、熱海市大月ホテルにて第一三回裁判勝利をめざす全国交流集会が開かれ、全国各地の三〇都府県から二二四名もの参加がありました。
 裁判交流集会は、自由法曹団と全労連、国民救援会の三者が、それぞれの裁判闘争の経験をもちより交流を図るという集会ですが、こうした集会がもう一三回も続いているというのは本当にすごいことです。団内ではあまりメジャーな集会ではありませんが、もっと知られてもいい集会だと思います。
 まず、全体会がありましたが、わが自由法曹団の中野事務局長が司会役を務め、いつもながら名調子でテキパキと議事を進行していました。
 全体会では、まず全労連事務局次長の国分武氏からの主催者あいさつ、日本共産党の井上哲史参議院議員の来賓あいさつがなされ、その後、三本の特別報告(「国民のための司法改革をめざして」坂勇一郎団事務局次長、「最高裁で和解勝利を勝ちとった芝信用金庫従組のたたかい」田村廣史従組委員長、「逆転無罪を勝ち取った西武新宿線事件」小澤克至救援会東京都本部事務局次長)が続きました。
 その後、元裁判官の秋山賢三弁護士からその裁判官経験にもとづき「裁判官はどこで無罪、有罪の心証を得るのか」というテーマで記念講演をいただきました。「裁判官が何も知らない」ということを前提に訴訟活動をしなければならないこと、「一審をいかにたたかいきるのか」が極めて重要であること、「事実をもっとも知っているのは被告人である」との立場にたちきること、本当に無罪を勝ちとる事件では、一度や二度、「裁判所と険悪になる場面」が必ずあることなど、裁判官と弁護人の両方の立場を経験した秋山弁護士ならではの説得力のある話でした。秋山弁護士はもっぱら刑事事件について話をなされましたが、こうしたことは労働事件や公害裁判など、団員がとりくむ多くの事件に共通のことではないかと思います。
 記念講演終了後、七つの分科会(「大衆的裁判闘争のすすめ方」「最高裁のたたかい」「リストラ合理化、企業閉鎖、倒産・解雇」「不当労働行為、配転、差別事件」「刑事事件」「再審事件」「責任追及裁判」)に分かれて、それぞれの事件報告、経験交流が深められました。
 私は、第四分科会(不当労働行為、配転、差別事件)に事務方として参加したのですが、よほど大きな事件でなければ、地方の労働事件などについて知る機会がありませんので、各地の事件報告や運動の経験を交流したことは自分にとっても勉強になりました。
 翌日は、分会会終了後に再び全体会が開かれ、山崎団事務局次長から「有事法制阻止の緊急の訴え」があったのち、各分科会からの報告がなされました。各分科会では、それぞれテーマによって取り組まれている事件は違うはずなのですが、当事者をどうやって励ましていくのか、支援者をどう組織していくのか、当事者、弁護団、支援者との関係をどう作り上げていくのかということがほぼ共通して議論されていたようです。
 その後、公選法違反で逮捕(勾留)・起訴された大分の日本共産党豊後高田市・大石忠明市議会議員から、「これからの裁判闘争を必ず勝利し、選挙の自由を守る」という決意表明がなされました。集会の最後に、島田幹事長からまとめの発言がなされましたが、これもいつもの島田節でした。
 交流集会に参加されている争議団や支援する会の方々にとっては、自分たちの事件を全国に知らせるともに、同じような活動をしている全国の経験を知ることは大変に貴重な機会ととらえられているようです。ただ、私としては団員弁護士の参加がそれほど多くないことが気になりました。自分の事件を担当している弁護士にはなかなか言えないことでも、こういう場にくれば、率直な意見が出てきます。意見を直接聞くことは私たち弁護士にとっても貴重な機会です。ぜひとも来年は、もう少し多くの団員弁護士に参加していただきたい集会でした。



必見!「ボーリング フォア コロンバイン」

東京支部  齊 藤 園 生

 あのアカデミー賞授賞式のスピーチで大統領に向かって、「shame on you!(恥を知れ)」と言ってのけた映像を見て、「おお、よくぞ言った!」と拍手喝采したのは私だけではないでしょう。あのマイケル・ムーア監督の長編ドキュメンタリー「ボーリング フォア コロンバイン」。みなさん、もう観ましたか?カンヌはじめ著名映画祭で、絶賛をあびたドキュメンタリーです。ついでに同監督の「アホでマヌケなアメリカ白人」も読みましょうね。
 九九年四月コロラド州のコロンバイン高校で、生徒二人が銃乱射事件をおこし、一三人の生徒・教師を殺害した後自殺。この事件はアメリカ社会の病理を象徴した事件といわれたものです。「なぜこうも銃犯罪が多いのか」。マイケル・ムーアの疑問はこの点にあります。スーパーで弾丸を売っていたり、銀行で銃をプレゼントしたり、銃なんて警官のもつものだと考えている日本人にとってはアメリカのこの「軽さ」は驚きです。しかし銃犯罪の多さはそれだけでは説明できません。たとえばカナダは銃所持率はアメリカと同じくらいなのに、犯罪率は桁違いに少ない。この違いは何か。マイケル・ムーアは「カナダ人は玄関にカギをかけるのか」という実験(!)を通して、アメリカとの違いを考えます。トロントの家々の玄関を開け、大都会でもカナダ人は玄関に鍵をかけない事を発見。対照的にアメリカ人は「得体の知れない他者に対する恐怖心」があり、「敵に対して自衛するのは当たり前」と言う理屈を通して、「得体のしれない他者(敵)」に対して過剰に反応し、攻撃してしまう。この恐怖心とその裏返しの攻撃性は国家でも同じ。「テロリスト」という「得体の知れない他者(敵)」に対する過剰なまでの恐怖心と、防衛のために「先制して」相手を攻撃するという攻撃性は、イラク戦争の時のブッシュの発想そのままといえましょう。
 不気味なのは、「得体の知れない他者に対する恐怖」が最近日本でもじわじわ広がっていることです。「北朝鮮脅威論」はその典型で、「実態はよくわからないが、すごく変で危険な国だから、なにされるか分からない」と言う不安感を煽り、その不安感に乗じて有事法制なぞをつくってしまう。今度は「何をされるか分からないから、今のうちにあんな国たたいてしまえ」と言うヒステリックな攻撃論も当然でてきています。また生活安全条例もしかり。「犯罪が増えているから市民が自分達で身を守りましょう」、「不審者という得体の知れない他者を発見したら、警察に通報しましょう」と言って、他者に対する不安感を煽り、過敏なまでの警戒心を植え付け、その結果市民相互の監視をさせる社会にしてしまう。
 こういう恐怖心を煽って、過剰な警戒心と攻撃性をもたせる社会は、支配者にとっては都合はいいが、中に生きている市民にとっては実に住みにくいのです。映画を見て「アメリカってやっぱ病んでいるよなあ」と思っていましたが、アメリカだけでなく日本も同じだ、というところが、本当に何とも恐ろしいと思いませんか。



書評 姜尚中・酒井啓子

『イラクから北朝鮮へ「妄想」の戦争』

東京支部  松 井 繁 明

 三月二〇日、米英軍が対イラク戦争に踏み切った日の夜、霞ヶ関の弁護士会館「クレオ」は約四〇〇名の参加者の熱気に溢れていた。日弁連と東京三会の主催した「緊急対談 アメリカの『正義』と日本の『有事』―イラク・北朝鮮を考える」。姜尚中氏(東京大学社会情報研究所教授)と酒井啓子さん(アジア経済研究所主任研究員)との対談であった。
 評者のささやかな経験では、この種の企画はこれとして、それぞれの専門的学識・知見には学ばされるところが多いが、論議がかみ合わずに時間切れとなってしまうことが、少なくない。
 この日の対談は違った。朝鮮半島を含む東北アジア問題を専門とする姜氏とアラブ諸国の問題を専門とする酒井さんとが、それぞれの深い学識・知見にもとづいて発言し、それが見事にかみ合っている。話題が停滞することなく、次々に新しい、しかも重要な論点に展開していった。
 本書の第一章は、この対談のすべてを収録したもの。第二章は、イラク戦争「経過」後の四月二九日、内田雅敏弁護士が姜教授におこなったインタビューを収録している。あわせて読むことによって、イラク戦争をめぐって世界に提起された諸問題がいっそう鋭く、深く理解できる。
 本書の内容を紹介する紙数の余裕はないが、ブッシュの戦争が国際政治のリアリズムを超えた「世界革命」や「軍事至上主義」の「妄想」である(姜)、アメリカが中東に求める民主主義がイスラム原理主義の排除とイスラエル容認を前提とする「限られた民主主義」にすぎない(酒井)、反戦運動の側にもアメリカを全ての基軸とする「二国間シンドローム」がある(同)などが印象に残った。
 イラク戦争が終結し、有事法制も「成立」したからといって本書の価値が減じるようなことは少しもない。北朝鮮の問題が緊迫しているからだけではない。ブッシュによるイラク戦争が国際社会に及ぼした亀裂は余りにも大きく、わが国の政治・外交・文化・思想・大衆運動などが直面している課題も深く、重いからである。
 一六〇ページ足らずの本書は、二時間もあれば読めるが、内容は豊か。買って読んでお得な一冊である。

(日弁連編集 太田出版 七〇〇円)



松川事件無罪確定四〇周年行事の案内

東京支部  鶴 見 祐 策

 今年は松川事件の無罪確定から四〇年を迎えます。松川運動記念会では、松川運動を今日に活かす小集会を重ねてきましたが、本年九月に福島と東京で記念のイベントを計画しています。
 米軍占領下の五四年前、福島県松川駅近くで発生の列車転覆と二〇名の無実の労働者を「犯人」に仕立てた松川事件は、占領軍と吉田内閣が検察と警察を使って企てた政治的大謀略事件でした。「正義と真実」を求める国民的な救援運動が、二度も死刑無期を宣告された被告たちの自由を取り戻し、全員に対する無罪を確定させました。一四年余五度の刑事裁判と七年にわたる国家賠償裁判は、政治的謀略と権力犯罪の実態をほぼ余すところなく明らかにしました。そして「人民勝利の記念碑」となりました。
 松川裁判と松川運動は、日本の民主主義の前進、とりわけ「司法の民主化」に計り知れない大きな貢献をしたものと思います。勝利に向けた幅広い人民各層の共闘と統一戦線の力強さを人々に印象づけました。いらい「松川のように闘えば勝てる」が合い言葉となりました。私たちが目指す「大衆的裁判闘争」の原点がここにあります。今日の政治反動のもと、この闘いから汲むべき教訓は極めて大きいと言わねばなりません。多数の団員がこのイベントに参加されることを願ってやみません。要領は概略次のとおりです。

第一 九月一三日(土)福島市で福島記念会主催の行事
午前一一時から福島大学で集会/松本善明衆議院議員の講演を予定/午後一時三〇分から記念塔公園での集会/希望者による現地調査

第二 九月一五日(休日)東京都内で中央記念会主催の行事
午後一時から全労連会館で集会/松川事件の概要、松川事件対策協議会など松川運動の全容など報告とディスカッション、参加者の体験、想い出など自由発言など。

第三 記念塔公園、事件資料の保存など
記念塔公園の維持管理(取付道路の確保、休憩所、トイレ設置など)、松川事件資料の恒久的保存の設備、その予算の裏付けとしてカンパ活動(全国で二〇〇〇万円目標)など。

 なお九月の記念行事に向けた東京実行委員会による次のような集会も予定されています。

七月一九日(土)小集会
時間・午後二時から五時まで/場所・総評会館四〇四号室
講師・中田直人弁護士/テーマ・松川事件国家賠償裁判

八月一六日(土)小集会
時間・午後二時から五時まで/場所・未定/テーマ・松川    事件元被告と家族を囲む懇談

 これにも多数のご参加を期待します。



拉致被害者の救出のために

いまこそ弁護士の力を発揮しよう

東京支部  川 人  博

 北朝鮮をめぐる情勢が緊迫するなかで、北朝鮮問題の平和的解決を求める意見が強く出されている。もとより私も平和的解決を希求してやまない。同時に、その解決とは、拉致被害者の救済をあいまいにしたものであっては断じてならない。
 昨年の九月一七日日朝首脳会談で金正日国防委員長がついに「拉致の事実」を認めたが、それ自体は、横田夫妻をはじめとした被害者の方々の苦しく長いたたかいの成果であった。
 だが、そのとき北朝鮮側からは無慈悲に八人の死亡者名が発表された。私は五年前から横田夫妻の訴えの場をつくるなどの形で、わずかながら救出活動にかかわってきたが、出張先でめぐみさんの死の発表を聞いたとき、あふれる涙を禁じえなかった。
 その後、発表された死亡者リスト・説明内容は、死亡時期・死亡原因・遺骨の保存その他あまりに不自然なことが多いことが判明した。死亡者リストに挙げられた方の遺骨が全く別人のものと鑑定されたことも記憶に新しい。横田めぐみさんなどがいまなお生存しているとの有力な証言も複数の関係者から出ている。
 加えて重要なことは、これまで北朝鮮側が認めた拉致事件は、拉致犯罪全体のごく一部にすぎず、いまだ闇に葬られている被害者の数は広範囲に存在することである。
 私もよびかけ人の一人となって、本年三月一八日「北朝鮮による拉致被害者の救出にとりくむ法律家の会」を結成した。会では、活動の重要な一環として、特定失踪者(北朝鮮による拉致の疑いのある人々)の調査活動をおこなっている。いま特定失踪者問題調査会には三〇〇件を超える行方不明者の相談が入っているが、このうちかなりの事案が北朝鮮工作員による犯行を疑わさせる内容である。
 失踪者の内訳として、職業的には看護医療・美容室関係者、技術・印刷関係者が多く、また、二〇代の女性が多いのが特徴である。これは、女性工作員教育係確保のほかに、よど号ハイジャック犯や拉致した日本人男性の妻にしようとした疑いがもたれる。
 古川了子さん(一九七三年七月失踪、当時千葉)、山本美保さん(一九八四年六月失踪、当時山梨)、秋田美輪さん(一九八五年一二月失踪、当時兵庫)については、私自身直接、事実関係の調査活動をおこなっているが、いずれも他の理由が想定できない突然の不可解な失踪であり、北朝鮮による犯罪であると強く疑われる。
 古川さん、山本さんについては、北朝鮮で目撃したとの証言も出ており、また、山本さん、秋田さんは、ともに失踪場所から遠く離れた日本海側からバックだけが発見され、その発見地点が北朝鮮工作員の上陸点に近い。
 いま、古川さん(千葉商業高校卒)、山本さんの出身高校(甲府東高校卒)では、同窓生の方々が自主的に会合を重ね、会をつくり、二人の発見・救出に向けた活動を始めている。いま全国では、こうした良識ある人々の草の根からの運動がひろがっている。
 拉致問題について法律家に求められていることは、なによりも現場に入り被害者家族とともに事件を調査し、被害救済のための活動に参加していくことであると思う。
 そして、こうした地道な努力によってこそ被害者や支援者の人々との信頼関係が生まれ、北朝鮮問題を平和的に解決していく社会的な世論がひろがっていくものと確信する。
 常日頃、様々な人権侵害に対するたたかいで活躍している全国の弁護士の皆さんが、拉致被害者救出の活動に参加されることを心より訴えます。