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西   晃 沖縄米軍用地九七年「改定」特措法違憲訴訟最高裁判決について
土居 由佳 ネスレ姫路工場不当配転事件の仮処分決定
内山 新吾 ビギナー風護憲(選挙)運動に学ぶ
坂 勇一郎 緊急に司法制度改革推進本部に意見書の提出を〜敗訴者負担「合意論」に反対する
高橋  勲 ―緊急のお願い―「裁判員制度・刑事裁判改革についてのパブリックコメント」へのご協力
三上 孝孜 弁護活動の規制案に反対意見を―井上座長案へパブリックコメントを集中しよう
渡辺登代美 神奈川県暴走族取締り条例
鶴見 祐策 「弁護士布施辰治没後五〇年記念集会の記録」を読んで
後藤富士子 「理念」よりも「お金」―弁護士は「茹で死ぬカエル」か?




沖縄米軍用地九七年「改定」特措法

違憲訴訟最高裁判決について

大阪支部  西   晃

一、去る一一月二七日、最高裁判所第一小法廷(泉徳治裁判長)は沖縄の米軍基地に土地を有する反戦地主八名に対し、九七年「改定」駐留軍特措法違憲訴訟の判決を言い渡しました。判決は地主側の提起した全ての憲法違反の主張(二九条、三一条、四一条違反など)を全面的に排斥した福岡高等裁判所那覇支部の判決を追認し、九七年「改定」特措法を全面的に合憲とするものでした。九五年少女暴行事件に端を発した大田沖縄県知事(当時)の代理署名拒否や反戦地主の闘い、そして沖縄のみならず全国的な反基地闘争の広がりのなかで、それまで地主の意思に反して強制的に土地を取り上げ続けてきた(旧)駐留軍用地特措法においてはもはやこれ以上土地取り上げができない状態にまで追込まれた政府が、一九九七年四月、ルールを一方的に捻じ曲げ、もっぱら政府の都合のいいように使用期限後も暫定使用できるとしたのが、今回の九七年「改定」特措法です。それは、憲法の上に安保条約を置き、安保条約に基づくアメリカへの基地提供のみをひたすら念頭においた安保翼賛国会ともいえる異常な国会審議のもとで、僅か二週間にも満たない短期間の間で成立させられたものです。今回の判決は、沖縄にのみ基地の負担を押し付ける行政権と立法権による横暴を、またしても司法が追認してしまったものであり、政治部門による権力の専横に対して、司法が司法としての機能を全く果たしていないことを改めて明らかにしたものです。

二、今回の最高裁判決では、一九九六年三月三一日で実際に使用期限が切れ、不法占拠状態となった読谷村楚辺の通称「象のオリ」に対する判断もなされました。判決は使用権原なく土地を使用し続けた三八九日間について、違法な公権力の行使による「不法占拠」と認めて国家賠償請求の対象となるとした一、二審の判断を踏襲、是認しました。何らの権原もなく、地主の意思に反して使用し続けたのであるから当然のこととはいえ、最高裁においても違法と判断されたことの意味は大きいといえます。しかしながら最高裁は、この違法な土地使用によりすでに発生している損害賠償請求権が、その後に作られた九七年「改定」特措法の損失補償規定とその補償規定に基づく弁済供託により消滅してしまうとした原審福岡高裁那覇支部の判断を支持しました。土地を不法に占拠されていた所有者が受け取りを拒否している以上、損失補償規定による供託があっても、国家賠償請求権は消滅しないとして一審判決が僅かに示した司法の良心にさえ、最高裁は立ち返ることもなかったのです。今回私たちが最高裁に問い続けたことは、国の不法占拠が厳然たる事実として存在し、国家賠償請求裁判が現に進行しているその裁判の最中に、被告であり訴訟の一方当事者である国が、立法権を行使して自己に都合のいい法律をつくり、損失補償規定をつくり、供託さえすれば損害賠償請求権がなくなるというそのような専横行為が本当に許されるのか、ということでありました。そして「象のオリ」不法占拠という特定事件の処理のみを念頭において、損害賠償請求権を排斥することをもっぱらの目的とする「狙い撃ち」ともいえる法律がはたして立法権の名の下で許されるのか否かということでした。今回の最高裁判決は、国の違法を救済するためであれば、事実上個人を狙い撃ちにする立法も可能であることを示したものであり、立法行為の横暴に対して司法が全く無力であることを示したものです。また国家の違法を確認し、損害の回復を図る国家賠償請求と、公益的な国家目的遂行の過程で国民に生じる(主に経済的)損失を公平の観点から填補する損失補償制度との質的相違を必要以上に相対化し、国家賠償制度を形骸化する危険性を有する判決といえます。このことは武力攻撃事態対処法や国民保護法などの有事法制の中で、国家行為に基づく損害賠償請求をあらかじめ(損失)補償規定で補おうとする立法の傾向にも呼応するものであり、極めて危険な考え方であろう

、なぜ沖縄だけが米軍基地の更なる重圧に耐えなければならないのか。この沖縄からの問いにまたしても最高裁は真正面から答えることはありませんでした。しかしながらこれで闘いが終わったわけでは決してありません。判決後の記者会見で違憲共闘会議の有銘議長がこともなげに「また沖縄で怒りが爆発しますよ」といっていましたが、案外近いのかもしれません。「こんないい加減な逃げ判決でしか対応できないくらい、矛盾は限界近くにまできているんだ」・・・八年間、この問題を追いかけてきた者の一人として、負け惜しみではなく、今、心底そう思っています(なお判決当日には沖縄から伊志嶺団員、東京の内藤功団員、松島団員、大阪から私が出席しました)。



ネスレ姫路工場不当配転事件の仮処分決定

兵庫県支部  土 居 由 佳

 二〇〇三年一一月一四日、神戸地裁姫路支部で、同居の家族に要介護者を抱える従業員二名に対する遠隔地への配転命令を無効とする仮処分決定を得ました。

 ネスレジャパンは、スイスに本拠を置く世界最大の食品メーカーの日本法人ですが、同年五月九日、突然、姫路工場で行われているギフトボックス係の廃止を発表し、配属されている六〇名の従業員に、同年六月二三日までに霞ヶ浦工場へ転勤するか、特別退職金を受領して退職するかの二者択一を迫る配転命令を発しました。
 ネスレは、金融不安と消費低迷が進む中、莫大な利益を獲得し続けており、姫路工場における部門閉鎖も、経営危機とは全く無関係の、あくなき利潤獲得のための合理化措置に過ぎませんでしたが、配転命令を発せられた六〇名の従業員のうち、九名は配転命令に応じて霞ヶ浦工場へ転勤し、四八名は特別退職金を受領して会社を退職しました。しかしながら、仮処分の申立をした二人は、それぞれ二人の子どものほかに、妻が非定型精神病であったり、痴呆の母を抱えていたりするため、転勤及び退職を拒否する意思を会社に明確にしました。
 組合は会社との団交で本件転勤命令の撤回を求めたのですが、会社が、「同居の家族に要介護者や精神病を抱えていることは決定に変更を与える事情ではない」との姿勢に終始したため、配転命令の無効を主張して仮処分を申立てました。

 決定は、一家揃って転居することは危険が大きいし、単身赴任して他の家族だけで要介護者の世話をすることは現実には不可能であるとして、「本件転勤命令は、業務上の必要性が存するものの」、「いずれに対しても、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、権利の濫用にあたり無効というべきである」と判断し、霞ヶ浦工場で就労する義務のない地位を仮に確認するとともに、霞ヶ浦工場で就労しなければ給与の支払いを止める意向を示していた会社に第一審判決言渡しまでの給与八割分の仮払いを命じました。
 もっとも、決定が「業務上の必要性は優に認めることができる」とした点については問題があります。決定は、「厳しい競争にさらされている企業が不断に経費削減に努めることは当然」であることからストレートに業務上の必要性を肯定しており、長引く不況の中でリストラに手を貸そうとする今日の裁判所の一般的な姿勢をかいまみることができます。これについては、経費削減の必要性と配転命令を発する業務上の必要性を混同しているとの批判を免れません。そもそも、本件配転命令は、霞ヶ浦工場への転勤か退職の二者択一を迫れば、多くの従業員が退職することを見越してなされたものであったことは間違いのないところです。従って、本件の実質は配転命令に名を借りた整理解雇といってよく、大儲けしている企業が整理解雇できないことはいうまでもないところですから、「業務上の必要性」を認めること自体が不適当な事案であったというべきです。

 仮処分決定後、会社は賃金仮払いには応じる意向は示しているものの、二人の姫路工場での就労を認めていません。そこで、同年一一月二一日に本訴を提起しました。本訴では、ILO第一五六号条約、改正育児介護休業法二六条を強調して、育児介護の問題を抱えた労働者に対する遠隔地配転が認め難いものであることとともに、本件のような整理解雇の実質を持った配転に業務上の必要性も認める余地のないことを明らかにするために、一層奮闘する決意です。
 なお、仮処分事件の弁護団は、東京支部の古川弁護士、兵庫県支部の西田弁護士、竹嶋弁護士、吉田弁護士、土居でした。



ビギナー風護憲(選挙)運動に学ぶ

山口県支部  内 山 新 吾

 このたびの総選挙で、護憲政党が議席を大きく後退させた。でも、私は、この選挙、良かったとも思っている。というのは、選挙の中で、ちょっとだけだが、憲法九条をいかす運動の未来を見た気がするからだ。それは、一人の護憲運動のビギナーの姿だ。
 彼女のことは、A子さんと呼ぶ。A子さんは、主婦で幼い二人の子の母親。夫・B男が仕事人間であることに不満を持っている。A子さんは、護憲政党の党員ではなく、後援会員でもない。しかし、小泉政治の矛盾は、A子さんの日々の生活を直撃し、未来を暗くする。だから、A子さんの口ぐせは、「早く日本から脱出しよう」だった。
 そんなA子さんが、総選挙の途中から無党派として勝手に護憲政党(C党)の支持を呼びかける選挙運動を始めたのである。
 きっかけは、一枚のビラだった。地元の革新懇が、憲法九条改悪反対を訴える一一月三日の街宣用につくったビラ。「平和の種(九条)を捨てたら、平和の花は咲きません」と大書されたビラに、彼女は興味を持った。たまたま、彼女は、一ヶ月ほど前に、テレビで、大好きな明石家さんまが主演をしたドラマ「さとうきび畑の唄」を見て感動し、平和問題に敏感になっていたところだった。ビラを呼んだ彼女は、「これなら、私にもわかる」と声をあげた。この「私にもわかる」ということを「だから、他の人にもわかる」と短絡的につなげてしまうのが、ビギナーのおそろしいところである。
 まず、彼女は、一一月三日の地元デパート前での街宣に、子連れで参加。しかも、仲の良い友人にも声をかけていた。彼女たちは、まるで、いつもの買い物の待ち合わせみたいに集合した。友人も子連れである。このため、当日の街宣は、子どもだらけになってしまった。「戦争ホウキ」とシャレた箒をもって参加した弁護士の影も薄くなるほど、にぎやか。そして、ビギナーは、署名のとり方もちがう。道行く人の前に立ちはだかる、のである。そして、「子どもを戦争に行かせないために署名をお願いします」と声をかけながら、協力してくれるまで遠慮なくつきまとう、のである。彼女の辞書には、「道交法」という言葉はない。結局、彼女は、初出場ながら、常連である「民主勢力」の人たちを大きく上回る数の署名を集めてしまったのである。この街宣で、常連たちは、大いに励まされた。
 この一一月三日以降、常連の多くは、一一・三ビラを政党ビラに持ちかえた。しかし、A子さんは、一一・三ビラを離さなかった。配り残ったビラをさらに活用し始めたのである。すなわち、A子さんは、翌日から、このビラを友人、親戚、よく通っているお店の人などに、無差別にFAXし始めたのである。「これを配りました。」とコメントを添えて。コメントが短すぎて、訳がわからないものだから、送られた人がA子さんのところへ電話をしてくる。すると、A子さんは、すかさず、「戦争反対なら、選挙はC党に入れて!」と訴える。つまり、勝手に選挙運動を始めたのである。相手が、「C党は、ちょっと・・・」とためらうと、「心配しないで、C党は政権をとれないから、安心して。」とダメを押すのである。
 こうして、数をこなすうち、無党派による勝手な支持拡大は、次第に巧妙さを増していく。たとえば、「ダンナの仕事(会社)の関係で、自民党でないと・・・」という人に対しては、「ダンナは仕方がない。でも、子どもを守るのは母親なんだから、あんたはC党に入れなさい。」と迫る。また、「投票日当日は、用事があって・・・」と渋る人に対しては、その用事がどういう用事で、どこで、何時から何時まであるのか、しつこく聞き、「○時から○時までなら、投票に行けるじゃろう。」と詰める。(弁護士の反対尋問も、こうありたい、と感じる。)さらに、「へぇー、九日は選挙じゃったん?知らんかった。」という友人に対しては、「あんたが、いいかげんな性格なのは、よく知っちょる。でも、選挙は、いいかげんにしちゃあいけん。」と、人格攻撃を交えて、説得。
 こんな風にして、A子さんは、ほとんど一日中、電話かけ(もっとも、その九割以上の時間は、雑談だったようだが)、そして、夜ともなれば、声も枯れて、ふと、子どものための食事づくりが、おろそかになったことに気づき、反省。そして、「熱心なC党の人の子どもって、こうやって、ぐれていくのかしら・・・」とつぶやく。
 ビギナーA子さんの動きは、FAX&TEL作戦にとどまらなくなった。子どもの幼稚園の参観日にも、例のビラをごっそり持って行った。そして、まわりのお母さんたちに、ビラを渡しながら、対話作戦。その中には、自衛隊員の妻も。「北海道から山口に転勤してきたから、大丈夫かな、とは思うけれど、気が気じゃない。」と打ち明けてくれた。
 さらに、A子さんは、友人宅訪問まで始めた。この段階で、さすがの彼女も、「戸別訪問で、警察に捕まるかもしれない・・・」と心配し始めた。すかさず、「身近に立派な弁護士がおるじゃないか」と励ます、A子さんの夫・B男。彼は、例のビラの作成者でもあった。
 結局、夫・B男の弁護士としての出番のないまま、投票日を迎え、そして、あの選挙結果・・・。「きっと落ち込むだろうな・・・」とビギナーを気づかうB男。しかし、B男の予測に反して、選挙後も、A子さんの勝手な運動は、さらにエスカレートしていったのである。
 文書プラス対話という基本スタイルは変わらないが、文書メニューが広がった。例の革新懇ビラだけでなく、さまざまな新聞記事のコピーが加わった。まず、明石家さんまの写真入りの、ドラマ「さとうきび畑の唄」の紹介記事。自分が共感した投書が載った新聞の投書欄のコピー。九条を方言で話す大原穣子さん(方言指導者)のことを紹介した記事も。
 今後、A子さんは、市内の子育てサークルに、九条署名への協力を求めるらしい。文字どおり、無差別の活動スタイルである。
 もちろん、そんな彼女がへこたれる場面もないではない。そんなとき、彼女は「やっぱり外国へ逃げよう」と言う。「わかってくれない友だちは、日本に置き去りにする。」と言う。ここでやっと、夫・B男の出番がくる。情状弁護みたいなことを言って、A子さんをフォローする。それが功を奏すると、次の朝、A子さんは元気になる。元気になりすぎて、「あなたも、やりなさい。すぐやりなさい」とB男をせめたてる。
 こうして、A子さんの護憲運動は、続く。選挙とごちゃまぜになりながら、選挙が終わっても、とどまることがない。「次回選挙で捲土重来を期す」などという、難しい言葉が、彼女の辞書の中にあるとは思われない。ただ、すべて、日常の続きで動いている。だから、動ける。忙しすぎたり、情勢が「見え」すぎて、動けん(ウゴケン)護憲派とは、ちょっと違う。
 A子さんの姿を目の当たりにして、B男は思った。何かがA子さんを変えた。きっかけは、明石家さんまなのか夫なのかは、わからない(そんなことはどっちでもいい。どっちも前歯が出ているのだから)。しかし、A子さんは何も変わっていない、ともいえる。その証拠に、あいかわらず、がさつで、ぐうたらで、ずぼらで、時々キレる。でも、変わらないまま、これだけのことをやってのけることこそ、すごい、と思う(もっとも、彼女自身は、すごいなどと、これっぽっちも思っていないようだが)。
 B男は思う。ビギナーから学ぶことは多い。それは、弁護士の仕事をしていて、依頼者から学び励まされるのと、似ている。自分自身が「ビギナー」に戻ることはできないとしても、ビギナーと手をつなぐことで、これまで以上にいきいきと、憲法をいかす運動を展開できないだろうか。
 ビギナーは強い。ビギナーはどこにでもいる。あなたのそばにもいるかもしれない。



緊急に司法制度改革推進本部に意見書の提出を

〜敗訴者負担「合意論」に反対する

担当事務局次長  坂  勇 一 郎

敗訴者負担「合意論」を巡るこの間の団の取り組み

 団は一一月一五日の常幹において、 「弁護士報酬の敗訴者負担『合意論』に反対する意見書」を承認し、「合意論」の考え方の問題点を指摘しつつ反対の意見を表明した。
 また、一一月二一日の司法アクセス検討会において、労働契約や消費者契約上の敗訴者負担条項の問題について、山本克己委員(京大教授)からこれらは労基法一六条や消費者契約法九条・一〇条により無効にできる旨発言があったことから、裁判外の合意の問題点と山本委員の発言の誤りを指摘した「『弁護士報酬の敗訴者負担制度』の論議のあり方に対する声明」を一一月二八日付にて発表した。

敗訴者負担「合意論」の問題点

 「合意論」の問題点はさまざまな観点から指摘されているが、とりわけ実質的な弊害として懸念されるのは、次の三点である。
 第一に、損害賠償請求訴訟への影響が懸念される。現在損害賠償請求訴訟においては、弁護士費用が損害の一部として認定されるが、「合意による敗訴者負担」が導入されると、弁護士費用は「合意による敗訴者負担」に委ねられるべきとして、損害からはずされる、または現在認容額の一割程度認められている水準が切り下げられることになりかねない。この点は、公害・環境訴訟をはじめ、種々の損害賠償請求訴訟にとって重大な問題である。
 第二に、「(裁判上の)合意による敗訴者負担」が導入されると、労働契約(就業規則等)や消費者契約約款に敗訴者負担条項が普及することが懸念される。このような条項が普及した場合、労働者や消費者は、(裁判上の敗訴者負担制度は合意を拒否できるとしても)契約上の条項による敗訴者負担を覚悟せざるを得ず、結局、提訴・応訴を躊躇せざるを得ず司法アクセスが抑制される。商工ローン・フランチャイズ等事業者間契約においても重大な問題である。
 第三に、弁護士と当事者の信頼関係に影響を及ぼしかねない点が、懸念されている。この点は弁護士から(私たち弁護士は裁判が「生きもの」であることを体で感じている。)心配の声があるが、裁判を経験した市民からも、「事件の解決に真剣に向き合っている中で弁護士との信頼関係に微妙な影響を及ぼしかねないような制度は、裁判に持ち込むべきでない」という声が、出され始めている。弁護士の立場からとともに、市民の立場からの、具体的問題状況の指摘が必要と思う。

司法制度改革推進本部事務局に意見書の提出を

 司法制度改革推進本部事務局は、次回一二月二五日の司法アクセス検討会に事務局案を提案するとしている。一二月上旬から中旬にかけてとりまとめ案の作成を行うものとみられる。
 しかし、「合意論」に関する問題点は検討会においても十分検討されたとは言い難い。「合意論」の問題点を具体的に指摘しつつ、「合意論」反対の意見を司法制度改革推進本部に集めることが、緊急かつ重要な課題となっている。そこで、次のとおり、意見書提出を呼びかける。是非、多数の意見書を推進本部宛寄せられたい。

【書式】自由。(必要に応じて、団通信同封の用紙をお使い下さい。)
【提出方法】推進本部宛、郵送または電子メールにてお願いします。
 [郵送の場合]〒一〇〇―〇〇一四
  東京都千代田区永田町一―一一―三九 永田町合同庁舎三階
  司法制度改革推進本部事務局 「弁護士報酬敗訴者負担」係
 [電子メールの場合]
  司法制度改革推進本部のホームページの意見募集の頁から入ってください。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/goiken.html
【期限】一二月一五日(月)を目処に出来るだけ早く。
*団本部宛控えを一部ご送付下さい。



―緊急のお願いー

「裁判員制度・刑事裁判改革についてのパブリックコメント」へのご協力を

司法民主化推進本部本部長  高 橋  勲

 司法制度改革推進本部が、「裁判員制度・刑事裁判改革」についてのパブリックコメントを募集しています。全国の団員の皆さんがこれに積極的に応えて下さることを呼びかけます。
 推進本部の裁判員制度・刑事検討会では、いま大づめの意見交換が行われています。一〇月二八日の検討会では「井上座長ペーパー」が示されました。しかし、それをみると、裁判官と裁判員の人数比をはじめ、裁判員制度の合議体の構成はもとより、証拠開示、取調べの可視化、当事者の主張・立証制限など「刑事裁判の充実・迅速化に関する諸方策」としての提案にも様々な問題点が含まれています。また、団が進めてきた大衆的裁判闘争、「裁判批判」の観点からみて、「裁判員秘密漏洩」や「証拠の『目的外使用』」、「裁判員への接触禁止」を刑罰で禁止することや、「偏見報道」という理由での報道規制など到底無視しえない論点も含まれています。
 団は一〇月に開かれた全国総会で「国民のための司法改革を求める決議」を採択し、刑事司法改革に関し、次の三点をあらためて確認しました。(1)被告人側への争点明示義務とこれを前提とした事後の主張立証制限、弁護人不出頭の場合に職権により弁護人を付する制度、裁判所の訴訟指揮権の強化と弁護人への制裁制度等被告人の防御権・弁護人の弁護権を侵害する制度の導入を許さない、(2)公判段階での直接主義・口頭主義の実質化、証拠の全面開示、取調べの可視化、被疑者、被告人の早期の身柄開放と代用監獄の廃止等の制度改善の実現、(3)裁判官と裁判員の人数比は三倍以上とし実質的な国民参加の実をあげる制度とすること。
 裁判員制度・刑事裁判改革についてのパブリックコメントは実際上今回が最後の機会になると思われます。全国各地で「弾圧裁判」や「えん罪事件」に関わり、また、現に様々な刑事裁判で被疑者・被告人の人権を守ってたたかっている団員の皆さまの具体的な経験に基づくご意見を、是非パブリックコメントを通じて司法制度改革推進本部にお届け下さい。
 団・司法民主化推進本部としても、この国の刑事裁判の実態とそのなかでいかに被疑者・被告人の人権がおびやかされてきたかを直視し、裁判員制度の導入が真に実質的国民参加制度として発展するものとなるよう引きつづき検討会に要求していく方針です。
 日弁連からも「裁判員制度・刑事裁判改革について、あなたの声を届けよう」という呼びかけがなされ、意見記入のフォームも示されています。これを利用しながら、是非自由法曹団員らしい積極的な意見を、今すぐ出して下さいますよう重ねてお願い申し上げる次第です。締め切りは一二月一七日です。



弁護活動の規制案に反対意見を

―井上座長案へパブリックコメントを集中しよう

大阪支部 三 上 孝 孜

一 井上座長案の危険性

 裁判迅速化法が本年七月に施行されてから、刑事裁判において、裁判所の訴訟指揮が強権化してきている。
 証人は採用しない、尋問時間は制限する、期日の一括指定を強行する等である。皆さんはこのような経験がないだろうか。
 ところが、政府の司法改革推進本部の裁判員制度・刑事検討会では、「刑事裁判の充実・迅速化」を名目にして、弁護活動に対する恐ろしい規制が立案されようとしている。
 検討会は、証拠開示、捜査可視化、人質司法等の現在の刑事裁判の問題の改善を放置している。それどころか、迅速化や証拠開示の部分的手直しを口実にして、弁護活動への新たな規制の立法化を目指している。
 本年九月検討会は、「裁判員制度」と「刑事裁判の充実・迅速化」についての事務局のたたき台を元に、集中討議を行なった。それを受けて、一〇月井上座長が座長案を発表した。その内容は事務局のたたき台とほとんど同じである。
 「刑事裁判」のなかには次のような問題規定が含まれている。
1 訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する弁護人への過料、弁護士会への処置請求
2 開示証拠の目的外使用禁止違反に対する被告人、弁護人への過料、刑罰
 刑事裁判の改善も実現しないのに、そのうえ、このような弁護活動の規制が導入されたら、刑事裁判は死滅してしまうと思う。これらの規制の内容と問題点は次の通りである。

二 訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する過料、処置請求

○座長案
1 裁判所は、訴訟関係人が裁判長による尋問又は陳述の制限命令 に違反したときは、過料に処すことができるとする。
2 裁判所は、訴訟関係人を過料に処したときは、弁護人について は弁護士会に通知し、適当の処置を採るべきことを請求しなけれ ばならないとする。
3 処置請求を受けた弁護士会は、適当と認める処置を採り、その 処置を裁判所に通知しなければならないとする。

○問題点
 現行刑訴規則では、裁判所は、検察官又は弁護人が、訴訟手続に関する法律・規則に違反し、審理の迅速な進行を妨げた場合には、(1)まず、検察官又は弁護人に対し、任意的ではあるが、理由の説明を求める。(2)そのうえで、特に必要があると認めるときは、弁護士会等に通知し、適当の処置をとるべきことを請求しなければならない、としている(三〇三条)。
 このような刑訴規則自体が問題だと思うが、井上座長案は、さらにこれを改悪している。
1 裁判長の尋問・陳述制限命令違反に対し、弁護人等に対する過 料の制裁を新設している。
2 現行規則は、弁護士会への処置請求の要件として、訴訟手続に 関する法律・規則の違反をあげているのに、座長案は、裁判長の 命令違反に対する過料の決定があっただけで処置請求できるとし ている。
3 弁護人に対し、理由の説明を求める手続を削除している。
4 弁護士会への処置請求を義務的なものとしている。
5 弁護士会に対し、弁護人への処置を義務づけている。
 これでは弁護人は、裁判所の制裁を恐れ、十分な弁護活動が出来なくなる。また、弁護士会の処置が強制されると、弁護士自治が侵害される。

三 開示証拠の目的外使用禁止違反に対する過料、刑罰

○座長案
 被告人、弁護人は、開示された証拠の複製、内容の全部又は一部を記録した物・書面を審理の準備以外の目的で使用してはならないとし、この違反に対し、裁判所は、被告人、弁護人に対し、過料に処すことができる、としている。
 この場合さらに、被告人、弁護人を懲役刑に処する、としている。
この座長案は、事務局のたたき台の一部を手直ししただけで、それとほとんど同じである。

○問題点
 被告人、弁護人や救援会等が、冤罪や弾圧事件で、ビラや出版物により無罪を訴える活動はきわめて重要なものである。
 このような場合、ビラや出版物に開示証拠をそのまま引用したり、その写しを掲載したりすれば、被告人、弁護人は、過料や刑罰に処せられるおそれがある。また、救援会の活動にとっても重大な制約が生じる。
 刑罰が適用されるということは、犯罪になるということであり、警察が被告人、弁護人を捜査することが出来ることになる。
 この規定は、被告人の裁判活動や弁護人の弁護活動そのものに対する初めての刑罰の適用ではないかと思う。
四 司法改革推進本部は、改めて、この井上座長案(裁判員制度および刑事裁判)に対するパブリックコメントを募集している。締め切りは一二月一七日である。
 このような改悪を阻止するために、パブリックコメントを集中することを呼びかけます。



神奈川県暴走族取締り条例

神奈川支部  渡 辺 登 代 美

 久しぶりに生活安全条例ネタです。
 神奈川県では、本年七月、「暴走族問題に関する最終報告」がまとめられ、九月議会の青少年総合対策特別委員会の資料で「暴走族取締り条例」の骨子が明らかになりました。一二月議会に条例案が提出される予定です。
 議会での論戦を迎えるに当たり、一一月二二日、日本共産党県議団(議員四名)が学習検討会を行ないました。団神奈川支部からも、藤田幹事長はじめ四名が出席しました。「かながわ『非行』と向き合う親たちの会」のお母さん方や学校の先生も参加し、活発な議論が交わされました。お母さんの話で新鮮だったのは、「うちの子は暴走族の頭をやっている。もうやめたくてしょうがないのだけど、やめるというと殺されると思っている。満一八歳の誕生日で卒業なので、あと少しだからと思っていたら、暴走族も人が足りないということで一九歳まで卒業できないことになった。」という話。
 暴走族をなくさなければならないのはそのとおりだが、取締り条例を作ることでは暴走族の根絶はできない、子どもたちがなぜ暴走族に集まるのか、子どもたちの視点で考えなければ問題の根本的解決にはならない、という点で認識は一致しました。
 暴走族条例の次には生活安全条例が準備されています。神奈川県議団はたった四名しかいませんが、団支部も共同して悪い条例を作らせないよう奮闘します。
 ここまで、神奈川支部の団員としての投稿です。
 ここから、警察問題委員会担当次長としてのお願いです。
 警察問題委員会では、引続き住民監視社会の問題点を追い続けていきたいと考えています。各地の生活安全条例に関する情報をお寄せ下さい。団通信用の原稿を書く暇がない、というときは、有事のメーリングリストにでも「出たよ」という報告をして下さい。一定程度の情報が集まれば、団通信で紹介します。宜しくお願いします。



「弁護士布施辰治没後五〇年記念集会の記録」を読んで

東京支部  鶴 見 祐 策

 二〇〇三年九月三〇日、仙台弁護士会で布施辰治弁護士の業績を顕彰する集会が開かれた。布施辰治の研究者として著名な名古屋市立大学の森正名誉教授が「布施辰治の生涯に学ぶ」、最後の弟子を自称される竹澤哲夫弁護士が「東北入会権訴訟と弁護士布施辰治」と題して講演をされ、孫にあたる日本評論社の大石進会長が「遺族から見た布施辰治」を語っておられる。この記録は、石巻の庄司捷彦弁護士が編集された五〇ページのものだが、自由法曹団の大先輩の業績と人間性を知らしめる素材としては絶好の冊子となっている。 布施さんの業績については、すでにいくつかの出版物などで紹介されているが、森教授によれば隣の韓国でも人権のためにたたかった日本人として敬愛を集めているとのことである。大石さんが語られる昔のエピソードは未知の新たな布施像に触れることができて興味がつきない。
 とりわけ私が感銘を受けたのは竹澤さんが引用された昭和一一年八月の「火行部落民への手紙」である。裁判で苦闘する農民たちを説得する長い手紙だが、最後に「是非この手紙を、家中で幾度も幾度も読み返してください。又字の読めない方は、誰方でも文字の読める方に読んでもらって下さい。尚、役場の人にでも、駐在の方にでも、此の手紙を見せて、判らないことがあったら聞いて頂き、私の申し上げた手紙に得心のゆかないことがあったら、幾度でも聞き返してよこして下さい。私は必ずみなさんに最後の得心がゆくまで説明します」で終わる。この全文が掲載されている。農民たちに対する深い愛情が伝わってくる文章である。以前にも団の出版物で披露されたらしいが、若い団員もおられるし、弁護士のあり方にも関わるので敢えて紹介したいと思う。

 お問い合わせは、庄司法律事務所(石巻市泉町四丁目一番二〇号/電話〇二二五・九六・五一三一/FAX九四・〇四七四)へ。



「理念」よりも「お金」

―弁護士は「茹で死ぬカエル」か?

東京支部  後 藤 富 士 子

1 敗訴者負担の合意選択論

 日弁連は、「弁護士報酬敗訴者負担」制に反対してきたが、俄かに浮上した「合意選択論」に対する対応を巡って馬脚を現した観がある。「合意選択論」にはヴァリエーションがあるが、日弁連が飛びついたのは「各自負担を原則とし、当事者の合意による敗訴者負担の採用を認める」という案である。
 この案に賛成する理由として述べられているのは、(1)勝敗がはっきりしている場合には敗訴しそうな側は同意しないから各自負担である、(2)勝敗の見通しがはっきりしない場合には、弁護士が依頼者を説得して合意しなければよいのであり、そうすれば各自負担になる、ということで、結局、「敗訴者負担」を阻止したのと同じ結果になる、というのである。
 これに対する反対論にはニュアンスの違いがあり、「合意」が拡大されていく虞があり「各自負担」が維持できないとするA説と、「弁護士の価値観で、勝訴できると思っている依頼者に敗訴者負担を断念させるのは弁護士倫理上問題がある」として、例外を確保する形で原則敗訴者負担の方が「合意選択論」よりもマシであるというB説がある。この議論は、「弁護士のあり方」という視点でみると、重大で興味深いものがある。
 まず、A説は、「各自負担」の維持という点では基本的に賛成論と同じであり、それを貫徹するための戦術について違いがあるにすぎない。これに対し、B説は、「依頼者と弁護士との関係における倫理」に敗訴者負担を回避するよりも重大な価値を認めるのである。つまり、「賛成論と反対論との対立」ではなく「賛成論=A説とB説の対立」なのである。そして、日弁連の多数派は、B説を顧みなかった。
 ところで、賛成論が依頼者を説得できるとする論拠は、勝敗がはっきりしないのに敗訴者負担が導入されると「市民の訴訟利用を萎縮させる」ということである。しかし、「合意選択論」は、既に訴訟利用した依頼者の問題であり、依頼者にとっては、後の利用者を慮って制度利益のために個別利益を犠牲にすることなどありえないし、改革派弁護士といえどもその犠牲を強要することはできないはずである。そうすると、結局、弁護士の「各自負担」への固執だけが残り、弁護士の経営的利害が透けて見えてくる。日弁連会長は、「合意選択論」を決断した理由として「敗訴者負担になると先生方が困る」といみじくも述べている。

2 給費制統一修習への固執

 統一修習制度において弁護修習に振られる期間は全体の四分の一にすぎない。しかも、修習生の八割が弁護士になるのに、である。
 この事情は、ロースクールと新司法試験制度になっても、基本的に変わらないようである。
 ところで、ドイツでは、今年の七月一日から改正法が施行され、弁護士という法律実務家の養成に重点がおかれるようになった。ドイツでも、法曹資格取得者の約八割が弁護士になっているが、国際化・EU市場統一に伴う競争にドイツの弁護士が後れをとらないようにとの事情によるのではないかと思われる。具体的には、大学の法学教育でも「法律を単なる知識として教えるのではなく、たとえば、依頼人の救済方法から考えた形で説明する」ことが要求されるとか、司法修習でも従前には行政官庁・検察庁・裁判所での必修研修が一年以上に及んでいたのを改め、法律事務所での修習が二年の修習期間のうち一年以上となり、自由研修期間を合計すれば一年半の弁護修習が可能となっている。
 日本の統一修習制度はドイツの制度に倣ったものであり、「均一でオールラウンドな法律専門家を国家が養成する」ものである。統一修習は、優秀な官僚法曹を選別するためのもので、決して「優れた弁護士」を養成することを目的としていない。だから、英米法の国の弁護士はもとより、分離修習制度で養成されるフランスの弁護士に比べても、能力が劣るのはあたりまえであろう。
 今般の日本の司法改革でも、ロースクール制が導入された。しかし、この改革が、必ずしも「弁護修習の充実」を意識してなされたものでなかったことは、統一修習が前提となっていることからも明らかである。しかも、皮肉なことに、国営統一修習に固執したのは、他ならぬ弁護士である。
 「在野法曹たる弁護士養成」という点で考えれば、国営統一修習よりも分離修習の方が優れていることは、素人にも理解できることである。それにもかかわらず、日本の弁護士が、キャリアシステム下の統一修習に固執するのは、既得権益を失いたくないからであろう。そして、負担増大に喘ぐ国民を尻目に「給費制維持」に凱歌をあげる弁護士のモラルハザードを嘆かずにはいられない。

3 カエルの「茹で死に」

 カエルを熱湯の中に落とすと反射的に飛び出して助かるが、水に入れて熱すると茹で死ぬという。日本の弁護士は、「大きな司法」をめざす今回の司法改革でもイニシアチブを取れずに終りそうである。それは、「理念」よりも「経済的既得権益」に固執するからであるが、そのような態度からは「新たな価値の創造」は出てこない。
 改革は「新たな価値の創造」であり、「市民の司法」を実現できない責任の大きな部分を弁護士が負っていると私は思う。