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松島  暁 悪法阻止から平和構築へ―平和・有事法対策本部立ち上げにあたってー
船尾  徹 「構造改革」とたたかう労働裁判1(日本航空 長時間乗務手当不利益変更裁判から)
吉田 健一 緊急!憲法改悪に反対する署名・ポスターの活用、取り組みを
永尾 廣久 『日弁連副会長の日刊メルマガ』(下)
秋山 信彦 書評 上条貞夫著「司法と人権」
齊藤 園生 発作的映画評論 Vol.8 「イン・ディス・ワールド」を観る




悪法阻止から平和構築へ

―平和・有事法対策本部立ち上げにあたってー

事務局長  松 島  暁

 イラクをめぐって緊迫した情勢が続いた二〇〇三年も終わろうとしている。世界の平和の声に逆らってブッシュがイラク戦争を開始したのが三月、標的としたフセインが八〇〇〇万円の現金ととも地下室から引きずり出されたのがつい先日のことである。二人の妄想によってどれだけの人々の血が流されたのであろうか。フセイン拘束によってイラクでのレジスタンス活動やゲリラ戦(「テロ」という言葉は使わない)が終わりになるとは思われないし、自衛隊のイラク派兵も小泉は予定どおり強行してくるであろう。

 団本部では、夏にいったん解散した有事法制阻止対策本部を、第二期対策本部=平和・有事法対策本部として立ち上げた(第一回会議は一二月五日)。(1)イラク派兵阻止、(2)有事法制完成阻止、(3)北東アジアの平和構築を課題に、東京圏のみならず広く全国にメンバーを募った本部体制を構想している。
 「有事法制反対闘争も世界の非戦・平和のたたかいのひとつとなり、『平和の道』をめざす壮大な戦線のなかにあった」(有事法制阻止対策本部総括集「往くべきは平和の道」より)というのが第一期本部の総括であった。有事法制という悪法を、抽象的法案として分析・批判するのではなく世界とアジアのなかで捉え直し、悪法阻止運動を世界の非戦・反戦運動のひとつの重要な戦線として位置付け直すことであった。
 有事法制に反対するたたかいは必然的に北東アジアの平和構築の課題を目標とせざるをえないし、自衛隊のイラク派兵阻止を放置したままでの国民「保護」法制批判はありえないのである。かつて戦後民主主義のある種象徴であった日教組は、「教え子を再び戦場に送るな」を合い言葉に平和教育にとりくんだ。この言葉を口にした元教師たちは、教え子=自衛隊員のイラク派兵をどんな目で見送るのであろうか。二〇〇三年、翌二〇〇四年は、まさに戦後民主主義の真価が問われているのだと思う。

 対策本部の議論は、メーリングリストを通じて広く公開することを予定している。本部で決定したことを各支部・法律事務所へ伝達するというスタイルではなく、新米もベテランも思うところを意見として出してもらいたい。誰も経験したことのない世界と私たちは向き合っているのであり、経験によりえられた指針など持ちようがないからである。
 また、必ずしも東京に常駐する必要はなく、各地の団員がメーリングリストを使って柔軟に参加できる形態を考えている。本部からの呼びかけに対しては、大阪の西晃団員が早速、副本部長就任を快諾されたし、千葉、名古屋、埼玉、仙台などからも参加の意思が表明されている。

 一一月常幹に対策本部(第二期)立ち上げの提案を行った際に、改憲阻止対策本部との統合の意見も出された。改憲勢力が国会の三分の二をしめるに至ってから既に久しく、先の総選挙を踏まえ改憲=九条改悪が「現実的」政治日程に上ってきた。その意味で、団の力を改憲阻止に向けて集約していく必要性はますます増大しているといえよう。ただ、将来の統合をにらみつつ、改憲本部と有事本部と経緯および活動スタイルからは、さしあたりは二本立てで行くこととなった。
 自衛隊の派兵阻止、有事法制完成阻止で培った力こそが、改憲を阻む大きな原動力となるはずである。



「構造改革」とたたかう労働裁判 1

(日本航空 長時間乗務手当不利益変更裁判から)

東京支部  船 尾  徹

1「国際競争力」強化と「構造改革」

 政府・財界は、「経済のグローバル化」のもとで「国際競争力」強化こそが、日本経済にとって死活的課題だとして、そのための「構造改革」を呼号している。日本経団連によれば、「わが国の国際競争力の劣化は、国の存続にかかわる深刻な事態である。経済活動のグローバル化は、わが国の高コスト構造を浮き彫りにした」、「高コスト構造」こそ「国際競争力の劣化」の原因である。「企業経営にとって最大のコストは人件費である」として、「国際競争力」強化のための「構造改革」の矢を、労働者の賃金にむける。こうして「国際競争力」を決定する最大の要因が、労働者の賃金コストにあり、その削減のためのさまざまなリストラ、「企業改革」の正当化に狂奔している。
 しかし、日本経済は、九〇年代を通じて毎年一〇兆円前後の貿易黒字を計上し続けてきている。ちなみに〇二年も、わが国の対外純資産は、一七五兆三〇〇〇億円にのぼり、「世界一の債権国」の座を維持してきている。これほどの「超過利潤」を生み出している源泉は、先進諸国における国際労働基準を大きくダンピングし、「過労死大国・日本」を生み出している長時間・過密労働と高い労働生産性にあることはいうまでもない。
 それにもかかわらず高コスト構造の人件費コストが「国際競争力」を劣化させているなどとする「国際競争力」論が横行している。この「国際競争力」論の欺瞞性・イデオロギー性を、牧野富夫「構造改革は国民をどこへ導くか」(新日本出版社)は、きわめて直截且つ的確に批判している(特に、その第一章「『構造改革』を正当化する『国際競争力』論」)。
 度重なる激しいリストラの実行により、人件費コストは九〇年代半ば以降すさまじい勢いで進行し、〇〇年代に入って「賃下げの時代」と呼ばれる時代とまでなっている。
 ところが、スイスのIDMインターナショナルによる「国際競争力ランキング」によれば、九三年まで第一位であった日本の「国際競争力」は、「国際競争力」劣化の原因だという人件費コストが低減するとともに、九四年に三位、九七年に九位、〇〇年に一七位、〇二年には三〇位まで下落しているという。
 このような御都合主義的な「国際競争力」論にどれほどの合理性があるのか、と牧野は鋭く問う。いづれにせよ、この国の労働運動は、「国際競争力」強化のために必要だと喧伝されている「構造改革」とたたかうことが問われている。

2「国際競争力」論が裁判上の争点に

 「国際競争力」論による日本経済の「構造改革」は、NTTをはじめとして全国各地の職場に吹き荒れている「リストラ」の「根拠」となって徘徊している。
 日本航空においても、未曾有の経営危機のもとで、高コスト構造を是正し、「国際競争力」強化のため、「人件費効率向上」の「構造改革」が必要であるとして、九三年には長時間(長距離)運航乗務に交替要員を搭乗させずに乗務時間制限九時間を超えて一一時間まで延長するなど、これまで労使で合意していた安全運航を支える一連の勤務基準の変更を強行した。
 民間航空における安全運航の土台となる乗務時間・勤務時間制限について、交替乗員を搭乗させずに、これほどの大きな時差をふくむ長距離運航乗務の安全性への危惧と過酷な乗務に、日本航空の乗員はもちろん、内外の乗員・組合から、世界の公正な勤務基準を破壊するとして、怒りと批判の大きな世論が組織され、数次におよぶ声明をあげ、日本の裁判所にも要請を重ねてきている。さらに勤務と睡眠等の生理学にかかわる世界の有数の科学者・研究者からも科学的批判がこの訴訟に寄せられ、乗員たちのたたかいは、二一世紀における運航乗務員の公正な働くルールを確立する国際的運動としてひろがりだしている。
 この乗員組合が中心となってたたかった勤務基準不利益変更裁判は、九九年一一月二五日、東京地方裁判所民事一九部(高瀬コート)において、安全運航確保の観点からみて、この切り下げられた勤務基準の合理性を否定する画期的な判決を得た。そして、いま、控訴審(東京高裁一四部)の判決(一二月一一日)が迫っている。また、八四六名の大原告団による第二陣訴訟も東京地裁民事一九部(山口コート)で結審して判決待ちとなっている。
 ところが、九八年に日本航空は、勤務基準を切り下げた長距離路線を含む長時間運航乗務に対して支払われていた長時間乗務手当の削減(その削減額は年間約二〇〇万円ないし三〇〇万円)を強行した。
 この削減の理由・根拠について、日本航空は、要旨、以下の如き主張を展開をした。
 九〇年代に入って、わが国の航空業界、とりわけ国際線を主力とする日本航空は、国内の景気悪化による需要低迷、欧米のメガキャリアを中心とする外国航空会社の日本市場参入圧力の高まりなどにより、かってない厳しい競争環境にさらされ、日本航空の経営は悪化した。そこで、「国際コスト競争力」の強化を図るために、「人員効率の向上」「単価水準の適正化」の両面から人件費効率向上を図る必要がある。日本航空の賃金は、世間相場、競合他社との比較において高い水準にあり、「国際競争力」向上のために水準の適正化が不可欠であった。日本航空の人件費生産性は外国他社に比較して低く、「国際コスト競争力」向上のためには、「人件費生産性」を上げる必要がある。しかも、平均年収約三〇〇〇万円を得ている機長にとって、長時間乗務手当の削減は、たいした不利益でなく、受忍されるべきものである。
 こうして、九九年に機長組合が中心となって提起し長時間乗務手当不利益変更裁判は、「人件費コスト」からみた「国際競争力」強化そのものが、就業規則変更の必要性・合理性の大きな争点として争われた。(一二月七日記)

【つづく】



緊急!憲法改悪に反対する署名・ポスターの活用、取り組みを

東京支部  吉 田 健 一

 小泉内閣は、憲法を無視してイラクへの海外派兵を進めようとしていますが、憲法との矛盾は拡大するばかりです。他方、小泉首相は、自民党改憲案の作成を指示し、国会の憲法調査会(特に衆院)は二〇〇四年夏にも改憲の方向を打ち出すべく報告書作成を進めています。憲法そのものを「改正」する動きも顕著で、改憲勢力は、この一、二年で決着をつけようという緊迫した事態を迎えています。
 イラクへの派兵に反対する国民世論を強めるとともに、憲法改悪、とりわけ憲法九条の改悪を許すなという声も急速に広げていく必要があります。全国の自由法曹団支部・県、法律事務所・個人で、あるいは諸団体と共同して、呼びかけられている署名運動に、直ちに取り組み、憲法改悪反対の国民世論を大きく広げていきましょう。
 現在、呼びかけられているのは、全国革新懇(「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会」)の「憲法の改悪に反対する請願書」、それに五・三憲法集会実行委員会の「憲法改悪に反対し、九条をまもり、平和のために生かす署名」です。
 前者はご存じだと思いますので、後者について若干紹介しておきます。五・三憲法集会実行委員会は、憲法改悪阻止各界連絡会議(憲法会議)、「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、市民憲法調査会、女性の憲法年連絡会、平和憲法二一世紀の会、平和を実現するキリスト者ネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会の八団体で構成されている超党派の市民団体です。二〇〇一年以来、共同で日比谷公会堂での五〇〇〇名の五・三集会を毎年実現させてきました。二〇〇四年五月三日の集会に取り組むとともに、憲法公布五七年の一一月三日を契機に全国的に署名運動等を共同で呼びかけているものです。
 自由法曹団としては、憲法会議や革新懇など上記各団体などとの関係で、双方あるいは、取り組みやすい署名を各地で取り組むということになります。署名用紙は、それぞれのホームページに掲載されていますのでダウンロードしてご活用ください(全国革新懇―http://www.kakusinkon.org/、憲法会議―http://www.kenpoukaigi.gr.jp/)。
 改憲反対の署名は、イラクへの派兵反対の活動とあわせて訴えることはもとより、事務所ニュースへの同封、年末年始の様々な集まりの際にも、是非とも訴えください。そして、取り組みの状況や集めた署名数を団本部まで知らせてください。
 また、ポスターについては、五・三実行委員会が二〇〇四年三月末締め切りでロゴマークとともに一般募集中ですが、すでに憲法会議で独自に作成して普及中のもの(一部八〇円で部数によって割引)があります。直接、憲法会議(〒101-0051東京都千代田区神田神保町2-10 神保町マンション202 電話03(3261)9007 FAX03(3261)5453)あてご注文ください。



『日弁連副会長の日刊メルマガ』(下)

福岡支部  永 尾  廣 久

□ 官僚の「戦死」

 官僚は実によく働きます。私は「暗いうちに家に帰りたい」という言葉を初めて知りました。徹夜状態で仕事をしている状況をさす言葉なのです。深夜、終電車もなくなってタクシーで帰るのはまだましで、夜が明けて始発電車で帰宅し、着替えたくらいでまた出勤して仕事を続ける。こんなこともエリート官僚では珍しくないのです。担当する法案が国会に出ると、40時間、一睡もしないで不眠不休で働くという人もいます。
 官僚は議員、とりわけ自民党の議員の意向をうかがい、それを無視できないということで動いています。その点では最高裁も同じです。総務局長を先頭として自民党議員への猛烈なオルグを欠かしません。その反応をみて議員個人の星取り表もつけています。自民党の司法制度調査会の朝八時からの会合には最高裁も法務省も幹部が出席しています。いったい「三権分立」はどこへ行ってしまったのか、私は不思議な気がしました。しかも、自民党議員の政治の資金パーティーがあるとエリート官僚たちも大挙参加し、最前列で熱烈な拍手を送ります。自分たちが来ていることをデモンストレーションしているのですが、見ている方が恥ずかしさを覚えるほどです。

□ 司法改革の「たたかい」

 私は日弁連執行部の一員になって、たたかいというのは、相手を言葉で説得することだということが実感で分かりました。実は、これは日弁連の大川事務総長の言葉です。たとえば小泉首相に日弁連会長が15分間の面会時間を取りつけたとき、どうやったら日弁連の主張を小泉首相に理解してもらうか、10時間以上もかけて準備しました。大川事務総長はレッテル貼りはやめて、自民党議員であっても誰であっても説得をあきらめずにやっていこうと主張し、実践しています。私も本当にそのとおりだと思います。

□ パブコメと検討会

 最近の立法過程のなかでは実によくパブコメが募集されます。市民の声を立法に反映するといっても、どうせそれは形だけ、聞きおくだけで、いわゆるアリバイ証明みたいなものにすぎない。そう思っておられる団員が大部分だと思います。もちろん、そういう面がないわけではありません。しかし、官僚は案外このパブコメを重視しています。検討会での資料として使われていますし、口頭でも報告しています。だから、「どうせ形ばかり」などと初めから切り捨ててしまわずに、市民の声を政府に届ける手段の一つとしてパブコメを活用しています。法曹関係者だけでなく、広く各界各層の有識者の意見を反映すべく検討会が設置されて議論がすすんでいます。ところが、この検討会のメンバーの人選は透明ではないし、中立・公正だということもできません。それでは、だから無意味かというと、必ずしもそうではない。何回か検討会に出席して、私はそう思いました。やっぱり、検討会で出てくる意見は、市民の声をそれなりに反映しているのです。
 検討会には日弁連として送りこんだ弁護士が委員として一名以上は参加しています。委員となった弁護士に求められているのは意見の調整役ではなく、議論をリードしていく積極的姿勢です。議論を黙って聞いていて、やおら調整をはかるために発言するというのでは困ります。私は、労働検討会の鵜飼良昭弁護士の奮闘に毎回感心させられました。真っ先に手を挙げて発言し、議論の土台をなんとかしてつくっていくのです。もちろん、ときどきは無視されたり浮いてしまうこともあります。それでも、議論に理があると思えば賛同者が出てくるものです。あきらめずに粘り強く意見を述べ続ける鵜飼弁護士の戦闘性に私は本当に学ばされました。
 そうは言っても、検討会の議論が曲がってしまうことがあります。そのときには、私たちは検討会の上に位置づけられている顧問会議への働きかけを重視しました。首相官邸で開かれる顧問会議を私も三度ほど傍聴したことがあります。会議の前には官僚が資料説明と称するオルグをしますので、負けてはおれません。私たちも分担してあたります。その結果が、顧問会議での審議に反映するのです。

□ 規制緩和

 司法改革をめぐっては司法制度改革推進本部のほかに総合規制改革会議というものがあります。ここは、「規制緩和」を至上命令とする、いわば原理主義者の寄り合い所帯です。彼らは日本の弁護士制度自体も自由化しろ、弁護士なんて資格は不要だ、企業法務のベテランにも法廷での代理権を認めろ、日弁連もアメリカと同じように任意団体にしろという考えです。もちろん、日弁連はそんな考えは許さない立場で頑張っているのですが、何でも自由化の荒波は意外に大きな力をもっていますので、決して侮れません。

□ 日弁連官僚システム

 日弁連執行部を実際に動かしているのは常勤の総次長と嘱託弁護士たちです。次長は六人(うち一人は事務職員)で、みな東京です。常勤嘱託には大阪・京都もいますが、ほとんど東京です。アメリカで弁護士資格をとって日本に戻ってきた弁護士(それも女性が多い)が活躍しているのが目につきます。速記録をとったり、議論をまとめ要約するなどの点では、驚くほど有能です。ただ、若くて優秀ではあっても、社会的な運動に身を置いて苦労したことがありませんので、世論を動かす下からの大きな運動論は得意ではないように思われます。
 日弁連の日常活動を支えている事務職員が一〇〇人ほどいます。難関の採用試験を突破しただけあって、大変優秀かつ有能であり、彼らを除外して日弁連はありえません。議事録を作成し、執行部や他の委員会との意見調整そして予算執行など、事務職員の役割はきわめて大きいものがあります。それでも、やはり弁護士が日弁連を動かしています。

□ 日刊メルマガ

 私は、日弁連副会長になった一年間、A4サイズで二枚から三枚をほとんど毎日(最終号は二三四号でした)、全九州の弁護士六〇〇人にメールで送り続けました。自民党の司法制度調査会の議論も紹介しましたが、これは本邦初公開でした。今度の本は、それをもとに編集したものです。
 司法改革の動きを知りたいけれど、どうなっているか様子が分からないという会員が多いことを改めて知りました。執行部と一般会員の情報の落差がいかに大きいか、いま一般会員になってみて、しみじみ実感しています。
 続編を求めるありがたい声もありましたので、この六月から、福岡県弁護士会のホームページで書評を連載しています。どうぞ一度のぞいてみて下さい(本の注文は書店へどうぞ。もちろん、私の法律事務所でも結構です)。



書評 上条貞夫著「司法と人権」

(法律文化社 八〇〇〇円)

東京支部  秋 山 信 彦

 何しろ五百頁をこえる書物なので、著者ご本人も、改めて読み直そうと試みて途中で疲れたと言っておりました。しかし、文章は歯切れがよくてリズムがあり、とても読みやすいということは保証できます。私もまだ全部を読みきれてはいないのですが、とても刺激を受け、冬休みに残りを読もうと思っています。大変な力作で、出版社も、読みやすいように細かく目次を頁の上段につけるなど、良心的なよい仕事をしています。権利闘争のための理論の構築に必ず役立ちますので、少し高価ですが年齢を問わず、全団員のみなさんに推薦いたします。
 この本のテーマは多岐にわたっています。ストライキの権利、公務執行妨害(刑事)から、今はやりのリストラ、「変更解約告知」、高齢者の人権、そして盗聴法、小選挙区制、さらに陪審、政治献金まで、幅広く論じた論文がならんでいます。内容はすべて、それぞれ具体的な事実・事件について論じ、理論化しています。ですから、法理論で悩んでいる若手団員は、それぞれ今困難を感じているテーマにあったところから読み始めれば、役立つことでしょう。中堅団員も、ひとつのテーマについて、その理論と展開のしかたが改めてとても勉強になるのではないでしょうか。
 著者は現在も地方での事件に理論的な応援を依頼され、また最高裁の弁論に参加を求められている理論家です。最高裁で担当した事件で高裁での敗訴判決を覆した事例も少なくありません。忙しい弁護活動の日常でいつ勉強するのだろうと不思議に思われます。著者はかつて法政大学で労働刑法を教えていたこともあります。多くの学者と交流をもち、この本も学者から高く評価されています。
 ところで「公務執行と人権」という書物の最後におかれた論文は百五十頁あります。これは著者が日教組に対する弾圧事件に際して論じたものを、その後も研究を続けて法政大学の「法学志林」に連載したものです。著者の本格的理論活動の原点と言えるかも知れません。「論争のときは、相手の議論の発想の根源に遡ってそこを叩くのが一番強い」と先輩の亡き佐伯静治弁護士から言われたそうです。「どこが議論されたのか、なぜ議論が分かれたのか、どちらの理論が正しいのか。これを判例・通説の論拠・原典まで遡って研究するという方法論はここで身につけた気がする」と語っていました。だからこそ二〇年前に書かれた論文ですが、中身は現在も十分通用するものになっているのだと思います。
 「裁判官や検事、相手側の弁護士と同じレベルで議論しては勝てない」と上条弁護士は語っています。「最高裁図書館は面白いよ」とか「引用されている原典、判例(ドイツ語、フランス語、英語)にあたると面白い、深まるし、ヒントがある」と聞いて、なるほどと思うものの、私などこれからとてもそこまでできないと溜息をついてしまいます。
 この本を読んで、若手・中堅団員の中から、日本の労働者・市民の権利擁護のための理論家がたくさん出てこられることを期待するものです。



発作的映画評論 Vol.8

「イン・ディス・ワールド」を観る

東京支部  齊 藤 園 生

 声高に反戦を叫ぶのでもない、ロシアやアメリカなど大国の横暴を批判するでもない、とても静かな映画である。しかし、あまりに厳しい現実、あまりに悲惨な現実を突きつけられ、しばらく言葉がでないような映画である。
 パキスタン、ペシャワール郊外にあるアフガニスタン難民キャンプ。ここで生活する一六歳のジャマールは、孤児で、難民キャンプ生まれでアフガニスタンを知らないアフガニスタン人である。ソ連に侵略され、九・一一以降の米軍の攻撃にさらされ、とても母国には帰国できない。難民はパキスタン社会でも居場所がない。結局難民キャンプで生活するしかなく、彼は一日一ドルしか稼げない工場で働く。こんな現実に絶望し、叔父さんは息子エナヤットに未来のある人生を送らせたいと、危険を覚悟で息子をロンドンの親戚のところに送ろうとする。英語の話せないエナヤットに付き添い、従兄弟のジャマールが同行することになり、二人の危険な陸路の旅が始まる。二人はいかがわしいブローカーに大金を支払い、バスやトラックの荷物に隠れパキスタンからイランへ。イランの僻地では同じく迫害されるクルド人に助けてもらい、徒歩で冬山を越えトルコに入る。いかがわしい工場で働かされた後、タンカーで密航してトルコからイタリアへ。しかし、密閉された貨物の中でエナヤットは酸欠で死んでしまう。一人になってしまったジャマールは、イタリアで物売りをしたり、万引きをしたりして旅費を稼ぎ、フランス、そしてトラックに潜り込んでドーバートンネルを越え、とうとうロンドンまでたどり着く。
 難民キャンプしか知らない少年が、ブローカーのようないかがわしい人に囲まれ、言葉もわからず、パスポートもなく、見つかったら強制送還という極限状態の中で、しかし、ロンドンにさえ行けば、そこに未来があるはずだ、と言う一念で旅を続けていく。実に切ない。これはフィクションなのだが、あまりに真に迫っているため(カメラもハンディカム)、とてもフィクションとは思えない。最後にジャマールがロンドンから、パキスタンの叔父さんに電話をし、エナヤットが死んだことを告げる。ただ呆然と立ちつくす父親の姿が、実に切なく、悲しい。きっとこんな現実があるに違いない。
 そして衝撃なのは最後のエンディングロールで告げられる事実。実はジャマールは実際のパキスタンの難民キャンプに生活するアフガン難民である。ジャマールは映画撮影のためにもらった資金とパスポートを使って、実際にロンドンに密入国。難民申請をするも英政府はこれを却下した。彼は一八歳になる前日までにイギリスをでなければならない。米のアフガン空爆を支持しアフガン国土を荒らし尽くしたイギリス政府の、アフガン難民に対する仕打ちがこれである。同じようにアフガン空爆を支持し、さらにイラクにまで軍隊を派兵しようとしている日本もまた、難民に同じようなことをしているし、アフガンやイラクの国民に多大な被害を与えているのだ。この日本の国民であってしまうことが、本当に残念でたまらない、と思えてくる。今必見の映画です。