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瀬野 俊之 二月五日夜、防衛庁を平和の灯火で包囲する
加藤 健次 「一票差」で事実と道理を踏みにじったJR採用差別事件最高裁判決
藤田 温久 「退職届を出さない者は営業譲渡先の会社に雇用しない」は無効!
大船自動車学校解散解雇事件で営業譲渡先会社の雇用承継を認める画期的判決
高木佳世子 教育基本法改悪反対!
一二・二三全国集会に参加して
福井 悦子 「北東アジアの平和秩序を考えるつどい」開催報告
菅野 昭夫 愛国者法(九月一一日事件後のアメリカ合衆国における治安立法、治安政策)(1)
田中  隆 石原と教育 三題
坂 勇一郎 司法アクセス検討会は「合意による敗訴者負担」によるとりまとめ
―年明け以降、舞台は推進本部の立法作業から国会へ
今野 久子 追悼 小山久子さんからのメッセージ
齋田  求 新米次長の一二月常幹体験記
島田 修一 「自衛隊のイラク派遣に反対する法律家一万名アピール」
―賛同ご協力の訴え−




二月五日夜、防衛庁を平和の灯火で包囲する

事務局次長  瀬 野 俊 之

無数の灯火が都会の闇に溶け合って、光の河となる。
光は、明治公園から湧き出し、蛇行しながら、滔々と流れる。
防衛庁・市ヶ谷の丘の麓で、流れは淀みはじめ、やがて逆流を生み、光の渦となる。

大本営の地下壕があった市ヶ谷の丘。東京裁判が開かれた丘。
その丘の上から、君たちは、光の渦を見ることになるだろう。
どうだ、綺麗だろう、美しいだろう。
君たちに、無償で提供する、民衆のパフォーマンスだ。

暖房が効いた、赤い絨毯がひきつめられた部屋で、腰を下ろす「参謀」の目から、戦争が見えるか。
砂漠をはいずり回る兵士の苦難が見えるか。
否応なく、殺し殺される人々の、そして家族の叫びが聞こえるか。
民衆の深い悲しみと怒りを感じとれ。   

私たちは非戦の誓いを胸にここに立っている。
自衛隊のイラク派兵を決して許すことはできない。
 二月五日(木)午後六時三〇分、明治公園に集合です。明治公園を出て、信濃町、四谷三丁目を通り、防衛庁に向かいます。信濃町には公明党本部があり、デモは「学会通り」を通ることになります。
 紙コップの中に火を灯す韓国式キャンドルを用意する予定です。
 多くの団体、個人に是非声をかけてください。 
 都民中央法律事務所は、小山久子の遺影を持って参加します(本号一七頁・今野久子団員稿参照)。
 寒い夜になるでしょう。一時間ほどの道のりです。防寒は万全に。

(二・五防衛庁を平和の灯で包囲する実行委員会)



「一票差」で事実と道理を踏みにじった

JR採用差別事件最高裁判決

東京支部  加 藤 健 次

 最高裁は、昨年一二月二二日、国労および全動労組合員に対するJR採用差別事件について、中央労働委員会と組合側の上告を棄却する不当判決を言い渡しました。先日、最高裁に対するアピールへの賛同をお願いする記事を団通信に掲載していただいたばかりなのに、このような報告をしなければならないことは本当に残念です。
 判決期日の連絡があったのが、一週間前の一二月一五日。当日は、国労・全動労事件について全当事者同席のもとで、判決言い渡しがされました。主文のみのあっという間の言い渡しでした。これだけの大問題について、しかも後で触れるように最高裁の裁判官の中でも真っ向から意見が対立したにもかかわらず、当事者間で意見をたたかわせる機会すら設けることなく、不当な判決を言い渡したことに対し、心から怒りを覚えます。

 今回の最高裁判決には、五名の裁判官(深澤武久裁判長・弁護士出身、横尾和子・官僚出身、甲斐中辰夫・検察官出身、泉徳治・裁判官出身、島田仁郎・裁判官出身)のうち、深澤、島田の二名の裁判官の破棄差し戻しの反対意見が付されました。つまり、この不当判決は、三対二の一票差でかろうじて決せられたものだったのです。そして、多数意見と反対意見を読み比べてみると、少数意見の方がはるかに説得的な内容となっています。
 本件の最大の争点は、JRの職員の選定の過程で、国鉄が不当労働行為を行った場合に、JRが使用者として不当労働行為責任を負うかどうかということでした。
 多数意見は、国鉄改革法の規定をきわめて形式的かつ恣意的に解釈して、国鉄の名簿作成行為と設立委員の採用行為を完全に切り離し、国鉄が名簿作成において組合差別をしてもJRが責任を負う立場にはないと結論づけました。これに対し、反対意見は、名簿作成もJR職員の採用という過程の一部にすぎないことや、国会審議で政府が国鉄の立場をJRの「補助者」「代行」「委任」などの言葉で説明していることなどを根拠に、国鉄はJRを補助すべき立場にあったのだから、国鉄が組合差別を行ったときはJRは使用者として不当労働行為責任を負うというきわめて正当な判断を示しました。
 見過ごすことができないのは、多数意見が、国鉄が採用候補者名簿の作成過程で差別を行った結果組合員が名簿に登載されなかった場合は、組合所属を理由とする不利益取扱いにあたるとしながら、国鉄改革法は、そのような場合でも、「専ら国鉄、次いで(国鉄清算)事業団にその責任を負わせることにしたものと解せざるを得」ないと述べていることです。これは、国鉄改革法が、JRから国労や全動労の組合員を意図的に排除することを容認する法律だということを認める論理にほかなりません。これでは、国鉄改革法そのものが憲法違反の法律だということにならざるをえないのではないでしょうか。
 ところで、全動労事件の東京高裁判決は、JRの使用者性を認めながら、国鉄改革は「国是」だから組合員に対する差別的取扱がされても不当労働行為にはならないという不当な結論を導き出しました。多数意見は、JRの使用者性を否定することによって、不当労働行為の事実に目を向けること自体を拒否しました。これに対し、反対意見は、事実関係について立ち入った検討を行った上で、東京高裁判決の論理を明確に否定し、本件では「全動労に所属することのみを理由として」「差別的な取扱いがなされたことが一応推認される」として、さらに審理を尽くすために破棄差し戻しを主張しています。

 今回、二名の反対意見が付されたことは、JRの責任を否定する論理に対する批判を反映したものといえます。冒頭に述べたアピールへの賛同者は、わずか一か月の間に五四〇名にのぼりました。しかしながら、「あと一票」を覆せず、不当な判決が出され、中労委命令の取り消しが確定しました。しかし、一〇四七名の解雇者が何らの救済も受けないまま放置されてよいわけがありません。とりわけ、国鉄の分割・民営化を強行し、これまで解決への努力を怠ってきた政府の責任は重大です。その点で、今回の最高裁判決(多数意見)は、新たな矛盾を生み出さざるを得ないと思います。
 一つは、国鉄改革の正当性にかかわる問題です。国鉄改革法の審議における政府の答弁や附帯決議は、国鉄改革法を正当化するためになされたものです。今回の判決(多数意見)は、少数意見が鋭く指摘するとおり、「国会の審議を軽視し、国民の国会審議に対する信頼を損なうもの」にほかなりません。そして、そのことは、国鉄改革の正当性や国鉄改革法の合憲性に対する疑義にもつながらざるを得ません。
 もう一つは、ILOとの関係です。昨年六月のILO勧告は、採用差別事件が「結社の自由原則、すなわち、採用における差別待遇の点から極めて重大な問題」であるとし、「緊急」の課題として「政府と関係当事者が可能な限り最大多数の労働者に受け容れられる公正な解決を見いだす方向で努力を追求する」ことを強く求めています。今回の判決(多数意見)は、国際的にも大きな批判を免れないことは疑いありません。
 最高裁判決が出されたもとで,どうやって不当労働行為と一〇四七名の解雇問題の解決を図っていくのか。裁判闘争を含むこの間の運動の総括をふまえて、真剣かつ率直な討論と実践が求められています。国鉄の分割民営化は現在の新自由主義路線や企業再編を悪用した労働者に対する攻撃の先がけであっただけに、この問題をどう解決するのかということは、労働運動や権利闘争にも大きな影響を与えざるをえません。
 アピールへの賛同をはじめとするご支援にあらためて感謝するとともに、団員諸氏の自由闊達な意見を期待します。



「退職届を出さない者は営業譲渡先の会社に雇用しない」は無効!

大船自動車学校解散解雇事件で営業譲渡先会社の雇用承継を認める画期的判決

神奈川支部  藤 田 温 久

 岡山の(株)勝英は、劣悪な労働条件と反労組的体質で有名ですが、近年次々と自動車学校を買収し関東に進出してきました(本社も東京へ移転)。二〇〇〇年一〇月には大船自動車学校(湘南センチュリーモータースクールに名称変更)の所有者である大船自動車興業(以下「興業」)の株式を一〇〇%取得し、一一月には、「赤字なので同年一二月に興業を解散し、(株)勝英へ営業譲渡するが、退職届を出した者は(株)勝英に雇用する」旨を労働者に通告しました。
 しかし、退職届を出すことは、(株)勝英の劣悪な労働条件への切り下げ(例えば、「全員を課長にする」として、全く部下のいない名目だけの一人課長であり管理職の実態が皆無であるにも拘わらず残業代不支給を図るなど)を認めることに他ならず、自交総連神奈川県自動車教習所労組大船自校支部(以下「支部」)はこれを拒否しました。
 同年一二月一五日、支部員らは、解散を理由に解雇され、(株)勝英には雇用されませんでした。

 そこで、九人の支部員が(株)勝英に対し労働契約上の権利を有することの確認と、未払賃金の支払などを求めて横浜地裁へ仮処分を申し立て、次いで(仮処分は「寝た」状態にして)本訴を提訴しました。
 三年間、原告団は、会社が「退職金」として供託した金員を未払い賃金の一部として受領したほかは、従来の半分にも充たないバイト収入で生活し、運動を継続し、ついには原告団の一人が癌で亡くなるなど苦しい闘いを続けてきました。

 二〇〇三年一二月一六日、奇しくも解雇三年目、横浜地裁第七民事部(福岡裁判長)は、原告ら全面勝利の判決を言い渡しました。
 判決は、以下のとおり認定しました。
 (1) 興業と(株)勝英は「営業譲渡にともない従業員を移行させることを『原則』とする」しかし「相当程度の労働条件切下げに異議のある従業員を個別に排除する『目的』達成の『手段』として、退職届を出した者を(株)勝英が再雇用し、退職届を出さない者は解散を理由に解雇する」と合意した、
 (2) (1)の後半(しかし以下)の合意は民法九〇条(公序良俗)に反し無効である、
 (3) 営業譲渡契約中の「(株)勝英は興業の従業員の雇用を引き継がない。但し、一一月三〇日までに再就職を希望した者は新たに雇用する。」との規定は、(1)の『目的』に沿うように符節を合わせたものであり、同様に民法九〇条(公序良俗)に反し無効である、
 (4) 原告らに対する解雇は、形式上解散を理由にするが、(1)の『目的』で行われたものであり解雇権の乱用として無効である、
 (5) (4)により原告らは解散時に興業の従業員としての地位を有することになり、(1)の合意の『原則』通り営業譲渡の効力が生じる二〇〇〇年一二月一六日に労働契約の当事者としての地位が(株)勝英との関係で承継される。
 つまり、本判決は、(株)勝英の悪辣かつ違法な『目的』を認定して、その『目的』に沿った『手段』の合意、営業譲渡の規定、解雇をいずれも無効として、原告らは(株)勝英に労働契約上の権利を有するとしたのです。

 本判決は、吹き荒れるリストラ・合理化の嵐の中で、労働条件の大幅切り下げリストラ・合理化に抵抗する労働者の排除を達成する手段として多用されている「分社化」、「営業譲渡」などにも限界があることを明確に示しました。
 すなわち、本判決は、リストラに抵抗する労働者だけを排除する目的による、解散による解雇は無効であり、営業譲受先の会社(勝英)は解雇された労働者との雇用関係を承継するとしたのです。本判決はこの点において画期的な判決だと思います。

 なお、弁護団は、阪田、太田、高橋、小賀坂、神原、藤田(いずれも神奈川支部)です。



教育基本法改悪反対!一二・二三全国集会に参加して

福岡支部  高 木 佳 世 子

 私は、昨年一年間、教育基本法改悪反対を一つのテーマにした五月三日の北九州憲法集会や、九月の福岡県弁護士会主催「教育基本法『改正』を問う市民集会」に主催者側で取り組むほか、福岡市・北九州市周辺で開かれる改悪反対の趣旨の集会に一市民として参加してきました。小中学校でかなり自分を抑えて過ごしていたという思い出から、教育基本法が改悪されればより息苦しい子ども時代を送らざるをえない子が増えるのではという思いがあり、改悪はやめて欲しいと切実に願っています。
 今回は、改悪反対の意思を表明したいという思いと、全国での取り組みの工夫について知りたいことから、全国集会のために上京しました。
 集会は「ザ・ニュースペーパー」によるコントを挟みながら、呼びかけ人の発言・各地で活動してこられた方々の「しゃべり場」・賛同者からのコメントが行われるという形式でした。「しゃべり場」では在日外国人の中学生からの「心のノートによって、在日外国人である私は『存在を消された』、日本人である私の友達は『存在を切り裂かれた』と感じた。まだ勉強したいので学校には通いたいが、存在を消されたり切り裂かれたりするような学校なら通いたくない。」というメッセージが強く印象に残っています。
 当日は四千人を超える参加者が日比谷公会堂に入りきれずにあふれていました。参加者としては首都圏の教員の方が圧倒的に多かったという印象ですが、全ての都道府県からの参加があったそうですし、発言者の所属や立場も様々でしたので、「教育基本法改悪反対の一点で一致した幅広いネットワークを」という趣旨はよく達成されていたのではないかと思います。
 参加者数の多さと、その後の大規模なデモ・パレードもあって改悪反対の意思表明がしっかりできたのではないか、と思いましたが、翌朝の地元の各紙には全く取り上げられていませんでした(首都圏のことは分かりませんが)。各地でマスコミ対策を行った上での行動を多数成功させていくことが肝心だと思います。
 これまで私自身はどちらかというと一市民として集会等に参加するだけだったのですが、やはり弁護士なのだから、語れる場面では憲法との関連で教育基本法改悪反対を語っていかなければ、と今さらながら思いました。全国の皆様と共に精一杯取り組んでいきたいと思っています。



「北東アジアの平和秩序を考えるつどい」開催報告

愛知支部  福 井 悦 子

 泥沼化したイラクへの自衛隊の派遣が決まり、世の中の関心が大きくイラクに向けられていますが、北朝鮮問題―北東アジアの平和秩序についても、模索が続いています。自由法曹団では、既に北朝鮮問題をとりまく朝鮮半島の緊張状態は、どのような場合にも平和的方法で解決されねばならないと確信し、そのために北東アジアの市民が手を携えていこうと呼びかけていますが、未だ市民の確信とはなっていないのが実情と思われます。
 名古屋第一法律事務所は、今年創立三五周年を迎えましたが、その記念事業として何をやろうかと検討の結果、広く市民に呼びかけて、「北東アジアの平和秩序を考えるつどい」を開催することになりました。
 一二月一二日、第2豊田ホールを借りて、上記つどいを成功裏に開催できましたので、団員の皆様に報告させて頂きます。

 「つどい」は二部構成で、第一部は韓国の崔鳳泰(チェ・ボンテ)弁護士に「韓国の弁護士から見た日本と日本人」と題して講演をしていただきました。崔弁護士は、韓国の民族衣装を着て、日本語で講演をしてくれました。
 崔弁護士は、まず一〇月二八日に拉致問題の解決を求める集会で行われた石原都知事発言を取り上げました。崔弁護士は、北朝鮮によって拉致された日本人たちと、植民地時代に不当な帝国主義の権力によって徴用され拉致された多くの朝鮮人戦争被害者たちとの問題とは本質的に同じだとの認識の下に、拉致問題の解決を求める集会で、石原都知事が日本帝国主義による拉致を正当化するような発言をしたこと、それも衆院選を控えている時に政治的な利益を狙って発言したこと、石原発言を非難する論調が我が国にはあまり見られなかったこと、等に見られる日本と韓国の間の歴史認識の隔たりの根の深さを訴えました。
 日本と韓国とは、一九六五年に日韓協定を締結し、関係は「正常化」したが、これは冷戦下、日米韓による軍事同盟の体制のもとで強要された「正常化」であり、分断された南北状況で戦争被害者を代弁する勢力がない状況でなされたものであるため、ゆがんだものであった。正常化のために最低限必要な、歴史認識の一致と、戦争被害者への賠償問題が全く解決しないままであった。そのため、「正常化」によって、日韓両国の上に真の平和は訪れなかった。いつか、韓国と北朝鮮とが統一することになると、朝鮮半島全体が、清算されなかった過去のことにより巨大な反日国家にかわる恐れがある、日本は国際的なルールに従って正しく戦後の清算を行わなければならない、と指摘されました。
 崔弁護士は、韓国の釜山地方裁判所で、三菱重工株式会社を相手に被爆徴用工訴訟や、日韓協定文書公開訴訟など、戦後補償に関する訴訟を起こしておられます。崔弁護士は、我が国で拉致被害者の方が主張していることと、韓国で戦争被害者たちが主張していることー真相を究明し、責任者を処分すること、また謝罪と補償を求めるということーがあまりにも似ていることに驚いていると話されました。私たち日本人は、誰しもが、北朝鮮による拉致問題が一刻も早く解決することを祈っていますが、韓国や北朝鮮、そして我が国の戦争被害者たちの問題を一刻も早く解決しなければならないと考えている人がどれほどいるでしょうか。崔弁護士のいう「歴史認識」のギャップとはこういうことなのかと思い至りました。崔弁護士の担当している事件だけではなく、我が国の被爆者訴訟や、挺身隊訴訟等の今日的意義を、改めて、というより初めて認識した思いでした。
 崔弁護士はまた、日韓両国の被爆者たちが原告となって、大量殺傷武器の筆頭である原子爆弾を、アメリカが民間人に対し無差別に投下した経緯について、真相を究明し、その責任を追及する訴訟を提起することが、核兵器によって平和が脅かされることのない未来を創るために効果的な方法ではないか、と提起されました。日韓両国の国民が連帯してアメリカの戦争犯罪を追及すればこそ、今日の北東アジアの平和を脅かす元凶であるアメリカに対するアジア人の連帯した闘いになるというわけです。積極的に受け止めるべき提案だと思います。そして、戦争被害者たちの問題を通して、北東アジアにおける平和な共同体を作り上げるのに、少しでも役に立ちたいと話されました。一言で、北東アジアの市民が手を携えると言っても、自分は具体的に何をしたらよいのか分からないというのが現状ですが、崔弁護士の話は、そのために弁護士ができる役割を教えてくれた気がします。

 第二部は、崔弁護士と、わが事務所の加藤洪太郎弁護士との対談で、韓国・日本の過去・現在・未来を語り合いました。
 韓国では、日本と北朝鮮のどちらが脅威だと思われているかという質問に対して、崔弁護士は、明確に、日本である、なぜなら北東アジアの平和を脅かす存在として一番怖いのはアメリカであるが、日本はアメリカの言うことばかり聞いており、アメリカと日本とは一体だと考えられるからと答えました。「日本脅威論」の理由付けとして、これほど明解な答えはないなと感じました。
 南北の統一方法如何という質問に対しては、韓国にとっては、平和的統一以外に方法はありえない、戦争になって犠牲が出たのでは全く意味がない。また、「統一」というのは、協定の締結というような、何年何月何日を期して統一されるというものではなく、現在が「統一の途中」なんだと答えられました。
 加藤弁護士は、EUの視察経験、名古屋第一事務所が、東京・大阪の法律事務所と合同で大連に構えた法律事務所における経験等を踏まえ、北東アジアの平和安定をもたらすために、対等平等な関係を築くことの重要性を、安い労働力を利用しようというだけで中国に進出しようとする企業は失敗していることなどの具体例を挙げて話しました。

 今回の企画は、事務所の顧問先等の関係者には個別に案内を出しましたが、一般市民に来てもらうことを目的に、事務所の近くでビラまきをしたりして参加者を募りました。出欠の確認をとったわけではなく、いざ当日にいったい何人の人が来てくれるだろうか、第2豊田ホールがガラガラだったらどうしようかと心配しましたが、朝日新聞、中日新聞が取り上げてくれ、当日は会場をほぼ埋める人が集まってくれました。韓国総領事館からも参加の連絡が入り、総領事が来てくれました。皆、講演と対談の間は、メモをとったりしながら熱心に聞き入り、会場発言を募ったら多くの人が挙手されて、整理が大変なほどでした。市民が北東アジアの平和を希求していることを実感することができました。



愛国者法

(九月一一日事件後のアメリカ合衆国における治安立法、治安政策)(1)

北陸支部  菅 野 昭 夫

〈はじめに〉

 団国際問題委員会の私達は、二〇〇一年の九月一一日事件後、二〇〇一年から二〇〇三年の各一〇月にナショナル・ローイヤーズ・ギルド(アメリカにおける進歩的な法律家団体、略称NLG)総会に出席するために訪米した際に、表題の件について、情報を収集してきた。特に、二〇〇三年一〇月にミネソタ州ミネアポリス市で開催されたNLG総会は、このテーマについてメジャー・パネルやワーク・ショップで熱心な討議を行い、啓発される内容であった。それによると、九月一一日事件後のアメリカ合衆国における治安立法、治安政策の強化は、同国がもはや民主主義国家とは呼べず、警察国家と呼ぶべき事態に立ち至っていることを示している。既に、愛国者法は、カナダ、オーストラリア、英国、南アフリカなどでも相次いで制定され、アメリカの同盟諸国に広がりをみせている。やがて、その波が日本に到達することを懸念せざるをえない。そこで、その後収集した情報も加えて、表題の件について、報告したい。

〈愛国者法とは〉

 周知のように、二〇〇一年九月一一日事件後、アメリカ憲法を蹂躙する法律が、下院では賛成三五七対反対六六、上院では賛成九八対反対一の圧倒的票差で可決され、二〇〇一年一〇月二六日にブッシュ大統領が署名するに至った。この法律は、The Uniting and Stre-ngthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept
and Obstruct Terrorism Act(テロリズムを盗聴し阻止するための効果的手段を提供することによりアメリカを団結させ強化する法律)という不細工な名前がつけられたが、それは、by以下のイニシャルでPATRIOT Act(愛国者法)と呼ばせるためのゴロ合わせのネーミングであった。そして、以後、愛国者意識をあおるために、この法律は愛国者法と呼ばれている。
 この愛国者法は、A4で一六一頁の長文であるが、それまでアメリカ合衆国で制定されていたテロリスト対策関連の一五の法律を改正する形式を取っている。
 愛国者法は、ブッシュ政権によって議会に提案され、九月一一日事件直後のパニックの中で、あっという間に議会を通過した。というのも、アシュクロフト司法長官が議会に対し、法案を一週間以内に無修正で通すように要求したからである。「次のテロが差し迫っている。もし、議会がもたもたしている間に、テロが起きたら、議会は世論の袋叩きに遭う」という彼のブラフに、議会が浮き足立ったのである。しかし、それでも、法案があまりにも強大な権限を政府に与えていることを議会が危惧した結果、何点かの修正が行われて通過した。

〈愛国者法の要点〉

 愛国者法が行った「改正」の主な点は次のとおりである。

 無限定な犯罪構成要件
 まず、愛国者法によって、以前にも増して広範な行為が「テロリズム」「テロ行為」などとして処罰され、あるいは国外追放されることになった。
 もともと、クリントン政権下で反テロリスト法などが制定されたときから、それらの法でいう「テロリズム」「テロリスト」の構成要件の無限定さは、つとに指摘されていたことであった。即ち、アメリカの法令においては、「テロリズム」「テロリスト」などの構成要件は各法令において一様ではないが、前NLG議長のピーター・アーリンダー教授によれば、おおまかにいって次の二つが代表的であるという。
 その一つの構成要件は、「その目的を遂げるために暴力を行使しまたは暴力を用いることを脅迫するあらゆる外国の組織」であり、「もし、国務長官が、暴力を行使しているなどの当該組織について、それが政府とはいえず、かつアメリカ合衆国の国益に反して行動していると認定すれば、テロリストと認定される」というものである。
 この構成要件によれば、世界中の「ゲリラ」や政治集団(必ずしも武装していることを要しない)はアメリカの気に入らなければみなテロリストとなる。
 もう一つの構成要件は、独立した犯罪類型としての「テロリズム」の構成要件である。それは、「政府の政策を変更させようと意図して生命の脅威や他の重大な被害をもたらす行為」とされ、最高刑は死刑と定められている。しかし、これによると、例えば、2002年シアトル市で展開されたWTO体制に反対するデモなどは、この構成要件に合致する。
 「テロリズム」「テロリスト」の取り締まりを企図したアメリカの法令は連邦法のみならず州法もあり、複雑であるが、こうした無限定ともいうべき構成要件をもつ治安立法が今回の愛国者法によって「改正」され、さらに、一段と危険度を増したのである
 例えば、愛国者法は、処罰の対象である「国内におけるテロリズム」の構成要件として、「脅迫または強要によって政府の政策に影響を与えることを意図していると考えられる行為」を一類型として規定している。しかし、この構成要件はあまりにも漠然としていて、街頭における示威行進が、上記二〇〇二年シアトル市でのWTO会議におけるデモの規模や激しさに至らなくとも、交通の遮断を来したような場合は、この構成要件に該当することになる。
 また、愛国者法は、犯罪構成要件であり、かつ、アメリカ国籍を持たない者の国外追放事由の一つである「テロリスト行為を行ったとき」を、政府によって「テロリスト組織」と指定されている団体に募金、入会、又は他の物質的援助を働きかける行為と規定している。そして、これは、それらの団体が合法的な政治的もしくは人道的活動に従事し、それらの援助がその合法的援助にのみ向けられている場合も含むと規定され、かつ「テロリスト組織」として指定されていることを知っていたことは構成要件的に要求されていない。
 従って、ある団体が「テロリスト組織」と指定されていることを知らずに、その人道的援助活動に共鳴して資金カンパをしたような場合も処罰され、あるいは国外追放となるのである。ちなみに、「テロリスト組織」の指定は政府(国務長官)の権限であり、この指定の当否を司法的に争う術はない。

 捜査権限の強化
 次に、愛国者法によって、法執行官の捜査権限が飛躍的に強化された。
 まず、政府が電話、携帯電話、コンピューターなどによる会話や通信を盗聴する権限が大幅に拡大され、電子的装置による盗聴が格段に容易となった。また、令状の発布も容易となり、人物さえ特定すれば、その人物が用いるあらゆる電話(勤務先等を含む)の盗聴が可能となった。あるコンピューターやネットワークに「侵入」した者に対して、侵入されたそれらを盗聴することも可能となった。なお、盗聴令状の有効期限については、政府原案では無期限とされていたが、議会により、四年間と修正された。これらの盗聴で得た証拠を刑事裁判で利用することも以前より容易となった。
 また、捜索令状を得て捜索するとき、対象となる者に通知することなく秘密に捜索を開始し終了することも可能となった。

 移民に対する身柄拘束、国外追放
 さらに、アメリカ国籍を有しない移民に対する身柄の拘束と国外追放が格段に容易となった。
 即ち、司法長官がテロリストの容疑を抱いた移民に対して、政府が司法審査なしに勾留する権限が認められた。これは、アメリカ国籍を有していない者全てを対象とするものであって、永住資格を得て合法的にアメリカ合衆国に長年平穏に居住している者も含まれる。また、「テロリスト」との疑いさえあれば、特定の犯罪容疑は必要とされない。政府原案はこの勾留期間を無期限としていたが、議会の修正によって、司法長官は7日以内に犯罪容疑で刑事訴追するか、または国外追放の手続を裁判所に請求しなければならないとされた。しかし、国外追放の司法審査においては、テロリストでないことの立証責任は(政府ではなく)勾留されている者が負う。それに加えて、国外追放対象者もその弁護人も知らされない証拠(例えば政府の育成した匿名の情報提供者の供述など)を政府が提出することも許容されている。さらに裁判所が国外追放を適当でないと判断した場合でも、司法長官がなおテロリストであるとの容疑を抱いている場合は、引き続き勾留を継続することが可能である。

 マネーローンダリングの防止
 また、マネーローンダリングを防止するための、広汎な権限が政府に付与された。即ち、政府が各金融機関に対し、質問し、検査し、預金の閉鎖を命令することが可能となり、金融機関(外国のそれを含む)がこの命令に従わない場合は、合衆国における金融取引の各制度の利用が禁止されるなどの制裁を受けることになった。
 情報の交換と共有
 最後に、CIA、FBI等さまざまな法執行機関や情報機関が、盗聴などで得られた情報を交換し共有できるシステムが導入された。政府の高官は、今や「危険人物」に関する情報ファイルが整備され活用できる体制が整ったと豪語している。しかし、一度収集された情報の開示、訂正、削除に関しては、被対象者には何の権利も保障されていない。
 以上が、愛国者法の主な点である。(つづく)



石原と教育 三題

東京支部  田 中  隆

1 東京支部はなぜ忙しい

 「石原慎太郎氏が都知事に就任して四年余、わが自由法曹団東京支部の仕事はほぼ倍増している。なにかとコトを起こしてくれるからである。」これは、一二月八日に東京支部が発表した意見書「石原都政・都教委の障害児教育破壊を批判する」の「おわりに」の一節。この部分の筆者は松井繁明支部長、これほど軽妙な言葉でバッサリ斬れるのは松井さんしかいない。
 昨年の暮、その石原氏はまたまた東京支部を忙しくしてくれた。都立大学問題、障害者教育攻撃問題に加えて青少年条例問題が浮上して、「石原と教育」をめぐる問題が三つ出揃ったからである。
 イラク派兵と国民動員法制でてんやわんやのところにこれだけ揃われては、平和・有事法対策本部副本部長と東京支部都政対策委員長を兼ねる筆者もただではすまない。一か月間に三本の意見書・要請書を執筆・編集し、国民動員法制の解析メモをまとめ、二つの対策本部・プロジェクトチーム(PT)をコーディネートし、街頭宣伝と要請行動をそれぞれ二回段取りした。だからまさしく「師(士)走」だった。われながら、よくやったものである。
 以下、石原・三題のスケッチ。

2 都立大学はどこへいく

 東京都立大学問題は、「首都改造」の一環として進めてきた都立四大学統合・法人移行のビジョンを、八月一日に石原都知事自らが転覆し、教授会・教職員・学生はおろか大学当局すら関与させない専制的手法に切り替えたもの。「大学人を排除した大学づくり」は、河合塾に大学のあり方の検討を依頼するところまできた。
 「慎太郎流トップダウン」(「週刊朝日」誌)と評されるこの手法には、都立大学総長の抗議声明をはじめ、教授会や学生の抗議・反対が広がり、広範な都立大学OBなどの運動も進んでいる。
 東京支部では、地元の八王子合同法律事務所が都立大学職組の相談を受けて直ちに対応し、東京支部もサポートを続けて二本の意見書を発表した。一二月八日、障害児教育攻撃問題とあわせて行なった要請行動・記者会見は日本テレビが同行取材を行い(なんども「都庁乗り込み」をやったが、TVカメラの前での要請ははじめて)、朝日・東京紙が報道するなど、マスメディアの関心の高さを示していた。
 対応した文部科学省の担当者の苦りきった表情も印象的。「過度に司法試験受験に傾斜したロースクール」を不認可とした文部科学省は、「予備校が設計した大学」をどう扱うのだろうか。
 第二意見書「都立大学問題と石原都政」の末尾は、「こうした道を都立大学がたどったら、有為なる学者・研究者は都立大学を捨てて他に転出するだろう」としておいた(筆者が執筆)。それを読んでかどうかはわからないが、一週間もしないで人文学部の法学教授四人が連袂辞職。都立大学ロースクールは募集延期のやむなきに立ち至った。
 「破綻近し『慎太郎流トップダウン』」というところである。

3 子どもたちはどうなる

 障害児教育攻撃問題は、都立養護学校(盲・ろう学校を含む)と教職員がいっせいに攻撃を受けた問題。発端になったのは、七月二日に行なわれた七生養護(日野市)の「こころとからだの学習」に対する都議会での「過剰な性教育」との攻撃。石原都知事は「異常な信念で異常な指導をする先生は大きな間違いをしている」と答弁し、教育内容への露骨な政治介入を行なった。
 「石原の走狗」に堕している都教委は、都議や産経記者とともに七生養護に乗り込み、教具・教材一四五点を「没収」。「没収」された教具・教材は、あろうことか都議会の談話室で「さらしもの」にされ、産経紙は「まるでアダルトショップ」と報道した。これを機に、都立養護学校五六校(および一分校)にいっせい調査が強行され、二八校で「不適正な実態」があると非難され、九月には校長三二名を含む一一六名が処分された。
 本稿冒頭に紹介した意見書は、一一月一四日の全教・自由法曹団本部などの調査活動に参加した支部団員が中心になって取りまとめたもの(五六期の弁護士も多数参加・関与した)。攻撃の全容・本質と最も激しく攻撃を受けた七生養護(「過剰性教育」)・江東養護(「学級編制」の問題)の調査報告からなっている。
 一二月八日の要請で最もビリビリしていたのが教育庁。「都議会質問や産経報道を理由に調査・処分をやったのなら教育の中立・公正の自己否定ではないか」「『没収』した教材が議会談話室で展示されたのは、どのような権限と責任によるものか」等の質問に担当者は「上司に相談して回答する」と言うだけ。まだ回答はきていないが、回答の約束をしたことはTVカメラに収録されている。
 攻撃を受けた教育とは、障害者の実情にあわせた教育を行なうために教職員や父母が苦心して工夫してきたもの。理不尽な攻撃に父母や地域サイドからの批判も強まり、一二月二〇日には教職員・父母や広範な知識人による東京弁護士会への人権救済申し立ても行なわれた。障害児教育そのものを破壊しようとする攻撃への、批判と反撃も広がりつつある。

4 青少年を監禁できない親はどうなる

 青少年条例「改正」問題は、「治安こそ福祉」と叫ぶ石原都政が生み出した「『生活安全条例』の青少年版」。不健全図書についての「包括指定」や「警察官の書店立入権」と青少年の深夜外出を防止するための「親の外出抑止義務」が二本柱。前者は東京都ではなんどもはね返してきた「古くて新しい問題」だが、後者は石原都知事と中田横浜市長がぶち上げた「首都圏八都県市共同構想」。中田記者会見では罰則強制まで示唆されている。
 この青少年を「いたいけな子どもたち」とイメージすると青少年条例の理解を誤る。青少年とは「一八歳未満の者」で、高校生や勤労青年も含まれている。その青少年に「裸や残虐な写真が三分の一を占めた図書は読ませてはならない」とするのが「包括指定」。高校生らは「イラク戦争の写真集」を見ることもできなくなる。青少年の深夜(午後一一時以降)の外出を止められなかったら違法とするのが「外出抑止義務」。これが罰則強制となれば、親は逮捕監禁罪と青少年条例違反罪のいずれかを犯さざるを得なくなる。
 一二月一六日に行なった要請には生活文化局の担当部長が丁重に対応し、一定の共感も示していた。審議にあたる青少年問題協議会(青少協)は、これまで「性的自己決定能力の育成」などを掲げて自主的解決を旨としてきた。だが、その青少協に与えられた審議期間はわずか二箇月、トップダウンの圧力も相当のものがある。
 「こんどは押し返せないか」との観測もあるなかで、一二月二四日に青少協起草委員会が提出したのは「包括指定・見送り」「警察官の書店・コンビニへの立入権・否定」「夜間外出抑止・罰則がない努力義務」などのもの。「青少協はずし」ともいうべき状況のもとで、青少協と委員は実によくがんばった。
 〇四年三月都議会に向けた条例化の過程に警戒を払う必要はあるが、「慎太郎流トップダウン」はここでも良識の逆鱗に触れたことになる。

5 「みずみずしさ」と老醜

 最後は私的感慨。
 大学人を切り捨てて河合塾に置きかえた都立大学問題では、怒りをとおりこして阿呆らしくもなった。第二意見書で「はっきり言おう。こんなものは大学の名に値しない」と言い捨てたのはそのためである。
 石原都政の冷酷さには慣れているつもりだが、障害児教育問題では憤りがおさまらない。知的障害を持つ子どもたちへの七生の教育や自力呼吸すらできない子どもたちへの江東の教育を映したVTRを思い出して、意見書を編集しながらなんど涙ぐんだことか。
 そして、青少年条例。筆者が青少年だった三〇数年前、地方都市の高校ですらベトナム戦争の写真集を見るのは日常茶飯事であり、帰宅はしばしば終電だった。だから、学園祭を控えた高校生の息子の帰宅が遅いのを批判する気にはなれない。どうやら「治安は福祉」とは、筆者のような親を生み出さないことのようである。
 だが、そんなことをしてなんになる。そんな社会や教育でいったいどんな人間が生み出される。
 またまた引用で恐縮だが、松井さんによれば、かの石原氏は「文化人のはしくれ」であり、かつては「みずみずしい青春小説」を生む感性を持っていたとのことである(東京支部編「なんだったの石原都政」)。だが、石原と教育・三題話にはその「みずみずしさ」は微塵もなく、「裸の王様」の老醜だけが鼻をつく。
 人間、こうは年をとりたくないものである。

 (追記)
 東京支部はホームぺージ(HP)を開いていないが、都立大学の意見書は「東京都立大学・短期大学教職員組合」のHPに、障害児教育の意見書は「東京都障害児学校教職員組合」のHPに、それぞれ掲載されている。パートナーがいるのはいいものである。

(二〇〇三年一二月二四日脱稿)



司法アクセス検討会は「合意による敗訴者負担」によるとりまとめ

―年明け以降、舞台は推進本部の立法作業から国会へ

担当事務局次長  坂  勇 一 郎

一二月二五日の司法アクセス検討会

 一二月二五日、司法制度改革推進本部にて第二二回司法アクセス検討会が開催され、弁護士報酬の敗訴者負担についての議論が行われた。事務局からは「合意による敗訴者負担」の骨子が示された。骨子によると、基本的な制度設計は、「訴えの提起後に当事者双方による共同の申立て」がある場合に、「訴訟代理人の報酬の一部」を訴訟費用として敗訴者の負担とするもので、負担額は「訴訟の目的の価額に応じて法律で負担額を定める」とされている。
 この「合意による敗訴者負担」について、日本弁護士連合会からは、(1)労働訴訟・消費者訴訟はこの制度の導入をすべきでない、(2)労働契約・消費者契約・一方が優越的地位にある事業者間の契約などの敗訴者負担条項の効力を否定する措置を取るべき、(3)損害賠償訴訟における従来の判例を維持すべき、等が必要不可欠の措置である旨の意見が述べられた。議論の中では、上記(2)に関して、契約上の敗訴者負担条項には弊害があるとの問題提起が行われ、この点に関しては多くの委員によって問題である旨の認識が示された。しかし、他方、この問題は実体法上の問題であり、訴訟法が課題となっている今回の制度改革の中では対処することが難しい旨の意見が述べられた(この間、団の意見書提出の際にも、事務局は同様の認識を示していた)。司法アクセス検討会は、この日の議論で敗訴者負担制度についての議論を終えた。年明け以降、推進本部はさらに立法化の具体化を図り、舞台は国会に移ることになる。

司法アクセス検討会の到達点と課題

 この間の運動により、司法アクセス検討会は「原則各自負担」の「合意による敗訴者負担制度」によって幕を閉じた。すべての分野において「原則各自負担」という原則を勝ち取ることができたのは重要な成果であり、この点は確認したい。他方、司法アクセス検討会のとりまとめによってもなお弊害が懸念され、この点は重要な課題として残されている。その弊害の内容は端的に、日弁連の前記意見((1)〜(3))に示されている。さらに、今回の「合意による敗訴者負担制度」導入が将来「敗訴者負担制度」の本格的導入へ道を開くことになりかねないという点は、十分注意してみておく必要がある。従って、今後私たちは、今回具体的案として提示された「合意による敗訴者負担制度」の弊害を除去する具体的取り組みを進めるとともに、同時に、引き続き「敗訴者負担制度」の根本的問題点を訴え続けていくことが課題と思われる。いずれにせよ、舞台は回り、新しい局面となる。この「合意による敗訴者負担制度」という新しい局面を踏まえて、短期のうちに運動体等の中で議論と意思統一を図っていくことが、極めて重要である(敗訴者負担に反対する全国連絡会は、一月末に全国会議をもつ予定である)。



追悼 小山久子さんからのメッセージ

東京支部  今 野 久 子

 小山久子さん(三一期、東京支部・都民中央法律事務所)が、一二月五日に亡くなられた。享年五八歳。病気療養中と伺っていたが、突然のことで未だに信じられない。
 長野での母親大会で炎天下、一緒に団女性部発行の憲法の本を大きな声で売ったこと、台風のなか二人で強行した東北旅行、事務所での親身になっての相談の様子など、思い出すと切なくなる。小山さんは、純粋で、真剣で、いつも優しかった。

 「私は父の声を聞いたことがないの」。
 彼女からこの話を聞いたのは、一緒に参加していたラジオ日本のアナウンサー配転事件の打ち合わせで、人の聴覚は死ぬ間際まで反応している、だからベテランアナの落ち着いた声が人を癒すという話があった日の帰り道であったと思う。
 お父様がレイテ戦で戦死されてから、彼女が生まれたとのことであった。戦後、女三代で生き抜いてきた苦労を少しも見せず、不正に対し少女のように心底怒る小山さんの話をきいていると、一緒に怒ることが嬉しかった。
 お通夜の一二月九日、小泉内閣は、自衛隊派遣を決定した。葬儀の際に配られた九五年の事務所ニュースの小山さんの「平和への想い」という原稿は、まるで遺言のように、平和を求める私たちに、メッセージを送っている。
 お父様の声だけではなかったのである。小山さんは、遺稿によると、お母様の実家も戦災にあわれてお父様の写真も残っていなかったため、五〇年間お父様の顔も知らなかったという。小山さんは、弁護士になってから、戦没者遺児として、熱心に平和遺族会の運動に取り組んできた。そして偶然にも、相談者の中に、部隊の写真をもった方がおられて、お父様の写真を見ることができたという。
 悲しみと自衛隊派遣に対する怒りの中で迎えた二〇〇四年元旦、小泉首相は、靖国神社に参拝した。イラク派兵で自衛隊に戦死者が出る、そのようなことを予想しての行動であろう。
 小山さんは、レイテ戦友会でご自分が靖国神社の本殿を参拝したときのことについて、「これは紛れもない宗教行事であって、社会的儀礼という世俗的なものとはいえません。祝詞があがる本殿に向かって座っている私には、肉親の死が『英霊』と呼ばれ、神として讃えられながらも、何か虚しく、どこか怨念にも似た思いで、父を返して欲しかったと心で叫びました」と、述べている。
 小山さんは、靖国神社によるイデオロギー操作に、凛として対峙していた。
 軍事大国化は、戦死者を祀る公的な慰霊施設を必要とする。しかし、私たちもアジアの人たちも、靖国神社が公的慰霊施設となることを認めてこなかったし、これからも許さない。このことを、小山さんに誓う。 
 小山さんは、遺稿で最後にこう述べている。
 「戦没者遺児としての思いは、母と私のもとに父を返して欲しかった……。でも失われた生命が蘇ることがないのなら、父の死が『英霊』として美化されなくてもいい、侵略戦争で犬死であってもいい、三百十万人の日本人と二千万人のアジアの人々の生命を奪った戦争を憎み、もう二度と戦争はしない、再び戦没者も戦没者遺族もつくらないと、国に誓って欲しいのです。この思いは、日本国憲法に生かされています。戦没者遺族にとっては、日本国憲法の『戦争の放棄』は、最愛の肉親の、戦没者の生命の代償、形見なのです。これからの日本の進路はこの平和憲法を生かしきることであると想います。」
 小山さん、私たちはあなたのメッセージをしっかり受けとめます。
 安らかにお眠り下さい。

(一月一日記)



新米次長の一二月常幹体験記

事務局次長  齋 田  求

 平成一五年一二月二〇日に初めて常幹に参加したのでその感想を。
 当日は、午前一一時から銀座マリオン前で全教と団との共催でイラク派兵反対・教育基本法改悪反対の街宣活動があった。しかし、そもそもその内容にかかわらずクリスマス直前の土曜日に銀座でビラを受け取ろうという人たちは少なく、また、思わず笑ってしまう程寒かったため、ビラを受け取る方だけでなくビラをまいている側も隙を見てはポケットに手をつっこむという状態であった。そんな中、坂本団長、島田幹事長を始め大阪や京都からも団員が参加して演説をし、少ないながらも親子連れやデート中のカップル、女子中学生グループなどがビラを受け取ってくれ、問題意識は着実に市民に浸透していると感じることができる一面もあった。
 さて、午後になり、常幹である。話はその二、三日前にさかのぼるが、団事務局のメーリングリストで常幹当日、旭川でおこなわれているイラク反対集会の模様を電話で報告してもらいたいが、その声をどうやって会場に流すかが問題であるというような内容のメールが流れた。まだ、実質的な仕事に噛めていない新米次長の私はすぐに飛びつき、「電話を録音する際のコードとラジカセがあれば簡単にできますよ。」というメールを送ったところ、案の定、その仕事が舞い込んできた。
 私は、「コードはもっているし、本部にはラジカセがあるというので、簡単にできるはず」と高をくくっていた。ところが…。街宣を早めに切り上げて団本部に来た私は絶句してしまった。団本部ともあろうものが、その所有するラジカセは見たところ二〇年くらい前の代物で、しかもマイク端子がない。録音用の小型カセットがあったが、それもうまくいかない。お手上げである。もうすぐ常幹は始まってしまうし、その中にはよく名前を聞く活動的な(=怖い)常任幹事もいるはずである。結果、迷わず松島事務局長に相談し、近所のディスカウントストアーまで走り、ラジカセを購入して事なきを得た。ちなみに、私の身長は一七一cm、体重は八八kgであり、このところほとんど運動をしていない。走行距離は往復一・五kmくらいだろうか?裁判に遅れそうになってもこれほど走ったことはないというくらい走った。間一髪で間に合った私は「機敏なデブと呼んでください。」などといって笑いをとっていたが、その後、筋肉痛で苦しんだことは誰も知らない。なお、この企画については後に臨場感が伝わってよかったという感想が聞かれた。
 ところで、一二月常幹に参加してみてであるが、とにかく団の取り組むべき課題が多いというのが第一印象であり、次から次へと重要課題が取り上げられ、四時間があっという間にすぎてしまったといった感じである。当初は、四時間も耐えられるだろうかなどと心配していたが、熱い議論が続き、特にイラク派兵問題や七生養護学校の問題、刑事手続きへの被害者参加問題などについては、もっと議論を聞いてみたいという衝動にかられたし、自らも勉強すべき課題が多々あることを今更ながらに認識させられた。また、一二月常幹以前から感じていたことであるが、イラク派兵問題にしろ、七生養護学校問題にしろ、どうしてそのような事態が生じうるのか、なぜ日本国民はこのような事態を容認しているのか、といった怒りとも情けない気持ちとも言い難いような感情が湧きあがり、そのような思いが各団員の原動力になっているのかも、などと感じた。
 このような常幹の場で団の将来委員会(後継者養成)に関して発言する機会を与えて頂いた。論旨は中央大学法職講座の講師を務めている経験を前提に合格者三〇〇〇人時代を前に団としても需要のある大学生教育に参加し、積極的に後継者養成に取り組むべきであるというものである。これについては、別の機会に改めて報告させて頂きたいと考えている。
 最後になるが、常幹終了後、忘年会兼宇賀神前団長の慰労会が行われた。機敏なデブとしては調子に乗って司会にたったが、(大)先輩団員の顔と名前が一致せず、結局先輩次長に代わって頂いた(もっとも先輩次長も参加者名簿を見ていたようであるが)。勉強しなければならない課題が多くあるのに、常任幹事の名前と顔を一致させるという宿題も増えてしまった。
 寒さに凍え、数年ぶりに全速力で走り、多くの宿題を抱えた一日であった。



「自衛隊のイラク派遣に反対する法律家一万名アピール」

―賛同ご協力の訴えー

幹事長  島 田 修 一

 全国の団員の皆さん。小泉自民公明内閣による自衛隊三軍のイラク派兵強行が間近に迫っています。アメリカ侵略戦争への自衛隊参戦は、九条破壊を極限状態に追い込むと同時に、国連中心の平和の秩序回復を求める国際社会に対する重大な挑戦です。これ以上のイラクでの犠牲者を出さないためにも、全国各地から自衛隊参戦反対の怒りの声を、政府と好戦勢力に集中することが緊急に求められています。
 そのため法律家五団体(日民協、国法協、青法協、反核法協、団)は、標記の法律家アピールを二月初旬に発表する準備を進めています。全国の弁護士約二万名と法学研究者を対象に、少なくとも一万名の賛同者を目標とした行動です。五団体は昨年二月、三月に「イラク攻撃反対法律家一三〇〇名アピール」「院内意見交換会」「請願」を、一〇月にはシンポ「朝鮮半島に再び戦火を生じさせないためにアジアの法律家・市民は何をすべきか」の共同行動を積み重ねてきましたが、その共同の力を最大限発揮することを通して、自衛隊参戦が世界の「平和と進歩」の潮流に逆行することを広く国民に伝え、小泉政権を包囲・孤立させ、断念に追い込まなければなりません。
 近日中に五団体名の「お願い」と「アピール」が届きますが、一月末を締め切りとした短期間の行動ですので直ちに周囲の弁護士に声を掛けて多数の賛同を求めてください。日本の法律家一万名がイラク参戦反対を発信するその影響力が極めて大きいことは間違いのないことです。団員の皆さんのご協力を強くお願いします。

署名のサイトはこちらです。
http://heiwa.or.tv/