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<<目次へ 団通信1123号(3月21日)



笹山 尚人 「2・5」に地元新宿はどのように関わったか
毛利 正道 たった一人の母親が動かし、そして動いた長野県政
松浦 俊介 「自衛隊のイラク派兵に反対する二・一九集会」に五〇〇名集まる
樋口 和彦 刑事司法「改革」と「せめぎ合い論」
松島  暁 暗黒裁判に道を開く裁判員制度に
−団は今、歴史的決断を迫られている
木村 晋介 二月二一日号の島田修一氏の指摘に答える
吉田 健一 一人ひとりが改憲阻止を訴え全国各地で
署名、学習・講師活動を大胆に進めよう!




「2・5」に地元新宿は

どのように関わったか

東京支部  笹 山 尚 人

 2・5防衛庁包囲行動、ピース・キャンドル・パレードは、一万人余の参加で、大成功をおさめた。
 私は、この企画の実行委員会の、事務局メンバーの一人であった。私は、この行動が行われる地元新宿の平和運動団体、新宿平民連の事務局長であるが、この立場から、参加をしたのであった。
 今回は、地元新宿に対する評価は高いものをいただいている。この運動について、地元としてどう関わったのか、そのような立場から記録を残しておくべきだろうから、そのことを以下に述べたいと思う。

1、新宿平民連とその活動

 新宿平民連は、簡単に言って民主的大衆団体の平和問題での連合体である。区労連、民商、土建、新婦人、平和委員会、共産党の各新宿組織が事務局を構成し、法律事務所としては私の所属している東京法律と、都民中央が参加している。
 新宿平民連は、有事法制が提起されて以降、区内毎週宣伝を五三次にわたって行ってきた。宣伝行動を、とにかく毎週継続する、ということは容易なことではない。
 このような自負もあり、団で「防衛庁を人間の鎖で包囲する」との議論が提案されていた頃、それに触発されて平民連としても防衛庁抗議行動を、2月5日の昼に防衛庁の正門前で、一〇〇名の規模で行おうと提起した。「2・5」という日付は、実はここから始まったのである。

2、「2・5」の実行委員会への参加とそこまでの紆余曲折

 その後、団が主導する形で、急速に「2・5」の構想が出来ていった。その中から、「防衛庁のある、地元新宿が、この運動に関わらなければならない。」の意見が出た。平民連の構想とは別に動き始めたこの構想に、いつの間にか平民連内部の人たちが関わり、チラシに平民連の幹部たちの名前が上がった。それは、平民連での民主的討議のないところで、動き始めてしまったので、この動きは、新宿の平和運動の内部分裂的な持ち込みといった印象を与えた。結果、平民連を構成する各団体の反発はすさまじいものがあった。
 時間のないところで、これまでにない「2・5」の取り組み、しかも自衛隊のイラク派兵を眼前にしてという情勢認識、急いで準備を進めた団側の気持ちはよくわかる。私も団員だし。しかし、この動きに反発した平民連の動きも、痛いほどよくわかった。平民連は、民主団体の連合体であり、各団体とも問題のとらえ方に温度差があり、また運動についてもそれぞれの自主性、スタイルがある。民主的討議を尽くしてことを進めることは、団結の必須の前提なのである。
 かくして私は、いわゆる完全な「板挟み」の状態に置かれた。しかし、これは私も悪かった。正直、新宿平民連の運動が二〇〇三年の夏以降止まっていたこともあって、私は、事務局長として果たすべき職責について、言葉が悪いが「ボケた」状態にあった。団側からの事前の根回し的な話は聞いていたので、そのとき情勢やなすべきことを勘どころ鋭く把握し、いち早く調整に動いていればこんなことにはならなかった。いわば自業自得な面がある。
 では、何をなすか、である。防衛庁に自衛隊をイラクへ送るなというアピールをする以上、これは団結をして事を進めるべき筋合いのものである。であれば、平民連の単独行動を小規模で行うより、大きい運動を作る方がよい。大義と方向性は明らかだった。問題はプロセスである。
 様々な議論、根回し、エトセトラエトセトラを私も行い、団にもこの問題について、極めて適切に動いてもらった。結果、ようやく新宿平民連として、当初予定していた防衛庁抗議の昼行動を、夜の「2・5」実行委員会に合流参加をすることに転換することになった。
 しかし、このことは、かなり後遺症として、尾を引いた。各構成団体への依頼や根回しにはこれまで以上に気を遣わなければならなくなったし、各団体の自主性をどのように発揮してもらうか、考えなければならなかった。また、率直に言って、一連の動きで「ひいてしまった」という平民連の幹部もいた。

3、新宿のしたこと

 平民連は、2・5の実行委員会、事務局会議に参加をし、キャンドル作成、プログラム配布、解散地点清掃、医療班の編成、定点誘導、パレード誘導の手伝い、といった仕事とそのための要員を担当した。また、何よりこのパレードに参加をすることを、各団体の会員に徹底してもらった。チラシの配布も多くを行った。考えてみれば、このパレード運動の基地としてありとあらゆる活動に従事した都民中央も、平民連構成団体なのである。
 当初、正直なところ、「地元」「地元」と言われるけど何でそんなに地元が大切なのか、未熟な私にはよくわからなかった。会議に参加していると、警察対応や、防衛庁の地形、構造、従来の抗議行動から言えること、そういった場面で地元でなければわからないことを平民連の人々が発言する。それを見てようやくわかってきた。チラシも、地元で多数配布され、地元からの参加がどこの地区よりも多くなるようにされた。現に実際のパレードでは、新宿は、どこの地域よりも多い人の渦が、団の前の隊列で、元気に行進した。
 実務の細かいところは、田中さんや松島さんに、新宿は何をしているのかと叱咤激励されながら、私は、自主的に組織をしてもらうよう、各団体にお願いをしていった。結果、各団体とも、本当によく頑張ってくれたと思う。当日の仕事ぶりや、とくに区労連を中心に、たくさんの人のパレード参加者を勝ち取ったことに、それがあらわれている。
 私自身は、本当に調整役に終始したという感想を持っている。実務の細かいところや私自身の未熟さもあって、私が追いつかないところも多数あったが、そこは、事務所の橋本次生事務局長に助けてもらった。また、都民中央の坂本美奈子さんにも、従来から新宿平民連に参加してもらったことを受けて、平民連と実行委員会の橋渡しをよくしてもらった。

4、「地元新宿」として関わって

 今回の取り組みは、平和運動としても、地元新宿としても、一〇〇%に近い満足を得て良いことだと思う。私は、最後、解散地点に到着するみなさんのお迎えをさせてもらったが、やはり従来のパレードにはない、表情の輝きとか、これまであまり参加をしてこなかった人の参加とか、そういったことを感じた。運動としても、キャンドルをかざすという新しい形や、外苑東通りというこれまでデモ行進したことのないコースでの行進の経験とかを得た。何より、イラク派兵反対の広範な声が、これだけ広がっていることを、私たち自身確信できたし、多くの世論にも訴えられたし、防衛庁が目撃をした。
 地元新宿と新宿平民連は、この運動の中で、確かに、本当に、大きな役割を果たした。私は平民連の歴史全体を知らないけれど、平民連としても画期的な運動への参加経験になったと思う。関わったすべての人に、感謝をしたい。

5、私の感想、考えたこと

 最後に、私自身のつぶやきを。
(1)私自身は、「2・5」について、満足度は六五%くらいである。
 三五%の内実。第一に、本部として裏方を担当したので、歩けなかったことがもっとも大きい。私自身が、防衛庁に抗議の声をあげられなかった。まあ、それは仕方がない。
 第二。田中さんの実務能力を見て、私はまだまだだなあと落ち込んだこと。実行委員会への新宿のいわば代表として参加をしたわけだが、十分にやりきれたかは、正直自信がない。最初のつまずきをかなり解消したし、新宿もみんながんばったと思うけど、解消しきれなかったしこりが最後まで残ったことは残念である。もっともっと、私に出来たことがあったのではないかという思いが強く残る。この点はしかし、勉強させてもらったということで、今後反映させていきたい。
 第三。私自身、あまりにやることが多すぎて、この運動に真から熱中する事が出来なかった。今回も都民中央の皆さんを見ていて思ったが、つくづく、一つのことに熱中する姿は、うらやましい。
 第四。今後に向けての問題。2・5を次につなげるにはどうするか。そこを、あまり明確に持ちきれていないことが、何となく不安というか、そんな感触になっている。
(2)今回のことで考えたことを最後に言いたい。
 今回は、従来の集会、デモ、パレード、とやはり違い、みんなが、心から、本当に、自分の要求として、参加をしたと思う。そういうパレードになったことは、本当に良かった。
 このパレードは、当初から、「個人参加型」が提起された。全員横並びの実行委員会、一人一人が自分の気持ちで参加できるものを目指した。ここで排されたのは、「組織動員型」である。パレードに終始尽力した最大の功労者瀬野団員の気持ちはそうだったのだと思うし、河内団員も、「組織動員型」の運動にしなかったということを高く評価すると言っておられる。
 しかし、私は思うのだ。「個人参加型」と「組織動員型」とは、そのように対立させてとらえるものなのだろうか?それは、おかしいのではないか?
 この対立構造の視点の何よりのおかしさの証拠は、当日のパレードそのものにある。あれだけの労組や地域の旗が林立する明治公園は、一見すれば、「組織動員型」の集会に見えるのではないか?しかし、参加していた人たちは、組織の上から降ってきた要請に義務で仕方なく参加した人たちだったのか?
 新宿平民連で見る限り、現在の民主勢力と呼ばれる人たちには、動員といっても、それほど大層な力があるわけではない。例えば区労連では、各労組宛の郵便物にチラシをいれ、常任幹事会で議題にして各労組の取り組みをお願いする程度のことなのだ。結局は、そこに集う人たちの心に、訴えていくことによって、集会なりパレードなりへの参加が生まれていくのだ。
 私がその対立構造について異論を唱えるのは、そのことによって、いわゆる「既存左翼勢力」と呼ばれる人たちとその運動に対する軽視が生まれると思うからである。それはまず第一に、「既存左翼勢力」と呼ばれる人たちに失礼だ。これまで曲がりなりにも、相対的に豊かな生活があり、私たちの国が戦争をしない国家であったのは、彼らが歯を食いしばって運動してきたからではないか?第二に、渡辺治流に言えばそのことのコロラリーであるが、彼らこそ、民衆が運動で社会を変えていくという道筋の、基盤となることを見落とすことになると思うからである。
 確かに、「組織」の嫌いな人は多い。そういった人たちと過半数をとらないと、憲法改悪阻止は実現できない。だから、大切なのは、「既存左翼勢力」と既存組織を嫌ういわゆる「普通の市民」とを、どのように結びつけるのか、ということなのだと思う。今回のキャンドルパレードは、その意味では、この結びつけをどのようにはかるか、貴重な経験を得られたということで良かったと思うし、そこにこそ最大の成果があると思うのだ。
 ここまで書いて、団東京支部の作成した「2・5」特集のニュースを見たら、みなさん、大喜びだ。あらら、私の報告は、水を差すみたいでなんだか悪いなあ。でも、瀬野さんの文章には、我が意を得た思いがする。そうだよ、誰もが、心から自分の要求として参加する運動を作ることこそが、肝心なんですよね。
 私自身の話が少々長くなりました。でも何のことはありません。新宿平民連は、「既存左翼勢力」なのです、はっきり言って。だからその名誉を守るためにも発言しました。ということで、新宿の話ということで一貫しているのですね。



たった一人の母親が動かし、

そして動いた長野県政

長野県支部  毛 利 正 道

 この度、私の離婚事件の依頼者A子さん(二七歳)から、嬉しい電話をいただきました。田中知事に手紙を出した返事が来たというのです。ことの発端は、別居している夫さんとの間で、小さなお子さんを二人抱えながら離婚問題の調停・裁判をしているA子さんが、より生活費を節約したいとの思いから県営住宅への入居を申し込もうとしたところ、県の担当者からA子さんが子どもと共に入居することの証明のため、現にA子さんが子どもを抱えて生活していることを認める旨の親権についての証明書を係争している相手の夫さんから貰ってくるように言われたことにありました。争っている相手から簡単に貰えるはずがありません。その証明書がもらえずに県営住宅への入居をあきらめなければならなかった人も少なくなかったでしょう。相談を受けた私は、田中知事誕生を契機に変わり始めている長野県のことだから、ひょっとするとこの理不尽なことを改めてくれるかもしれないと思い、「だめでもともと。田中知事に手紙を書いて取り扱いを変えて欲しいと訴えたら」と勧めました。A子さんが早速田中知事に手紙を出したところ、あまり間をおかないうちに、返事が来たのです。
 その返事は、県経営戦略局のスタッフからで、寄せられた手紙は知事本人がすべて読んでいるとしたうえで、「A子さんにおかれましては、県営住宅への入居受付に際し、大変不快な思いを抱かせることとなり、謹んでお詫び申し上げる次第です。入居受付にあたりまして、お子様の親権にかかる証明をいただくことが、申込をされる方にとって多大なご迷惑とご心痛をおかけする結果となり、行政として配慮の至らなさを深く反省しております」とのお詫びの言葉が続き、そのうえで「ご指摘をふまえ、今後はこの証明を不要とすることにいたしました」「この改正についてご理解を賜り、入居申込みをおこなって下さることを心よりお願いいたします」と県の施策を変更したことが明記されていました。
 A子さんは、「返事が来ることも、ましてや証明書が要らなくなることも信じられない。私が出した手紙で私も私と同じように困っている人も助かることになるなんて」と大喜び。県からの返事の末尾には「長野県では県民の皆さんとご一緒に、皆さんの目線にたった開かれた県政を育んで参ります」と述べられています。私も、県政の変化を肌で感じたと同時に、人を信じて自分の小さな力で道を切り開く結果を得られたことはA子さんのこれからの人生への大きな励ましになるだろうと、とても嬉しかったです。



「自衛隊のイラク派兵に反対する

二・一九集会」に五〇〇名集まる

きづがわ共同法律事務所 事務局 松浦 俊介

 イラク戦争開戦一周年となる三月二〇日を一ヶ月後に控えた二月一九日に、当事務所も参加する大阪市南西部の木津川地域の「有事法制に反対する木津川地域連絡会」主催により、「自衛隊のイラク派兵に反対する二・一九集会」を西成区民センターで開催し、終了後のデモ行進を行いました。
 この連絡会は、当事務所が「正森成二法律事務所」だった頃から拠点としている浪速区・西成区・住吉区・大正区・住之江区・港区・西区にある団体によって構成されています。この連絡会は、有事法制に反対するデモを一昨年に開催し、また、昨年にはフォトジャーナリストの森住卓さんを呼んで、イラクの現状についてスライドと共に講演していただき、いずれも大成功をおさめました。
 今回は、自衛隊の先遣隊がイラクへ派遣され、本格的な派兵が検討されている昨年末に、「自分たちの地域からも反対の声をあげなければ」と、この集会を企画し、準備に入りました。限られた日時の中で、日々の業務の合間に、弁護士・事務局一体となって、地域まわりをしたり、集会の準備を整え、事務所に来られた方々に参加要請をしたり、昼休みには事務所の近くの大国町駅でビラを配るなどし、地域の団体の方々と共に、頑張りました。
 その甲斐あって、当日は五〇〇名をこえる地域や労働組合、各種団体の人たちが集まりました。集会では、昨年一一月に実際にイラクに行かれ、現状を見て来られた吹田市職員の西谷文和さんに、米英の攻撃やテロで破壊されたビル(その中で、石油省のビルだけが無傷だったのは印象的です)、劣化ウラン弾による被害で被曝し、白血病・小児ガンなどに罹病した人、こどもたちやその家族などを撮影されたビデオを上映しながら、現地の過酷な状況を語ってもらいました。イラクで実際に作業をする自衛隊員が攻撃される危険性、攻撃をする可能性を痛感させられました。
 引続き、元自衛隊員であった方から、「日本をまもる」ということを教えられてきた隊員が、イラクに派兵されることは、明らかに憲法違反であると語られました。
 最後に、国会から急遽駆けつけて頂いた参議院議員の宮本たけしさんから国会報告もいただきました。宮本さんは、「イラク戦争の大義とされていた大量破壊兵器が無かったと、アメリカで報告されているのに、強行に自衛隊をイラクへ派遣させた小泉首相に、この集会で語られたイラクの現状や、自衛隊員の気持ちを聞かせたい」と述べられました。
 その後、地下鉄岸里駅前の西成区民センターから地下鉄玉出駅までの一駅、デモ行進を行い、自衛隊のイラク派兵反対、アメリカ軍の軍事占領反対を、沿道の人々へ訴えました。この地域は、大阪南部の代表的な下町で、普段はデモなどあまり行われないので、沿道の人たちも驚いていたようでした。2・5の防衛庁包囲のキャンドル行動が赤旗に報道され、この日も、地域によっては、キャンドルを用意されたところも多く、岸里駅から玉出駅までの国道二六号線を、キャンドルの灯がともりました。
 この集会がきっかけとなり、今後の反戦・反軍事占領の大きな動きにつながっていけばと思います。



刑事司法「改革」と「せめぎ合い論」

群馬支部  樋 口 和 彦

 私は二〇〇三年九月一二日付法律新聞「論壇」に、「刑事裁判迅速化政府素案の危険性」と題する一文を載せた。要旨は、同案が冤罪防止の観点を欠落させたもので、刑事手続の効率化と迅速化ばかりに注意が向けられ、そのために被告人・弁護人に対する不利益メニューのオンパレードとなっている、というもので、最後に、「誤判に頓着しない刑事司法が改革の名に値しないことは明らか」と書いた。
 刑事裁判につき素人同様の私が原稿締め切りに追われて大急ぎで書いたものであり、私独自の見解でしかないかも知れぬと密かに恐れていたところ、このたび、団の二〇〇四年二月一二日付「裁判員・刑事司法手続きに関する意見書」に触れることができた。さすがに我が団、しかもその中でも特に優れた専門家集団により書かれたものなのであろう、明確かつ直裁に問題点を指摘してある。そしてそのような立派な意見書と拙文が多くの点で見解を共通にしている。漸く安心することができた。
 とともに、この意見書が私のようなものの文書より五ヶ月も遅れたことを多少訝しく思わざるを得なかった。意見書記載の内容は、裁判員制度・刑事検討会の議事録や井上座長の「たたき台」を批判的に見ておれば容易に見て取れていたはずのものだからである。法案が出てきてから初めて判明したという問題では断じてないのである。
 変化の激しい現代の中でも、司法改革問題の変化はとりわけ超スピードの感がある。そのような現状で、五ヶ月もの遅れは致命傷ともなる。遅れの原因を探るべきであろう。そして、私見を述べるなら、それは団の一部、しかも重要な任務を担う団員の方々に見られる「せめぎ合い論」ではないだろうか。一〇〇%の勝利は無理でもせめぎ合いに勝てば相当の改善を得ることができる、という立場では、ときに敵の狙いや攻撃の本質を見逃しかねない。今回の法案に接しても、未だに「せめぎ合い」だと言うのではあまりにも人が良すぎよう。そのような態度の継続は、国民の権利の果てしない侵食を傍観することになり、団の責任を果たせない。「せめぎ合いに負けた」では済まないのである。捜査の可視化、人質司法の廃棄、証拠開示、直接主義・口頭主義の徹底、実質的議論を確保するための裁判員数という問題はどこに向かって進んでいるか。被告人のためでなく、冤罪を恐れない刑事司法の実態がここにある。ここまで事態が明らかになったのであるから、幻想は棄て、「せめぎ合い」路線から「対立」路線に切り替え、本来の団らしく論じ、活動すべき時ではないだろうか。
 団通信に「せめぎ合い論」を批判する論考が殆ど掲載されないことを不思議に思っている団員は少なくないであろう。公正な複視眼的な論争をするためにも反主流的意見も明らかにさせるべきと考え、敢えて投稿することにした。



暗黒裁判に道を開く裁判員制度に

ー団は今、歴史的決断を迫られている

東京支部  松 島  暁

 今、団は歴史的決断を迫られている。司法「改革」関連一括法が国会に提出された。我々の眼前に提出された具体的法案を前に、良いところには賛成、悪い部分には反対、是々非々との態度はとりえない事態に立ち至っている。
 これまでは、立場上、個人意見を公式に表明することを避けてきたが、事態がここまでに立ち至っていることに鑑み、あえて一団員としての意見を表明する。
 団はこの間、裁判員制度とともにそれとセットで提出されている刑事手続法の改悪に対し厳しい批判を加えてきた。
 [1] 強権的な訴訟指揮を生み出す、(1)職権による弁護人の一方的選任、(2)弁護人不出頭の場合の過料の制裁、(3)尋問制限違反に加えられる弁護人に対する過料の制裁、(4)裁判所による弁護士会に対する措置請求等々の改悪。
 [2] 開示された証拠の「目的外使用」禁止(違反すれば過料・懲役・罰金の刑事罰)による裁判批判・論評の封殺。
 このまま推移すれば、裁判員制度を口実に刑事手続きの大改悪が実行されかねないのである。
 そして団は、裁判員制度が導入されるに際しては以下の条件が満たされることが必要であることも主張してきた。
 (1)代用監獄制度下での密室取調の解消(代用監獄廃止と取調の可視化)、(2)被告人の自由な防衛活動を保障するための保釈制度の実効化(人質司法の解消)、(3)裁判開始前までの捜査機関収集証拠の開示(証拠開示の徹底)、(4)弁護活動の自由の保障の強化、(5)裁判の公開と裁判批判の自由の保障ーしかし、これらの条件は満たされるどころかむしろ悪化していることも団は指摘してきた。
 しかし、この段階にいたっては、これまでの団の立場では決定的に不十分であると考える。それは裁判員制度そのものに対する評価について思考停止が起きている(いた)ことに由来する。
 裁判員制度については、官僚司法に風穴を開け国民の参加を実現する民主主義的制度=良い制度だ!とされるだけで、それ以上の検討・分析がまったく欠落した状態で今日まで推移してきた。以下において、「裁判員制度」がもともともっていた問題点、原理的問題点ともいうべき欠陥及び現在法案として提出されている日本の司法制度が採用しようとしている「裁判員制度」の問題点について検討する。
 [1]「裁判員制度」は、主権者たる国民が直接参加する民主主義的制度だと(漠然と)理解されている。しかし、その理解そのものが誤りである。
 第一に、裁判員として選任されるものは、民意の代表者ではありえない。その裁判員はたまたま裁判員になっただけであり、民意を代弁する者ではありえない。むしろ職業裁判官であっても、選挙によって選ばれた裁判官こそが民意の代弁者といえるのである。くじ等の方法によって選任される裁判員をもって民主主義的制度などと言ってはならない。
 第二に、現実に提案されている「裁判員制度」は、国民参加の民主主義的制度を目的とはしていない。要綱案の趣旨(1条関係)は、「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上」のための制度としているのであり、国民参加による民主主義的制度としては設計されていない。
 第三に、確かに、官僚の独占物であった司法に素人たる国民が加わることにより官僚司法に風穴を開ける意味はあるであろう。しかし、それも審理の場に部外者が居ることによる緊張感程度のものである(そのことこそが重要だとする意見もあるであろう。しかし、私はそのこととその余の害悪を比較した場合は圧倒的に後者の意味の方が大きいと考える)。
 [2]「刑事」の裁判に国民意思を直接反映させることが適当かは、それ自体が問題なのである。これは陪審制にも共通する問題性である。
 もともと私は刑事陪審制には消極的ないし反対である。何故か、仮にわが国において陪審制に意味があるとすれば民事陪審こそ導入されてしかるべき制度だと考えていた。しかし、民事陪審は財界他の反対によって歯牙にもかけられず、陪審もどきの裁判員制度で妥協したというのがこの間の経過である。刑事裁判においては、厳格な証拠の評価による事実の認定が求められるのであり、民意がストレートに反映されてはならない領域だと考えるからである(「人民裁判」であってはならない)。
 だからこそ、アメリカの陪審制においては証拠の評価を誤らせることのないよう厳密な証拠法則が定められているのである。陪審制・裁判員制度にはその時々の風潮、世論の動静に左右されやすいという欠陥を内在しているのである。とりわけ、今日のマスメディアの寡占化・ワイドショー化という現実を前にすると手放しの市民(国民)参加には慎重であるべきである。
 [3] 団が「裁判員制度」に反対せざるをえない決定的理由は、誰が判断したかもわからない状態で、死刑を含む刑罰が科されることにある。
 法案は、裁判員を保護するために、その氏名等は秘密にする(公表すれば刑罰が科せられる)としているのであるから、当然、判決書きには裁判員の氏名が記されることはないであろう。被告人は何処の何者が裁いたかわからないまま刑罰を加えられるのである。即ち、裁判員は裁判所という組織に保護され、匿名性によってその身を守られながら、他人の運命を左右する判断を行うのである。仮にその裁判員たちが誤判を犯すことがあれば、草の根を分けてでもその「裁判員」を探しだし、その責任を「私は」問いたい。
 裁判員は自らの判断に責任を負わねばならない。いかなる批判にも耐えうる判断でなければならない。そのためには「顕名」であることが絶対的条件である。顕名なき裁判は「暗黒裁判」以外の何ものでもない。
 アメリカの陪審制では、無罪推定のもと一二人の陪審員全員が有罪と認定して初めて被告人は有罪となる。一人でも疑問があれば有罪とはできない。一種のフェールセーフシステムである。今、現に出されている裁判員制度は、そのような厳格な無罪推定のもとに構想されているのか?評議は多数決ではないか。つまり自らの意に反する判断が判決として宣告されるのである。また、陪審員は刑の量定には関与しない。ところが、法案によれば、裁判員は、事実の認定に加え刑の量定をも行うとされる。当該被告人が無期懲役なのか死刑なのかの判断を迫られるのである。裁判員に選任された人に「私は」問いたい。「あなたは、あなたが判断した刑罰に責任を負えるのか」と。もし、「たまたま選ばれただけで、そんなことを言われても困る」「そんなことがないように氏名を秘密にしてもらうのさ」というのであれば、これほど無責任なことはない。
 むしろこのような制度設計をすること自体が無謀かつ無思慮なのだ。なぜなら、たまたま抽選で選ばれた一般国民にそこまでの責任を求める方がどだい無茶だからである。裁判員に誤判を犯させてはならないし、具体的量刑にまで関させることが酷なのある。憲法上の職権の独立と手厚い身分保障を受けている裁判官と「裁判員」とは異なるし、そのような裁判官だからこそ、当事者が国であろうが、暴力団であろうが、テロリスト集団であろうが「顕名」で毅然とした判断が出せるのであり、出さなければならないのである。
 裁判員制度そのものについて一点だけ付言する。「裁判員資格」について法案は、「裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者の中から、この節の定めるところにより、選任するものとする」としている。この条項の意味するところは大きい。
 一時だろうが永住だろうが、外国人は裁判員から排除される。犯罪の発生からいえば、不法在留外国人または永住外国人の犯罪は当然に発生すると想定されるが、約六五万人存在するといわれる朝鮮籍及び韓国籍を有する在日朝鮮人は裁判員にはなれない。彼らは国民ではないかもしれないが(彼らが国籍をいかにして奪われたかはここでは詳述しない)、市民であり住民である。このことの問題性を指摘した議論をこれまで聞いたことはない。「国民」のための司法「改革」がいかに欺瞞的なものであるかを象徴している。
 団は、今、暗黒裁判に道を開く「裁判員制度」導入に「反対」という歴史的決断が求められている。



二月二一日号の島田修一氏の指摘に答える

東京支部  木 村 晋 介

 さる二月七日に開催された日弁連主催の東北アジアシンポジウムでの私の発言について、島田氏より指摘されましたので、私の意見を述べさせていただきます。
 島田氏は藍谷実委員長が「個別の人権侵害を本日取り扱うことはしない」と述べたのに、私が突然拉致問題を持ち出したかのように述べておられますが、これは全く事実に反します。確かに藍谷氏は冒頭そのように述べられましたが、これに反し自身自ら拉致問題に触れられました。また韓国から参加されたパネリストのイ・ヒョンスク氏(NGO代表)も拉致問題に触れ、「六カ国会議ではこの問題を取り上げるべきではない」との一方的で且つきわめて具体的・政治的な意見を二回にわたり明言されました。
 君島北海学園大学教授は、ヨーロッパの地域的安全保障体制の進展を念頭において、「東北アジア共同の家」を構想するが、今のままでは日本はその体制から排除されることになる、と明言されました。それならば、北朝鮮は今のままで入れるのか、という私の質問に対し答えはありませんでした。
 島田氏がどうしてこのような特異な発言を、同氏のシンポジウムの要約文の中から省略されたのか、私には理解ができません。また、私が拉致問題について発言することは事前に実行委員会に了解を得てのことであり予定されていたものです。
 また島田氏は、私が「パネラーはアメリカの大国主義と日本の有事法が東北アジア平和危機の基本としているが、その捉え方は間違っている」と発言したと述べておられます。私は驚いて、当日のシンポジウムのテープの反訳を確認しましたが、この島田氏の引用は明白な間違いですので、訂正していただきたいと思います。私が間違っていると指摘したのは、拉致問題についてのパネリストの問題の捉え方についてのみでした。パネリストの意見は、拉致問題は個人的な人権侵害の問題であり、東北アジアの安定・平和には関わらないという前提からの発言でしたが、拉致の背景には、国家の指導者の神格化を前提に、北朝鮮在住二〇〇〇万人民衆に対する徹底した思想統制が行われ、スパイと疑われた者は直ちに公開処刑され、その家族まで強制収容所に送られるという状況があります。また、人口の五%が軍人、国家予算の三〇%が軍事予算という先軍政治が存在し、その影響と農業政策の失敗による深刻な飢餓が放置されています。
 国連NGO=アムネスティは、以下のようなニュースを発信しております。
 「北朝鮮は、世界でももっとも閉鎖的で孤立している国である。一〇年以上にわたって、同国の人びとは飢饉および食糧危機に瀕している。アムネスティ・インターナショナルは、新たに発表した報告書の中で、同国政府に対し、食糧不足を理由にした反政府的とみなされた人に対する迫害が起きないよう、また国連諸機関をはじめとする人道組織が、同国全土にわたって自由に、また妨害なく、活動できるよう保証するよう、求めた。何十万もの人びとが食糧不足のために命を落としている。数百万もの子どもたちが、身体的、精神的な成長発達に悪影響が及ぶ病的な飢餓状態にある。
 政府は食糧の配給を平等にはおこなっておらず、経済的、政治的に力のある人びとに特に配慮している。政府が移動の自由を制限しているため、人びとは食糧を探し求めたり、食糧がまだましなところに移動しようとすることができない。町や村を許可なく離れた場合、身柄拘束をともなう刑罰に処されるからである。食糧支援の配給に関わる国際的な人道機関もまた、移動したり、連絡をとったり、状況を監視したりすることを妨害されている。そのため、支援機関は疲弊し、食糧支援を打ち切ることになる。
 食糧や生きのびるための道具を盗んだということで公開処刑された人びともいる。その処刑場面を学校の生徒が見させられているという。」
 私のシンポジウムでの発言の真意は、東北アジアの安定・平和のためには、米の単独主義、日本の追随主義に対する批判と並んで、この北朝鮮の反人権主義的先軍政治に対する国際社会の強い批判が必要であり、そうした必要な批判を行うことは国連、国連NGOの重要な役割だということに尽きます。奥平康弘氏も「北朝鮮をあのままに、(東アジアの)平和は語れるわけがない」(赤旗三月三日号)、不破哲三氏も「北朝鮮が震源」(同左)という見方をされています。そうした意味からもパネリストの人選・発言には大きな偏りがあったと私は考えております。反訳を見てみますと、当日の私の発言の中には、北朝鮮の反人権的政策が国家指導者の指示の下に行われていることを強調しようとするあまり、確かに「このような国家の体制」、「このような国家の存在」、「今の体制を保証したままで」等の文言が使われており、このことが一部の誤解を生んだのかと反省しております。しかし、以上の文言は全体の趣旨からいずれも「北朝鮮全体の反人権的な現状」という意味にご理解いただけるものと思います。
 今後とも、日弁連の主催でこのような催しを行う場合には、十分バランスを考えたパネリストの人選をするべきであり、今回の場合、少なくとも北朝鮮の問題について継続的に取り組んでいる国連NGO=アムネスティからの参加は不可欠であったと考えます。
 なお、当日の私の発言の反訳を希望される方は私あてにFAXを、本問題についての私の考え方全体に興味のある方は拙著「リコウの壁とバカの壁」(本の雑誌社刊)をご参考ください(東京會舘地下に在庫あり)。



一人ひとりが改憲阻止を訴え全国各地で

署名、学習・講師活動を大胆に進めよう!

改憲阻止対策本部事務局長  吉 田 健 一

 今年の入って自民、民主、公明各政党が改憲案作りのための議論を開始し、自民党は改憲を具体化する手続法案(国民投票法案等)を今通常国会に提出する方針を決め、改憲にむけた歯車を急ピッチで進めようとしています。
 いうまでもなく、憲法改悪を許すかどうかは、平和憲法を支持する国民世論を広げていくことができるかどうかにかかっています。国民世論の多数を結集するためには、全国的な署名活動をはじめ宣伝・学習活動を大胆に繰り広げることが不可欠です。
 自由法曹団としては、署名活動をすすめることとあわせて、学習会の開催を大胆に呼びかけ、講師活動を全国的に進めていきたいと思います。
 三月六日、各地から四五名の団員が参加して熱心な討論が行われた団の改憲阻止全国会議では、名大助教授の愛敬浩二先生より、平和憲法を改悪することによってどのような国がつくられようとしているのか、告発していく必要性が強調されました。いま、イラクへの自衛隊派兵や有事立法に反対するそれぞれの気持ちをはじめ、一人ひとりが平和憲法の大切さを自らの思いを込め、自らの言葉で訴えていくことが大切ではないでしょうか。
 去る二月二〇日に、自由法曹団が憲法会議などと共同で開催した「憲法学習強化をめざす討論交流集会」では、すべての地域、職場で、各団体の支部、分会、班で学習会を開催しようと訴え、各地で、また各団体で具体化することにしました。そのために全国で一〇〇〇名の講師団を結成することを呼びかけています。
 そこで、団各支部、法律事務所で、講師になって学習会活動を積極的に進めることを具体化するよう議論し、ぜひ学習会を呼びかけてください。そして、身近なところでもまず講師をやってみようという方は、すべて講師に登録してください。学習会での講師要請に対応できるようにする必要があります。直接、各地の憲法会議に講師登録を申し出ていただいても結構です。
 すでに、愛知ではすべての団員が一度は講師活動を行おうと呼びかけています。また、宮城でも学習会活動を訴えている団員に、今年に入ってすでに六回もの講師要請が寄せられているとのことです。他方、弁護士一年目だが学習会で講師として話をしてみたという体験も伝えられています。
 自由法曹団の各支部、法律事務所あるいは団員個人で、憲法会議や全国革新懇、様々な労働組合、市民団体などと連携し、その他すべてのつながりを生かして、憲法改悪を許さないために学習会活動を呼びかけ、講師活動に踏み出しましょう。学習会活動の呼びかけや講師活動の経験は、ぜひ団本部までお寄せ下さい。