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村田 智子 教育基本法改悪阻止闘争って何なの?
菊池  紘 二四年ぶりの快挙
  ―組合事務室貸与の中労委命令
吉原  稔 豊郷小学校問題で高裁が二倍の勝訴判決
  これから建設業者・設計士にも損害賠償を提起する
玉木 昌美 県職員の過労自殺事件、「公務外認定」を取り消す逆転勝利裁決を勝ち取る
森口 尚子 イラク派兵差止裁判原告らの思い
大久保 賢一 核攻撃があったら雨ガッパをかぶって逃げろ!
井上 正信 大軍拡の仕掛けを仕込んだ新大綱




教育基本法改悪阻止闘争って何なの?

東京支部  村 田 智 子

 私は自由法曹団教育基本法改悪阻止対策本部の事務局長である。普段はばたばたしているが、年末年始で心身ともにゆっくり休んだ後、つくづく思った。教育基本法改悪阻止闘争って、何だろうか。

 いわゆる最狭義の意味での「悪法阻止」、つまり「単に法律改正を止めればよい」という闘争とは対極にあるものなのだろう。というのは、今の対策本部のメンバーを見回しても、みな、何らかの形で子どもの人権や教育にかかわる事件にかかわってきて、その関わりの中から教育基本法改悪阻止闘争に入ってきた人たちばかりなのだ。具体的には、少年事件に携わってきた人、弁護士会の子どもの権利委員会で活躍してきた人、各地域での教育に関わる様々な事件を担当してきた人たちである。メンバーの中に、弁護士になる前から教育基本法のことを知っていたという人はほとんどいないであろうし、弁護士になった当初から純粋に教育基本法改悪阻止に関わろうと思っていた人もいないのではないかと思う。

 しかし、別の面から見れば、教育基本法改悪阻止闘争は、「悪法阻止」そのものである。少なくとも私の場合、「とにかく改悪を阻止したい」という一心で動いている。

 このように書けば、「教育基本法を守り生かせば教育はこんなによくなるというビジョンをもっと示す必要があるのではないか」という批判を受けるだろうと思う。たしかにそれはそのとおりである。しかし、ビジョンを示すといっても、「今の教育現場で起きている様々な問題をすべて一挙に解決するばら色のビジョン」などは示せないであろう。そんなビジョンがあり得るとしたら、戦前のファシズム国家が行ったような洗脳教育とか、そういうものになってしまうであろう。だけれど、私たちがよって立とうとするのは「子どもも教師も保護者も一人ひとり違う中で、その違いも大切にしながら問題を解決していこう」という立場である。「個人の尊重」には時間も手間もかかるのだ。そこのところだけは踏まえておかないと、早急にビジョンを示そうとするあまり、にっちもさっちもいかなくなる危険がある。

 それよりも、私は、「教育基本法改悪が、この国のあり方や教育や子どもたちに及ぼす恐ろしい影響を明らかにする」ことのほうが大切だと思う。日の丸・君が代の強制が全国に及んでいく可能性とか、今は現場ではあまり重用されていない「心のノート」がばんばん使用されるかもしれないとか、小学校入学年齢まで多様化し子どもたちが競争で疲れ果てかねないとか、及ぼす影響は計り知れない。

 特に今年は、中学校の教科書採択の年である。教育基本法が改悪されれば、「つくる会」教科書採択推進派にとって大きな追い風になることは間違いない。「つくる会」教科書は、歴史と公民の教科書であり、社会科という、入試科目を採択の対象としている。この教科書にしたがって学校のテストがつくられ、点数がついていくのである。その影響力は、現在、「道徳」で使われている「心のノート」をはるかに凌ぐであろう。

 この原稿を書いている一月七日現在、今国会に教育基本法改悪法案が出るかどうかはまだなんともいえない状態である。思っていたより与党間の協議は進んでいないようにも見えるが、教育基本法の改悪推進派は非常に根強い。廃案になどはしないであろう。どこまでいくのか。どこまで阻止できるのか。私たちが走ろうとするのは短距離走なのか、長距離走なのか・・。

 でも、ともかく、特に今年は、なんとしてでも教育基本法改悪は阻止したい。これによって、来年以降の四年間使用される教科書採択への悪影響を少しでも食い止めたい。それだけだって十分だ。二〇〇六年以降のことは、そのときそのときで考えよう。その間にこちら側の力も蓄えられるのだから、何とかなるだろう。

 というわけで、皆様、今年は、特によろしくお願いします。


二四年ぶりの快挙

  ―組合事務室貸与の中労委命令

東京支部  菊 池  紘

 一一月一八日、中央労働委員会(中労委)は、郵政公社に対し(1)郵政産業労働組合(郵産労)小石川支部と石神井支部に、各局内に組合事務室の使用を承認し、(2)場所、広さ等の具体的条件について両支部と誠意をもって速やかに協議し合理的な取り決めをしなければならない、との救済命令を発した。

二四年ぶりの救済命令

 公社は取り消し訴訟を地裁にだしたが、緊急命令を裁判所に求めるようにとの全労連の申し入れに、中労委事務局は「二四年ぶりの救済命令です」と答えたという。もともと労働委員会は、公共企業体等労働委員会の時代から、公務員の労使関係の不当労働行為救済については著しく消極的であった。二四年ぶりということを聞くと、改めてこの救済の画期的な意義が確認できる。

 そして小石川、石神井と同時に救済申立てした東京国際、渋谷、本郷、藤沢の各支部や近畿地本が、審理に入るまでもなく組合事務室を得ていることにも、郵産労の要求に道理があることが明らかにされている。また、京都中京支部は中労委の和解で組合事務室を得ている。

ためらいながらの提訴

 郵産労に組合事務室を与えない差別は明白だったが、中労委への提訴は必ずしも自信をもってのものではなかった。先輩の団員からは、公務員の労働関係で不当労働行為の救済はまず期待されないといわれていたから。  

 東京で初めてある支部長が強制異動された時、その支部長から今までのように人事院に訴えるのでなく、中労委で不当労働行為の救済を求めたいと相談された。この時、どうせ争うならこの際組合事務室の不貸与も合わせて訴えようと提起したのが、ことの始まり。またこの決断は、かねて姫路支部が中労委でたたかって、結審後に組合事務室を得た先例があってのこと。

 郵政当局にとっては、郵産労の支部長の強制異動が、結果として組合事務室の救済命令に結びついたことになる。それとともに、ここでも、たたかってこそ前進できることを示し得たことが、なによりも大きいと言えよう。

(この提訴に加わった団員の主なメンバーは、上山勤、村井豊明、伊藤幹郎、小林譲二、佐藤仁志、大崎潤一、新宅正雄、八坂玄功、安川幸夫、渡邉淳夫、大川原栄、上野格)


豊郷小学校問題で高裁が二倍の勝訴判決

 これから建設業者・設計士にも損害賠償を提起する

滋賀支部  吉 原  稔

 一〇月二七日、大阪高裁六民(大出晃之裁判長)は、豊郷小学校新校舎建設事件で、工事代金支出差止めを命じた。当初、ヴォーリズ設計の文化財的価値のある校舎を壊し、その跡地に二階建ての校舎を建てる設計で予算を決め、契約し議決したのに、仮処分で校舎解体を差し止められたため、その予算を流用して反対側に三階建てを建て、完成させたが、新設計については地方自治法二三二条の三の支出負担行為がないという理由で、工事代金支出を差止めたものである。高裁では、新設計による校舎は設計図書を添付した契約がなく、桑原組は設計図書を付した契約がないのに新設計の校舎をつくったから、桑原組には工事代金請求権はないと明言している。

 これは、「入札をしないで随意契約で町の財産を売却した違法があっても、売買契約自体は有効だから、売り主たる町の所有権移転登記の履行を差し止めることはできない」という最高裁判決を意識した最高裁判例違反とならないよう配慮したものと考えられる。仮処分を無視して、解体に着手する等違法行為を繰り返した町長の態度に「なめられた」裁判所の怒りがにじみ出ている判決である。

 町は、一九億円の工事代金を桑原組に支払い、現に校舎の引き渡しを受け、校舎として使っている。この判決に力を得て、町長と癒着して契約にない校舎を造った桑原組(その後会社分割でKECという別会社をつくって債務逃れ、建設等許可取消の処分逃れをはかっている)に、既払代金の返却を求め、講堂・校舎解体のときから不当な耐震診断をして解体を促進し、又、工事監理を怠って違法な建築をさせた町長と癒着した設計事務所と町長にも損害賠償を求める監査請求をした。住民と裁判所をなめて違法の限りを尽くし、無駄な公共事業をすすめた町長とその癒着業者に、とことん責任を追及していくものである。(担当は、私と中島晃団員、近藤公人団員)


県職員の過労自殺事件、「公務外認定」を

取り消す逆転勝利裁決を勝ち取る

滋賀支部  玉 木 昌 美

 滋賀県土木交通部監理課主幹であったAさん(当時四二歳)の妻が地方公務員災害補償基金滋賀県支部審査会に対して、地方公務員災害補償基金滋賀県支部長が平成一五年八月一五日付をもって行った公務外認定処分の取り消しを求めていた事件で、審査会は、平成一六年一二月二四日、この請求を認め、公務外認定処分を取り消す裁決を行いました。

 故Aさんは、平成一四年四月七日に自殺をしましたが、その死亡が公務に起因するものと認められるかどうかが争点でした。処分庁は、自殺前の職務によって、精神疾患を発症し、自殺に至ったものとは認められないとし、公務外の災害であると認定しましたが、その「うつ病エピソード」の発症の時期を平成一三年四月頃とし、その時期を前提に職務の過重性を検討し、これを否定しました。これに対し、請求人側は、三人の医師の意見書に基づき、その発症は平成一四年三月頃と解される、その時期を前提にすれば、自殺直前の過重労働は、時間的にも、担当業務の質的な点からも認められると主張してきました。

 支部審査会は、審査請求書、反論書、反論書二や請求人側の口頭意見陳述を踏まえ、上司、同僚及び友人に対する聞き取り調査や、別の三人の精神科医に対して精神医学的な観点から意見を求めるなどしました。その結果、支部審査会は「早ければ平成一三年九月末以降のいずれかの時点から一二月頃にかけて、遅くとも平成一四年三月二五日の内示の時点までに『うつ病エピソード』を発症していたものと認められ」るとし、「担当業務を総括していかなければならない状態になったこと、また、期限の迫った仕事のため、さらに、肉体的に過重な勤務を続けたことにより、被災職員のうつ病エピソードが一気に重症化したものであって、過重な業務が本件死亡の主因であったと判断する」とし、さらに、「本件死亡は、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力を欠いた中で引き起こされたものであり、重症うつ病エピソードの症状の具現化であると判断する。」としました。

 この裁決は、請求人側の主張を真摯に受け止め、自ら事件究明に努力し、その結果、公務災害であることを認めた画期的なものです。とりわけ、処分庁が請求人の主張をまともに検討しようとしない姿勢の中、請求人側は、医学的にも、事実認定的にもきちんとした検討が必要であることを力説しましたが、今回の裁決はこれに応えるものとなりました。現在、過労自殺の問題は社会問題になっていますが、まだまだ公務災害と認定されることはまれで、厳しい現状にあります。そうした中、本件裁決のような画期的な判断がなされることは、全国で同様の公務災害認定の闘いをしている労働者を大きく励ますものとなります。この裁決が今後の過労死、過労自殺を引き起こさない取り組みにつながればと思います。


イラク派兵差止裁判原告らの思い

関西合同法律事務所 事務局 森 口 尚 子

 二〇〇四年一二月七日、大阪ではイラク派兵差止裁判の第三次提訴が行われました。一次・二次の原告を合わせると八四〇人にもなります。現在一〇〇〇人の原告を目指して、四次原告を募集しています。原告だけでなくサポーターも募集をしているので、この裁判に参加されている方は今現在でも一〇〇〇人は超えていることになります。おそらく大阪の裁判史上、最も大規模な裁判です。

 私は原告としてこの裁判に参加をしています。はじめは弁護団弁護士の担当事務という立場で、仕事として裁判に関わってきました。その後二次原告に加わり、提訴後はイラク派兵差止裁判をすすめる会のメンバーとして、運動を広げていく活動を行っています。

 私が原告になろうと思ったきっかけはごく自然なものでした。二次提訴に向け次々と送られてくる申し込み用紙の空欄に書かれた、熱い思いに後押しされたのです。「イラク戦争反対・平和を守れ・憲法九条は大切だ」の言葉に共感し、それぞれの思いの強さに感動しました。これらを是非多くの皆さんに知ってもらいたいとの気持ちから、ごく一部ですがご紹介します。

◇ 私の祖母は戦争経験者です。空港近くで着陸する旅客機を見て、こんな近くで見るのはB29ぐらいだと一言。それぐらいの近い距離からの空襲の中、幼い子どもたち(母の兄弟)を抱いて逃げたと言います。私にも子どもがいます。絶対に味わいたくはありません。でも今まさにイラクの母達は祖母と同じ思いをしているのです。戦争反対!!

◇ アメリカのイラク攻撃が大義も道理もないのにイラク攻撃に積極的に加担をする自衛隊派兵は許せません。一日も早く撤兵すべきです。掃討作戦といって皆殺しをする、誤爆だといって結婚式場にまでミサイルを撃ち込む、捕虜への拷問・虐待の数々に唖然とします。それでも何も言わない、言えない日本の首相に腹立たしく思います。

◇ 憲法九条がある国でイラク派兵が許させるはずがありません。五九年前の戦争が終わり、どんなことがあっても、絶対に戦争をしないと決めた憲法だったのに、こんなでたらめな解釈がまかり通るなんて許すわけにはいきません。憲法九条がある国だからイラク戦争をやめさせることができる立場・役割があるはずです。

◇ 石油資源を確保したいために侵略戦争を強行した米英に加担し、自衛隊の海外派兵の事実を残して憲法改定を一気に進めようとする小泉政権や改憲を願う勢力に対し、今傍観者でなく声を上げることが必要という気持ちで、自分でも参加できる今回の訴訟原告に、夫と共に加わることに決めました。今の状況は本当にコワイと肌で感じます。何としても平和憲法を守っていきたいです。主権者は私達国民一人一人です。

◇ 劣化ウラン弾、クラスター爆弾などの使用により、未来を担う子供たちに一番影響が出る。しかも何代にもわたって影響が出る。これは人類にとって苦痛である。地球上から戦争をなくしたい。

◇ 第二次世界大戦の日本軍の残虐行為についての清算をしないまま、再び加害国になるのは耐えられない。勝つまでやりましょう。この運動、待っていました。

◇ 「命・人権・平和」をなによりも大切に願う者の一人として二度と日本を戦争する国にしてはいけない!と心から訴えたい。

◇ アメリカがイラクでやっていることは、捕虜への虐待の禁止、一般市民非戦闘員への攻撃を禁じたジュネーブ条約違反です。その国際法に違反するアメリカの占領や戦闘に協力するために、本来は日本国民を護るために設置されている自衛隊を派兵したことが許せないのです。またアメリカが使用した劣化ウラン弾の、人類および環境に与える影響は、後世にツケを残します。こんな非人道的戦闘行為に協力しておいて、なにが人道支援か!と怒っています。

◇ 戦争は人間の叡智と努力でこの地球上から必ずなくせる  このことを信じて原告に加わります。

◇ 私は、障害を持っており、その立場からも今回、日本政府がとった(進めている)派兵は絶対に許されるものではなく、“いざ戦争”となると、障害者は真っ先に『死』に直面するのです。命の尊さは世界中の人が皆同じです。私自身未熟児として生まれ、障害が残ることがわかり、医師は両親に「どうしますか?」と聞いたそうです。それは即ち、命が「いる」「いらない」を迫るものでした。その後一〇代から反戦問題にも関わることになり、障害者問題と共に考えていきたいと思っている次第です。

◇ どんなに言いつくろっても、子どもをもつ親は戦争にいかせたくない。戦争の勝ち負けで人の心の奥まで平和はこないでしょう。このおろかなくり返しを何千年もやっている我々ですが、このイラク戦争は日本にとって取り返しのつかない結果を次世代に送りそうで不安です。

◇ ファルージャで七〇〇人ぐらいの民間人が殺されたり、今まさにイラクは戦場。一人一人の死の事実が日本のマスコミで報道されることなく、多くの民衆が犠牲になっている。どういっても、戦争の大義はないのにアメリカを応援する形で自衛隊が派遣されてしまった。宿営地からほとんど外へ出ることのない自衛隊が今度は多国籍軍として参加しようとしている。人道支援を装っているが、それは国民の目をそらすためである。絶対反対!!

◇ 私は日本の平和そして世界の平和を追求するためにも日本国憲法のすばらしさを世界中に広め、発信することが大事だと思います。憲法に謳われている精神が必ずしも国民の享受となっていませんがこの裁判を通じて憲法が花開く二一世紀をめざします。

これらのメッセージは、大阪で運動を広げていくための、力の源です。世界共通の熱い平和への願いは、各地で頑張っておられる皆さんの元気の素ともなるはずです。日本全国の運動を盛り上げ、みんなで勝利を勝ち取りたいと思います。


核攻撃があったら雨ガッパをかぶって逃げろ!

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 政府は、国民保護法に基づく「国民の保護に関する基本指針要旨」の中で、核攻撃があった場合の対応策を示している。その概略はこうである。

 核攻撃による被害は、当初は、核爆発に伴う熱線、爆風、初期放射能であり、物質の燃焼、建造物の破壊、放射能汚染の被害を短時間にもたらす。その後は放射性降下物や中性子誘導放射能による残留放射能によって生ずる。放射性降下物は、爆心地付近から降下し始め、逐次風下方向に拡散、降下して被害範囲を拡大させる。 このため、熱線による熱傷や放射線障害などの医療が必要になる。放射性降下物の被害を避けるためには、避難に当たっては風下を避け、手袋、帽子、雨ガッパなどによって皮膚被爆を抑制するほか、口及び鼻をタオルなどで保護することや汚染された水や食料の摂取を避けるとともに、安定ヨード剤の服用などで、内部被爆の低減に努める必要がある。また、熱線、爆風などによる直接の被害を受ける地域については、攻撃が行われた場所から直ちに離れ、地下施設などに避難し、放射性ヨウ素による体内汚染が予想されるときは安定ヨウ素剤を服用するなどして、一定時間経過後、放射線の影響を受けない地域へ避難することになる。

 政府は、日本への核攻撃を想定しているのである。しかもその対応策は、手袋とタオルとヨード剤でその被害拡大を防ごうというようなものである。熱核兵器の威力は人間がコントロールできるようなものではないし、放射能の悪影響は人の一生をはるかに超えて永続するものである。ところが、政府は、熱線は「物質の燃焼」をもたらすが、その熱傷に対する治療が可能であり、ヨード剤を服用すれば内部被爆を低減し、生命、身体にはさほどの影響がないかのように言うのである。「広島・長崎でも生き残った人たちがいる。」と発言した防衛庁長官の発想がここに現れている。政府にとっては、原爆の業火で焼死した人たちは「物質」でしかないのであろう。政府が核兵器の脅威をどの程度のものとして認識しているかを、この「基本指針」は明らかにしている。それはまた、政府のいう「万全の国民保護措置」がいかに無責任で非現実的なものであるかも物語るものである。「核攻撃があったら雨ガッパをかぶって逃げろ」といわんばかりの政府に「国民保護」を語る資格はない。

 政府は、「核兵器の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存する。同時に、核兵器のない世界を目指した現実的・漸進的な核軍縮・不拡散の取り組みにおいて積極的な役割を果たす。」としている(新防衛計画の大綱)。核兵器の有効性を認め、その使用を排除していないのである。現に、アメリカは、核兵器の先制使用も非核兵器国への核攻撃もタブーとしていなし、核軍縮の約束も反故にしようとしている。その米国の核抑止力に依存するということと、核兵器のない世界を目指すということは、二律背反であるといえよう。今、日本政府がなすべきことは、核攻撃があった場合の馬鹿げたマニュアルを自治体や国民に押し付けることではなく、核被害の全貌を明らかにし、すべての被爆者に対する補償を徹底し、核兵器の使用を禁止し、核兵器を無条件で全廃する方向での努力をすることである。

 今年、七月二九日から三一日の三日間、日本青年館で、「問い直そうヒロシマ・ナガサキ、被爆者の目と人間の心で」をテーマに「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」が予定されている。一九四五年八月、広島と長崎で何があったのか、その被爆の実相を明らかにし、核兵器の犯罪性を問い直し、被爆者の要求の実現のためのイベントである。核兵器と人類は共存できない。戦争の残虐性の象徴が核兵器の使用である。戦争と戦力と交戦権の放棄を現実化しようとする私たちにとって、核兵器の使用を許さないことは、その重要な課題である。(二〇〇五年一月五日)


大軍拡の仕掛けを仕込んだ新大綱

広島支部  井 上 正 信

 新大綱は、旧大綱(七一年一〇月策定)以来前大綱(九五年一一月策定)まで我が国の防衛政策の基本路線であった「基盤的防衛力構想」を放棄した。それに代わり、新たな脅威や多様な事態に実効的に対応しうる必要性から、「即応性、機動性、柔軟性、及び多目的性を備え、軍事技術の動向を踏まえた高度の技術力と情報能力に支えられた、多機能で弾力的な実効性のあるもの」と定義した。

 「基盤的防衛力構想」は、理論的には平時における防衛力として特定の仮想敵国を想定せず、我が国全土へ薄い防衛の網をかぶせ、小規模限定的な直接侵略に自力で対処し、それを越える武力攻撃に対しては日米安保により対処するというものである。これに対立する概念として「所要防衛力構想」がある。「何らかの特定の脅威に対抗して防衛力を整備するという考え方で、簡単にいえば脅威が一〇の規模なら防衛力を一〇の規模にするという考え方である。基盤的防衛力というのはこうした考え方を排して、脅威の規模にとらわれずに、平時における十分な警戒態勢をとるに必要な規模(但し「限定的且つ小規模な侵略」には対処できる)に防衛力をとどめるという考え方である。」注1

 ここで「小規模且つ限定的な侵略」とは、「事前に侵略の『意図』が察知されないよう、侵略のために大がかりな準備を行うことなしに奇襲的に行われ、且つ、短期間のうちに既成事実をってしまうことなどを狙いとしたもの」(七七年版防衛白書)とされている。

 「基盤的防衛力構想」は、理論的には仮想敵を想定せず、海外派兵のための戦力を持たず、必要最小限度の専守防衛力を保持するというものであり、軍事政策的には我が国の地政学的特徴が防衛力の決定的要素となり(その意味では主観的防衛力構想)、軍事大国化の歯止めになるとされていた。自衛隊が憲法九条に適合するとの根拠にもなっていた。

 この防衛力構想により具体的にはどのような軍事力が構築されていたのであろうか。海上自衛隊では特定の地域防衛部隊として五カ所(横須賀、呉等)に地方隊を置き、直轄部隊として四個の護衛艦隊群を保有する。一個護衛艦隊群は、八隻の護衛艦(現在ではその内一隻はイージス駆逐艦)と八機の対潜ヘリで構成される(通称八・八艦隊)。なぜ四個護衛艦隊群か。我が国周辺海域で常時最低一個群を警戒監視活動に就かせるには最低四個群必要となる。なぜなら、一個群はドックへ入っており(修繕、点検などで)、一個群は初期訓練(個艦訓練)中、一個群は艦隊行動訓練中でいずれも即応態勢下にない状態である。即応態勢にある一個群を常時作戦投入するためには最低四個群必要になるという計算である。それと同様に、日本列島全体の空域を二四時間警戒するには、全国で六カ所で一二ないし一三飛行隊が必要になると計算する。注2

 ところで、新大綱は従来型の脅威が残っているので基盤的防衛力構想の必要な部分は残すとしながらも、非国家的主体や大量破壊兵器と弾道ミサイルの拡散の脅威を日本の安全に対する主要な脅威とし、多機能・弾力的・実効性のある防衛力という構想を新たに採用した。その狙いは米国とともにグローバルに軍事力を展開するためであることは言うまでもない。海外に軍事力を展開するということが軍隊の構成にどのような影響を与えるか考えてみなければならない。軍隊というものはそのすべての部隊が即応体制にないことは上述の海上自衛隊の例でも理解できるであろう。海外へ長期間派兵される陸上部隊の場合、派兵部隊を含め最低でもその三倍の数の軍事力が必要とされている。一つの部隊は展開中、もう一つの部隊は訓練中、もう一つの部隊は海外から引き上げて休養中という状態である。米国陸軍は、病気・訓練未了・教育等の兵員を除く展開可能兵力が約八二万という。現在世界中で作戦のため展開している陸軍は一八万人(イラク自由作戦、アフガンの「不朽の自由作戦」、PKF等)であるが、既に米陸軍兵力が底をついているという。注3

 強大な軍事国家米国でもこの状態である。新大綱は、常時海外に兵力を展開するだけでなく国内でのテロ攻撃対策という本来では警察の仕事、大規模自然災害への復旧活動などを含め七つの任務に対応するというまさに多機能性を要求するのである。陸上自衛隊が中期防衛力整備計画で定員の増加を要求した背景はここにある。しかし軍拡への国民の理解は得られるはずもないので、新大綱と中期防は一つのごまかしをした。護衛艦隊群をこれまでの八隻から四隻にし八個群に再編するという。現有勢力で戦闘単位の数を増やす苦肉の策であろう。しかし、今後自衛隊の任務が多様化し、柔軟性・即応性を求められるのであるから現有勢力で収まるはずはない。近い将来この新たな防衛政策を口実にした大軍拡が表面化するであろう。新大綱は将来の軍拡の仕掛けを仕込んだのである。自衛隊法が改正され海外派兵が本務化し、防衛庁が防衛省となり、憲法九条が改悪されるとこの仕掛けは一気に活動するようになるであろう。新しい防衛政策は憲法改悪への強い圧力となるであろう。安保防衛問題懇談会報告書がわざわざ「更に検討を進めるべき課題」として憲法問題に言及していることにも現れている。憲法改悪を阻止できれば、この仕掛けを封じ込めることができる。国民生活と周辺諸国民の安全を犠牲にし、北東アジアでの軍拡レースの牽引車となりうる憲法改悪を許してはならない。

 最後に、新大綱は「防衛力の基本的な事項」として、統合運用の強化、情報機能の強化、科学技術の発展への対応、人的資源の効果的な活用を挙げている。これは米軍のトランスフォーメイションの日本版と考えて良いであろう。トランスフォーメイションで大きく変貌しようとしている米軍のドクトリン・作戦・兵力構成・用兵・兵器・訓練などに対応するものである。将来にわたり米軍と統合運用可能な自衛隊に大きく変貌を遂げようとしている。米国から日本に対する軍事的な要求はますます多くなり多様化し、憲法改悪と軍拡の圧力となるであろう。米軍トランスフォーメイションによる在日米軍再編では、陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間への移転が最大の問題である。これにより、近い将来在韓米軍司令部は廃止されて、在日米軍司令部とともに第一軍団司令部へ吸収されるのではないかといわれている。その結果、日本は「不安定の弧」と称される中東から北東アジアを睨む米陸・空・海・海兵四軍のハブ基地国家となる。新しい防衛政策はこの地域を日米同盟の対象にしている。注4

 この政策にとって憲法が最大に障害物となっている。幹部自衛官が憲法改正要綱を作成して中谷元防衛庁長官へ提出したことは、自衛隊制服組の中で憲法改正への強い期待、要求、圧力が高まっていることを示している。

  注1 軍事民論第三七〇号から引用

  注2 軍事民論第七八号所収 西廣整輝防衛庁防衛課長(当時) 講演録「『基盤的防衛力』の考え方」

  旧大綱が策定された昭和五一年一〇月直後の講演と思われる

 なお、軍事民論七八号は前大綱を批判的に分析した特集号である

  注3 軍事民論第三六九号で引用されている英国戦略問題研  究所の指摘

  注4 安全保障と防衛力に関する懇談会報告書九頁