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松島 暁 二〇〇五年五月集会、山形県上山市で開催 四九五名が参加
志村 新 労働契約法制「中間とりまとめ」に対して全国から多数の批判意見を
土居 由佳 ネスレ姫路工場不当配転事件
〜家族に要介護者を抱える労働者に対する転勤命令は無効〜




二〇〇五年五月集会、山形県上山市で開催 四九五名が参加

事務局長  松 島   暁


 五月二一日から二三日、万緑充てる蔵王のふもと上山市・かみのやま温泉で、二〇〇五年自由法曹団研究討論集会が四九五名(うち弁護士三一六名)の参加で開かれた。

 衆参両院の憲法調査会が九条改憲の方向を打ち出す最終報告書を提出し、自民・公明・民主の各党が改憲案づくりを進め、改憲実現のための国民投票法案が国会に提出されようとしている情勢のもとでの開催であった。

二 全体会(一日目)

 議長団として山形支部の外塚功団員、神奈川支部の藤田温久団員が選出された。

 冒頭、坂本団長から開会の挨拶、山形支部・三浦元支部長から歓迎の挨拶があり、来賓として山形県弁護士会の細谷伸夫会長からご挨拶をいただいた。

 記念講演は、李京柱(韓国・仁荷大学教授)による『東北アジアの平和と日本国憲法九条』であった。自由法曹団の全国集会において、外国籍の講師を招いての記念講演は団の歴史においては初の試みであり、その意義は大きい。教授は、「七〇年代、八〇年代に『平和統一』を語ることは国家保安法違反を意味したが、二〇〇三年からは『平和』を普通に語ることが可能となった。それは韓国の憲法政治にとって画期的意義を持っている」と話された。講演内容は、韓国の平和運動の状況、韓国憲法を武器にしたたたかい、日韓民衆の連帯したたたかい等、二一世紀の東北アジアの平和にとって不可欠のテーマに目配りをしつつ、平易な語り口でとても分かり易いものであった。

 引き続き、吉田幹事長から五月集会にあたり、(1)改憲阻止、(2)構造改革、(3)弾圧の三点について問題提起がなされた。

三 分科会

 本年の分科会は、従来の課題別、委員会・対策本部別の縦割り分科会ではなく、より大きな視点から「この国」の現実と切り結ぶことを目的に、一日目二日目を通した横断的な三つの分科会がもたれた。※( )内は参加人数。

 第一分科会「平和の破壊と創造の分科会」(一五三名)

 第二分科会「『福祉』社会の破壊と再編の分科会」(一二四名)

 第三分科会「戦争と治安の分科会」(九四名)

 第一分科会は、一日目が、世界とアジアにおける平和を巡る情勢、また、憲法改正についての情勢ばかりではなく、国民保護法、教科書、日の丸・君が代など幅広いテーマが取り上げられた。二日目は、A、B二つのグループに分かれ、各地の活動報告を中心とした討論がもたれた。

 第二分科会では、城塚(大阪・労働)、榎本(東京・市民)、小笠原(東京・教育)の各団員がそれぞれの専門の立場から今日の社会の問題点に迫るパネルディスカッションがもたれた。

 第三分科会では、菅野団員(金沢)の愛国者法下のアメリカの治安状況、田中団員(東京)からの有事法制下、安全安心下の治安問題の報告を柱に、最近頻発している弾圧事件他をめぐる討論が行われた。

四 全体会(二日目)

 二日目の分科会終了後の一一時一〇分に全体会が再開され、以下の八名の団員と山形明倫中学事件の支援者と父母からの発言があった。(尚、時間の関係で毛利正道団員(長野県支部)からの発言通告は通告文の紹介となった。)

 1「『こうち九条の会』の活動の経験から」
                谷脇和仁(四国総支部・高知県)

 2「国民投票法案を阻止するために」瀬野俊之(東京支部)

 3「日弁連人権大会第一シンポへの協力のお願い」
                  宮尾耕二(奈良支部)

 4「『つくる会』教科書採択阻止のたたかい」
                  田中 隆(東京支部)

 5「有明海再生の今後」    後藤富和(福岡支部)

 6「葛飾ビラ弾圧事件について」  西田穣(東京支部)

 7「名張毒ブドウ酒事件再審決定」 小池義夫(東京支部)

 8「九月二日からのCOLAPWへの参加の訴え」
                  泉澤章(東京支部)

 全体会で採択された決議は次の通りである。

 (1) 平和憲法の破壊と改憲を許さず、国民投票法案の国会提出に反対する決議

 (2) 「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書・公民教科書を採択することを許さない決議

 (3) 権利保護機能を抜本的に奪う労働法制改悪に反対する決議

 (4) 警察・検察による言論弾圧に抗議し、全力を挙げて弾圧4事件の無罪判決を勝ち取るための決議

 (5) リン・スチュアート弁護士の弾圧反対闘争を支持し連帯を表明する決議

 (6) 山形明倫中裁判・元少年たちに公正判決求める決議

 四国総支部・徳島の林伸豪団員から、一〇月二三(日)・二四日(月)の日程で、徳島総会の案内がなされ、最後に山形支部の佐藤欣哉団員からの挨拶で集会を閉じた。

五 プレ企画

 前日の二一日午後には次の三つのプレ企画を行った。

                  ※( )内は参加人数。

 1 新人学習会(四一名)

 高橋敬一団員(山形支部)が『田舎の弁護士と市民運動』というテーマで地方に根をおろして活動することの重要性と魅力について話しをされ、加藤健次団員(東京支部)からは国公法弾圧堀越事件を素材に「国家権力を相手とする事件とどう向きあうか」が話された。

 2 事務局員交流会(一〇八名)

 事務局交流会実行委の企画による全体会企画は、小部正治団員の『改憲阻止闘争と団事務所における事務局の役割』と名古屋第一法律事務所の岩本学さんの『団事務所事務局に求められるもの』であった。後半、(1)新人事務局交流会、(2)憲法運動の分科会の分科会に分れ、活発な討論がなされた。

 3 法科大学院と自由法曹団(五九名)

 『今日の状況と事務所建設の課題』をテーマに、団事務所の建設、とりわけロースクール時代の団員獲得を中心に多様な議論がかわされた。

 この集会の成功のために尽力いただいた山形支部の団員、事務局の皆さんはじめ関係者の方々に、この場を借りてあらためてお礼を申上げます。



労働契約法制「中間とりまとめ」に対して全国から多数の批判意見を

東京支部  志 村   新(労働問題委員会委員長)


 山形上山温泉で開かれた五月集会では、改憲阻止に向けた幅広い国民運動を強化する必要性が一致して確認されました。

 ところで、その国民の大多数を占める労働者の実態に目を向ければ、長時間過密労働は依然として改善されず、最近では青年層を中心に非正規雇用が急増しています。低賃金をはじめとする劣悪な労働条件のもとに置かれていても、不平を漏らそうものなら直ちに職を失う危険がきわめて大きいので、耐えられなくなるまで我慢し続けてからひっそりと退職して行く労働者が数多いものと思われます。

 もちろん、労働組合や団員弁護士と巡り会ってたたかいに立ち上がる労働者もいますが、それは一部にとどまり、無法な使用者のもとで、多くの労働者が息を潜めて日々の暮らしをようやく賄っているというのが実情でしょう。

 そのような状態に置かれた労働者が、憲法九条の意義やこれからの日本の国の在り方、ましてや東アジアの平和について考える余裕を持つことは非常に難しいことでしょう。

 厚労省は、新たに労働契約法制を整備する必要があるとして二〇〇四年四月に「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」を発足させ、同研究会は去る四月一三日に「中間とりまとめ」を行い、これを五月一〇日、労働基準審議会労働条件分科会に提出しました。

 前述した実情を踏まえれば、労働基準法が定める最低労働基準を引き上げるとともに同法にもとづく監督行政を飛躍的に充実させることと並んで、労働契約全般について労働者保護に資する新たな立法措置が求められます。ところが、この「中間とりまとめ」は、「経営環境の変化等に迅速かつ柔軟に対応する」として経営者の利益を重視しこれに資する法制を整える方向を強く打ち出しています(問題点の概要は団通信一一六五号・平井哲史団員の報告を参照)。

 この「中間とりまとめ」に対する意見募集がつぎの要領で開始されています。

募集期間 五月二〇日〜六月二〇日(必着)

提出方法 氏名(法人・団体の場合は名称)及び住所を明記し(匿名希望の場合はその旨を明記)、左記宛に郵送、FAX又は電子メールにより提出(様式は自由だが、必ず「『今後の労働契約法制の在り方に関する研究会』中間取りまとめに対する御意見の募集について」と明記)。

〒一〇〇ー八九一六 東京都千代田区霞が関一ー二ー二
            厚生労働省労働基準局監督課 政策係
            FAX 〇三ー三五〇二ー六四八五
            メールアドレス  keiyaku@mhlw.go.jp

 研究会の日程は今年九月まで入っていますが、厚労省は、研究会の最終報告を受けた労政審の答申にもとづき、法案化作業を経て早ければ来春にも国会上程することを目指しているようです。

 以上のような次第ですので、全国各地の団支部・団員・団事務所が、さらにはつき合いのある労働組合・諸団体にも呼び掛けていただき、簡単なものでも構いませんから多数の批判意見を提出していただくようお願いします。その場合の便宜のために、参考意見案を末尾に掲げておきます(言うまでもありませんが、これをそのまま提出するよりも、たとえわずかでも加除・補正等を行っていただいたほうが適切です。なお、現在までに「中間とりまとめ」に対する比較的詳細な批判を行ったものとして、日本労働弁護団が四月二七日に発表した「『今後の労働契約法制の在り方に関する研究会中間とりまとめ』に対する見解」があります。)。

 また、これを機に、労働組合・諸団体にこの問題の重要性についての理解を広め、全国各地での運動へと繋げていただければと考えます(なお、団本部は労働問題委員会を中心に批判意見書を作成のうえ、六月二〇日までに厚労省に提出する予定です)。

〈参考意見案〉

 「中間とりまとめ」が、(1)過半数組合との合意又は「労使委員会」の決議による就業規則不利益変更についての合理性推定、(2)「雇用継続型契約変更制度」、(3)「解雇の金銭解決制度」、(4)試用を目的とする有期労働契約(「試行雇用契約」)をそれぞれ導入しようとしていることに対して、強く反対します。

 また、労働契約法制づくりにあたっては、労使が対等の立場にはないという現実を踏まえて労働者保護に役立つことこそを第一義とすべきであり、労働条件は「労使の自主決定」に委ねることを基本とするという発想は改めるべきです。



ネスレ姫路工場不当配転事件

〜家族に要介護者を抱える労働者に対する転勤命令は無効〜

兵庫県支部 土 居 由 佳


 二〇〇五年五月九日、神戸地裁姫路支部で、それぞれが同居の家族に要介護者を抱える従業員二名に対する遠隔地への配転命令をともに無効とする判決を得ましたので、ご報告します。

 事案の概要

 ネスレジャパン(「ネスレ」)は、二〇〇三年五月九日、姫路工場のギフトボックス係の廃止を発表するとともに同係配属の従業員六〇名に、同年六月二三日までに霞ヶ浦工場へ転勤するか退職するかの二者択一を迫る業務命令(「本件転勤命令」)を発した。このギフトボックス係の閉鎖とそれに伴う本件転勤命令は、経営危機とは全く無関係の、更なる利益を追求するための合理化措置に過ぎなかったが、六〇名の従業員のうち、九名は配転命令に応じて霞ヶ浦工場へ転勤し、四八名は特別退職金を受領して会社を退職した。

 しかし、二人の子どもがいるうえ妻が非定型精神病で生活に援助を要するAさんと、二人の子どもと要介護2の母親を抱えているKさんは、家族帯同で転勤すれば、妻や母の病状が悪化することが予測されるし、さりとて単身赴任すれば妻や母の生活の援助介護を担うものがいなくなるとして、転勤及び退職を拒否する意思を明確にした。

 しかし、会社が、「同居の家族に要介護者を抱えていることは決定に変更を与える事情ではない」との姿勢に終始したため、AさんとKさんは、同月一三日、神戸地裁姫路支部に本件転勤命令の効力停止等を求める仮処分の申し立てをし、同年一一月一四日、本件転勤命令の効力停止を命じる仮処分決定が下された。本判決は、この仮処分事件の本案訴訟である。

 判決の評価

 本判決は、仮処分決定同様、「本件配転命令は業務上の必要性に基づいてなされたものであるけれども、原告らに対し、通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるという特段の事情が認められるから、本件配転命令によって原告らを霞ヶ浦工場へ転勤させることは、被告の配転命令権の濫用にあたる」と判断した。この判断の基本的な枠組に目新しいものはなく、またAさん、Kさんの家族の状況に鑑みたとき、その結論も当然のことといえる。ただ,この判決において評価すべき点が二点あると考えられる。

 第一点は、判決が、「具体的な配転については、これを全く避けることができないものであるならば、労働者の不利益が大きくても、その配転はやむを得ない。しかしながら、本件配転、特に転居を伴う遠隔地への配転は、労働者に多大な負担を与えるものであるから、その不利益について十分考慮して行なうともともに、適正な手続を経て、公平に行なわなければならない」と判示している点である。 従前、単身赴任するか否か、介護育児といった家族的責任をどう果たすかという事柄は労働者が判断すべき私的事項に過ぎなかったところ、この判示は、家族的責任の実行について、企業を含む社会全体で取り組んで行かなければならないという国民意識の変化を的確に反映しているといえる。

 尚、適正手続の関係では、ネスレは本件転勤命令について、対象者の家族の事情を全く調査考慮しないで一律に転勤命令を発し、その後の個別面接で労働者が家族の問題を抱えていることを知っても、これを無視して本件転勤命令を維持したのであるが,判決は、事前に家庭環境等に関する個別調査を行なっていない以上、事後であっても、「従業員から、転勤に関する事情の申告があれば、これを考慮の上で、配転命令を維持すべきか否かを検討しなければならない」として、転勤命令に従えない事情がある旨のAさん、Kさんからの申告を無視した会社の態度を厳しく批判しており、また、人事の「公平」との関係では、ネスレが廃止するギフトボックス係のみを対象に退職者を募ったことを問題にし、「姫路工場内には、多様な業務が存在し、原告らが就労することのできる業務もあり、霞ヶ浦工場における業務内容も姫路工場のギフトボックス係の者だけがなし得るというような特殊のものでないことからすれば、姫路工場全体から、霞ヶ浦工場へ配転する人材を選定することもできたはずであり,加えて、姫路工場のギフトボックス係の者に提示したような退職優遇制度の提案を行なえば、遠隔地へ転勤が困難な者若干名を姫路工場内の他の部署へ配転することができる余地も生じたはずであるということができる」と判示している。特に、後者の判示については、業務上の必要性の問題とも関連するが、整理解雇について、その必要性が低い場合には高度の整理解雇回避措置を講じることが要求されるとの考えを配転にも及ぼし、高度の遠隔地配転回避措置を課したものとして評価できる。

 第二点は、就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、事業主に対し、子の養育又は家族の介護の状況に配慮することを求める育児介護休業法二六条との関係について、「法が、事業主に対し、配慮をしなければならないと規定する以上、事業主が全くなにもしないことは許されることではない」、「その配慮の有無程度は、配転命令権を受けた労働者の不利益が、通常甘受すべき程度を超えるか否か、配転命令権の行使が権利の濫用となるかどうかの判断に影響を与えるということはできる」とした上で、Kさんとの関係で、「要介護者の存在が明らかになった時点でもその実情を調査もしないまま、配転命令を維持したのは、改正育児介護休業法二六条の求める配慮としては、十分なものであったとは言い難い」と判示した点である。

 同条を正面から取り上げ、同条の求める「配慮」を尽くした否かは、配転命令の効力を判断するに際して重要な考慮要素となる、即ち、使用者の配慮義務の懈怠が配転命令の効力を否定する方向で斟酌されることになる旨を明らかにした裁判例は、明治図書出版事件・東京地裁二〇〇二年一二月二七日決定に続いて二件目と思われる。

 もっとも、判決は、「業務上の必要性」を、「企業の業績が良好であるとしても、経営上の生産や販売体制の変更が許されないということはなく、したがって、配転の必要性がないということはできない」と判示して、簡単に認めてしまっている。また、同条についても、使用者が構ずべき「配慮」の具体的内容が今一つ明らかになっていない点と精神病に罹患しているAさんの妻は、身の回りのことが一人でできないというわけではなく、介護を要する者というよりは、援助を要する者に過ぎないとの理由で同条の適用を否定した点は不十分と言わざるを得ない。

 闘いの今後

 会社側は即日控訴した。控訴審でも、Aさん、Kさん、そして組合とともに一層奮闘することを決意している。尚、弁護団は、姫路総合法律事務所の竹嶋健治、吉田竜一、土居、中神戸法律事務所の西田雅年です。