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河野 善一郎 公選法・大石事件に罰金一五万円、公民権停止三年 国際水準からかけ離れた化石判決
佐藤 真理 公選法・大石事件
まして公民権停止は許されない
山口 真美 二月一七日 全国活動者会議の報告
全団あげて改憲を許さない取り組みを!
土井 香苗 ニューヨーク 人権留学日記 2
―人権NGOで働くという新たな弁護士像―
後藤 富士子 「代用監獄問題」の多義性
―ホリエモン・ケースで考える―




公選法・大石事件に罰金一五万円、公民権停止三年 国際水準からかけ離れた化石判決

大分支部  河 野 善 一 郎


 大分県豊後高田市の市議会議員大石忠昭氏に対する公職選挙法違反事件(戸別訪問・法定外文書配布・事前運動)について、去る一月一二日大分地裁刑事部(裁判長鈴木浩美、裁判官家原尚秀、同増田純平)は、頭書の有罪判決を下した(即日控訴)。二時間近くかかって判決を読み上げたので原本は出来ていたはずであるが、判決謄本はようやく二月七日に交付された(裁判所が交付した判決要旨は改憲ML一七五〇に掲載)。

 元規約人権委員のエヴァット女史の証言まで実現させて、新しい反応を期待していたが、内容は旧来の最高裁判決丸写しの「選挙運動弊害論」と「公共の福祉論」を一歩も出ない化石の如き判決であった。近時ビラ配布活動など平時における表現の自由に対する弾圧が横行する情勢下で、選挙における自由な表現活動も封ずるこのような判決を出させてしまい責任を感じているが、自由権規約活用事件として団内外で注目された事件であり、規約の国内適用を忌避する裁判所の特異な傾向を表しているので、この点を中心に報告したい。

 公選法の戸別訪問禁止や文書頒布規制の憲法二一条適合性を争う裁判は長い歴史があり、一九五〇年に早くも最高裁は「憲法二一条は絶対無制限の言論の自由を保障しているのではなく、公共の福祉のためにその時、所、方法等につき合理的制限のおのずから存する・・」として、選挙の公正を期するために戸別訪問を禁止する公選法の規定は合憲と判決していた(文書配布制限については一九五五年)。六〇年代に入って全国各地で選挙弾圧が頻発し、多くの団員が苦闘を強いられたが、七〇年代にかけて戸別訪問、文書配布規制の違憲無罪判決合計一〇件(うち矢田・植田事件広島高裁松江支部判決(七九年)を含む)を獲得し、選挙運動自由化の世論を高揚させた時期もあった。しかし矢田・植田事件に対する最高裁の破棄判決(八一年)を最後に下級審裁判所は沈黙してしまい、以後裁判所は全く動かなくなったのである(国民救援会が把握した共産党関係者の事件は合計一三八件・一九〇人が有罪確定)。

 この閉塞状況を打破すべく自由権規約を盾に挑戦したのが祝・中村事件(八六年衆参同時選挙)である。国際法学者や多数の内外の文献を提出して、公選法の制限規定は自由権規約一九条、二五条に違反すると争ったが、広島高裁判決(九九年)は、公選法の規定は「憲法二一条に違反しないのと同様の理由で自由権規約に違反しない」と判示して、規約を国内憲法の「公共の福祉」論と同列に解釈してしまった。最高裁(〇二年)も「公職選挙法の規定が自由権規約に違反しないと解されるから適法な上告理由にあたらない」と解釈理由を一言も説示しないまま上告棄却した。

 その為大石事件では、ビラ配布や戸別訪問などの選挙活動は規約一九条、二五条で保障された権利であり、その制限は、規約人権委員会の解釈を尊重して厳しく判断するべきこと、これに従えば公選法の制限規定は規約に違反すること、を十二分に裁判所に理解させることが必要であった。実際申ヘボン証言やエヴァット証言・意見書は、確実にこれを成功させたと思えたのだが、結果は全くの無反応で、理由中に申証言やエヴァット証言、エヴァット意見書が一言も触れられていない有様である。

 まず判決は、最高裁判例がいう「選挙運動弊害論」と「公共の福祉論」(合理的関連性説)を踏襲して合憲としたが、その理由説示は、戸別訪問に関する二小判決(八一年)、文書配布に関する大法廷判決(六九年)、事前運動に関する大法廷判決(六九年)の文章の丸写しだけである。何のためらいも、新しい(合憲の)理由付けもなかった。細川内閣の平成六年の公選法改正で、一旦は戸別訪問を午前八時から午後八時まで解禁する法律が成立し(その後自民党との政治的妥協で施行に至らず)、立法事実が動揺してより制限的でない方法が可能であることが事実でもって示されたのに、これにも触れなかった。

 「公共の福祉」論については、規約人権委員会は、第三回(九三年)と第四回(九八年)の日本政府報告書審査の最終所見で「委員会は、規約で保障されている権利に対して、「公共の福祉」を根拠として制限が課されうることに対する懸念を再度表明する。この概念は、曖昧、無限定で、規約のもとで許される範囲を超える制限を許容しうる。委員会は、再度、締約国に対し、国内法を規約に適合させることを強く勧告する。」と指摘していが(審査の記録は書証提出)、判決はこれにも何の反応も示さなかった。

 規約論については、判決は、従来の合憲判決が繰り返した「弊害」(買収の助長、迷惑、過大費用、候補者の不平等など)を規約上の権利制限の必要性として簡単に認めたが、エヴァット女史はこれらは全て制限目的としても容認できないと明言していた。又意見書及び証言で、規約人権委員会が権利の制限を考察する場合には、「比例原則」を採用していること、「比例原則」は、制限を必要とする害悪(弊害)が具体的に立証されること、制限の必要性と制限が比例していることを要求すると解説し、戸別訪問の全面禁止や文書配布の極端な制限(一般市の市議会議員選挙では選挙ハガキ二〇〇〇枚しか認めず、選挙公報もない)及び刑罰と当選無効の制裁は、比例性を欠き規約一九条に違反すると証言していたが、判決は比例原則に全く触れなかった。しかし判決は、他の箇所で「戸別訪問罪は、いわゆる抽象的危険犯であり、その成立には、選挙の自由と公正を害するような弊害が現実に発生することやその具体的な危険が発生することを必要とするものではない。」と言い切っているので、全面禁止が比例原則に違反することを自白しているに等しい。規約との矛盾に全く悩んだ跡がない。条約である規約を、日本法の感覚で解釈する典型的な悪例である。

 全体としてこの判決は、弁護側が提起した諸問題に正面から向き合っていない不誠実さが顕著である。反動的というより人権感覚の退廃を見る思いがする。元規約人権委員の証言まで聞きながら、国際水準の人権思想に新鮮な関心ないし意欲を全く表さない精神をどう理解すべきか。最高裁の統制が行き着くところまで行ったとも言えるが、他方では裁判促進法で二年以内に判決する縛りが、中身に深く入り込まない考察を強いているようにも思える。かっての公選法裁判では、学者証人一人を採用させるにも苦労したのが、本件ではほぼ二年以内に終わる枠を逆手にとって、残り一年余に弁護側の証人が申請どおり多数採用された。荒れる法廷もなく、真剣に聞いている様子であった。しかし心の中では聞く耳持たずで、ひたすら終結を待ち望んでいたのかも知れない。たとえ見解が相違しても、裁判所が人権を論ずる共通の土俵でなくなったら裁判は儀式に堕落するほかない。促進法は予期せぬ空疎をはびこらせる危惧を抱くのである。

 福岡高裁は、控訴趣意書提出期限を四月二八日と指定してきた。弁護団は新たな決意で構想を練っている。


公選法・大石事件

まして公民権停止は許されない

奈良支部  佐 藤 真 理


 河野善一郎団員の「国際水準からかけ離れた化石判決」(団通信本号)の通り、公選法・大石事件の一審判決は、予想を越える「最悪最低」のものであった。

 河野論文に指摘の点以外にも不当な内容は多岐にわたるが、三年の公民権停止を命じ、現在六三歳の大石議員に次期選挙への立候補を許さず、「政治生命」を事実上奪おうとしている点を重視したい。

 一九六二年参議院選挙以降、約二〇年間にわたって、日本共産党の前進を阻むために「選挙弾圧事件」が全国で吹き荒れ、裁判闘争は約一四〇件にものぼった。この内、現職議員や候補者が戸別訪問、文書違反等で起訴された事件は二九件あるが、有罪(いずれも罰金)とされた二八件の中で公民権が停止されたのは七四年の東京都立川市議選の一件だけで、他はすべて公民権は停止されていない。

 しかるに、本件では、一八名の被訪問者の全員が大石議員の活動と実績を評価する旨を証言し、一審判決ですら「被告人は,本件までに八期市議会議員を務め,各種委員会の委員長等の役職を歴任したほか,熱心に政治活動を続けて,地域社会に頁献してきた」と認めざるを得なかったにもかかわらず、公民権停止を命じたのである。

 担当検事が大石議員に対して取調の中で「議員をやめよ」と再三にわたって迫ったことに見られるように、本件は八期三二年間にわたり住民奉仕を一筋に貫いてきた大石議員の「議席の剥奪」をねらった弾圧事件という点に特徴がある。一審裁判所は、よこしまな警察・検察の狙いに荷担したのであり、断じて容認できない。

 近年、言論表現活動に対する刑事弾圧事件が頻発しているが、その先駆けともいうべき本件においては、是非とも逆転無罪を勝ち取るべく、全国にご支援をお願いしたい。

 最悪でも、控訴審段階で公民権停止を取り消さなければならない。大分、福岡中心の常任弁護団の中で、関西から参加している宇賀神団員と私が控訴趣意書では公民権停止論を担当する。

 過去の議員・候補者の公選法被告事件の起訴状、判決、公民権停止に関する弁論要旨等の参考文献をお持ちの方は、至急、資料提供をいただきたく、ご一報をお願い致します。


二月一七日 全国活動者会議の報告

全団あげて改憲を許さない取り組みを!

改憲阻止対策本部担当次長  山 口 真 美


一 二月一七日、改憲阻止全国活動者会議が行われました

 当日は全国から多数の団員の参加がありました。事務局で確認できている参加者の総数は約八〇名です。全国活動者会議では、活発な情勢の討議が行われ、各地の取り組みの報告についてたいへん充実した報告がなされましたので、その模様についてご報告します。

二 開会挨拶

 最初に坂本修団長から開会の挨拶がありました。坂本団長は、冒頭、自民党が新憲法草案第2次案を作成することを決定したとする新聞報道(東京新聞二〇〇六年二月一六日)にふれました。党憲法調査会会長である船田元氏の発言を紹介し、「草案は妥協しすぎて自民党らしさがない。前文を変え、集団的自衛権や国民の義務・責務をはっきりしたい」など、本気の案で勝負したいとの自民党の意図が指摘されました。

 他方、憲法改悪阻止共同センター全国交流集会(二〇〇五年一二月二三日)での小森陽一氏の発言や海員・全港湾労働者のアピールの例に触れつつ、改悪を阻止する新しい動きのうねりがあることも指摘されました。

 最後に、実に多様な形で各地で団員が動いていること、新しいうねりを作り、新しい発想で動き出していることに確信が持てるという力強い指摘があり、この会議の趣旨について、それぞれの活動から何かを学び、現場に戻っていけるような会議をしたいとの呼びかけがありました。

三 問題提起

 次に、吉田健一幹事長から情勢と運動に関する討議それぞれについて問題提起がありました。

 情勢についての問題提起は次の三点に関しておこなわれました。

(1) 自民党新憲法草案や国民投票法案など改憲を具体化する新たな段階に入ったこと。

(2) 何を目指す改憲なのか。第一に、日本を戦争する国にする、第二に、新自由主義を進める社会の実現を目指す改憲であること。

(3) 改憲の矛盾がますます明らかになっていること。すなわち、米軍再編と日米同盟強化の動きが顕著である。これと連動して、有事法制を具体化させる避難訓練、教育基本法改悪、日の丸君が代など戦争に国民を動員する策動も進められている。こういった動きが国民やアジア諸国との矛盾を深めていること。

 運動についての問題提起のポイントは、次の五点でした。

(1) 九条の会や国際的な九条支持の動きなど、新たな動きがある。各地でどのような取り組みを進めているか。さらに運動を広げるために何が必要か。

(2) 学習会活動も重要である。一人ひとりの団員が学習会・講師活動の取り組みを進めるにはどうしたらよいか。何をどう訴えるのか、その内容を共有し、広げていくにはどうすればよいのか。

(3) 弁護士の間にどう運動を広めるか、各地の取り組みの経験や課題は何か。

(4) 当面の課題として国民投票法案の制定阻止に向けてどう取り組むか。

(5) 改憲阻止対策本部の体制の拡充をどうはかるか。団対策本部への要望は。

四 情勢をめぐる討論

 討議されたテーマは主に三点です。

 第一に、改憲の狙いをどう見るかとの関係で、アジア情勢・世界の情勢の中で改憲の問題を捉えることの重要性が指摘されました。日本がアメリカとともに戦争をする国を目指そうとしているという見方は一致していたと思いますが、それだけではなく日本が独自にアジアでの覇権を目指す国づくりというねらいもあるのではないかという意見やアジア諸国で武力紛争を回避するための努力が進められていることも重視すべきなどの意見が出されました。また、アジアのすべての人の中に日本の侵略戦争への思いがあり、そういった歴史認識を抜きにしてアジアとの連帯はないという発言がありましたが、たいへん重要な指摘だと思いました。

 第二に、国際的な観点から九条問題に取り組むことも必要であるという発言があり、グローバル九条キャンペーンの取り組みが紹介されました。海外から今の九条がどのように見られているかを国民に伝えていく必要があり、前提として、世界の人々にもっと九条の存在を知ってもらう取り組みが必要であるという指摘がなされました。新たな取り組みとして期待されます。

 第三に、新自由主義、下流社会との関係についてです。規制緩和、リストラ、民営化などの具体例を示しつつ、財界のいう自由かつ公正で活力のある社会はすでに始まっているという指摘がなされました。

五 運動をめぐる討論

 冒頭、全労連の西川征矢副議長の報告があり、続けて各団員から各地の取り組みの報告がありました。

 西川副議長の報告

 西川副議長の報告は、憲法改悪阻止共同センターの経験に関するものでした。新しい共同を広げるという運動に一歩踏み出した経験があるからこそ語れる、そういったものが実感として感じられる内容でした。

 西川副議長の報告のテーマは二つ。一つは、新しい分野への共同を広げる経験、もう一つは、共同センターのこの間の取り組みの成果に関してでした。

 第一、新しい分野への共同を広げる経験について。西川副議長は、共同を広げるにあたって一番大切なことは、「自分の正しさを強調するのではなくて相手との違いを認め合いながら、どこに一致点があるかを追求することである」と指摘し、そのためには2つの要件があることを紹介しました。要件(1)、忍耐や我慢。要件(2)、相手がおかれている政治的な立場や難しさをイメージできる能力。この二つが重要であり、勝利する唯一の条件は、国民の多数派を形成することであると強調しました。

 第二、共同センターの取り組みについて。三重・茨城・沖縄をのぞく全国に組織ができ、これまで三回の全国交流集会を開いてきこと、運動は抽象論から具体論へ進んでおり、執行部レベルではなく職場のレベルへ、地方から地域、小学校区のレベルへと草の根の広がりを見せていることが報告されました。

 次に、展望として二点が指摘されました。(1)職場から地域に打って出た時に変化を実感し、職場に戻ってその経験を生かす取り組みができ始めていること、(2)現実の生活の厳しさから、不安や怒りを共感できた時に運動が広がること、この二つです。

 最後に、情勢に変化が生まれているという話があり、連合の大会で九条を変えるという方針を取らなかったことなどを例に挙げ、情勢は運動と関わりながら動いていることをみることが大切だとの指摘がありました。

 各地の取り組み

 様々な取り組みの報告があり、とてもすべてをご報告できませんが、印象に残った報告の中から若干のものをご紹介します。

 まず、各地の九条の会の取り組みに関わっている多くの団員から各地の取り組みについて豊かな経験が次々と報告されました。

 九条の会を立ち上げるという第一ラウンドの運動は一通りやり終えたこと、立ち上げた九条の会をどう継続させていくかという第二ラウンドに入っていること、第二ラウンドでは会の継続のためには工夫が必要という話が共通していました。神奈川からは、工夫としては、音楽・環境・映画など文化と結びつけたところがうまくいっているという報告がありました。

 一例として、大垣(岐阜)での取り組みを紹介します。大垣では、若い人も集まって楽しそうに取り組みがなされているのがたいへん印象的でした。グローバル九Mapキャンペーンと題して、CDを作成したり、キャラクターグッズ、ロゴを作成して販売したり、九にこだわったさまざまな活動に取り組んでいることが紹介されました。特に、「笑いで憲法を語ろう」と題し、美濃にわか、大喜利、MYMYのコント、松健サンバならぬ活憲サンバという歌を作ったりと、参加者がそれぞれアイデアを出して、楽しめる企画がなされていました。なぜできたのかという理由について二点の指摘がありました。第一は、これまで一〇年間の大垣での活動の蓄積があること、第二は、お坊さん、元全共闘の女性、弁護士という三人の世話人がそれぞれ持ち味を出し、相手に結論を押し付けたりせずに、みんなで意見を出し合いながら取り組みを作っていこうとする工夫をしていることでした。

 学習会・講師活動の経験についても各地から多くの報告がありました。一例を挙げると、東京では、青年ユニオンでの学習会の経験が報告され、社会が動いていることと憲法の問題が関連していることを予感的に感じているのではないかという指摘がありました。京都からは、障害者運動に関わる社民党系の人達との交流、若い層への接近などの経験から、憲法を具体的な要求と切り結んだ運動にしていくことの重要性が語られました。また、学習会の参加者からのアンケート結果を示しながら、具体的な学習会の持ち方についての報告もあり、たいへん参考になりました。自民党新憲法草案批判については、条文を示しながら丁寧に説明するのがよいという話が共通していました。

 弁護士会の取り組みについても様々な報告がありました。弁護士会の中には様々な意見がある中、社会正義と基本的人権の擁護をかかげる弁護士会としてどうあるべきかを問いかけつつ一致点を模索していること、練った企画を持ち、関心を持ってもらうようにしたり、市民との交流を取り入れるようにしていることなど、様々工夫が報告されました。 

六 国民投票法案への取り組み

 当面の課題として、憲法改悪のための国民投票法案の制定を許さないたたかいが重要であり、国民投票法案に反対する声を国民の中に広げることが急務であることが指摘されました。あわせて国民投票法案に反対する四・六集会への結集の呼びかけがなされました。

七 行動提起

 最後に、吉田幹事長からまとめと行動提起がありました。

まず、運動を進める視点として以下の四点が示されました。

(1) 情勢やねらいをきちんと議論して、一人一人が改憲を許さない思いを確認し、そこから訴えることが必要。

(2) 憲法の原点を豊かに問い、その中で共感が広がること。

(3) 共同をつくることが大事であり、焦らず、我慢して一致点を追及すること。

(4) くたびれないように楽しくできる工夫や広く結集する中で集まった人のエネルギーを発揮してもらう工夫をすること。

 行動提起は以下の三つです。

(1) 広く国民に改憲反対の世論を広げるために全力を挙げる。

(2) 学習会に団として打って出る。

(3) 当面力を入れるたたかいとして国民投票法案を許さないたたかいを強める。

八 最後に

 二月一七日全国活動者会議は、昨年、自民党が新憲法草案を公表し、今通常国会において国民投票法案の提出・成立がねらわれている情勢の中で、自由法曹団が全団員の力を結集して、改憲阻止への取り組みをさらにより一層強めなければならないとの思いから開催されました。

 各地の団員の取り組みや経験の交流がなされる中で、新たな運動が動き始め、それが着実にうねりとなっていることを実感することができ、明日からの運動への確信を強めることができました。今後の運動の実践に向けて、本当に「元気の出る」集会でした。



ニューヨーク 人権留学日記 2

―人権NGOで働くという新たな弁護士像―

東京支部  土 井 香 苗


 みなさま、こんにちは。東京駿河台法律事務所に所属する土井香苗です(五三期)。昨年八月から、米国はニューヨークにありますNYU(ニューヨーク大学)ロースクールの修士課程(一年間)に留学しています。

 一二月に秋学期(前期)の試験も終わり、一月から春学期(後期)が始まってあっという間に後半戦に突入。ビジネススクール他、修士課程といえど二年のコースが多い中で、法学修士は一年コースなので、光陰矢のごとしです。数ヵ月後に卒業を控える春学期、もちろん「就職」活動も盛り上がります。

 通常のアメリカの学生たちはJDという三年のコースを卒業します。ビジネス系の事務所に入所する場合には二年生のうちに就職を決めてしまう人が多いようです。就職が決まった後、三年生は成績もあまり気にせずのんびり学校生活を楽しんでいる人も多いと聞きます。

 一方、LL.M.生(ほとんどは出身国で弁護士資格を有している)はそもそも一年コースですから、卒業数ヶ月前になって就職活動をしている人が大部分です。一月にはNYUで、外国人LL.M.生に対する集団就職面接会(主にビジネス系)が開かれました。全米各地からLL.M.で学ぶ外国人学生たちが集まり、リクルートスーツに身を包んだ各国からのLL.M.生たちでNYUがごったがえしていました。大手法律事務所や大企業などが百社近くNYUに集まりました。

 一方、公益弁護士を目指す場合には、就職戦線開始が遅いようで、JDの場合にも、LL.M.生と同じように、三年生になってから就職を決める学生が多いようです。先日(二月)、NYUで、大規模な、公益弁護士のための就職面接会が開かれました。これは主にJDを対象としており、全米各地から、公益弁護士を目指すJD生がやってきました。

 ここアメリカでの「公益弁護士」像を見て、うらやましいなあと思うことがあります。それは、就職の際、フルタイムで公益活動をするという選択肢があることです。日本の法律事務所のように、一般事件をこなしながら人権活動もするといういわゆるパートタイム人権弁護士の事務所もあるのですが、弁護士が公益的NGOに雇われるという道もあります。特に、ヒューマンライツ ウォッチ(専従職員約二〇〇名)やヒューマンライツ ファースト(専従職員約六〇名)などの弁護士を中心とする、国際的な人権問題を扱うNGOはとても人気が高く、その競争率たるや相当のものになっています。NYUの学生たちの中でも、人権活動を最も一生懸命やっている一人の学生が大喜びしていたので、どうしたのかと聞いてみたところ、ヒューマンライツ ウォッチに採用されたのだそうです。一年契約だったのですが、それでも天地がひっくりかえるかと言うほど大喜びしていたのが印象的でした。五ヶ国語を操ることができる優秀な学生でさえ、ヒューマンライツ ウォッチのインターンシップに合格できなかったという話もあるくらい、要求されるレベルの高さは並大抵のものではありません。

 彼女が採用されたヒューマンライツ ウォッチは、アメリカ政府が対テロ戦争の名の下に行っている人権侵害等も扱いますが、アメリカのみならず、世界七〇国以上の人権問題を扱います。世界各国の女性の権利、子どもの権利、不正使用のための武器流出問題(the flow of arms to abusive forces)、学問の自由、人権に対する企業責任、国際司法、監獄、薬物、難民などの改善のため、事実調査(ファクト ファインディング)を行って信頼性の高いレポートを発表します。その調査結果をもとに、現地の人権活動家と協力し、アメリカ政府や国連に働きかけます。一九九七年には、地雷禁止キャンペーンのメンバーとしてノーベル平和賞も受賞しました。旧ユーゴスラビアの国際戦犯法廷の求めにより、同裁判所の調査団・検察官と共に調査活動なども行っています。

 最近、国際貢献・国際協力をしたいという若い司法修習性たちから、よく連絡をもらいます。一〇年前、私がアフリカでボランティアをしたころは、若い修習生で第三世界の人々のために働きたいなどという人は全然いなかったのですが、時代は変わったのだと思います。

 残念ながら、日本には、概ね、「国際貢献」のうち、前者「国際」をとると「国際ビジネス」しかなく、「貢献」をとると国内的な貢献つまり人権活動しかないというのが現状ではないでしょうか。若い修習生たちが「国際」と「貢献」のどちらを選択するべきか迷う姿に何度も出会いました。そして残念ながら、迷う修習生たちの多くが「国際」ビジネスをしぶしぶ選ぶのも目撃しました。日本にも、アメリカの国際人権NGOのような場があり、プロフェッショナルとしての(仕事としての)国際的人権活動という新たな弁護士像が彼ら/彼女たちに示せていれば、と悔やまれます。

 日本にもロースクールが設立されて、学生たちの興味と専門性はより多様になると思います。(国際)人権NGOのフルタイム弁護士(インハウス ローヤー)という新たな弁護士像を、日本でも示していく必要があるのではないか、とNYの就職戦線に身を置きながら感じている今日この頃です。



「代用監獄問題」の多義性

―ホリエモン・ケースで考える―

東京支部  後 藤 富 士 子


一 ホリエモンの取調と勾留

 公知のとおり、ライブドア前社長ホリエモンは、東京拘置所に勾留され、特捜検事の取調を受けている。拘置所に勾留されているのだから、「代用監獄問題」はないように思われるが、果たしてそうだろうか?

 従来「代用監獄問題」として語られてきたのは、起訴前の被疑者取調に身柄拘束が利用されることの弊害であった。この見地からすると、ホリエモン・ケースでも全く同じ構図がある。それにもかかわらず、これを「代用監獄問題」と表現するのは、奇異の感を免れない。

 このことからも解るように、「代用監獄問題」と言っても、その意味するところは多義的である。

二 「代用監獄問題」の多義性

「代用監獄問題」として論じられている類型を列記してみよう。

(A説)は、取調官が身柄拘束すること自体を問題にする

(B説)は、Aの弊害としての「自白の強要」

(C説)は、身柄と取調の場所的接近により調書が多数作成され、有罪率九九%という「精密司法」が形成される

(D説)は、警察が未決拘禁執行業務を扱うことは「法の支配」に反する

 このほかにもあるかもしれないが、とりあえずこの四類型について検討する。

三 それぞれの類型についての処方箋

 まず、(A説)について。ホリエモン・ケースで明らかなように、「代用監獄廃止」によっても解決できない。これを解決するには、未決拘禁執行を裁判所の管轄下に置くしかないであろう。

(B説)について。「自白の強要」は、それ自体人権侵害であるが、それによって「虚偽自白」がなされ、誤判を招くという不正義が重なる。しかし、「自白の強要」をなくすには、「代用監獄廃止」よりも「取調可視化」の方が合目的性があり、効果的である。

(C説)について。身柄と取調の場所的遠隔により調書を多数作成できなくすることは、被疑者取調を認める以上、全く制度趣旨に反するうえ、身柄の移送等の実務・費用の負担が大きすぎるから、採用できない。また、「精密司法」といっても、専ら自白に依存しているのだから、これを解消するには、「取調のための身柄拘束」の機能を法的に許容している起訴前勾留を廃止するしかないと思われる。現に、勾留場所として代用監獄が指定されるのは、捜査の便宜に適することを明示的な理由として行われている。この点で、国際法曹協会(IBA)の調査報告書(一九九五年)では、「代用監獄の反人権的な性格が、実務で行われているところの起訴前勾留の特徴から生じているという主張には、根拠があることが判明した」と指摘されている(日弁連編『代用監獄の廃止と刑事司法改革への提言』七〇頁)。さらに、「逮捕後速やかに裁判官の面前に引致される」という原則との関係でも、潜脱的である。身柄を拘束された者を裁判官のもとに引致した後に、警察に拘禁の執行を任せることが原則とされている例は、諸外国に見当たらない。

(D説)について。未決拘禁は裁判官(所)の令状による強制処分であるから、その執行も、本来裁判所の管轄下に置かれるべきものである。一方、警察は、自治体警察であり、裁判所の強制処分の執行を警察に委ねることは「法の支配」に反する。前記調査報告書でも、「代用監獄の問題が、実は日本における法の支配と司法の独立に関わる問題であることが明らかとなる。」「このような制度は、ある意味では、憲法に盛り込まれた英米法的な原則を(独仏の)大陸の法思想を身につけた法律家の目を通して観ていた刑事司法の担当者によってもたらされた。」と指摘されている(同七一頁)。これを解消するには、代用監獄廃止しかないのである。

 以上のように、「代用監獄廃止」が解決策となるのは(D説)においてだけである。他の説は、いずれも他の処方箋によって解決が図られるのみならず、代用監獄廃止によって解消することはむしろ困難と言えよう。

四 IBA調査報告書の提言(前掲書八一〜八二頁)

 IBAの調査は、一九九四年に行われ、翌年には国連大学でセミナーが開催された。これを収録したものが、日弁連編『代用監獄の廃止と刑事司法改革への提言』(明石書店)である。

 IBA調査報告書の提言では、まず、代用監獄を減らしていくことによって廃止すべきであるとしている。

 その上で、仮に代用監獄が現在の形で残されるなら、(1)その管理は実質的かつ有効に分離されなければならない。そのためには代用監獄の管理を法務省矯正局に移管することが不可欠である。(2)代用監獄を監督する独立の機関を設け、被収容者がそこへの不服申立権を持つべきである。(3)国連の被拘禁者保護原則は、ただちに実行されなければならない。とする。

 さらに、代用監獄の存廃に関わらず、(1)起訴前の保釈を認めるべきである。(2)黙秘権に完全な効果を与えなければならない。被疑者がいったん黙秘権を援用したときは、その後に黙秘権が放棄されたことが独立に証明されない限り、その後の取調による自白は、証拠能力を否定されるべきである。(3)弁護人依頼権に完全な効果を与えなければならない。起訴前にも国選弁護人制度を適用すべきである。それが実現するまでは、被疑者に当番弁護士制度を告知し、要求があれば弁護士会の担当者に連絡することを、捜査官の義務とすべきである。この手続が遵守されなかった場合には、取調の結果はすべて証拠能力を否定されるべきである。(4)自白の任意性基準をより厳格にする必要がある。(5)被拘禁者の取扱いは、いつでも裁判所に提出できるような形で、すべて記録するべきである。(6)被疑者の取調は、逐語的に記録するべきである。(7)起訴・不起訴の選択基準は緩和すべきである。(8)裁判官は、司法の独立という観念の実際的運用について、もっと集中的な訓練を受けるべきである。

 最後に、日本は、拷問禁止条約を批准すべきである、としめくくる。

 その後、拷問禁止条約は一九九九年にようやく批准され、起訴前国選弁護制度も始まろうとしている。しかし、IBA調査報告から一〇年余り経過した今日振り返っても、日弁連が取組んでいる「代用監獄廃止」や「刑事司法改革」の課題は変わっていない。今般の未決拘禁法制定にあたり、日弁連は、この報告書を最強の武器として活用すべきである。