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新宅 正雄 非正規労働者と建交労ナック分会のたたかい
〜都労委から全面勝利命令
前川 雄司 保険業法「改正」で自主共済が存続の危機
原野早知子 田中康夫知事時代の長野県政と自由法曹団長野県支部の取り組みを学んで
・・・・大阪法律事務所スタディーツアー報告
中野 直樹 春の忘れもの−山ウドの香りと泣いた尺岩魚
小池 純一 有正二朗先生の早すぎる死を悼む
芝田 佳宜 七月二八日共謀罪学習会 講師・海渡雄一先生
山口 真美 国民投票法案に反対するリーフレットとブックレットのご活用を!
今村幸次郎 『一〇・一九国会要請行動』(団主催)にご参加ください
松井 繁明 真犯人は誰だ!! 親会社の使用者責任を問うシンポジウムのお知らせ




非正規労働者と建交労ナック分会のたたかい

〜都労委から全面勝利命令

東京支部  新 宅 正 雄

 東京都労働委員会は、〇六年六月六日、株式会社ナックに対し、組合の存在を否定し、組合加入を牽制し、組合脱退工作をしてはならないと命じました。この全面勝利命令に至る経緯について、報告いたします。

 私は、〇五年の春、A氏から「組合を作りたい」という相談をうけました。「次々と契約条件が一方的の変更される」「上司に話し合いを求めても埒が明かない」「会社には長く居たいので、組合を作って、職場環境の改善に取り組みたい」というのです。会社は、ダスキン事業や飲料水の製造販売などを経営する東証1部の上場企業であり、従業員一七〇〇人の半数が外務員と呼ばれる個人請負契約で働く非正規労働者です。かくして、A氏の労働組合結成のため活動が、開始されました。

 正規及び非正規労働者数十名が参加して、〇五年一一月二七日に全日本建設交運一般労働組合東京都本部(建交労)ナック分会(以下「組合」)が結成されました。組合は、会社に対し、二八日に組合結成通告と団体交渉の開催を申し入れました。

 これに対し、会社は、組合結成通告を受けてから、団交を拒否したうえ、僅か一週間を経過した時点で、会社のトップである寺岡社長及び西山会長らが短期間に集中的に組合壊滅を図りました。一二月五日、会社幹部は、A委員長及び坂本書記長に対し、「どうせ労働組合をつくるのなら違うところの方がいいじゃないか。」「建交労だけはやめてくれ。」などと組合脱退工作を行い、寺岡社長は、店長会議を招集して、「私は断固、この組合は排除します。」などとナック分会の壊滅を指示し、組合に対抗する「従業員会」の設立と支援を全従業員に通告しました。

 そこで、組合は、〇五年一二月六日、都労委に救済の申立てを行いました。

 一二月一〇日の従業員会設立大会において、寺岡社長は、「私は一命を賭しても、この団体(組合)とたたかうつもりでございます」と述べ、西山会長も「寺岡の敵は絶対許さない。建交労と言えど、許さない。命をかけて私はたたかいます。」などと組合壊滅を指示しました。

 正規社員である副委員長に対しては、一二月二三日に居酒屋で脱退工作をしたうえ、副委員長宅での新年会を提案し、寺岡社長が花田専務と共に〇六年一月七日に副委員長宅を訪問し、「団体交渉には出ないでくれ。」「組合員は誰がいるんだ。僕を信じてくれ。組合をやめてくれ」などと組合脱退工作をしました。

 また、会社の幹部は、三月三日、横浜営業所の組合員らに対し、「お前ら、脱退届の方は出したのか、Aに出してもだめだぞ。まだ出していないのか。」などと電話を架けました。

 会社は、都労委による二度にわたる自粛勧告にも拘らず、以上のような組合脱退工作を行いました。そのため、複数名の組合員が組合脱退を余儀なくされました。

 都労委は、外務員は労働組合法上の労働者であること、会社の行為は支配介入の不当労働行為に当ることをそれぞれ認定し、会社に対し、組合の存在を否定し、組合加入を牽制し、組合脱退工作をしてはならないと命じ、その旨の誓約文を会社内に二〇日間掲示することを命じました。会社が再審査を申立てたため、中労委で審査中です。

 なお本件は、鷲見賢一郎団員、生駒巌団員、松本恵美子団員とともに取組んでいます。



保険業法「改正」で自主共済が存続の危機

東京支部  前 川 雄 司

 二〇〇五年四月二二日、保険業法の一部が「改正」され、二〇〇六年四月一日から根拠法のない共済にも原則として保険業法の規制が及ぶこととされた。

 共済は、一定の地域または職域等でつながる者が団体を構成し、将来発生するおそれのある一定の偶然の災害や不幸に対して共同の基金を形成し、これらの災害や不幸の発生に際し一定の給付を行うことを約する制度とされるが、そのなかには、根拠法のある共済(いわゆる制度共済)と根拠法のない共済(いわゆる無認可共済)がある。

 根拠法のある共済は、従来から保険業法の適用を受けていないが、他の法律による規制を受け、主務官庁の監督を受けて事業を行っている。たとえば、農業協同組合(JA農業協同組合法)、全国労働者共済生活協同組合連合会(全労済 消費生活協同組合法)等が行う共済がこれに該当する。

 根拠法のない共済は、特別な根拠法に基づかずに設立された任意団体等が共済事業を行っているものである。これらは、特定の者を対象としているとして保険業に該当しないと解釈され、保険業法の適用を受けないものとされてきた。根拠法のない共済については、自発的な共助を基礎とするものであり、その契約者を保護するための規制は基本的に必要ないとされてきたのである。

 ところが、在日米国商工会議所は二〇〇三年八月の意見書で「無認可共済は遅滞なく金融庁および保険業法の管理下におかれるべきである」とし、「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」(二〇〇四年一〇月一四日)は「全ての共済に民間競合会社と同一の法律、税水準、セーフティネット負担条件、責任準備金条件、基準および規制監督を適用することにより、共済と民間競業会社の間に同一の競争条件を整備する」ことを要望し、社団法人生命保険協会は「保険業法による一元的な規制を行うべきである。仮に、保険業法を適用することで不都合が生じる場合には、経過措置を設け、既存の無認可共済を保険会社へと育成することで対応すべきである」との意見書(二〇〇四年一〇月二七日)を提出した。そこに米日の巨大保険業界の要求が現れている。

 そして、二〇〇四年一二月一四日に取りまとめられた金融審議会金融分科会第二部会報告は、構成員が真に限定されるもの(小規模な共済や企業内共済等)以外の共済について、契約者保護の観点から保険業法が適用されるべきであるとし、これをふまえて今回の保険業法「改正」が行われた。

 「改正」前の保険業法においては、保険業は「不特定の者を相手方として、保険の引受けを行う事業」と定義されており、特定の者を相手方として保険の引受けを行う事業については保険業法の適用はなかったが、「改正」保険業法は、保険業法の適用範囲を契約相手方の特定・不特定で区分することをやめ、保険の引受けを行う事業について原則として保険業法を適用することとしつつ、保険業法を適用する必要がない団体を除外することとしたのである。

 「改正」保険業法が定める適用除外団体は次のものである。

(1) 根拠法のある共済

(2) 地方公共団体がその住民を相手方として行うもの

(3) 会社等がその役職員等を相手方として行うもの(いわゆる企業内共済)

(4) 労働組合がその組合員等を相手方として行うもの

(5) 会社が同一の会社の集団に属する他の会社を相手方として行うもの

(6) 学校等がその学生等を相手方として行うもの

(7) 地縁による団体(町内会等)がその構成員を相手方として行うもの

(8) (2)から(7)に準ずるものとして政令で定めるもの

(9) 政令で定める人数(一〇〇〇人)以下の者を相手方とするもの

 「改正」保険業法施行の際(二〇〇六年四月一日)、現に保険の引受けを事業として行う共済事業者で、適用除外団体に該当しない者は、原則として「改正」保険業法施行日から六か月以内(二〇〇六年九月三〇日まで)に行政庁へ事業内容等の届出をしなければならず、この届出義務に違反すると一年以下の懲役または三〇〇万円以下の罰金に処すとされている(「改正」保険業法附則一九条)。

 また、「改正」保険業法施行日から二年以内(二〇〇八年三月三一日まで)に株式会社または相互会社を設立し、少額短期保険業者の登録または保険会社の免許を受けなければならない。少額短期保険業は「保険業のうち、保険期間が二年以内の政令で定める期間以内であって、保険金額が一〇〇〇万円を超えない範囲内において政令で定める金額以下の保険のみの引受けを行う事業」とされている。つまり、「保険業」を続けるためには、二〇〇八年三月三一日までに少額短期保険業者か保険会社のいずれかにならなければならないのである。

 少額短期保険業者であっても、登録にあたって一定の基準を満たしていないと登録を拒否され、また、事業開始にあたって一定の保証金の供託や、資産運用、保険募集、情報開示などにおいて保険業法に基づく各種の規制が適用になる。

 さらに、二年間の移行期間中は、募集規制等が課されるほか、行政庁の検査・監督の対象とされる。

 総務省行政評価局の「根拠法のない共済に関する調査報告書」(二〇〇四年一〇月)によると任意団体等による共済として全国で一六六団体に対し実地調査を行い、その他に調査への協力を得られなかった団体が五〇団体あったとのことである。この「改正」保険業法が適用されると多くの共済が存続の危機に立たされることになる。すでに知的障害者の互助会やPTAの安全互助会などの存続の危機が新聞で報道されている。日本弁護士連合会や単位弁護士会も共済事業を行っており、適用除外を求める意見書を金融庁に提出するなどの取り組みを行っている。

 「改正」保険業法は契約者保護を理由としてあげているが、それによって健全な自主共済まで存続できなくなることは本末転倒であろう。

 そこで、これらの規制が適用されるか否かが重要な問題となるが、第一に、そもそも保険とは何かが問題である。共済の中には保険と実質的に同質なものとそうでないものとがあるという理解が一般的とされているが、保険契約法、保険監督法、税法等さまざまな法分野で保険という概念が用いられているにもかかわらず、どの分野においても、保険を実質的に定義する法律規定はなく、解釈に委ねられているという。

 また、仮にその共済が保険に該当するとしても、保険業法の適用除外の範囲が問題となる。金融審議会金融分科会第二部会報告は「構成員の真に限定されるものについては、特定の者を相手方とする共済として、従来どおり、その運営を専ら構成員の自治に委ねることで足り、規制の対象外とすべきと考えられる」とし、新川浩嗣編著「無認可共済の法規制−保険業法改正のコンメンタール」は適用除外の具体的要件について「(1)団体の構成員相互間にきわめて密接な関係があることが社会通念上明らかであること、(2)保険の引受けを行う主体(保険者)と契約者の間にきわめて密接な関係があることが社会通念上明らかであること、(3)団体の構成員に保険への加入を主目的とした構成員がいないことが明確であること、との要件を満たす団体である必要がある」としている。

 しかし、前述の適用除外の(1)〜(7)、(9)に該当しない団体は(8)によって政令で定められることが必要とされ、金融庁は適用除外を認めようとしないところに大きな問題がある。

 各共済事業団体は九月末までの届出についての対処をしなければならないが、適用なしと判断して届出をしなかった場合、罰則規定を含めて当局側の対応が問題となる。



田中康夫知事時代の長野県政と自由法曹団

長野県支部の取り組みを学んで

・・・・大阪法律事務所スタディーツアー報告

大阪支部  原 野 早 知 子

 七月二日、私たち大阪法律事務所とつながりの深い東大阪市で、長尾淳三氏が市長に返り咲いた。長尾氏は一九九八年に市長に当選したが、その四年間は、野党が多数を占める議会の存在もあり、革新市政の成果を市民に見えるものとして呈示することが困難だったと思う。今回、再度実現した革新市政に対し、私たちが法律の専門家集団として、どのようなサポートをすることが可能であろうか。急遽、田中康夫前知事の県政下で様々な活動をしてきた自由法曹団長野県支部へのスタディーツアーが企画された。

 八月一一日、福山孔市良・長野真一郎・城塚健之・原野早知子・中原修の各弁護士と、吉田光範事務局長、長野先生の奥様の七名の参加者は、学ぶ意欲と美しい信州の自然への期待に燃えて(実は、スタディーツアーとともに山歩きが企画されていた)、新幹線に乗り込んだのである。

 長野県支部では、支部長の松村文夫先生、上條剛先生、松村先生の事務所の事務局の方が、忙しい中、時間をとってくださり、しかも、豊富な資料を提供して下さった。

 以下に述べるように、長野県支部は多彩な取り組みをしているのであるが、それは、田中県政になってから突発的に始まったのではなく、長年の県政についての取り組みの延長線上にある。

 松村先生は、二回知事候補になったことがあり、その際の反省点を踏まえて、「県政研究会」を立ち上げ、選挙のたびに、「どうなってるの長野県政」というパンフレットを発行してきたそうである。田中県政について、臨機応変に取り組むことができたのも、このような基盤があってこそだったといえよう。

 長野県支部は、田中県政の顧問であったわけではないが、県政上の重要な問題について、従前の活動の蓄積を活かし、ダム問題・脱記者クラブ宣言・知事の百条委員会での発言への告発について等、各種県政上のテーマについて、法律家としての意見を度々発表するなどして、田中県政を側面から支援してきたのである。

 松村先生の「分析も弁護士の重要な仕事です」という言葉が印象に残る。

 田中知事といえば、「脱ダム宣言」である。

 脱ダム宣言により、長野県下で進行中だったダム工事(全てについて、団員の弁護士が代理人となり、建設阻止のための裁判闘争をしていた)は、全て中止された。

 ところが一方、県職員らが、ダム工事を中止した場合について、「補助金返還等により長野県の負担は二〇〇億円になる」「(施工企業への)損害賠償が一年で一億五〇〇〇万円かかる」などと説明していた。

 長野県支部では、ダムについての契約書や「公共工事標準請負約款の解説」等を検討した結果、「補助金の返還は必要ないこと」、「損害賠償は県職員がいうような巨額のものとはならないこと」を緻密に論じた「見解」を発表した。(詳しくは、松村先生が団通信一〇七六号に寄稿されている。)

 現在、新幹線新駅中止を公約にして当選した滋賀県知事が、早速、同様な問題で、市町村やJRとの軋轢にさらされているが、滋賀県の団員吉原稔先生からも、長野県支部に資料提供を求める要請があったとのことだった。

 長野県支部が、様々な県政上の問題に関する「見解」を発表する都度、長野県の九〇%以上の世帯が購読している信濃毎日新聞に掲載されるなどして、団の存在感を示したとのことである。

 田中県政の下では、現在日本中で問題となっている談合問題についても、極めて先進的な取り組みがなされた。

 田中知事誕生以前の長野県では談合が蔓延しており、その結果、予定価格に対する落札価格の割合(落札率)は、談合に失敗したと思われる一例を除き、九六・八%から九九・九%という有様であった。

 田中県政のもと、「長野県公共工事入札等適正化委員会」が設置され、上條先生もその一員となった。

 適正化委員会では、談合が行われないよう、次のような徹底的な政策を提言し、これが実施された。

(1)指名競争入札・指名業者の公表をやめ、誰でも参加できる一般競争入札を行う(不適正な業者が参入するのを防ぐため、一定の資格要件を設ける)

(2)入札会場で談合が行われるのを防止するため、郵便による入札を実施

(3)入札参加資格要件の審査は、事後審査方式とし、落札者が要件を満たさない場合は、次順位の価格による入札者を審査することにより、コストを大幅削減

(4)談合発生の温床となりやすいJVは、入札参加の要件としない

(5)天下り規制の強化

(6)工事の質確保のため検査回数を大幅に増加。落札率低下により予算が節約できるので、それで検査要員を三〇人採用して検査に当たらせる。

(7)工事丸投げの禁止の徹底

 適正化委員会の中には、「とにかく工事が安くできればよい」という見解の委員もいたが、上条先生は、公共工事の労働者の労働条件の保障や工事の品質の確保等の観点からこれに反対し、入札参加の資格要件を定めたり、工事の検査を強化するなどの政策を主張し、実現させてきたとのことであった。

 これらの政策実施により、長野県では談合は現在はなくなり、落札率は七〇%台前半から八〇%強に減少し、入札差金(予定価格と落札金額の差額)は、平成一五年度だけでも二九三億円と、談合が蔓延していた時期の約一〇倍となった。また、談合ができないので、指名業者となるための手段である天下りもなくなってしまったとのことである。

 いずれも、極めて合理的な政策であり、学ぶところが大きかった。

 このような成果が、田中康夫氏の落選によって元の黙阿弥になることがないよう祈るばかりである。

 このほか、私たちをうならせたのが、長野県支部の支部活動のレベルの高さであった。

 長野県は大きく四地域に分けられるそうだが、長野県支部では、三ヶ月に一回ずつ、この四地域を回りながら合宿をし、地域の問題を学習するとともに、現在各団員が抱えている裁判について意見交換などをしているそうである。

 考えてみれば、私など、事務所とつながりの深い地域以外の、大阪府あるいは大阪市全体の問題については、極めてうとい。大阪支部においても、長野県支部が行っているような取り組みを、何らかの形で実現できればと思った。

 私は都合で一泊のみだったが、諏訪湖畔のホテルで、久しぶりに打ち上げ花火を楽しみ、充実したツアーだった。

 お忙しい中、大量の資料を揃えて有意義な話を聞かせて下さった長野県支部の皆さまに、この場を借りて、再度御礼を申し上げます。



春の忘れもの−山ウドの香りと泣いた尺岩魚

東京支部  中 野 直 樹

 岩手県北上市。北上川の名の由来の町である。いや由来関係は逆かもしれない。この町と、奥羽山脈をはさんだ秋田県横手市は線路によって結ばれてきた。北上線という。気動車が、盆地の田園を風景に走り、上り勾配になってくると、北上川の支流・和賀川が形成した扇状地となる。その扇の要近くにある駅が和賀仙人である。和賀川はこの少し上流で、湯田ダムによって閉じられ、錦秋湖を造る。北上線はしばらく右岸のトンネルを経たあと、錦秋湖の湖上に浮かぶ風物となる。

 和賀川の本流は、奥羽山脈に沿って北上し、和賀岳に突き上げる。今年三月、NHKの番組「緑の魔境」で、和賀山塊に樹齢一〇〇年以上の巨樹群が根を張る秘境がカメラにとらえられていた。

 ことし六月はじめ、岡村親宜団員の運転する四輪駆動車が、錦秋湖に注ぐ廻戸川の右岸沿いの林道を慎重に辿る。右側は深く切れ込み、谷底ははるか眼下に細い線となっている。林道は荒れ、左の崖が崩れたり、根こそぎ倒れた木が横たわっていたりして難儀である。車を岩にこすらないように注意もしながら右に左にとややこしいハンドルさばきを強いられている。助手席の大森鋼三郎団員がもう少し右、もっと左に寄せてと指示をとばし、ところどころ降りて大石をずらしながら、車を進めた。黒ずんだ枯葉をかぶった残雪が次第に道を占領し始め、とうとう、崩壊した土砂と雪が林道の真ん中に堆く積み上がり、これ以上の車輌の進行は断念となった。一〇数年前の記憶をたどると、入渓点まであと歩一時間弱と見込まれた。

 梢の若葉が陽光に映え、下から響き上がる瀬音が耳に心地よい。目的とした橋の手前で川に下った。実に久しぶりの出会いである。かつて幾度となく足を運び、その魚影の濃さを堪能した。この川はしばらくザラ瀬が続き、やがて二又となる。左手の沢は、二〇分も遡行すると、三面の岩盤が数十メートルそそり立ち、岩の割れ目から水が噴き出している絶景の地で行き止まった。右側の沢は、最源流域のちょろちょろとした水量のところまで岩魚が跳ねたものである。そんな思い出を語り合いながら、流水をすくって顔や首筋の汗をぬぐった。まだ手がしびれるくらいの水温である。山はまだ雪解けの季節である。

 大森さんは、毛鉤の仕掛けで装着が早く、気ぜわしく釣り上がり始めた。私は、岡村さんから、庭で養殖しているというミミズを分けてもらい、川幅一杯に流れる水量をみながら、錘の大きさを決めた。大森さんの後を追う。平瀬のところどころにあるポイントに餌を流すが、反応はない。五〇メートルほど進んだところで、左岸から小沢が流れこんでいるのに気付いた。入り口には、本流から打ち寄せられた石砂が盛り上がり、ブッシュがかぶり、三〇センチメートルほどの沢幅に申し訳程度の水量である。この貧相な門構えでは通常釣り人からは相手にされない。ところが渓は不思議なところである。地表を流れる水とともに地下を流れる伏流水がある。私はこの小さな流れに、秘めやかに棲息している岩魚のにおいを感じた。後ろを振り返るが岡村さんの姿が見えない。キジ討ちかも知れない。そこで入り口の小枝を折って、ここに入ったという印として、入り込んだ。

 左に右に蛇行する小沢は、入り口から二〇〜三〇メートルは、朽ち木が川面を覆い、竿もさせない。しかし次第に水量が増え始め、次に左に曲がるあたりから、落ち込みが現れた。そっと仕掛けを振り込むと、待っていましたとばかりに、ツンツンと手元に当たりが伝わってくる。エイと合わせると二〇数センチの岩魚が水しぶきをあげて宙に舞った。そこから先は、四尾、五尾と連続しての釣果に時の感覚を失って夢中となった。

 やがて沢は右岸から滝となり、行き止まった。下流に立つ者からみて、左手から落ちる滝が真横から見られる珍しい構図である。三メートルほどの高さから岩肌を伝って流れ落ちる水は細糸と粒子となり日の光に溶けこんで真っ白に輝いている。手前の黒光りする岩盤には深い緑の苔がむし、そこに絶え間なく清冽な水が滴る様子は、これぞ自然の美と見ほれるものであった。

 滝下から二段の落ち込みとなっている。手前のポイントの泡が消えるあたりに餌を投じた。緊張の一瞬。ぐっと引きがきた。竿をその方向にゆるめ少し引かせて慎重にあわせを与えた。騙されたことに気づいた岩魚は必死の逃げをはかり竿先が川面にむかって鋭く孤を描いた。私は泳がれまいと、竿の復元に合わせて一気に抜き上げると、頭のでかい岩魚がくねくねと躍り出た。そのまま岸辺に落とし、必死に跳ねる岩魚を両手でつかまえ上げた。その瞬間、岩魚は、きゅっと啼いた。

 うす緑色の斑点が鮮やかな美しい岩魚であった。三二センチを示す目盛りをみて、誰もいない沢で、興奮の声を上げた。

 下ると五分足らずの小沢から本流に戻り、大森さん、岡村さんを追いかけた。雪渓が川を覆っていた。わずかに開いた亀裂を、岡村さんがカニの横ばいのようになりしっくはっくしながら通過している。その背のザックの口からウドの葉がのぞいていた。

 岡村さんと大森さんの釣旅は四半世紀となる。生き餌を食わせて釣り上げる餌釣りと、疑似餌を見せ金とする毛鉤釣りのどちらがより詐欺的であるか、は二人の永遠の論争テーマである。しかし、本日は、どちらも詐欺師の本領を発揮できなかったようである。 

 ほどなくV字渓となり、両側から落ちてできた雪渓が川に被さり、流水の上が二〇メートルほどの長さの雪の洞となっている。ここで納竿し、おむすびとソーメンとビールの食卓となった。飯場のすぐ上の斜面はウドの群生地であった。山ウドの香りとほろ苦さを口に含みながら、北国の遅い山春を味わった。



有正二朗先生の早すぎる死を悼む

東京支部  小 池 純 一

 二〇〇六年八月一八日、当事務所の有正二朗先生は、膵臓癌により五七歳の生涯を閉じられました。先生の三〇年以上に及ぶ弁護士人生を考えると、登録一〇年足らずの私が先生の追悼文を書くことはあまりに荷が重く感じます。ただ、最後の時期を同じ事務所で親しく接していただいた者として、私なりの追悼の思いを記すことといたします。

 有正先生は、一九七五年に弁護士登録され、旬報法律事務所に入所されました。労働事件を先進的に取り組む事務所のメンバーとして、多くの労働事件を手がけられたほか、多摩川水害事件、日本坂トンネル事件などの集団訴訟事件の弁護団員として活躍されたことを聞いています。幾つかの労働組合とは、個別事件だけでなく組織的な相談も受ける関係が最後まで続くこととなりました。「ぼくは半分オルグだから。」とおっしゃっていましたが、労働事件に向き合う姿勢を示されていたと思います。

 先生の活動の両輪のもう一つが弁護士会活動でした。早くから弁護士会活動にも取り組まれ、様々な委員会で積極的に活動してこられました。

 一九九四年、設立メンバーの一人となって日比谷シティ法律事務所を立ち上げられました。私が先生と同じ事務所で過ごした八年あまりは、司法改革のうねりのただ中でした。二〇〇一年には、司法制度改革審議会の最終意見書公表を受けて内閣に司法制度改革推進本部と各検討会が設置され、二〇〇四年までに司法改革関連の多くの法律が成立していく時期でした。

 この間、先生も、二〇〇二年度の東京弁護士会副会長を務められたほか、日弁連でも、司法改革関連組織の中心的メンバーの一人として奮闘されました。二〇〇四年度司法改革実現本部事務局長、二〇〇五年度司法改革総合推進会議事務局長と歴任されました。

 先生は、常々ご自身のことをリアリストだとおっしゃっていました。司法改革についても、視点を定めて情勢を常にリアルな目で分析し、市民の司法という観点からできる限り多くを獲得すべく最大限の精力を傾けておられました。最後の時期の司法改革総合推進会議事務局長のときも、多方面にわたる各委員会の問題意識や議論の正確な把握をし、全体的分析を行い、議論を整理して実行に繋げていく、非常に難しい職務であることは端で見ていても明らかでした。

 酒をこよなく愛する先生でした。酒席をともにすることは数多くありました。様々な思いをお聞きし、あるいは語り合う心楽しい酒席でした。まれに先生がふと黙り込むこともありました。時々に思い返していましたが、それは、私の発言に他人に対する配慮が足りないとき、言い換えれば、優しさのない発言をしたときであることに気づかされていました。

 常に、周囲の人々すべてに細やかに心配りされる先生でした。事務所内でも弁護士や事務局員一人一人のことを最も考えておられました。東京弁護士会の副会長を務められたときも、職員の一人一人に目配りをし、五年後、一〇年後の弁護士会を見据えて職員と接しておられる姿勢が、明確に分かりました。副会長の任期終了後も、しばしば職員から飲みの誘いの電話が入るなど非常に慕われていました。

 そして、クラシック音楽への造詣が非常に深い先生でした。先生のお宅を訪問すると、クラシックのレコードやCDが膨大にありました。私はクラシックが全く分からず、この点において語ることができません。私が知っていたのは、その膨大なCDの中に一枚だけあったアメリカのブルースシンガー、ジャニス・ジョップリンでした。少し驚いて指摘したところ、「可愛いじゃないか。」とおっしゃっていたことを思い出します。

 先生とは入所以来、多くの事件でご一緒しました。頼りない後輩で多くの失敗もしましたが、教え諭されることはあっても、怒られることはありませんでした。先生は、どんなに小さな事件であっても、常に多くの考慮をめぐらせ明確な方針を出されていました。「説明が下手でごめんな。」とおっしゃりつつ事件について説明されるのを、頭をフル回転させつつも半分も理解できていないことを痛感する日々でした。もう少し先生の考えや思いを吸収する力があればと、今となっては戻らない日々を幾度も振り返らざるを得ません。

 先生は、昨年一一月に入院となりました。癌が分かったとき、先生は、病気と向き合って残された人生を過ごすことを覚悟され、最後までそのように生きられたのではないかと思っています。一旦、退院されましたが程なく再入院となりました。今年四月、長男貴之さんが高校を卒業され、小さい頃からの念願の鉄道マンになるべく進学されました。二年後の就職の晴れ姿を奥様とともにご覧いただきたいと強く願っていましたが、遂に叶いませんでした。

 あまりに早すぎる死でした。これからの日弁連を支える一人であることを多くの方から期待されていましたし、先生もそのことを常に考えておられたと思います。事務所にとっても、先生がどんなに大きな存在だったか、先生を失った今、大きな喪失感として思い知らされているのは、事務所メンバーみな同じだと思います。再入院された頃、復帰したら一緒にもう少し事件をやってみたいとおっしゃっていただいていました。その後、退院することなく逝かれたことが無念です。

 しかし、今はゆっくりとお休みになられることを願っています。

 有正二朗先生のご冥福を心からお祈りします。



七月二八日共謀罪学習会 講師・海渡雄一先生

東京支部  芝 田 佳 宜

 単に私が不勉強なだけだったのかも知れませんが、共謀罪の問題も、規制緩和問題や憲法九条改変問題と同様「なんとなく」(きちんとした理論的説明なしで)語られているだけのような気がしていていました。「共謀罪ができれば、冗談を言っただけで犯罪!?」という類のキャッチコピーは目にしたことがあったのですが、どのような経緯で共謀罪が必要であると主張され、共謀罪ができることでどのような問題が出てくるかということについて、あまりにも分かっていませんでした。そこで今回、共謀罪の第一人者海渡雄一弁護士が講師をされるということで、普段は参加することが少ない学習会に参加することにしました。

 私が理解したところによると、共謀罪は、日本の国会が承認した「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」を批准するために必要であり、昨今はやりのテロ対策にも有効である、というのが政府が主張するところであるが、(1)テロは上記条約の対象外である、(2)批准するには各国の意思表明だけで足りる、(3)日本の法体系によれば、既に重大犯罪は予備段階で取り締まることができるので、あえて共謀罪を立法する必要に乏しい、ということでした。

 海渡先生の話は盛りだくさんで、諸外国との比較、前回の自民党による民主党案丸飲み事件のウラ話(?)、国会議員に対するファックス攻撃の有効性、国連作成の立法ガイドの問題(英語の誤訳問題)など様々でした。

 新聞などを見ていても表面的な情報しかない(ように思われる)ので、今回のような、最先端の話をとても興味深く思うとともに、「大本営発表」の欺瞞を見抜くためにも日頃の研鑽の重要性を再認識することのできた有意義な学習会でした。



国民投票法案に反対するリーフレットとブックレットのご活用を!

改憲阻止対策本部担当次長  山 口 真 美

一 リーフレット「国民投票法反対読本」、ご好評につき大量増刷しました

 リーフレット「国民投票法反対読本」の初版が一週間で完売いたしました。当初の予想をはるかに超える好評をいただき、急遽、増刷いたしました。

 リーフレットは、国民投票法案の問題点を分かりやすく指摘したもので、A4版のフルカラー両面刷りです。二つ折りにして文庫本風に配布できます。

 国民投票法案は今秋の臨時国会での成立が狙われており、たたかいは正念場を迎えています。国民投票法の危険性を広く国民に訴え、法案の成立を阻止する運動を大きな波にしていくために、法案の危険性を訴える宣伝ツールとして、ぜひ、大量にご活用ください。

 なお、増刷以降の価格については次のとおりとさせていただきました。

* 一枚一〇円です(郵送費別)。一〇〇〇部以上の場合は送料無 料。一万部以上の場合は一枚八円です。

* 御注文の順に発送いたします。ぜひ、お早めに御注文ください。

二 ブックレット「国民投票法=改憲手続法案の『カラクリ』」ただいま発売中

 国民投票法案を題材にしたブックレット「国民投票法=改憲手続法案の『カラクリ』」(学習の友社)が発行されました(A5版)。

 リーフレットとともに、国民投票法案の問題点を国民に明らかにし、廃案に追い込む運動を広げるためにご活用ください。

* 第一部 「国民投票法(改憲手続法)案を読み解く」(坂本修 団長著)

* 第二部 Q&A 国民投票法(改憲手続法)

          ―「壊憲」のための七つの「カラクリ」



『一〇・一九国会要請行動』(団主催)にご参加ください

事務局長  今 村 幸 次 郎

 自民党新総裁・首相の最有力候補とされている安倍晋三氏は、現行憲法の全面改訂、「ともに汗をかく」日米同盟体制の強化・確立、集団的自衛権行使の容認、愛国心を強制し政府の介入を無制限に認める教育「改革」、「構造改革」路線の継承とさらなる競争社会への基盤整備などを「政権公約」としています。

 そして、このような新政権のスタートとなる臨時国会が、九月二六日に開催されようとしています。新聞報道によれば、会期は一二月一五日までの八一日間という長期戦で、教育基本法「改正」、国民投票法案、共謀罪新設法案、防衛省昇格法案などの重大悪法の成立が目論まれています。

 とりわけ、安倍氏が、「戦争する国」「弱肉強食の国」づくりに向けて、国民投票法案と教育基本法「改正」を重視していることは重大で、私たちは、何としてもこれを阻止しなければなりません。

 そこで、自由法曹団として、来る一〇月一九日(木)午後三時から五時、国民投票法案と教育基本法「改正」反対の国会要請行動を行なうことといたしました(集合場所等は別途ご案内いたします)。

 重大局面を迎え、私たち自身の積極的かつ具体的な行動が求められています。是非とも多数のご参加をお願いいたします。 

 なお、九月二六日の国会開幕日には、国民大運動、共同センターなどによる昼デモ及び院内集会(一二時一五分、日比谷公園霞門集合)が予定されていますので、こちらにも是非ご参加ください(ただし、同日午後一時から団本部で改憲阻止対策全国活動者会議が行われますのでご注意ください。昼デモ参加後、団本部に急行すれば会議に間に合う?!)。

 また、共謀罪反対の取り組みとしては、全労連・救援会・団の三者で、一〇月一二日午前一一時から国会要請行動を予定しています(団通信本号一四頁参照)。こちらの方もよろしくお願いいたします。



真犯人は誰だ!!

親会社の使用者責任を問うシンポジウムのお知らせ

東京支部  松 井 繁 明

 大企業は、小会社や関連会社を利用して「リストラ人滅らし」を進めてきました。本来、大企業や親会社は、労働者の雇用や権利を守るうえで重要な役割を果たすべきですが、最近、責任逃れをしており、それを許す判決が目立っています。このままでいいのか。大企業や親会社の使用者責任はどうあるべきか。運動の方向を見すえながら深め合うシンポジウムです。

内 容  親会社の責任を問うたたかいの報告

       JMIU高見沢電機・通信労組・仲立証券ほか

     親会社に責任を果たさせる重要性について

       JMIU・自由法曹団

     「使用者責任」について・・・問題点と打開の方向

       道幸哲也 北海道大学教授 

日 時  一〇月八日(日)午後一時〜四時三〇分

会 場  東京しごとセンター(飯田橋駅から、徒歩約七分)

主 催  真犯人は誰だ>親会社の使用者責任を問うシンポジウム実行委員会

     (全労連・自由法曹団・JMIU・通信労組・MICほか)

連絡先  JMIU 〇三─五九六一─五六〇一