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今村 幸次郎 二〇〇六年「北陸・能登」総会の報告
新垣  勉 沖縄県知事選挙の状況
井上 正信 北朝鮮経済制裁決議(一七一八号)は、船舶検査を容認しているか
大久保 賢 一 北朝鮮の核保有をどう阻止するか
中野 直樹 栗駒のブナの森に求めた岩魚の楽園(二)
毛利 正道 日本の核武装を許さないために
パンフレットを発行しました
安倍政権=地上に現れた「地下政府」?
─戦争と平和・人間の根本問題を考える─




二〇〇六年「北陸・能登」総会の報告

事務局長  今 村 幸 次 郎

 一〇月二二・二三の両日、石川県七尾市の和倉温泉で、自由法曹団の〇六年総会が開催され、四一一名(弁護士三一六名、事務局員八二名、その他一三名)が参加した。

 総会は、宮西香(北陸支部)、迫田学(福岡支部)、田中隆(東京支部)の各団員が議長団となって進められた。

 今年の総会には、プレ企画で来日された韓国民弁のソン・ホチャン事務次長、クオン・ジョンホ米軍問題研究委員長にもご参加いただいた。

 坂本団長の開会挨拶、地元北陸支部の菅野昭夫団員の歓迎の挨拶に続き、韓国民弁・クオン・ジョンホ弁護士、金沢弁護士会・木梨松嗣会長、全労連・岩田幸雄副議長、国民救援会中央本部・鈴木猛事務局次長の各氏から来賓としてのご挨拶をいただいた。

 引き続き古稀団員の表彰が行われた。本年度の古稀団員は一一名で、出席された四位直毅団員からご挨拶を頂いた。四位団員は、「やりがいのある時代がきましたね」「大輪の花開く世紀にしよう」「頭をあげて」「志を高く」という先輩団員の言葉を紹介しつつ、今後も「九条を守れ」「改憲阻止の過半数結集」のたたかいに元気よく取り組む決意を力強く述べられた。

 全体会討論の冒頭、吉田幹事長から、本総会にあたっての議案の提案と問題提起がなされた。新憲法制定のためにリーダーシップを発揮し五年以内に改憲を実現すると公言する安倍首相の登場により改憲策動がいっそう強まっていること、北朝鮮核実験問題をも利用しながら平和憲法を破壊する動きが急を告げていること、今臨時国会で改憲手続法や教育基本法改悪が最優先法案として成立が狙われていること、労働や福祉の分野でも国民の生活と権利が急激に掘り崩されていること、表現の自由や内心の自由に踏み込んだ弾圧や警察国家作りがこれらと並行して進められていることなどの情勢の特徴が指摘された。そのうえで、これらに対する団と団員の闘いの成果が紹介され、今後も、改憲策動を阻止するためのたたかいに全団をあげて奮闘することが提起された。

 その後、総会直前に出された葛飾ビラ配布事件無罪判決、「日の丸・君が代」強制違憲判決について、それぞれの弁護団員から報告された(葛飾事件は中村欧介団員、「日の君」事件は川口彩子団員)。いずれも、困難に果敢に挑み画期的な勝利を収めるに至る経過が、リアルに、かつ、みずみずしく語られた。

 一日目の全体会終了後、三つの分散会に分かれて討論が行われた。各課題について、若手団員からの実践的な報告を含めて活発な議論がなされた。

 二日目の全体会では、以下の発言がなされた。
○ 渡辺登代美(神奈川支部)・・・横須賀米兵強盗殺人事件について
○ 飯盛和彦(北陸支部)・・・小松基地爆音差止訴訟について
○ 吉原稔(滋賀支部)・・・無駄な公共事業の「打出の小槌」地方債発行禁止判決について
○ 村田浩治(大阪支部)・・・偽装請負報道を生かすために
○ 仲山忠克(沖縄支部)・・・沖縄県知事選挙について
○ 山下太郎(東京支部)・・・教育基本法「改正」法案の廃案に向けた行動提起
○ 山口真美(東京支部)・・・国民投票(改憲手続)法案の成立阻止に向けた行動提起
 二日間の討論をふまえ、総会議案、予算・決算がそれぞれ承認され、以下の決議が採択された。
(1) 憲法改悪を許さず、改憲手続法案に断固反対する決議
(2) 教育基本法「改正」案の廃案を求める決議
(3) 共謀罪の新設法案の廃案を求める決議
(4) 「少年法等の一部を改正する法律案」に反対する決議
(5) 労働者の権利と命を削り取る「労働契約法制」の整備及び労働時間規制の緩和に反対する決議
(6) 表現の自由に対する刑事弾圧を許さない決議
(7) 小松基地爆音訴訟の勝利を求め、在日米軍再編による爆音被害増大に反対する決議
(8) 沖縄県知事選の勝利をめざす決議

 選挙管理委員会から、団長は無投票で、幹事は信任投票で選出された旨の報告がなされた。総会を一時中断して拡大幹事会を開催し、規約に基づき、新入団員三八名の入団の承認、常任幹事、幹事長、事務局長、事務局次長の選任を行った。

 新役員は次のとおりである。
   団 長    松 井 繁 明(東京支部 新任)
   幹事長    田 中   隆(東京支部 新任)
   事務局長   今 村 幸次郎(東京支部 再任)
   事務局次長  阪 田 勝 彦(神奈川支部 再任)
   同      増 田   尚(大阪支部 再任)
   同      山 口 真 美(東京支部 再任)
   同      松 本 恵美子(東京支部 再任)
   同      馬屋原   潔(千葉支部 新任)
   同      町 田 伸 一(東京支部 新任)
   同      杉 尾 健太郎(東京支部 新任)

 退任した役員は次のとおりで、退任の挨拶があった。

   団 長    坂 本   修(東京支部)
   幹事長    吉 田 健 一(東京支部)
   事務局次長  泉 澤   章(東京支部)
   同      飯 田 美弥子(東京支部)
   同      平 井 哲 史(東京支部)

 閉会にあたって二〇〇七年五月集会(五月二〇〜二一日、一九日にプレ企画を予定)へのお誘いの挨拶が熊本支部の板井優団員からなされ、最後に、北陸支部の鳥毛美範団員からの閉会挨拶をもって総会を閉じた。

一〇 総会前日の一〇月二〇日に、二つのプレ企画、「日韓交流の発展をめざしてー韓国民弁とのシンポジウム」(参加者八三名)と「将来問題の到達点と今後の課題」(参加者三二名)が行われた。

 プレ企画におけるシンポジウムでの議論も踏まえて、一〇月二二日、韓国民弁と共同して、「北朝鮮の核実験に抗議するとともに、周辺国の危険な強硬措置に反対する声明」を作成して発表した。

一一 多くの団員の皆さんのご参加によって無事総会を終えることができました。総会成功のためにご尽力いただいた北陸支部の団員、事務局の皆さんをはじめ関係者の方々に、この場を借りて改めてお礼を申し上げます。



沖縄県知事選挙の状況

沖縄支部  新 垣   勉

一 統一候補糸数慶子≠フ支援を

 全国が注目する沖縄の県知事選挙は、一一月二日告示、同月一九日投票で行われる。統一候補が決まらずやきもきしていた野党統一候補は、九月末、やっと県内五党(社大党、共産党、社民党、民主党、自由連合)で合意に達し、糸数慶子℃Q議院議員(社大党副委員長)が一〇月一日に五党統一候補として立候補を表明した。

 今、糸数陣営は立ち遅れを挽回すべく全力を挙げて選挙準備を行なっている。

 自民党・公明党の推薦する候補者は、沖縄電力の会長・県商工会議所連合会会長の仲井真弘多(六六歳)氏。県内経済界が一致して推薦している。現職の稲嶺恵一知事が四年前に当選(二期目)したときの得票は三五万九六〇四票、糸数氏が二年前の参議院選挙で統一候補として獲得した票が三一万六一四八票。仲井真氏の不人気、沖縄をめぐる基地・平和をめぐる状況を視野にいれると、両者の力は接近しており、熾烈な選挙戦となることは間違いない。全国からのご支援をお願いする。

二 沖縄知事選の全国的意義

 日米両政府は五月に在日米軍再編合意をなし、今着々とその実施を進めている。その重要な要をなすのが沖縄本島北部(辺野古沿岸)に普天間基地の代替施設として建設予定の新基地建設計画である。糸数候補は、今回の選挙の最大の争点として、新基地建設の反対を表明し、新基地建設を容認する仲井真氏と対決している。仲井真氏は一応政府案「V字型滑走路案」には反対し、陸上部にヘリパットを建設する案を提起しているが、その本音は新基地容認である。新基地建設阻止のためには、県知事を新基地反対派がとるか否かは、死活的に重要である。糸数候補が勝利できれば、新基地建設阻止への展望を切り開くことができ、全国の基地反対運動・米軍再編に反対する運動に大きな励みを与えることになり、その意義は極めて大きい。

 また、糸数候補は憲法九条を守り、教育基本法の改悪に反対することを公約の柱に掲げており、その勝利は、憲法改悪反対の運動を前進させ、憲法改悪を公然と掲げる安倍政権に重大な打撃を与えるという全国的な意義をも有している。

三 統一した選挙共闘の意義

 沖縄では、復帰闘争の歴史を受け継いで、復帰後も、政党の本土系列化にもかかわらず、革新陣営の中に統一と団結を重視し、革新共闘≠大切にする伝統が根強く息づいていた。

 しかし、社会党が右転回し自民党・社会党の村山連立政権を誕生させた政治状況を背景に、沖縄でも共産党外し≠ェ公然化し、一九九五年(H七)の参議院選挙で革新共闘体制が組めなかった。社会党の変質・崩壊、その後の政党の離散集合による二大政党化への動きは、沖縄においても共産党外し≠フ動きを強め、一九九八年(H一〇)の参議院選挙(島袋宗康氏の二期目)、同年の太田知事の三選出馬選挙ではなんとか現職の再出馬≠ニいうことで選挙共闘が組めたが、選挙共闘の性格は革新共闘≠ゥら与党共闘=i「革新」使用への異議)に格落ちし、島袋氏は当選したもの大田氏は自公・財界候補の稲嶺氏に敗退した。その後の二〇〇一年(H一三)の参議院選挙、二〇〇二年(H一四)の知事選挙では革新共闘≠ヘもちろんのこと野党共闘≠ウえ築けなかった。やっと

野党共闘≠ェ組めるようになったのは糸数氏が当選をした二〇〇四年(H一六)の参議院選挙であった。

 この経緯から窺がえるように沖縄でも、民主党や連合、時には社民党の側から共産党外し≠ェ執拗に繰り返されてきており、統一と団結を求める声が弱まると選挙共闘さえ困難になるという厳しい状況が続いている。今回の候補決定が遅れた大きな要因には、前自民党員の下地衆議院議員が結成をした反自公グループそうぞう≠ェ執拗に共産党外し≠策動し、これに民主党及び社大党が引きずられ動揺した点にあった。

 しかし、県内では、共産党は単独で四〜五万の集票力、地方議員数でも第一党の力を持ち、県民の中で根強い支持を得ており、なかなか共闘つぶし≠フ思惑どおりには進まなかった。そんな中で成立した選挙共闘が糸数氏の選挙共闘である。統一候補が決まるまでには紆余曲折があったものの、糸数候補の勝利は今後革新共闘≠再構築する上で極めて重要な位置を占めるものである。

 革新共闘≠ェ県民の中で強い支持を得てきた背景には、大きくいうと二つの理由がある。一つは、過去の選挙体験の中で政党間の統一と団結こそが勝利を得る大切な要である≠ニ県民が理屈抜きで体感してきたこと、二つは、県民共通の願いである米軍基地に反対し平和を守る≠ニいう政策を、革新共闘が中心に据えて選挙を戦ってきたことであった。

 米軍再編の中での新基地建設の動き、一〇月には突如として行われた嘉手納空軍基地・弾薬庫へのパトリオットミサイルの搬入等は、県民に革新共闘≠フ重要性を改めて呼び起こす役割を果たしている。糸数氏が統一候補と決まった背景には、このような統一候補を求める県民の声が大きく作用している。

 糸数候補の勝利は、革新共闘の再構築を大きく前進させる要素を持っており、この点でも大きな意義を持つものといえる。

四 物心両面の支援を!

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が強行した今回の核実験等は、沖縄の選挙情勢にも複雑な衝撃を与えており、選挙情勢を一段と厳しいものとしているが、糸数陣営は、立ち遅れを取り戻し、勝利を切り開くため、懸命の選挙活動を開始している。全国の団員の物心両面の支援をお願いするものである。

 なお、カンパの送金先は、次のとおりである。

〈支援金の振込先〉 銀 行 名  沖縄銀行 二中前出張所

(おきなわぎんこう にちゅうまえしゅっちょうしょ)

口座番号 普通口座番号1394507

名義人 自由法曹団沖縄支部事務局長仲山忠克(なかやまただかつ)



北朝鮮経済制裁決議(一七一八号)は、船舶検査を容認しているか

広島支部  井 上 正 信

 国連安保理は一〇月一四日北朝鮮の核爆発実験声明に対して、初めての経済制裁を全会一致で採択した(決議一七一八号)。これを巡り我国のマスコミや政界などでは、この決議の理解の仕方で誤解と混乱がある。誤解と混乱の挙げ句、周辺事態法、同船舶検査法の発動まで検討されている。私は一七一八号決議は船舶検査を容認していないと主張するが、まずその前に、基本的な概念の整理が必要である。

 公海での船舶の航行は、国際法の大原則である公海の自由原則で保障されている。この原則を制限するのが船舶検査、臨検と称されるものである。そのためには国際法上の根拠が必要である。

 国連海洋法条約には、第一一〇条で臨検を定めている。公海上の民間船舶が海賊行為、奴隷取引、無許可放送等の犯罪行為を行っているときに、警察行動としての臨検を認める趣旨である。

 戦時臨検は、武力紛争下での海戦に関する国際法で認められている。その具体的な行使は、海戦に関するロンドン宣言でその要件、実施方法などが詳しく規定されている。この宣言は成文条約としては未発行だが、国際慣習法とされている。

 船舶検査はこれらと異なり、安保理決議が根拠となる。従って臨検、船舶検査は、それぞれが異なるものである。特に戦時臨検と船舶検査は実行方法も目的も全く異なるものである。これらを混同することがあってはならない。

 戦時臨検は、相手国の継戦能力を削減・破壊することが目的であり、相手国を海軍力で実効的に封鎖し、宣言することがまず必要である。封鎖を突破しようとする船舶は中立船であっても追跡、拿捕、積み荷の没収ができる。戦時禁制品を積む中立船は、拿捕し禁制品を没収できるし、例外的に船舶を破壊もできる。敵船は攻撃破壊ができる。戦時臨検はこのように武力行使そのものであり、国際法上は交戦権行使とされている。

 船舶検査は、経済制裁を科す安保理決議の厳格な履行を確保する目的で、安保理決議により船舶検査が国連加盟国へ要請されて実施される。経済制裁決議だけで実施できないことは当然である。そのため、禁制品を積む船舶は行き先変更を求められるだけである。積荷の没収や船舶の拿捕はできない。

 船舶検査の実際を、二〇〇〇年八月からイラクに対し米国を中心とする多国籍海軍により実施された船舶検査を紹介しよう。

 一九九〇年八月六日採択された安保理決議六六一号により、米海軍などはイラク・クゥエートへ入出港する各国の船舶に対して船舶検査を行った。六六一号決議は経済制裁決議ではあるが、船舶検査を要請するものではなかった。船舶検査を受けた各国政府は、米国へ抗議を行った。国際法上の根拠がないからである。これに対して、米国はイラクによるクゥエート侵略という事態を受けて、クゥエートとサウジアラビアに対する集団自衛権であると説明した。しかし、集団自衛権であるなら、イラクへ向けることは理解できるがそれ以外の国の船舶へ向けることはできないとの批判を受け、同年八月二五日船舶検査を要請する安保理決議六六五号が採択された。

 国防総省は一九九二年四月米議会へ報告書「湾岸戦争の遂行(議会への最終報告)」を提出した。公式の戦記である。この中で第四章海上阻止作戦が船舶検査活動の報告である。この内容(防衛庁の仮訳)を紹介する。

 船舶検査活動は海上阻止作戦(MIO)と称している。イラク、クゥエートを入出港する船舶に対して、軍艦二隻からなる海上阻止部隊が接近し、軍艦、航空機などから船舶の国籍、行き先、積荷の内容などの質問を発する。イラク船はまずどの船舶も質問には答えない。すると追跡が始まる。停船命令を出しても停戦しない。フセインは、船長に対して武力行使されるぎりぎりまで船舶検査に抵抗するよう強制し、家族を人質に取ったといわれる。そのため、海上阻止作戦を行う部隊は、イラク船船長に対して亡命を斡旋する呼びかけをすることまでした。停船しない場合二四時間以上追跡してやっと停戦させたケースもある。停戦させる方法は、進路前方に対して実弾による威嚇射撃、進路前方(一〇〇ヤード前方)を軍艦で高速で横切る、最終的には航行不能射撃をする。おそらくはスクリューへの射撃ではないかと思われる。但し、航行不能射撃については、米国国家指揮権者(National Command Authority 大統領と国防長官)の許可を必要とする交戦規則であった。警告射撃は武力行使とは理解されていない。

 停船した船舶へは、二個検査チームの内一個(一〇名)がボートで乗り込み、他のチームは援護射撃の準備で軍艦に陣取る。最も危険な作戦は、テーク・ダウンと呼ばれるもので、数機のヘリコプターから一六名の特殊部隊がロープで船舶へ強制乗船し、船舶を一時的に管理下におく作戦である。海軍特殊部隊SEALSと海兵隊特殊部隊の混合チームが行う。この場合三〜四隻の軍艦が取り囲み、武装ヘリ一機が攻撃態勢で上空に待機する。テーク・ダウンは警告射撃と航行不能射撃の中間的措置と理解されている。安保理決議に違反する船舶に対しては、目的地変更を要請する。

 このように船舶検査は、武力の行使または武力による威嚇そのものである。従って、船舶検査を要請する安保理決議にはこれまで必ず「特別な状況が必要とするかも知れない措置」という文言が入る。この文言は船舶検査のための限定的な武力行使権限を付与するものであると理解されている。

 過去の経済制裁のケース

 安保理は九〇年以降三回経済制裁決議を行っている。九〇年八月、イラクに対して六六一号、六六五号決議、セルビア・モンテネグロに対する九二年五月七五七号、同年一一月七八七号、ハイチに対する九三年六月八四一号、同年一〇月八七五号である。いずれもまず国連憲章第七章のもとで行動するとし、広範な経済制裁を科す決議をだし、その後それで不十分として、国連憲章第七章、第八章(地域的取決め)のもとで行動するとして、船舶検査を要請する。その際限定的武力行使を容認する上記文言が入る。以上三つのケースで船舶検査を要請する決議文は全て同一分である。詳しく紹介すると「積荷と目的地を検査(inspect)、検証(verify)し、決議の厳格な履行を確保するため、入出港する全ての船舶を停止(halt)させるため、安保理の権威の下で、特別な状況が必要とするかもしれない措置をとることを要請する」というものである。決議で明確に船舶検査とその目的、船舶検査の内容を決定しているのである。

 決議一七一八号は船舶検査を要請しているか。

 まずこの決議と過去の決議を比較すると、わざわざ第四一条の措置と断っている。これまでの経済制裁決議は第7章だけを引用するが、決議内容は四一条が定めるものであるので、経済制裁決議だけでは更に四二条の武力行使まで容認したことにはならない。しかし、それにもかかわらず一七一八号で四一条の措置と断っているのは、武力行使を行ってはならないことを特に注意喚起する目的である。船舶検査が武力行使を背景になされることから、特に四一条を書き込んだのであろう。

 一七一八号は貨物検査を要請する。これまでの経済制裁決議の第一段階では貨物検査を要請するような文言はない。他方、一七一八号には船舶検査を要請する文言はない。これをどう理解するか。貨物検査は当然船舶検査を含むものであると理解するのは早計である。安保理決議は、大国の国益を賭けた政治的思惑に基づく決議案の討議がなされ、妥協を重ねて慎重に表現が練られる。従って、決議文は厳格に解釈しなければならない。まして、公海の自由原則を制限する国際法上の根拠になる決議であるから、拡大解釈はすべきではない。決議文には必ず「決議の厳格な履行のため」と言う表現があるのもそのためである。この表現は制裁を受ける国に対して厳しくビシビシやれというのではない。また、過去の決議で船舶検査を要請する際に含まれる「特別な状況が必要とするかもしれない措置」という文言もない。更に、決議一三項では「全関係国が、緊張を激化させる行動を避け」と述べている。このように一七一八号決議は、武力行使につながらないよう極めて慎重に作成されていることが判る。このような決議になった背景には、船舶検査を含む強い措置を求める日米に対して、中国が反対したからだと考えられる。

 以上述べたことから、一七一八号決議は船舶検査を要請したものではないことが理解されるであろう。

 ところが我国のマスコミも政界も、北朝鮮に対して強硬な措置を求める思惑から、決議が船舶検査を要請しているとか、果ては臨検を求めるなどおよそ国際法上の違いを無視し、決議文すら正確に理解しない主張・論調が支配している。一〇月二二日の日経は「決議に盛った『船舶などの貨物検査』」と書いて、いかにも決議文がそのように書かれているかのような引用をして、完全にミスリードをしている。その結果、国民も船舶検査は当然とする意見が主流のようである。政界では、船舶検査を行う法的根拠について周辺事態船舶検査法を発動するとか、特措法を作るといった議論である。これを批判する意見も周辺事態の要件がないという点にとどまっている。

 私は法律家として、事態の推移を冷静に分析する必要があると考えている。その上で一七一八号決議を(国際法の素人ではあるが)知りうる知識を元に分析し、決議が決して船舶検査を要請するものではないこと、我国が率先して船舶検査を行いまたは船舶検査を行う米国などの艦船への支援を、周辺事態船舶検査法やACSA協定で行おうとすることが、安保理決議に反し、国際法違反を犯すものであることを強く主張するものである。



北朝鮮の核保有をどう阻止するか

埼玉支部 大 久 保 賢 一

 一〇月九日、北朝鮮が核実験を行った発表した。この実験の成否は不明である。しかしその成否にかかわらず、北朝鮮が核兵器を保有しようとしていることは明らかである。このことについて、われわれも国際社会も強い怒りをもち、抗議の声を上げている。

怒りの源泉

 ところで、その怒りの源泉は多様である。例えば、日本被団協は「われわれ被爆者は、いかなる理由があろうとも、核兵器を国の安全を保持する兵器として選択することは断じて許さない。」としている。国際反核医師の会は「この地域の安定性と北朝鮮国民の福祉を侵害している。」としつつ、「核兵器保有国は、その核兵器を廃絶するという一〇年来の誓約を守っていない。もし彼らが誓約を遵守していたら北朝鮮は核兵器に何らの価値を見出さなかったかもしれない。」として、核兵器保有国の態度も問題にしている。グリーンピースは「核兵器保有国がまた一つ増えることは誰も望みはしないが、米国だけでも五〇〇〇発の核兵器を持つ現状が、著しい力の不均衡をもたらしていることについても考慮すべきだ。」としている。在日コリアン青年連合は「南北非核化共同宣言」(一九九二年)や「六カ国共同声明」(二〇〇五年)などの国際合意及びその精神に違反することを指摘している。世界平和アピール七人委員会(井上ひさし・池田加代子さんたち)は、「いかなる条件の下であれ、朝鮮半島と日本を含めた周辺、ひいては世界の平和と人間の安全保障の立場から、反対を表明する。核兵器によって、国の安全が保障されると考えるのは幻想である。」としている。平和市長会議は「核軍拡や核拡散を加速させ、世界の平和と安全の構築を脅かす取り返しのつかない事態につながることを危惧する。」としている。衆議院の非難決議は、北朝鮮の核開発は「北東アジア地域の平和と安定に対する直接的脅威であると同時に、国際社会の平和と安全に対する重大な挑戦」であるとしている。国連安保理決議は「この地域及びそれを越えて緊張を高めたことに深い懸念を表明し、国際の平和と安全への明白な脅威が存在する。」としている。

 これらの声明・決議は、いずれも北朝鮮の核実験を非難し抗議するものではあるが、その根拠とする理由にはそれぞれ違いがある。整理すると、核兵器の保有は絶対に許せないとの立場、北朝鮮を当事国とする国際合意の無視に対する非難、核軍拡に対する危惧、人間の安全保障に対する危惧、世界の平和と安定への挑戦と見る立場などになる。また、安保理決議は、これまでの度重なる安保理決議や議長声明を甚だしく無視していることも指摘している。注目しなければならないのは、核兵器保有国の態度とりわけ米国の核兵器保有を問題にしている見解である。

核実験に対する対応策

 そして、この北朝鮮の核実験対しての対応策についても様々な提案が行われている。衆議院の非難決議は「国連憲章第七章に基づく措置も含め、国際社会が結束した外交を展開し、平和的な解決を模索すべきである。」としている。国連憲章七章は経済制裁・外交関係の断絶(四一条)、軍事的措置(四二条)などを定めていることは周知のとおりである。アナン国連事務総長は「各国が、この深刻な挑戦に対して建設的に対処することを求める。六カ国協議の枠組みの中で、真摯な交渉を緊急に再開することを求める。包括的核実験禁止条約(CTBT)を発効させ多国間の核軍縮の前進を図るための取り組みが必要となった。」と述べている。また、エルバラダイ国際原子力機関事務局長は「包括的核実験禁止条約を早期に発効させ、核実験を法的拘束力のある形で普遍的に禁止することが緊急に必要であることが再確認された。」としている。平和市長会議は、「核兵器は人類滅亡を引き起こす絶対悪である」との被爆者のメッセージを受け止め、全ての核兵器と核計画を即刻放棄すべきである。更に、「六カ国協議に応じるとともに、核不拡散条約(NPT)に復帰し、核抑止力に頼らない外交努力を行うなど、核軍縮に向けた誠実な交渉義務を果たすことを改めて強く求める。」としている。そして、安保理は「国連憲章第七章の下での四一条に基づく措置。通常兵器・大量破壊兵器関連物資・ぜいたく品の供給の禁止。核計画関与の個人・団体の在外金融資産の凍結。貨物検査の協調行動。」などの制裁手段と六カ国協議への無条件復帰を決議している。

 ここに見て取れる特徴を整理しておこう。まず第一に、衆議院の決議も安保理決議も制裁措置をいっているが、衆議院の決議は国連憲章第七章に基づく措置を言いながら四二条の「武力制裁」を排除していないことからして、より強硬な姿勢といえることである。第二に、アナン事務総長も平和市長会議も安保理決議も六カ国協議の枠組みの重要さに触れ、その中での平和的解決を推奨していることである。ところで留意して欲しいのは、安保理決議は、アナン事務総長やエルバラダイ事務局長が指摘する包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効や、平和市長会議がいう「核軍縮に向けた誠実な交渉義務」については何ら触れていないことである。すなわち、衆議院の決議も安保理決議も北朝鮮の核実験に対する非難と「制裁」については語っているが、包括的核実験禁止条(CTBT)の発効だとか核保有国の核軍縮に向けた誠実な交渉義務については触れていないことである。

解決すべき問題

 ところで、今解決しなければならない問題は、北朝鮮に核兵器の保有を断念させ、核実験をさせないことである。そのために最も効果的な方策が検討されなければならないのである。北朝鮮に対する武力行使を行い、核兵器開発能力を剥奪し、更には体制転換を求めていくという方法は、それに伴う犠牲はあまりにも大きいし、むしろ事態を更に泥沼化させることになるであろう。それは、アフガニスタンやイラクの例を見れば明らかである。北朝鮮の挑発に乗り、武力行使を行うことは、下策中の下策である。この問題の解決に武力を用いることがあってはならない。また、北朝鮮が核兵器を持つなら日本も核兵器を持って対抗すべきだという議論も、核軍拡競争を再燃させるだけであり、人類滅亡の競い合いに道を開くことになるであろう。自民党の政策責任者や外相からこの手の発言が出ることは言語道断である。

国際法上の枠組み

 では、国際社会はどのような方向で結束すべきか。核実験の禁止について国際法上の枠組みは包括的核実験禁止条約(CTBT)である。この条約は各国に核兵器の実験的爆発を禁止する義務を課している(一条)。アナン事務総長やエルバラダイ事務局長はこの枠組みの実効性の確立を提唱しているのである。また、核不拡散と核軍縮の枠組みは核不拡散条約(NPT)である。核不拡散条約は、核兵器の拡散を防止するだけではなく、核兵器保有国に対しても「全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うこと」を義務付けている(六条)。このように核実験の禁止や核不拡散についての国際法上の枠組みは用意されているのである。

 北朝鮮の核実験や核の保有を阻止しようとするのであれば、既に国際法が用意している枠組みを最大限活用することが現実的であることは明らかである。核不拡散条約(NPT)は核兵器保有国の特権を認めるがゆえに加盟しない国や脱退した国があり、包括的核実験禁止条約(CTBT)はまだ発効していないという弱点はあるものの、核不拡散や核軍縮、核実験の禁止を推進するという積極的な側面があるのであって、その活性化を図ることは重要なことである。安保理決議は北朝鮮の核不拡散条約からの脱退を非難し、平和市長会議は核不拡散条約への復帰を呼びかけている。この提案は道理と時宜にかなっているといえよう。

核兵器に対する米国と日本の態度

 ところで、米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准せず、同条約は発効していない。また、核不拡散条約(NPT)六条が予定している完全な軍備縮小に関する交渉についても極めて消極的である。その理由は自国の核兵器の保有と使用に干渉されたくないからである。更に、米国は大量の核兵器とその運搬手段を保有し、核兵器の先制使用戦略を公言している。「核による威嚇」政策である。北朝鮮はそのターゲットの一つである。核兵器の使用・威嚇は一般的な国際法に違反するというのが国際司法裁判所の勧告的意見(一九九六年)であるから、米国はその勧告的意見を歯牙にもかけていないのである。他方、わが国は、核抑止論をとり米国の「核の傘」を国家安全保障の手段としている。要するに、核兵器は国家安全保障上必要であるとの立場なのである。この核兵器必要論すなわち「核抑止論」はわが国もアメリカも安全保障上の原則としているところである。

核必要論の核実験反対論の限界

 この核兵器必要論の立場に立つと、核実験や核兵器の保有に反対するというよりも、自国の安全保障政策にとってどのような意味を持つかということによって、その態度が決定されることになる。アメリカがイスラエルやインドやパキスタンの核兵器については容認し、わが国がアメリカの核兵器に依存しているのはそういう理由である。自国とその同盟国や友好国の核兵器保有を認め、「仮想敵国」や「ならず者国家」の核兵器保有を認めないということは、国家安全保障的観点からはありうるとしても、核兵器の全面廃絶に向けての動機付けは薄弱となる。逆に、敵対国からすれば自国の安全のために核兵器保有の誘惑に駆られることになる。核兵器の保有は戦争に不可欠と考えるからである。核軍拡競争の再現である。

 自国の核兵器は必要とし、北朝鮮の核兵器は持ってはならないとする立場は、核軍縮や核廃絶あるいは包括的核実験の禁止という正論に基づく行動をとることができないが故に短絡的に「制裁」を言い立てることになる。「制裁」の局地は米国がイラクでしたように「体制転換」である。そのための武力行使がどのように多くの人間を犠牲しているかなどは度外視されるのである。

私たちに求められること

 今、核兵器の非人道性と犯罪性を知っている私たちに求められていることは、いたずらに「制裁」に依存するのではなく、全ての国連加盟国の主権平等の原則に基礎を置き、核兵器の廃絶、全面的核軍縮、包括的核実験の禁止を展望した上で、核兵器依存国の政策転換と合わせて、北朝鮮の暴走を食い止めることである。「核兵器と人類は共存することができない」との立場を再確認しつつ、核兵器全面廃絶に向けての運動が求められているといえよう。



栗駒のブナの森に求めた岩魚の楽園(二)

東京支部  中 野 直 樹

 八時に北の俣沢入り口を背にしてから三〇分ほど歩くと、砂地に真新しい踏み跡が目につき始めた。一昨日は雨降りで、昨日は増水していたので、この足跡は今朝付けられたもので、三〜四人と観察した。車止めにあったワゴン車が思い出された。源流の沢分岐に着く前に追いついて、沢分けの協議ができることを願いながら急いだ。

 平沢で、左右の川原を膝くらいまでの徒渉で行ったり来たりしながらの遡行であるが、ところどころ深い淵が行く手をはばみ、岩場をへつらなければならない。「へつる」とは耳慣れない言葉である。語源は、「へつり」で、広辞苑によると、東日本で山中の岨道、絶壁や川岸などの険岨な路などをいう、とある。これを沢登り屋が、便利に動詞化したものである。

 人為に騙されることもある。左岸にロープが下がっていたので、ルートかと考え、苦労しながら岩盤に足と手をかけ横ばいにへつり、その先の岩場を登ると、今度は降りるところが見つからない。上に下にと探したが、結局突破は危険と判断し、再び苦労のへつりで戻り、股下を濡らしながらすり足で対岸に渡った。流水の力に油断は禁物である。水が澄み川底が見透せるときには、どこかが縮む冷たさはがまんしなければならないが、危険との距離にはゆとりがある。しかし、急流が石にはじけて白濁した早瀬や、いったん濁り始めると川底の石の状態や深みがまったくわからず、うかつに足を踏み出した途端に流れに足をすくわれる危険が倍化する。遊びをしているときに天候の急変がもっとも警戒を要するゆえんである。

 九時頃、五人の釣人の姿が見えた。彼らは竿を出しながらのペースである。五人が上流でそれぞれ沢を分けられると嫌だなと思いながら声をかけた。釣れている様子だが、大きいのがいないと言っていた。そして談合ができて、彼らはこのまま本流を釣り上がり、私は途中から左手の荒倉沢に入り、そこから竿を出すことで調整ができた。

 私は追い抜き、彼らの狙う岩魚に警戒心を与えることを避けるために、できるだけ流れ際から離れた川原を歩くことを心がけた。川原に生えた草付きの場所を歩き、大石から足を降ろそうとして、思わず、ひゃっと声をあげて、後ろずさった。目先に赤まむしがとぐろを巻いていた。私はまったく蛇が苦手だ。幼い頃、区画整理前の山間の田にはあちこち高い石垣が積まれ、そこに夏となると蛇が張りついていた。必然その場は全力疾走となった。数百匹の蛇沼に落とされる最悪の夢に悩まされることが度々で、私が小学校二年生頃まで、寝間着を濡らすことを卒業できなかった原因に蛇がいた。

 私は、小石を拾い、まむしの近くに投げるが、まむしは何を勘違いしているものか動いてくれない。へっぴり腰でもう一投、しかし、敵は、ふてぶてしく微動だにしない。帰りにまた出くわすと嫌なものだから意地になって、長い枝木を拾い、その先でつつくと、まむしは歯向かう態度を示したあと、めんどうくさげに、ゆるゆると草むらに入っていった。武器をもったものの肝の座りようを実感する場面であった。

 車止めから二時間一五分かけた九時三〇分、ようやく右岸から注ぐ荒倉沢に着いた。入り口にテン場があり、シートがデポされていた。

 夏の陽射しが照りつけ、草いきれが濃く鼻を刺激する。木々の緑が川面に投影し、ゆらめいて、川底に、光と陰が美しい紋様を織りなしている。

 帰路を二時間半と見込み、二時までの釣りと決め、仕掛けを振り込むなり、岩魚が食いついてきた。やがて、V字峪の渓相となった。大岩から流れ落ちる水が渦を巻き、枯れ草や折れ枝が回っている淵に投じたところ、当たりがあり一瞬の合わせで鈎をかけたが、揚がってこない。泳がれ、水中深くに潜られてしまった。竿をたて顔を出させようとするが、どうも勝手が違う。強引にさらに竿を立てると、なんと鈎が口ではなく、脇腹あたりに刺さっており、頭を下にした姿を水上に現した。私はあわててしまい、やってはならない、竿をまっすぐ天に向けて立ててしまったところ、弾力を奪われた竿先が折れ、岩魚が仕掛けもろとも水泡のなかに沈んでいった。

 七月末だというのに、岸辺に残雪が残っている。さすがに斜面のウドは大木となっている。一一時半頃にもなると腹も減り、集中力が薄れてくる。いつもの経験だが、岩魚もこれからの時間帯は、捕食の意欲が失せるのか、当たりがなくなってしまうのである。気温も水温もあがり、渓全体がけだるさに包まれる。要するに、双方とも昼寝モードなのである。おむすび、ゆで卵、昨夜の岩魚の天ぷらの残りで昼食とする。とらえた岩魚の腹裂きを行うと一〇尾いた。

 休憩後、予備竿に気合いを入れなおし、いよいよ源流域の様相を示してきた沢を釣り上がる。一〇分ほどナメ状の岩盤が続き、やがてザラ瀬となる。延々と続く平瀬の小さなたまりから岩魚が飛び出す。二五センチメートルが筆頭であるが、後半戦でも一〇数尾の釣果であった。岩魚の園はあった。

 二時二〇分納竿し、岩魚を始末したあと、一気に下り始めた。三時頃本流との合流点を通過するあたりから空に雲がたれこめ、薄暗くなってきた。夕立が気になる。来しなに、へつりで迷ったところは、下りの目線では左岸から高巻きで降りるルートが見えた。ロープには意味があったわけである。やがて四人組の背中が見えた。再会のあいさつをかわして、先に行かせてもらった。四時一〇分、合ノ俣沢・木賊沢の出合いに着き、そのまま、胸突きの急斜面を、喘ぎながら直登した。

 約束の四時半過ぎに車に戻ると、岡村・大森さんは戻っていた。てっきり木賊沢を攻めたのかと考えていたところ、合ノ俣沢の本流の途中で戻ってきたらしい。岩魚の楽園は発見できなかった。

 この夜は野営をやめ、大深沢との行き来の途中に目にした民宿に泊まることにした。しかし、予約もなしにこの時間で、しかも生臭さが匂い立つような姿である。ここはいつもどおり渉外担当大森さんに全権委任した。警戒心を与えない人なつこさと直截さ、人の好意や親切心を引き出す力、遠慮なさ、ずぶとさ、一瞬のかけひきのうまさ等と書けば、もはや詐欺師の領域である。大森さんはそれを誠実さという人徳で包み、今回も、おかずが何もないよという宿の女将さんを、岩魚をもってきたからとくどいた。

 主のお親父さんは、私たちの釣果に異常な関心を示し、おばあちゃんは、私たちが途中で摘んできたワラビをみて、秋田弁で、そんな細いもの捨ててしまえと言う。その意味がわかったのは、夕食の盛り上がりのときであった。



日本の核武装を許さないために

 パンフレットを発行しました
 安倍政権=地上に現れた「地下政府」?
    ─戦争と平和・人間の根本問題を考える─

長野県支部  毛 利 正 道

 一〇月一〇日新発売  A四・二色刷三二頁 綴じなし

 定価一冊三〇〇円・一〇冊以上は一冊二五〇円 いずれも送料別

も く じ(九月書き下ろし四題含む)〇六年の私の論説

「地下政府」ついに地上に現れた?(九・二九―脱稿日、以下同じ)

歴史と戦争を見る目(三・二六)

「根深い侵略主義」とどう決別するか(四・三〇)

裁判官として、「根深い侵略主義」からどう決別すべきか(五・二五)

米兵によるイラク少女強姦殺人焼却事件を問う(七・一二)

隣国=韓国の人と友だちになろう(九・二六)

日本の七一年間にわたる海外軍事進出のどこが問題なのか(九・二六)

戦争と人間の根本問題 〜イラク派遣自衛官六名自殺から

 戦時と日常における「人殺し」の相克を考える〜(九・二八)

  この論説の末尾の部分が、この紹介文のラストにあります。

  また、この末尾の論説の末尾に付いている

「我が国の戦後における自殺と凶悪犯罪・犯罪による死者の推移」

と題する表は、大学での講義用に苦労して作成したものです。

巻頭文「地下政府」ついに地上に現れた?の末尾

 その自民党の三分の二の支持を得て誕生した安倍首相は、これまで世界と日本国としての当然の前提とされてきた「日本の戦前と戦後の断絶」をはっきりとは認めていない人物であり、当面の教育基本法「大改造」を始め五年以内の憲法「全面改造」、解釈による集団的自衛権の行使まで公言している。教育基本法「大改造」や靖国は、銃を撃てる人造りを狙っている(詳しくは、二六頁以下を参照いただきたい))。新内閣・首相補佐官・自民党役員も、麻生太郎・伊吹文明・中川昭一・下村博文・山谷えり子氏ら「危険思想改憲右派勢力」がずらり並んでいる。

 人的な繋がりまでは明らかになっていないものの、一九五一年までは確かにあった日本の戦前を継承する「地下政府」が、安倍政権によって公然と表の政府として姿を現したということかもしれない。なりは小さいこのパンフレットを緊急に発刊した動機である。

◆ご注文していただける方は、FAX〇二六六─二三─六六四二までお申し込み下さい。

巻末の論説

戦争と人間の根本問題 〜イラク派遣自衛官六名自殺から

戦時と日常における「人殺し」の相克を考える〜

第四 日本国憲法の価値

 第一で述べたとおり、日本の自衛隊は、アメリカ兵よりはるかに自殺率が高く、イラク帰還自衛隊員の自殺率は、その高い自殺率の更に二倍である。

 イラクで敵を殺し、敵から殺される危険は、アメリカ兵よりもはるかに少なかったことは否めないであろうが、にも拘らず、なぜイラク帰還自衛隊員の自殺率がこれほど高いのか。

 この点を考えるうえで末尾に添付した別表「我が国の戦後における自殺と凶悪犯罪・犯罪による死者の推移」を参照いただきたい。

 これによると、凶悪犯罪を犯して検挙された少年は、戦後一九五〇年からの五〇年間で、検挙人員も、発生率(人口一〇万人中の検挙人員の比率)もほぼ三分の一に激減しており、(犯人が成人である場合も含む)「犯罪による死者数」(交通事故は除かれている)も、ほぼ三分の一に減少している。

 アメリカも、ヨーロッパ諸国も、第二次大戦後、凶悪犯罪がほぼ例外なく大幅に上昇している(甲号証「犯罪の国際比較」・甲号証「犯罪率統計」・甲号証「アメリカと日本の凶悪犯罪の推移」)(但し、一九九〇年代後半以降、頭打ち傾向にある)。その一方で、日本におけるこの現象は何なのか。

 日本は、憲法九条、特に第二項、戦力と交戦権の否定がある。戦後六〇年間、ほとんどの国で生きている徴兵制がここ日本になく、人を殺す訓練をする機会がなかった。被害体験が中心だったとはいえ、「戦争はいや」との社会的一致点が形成されて来ていた。

 こうした中では、日本人は、いついかなる時も人を殺してはいけないと教えられ、思ってきた。「戦争」という、必要な時には人を殺さなければならないと教育されてきている、他国の人々との決定的な違いである。

 このような日本に生まれ育った日本人には、戦争であってもなくても、人を殺すことは恐ろしいことであり、嫌なことなのである。自分の生命を奪われることも、むろん恐ろしいことである。

 戦争というものに空白であった戦後六〇年間で日本国民に蓄積された、この人のいのちを大切に思う心からすれば、いくら訓練されているとはいえ、いつ人を殺し、自分も殺されるか分からないような戦地=イラクに三ヶ月間とどまっていることは、日本で生まれ育っている自衛隊員には耐えられないのではないか。

 このように、戦争で空白であった六〇年(二世代相当になる)を、この日本で育ってきた人々は、たとえ自衛隊員とはいっても人を殺せないし、自分も殺されるのが恐いのである。

 このことこそ、テロと戦争に明け暮れる国々・地域もあるなかで、実は一切の殺人(=テロと戦争の両者)を否定する思想として、世界の進路を指し示しているのではないか。日本国憲法の先駆性=現在性を鮮やかに示している。

 この日本の憲法を変えて、戦争ができる「普通の大国」にすることは、人を殺せる人間を多く造り出すことを併せて行わなければ不可能である。さすれば、日常的にも殺人が増える恐れが十分ある。そこまでのリスクを侵して得るものは一体何なのか。