過去のページ―自由法曹団通信:1232号      

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田中 隆 熊本(阿蘇)五月集会にご参加を
……くらしと憲法を貫く旺盛な討論を!
板井 優 緑の草原阿蘇に来てはいよ!
守川 幸男 改憲派によるマスメディアの独占と表現の自由の関係について
―イタリア調査報告書(概要版)を読んで
中西 基 「四・二四『全国一斉学力テスト』の実施をやめさせよう!」
大久保賢一 「憲法改正と人権・平和の行方!」
日弁連憲法施行六〇年シンポのご案内
中野 和子 団員から男女共同参画の風をまきおこそう
井上 正信 朝鮮半島有事の際の日本からの後方支援(下)



熊本(阿蘇)五月集会にご参加を

……くらしと憲法を貫く旺盛な討論を!

幹事長  田 中   隆

 新緑の五月一九日から二一日まで、自由法曹団研究討論集会(五月集会)を、熊本県阿蘇市阿蘇温泉で開催します(一九日はプレ企画)。団員の皆さんの積極的なご参加をお願いします。

【希望の国はどこへ行く】

 われわれの前で道は大きく二手に分かれている・・これは一月一日に日本経団連が発表した「希望の国、日本」が掲げた「時代認識」です。この「御手洗ビジョン」は、「弊害が最も小さくなる道を進むことを主張するひとびと(弊害重視派)」と「ベストのシナリオにチャレンジするひとびと(成長重視派)」を対置したうえで、「経団連は・・成長重視の選択を提言する」と明言します。

 政治改革以来の新自由主義路線のもとで生み出された格差社会の現実が、白日のもとに明らかになっているもとで、あくまで企業利益優先・競争万能の道をまい進しようとする財界の「改革継続宣言」です。成長エンジンへの点火、アジアの市場化、行財政・社会保障・税制の改革、地方自治や雇用の再編と、「さらなる改革」を並べ立てた「ビジョン」の終章は社会の亀裂を再統合する「社会の絆」。そのためのアイテムこそ、教育再生と憲法改正です。

 財界が描く「希望の国」でくらしと権利がどのように扱われていくか、職場や町や学校がどのようなものになっていくか、地域社会や地方自治体がどのような変容を強いられていくか・・私たちがあらゆる分野で体験し、日々の運動や事件を通じて立ち向かい、克服しようとしている命題にほかなりません。

 「希望の国」に対決する理論や実践を集約・交流し、「二手に大きく分かれた道」の「もうひとつの道」への模索を強めることは、いまこのときの重要な課題です。

【憲法破壊の諸立法に抗して】
 改憲手続法案(国民投票法案)をめぐる情勢が緊迫の度合いを強めています。「民主党と修正合意をして五月三日の憲法記念日までに」という与党の思惑は破綻し、単独修正を念頭に三月二二日に開催した公聴会では慎重審議を求める声が相次ぎました。自由法曹団イタリア調査団の「公正な情報へのアクセスを保障するための有料広告全面禁止のモデル」の紹介もインパクトを与え続けています。

 第一六六通常国会には、札ビラで顔を叩いて地方自治体を米軍基地受け入れに駆り立てようとする米軍再編特別措置法案、「愛国心」と競争を教育現場に押しつけようとする教育関連3法案、就業規則改定による労働契約不利益変更に道を開く労働契約法案などの労働8関連法案が登場し、共謀罪法案・少年法「改正」案が継続審議となっています。これら平和・教育・治安・労働の分野の憲法破壊立法を阻止するたたかいも重大な局面を迎えようとしています。

 通常国会の会期は六月二三日まで、七月に参議院選挙を控えて長期延長はできず、選挙で院の構成がかわるため参議院で審議未了となった法案は廃案とならざるを得ません。五月集会は、国会終盤に向けた最後の意思統一の機会です。

【情勢を見すえ、明日を切り開くために】

 国家改造とくらし・権利をめぐる課題と憲法破壊・改憲策動をめぐる課題の連関を見すえ、明日を築く橋頭堡を固めようというのが、いまこのときに開催する二〇〇七年五月集会の目標であり、テーマでもあります。

 一日目(二〇日)には後藤道夫都留文科大学教授に構造改革と改憲策動をテーマに講演をいただき、分散会で肉づけの討論をしたいと考えています。二日目(二一日)には、憲法・教育・治安警察・司法・労働・市民・国際などの分科会をもって具体的な課題と方針を固めます。プレ企画(一九日)で、将来問題を検討する企画、新入団員学習会、事務局交流集会を予定しています。

 それぞれの課題やたたかいを熊本・阿蘇に持ち寄って、明日を切り開く旺盛な討論を展開しようではありませんか。

 全国の団員・事務局員の皆さんの積極的な参加を、心からお願いいたします。



緑の草原阿蘇に来てはいよ!

熊本支部 支部長 板 井   優

 今年の五月集会は、カルデラで有名な熊本阿蘇の火口原で開催されます。阿蘇山の高さは一五九二(ひごくに)mで、まさに阿蘇は肥後国で開催されます。

 熊本では約二〇年前に福田政雄支部長の時に同じところで団総会が開催されました。その時は、オウム真理教のサティアンが阿蘇外輪山出来たことで波野村民との交流会も開かれました。

 今回も同じホテルですが、六〇〇人前後の参加者が入れるとなるとここしかありません。熊本名物の馬刺しは阿蘇が本場で、辛子レンコン、人文字グルグルなど熊本の名物をゆっくり味わって下さい。

 阿蘇山は毎年三月に野焼きを行います。野焼きはダニ退治のためもありますが、一番の目的は雑木の芽を焼き払い草原を維持することにあります。古来から野焼きは行われており、五月には青々とした草原の中に放牧された赤牛や馬を見ることが出来ます。手塚治虫の「火の鳥」は阿蘇の河口の火で焼かれて生まれ変わることで知られていますが、野焼きと阿蘇の草原の関係はまさに火の鳥伝説の由来であります。

 ところで、自由法曹団九州支部は昭和二一年末ころ六人の団員で結成され、熊本からは庄司進一郎、野尻昌次団員が参加しました。庄司団員は蜂の巣城で有名な下筌・松原ダム反対闘争に青木幸男団員とともに参加していますが、阿蘇火口の所有権を国と争い勝利した地元の町側で闘った事でも有名です。

 熊本支部の団員は多くの弁護士と協力して、水俣病患者の立場に立ってもう四〇年近くも闘い続けてきました。そして、こうした闘いの成果を踏まえて、ハンセン病国家賠償訴訟をめぐるハンセン病回復者の闘い、ハンセン病回復者の宿泊を拒否したアイスターに対する解雇撤回をめぐる労働者の闘い、川辺川利水訴訟・川辺川ダム建設阻止をめざす流域住民の闘いを支えて勝利させてきました。

 近時は、トンネルじん肺根絶九州ブロック訴訟、原爆症認定棄却処分取消熊本訴訟、携帯電話中継塔建設差止訴訟、矢上雅義相良村長刑事弾圧事件さらに九州の地で自衛隊イラク派遣差止訴訟に取組み、憲法九条を擁護する「九条の会」をめぐる闘いでも幅広い層を結集して頑張っています。最近では三月一六日、国民投票法案の緊急学習集会を二二〇人規模で成功させました。現在、団員が中心となって、県内のアスベスト鉱山・アスベスト製品製造所周辺住民の闘いを組織中です。

 熊本支部では、集会後半日旅行は雄大な阿蘇の景観を楽しんで頂き、一泊旅行では、初日は川辺川の清流を訪ねて尺アユをつまみに球磨焼酎を味わってもらいながら流域住民と交流し、翌日は水俣に移動して美しい不知火海を眺めながら水俣病患者との交流という贅沢な企画を準備しています。

 熊本支部は、団員及び事務員上げて五月集会参加者を心から歓迎いたします。



改憲派によるマスメディアの独占と表現の自由の関係について

―イタリア調査報告書(概要版)を読んで

千葉支部  守 川 幸 男東

一 はじめに ―問題の所在

 有料政治広告規制についての団のイタリア調査が大きなインパクトを与えている。そこで表現の自由との関係をどう考えるかについて十分に議論し、各地の運動や弁護士会の声明などに生かす必要がある。

 以下、市原九条の会や県弁護士での活動を中心にしたささやかな活動しかしていないことを自覚しつつ問題提起する。

 ところで、この問題で三月一五日、赤旗の三面に「『戦争する国づくり』と一体、不公正・非民主的な改憲手続法案」と題するわかりやすい記事が載った。この記事の五項目の三項目には、「有料CM、改憲派が独占の危険」として、「問題だらけの広告制度」と題する一覧表がある。そして、「国費による無料の意見広告」と「資金力がものをいう有料広告」の欄があり、後者の中で、「改憲派が財界資金、政党助成金などを投入し、テレビCMなどがほとんど独占される危険」との正しい指摘に続いて、「一方、有料広告を法律によって規制すれば、憲法が保障する表現の自由を制限する問題も」とあった。この点は、団のイタリア調査を踏まえているのかどうか不明であったが、私は気になってその日のうちに編集局などにあてて、「この指摘はそのとおりではあるが、その先の一定の規制が必要かどうかがまさに問題となっている」旨の意見をFAXした。

 その二日後に千葉で開かれた団常幹でも、奈良の佐藤団員が「この点は問題がある」と発言した。私もこれに続いて発言したが、少し補足しておく。

 私は、この指摘は憲法の解釈としては決して誤っていないと思う。しかし、赤旗の記事としてこの表現のままでよいはずがない。問題はその先である。

二 表現の自由を規制してもよいとする理論構成と議論の進め方について

(1) 調査団報告書(概要版)の六ページにイタリアのジャーナリストの立場から、「情報が管理されるということは決して好ましいことではありません。」「しかし、ベルルスコーニ問題、メディアの異常性という状況下では必要悪」という指摘がある。表現の自由との関係ではやはり、規制を全く問題がない、とは言えないと思う。

(2) しかし、その下に書かれた、ベルルスコーニサイドからの、国民投票運動と選挙運動における有料政治広告の規制について定めた「平等法」についての提訴に対する憲法裁判所の判断が重要である。すなわち、「言論表現の自由を、純粋言論表現の自由とそれを普及する自由の二つに分けたうえで、後者には企業的な要素が混入し、『平等法』は前者の自由を抑制するものではなく、すべての政治主体のメディアへの参加を保証するものであり、民主主義を実現するものだとしてこれを合憲とした。」と言う。

(3) また、主権者である国民の「知る権利」に実質的に奉仕する、という観点も重要であろう。

(4) もっとも、推進側からは、イタリアにおけるベルルスコーニによる異常なマスメディア支配、という特殊性に基づく必要悪にすぎないという反論があり得る。そこで、これに匹敵する日本でのマスメディアの異常性について、マスコミ関係者やマスコミ学者、これに詳しい弁護士などの意見や協力が必要だと思う。これらを踏まえて団の意見書とし、イタリア調査報告書とセットにすることが好ましいと思うが、時間的余裕がないので、各界の発言集的なものにするのも一つの方法である。ぜひ検討してほしい。

 日本ではサラ金に対する世論の批判を受けて広告収入が減少しているから、「自主規制」ではあてにならない。また、電通の実態の解明も必要だと思う。

(5) もっとも、自主規制もマスメディアに十分検討してもらう必要はあり、少なくとも国家権力による介入を許さないためにも必要である。このことはマスメディアとも共通の理解が可能であろう。

(6) 労働法制の改悪の問題でホワイトカラーエグゼンプションなどを当面断念させたのは、反対世論と、「残業代ゼロ法案」としてマスコミの報道を勝ち取ったことが大きい。改憲手続法について言えば、内容抜きのマスコミの報道ぶりに対しては、要請というよりむしろ抗議に近い申し入れが必要であろう。特に、(1)公正な情報の伝達の阻害、(2)運動規制、(3)投票における国民の意思の反映の不十分さ、という三点の内容抜きの世論調査の結果、手続法賛成が多数であるなどと報道することは許されない。

三 どう訴えるのか、どう運動を進めるのか

 千葉県弁護士会の三回目の声明の準備

 千葉県弁護士会ではこれまでに、国民投票法と改憲手続法について、慎重ないし反対の会長声明を二回出した。その後は、県弁護士会の憲法委員会の中で馬屋原団員がイタリア調査の報告もし、その結果、執行部の交代時期ではあるが、三月中にその準備をし、四月はじめの第一回常議員会で、イタリア調査の結果も踏まえた三回目の会長声明を出すことになり、現在、同団員を中心にその準備をしている。

 その際、イタリアと同じものにせよ、では会内合意が得られないから、イタリアの例を紹介して、日本では、改憲派による洪水のような有料広告のおそれを一体どうするつもりなのか、まともな議論すら行われていないにもかかわらず強引にこれを成立させようとしていることは許されない、というトーンにすべきであろう。

 もっとも、平和憲法の改悪というねらいに基づいて強行しようとしているのであるから、改憲手続法が必要だ、との立場に立っていると誤解されないような工夫も必要である。

 さらに、今回の声明の送付先は、これまで各種集会を開くときに訴える数百の諸団体にまで広げる予定である。

 団としてのスタンス

 次に、団としてのスタンスをどうするのかが問題である。イタリアのように全面規制、と言い切るのかは、各界の意見を聞いて慎重にすべきだと思うが、当面は、団でも少なくとも前記のように言うことになろうか。

 また、日本でもイタリアのような独立委員会を十分検討すべきだ、と主張するのはよいが、仮にこれが実現する方向に向かっても、立法過程で、イタリアのそれとは似て非なるものに歪められていく危険も考えておく必要がある。

 また、イタリア以外の諸外国についてどうなのかは、外国調査の余裕はないので、とりあえずインターネットや学者から情報収集してみたらどうだろうか。

四 安倍内閣の本気度について

 安倍首相は、成立当初は一見柔軟な態度を示したこともあったが、その後は、支持率の急落にめげず、この問題では断固として強行突破する方針を決めたようである。これはアメリカや財界の強い意向の反映であろう。そしてその後、逆に支持率が少し上がっていることは、(他の要因もあろうが)時代の閉塞感を反映して、小泉前首相の時のような強権的な政治手法を待望する国民の雰囲気の反映ないし復活の側面があるかもしれない。そうなら、これはファシズムの徴候として警戒の必要がある。

 今の時代は、日本がさらにファシズムへの傾向を強めるのか、この問題を通じて安倍内閣を打倒して改憲策動を当面挫折させるのかの、歴史的な転換点にあるのだと思う。



「四・二四『全国一斉学力テスト』の実施をやめさせよう!」

大阪支部  中 西   基

 四月二四日に小学六年生と中学三年生を対象とした全国一斉学力テストが予定されていることをご存知でしょうか。

 全国ほとんどすべての小学六年生と中学三年生が対象になっています。参加するかどうかは市町村の教育委員会の判断に委ねられていますが、不参加は全国でただ一カ所、愛知県犬山市だけだそうです。国立学校の一〇〇%、公立学校の九九・九六%が参加し、参加人数は合計約二三〇万人にのぼります。

 今回の全国一斉学力テストでは、国語と算数(数学)のペーパーテストが実施されるだけでなく、私生活の状況、保護者との関係、家庭の文化的階層などを微に入り際にわたって質問する約一〇〇項目にもおよぶアンケート(『質問紙調査』と呼ばれています。)が同時に実施されます。しかも、このアンケートには出席番号と氏名を明記させることになっています。例えば、「朝食を毎日食べているか」、「普段、何時頃に寝ているか」、「自分は家の人から大切にされているか」、「自分は先生から認められているか」、「一日何時間テレビを見るか」、「家には本が何冊くらいあるか」、「一週間に何日、学習塾に通っているか」、「おけいこごとに通っているか」、「家のコンピューターでインターネットをするか」、「家族で美術館や劇場に行くか」、「家族で旅行をするか」、「家族で夕食を一緒に食べるか」、「家族は学校行事に参加するか」、「新聞やテレビのニュースに関心があるか」、「いま住んでいる地域が好きか」、「地域の行事に参加するか」などなど・・・。これではまったくプライバシーが丸裸になってしまいます。こんな調査が全国ほぼ全員の小学六年生と中学三年生を対象として実施されるなんてことをどれだけの国民が知っているでしょうか。

 文科省は、全国的な義務教育の機会均等と水準向上のために全国一斉学力テストが必要だとしています。しかし、データ収集のためであれば全員を対象にする必要はありません。せいぜい五%か一〇%程度の抽出調査で十分でしょう。OECD主催の国際学力テスト(PISA)でダントツの世界一はフィンランドですが、同国でも学力調査は抽出調査です(朝日新聞社から『競争やめたら学力世界一―フィンランド教育の成功』という本が出版されています。)。

 全国一斉に全員を対象にした意図はもっと別のところにあるのではないでしょうか。

 おそらく、「早寝早起きする家庭の子どもは成績がよい」とか、「家族で一緒に過ごす時間が多い家庭の子どもは成績がよい」などという分析結果を根拠として、国が家庭生活の中身にまで干渉するようになるのでしょう。

 また、統計的には意味がないにもかかわらず全員を対象とした悉皆調査にすることによって、「安倍政権は教育問題で頑張っていますよ!」という世論を誘導しようという人気取り政策(プロパガンダ)の色合いも強いと思います。

 さらには、この全国一斉学力テストの実施は民間企業(ベネッセとNTTデータ)に丸投げされることになっており、民間企業に支払われる税金はなんと単年で六七億円にものぼるそうです。今後も毎年毎年、何十億円もの税金が民間企業に支払われ、これが回り回って政治献金として自民党に還元されるんじゃないかと勘ぐってしまいます。

 全国一斉学力テストなど、学校間の競争を煽るだけです。成績の良い学校、悪い学校とランク分けされて、ますます教育格差が広がることになるでしょう。文科省の平成一九年度予算を見ると、「国語力の育成、理数教育の充実などの総合的な学力向上策の推進」として一〇二億円の予算が組まれています。しかし、その内訳をみれば、「スーパーサイエンスハイスクール」とか「スーパーイングリッシュランゲージハイスクール」などというごく一部の特定のエリート学校のみを対象とした「学力向上拠点形成事業」のためになんと半分以上の六〇億円もの予算がつぎ込まれています。結局、今の与党政府が目指しているのは、ごく一部のエリート養成教育でしかないのではないでしょうか。それ以外の大多数の国民には高度な教育など必要ない、ただ忠実に国のために尽くす愛国心だけを養ってもらえばよい、そんな本音が聞こえてきそうです。

 全国一斉学力テストに参加するかどうかは、最終的には、市町村の教育委員会が判断することになっています。現に、愛知県犬山市は、今年の全国一斉学力テストに参加しないことを決めています。今からでも遅くありません。全国一斉学力テストへの参加を取りやめるよう地元の教育委員会に働きかけるべきではないでしょうか。統一地方選挙でもこの問題を争点に取り上げるべきではないでしょうか。



「憲法改正と人権・平和の行方!」

日弁連憲法施行六〇年シンポのご案内

埼玉支部  大 久 保 賢 一

日弁連の企画

 日弁連は、憲法施行六〇年記念行事として連続シンポを企画している。「憲法改正と人権・平和の行方!」を統一テーマとして、四月二一日(土)には「規制緩和と格差社会から考える」(パートT)、七月二一日(土)には「イラク戦争から何を学ぶか」(パートU)が予定されている(いずれもクレオ)。

 パートTの講演者・パネリストとして、二宮厚美神戸大学教授、愛敬浩二名古屋大学教授、水島宏明日本テレビ報道局解説委員、小久保哲郎弁護士(大阪弁護士会)、宮尾耕二弁護士(奈良弁護士会)が予定されており、パートUでは、品川正治経済同友会終身幹事、浅井基文広島平和研究所長、愛敬教授(二回とも参加)、他が予定されている。

日弁連の憲法問題での取り組み

 日弁連は、一〇年前、一九九七年の憲法公布・施行五〇年に際して、「生かそう憲法!国民主権、私たちが主役です」を統一テーマとして記念行事に取り組んでいた。五月の定期総会においては「憲法五〇年・国民主権の確立を期する宣言」が採択されている。そこでは「日本国憲法五〇年にあたり、心を新たにして、日本国憲法を尊重し、人間の尊厳を守るために、国民主権の確立をはじめとする諸課題の達成を目指し、国民とともに力を尽くす決意である。」と宣言されている。

 同年一〇月の人権擁護大会においては、「国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言」が採択されている。そこでは「多くの人々とともに、国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現をはじめとする憲法の基本原理の実現と定着のために、全力を尽くすことを宣言する。」とされている。

 そしてその後の憲法状況の変貌、即ち、政党・新聞社・財界などから相次ぐ改憲案の提唱、国会の憲法調査会の最終報告、自民党の「新憲法草案」の公表などを踏まえ、二〇〇五年一一月の人権大会において「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」を採択している。この宣言は、改憲論の内容に危惧を表明しつつ、「二一世紀を、日本国前文が謳う『全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利』が保障される輝かしい人権の世紀とするため、世界の人々と協調して人権擁護の諸活動に取り組む決意である。」と結ばれている。

 この宣言について、九条二項の堅持が明示されていないなどとして、否定的あるいは消極的に受け止める意見があることは承知しているが、私は、日弁連が到達した一つの地平として評価したいと考えている。

改憲論の特徴

 ところで、改憲論の代表格である自民党「新憲法草案」の特徴として、@軍隊の保有とその海外での展開、A公益や公の秩序の強調(公共の福祉から公益へ)、B自治体からの役務提供の受益と合わせての負担の分担(「新憲法草案」九一条の二第二項・受益者負担原則の憲法へ導入)、C改憲手続きの緩和などが指摘されている。総じて、立憲主義や日本国憲法の基本原理を後退させる内容となっている。

 その改憲論の背景にあるのは、新自由主義・市場原理主義・グローバリズムなどを基盤とする「市場の自由と強い国家」への指向であり、「規制緩和」・「構造改革」として進められる公共の役割を市場原理に置き換えようとする動向である。「市場の自由」を掲げる「規制緩和」や「構造改革」は、既に教育・労働・福祉・医療など国民生活のあらゆる部面に大きな負の影響を及ぼしており、この「市場原理主義」に基づく改憲が国民生活と基本的人権に何をもたらすかは、既にその醜悪な姿をさらしつつあるといえよう。

 また、「強い国家」への衝動が憲法九条の非軍事平和主義と衝突することは自明である。

日弁連の問題意識

 日弁連は、このような改憲論の動向を踏まえて、現実に提起されている改憲論や「新憲法草案」が目指す社会とはどのようなものなのか、それが人権と平和にどのような影響を及ぼすことになるのかをテーマとしてシンポジュウムを企画しているのである。

 第一弾として、「規制緩和と格差社会から考える」というサブタイトルで、今、日本社会で生起している貧困と格差を洗い出し、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現する」課題(〇六年人権大会宣言)を念頭に置きつつ、改憲論を検証することとされている。

 第二弾として、「イラク戦争から何を学ぶか」として、軍隊の保持とその海外での展開が、この日本をどう変えることになるのかを検証しようとしている。これらの企画を通して、「憲法は誰のため、何のためにあるのか」、ひいては、「国家は何のため、誰のためにあるのか」を探求しようというものである。

改憲阻止のために

 今問われている「改憲論」は、一般的に憲法改正をどう考えるかということでも、自衛隊は違憲か合憲かという議論でもない。問われているのは、国軍を保有し、米国と共同して武力の行使をするのか、個人は国家の都合の範囲内でその人生を送るのか、貧困と格差の拡大を放置するのか、憲法の改正を安易に認めるのかなどという、この国と一人ひとりの人間のあり方の根幹に係わる問題である。

 これらのことは、既に団内部では共通の認識になっていることであろう。けれども、弁護士会も含め、まだまだ「改憲論」や「新憲法草案」の本質的・現実的危険性については周知されていないのではなかろうか。基本的人権の擁護と社会正義の実現をその職責とする弁護士会の中で、これらの問題意識を共有するための努力が求められている。

 日弁連の憲法シンポと各地の弁護士会の憲法行事の成功のために、ぜひとも団員の大きな奮闘と協力を期待する次第である。



団員から男女共同参画の風をまきおこそう

東京支部  中 野 和 子

 団員から男女共同参画の風をまきおこそう

三月一〇日、日弁連両性の平等に関する委員会創立三〇周年記念シンポジウム「進めよう!男女共同参画〜弁護士会が生まれ変わるために〜」に参加した。正式な報告は責任者からあると思うが、とりあえず企画を紹介し感想を述べる。

 男性はあまりいなかったが、各地の理事者の参加もあった。大変参考になるよいシンポジウムであったが、見慣れた団女性部の会員が参加していた程度で、男性団員の姿は見えなかった(大阪支部の岩田研二郎団員が参加されていたようである)。

 大沢真理教授の東大での基本計画策定の奮闘をご紹介いただいたが、法学部と医学部には「討ち入り」をしたそうで、やはり法曹は男女平等が困難な分野だったようだ。人生のリスクヘッジとしては、共働きが最大のリスクヘッジであり、現在の「男性稼ぎ主」型の生活保障システムはむしろ巨大な排除装置(女性や老人を生活保障から排除)と化しており、コンプライアンスを高めることが社会的包摂の土台であり、弁護士会はその要であると期待を述べていただいた。

 高島屋の人事部からは、「性差によらない個別の能力・適正をふまえたマネジメントの徹底」を会社としての課題とし仕事の与え方を工夫していること、「働くあらゆる場面における男女平等に向けた意識・風土の改革」として、意識改革に力を入れていることなどが紹介された。あまり残業もないということで、働きやすそうであった。育児勤務という短時間勤務を女性の二割が利用しているということだった。産休や育児休業に入る前の、そもそもの仕事の進め方の工夫が大切であると指摘された。

 検察庁男女共同参画推進委員会委員長である川野辺検事正は、さすがに強固な組織としての強みを発揮し、意欲・能力のある人は性別にかかわりなく登用されるという組織作りが進んでいると紹介した。推進委員会を発足させる前は単発的な取り組みで終わってしまったが、組織でバックアップすると決めてからは全ての機会に男女共同参画の話をする時間をとり、意識改革に努めたそうである。検察庁は、女性検事が二五〇名、女性事務官も二割になっている中で、男女共同参画推進を図ることが、国民に質の高い公務を提供することになるという考えをもっている。検事は不規則な仕事なので、仕事のメリハリをつけることは自分で訓練すべきことであるが、事務官の拘束については、不可欠かどうかを考え、先に返す工夫をしているそうだ。

 それに引き換え、弁護士は、組織としての意思統一はなく、なかなか男女共同参画が進まないであろうと指摘された。

 第二東京弁護士会が基本計画を本年一月に策定したが、この取り組みも常に意識していないと抜け落ちてしまう。常議員の女性数が減っていないか、各委員会の委員長・副委員長選任に女性の数が足りているかなど、意識しないと数値目標を達成できない。

 検察庁の取り組みと同様に、啓発のために、あらゆる研修の場で、短時間でよいので男女共同参画の取り組みの必要性を話す必要がある。

 日弁連では、まだ計画自体がないという立ち遅れぶりである。あらゆる業界の中で一番遅れているのではないだろうか。そのような立ち遅れに対し、各地の団員が奮起し、あらゆる場面で男女共同参画社会の必要性を説き、行動に移していただければ、各単位会でも弁連でも男女平等が大きく前進するのではないかと考える。特に、会長・理事長の意識改革が必須であり、そのためには、全国で男女共同参画基本計画の策定を役員改選時の選挙政策としていただけるよう、全国の団員に呼びかけたい。なお、団員諸氏の中で、男女共同参画基本法についてまだ深めていないという場合もありうるので、各支部で、是非、男女共同参画基本法及び基本計画について学習会を開催することを要請する。団女性部としては、団内の男女共同参画基本計画の策定を団本部と協議していきたい。



朝鮮半島有事の際の日本からの後方支援(下)

広島支部  井 上 正 信

(前号のつづき)

 以上の見積もりを踏まえて、論文は日本の後方補給上の価値や期待される能力を検討する。

朝鮮半島有事において、日本は地上戦闘が直接波及するおそれがないため、大規模な後方補給施設の展開に適している。空港では、B─七四七が離発着できる空港が、防衛庁管理五,米軍管理四,民間管理二四カ所合計三三カ所存在する。港湾では、外国商船が入港している港湾が一一五カ所存在する。

その結果、日本に期待される機能は、

・部隊展開のための航空輸送支援

大型輸送機の運用が可能な民間空港の使用、運用時間の延長(例えば二四時間運用)、燃料補給等の支援が必要

・装備・補給品集積のための海上輸送支援

民間港湾での荷役、倉庫、梱包資材の支援、燃料・油脂・水・食料支援などが必要

・在日米軍基地機能の強化

・警備支援

・事前訓練のための演習場提供

・NEO(非戦闘員退避作戦)のための支援

 論文は、これらの要求に日本が応えられる能力を検討する。まず自衛隊の能力では、燃料使用量を国内全体の中でみると、軽油で一%以下、ジェット燃料で九%程度、輸送能力では、陸上輸送能力が〇・一%、海上輸送能力が〇・二%、航空輸送能力が一四・二%(大型輸送機では政府専用機の二機のみ)、施設能力では重機保有数で〇・七%、従業者数で〇・二%である。衛生・医療能力では、〇・七〜〇・一%にすぎない。

 陸上自衛隊では、車両は周辺事態への対応のため優先使用するので、米軍の補給活動支援のためには民間の車両・役務が不可欠である。

 海上自衛隊では、周辺事態で作戦行動をとる自衛艦への補給活動のため、対米支援の余裕はない。港湾でも自衛隊基地はコンテナ船用の荷役能力がないので、民間港湾に頼るしかない。

航空自衛隊では、周辺事態での作戦で手一杯なため、かつB―七四七クラスの大型機が同時に多数離発着できる施設がない。

在日米軍自らの能力にも限界がある。

 ということから、朝鮮半島有事での後方補給活動では民間頼みになる。民間の石油備蓄量は国家備蓄四八〇〇万KL、民間備蓄四七〇〇万KL、米・小麦は国内消費量の二ヶ月分を備蓄、営業用トラック八八万両、一〇〇トン以上の国内貨物船四九〇〇隻、二〇〇〇トン以上の外航貨物船約三〇〇隻、旅客機三七〇機、貨物専用機一四機、施設建設従事者六七〇万人、病院約一四〇万床と数字をあげている。

 日本の港湾・空港の地理的位置から、関東以西の港湾・空港が使用されると予想する。京浜・阪神・中京地区の太平洋岸に位置する港湾の価値が高い。艦艇の補給、修理、避難港としても利用価値が高い。しかし、作戦上の柔軟性を維持するため、日本の海岸全周にわたり港湾を利用できる態勢が望ましいとする。津軽海峡、瀬戸内海から関門海峡付近の港湾の利用価値が高いとする。

 この論文は、朝鮮半島有事の際の米軍の作戦のうち、後方補給について、具体的な見積もりを推定しているが、日本が果たすべき役割はこれだけではない。戦闘地域へ送り込まれる兵士は、日本を中継する。そのため、米本土からの増援部隊や補充要員、朝鮮半島からの撤退部隊、各種の支援部隊の兵員が駐留(宿営、休養)し、前線へ送り込まれる前の演習を行う。先に紹介した高井三郎論文では、最盛期に日本へ駐留する米軍兵力は二〇万人を超えると推定している。

 この論文は、有事関連7法案が可決されたことを受けて書かれたものである。論文は「結語」として、「有事法制の制定に伴い、今後日本有事及び周辺事態における後方補給所要に関する防衛庁・自衛隊、米軍と関係外部機関、自治体、民間との間における統制・調整要領についても具体的検討が進められることを期待したい」と述べている。そして、「日本有事であれ周辺事態であれ、予想される膨大な後方支援所要を充足するためには、関係外部機関、自治体、民間等の協力・支援が不可欠であることは、本論での分析結果からも明らかである。自衛隊等の持つ能力は、各機能とも日本全体の能力の一%以下にすぎないことから、作戦の成否はまさに民間等の協力をどの程度確保しうるかにかかっているといっても過言ではない。このような実態を理解し、国民一体となった国土防衛及び周辺事態に対する対処体制を確立することが我が国の課題であることを強調して、本論の締めくくりとしたい。」(ゴチック体は引用者)と述べて、朝鮮半島有事に際して有事法制がいかに必要になるかあけすけに語っている。

 この論文が書かれた頃は、新防衛計画大綱の内容がほぼ固まっていた時期であると考えられる(二〇〇四年一〇月には防衛問題懇談会報告書が公表され、同年一二月に新防衛計画大綱が閣議決定される)。朝鮮半島有事を想定した日米共同作戦計画(CONPLAN五〇五五)が二〇〇二年一二月の日米安保協議委員会へ報告され、日米間での正式な合意となっている。その後の有事法制の制定を受けて、CONPLAN五〇五五をOPLAN五〇五五へ格上げする動きが始まる。ちょうどその様な時期に書かれた論文であることが分かる。

 団通信一二二九・一二三〇号へ掲載された拙文「戦争国家体制作りの源流」で、新聞赤旗〇七年一月三〇日記事が、昨年一一月二一日関係省庁局長等会議が七年ぶりに開かれたり、日米共同計画検討委員会が同年一二月一三日四年ぶりに開かれたと報じたことを紹介した。ゴチック体で引用した論文の「期待」は実際に動き始めているといえる。

この論文を読むと、朝鮮半島有事に際して、対米支援で何が狙われているかよく分かるであろう。おそらく、日米共同作戦計画五〇五五を策定する際にも、このような分析をしながら具体的な所要を推定し、どの港湾・空港を使用し、陸上運送業者や海運業者、航空会社、建設業者、病院、倉庫等をどのくらい動員するかを計画しているはずである。自衛隊や在日米軍の能力は極めて限定されているから、多くは民間頼みになると予想される。これらの民間能力を動員するためのものが有事法制であるから、有事法制は周辺事態でこそ最大限に活用されるものであるといえる。