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中川 勝之 いよいよ開催です!9条世界会議
〜5月連休は幕張メッセへ〜
「九条世界会議」法律家の企画紹介
玉木 昌美 裁判員制度、このまま実施でよいのか
萩尾 健太 改憲=壊憲手続法は憲法違反である
土井 香苗 悪夢の再来 「失踪」と拉致に関する
スリランカ政府の国家責任についての報告(1)
庄司 捷彦 書籍「布施辰治と朝鮮」の紹介
佐藤 真理 『仲間を信じて小林明吉 労働運動五〇年』のすすめ
庄司 捷彦 お知らせ「新しい詩魂の誕生」
杉本 朗 高橋シズヱ『ここにいること』を読む



いよいよ開催です!9条世界会議

〜5月連休は幕張メッセへ〜

「九条世界会議」法律家の企画紹介

東京支部  中 川 勝 之

 これまで「九条世界会議」(@幕張メッセ)の日本&世界の法律家の分科会等を紹介してきましたが、最後に九条世界会議を成功させる法律家の会として把握している法律家の企画をまとめて紹介します。是非ご参加下さい。

●全体会(五月四日)

 「市民と弁護士が歌うベートーベン第九交響曲・合唱付き」 午後三時ころ〜(予定)

●分科会(五月五日)

・「環境から見た基地問題」 午後一時〜三時半 101号室

・「国際法律家パネル〜世界の法律家は日本の憲法九条をどう生かすか」 午後四時〜六時半 303号室

●ブース(五月四日〜五日)

・コスタリカに学ぶ会

・コスタリカ平和の会(五日のみ)

・自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議

・東京大空襲訴訟原告団・弁護団

・日本反核法律家協会

・被爆者の声をうけつぐプロジェクト五〇(五日のみ)

・九条世界会議を成功させる法律家の会

●法律家のレセプション(五月五日午後七時〜九時)

 会場 海外職業訓練協会(OVTA:オブタ)研修施設(海浜幕張駅近くです)

 会費 五五期以前一万円、五六期以降五千円(会場にて現金払い)

 申込 法律家の会・事務局(TEL03-3225-1020/FAX03-3225-1025)

●横須賀基地視察ツアー(五月六日)

 行き OVTA研修施設前(午前八時一五分)又はこどもの城前(午前九時半)で貸し切りバスに乗車するか、横須賀・三笠桟橋(一二時四〇分)に集合して下さい

 日程 出航(午後一時一〇分)↓下船(午後二時一〇分)↓

     「ベルクよこすか」会議室で現地の住民運動の方々と交流(午後二時二〇分)↓終了(午後三時)

 帰り 貸し切りバス横須賀出発(午後三時半)↓こどもの城前

     (午後六時)

 費用 未定

 申込 弁護士林治(電話03-3379-5211/FAX03-3379-2840)



裁判員制度、このまま実施でよいのか

滋賀支部  玉 木 昌 美

 裁判員制度が来年5月から実施されることになっている。しかし、現在の制度設計のまま実施することについて団として何も発言しないでいくのかが気になっていた。4月の常幹には議題にもなっていなかったものの発言したので報告する。

 先日、滋賀弁護士の会長は、記者会見で裁判員制度については会内に異論がないようなコメントをしていたので、大いに異論はあるということで意見を出した。この問題について新潟弁護士会の決議が出されたが、私は基本的にこれに賛成である。裁判員制度をこのままの内容で実施することは果たしていいのか、司法改革として国民にとってよいことになるのかきちんと議論すべきである。

 そもそも裁判員の負担をかけないようにするあまり、連日開廷など拙速な手続にするなど本末転倒で許されない。制度ができあがったときから、大半の弁護士にとっては、弁護士会が求めていたとはおよそ異なる、別個の奇怪な制度ができたという印象であったし、滋賀に丸田教授をお呼びしての学習会でもそうした議論をした。

 私は、少なくとも、「被告人に裁判員裁判を拒否する権利、選択権を認める」、「裁判員には量刑判断に関わらせない」という2点に絞ってでも実施する前に改正すべきであると思う。「死刑制度を残したまま、国民に裁判員裁判を担当させるべきではない」という団藤元最高裁判事の意見は傾聴に値する。どうして、国民を死刑判断に関与させる必要があるだろうか。また、その改正をするために実施時期が延期されることになっても構わないと思う。

 冤罪の温床である代用監獄や人質司法をそのままにして、「国民の司法参加」の美名のもとに問題のある制度を「決まった以上やるんだ」とすることはできないはずである。裁判所も検察庁もやむなく上からの指示で宣伝しているが、私が知るかぎり、現場の裁判官や検察官の多くも制度設計の中身に疑問を持っており、上記の2点については賛同を得られるのではないかと思われる。

 この点について事務所内で議論したところ、推進派あるいは(消極的)容認派と激しい対立となった。推進・容認派は、「日弁連も参加して制度を作った以上、やる前から改正しろということはできない。」という。日弁連の意見が無視されて、政治的妥協の産物としてある制度の問題点を事前に改めろと言えないのか。「いまさら言うのはおかしい。」とも指摘するが、問題があるものはいつの段階でもおかしい。さらに、「裁判員制度の導入が検討される中、証拠開示が前進し、無罪判決も多くなり、ホリエモン事件等保釈も認められるようになって『人質司法』にも改善がみられる。これを評価すべきである。」ともいう。一定の改善点があることは否定しないが、だからといって手放しで裁判員制度を推進することにしてよいだろうか。

 私の意見は、「裁判員制度をぶっつぶせ」(憲法と人権の日弁連をめざす会、高山俊吉先生)とまで言うものではなく、「やる前に最低限一部制度設計を改めろ」というものであるが、推進・容認派からは、「高山派と一緒だ。」とまで言われている。果たしてそうだろうか(尚、高山先生は尊敬している弁護士のひとりである)。

 さらに、若手からは「一度模擬裁判を担当してから意見を出されたら。」「やってみないとわからない。」とも言われた。模擬裁判で裁判員をどう説得するのか関係者が苦心していることはわかるが、技術の習得に力点が置かれすぎ、制度そのものの肝心な点についての問題意識が薄いように思われる。

 さらに、被告人に選択権を認めるということは、裁判員裁判を選択しなくなる、あるいは「国民の司法参加」を評価していないとも言う。しかし、対象事件を限定できることは裁判員の負担を軽減できるし、そこまでいうなら、職業裁判官だけの控訴審段階で裁判員裁判の結果を否定できることも説明がつかないであろう。

 刑事司法の根本を変えるかもしれない大問題に対し、団がきちんとした議論をしないままに実施時期を迎えることがあってはならないはずである。これまで団があまり触れようとしなかったのは、団員の一部が日弁連で積極的に推進の立場を担っている中、団内において討議すればシビアな対立を生じるからであろうと思われる(それとも、推進・容認派が多数なのか)。地方の一事務所内ですら上記のとおり意見対立するのであるから団内の対立は当然であるかもしれない。5月集会においては、積極的な討議がなされることを期待するが、「討議するだけで何もしない」となることを危惧する。

 (尚、議論の際には、「高山派」「推進・容認派」などと呼び合わないほうがよいので穏やかにやりましょう。)



改憲=壊憲手続法は憲法違反である

東京支部  萩 尾 健 太

はじめに

 二〇〇八年三月、新憲法制定議員同盟が総会を開き、鳩山幹事長ら民主党幹部を初めて役員に迎えて新体制を発足させた。安倍内閣の退陣で一時停止していた改憲の動きが始まっている。新憲法制定議員同盟は、改憲手続法(憲法改正国民投票法・国会法改正)に基づく憲法審査会の始動を要求する国会議員の署名活動などを展開している。

 この情勢を踏まえて、昨年五月に多くの反対を無視して参議院本会議で成立させられた改憲手続法の問題点と、今後の改憲阻止運動における位置づけを論じる。

1 改憲手続法案をめぐる護憲派内部の議論

 二〇〇六年、改憲手続法案の策定当時、反対運動の立ち上がりは鈍かった。それは、一方で、憲法改正は国民主権の行使だが、それなら改憲のための手続法は必要ではないか、との議論が護憲派の内部にもあったからである。それに対し、今次の改憲手続法案は憲法9条改定を中心とする憲法改悪の手続法だから反対だ、との論陣が張られた。他方で、改憲手続法の中身を議論するのは良い改憲手続法なら容認する、という条件闘争になる、との批判もあった。さらに、改憲手続法が通っても国民投票で改憲案を否決すればよいから改憲反対に力を集中すべき、との論調も、一致点を大切にする大衆団体にはあった。

2 壊憲手続法の狙い

 たしかに、今次の改憲手続法は、「戦後レジームからの脱却」による「美しい国 日本」づくりを唱える安倍前首相が成立に執念を燃やしたものである。そして、二〇〇五年の自民党新憲法草案や衆参両院の憲法調査会で議論された改憲の実現こそが、「戦後レジームからの脱却」であり、そのために提案された改憲手続法案であった。背景には、反テロ戦争の名の下に新自由主義のグローバル化を推し進め、反対勢力を撃破していくアメリカと、それに協力して自らも利益拡大を図る日本の支配層の意図がある。

 自民党新憲法草案は、憲法9条2項が定めた戦力不保持を破棄して国防軍の創設を規定するという、侵略戦争を反省し「永久に」戦争を放棄した日本国憲法の平和主義を放棄するものであった。それとともに、人権の制約根拠として、フランス人権宣言以来の解釈に基づき他者の人権の尊重の意味とされた「公共の福祉」に変えて、「公益ないし公の秩序」という「お上」をもってくるものである。

 それらは、「これに反する一切の憲法、法令および詔勅を排除する。」とする日本国憲法の改正の限界を超える。自民党もそれを自覚して新憲法草案としているのは大変挑戦的である。憲法改正限界を超える改憲、すなわち壊憲の手続法を容認することはできない。

3 改憲手続法は人民主権の侵害

 それに加えて、改憲手続法の内容を検討しても、修正論議になるどころか、それ自体多くの問題を含む欠陥法であることが判明する。そして、本来改憲手続法制が国民主権を実現するものであるからこそ、今次の改憲手続法が国民主権の実現とは正反対の国民主権侵害法であり、それ自体憲法違反であることが強調されねばならない。この国民主権侵害法の下では、国民投票で憲法改悪案を否決することも困難であるから、これを発動させない運動が、改憲自体への反対とともに必要となる。

 まず、改憲手続法制は国民主権を実現する、との点に関して、国民主権とは何か。

 アメリカ独立宣言には以下の記載がある。

「すべての人間は、平等に作られている。彼らは、その造物主によって一定のゆずり渡すことのできない権利を与えられている。それらの中には、生命、自由及び幸福追求がある。これらの権利を確保するために、政府(国家)が人間の間に設けられる。政府の正当な権力は、被治者の承諾に由来する。どんな政治形体でも、これらの目的に反するようになったときは、それを変え、または廃止し、人民にとって彼らの安全と幸福を一番実現すると思われる原理に立脚し、また、そういう形式に権力を組織する新しい政府を設けることは、人民の権利である。」

 つまり、平等な人間が、その自由を確保するため国家権力を作り変更し廃止することが人民の権利とされている。この人民の革命権=人民主権であり、国家を作り変更することは主として憲法制定によってなされるので、人民主権=主として憲法制定権とされる。これを行使しうる人民の集団が権法制定権力である。憲法制定権は、その行使に基づく日本国憲法では九六条の憲法改正権として表現され、憲法改正権を行使しうる集団が国民とされている。このように、国民主権は本来、人民の革命権の行使という実力による民意の反映であったし、憲法九六条も改憲に国民投票を要しているのは、日本国憲法が国民主権を人民の憲法制定権力の発動(=人民主権)と捉えていることの証である。そうである以上、憲法改正国民投票も、十分な情報のもとでの熟慮によって形成された民意が鏡のように反映されねばならない。それを阻害する立法とそれに基づく行政は、憲法により制定された権力が人民の憲法制定権力を侵害するという自己矛盾であって絶対に許されない。

4 改憲手続法の違憲性の具体的検討

 具体的には、改憲手続法は少なくとも以下の各点で憲法九六条に反するといえる。

(1)憲法改正広報協議会

 憲法改正が発議されれば、両院の会派の議席比に応じて各一〇人の議員よりなる憲法改正広報協議会が設置され、(1)国民投票公報の作成・配布、(2)各地での説明会の開催、(3)国費による新聞・ラジオ・テレビなどによる宣伝に携わる。

 しかし、議員による広報協議会の構成は、本来、改憲国民投票が立法とは切り離された憲法制定権力の行使であることに反する。広報協議会は、国会から独立した公正・中立な第3者機関によるべきである。しかも、国民の熟慮に資するためには、賛成・反対同数の委員により構成されねばならないのであり、議席比に応じた委員により構成されるというのは、憲法によって制定された立法権が憲法制定権力を侵害することである。

(2)有料広告

 改憲手続法では、有料のテレビ、ラジオ、新聞などの広告の規制は投票一四日前からしか制限されていない。全国的に効果のあるテレビCMを作ろうとすると数億円かかるとされている現状では、資金力が豊富な改憲を主張する財界やその援助を受けている改憲推進勢力に「金で憲法が買われる」危険がある。護憲派は資金力に乏しい政党・団体ばかりである。公平な情報提供をもとに熟慮により意思を形成するという憲法九六条が予定する憲法制定権力の行使がなしえない。

 イタリアでは、有料政治広告は禁止されており、無料広告も賛否同時間とするイコールタイム制度が採られている。これは、メディア王ベルススコーニ元首相によるメディア支配を経験したイタリア国民の出した結論である。各政治主体がメディアに平等にアクセスすることを通じて国民の選択の自由を保障すべきだとの原則が確立されている。

(3)短すぎる期間

 改憲手続法では、国会における憲法改正の発議から国民投票までの期間は、「六〇日以後一八〇日以内」とされている。

 しかし、前述の国民投票公報は憲法改正の発議から三〇日以内に中央選挙管理委員会に提出されることとになっており、その後各都道府県で印刷され、配布されるから、さらに数日はかかり、国民投票公報を見て考慮する期間は最短で二〇日程度になる。それでは、国民主権の行使のための熟慮期間としては極めて不十分である。

 諸外国と比較しても、たとえば、スペイン憲法では、政体や基本的人権等の重要事項の改正には、国会の3分の2の多数により、総選挙をはさんで2度の発議が必要であり、その後国民投票に付される。

 また、スウェーデン憲法でも、総選挙をはさんで2度の国会の発議が必要とされ、しかも、最初の発議がなされて総選挙が行われるまでは少なくとも9ヶ月必要だとされている。

(4)「有効投票」の過半数で承認、最低得票率なし

 改憲手続法では、改憲は国民投票の無効票を除いた投票総数の過半数、つまり有効投票の過半数の賛成で承認される。しかし、改憲国民投票は、一定の内容への賛否が問われるため、議員の選挙以上に白票・無効票が多くなりやすい。それも一つの民意であり、無効票を切り捨ててるのは、やはり国民主権の侵害である。

 しかも、憲法96条は「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とする。「その」=「投票」と読めるから、承認には無効票も含む投票総数の過半数が必要、と言うのが文言解釈としても素直であり、「有効投票数」とするのは違憲である。

 加えて、憲法制定権力たる「国民の承認」と言えるには「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」を必要とする改憲の発議との対比では、有権者数の3分の2の賛成は必要であろう。にも拘らず、諸外国にあるような最低投票率の定めがない改憲手続法は違憲である。

(5)公務員、教育者に対する「地位利用による国民投票運動の禁止」

 改憲手続法は、公務員、教育者の地位利用による国民投票運動を禁止している。刑事罰は課されないが、懲戒処分の対象となるというだけで、五〇〇万人の公務員、教育者について、国民主権実質化の手段である政治的表現の自由の行使が萎縮させられる。そのことは、日の丸君が代への処分が乱発されている教育現場の実情からも明らかである。

 欧州各国にはこうした制限はない。

5 壊憲手続法に反対する運動

 以上のように改憲手続法は人民主権という憲法9条に劣らず重要な憲法原則を侵害し憲法九六条に反する違憲の法律である。憲法制定権を侵害して憲法を改正することは、憲法の破壊に他ならないから、その意味でも壊憲手続法と呼ぶべきだろう。まず、このような法律の発動を許さない運動が必要である。

 改憲手続法は、一八もの付帯決議で改善の努力をなすことが指摘されている欠陥法であるが、それを改善しても憲法制定権を侵害する根本的な問題は解消されない。したがって、付帯決議は、欠陥法であることの根拠として活用すべきだが、改善すればよいかのように受け取られないよう、注意する必要がある。改憲の阻止に向けて旺盛に運動を進めよう。

以上



悪夢の再来 「失踪」と拉致に関する

スリランカ政府の国家責任についての報告(1)

東京支部  土 井 香 苗
国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ(*)日本駐在員

*ヒューマン・ライツ・ウォッチは、世界80カ国の人権状況を常時モニターする世界最大級の国際人権団体。本部ニューヨーク。

●第一回

 インドの南東の海上にある島国スリランカ。リゾート地として訪れたことがある人もいるかもしれない。実は、この小さな南洋の島国は、二〇〇六年及び二〇〇七年、世界最大の「拉致・強制失踪」発生国となった。しかも、大部分にスリランカ政府軍が関与している。国連やNGOそして世界各国が、こうした人権侵害を止めるための国連の人権監視ミッションの派遣を提案している。しかし、スリランカはかたくなにこれを拒み続けている。

 日本はスリランカに対する世界最大の援助国。スリランカ政府に大きな影響力を持っている。しかし、残念ながら、日本も、「国連人権監視ミッション」へのサポートを頑なに拒んだまま。スリランカに再来している「失踪」危機という悪夢を止めるため、日本政府が、一刻も早く国連人権監視ミッションへの支持を表明することが求められている。

 以下、4回にわたり、ヒューマン・ライツ・ウォッチが、今年三月六日に発表したスリランカでの拉致・強制失踪に関する報告書「悪夢の再来」のプレスリリース及び報告書の要約を紹介する。

 第一回目の今回は、報告書の発表に関するプレスリリース「スリランカ:政府軍による『失踪』という国家的危機」を紹介する。

スリランカ、政府軍による「失踪」という国家的危機
〜緊急に求められる国際人権監視ミッション

(ニューヨーク二〇〇八年三月六日)

 本日発表された新しい報告書の中で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、国家的危機といえる広範囲の拉致と「失踪」の責任が、スリランカ政府にあると述べている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、同国政府に対し、「失踪者」の所在を明らかにすること、即刻現状を改め、犯罪者を処罰することを、強く求めている。

 二〇〇六年に政府とLTTE(タミル・イーラム解放の虎)の大規模な戦闘が再開されてから、スリランカ政府軍及び政府よりの武装グループは、数百人もの人々を「失踪」させ、拉致している。おそらく被害者の多くはすでに死亡していると思われる。

 二四一ページに及ぶ本報告書は、『悪夢の再来:「失踪」と拉致に関するスリランカ政府の国家責任についての報告』と題され、ヒューマン・ライツ・ウォッチが情報を得た数百件のうち、九九件について報告している。そして、今日にいたるまで、スリランカ政府の対応が、極めて不適切であったことを、検証したものである。二〇〇六年及び二〇〇七年、国連の強制的・非自発的失踪に関する作業部会は、世界どの国より多くの新たな「失踪」事件がスリランカで発生したとしている。

 「かつて人権擁護活動家であったマヒンダ・ラージャパクサ大統領は、自らが率いる政府を、世界最悪の強制失踪犯罪者にしてしまった。停戦が破棄されたからには、政府が真剣に対策をとるまで、この危機は続くということだ。」ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレーン・ピアソンは、述べる。

 国際法のもとでは、国家による強制失踪とは、国家が個人の身柄を拘束し、且つ、拘束したことを否定するか、または所在を明らかにしない場合を言う。「失踪」した人々は多くの場合、拷問され、超法規的に処刑される。被害者の親族は苦しみ続ける。つまり、強制失踪は継続的な人権侵害である。被害者の生死か所在が明らかになるまで、苦しみが継続するからだ。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチが検証した事件の大多数において、政府治安機関(陸軍、海軍及び警察)の関与が示されている。

 「失踪者」の親族が、自分の親族が、どの部隊によって、どのキャンプに、逮捕連行されたのかを、特定できているケースもある。また、制服の警察官、主に刑事部(CID: Criminal Investigation Department)の警察官が、「失踪」する前に親族を拘束したとの親族の説明もあった。

 バイラムトゥトゥ・バラタラサン(四〇才、トラック運転手、5人の父親)は、二〇〇七年一月七日にコロンボの自宅で拉致された。以後、消息不明である。ヒューマン・ライツ・ウォッチへの妻の報告は以下の通りである。

 「二〇人ほどのグループが家を取り巻きました。警察の制服を着た人も私服の人もいました。一人の警察官が家に入って来て、私たちにIDカードを見せるように言いました。私は奥の部屋にIDカードを取りに行きました。戻ったときには、夫も警察官も居ませんでした。私は家を飛び出して、暗闇の中、道路に停まっているるバンを見つけました。その道路に向かって走りましたが、私が着くより前に、バンは走り去って行ってしまったのです。」

 被害者のほとんどはタミル人だ。しかし、ムスリムやシンハラ人も標的になっている。多くの場合、スリランカ政府軍は、その被害者とLTTEが関連があるのではないかと疑って、「失踪」させる。聖職者、教職員、人道支援関係者、ジャーナリストも同様で、本人を市民社会から抹殺するだけでなく、こうした活動をしたらどんな目に遭うか、という周囲の人間への威嚇として、「失踪」を利用している。

 政府よりのタミル系武装グループも、拉致と「失踪」に関与している。特にカルナ派とEPDP(Eelam People’s Democratic Party)の関与が多く、政府軍とは独立して、あるいは連携して行動している。

 LTTEによる拉致件数は比較的少ない。それはLTTEの主力戦術が、拉致でなく、標的を定めた殺害であるからと考えられる。LTTEによる重大な違法行為はこれに留まらず、一般市民に対する爆撃、政治的暗殺、子どもの強制徴集、支配地域における基本的な市民的政治的権利の組織的抑圧など無数にある。

 この危機に対しても、スリランカ政府には、責任者を捜査し訴追する決意がまったく見られない。これまで政府軍から一人として、「失踪」または拉致への関与について、法の正義(法的責任)を問われた者はない。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカの非常事態関連法が、政府軍に圧倒的な権限を与えており、人びとを恣意的に逮捕拘禁しても罪に問われないことが、強制失踪を容易にしている、と述べた。

 「兵士や警察官が『失踪』を行っても、処罰を免れることができる状況が続いている間は、この忌わしい犯罪は続くだろう。」と、ピアソンは述べている。

 ラージャパクサ政権は、「失踪」その他人権侵害の監視や捜査に向けて、これまでに一連の特別機構を設立してきた。だが、そのどれひとつとして、見るべき結果を生んでいない。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、この失敗は驚くに価しないと言う。なぜなら依然として、スリランカ政府は高官レベルで、問題を矮小化し、危機の深刻さを否定し、政府軍の関与を否定しているからである。

 「大統領や政府高官らが、政府軍に対して、このような違法行為は許容できないと明確な警告を送ることがない以上、『失踪』問題解決のための政府の各機構が機能することはないであろう。」とピアソンは語る。

 スリランカの主要な友好国や、国連人権高等弁務官事務所をはじめとした国連機関も、驚くほど多数の「失踪」と不処罰の蔓延に、深刻な懸念を表明している。そして、政府軍とLTTEが国中で犯している人権侵害行為について調査報告する目的の国連人権監視ミッション設立のため、いっそうの支援をすると表明している。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカ政府が国際監視ミッションに反対していることを深く憂慮している。なぜなら、「失踪」問題解決には、国際的な監視ミッションが効果的であることが、他国のケースで証明されているからである。十分なマンデート及び資金や人的資源を与えられれば、監視ミッションは、スリランカ政府もその他のスリランカの国内機関もできなかったことを、やり遂げられるであろう。すなわち、国際監視ミッションは、妨害されることなく拘禁施設を訪問して被拘禁者の所在を確かめること、紛争の両派に具体的事件の情報を求めること、スリランカの警察や人権機構を支援し事件捜査と親族への連絡を進めること、申立のあった事件に関する信頼できる記録を作成することなどができるのだ。

 「スリランカ政府が国連監視ミッションを拒絶することは、すなわちスリランカ政府が、人権を保護すると約束したことに反している。政府が無策でいる間に、多くのスリランカ国民が犠牲を払うことになるのだ。」とピアソンは述べる。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチはスリランカ政府に対し、以下の要求をしている。

 強制失踪が多発する現状を改め、申立てのあったすべての事件を精力的に捜査し、罪を犯した者を処罰するよう、即刻対策を実行すること。

 国連人権高等弁務官事務所と協力して、紛争のすべての当事者によって犯された、国際人権法および人道法違反を調査・報告するため、国際的な監視チームを設立配置すること。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカの友好国(特にインドと日本)に対し、今後、軍事的支援または人道支援以外の支援をする場合には、スリランカ政府が、国際監視団を受入れ、「失踪」が多発する現状を改め、不処罰をなくすための努力をすることを条件にするよう、要求している。

報告書から証言の抜粋

 「彼らはティヤガラヤを殴り始めました。彼のTシャツをはぎ取り、口に押し込んで。近所の人たちが助けに来ましたが、押しのけられました。泣け叫ぶ彼の妻は、銃尻で殴られました。彼女は妊娠9ヶ月でした。彼らは、ティヤガラヤが家に爆弾を隠していると言って、家の周りを掘り返えさせました。家の中も捜して、すべてをひっくり返していったのです。何も出てきはしません。彼が歩けないまでに、ひどく殴りました。そして抱え上げて、バイクで連れ去ったのです。」

 ―ティヤガラヤ・サラン、二五才、二〇〇七年二月二〇日夜、ジャフナ州東プトゥールにて「失踪」、親族の証言

 「村人たちが、パティナテールとアントンが、軍人に取り調べを受けているのを見たと、言いました。軍人は彼らに銃口を向けていました。そして彼らをパウエル(車種名)に乗せて、彼らの自転車も別の車両に載せました。軍隊が離れろと言うので、村人たちはよく見ることができませんでした。今では、村人たちはひどく怯えて、見たことを人に話すこともできません。」

 ―アントン・プラバナント、二一才、パティナテール・プラサンナ、二四才、二〇〇七年二月一七日、ジャフナ州にて「失踪」、アントンの親族の証言

 「私たちが(コディカマムの)軍キャンプに行くと、甥の自転車が停まっていました。軍隊の敷地内で、キャンプの近くです。兵士に甥のことを尋ねると、逮捕したことを否定しました。自転車を見たと言ったら、彼らは腹を立て、誰があそこへ行って見ていいと言った?また近づいたら、撃つぞ。≠ニ、怒鳴りました。私たちは地域のGS(地方文官)と警察に、自転車を取り返して欲しいと頼みましたが、できませんでした。最後には、キャンプの司令官が私たちに自転車を返しました。司令官は、私たちが捜している人を逮捕した人間はここにもういない、と言いました。私たちに、自転車だけ受け取って帰るように、と命じたのです。」

 ―タバルバン・カナパティピライ、二六才、シャンガール・サンティバルセハラム、三〇才、二〇〇六年八月一六日、ジャフナ州カチャイにて「失踪」、タバルバンの親族の証言

 「制服の二人が玄関に来ました。武装していました。もう一人、軍のTシャツとジーンズ姿の男がいました。夫をどこへ連れて行くのか、訊きました。Tシャツの男がピストルを私に見せました。もう一度、夫をどこへ連れて行くのか、訊きました。彼はもう一度、ピストルを私に見せ、彼を連れて行ってしまいました。走って追いかけました。白と青、二台のバンで去って行たんです。」

―ラマクリシュナン・ラジクマール、二一才、二〇〇六年八月二三日、コロンボにて「失踪」、妻の証言

(次号に続く)



書籍「布施辰治と朝鮮」の紹介

宮城県支部  庄 司 捷 彦

1、待望の本が出ました。標記の題名です。発行所は、高麗博物館(新宿区大久保一ー一二ー一、第二韓国広場ビル七階)。価格二千円(税別)。

2、昨年一二月一一日付団通信No.一二五七号に上田誠吉団員の論考がありました。《布施辰治の生涯と朝鮮(大石進氏・講演)について》がそれです。その末尾に、大石さんの講演を団員諸兄に届けることを課題として提起されておりました。小生もその方法を模索しておりましたところ、今回、その講演の一つがこの書籍に収められたのです。冒頭にこのことをお知らせします。高麗博物館では昨年八月から約二ヶ月間、「布施辰治展」を開催しましたが、大石さんの講演はその折りのものでした。

3、本書の構成は二つの講演録と二つの論文から成っています。

 講演の一つは前記の大石進さんのもので、八〇頁にわたるものです。この講演の持つ意義については、前記上田先生の稿に尽くされていると考えますが、若干の私見を添えます。令孫として生活を共にしたその経験は家族的親愛を滲ませる言葉となり、同時に客観的史料の研究にも支えられており、語り口は説得的です。

 二つ目の講演は作家高史明(コ・サミョン)氏のもの。「布施辰治と在日朝鮮人の私」と題して。高氏は在日朝鮮人としての生育歴を語り、闇に閉ざされていた青年期の自己を語っています。それは単に個人的体験に止まらず、戦後日本の政治や思想の根源にも触れて、重層的に語られています。辰治との関わりに多くを割いているものではないのですが、辰治との出会いが自らの精神的復活に重く関わっていたことを語っています。又、同氏の著「闇に喰むIII」(角川文庫)ではFT弁護士として登場することを知りました。

 論考は李(イ)ヒョンナン氏(中央大学教授)の「布施辰治と在日朝鮮人」と李ギュス氏(成均館大学校教授の「布施辰治の韓国認識」。前者は、辰治と朝鮮人との関わりについて、その端緒と経過を正確に跡づけています。後者は、辰治の内心に踏み込んで、その韓国観を分析しています。

4、私はこの書籍から多くのことを学びました。関東大震災当時の朝鮮人虐殺の実相、戦後の日本政府が行った「国籍剥奪」「民族教育弾圧」などの理不尽さ。社会的問題の中心に屹立しつつ、日本人としての誠実さを示し続けた弁護士布施辰治。韓国政府が建国勲章を授与したことも自然に思われてきます。

 今年一月、私は大石進氏に誘われ、李ヒョンナン先生の案内で、「韓国の布施辰治の足跡を訪ねる旅」をしました。その体験から、この書籍にある三人の韓国人が語っていることが、現地での布施辰治を巡っての雰囲気と違和感のないことが実感されました。是非、一人でも多くの団員がこの書を繙いてくださることを!



『仲間を信じて小林明吉 労働運動五〇年』のすすめ

奈良支部  佐 藤 真 理

 大阪で二二年、奈良で三〇年にわたって、労働運動に献身してきた小林明吉氏(自交総連なら合同労組議長)の著書を是非、ご一読ください。先般、石川元也先生の提唱で相当数の団員に「押し売り」をさせて頂きましたが、それだけの値打ちがあるものと確信しています。

 本書は、喜寿を迎えて、なお労働組合幹部として、第一線で奮闘されている小林明吉さんが語る痛快な半世紀の物語です。

 中学三年生の一四歳で終戦を迎えますが、「勤労動員中の賃金をよこせ」と住友製鋼所との「初めての団体交渉」を経験して、軍隊が倉庫に残していった洋服生地、酒、醤油などをリヤカー三台に積んで持ち帰るという成果を勝ち取り、早くも組合活動家としての資質の片鱗を現します。

 不当逮捕されて二十数年に及ぶ裁判をたたかった商都交通事件など、大阪時代の活動は「活劇」を見るようです。

 七七年、自交総連大阪地連から派遣されて単身、奈良にのりこみ、「労働運動不毛の地」といわれた土地で、タクシー労働者の組織化に着手。トラックや生コン業界、さらに「何でも相談」の看板どおり、ハイウェイ、学童保育、給食センター、JA、健康ランド、スーパーなど運輸業とは無縁の他業種で働く人々の要求を組織し相次いで勝利して、「自交総連なら合同労組」に発展させていきます。

 「本書は、実質的には、私と四名の弁護士、佐藤真理、坂田宗彦、宮尾耕二、峯田和子さんたちとの共著とも言うべきものであります。」と「あとがき」にあるように、私達四人の弁護士による二九回の聞き取りと編集会議を経て作られた本です。

 居酒屋で何度も聞いてきた大阪時代の「武勇伝」や奈良での苦労話を是非、残しておくべきだと、私達、特に峯田さん(大阪・きづがわ共同)が言い出して、二年近くをかけて出版にこぎ着けました。「小林節」をボイスレコーダーで録音し反訳することを基本としたため、話し言葉でわかりやすく、臨場感のある面白い読み物になったと自負しています。

 「裏切られても裏切らない」「仲間を信じる」が小林さんの信条。

 経済的に困窮する労働者に個人的な貸付を行い、踏み倒されるという経験を何度もされたようですが、組合から離れた人が再び門戸をたたいた時にも受け入れるという「度量の広さ」に驚いたことが一再ならずあります。離脱した組合員に対し「あいつだけは許されへん。再加入は認めん」との意見が支部役員から出される時、小林さんは、「弱い人、遅れた層を含めて、職場で多数を握ることなしに労働条件を根本的に変えることはできない」といつも強調されました。その積み重ねが、厳しい攻撃の中でも、今日、二三職場、約三〇〇人の組織に結実しているのです。

 小林さんは、常に「前向き」で「不屈」の人です。スト現場に立ち会っていた私も会社からの損害賠償請求訴訟の被告にされたことで有名なカイナラタクシー争議では、連戦連勝を重ね、誰もが勝訴を信じていた委員長解雇事件で大阪高裁の逆転不当判決を受けた時、小林さんは「この世で起きたことは、この世で解決できる。引き続き闘おう」と檄を飛ばしました。

  三〇年余に及ぶ自交総連なら合同労組の歩みは、組合つぶしの不当労働行為との「たたかいの歴史」でした。裁判所と労働委員会でのたたかいは、大小あわせて一〇〇件を越えており、戦後、奈良県労働委員会が救済命令を出したすべての審査事件の7割を越えています。労働者の「人間性回復と地位向上」をめざして奮闘する小林さんに意気投合し、弁護士としての私も「労働者の護民官」を自認して活動してきました。労働弁護士としての今日の私を育てたのは間違いなく、小林さんの存在です。私は大半の事件に関与し、小林さんとの「二人三脚」でほとんどのケースにおいて勝利を収めてきました。

 郡山交通事件では、未払残業割増賃金請求訴訟で一三〇〇万円の判決を勝ち取る。この労働債権に基づいて、会社の組合員に対する日々の営収の引渡請求権を差し押さえる仮処分決定を取る。日々の営収は日報を会社に渡すだけで労働債権の回収にあてる。会社は怒って乗務を拒否してくると、違法ロックアウトだとして、就労妨害禁止と賃金仮払いの仮処分決定を取る。会社はなお、就労妨害を続けたので、就労妨害禁止と拒否期間中一人につき一日二万円を支払わせる間接強制の決定を取る。

 一三〇〇万円の労働債権が三六〇〇万円にふくれあがりましたが、会社はなおも組合員の就労拒否を続行。そこで、資本金一六〇万円、タクシー一四台保有に過ぎない会社に対して更生手続開始の申立をし、一時、組合が会社を自主管理するなどして、三六〇〇万円の労働債権の全額を回収しました。

 裁判や労働委員会で闘ってきただけではありません。生駒市学童保育所では、民営化の流れで、一四名の指導員を解雇。組合を結成して当局と交渉。一万六〇〇〇筆の父母、市民の署名を集め、二か月足らずの交渉で、全員の解雇撤回を勝ち取りました。一年契約の非常勤職員ですが、時給から日給、さらに月給に改めさせ、現在では、各種保険、中退金の加入ばかりか、定期昇給制度まで実現し、正職員に近い待遇となりました。これらはすべて、団体交渉での成果であり、裁判には一切、訴えていません。

 最大の悩みは、組織の維持と拡大の困難さでしょう。本書に寄稿された石川元也団員の「奈良の民間労働運動を開拓した小林明吉さん」は次のように指摘しています。

 小林さんの獅子奮迅の闘いや、多くの勝利にもかかわらず、組織は伸び悩みます。「奈良県での三〇年間に、組合員になってくれた人は一〇〇〇人を軽く越えます。全部の組合員が残ってくれていたら、とうに五〇〇人の組織を達成しています。実際には裁判勝利など、大きな勝利のあと中心になって活動した人が辞めていきほどなくして組合も解散に追い込まれるということを残念ながら何度も経験しました。」と小林さんも嘆いています。「何くそ」と反発するところに闘いの原点がありましょう。だが、勝利の後の持続しない原因の一つは、職場に魅力を持ちえないという中小企業における労働運動の嘆きでしょうが、そこをもう一つ越えていくものがないでしょうか。いま、全労連はもとより連合も、未組織労働者の組織化、さらに非正規雇用問題の解決を第一義的にとりあげています。言うは易く実行は難しい、その実行のさきがけをしてきた小林さんの経験に学び、さらに生かしていくことが求められましょう。この本を、労働組合運動の活性化を志すすべての人に、そして労働事件に関わる多くの弁護士に読んでほしいと思います。

 首都圏青年ユニオンを始めとする青年ユニオンの組織が、神奈川、広島、岐阜など各地に広がり、全国の労働組合運動に大きな希望を与えつつありますが、困難な課題をかかえているものと思われます。

 「労働運動の本格再生を願って」小林さんが熱く語りかける本書から、労働運動が直面している喫緊の課題に取り組む上で貴重なヒントがいくつも得られるに違いありません。

 とにかく、読んで元気の出る本です。知り合いの労働者、組合役員にお勧め頂ければ幸いです。

※『仲間を信じて 小林明吉 労働運動五〇年』(つむぎ出版 一六〇〇円)は、奈良合同法律事務所まで(FAX〇七四二−二六−三〇一〇、電話〇七四二−二六−二四五七)お申し込み下さい。(送料不要)



お知らせ「新しい詩魂の誕生」

宮城県支部 庄 司 捷 彦

 団員が一つの詩集を世に送ります。この文は、その詩集と詩人を紹介するためのものです。

 「詩集 みすゞからうらゝへ」と題されて発行され、作者・詩人の名は「もりかわうらゝ」。この題名から詩集の成り立ちが推測できるし、詩人のペンネームから作者を推定する方もおられるでしょう。

 作者が語るには、昨年の山口での団総会の後、一泊旅行に参加した彼は、仙崎という町に立ち寄り、詩人金子みすゞと出会ったのだという。そこで彼女の瑞々しい詩情に出会い、自らの内から沸き上がる詩心を知ったのでしょうか。やにわに詩創作に取り組んで、瞬く間に数十の詩を創り出したというのです。驚くべきエネルギーです。

 詩集は「生きてるなかまたち」「星とお月さま」「空のおくりもの」「ふしぎだな」「こどものころ」「きずな」「どうするの」「世相を詠む」の八つに分けられ、計六十もの詩で成っています。

 その最初の作品は「庭のなかま」「庭に米つぶすずめがきたよ/ジュースにはちみつメジロがきたよ/水あびしているヒヨドリさん 巣箱の中にしじゅうから/せっせと虫を運んでる/ハチとトンボとカエルとチョウチョ 雨々カエルはピョンピョンと/ほかのみんなはどうしてる みんな生きてるなかまたち」

 どの詩にも「みすゞ調」ともいうべきリズムがあります。みすゞを知る人はついみすゞと比べたくなるかも知れません。しかしここは「もりかわうらゝの世界」、先入観を持たないで、素直に、この詩人の世界に遊んでみることをお薦めいたします。

 そして最後の作品は「ワーキングプア」「毎日必死で働いて/休まず毎日働いて/それでも生活苦しいの 病気をしたらどうしよう/子どもに何も買えなくて/学校出させてあげたいに/ホントは勉強したいのに/学校行かずに働くよ/けなげなひとことかわいそう それでももうける人がいる/自己責任と言う人も/こんな日本にだれがした きっといつかは変わるはず/歴史は前に進むもの」

 自然に対するナイーブな感性を充満させている作品集であるとともに、団員らしい社会への批判的視点も忘れてはいません。一つ一つが短編であり、肩に力を入れないで読み続けられる詩集です。百二十頁を越えながら一冊五百円と極めて廉価。是非、購入へのご協力を!(ご注文は、千葉中央法律事務所・守川幸男団員宛に) 

【千葉中央法律事務所 電話番号 〇四三・二二五・四五六七】

 *五月集会書籍売り場でも販売します。



高橋シズヱ『ここにいること』を読む

神奈川支部  杉 本   朗

 以前にもどこかで書いたことだが、一九九五年三月当時、私は横浜の大倉山というところに住んでいた。正確に言うと、横浜市港北区樽町という、東急東横線綱島駅と大倉山駅の間にある町である。横浜ネイティブの友人に、樽町に住んでいる、と言ったら、樽町とか綱島とか言わないで、大倉山に住んでいると言った方がいい、と言われた。それ以来、大倉山に住んでいる、と言うようになったのだが、どうして樽町がいけなくて大倉山がいいのかよく分からないまま、綱島駅より大倉山駅の方が若干近いから嘘でもないし、と思ってそう言うようになった。まぁそれはどうでもいい話である。

 三月二〇日、いつものように大倉山駅まで歩いて行き、東横線で横浜方面へ行こうとしたとき、地下鉄日比谷線(東横線が乗り入れている)で事故があったので、ダイヤが乱れていると、構内放送が流れた。なんだよ、と思いながら、遅れてきた下り電車に乗って、桜木町駅へ向かった。

 その「事故」が地下鉄サリン事件であったことを知ったのがいつだったのか、もう記憶にはない。事務所ではほとんどテレビを見ないし、そのころはインターネットなどやっていなかったので、普通に考えると、仕事を終えて自宅に戻ってから、ということになる。ただ、うっすらとお昼ころには知っていたような記憶もあるので、何かあったらしい、と普段はつけない事務所のテレビをつけてニュースを見たのかもしれない。いずれにしても、その日のうちのどこかで、ニュースを見たことは間違いない。多数の死傷者が出て、地下鉄の車内からサリンの入ったビニール袋を運び出して亡くなった営団地下鉄の職員の方もいたということもニュースで知った。その職員が、高橋一正さん、この本の著者の高橋シズヱさんの夫である。

 事件当時、高橋シズヱさんは四八歳で銀行のパート職員、高橋一正さんは五〇歳で営団地下鉄千代田線霞が関駅の駅務助役だった。五月の連休には、夫婦二人で、北海道旅行をする予定になっていた。そうしたオーディナリーな幸せな日々が、突然にして失われ、高橋シズヱさんは、「犯罪被害者」の立場に立たされることになった。この本は、高橋シズヱさんが語る、「犯罪被害者」としての一二年の軌跡である。

 一正さんの司法解剖が東大で行われるので来て欲しいと言われ、春分の日でがらんとした本郷の構内で法医学教室をあちこち探し回り、やっと解剖室のあるところにたどりつくところから始まる。待っているように言われた事務室みたいところで、待つ。四時間も五時間も待つ。それでも何の音沙汰もない。しびれをきらして解剖室の方へ行き、やっとみつけた警察官に「まだですか」と尋ねると、「もう葬儀社に引き渡しましたよ」と驚くべき事実を平然と告げられる。遺体ということでいえば、一正さんの遺体の一部はホルマリン標本として保存され、のちにその標本を使って死因の再鑑定が行われているのであるが、遺体の一部が標本とされていたことも、それを使って再鑑定が行われたことも、高橋シズヱさんは知らされていなかった。

 オウム真理教の破産手続が開始してから、国や地方自治体などの債権が被害者の損害賠償請求権を圧迫することが分かった。そこで、国などに対して債権放棄を求めて行われた院内集会では、現行法上債権放棄は無理、というだけの答弁が出席した官僚から続いたこともある(そもそも当時の大蔵省や総理府からは官僚自体来ていなかった)。

 「犯罪被害者」がいかに疎外されているかが、高橋シズヱさんの体験を通じて浮かび上がってくる。そのほかにも、遺族と受傷者との間の微妙なズレや、犯罪の被害者となることで被害者自身の家族関係にも変調を来すことがあるなど、正に当事者である高橋シズヱさんでなければ語りえないことが、語られている。

 しかし、この本は、単にそうした「犯罪被害者」としての苦難だけがつづられているわけではない。他の犯罪の被害を受けた人たちとの交流、犯罪被害者に対するシステムを学ぶためのアメリカへの研修旅行など、ポジティブで、また情報として読んで貴重な部分だってたくさんある。

 高橋シズヱさんというのは、会ってみれば、きさくで明るいおばさんである(失礼?)。弁護士との会議のときなんかも、大抵、お菓子を買って持ってきてくれる。そうした明るさが、この本のポジティブな面に現れているのだと思う。しかし、逆に、それだけ明るい人であっても、日本で犯罪の被害にあうことがここまで苦難を強いるということを物語っているように思う。

 私は、特に弁護士会の委員会で犯罪被害者をやったり、民間の犯罪被害者(支援)団体等にコミットしているわけでもない。オウム真理教被害対策弁護団や地下鉄サリン事件被害対策弁護団の末席として、あるいは坂本弁護士一家損害賠償請求弁護団の事務局長として、オウム真理教の犯罪の被害者の人たちと接点があっただけである。その意味では非常に狭い体験を普遍化してしまっているのかもしれない。しかし、私自身は、日本の「犯罪被害者」ってまだまだ疎外されているし、もうちょっと法的手続に「犯罪被害者」を呼び戻してもいいのではないかなぁと思っている。

 勿論いろんな考え方の人がいて当然だし、いろんな議論がなされるのもまた当然だと思う。でも「犯罪被害者」をめぐる議論を聞いていると、なんか「犯罪被害者」が生身の人間ではなく単なる記号として論じられているのではないか、と感じてしまうときがときどきある。

 高橋シズヱさんは、司法修習生の集会に出席し、次のように述べている。

「被害者という抽象的な存在ではなく、たとえば『高橋シズヱ』という具体的な人間の存在、思いを知ることから、さらに皆様が被害者の問題に関心を持たれることを希望しています。そして、もし、刑事弁護人の立場になられた場合には、被告人にベストを尽くす傍ら、その被害者にも思いを馳せていただきたいと思います。」

「犯罪被害者」問題に興味のある人もそれほどない人も、「犯罪被害者」を記号としてではなく生身の人間としてとらえ、考えるために、ぜひ読んで欲しいと思う。

高橋シズヱ・ここにいること
(二〇〇八年、岩波書店。一七〇〇円+税)