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川口 創 歴史的・画期的なイラク違憲判決
笹本 潤 「9条世界会議」大成功のうちに終わる!
齋藤 信一 9条世界会議仙台集会報告
吉原 稔 中小企業による公共工事への電子入札による
受注の機会を拡大した判決
桐山 剛 裁判員制度のあるべき方向
土井 香苗 悪夢の再来 「失踪」と拉致に関する
スリランカ政府の国家責任についての報告(3)



歴史的・画期的なイラク違憲判決

愛知支部  川 口  創

1 歴史的・画期的な違憲判決

 四月一七日、名古屋高裁でイラクでの自衛隊の活動を違憲とする判決が下され、判決は、五月二日に確定しました。しかも、最高裁に準ずる高等裁判所の判断として確定したことは極めて重要です。

 市民が平和憲法の力を発揮させたのです。まさに歴史的、画期的な違憲判決です。

 判決文はとても分かりやすい文面で、多くの市民に知らされていないイラクの深刻な事実を克明に認定しています。是非多くの皆さんに、まず冊子(三〇〇円)をお買い求めいただき、判決を通した学習会を広げて欲しいと思います(問合せは名古屋の「訴訟の会」052-781-0165まで)。

2 イラクの深刻な実態と日本が戦争をしている現実が違憲判決を産み出した

 違憲判決は、いきなり偶然に出されることはあり得ません。イラクの現状と自衛隊が「参戦」している深刻な事態が、もはや違憲判決を下さなければならないほど、深刻な状況にあったから下されたのです。「私たちは戦争をしている」という事実認識を持ち、政府に対し、憲法を守らせるための「不断の努力」(憲法一二条)を私たちがしていかねばなりません。この点をまず何より強調したいと思います。

3 二〇〇八年四月という時点で違憲判決が下された意味

 この判決が、二〇〇八年四月という時点で下されたという時間軸もしっかり抑えておく必要があります。政府はこの夏にも、恒久派兵法の法案をまとめ、秋の臨時国会に提出をという流れを作っています。今ではアメリカ国内でもイラク戦争は間違っていたという認識が確実なものとなる中で、世界で日本だけが、イラク戦争と自衛隊派兵についての総括を全くしていません。しかもさらに海外派兵を拡大しようとしています。

 この四年間、防衛庁が防衛省になり、米軍再編が進み、アメリカとともに戦争をする国作りが着々と進められてきました。弁護団はその危険性を弁護団は法廷で強調してきました。この判決では、航空自衛隊の空輸が違憲とされたのですから、恒久派兵法はさらに違憲であることは自明です。この判決を恒久派兵法を食い止め、さらに憲法改悪の流れを断ち切るために大いに活用をしていくことが必要です。

4 平和的生存権の具体的権利性を認めた

 この判決は、自衛隊のイラク派兵の憲法違反を認めた点だけでなく、平和的生存権の具体的権利性まで肯定した点でも極めて画期的です。

 これまで裁判上では平和的生存権は「抽象的権利」とされ、裁判で訴えられるものではないとされててきました。今回の名古屋高裁判決では、平和的生存権の具体的権利性を肯定し、「憲法9条に違反する戦争の遂行、武力の行使等や戦争の準備準備行為等」への「加担・協力の強制」も要件に含めるなど、侵害と認める要件を明確に認めました。

 この要件からすれば、今全国で進められている日米軍事再編の結果、特に基地のある地域での被害は「戦争の準備行為への加担強制」にあたり、平和的生存権侵害を主張出来ることになります。さらに、今後政府が進めようとしているさらなる海外派兵についても、法廷で堂々と政府の行為の違憲性を争うことが出来る道が開けました。

まさに画期的です。

5 普通の市民が本気になって憲法九条の力を発揮させた

 三人の素晴らしい裁判官がこの判決を書いて下さったことは事実です。私も裁判官に対して深く深く感謝しています。しかし、判決は「与えられた」ものではありませんし、簡単に、また偶然出された判決でもありません。弁護団と、党派を超え、地域を越えた多くの原告、支援者、平和を願う全ての市民の四年以上の粘り強い闘いによって勝ち取ったものです。この四年にわたり、法廷で弁護団はのべ一〇〇を超える主張書面を提出し、多くの証拠を裁判所に示し、全力で、本気で裁判所を説得し尽くしてきました。また、原告は法廷の内外でイラクの実態を知るための機会をたくさん作り続けてきました。

 この判決は、私たちが市民が本気で、ねばり強く憲法九条を使い、裁判所を通して憲法九条の力を発揮させた結晶です。市民の力で九条の力を発揮させたことに、まず確信を持ちたいと思います。そして、私たち主権者が憲法を実際に、本気になって真剣に使うことこそが、憲法を市民のものにし、これ以上の政府の暴走を食い止めることにつながるということに確信を持ちたいと思います。

 この判決を活かすか殺すかは、私たちの「不断の努力」(憲法一二条)にかかっています。「良い判決が出て良かった」で終えてはいけない。政府はこの判決をつぶしにかかるでしょう。私たちは覚悟をもって、四・一七違憲判決を力に、平和憲法の理念を実現させるために、さらに一層私たちの力を発揮するときです。ともに頑張りましょう。



「9条世界会議」大成功のうちに終わる!

東京支部  笹 本  潤

1、「9条世界会議」は、初日一二〇〇〇人、二日目六〇〇〇人の方々が参加していただき大成功でした。実行委員会の一員として皆様のご協力に感謝いたします。一方、幕張メッセの会場に入れない方が生じてしまいその方々には迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。

 自由法曹団では、昨年の熊本での五月集会以来、「9条世界会議」への協力を訴えてきました。(1)9条によせる世界の声を聞いて、日本の憲法の運動を発展させていくこと、(2)世界に9条を広めて、軍備競争のない世界を作っていくこと、の大きなきっかけがつかめたと思います。3年前からグローバル9条キャンペーンという運動の中で世界の9条によせる声に接してきて、是非とも日本でこのような世界の声を届けたいというのが「9条世界会議」構想の出発点でした。

2、団の国際問題委員会では昨年一一月にナショナルロイヤーズギルドのワシントン総会で9条のワークショップを始めて開催し、団本部の常任幹事会でも三回にわたり時間をとって「9条世界会議」との関わり方について議論してきました。そして法律家七団体で「9条世界会議を成功させる法律家の会」が結成されたのが今年の二月。

 法律家の企画の準備、参加の呼びかけ、賛同金のお願いに自由法曹団はこの間一丸となって取り組んできました。さすがに自由法曹団だと思わせる行動の早さとやり遂げる実行力は本当に驚異的でした。

3、世界的スケールで9条を見た場合、「9条世界会議」は9条の持っている普遍性を感じることのできる会議でした。9条は日本国民だけでなく世界の市民が守らなければならないんだという民弁のイソクテさんの全体会でのスピーチも印象的でした。世界の憲法の条文で単独で知られている条文は9条くらいでしょう。今回来日した世界の法律家に聞いてみても、「他の国の憲法の条文で9条のように知っているものはほかにはない」、と言っていました

 国際法律家パネル「世界は9条をどう生かすか」では、六カ国(韓国、アメリカ、フランス、カメルーン、コスタリカ、日本、シリアはビザ取得できず)のパネリストが、自国の現状を踏まえて9条の価値や平和的生存権を情熱をもって語りました。また、会場発言でもインド、ロシア、フィリピン、イタリア、ベトナム各国の法律家が口を揃えて9条の大切さを訴えました。一方日本の若い法律家や研究者からも報告があり、色々な世代や国籍が融合した企画を成功させることができました。パネルの内容は別の機会に報告したいと思います。

4、「9条世界会議」実行委員会には、様々な問題もありましたが、かなり広範な人々とともに統一して行うことができました。様々な護憲団体、市民団体の他にも宗教団体、学生団体、財界などが参加していました。特に若い人たちが様々なスタイルで世界会議の準備に参加し(ポスター貼りやラジオ出演、エープリルフール号外、かわいらしいキャラクターグッズ販売など)、当日も多くの若い人の参加が見られました。

5、私も今年後半はコスタリカに短期留学し、「9条世界会議」で提起された問題を発展させていこうと思っています。ハイチの法律家がハイチで「9条大使」をやると懇親会の場で表明していました。ハイチは、憲法では軍隊が規定されているが、大統領が軍隊を廃止した国です。日本の法律家が彼らとも協力して、真の「憲法改正」を実現して軍隊のない国を作っていくこともこれからの一つのテーマです。

 日本の法律家分科会「環境から見た基地問題」、第9コンサートについては担当の方の報告があると思います。



9条世界会議仙台集会報告

宮城県支部  齋 藤 信 一

 五月六日、仙台サンプラザを会場に、「世界は9条をえらび始めた」を合言葉に、9条世界会議仙台集会が開催され、二五〇〇人の参加者で会場が満杯となった。

 集会は、宮城の郷土芸能の鹿踊りのオープニングから始まり、ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイ氏、ジョディー・ウィリアム氏のメッセージや「世界は9条を恋している」と題する、世界各地からの9条や9条を守る運動を支持し励ますメッセージを紹介するDVDの上映が行われた。続いて、主催者から憲法9条を守る運動の現状についての報告がなされた後、ノーベル平和賞受賞者のマイレッド・マグワイアー氏の「戦争放棄―殺し合いも暴力もない文化を育てよう」という題での講演が行われた。最後に、アピールの採択がなされ集会が終了した。集会後には、マグワイアー氏を先頭に、会場から仙台駅方面に向かって、集会参加者によるアピール行進が行われた。

 連休の最後の日ということで不安もあったが、宮城県のみならず、東北各県からバスを連ねての参加があり、会場は熱気であふれた。集会の参加者からは、世界が9条に注目していること、9条を守る運動が世界平和の実現につながっていることに確信が持てたという声が多数寄せられている。

 この集会は、9条を守るという一致点で五つの団体により共同で取り組まれた。宮城県では、五月三日の憲法集会を宮城憲法会議などの護憲団体三つが共同で取り組んできた。その後、この三つの団体に宮城県生協連や戦争政策反対連絡会を加えた五つの団体が、年に一、二回の共同行動を取り組むようになり、運動が前進してきた。二〇〇四年三月二〇日のイラク派兵反対集会では、四〇〇〇名を超える参加者が集まり、六〇年安保以来と言われるほどの規模となった。今回の集会の成功は、多くの団体が立場の違いを超え、一致点で共同することにより、大きな力が発揮できたことを示すものである。

 この集会の成果として、9条を守り・生かす運動に新たな視点を加えることができたことが上げられる。集会の参加者から、DVDの上映や、マグワイアー氏の講演を聴いて、世界平和実現のために9条や9条の精神を取りいれようと活動している人々が世界に多数存在していること、カナダのバンクーバーには9条を守る会ができていることなどを知り、「世界は9条をえらび始めた」ことに確信が持てたという感想が多く寄せられている。集会の翌日から、「集会で上映されたDVDを使って学習会を開催したい。入手方法を教えて欲しい。」との問い合わせがなされるなど、世界を視野にいれた9条を守る運動が具体的に進められようとしている。



中小企業による公共工事への電子入札による

受注の機会を拡大した判決

滋賀支部  吉  原   稔

 四月一七日、大阪高裁(大和陽一郎裁判長)は、大津市の水田電工(水田稔社長)が国に対して求めていた国家賠償請求について、五五万円の損害賠償を認める逆転勝訴の判決をした。

 これは、従来何回も入札落札していた国土交通省の国道道路維持照明管理工事について、水田電工が電子入札で入札参加したところ、国交省の担当者が、建設業法上、社長であって営業所の主任技術者であるものが工事現場の主任技術者を兼任することはできないから、主任技術者を別の人と差し替えるようにと差し替えを要求したので、差し替えることができず、入札参加資格を拒否されたもの。

 建築業法の施行規則や国交省の通達では、「二五〇〇万円以下の工事で、営業所と工事現場との間に「近接性」がある場合には、兼任(かけもち)ができる」とする特例があるのに、これを無視して、この特例を説明せず、兼任できないとして差し替えを要求したことは違法とするものである。

 「官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律(官公需法)」は、中小企業に公共工事の参入の機会を拡大すべきものとしており、前記の施行規則や通達は、そのために中小企業の主任技術者が工事を掛け持ちできるようにして、受注する機会を拡大したものであるのに、国交省は、その通達を「知らなかった」とか「近接性がない」といって、大手業者に受注させるために参入を妨害したものである。

 水田さんは、民商の役員で「中小企業の仕事の拡大のため、このような仕打ちは我慢できない」として、国交省の意を受けた他業者の「訴訟を取り下げろ」との圧力を撥ね退けて訴訟を提起したもので、中小企業の参入の拡大のために役立つ判決である。

 本件は、上告なしで確定した。この訴訟では、提訴前の当事者照会を何回も活用して、相手の手の内を把握した。



裁判員制度のあるべき方向

大阪支部   桐 山   剛

はじめに

 裁判員制度の実施が近づくにつれ、実施延期ないし廃止を主張する見解が散見されるようになってきた。

 そこで、大阪弁と日弁連で裁判員制度の制度設計の末端に加わったものとして、裁判員制度のあるべき方向を提案したい。

1 国民の司法参加を実現する立場に立つか。

 この問題を考える上でポイントとなるのは、国民の司法参加を実現する立場に立つかどうかである。

 刑事裁判の絶望的な状況をどう改革するのか、という問いに対する答えとして打ち出されてきたのが陪審制である。わが国には戦前における陪審制の経験があり、また、アメリカの陪審制が大きく紹介されてきたからであった。

 刑事弁護人の腕や良心的裁判官に期待するのではなく、主権者である国民を直接裁判に参加させ、その良心に期待するというのがその哲学である。したがって、国民に対する信頼が当然の前提になっており、同時に被告人の権利保障にも役立つという考えである。

 大阪弁も日弁連も陪審制の実現を目標としてきたが、実際には「陪審制にはロマンがある」という言葉どおり遠い将来のテーマと見られていた。

 ところが、司法制度改革審議会という舞台が設置され、国民の司法参加が 俄然脚光を浴びるようになったのである。

 日弁連は、当然陪審制の実現を強力に主張したが、実現するだけの力がなかったため、裁判員制度という国民の司法参加制度が答申されるに至った。当然のことながら、裁判員制度は、手放しで喜べるような内容ではなく、何とか辛抱できる程度のもの(陪審的な要素を持った参審制)がやっと実現したという感じである(ただし、この評価については、論者によって温度差がある)。

 陪審制は、単なる裁判制度、法律制度ではなく、重要な政治制度であるから、法律家中心の運動では実現不可能である。政治家が決断しなければ実現できない制度である(この点では、死刑廃止も同様)。したがって、現在、わが国には陪審制を実現する力を持った勢力は存在しない。

 裁判員制度に対して消極的、否定的見解を主張する論者の中には、国民の司法参加自体を否定する立場からのものもあるので、まず、国民の司法参加を実現する立場に立つことが肝要である。

2 陪審制しかありえないか。

 陪審制といえば、アメリカの陪審制の印象が強烈なので、アメリカ型を連想するが、ヨーロッパにまで視野を広げるといろいろな陪審制があり、また、参審制も実施されている。

 イギリスでは、重罪はクラウンコートで陪審制、軽罪はマジストレイトコート、中間犯罪がクラウンコートかマジストレイトコートを選択できるという制度になっている。

 デンマークでは、重罪は陪審制、軽罪は参審制の併用である。

 陪審制は、三名の職業裁判官と一二名の陪審員で審理され、有罪無罪の判断は陪審員のみが行い、有罪評決の場合には、職業裁判官が有罪を支持した場合のみ有罪となる(これを二重の保証といい、陪審員は量刑にも加わる)。

 スペインでは、殺人や公務員の職務上の犯罪など罪種を限定した陪審制(陪審員九名)である。

 フランスでは、重罪は、職業裁判官三名および陪審員九名の合議体で審理されるが、伝統的に参審制とは呼ばず陪審制、陪審員と呼んでいる(陪審員は量刑にも加わる)。

 イタリアでは、重罪は参審制であり、職業裁判官二名および参審員六名の合議制であり、参審員は量刑にも加わる。

 このように、一口に陪審制といってもいろいろな制度が実施されており、アメリカ型がグローバルスタンダードであるというわけではないし、参審制も機能している。

 したがって、陪審制と心中するならともかく、陪審制を実現する力がない以上陪審的な要素を持った参審制である裁判員制度で辛抱するのもやむを得ない。

 なお、アメリカでは、憲法で陪審裁判を受ける権利が保障されているので、その権利を放棄して例外的にベンチトライアルを選択することもあるが、あくまで陪審裁判が原則でベンチトライアルは例外というのがアメリカ国民の意識である。

 この点で、裁判員制度に消極的な立場から主張される「選択制」は、裁判官裁判と裁判員制度を並列的に見てどちらかを選択するという発想であり、国民の司法参加に対する姿勢が大きく異なる。「選択制」をとるかどうかは、本質的な問題ではなく(本質的な問題であるなら、イギリスやデンマーク、スペインは、本質を踏み外した陪審制を実施していることになる)、立法政策の問題であるが、再考の余地はあろう。

 また、裁判員が量刑に加わる点は、法定刑の幅が非常に広いというわが国刑罰体系の特徴からして(死刑もある)、裁判員が果たせる役割が事実認定の場面よりもはるかに少ないと考えられるので、再考の余地は十分ある(ただし、アメリカでも陪審が量刑をする州がある)。

3 裁判員制度のあるべき方向

 裁判員制度は、陪審的な要素を持った参審制であるが、国民の良心を信頼し、刑事裁判を改革しようとする制度であり、めざす方向は陪審制と同じである。

 実施が近づくにつれ、いろいろな意見が表明されるのは何ら不思議ではないが、すでに議論された内容を蒸し返すだけでは説得力がない。証拠開示や捜査の可視化が動いたのも(不十分ではあるが)、国民の司法参加が実現したからであり、国民の司法参加がなければ何も動かなかった。

 国民の参加意識が低いという世論調査も紹介されているが、どこの国でも当たり前の話であり、革命下の情勢ならいざ知らず、はじめから参加意識が高い国など聞いたことがない。アメリカでも、六〇年代の陪審員は、定年退職者と主婦が大半を占めていたのであり、いろいろな改善工夫が積み重ねられて社会の平均的な構成に近づけられてきたのである。陪審義務を果たして初めて大切な制度であることが実感できたというのもよく聞く感想である。

 したがって、国民に対する啓蒙活動が極めて不十分でとても実践できそうにないとか、弁護側がとても対応できる状況にないとか(恥ずかしいことだが)でない限り、実施延期の理由にはならないのではないか。

 現在必要なのは、議論された内容の蒸し返しではなく、実践を通じた事実の積み重ねであろう。日弁連が陪審制を強力に主張しても、力がなかったため実現できなかったように、議論だけでは打開できない状況である。

 裁判員制度が実施になれば、たしかに裁判員相手の連日的開廷は、とくに否認事件の場合実にキツイ過酷な実践になるが(国選費用も雀の涙程度である)、それに食らいついていき、問題があればそれを全国的に集約して、改善改革を訴えるのが改革を実現する立場ではないか。

 連日的開廷は、陪審制であれ参審制であれ国民が参加する制度の下では、当然の審理形態であり、口頭主義の徹底とともに意識を一八〇度転換させなければならない課題である。ただし、連日的開廷は、必ず連日開廷しなければならないという意味ではないので(イタリアでは、かなり緩やかな開廷であり、よく国民から苦情が出ないものだという印象すら持った)、制度の悪のりには断固闘う姿勢が必要である。被告人の権利を犠牲にしてまで迅速一辺倒の審理に協力すべき義務はない。

 弁護人は、制度の運用において力を発揮できるし、裁判員制度実施後三年の見直しも法律に規定されているので、三年間の実践を通じた事実に基づく改革案を提起すべきである(裁判員制度は、すべての否認事件を対象とし、裁判員は量刑に加わらないというのが私案である。なお、裁判所法三条3項の陪審規定も残っている)。

おわりにー裁判員相手の裁判の恐ろしさ

 現在、裁判員制度の実施に向けて法廷技術を身に付けようと熱心に準備しているグループと裁判員制度に冷たい目を向け何も準備していないグループに別れているように思われるが、無能な弁護人による誤判が起こらないよう念ずるばかりである。



悪夢の再来 「失踪」と拉致に関する

スリランカ政府の国家責任についての報告(3)

東京支部  土 井 香 苗
国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ(*)日本駐在員

*ヒューマン・ライツ・ウォッチは、世界八〇カ国の人権状況を常時モニターする世界最大級の国際人権団体。本部ニューヨーク。

●第三回

誰の責任か

 ヒューマン・ライツ・ウォッチとスリランカの人権団体が行った調査によって、大多数の事件で、政府治安機関、すなわち、陸軍、海軍、警察の関与を示す証拠が確認された。政府治安機関のこうした行動は、同国の対テロ法でより顕著になった。政府軍は、タミル人兵士とJVP武装闘争員に対する作戦の中で、「失踪」や略式処刑など、超法規的手段を用いてきた。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査した事件の多くで、「失踪」者の家族は、身内を逮捕したのが軍のどの部隊だったのか、連行されていったキャンプ、ときには使用された軍用車のナンバープレートまで、正確に覚えていた。

 スリランカ陸軍のチェックポイント、歩哨地点、その他の軍事拠点に近い自宅から、被害者が失踪させられたケースもあった。スリランカ軍の拠点が近いのにもかかわらず、十数人の武装した男たちがやってきて、被害者を家から連れ去ったのだ。目撃者らは、実行者を正確には断定できない場合もあるが、スリランカ軍の関与を疑っていた。大人数の武装した男たちが、スリランカ軍の了解なしに、外出禁止令下の時間帯に自由に動き回り、スリランカ軍のチェックポイントを通過できるとは、到底考えられないからだ。

 身内が、制服警官、特に刑事部(CID、Criminal Investigation Department)の警官に拘禁された後、忽然と「失踪」してしまった、と話す家族が、少なからずあった。警察は尋問の必要があったと主張するが、連行場所を明かさず、「逮捕記録」も残していない。こうした逮捕の後、家族は、拘禁された家族が生きているかそれとも死んでしまったのか、そして生きている場合にはどこにいるのか、まったく情報を得ることができていない。

 スリランカの非常事態関連法によって、政府軍の「失踪」関与は、助長されている。法律によって、軍は圧倒的な権限を与えられており、その結果、広範囲にわたって訴追を免れている。現在施行されている二つの非常事態法の条項のいくつかが、「失踪」を容易にするための、法的枠組みとなっている。これらの条項は、人びとを令状なしに逮捕し、あいまいな容疑だけで無期限に拘禁することを可能にしている。また、拘禁場所の一覧を公表する義務もない。さらに、政府治安機関は、公にすることなく秘密裏に死者の身体を処理することができ、検死結果も開示しなくてよい。その結果、拘禁中の死亡についての適切な捜査は困難になっている。

 スリランカ政府治安機関以外に、拉致と「失踪」に関与していると考えられるのは、政府よりのタミル武装グループである。政府軍とは別に、あるいは連携して行動している。「失踪」者の家族は、しばしばカルナ派の関与を指摘した。カルナ派は、二〇〇四年三月にLTTEから分派し、主に東部とコロンボで軍事作戦を展開している。

 ジャフナでは、いくつかの拉致事件について、目撃者が、イーラム人民民主党(Eelam Peole’s Democratic Party)の関与を指摘している。長年、LTTEの標的となっているタミル人政党である。

 これらのいずれのグループも、スリランカ政府軍と緊密な協力関係にある。スリランカ政府軍と警察は、多くの場合、カルナ派あるいはEPDPのメンバーとおぼしきタミル語を母語とする人たちを利用して、LTTEの支持者を特定し、ときに逮捕する。まずスリランカ軍が家にやってきて尋問し、およそ数時間後に、タミル語を話す武装した男たちがやって来て身内を連れ去っていった、というような家族の報告を、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、複数受けている。

 またカルナ派及びEPDPが、政府軍とは無関係に行動していたように思われる場合もある。LTTEに対する怨恨目的、または、身代金目的の誘拐である。スリランカ政府軍は、これも容認してきた。

 LTTEも、政府の支配下にある紛争地域で拉致に関わってきた。しかし、人権団体や国家人権委員会へのLTTEによる拉致事件の報告数は、比較的少ない。これまでヒューマン・ライツ・ウォッチや他の団体が調査してきたように、LTTEはその支配地域において、深刻な違法行為を多数犯してきた。一般市民を標的とした爆撃、虐殺、拷問、政治的暗殺、基本的な市民的・政治的権利の組織的な抑圧などである。LTTEが、こうした手段で十分満足しているから、拉致をあまり行っていないというわけではない。LTTEによる拉致件数が低いのは、一つには拉致がLTTEの主な戦術でないためである。もう一つには、LTTEは、敵対者を公然と処刑する方を好むことが挙げられる。

 別の理由としては、被害者の家族や目撃者が、LTTEの報復を恐れて、こうした行為をなかなか報告していないということが、考えられる。

誰が標的にされているのか?

 誰に「失踪」の責任があるのかという問題とは別に、誰が標的になっているのか、という問題がある。ムスリムやシンハラ人の犠牲者もいるが、多くはタミル人である。政府軍は、主に、LTTEのメンバーか、LTTEに関係の深いと思われる人物を、標的にしているようである。タミル人の高校生・大学生なども相当数「失踪」させられており、若いタミル人男性が、もっとも頻繁に狙われている標的だ。

 他には、聖職者、教職員、人道支援関係者、ジャーナリストが、「失踪」させられている。本人を市民社会から抹殺するだけでなく、こうした活動をしたらどんな目に遭うか、という周囲の人間への威嚇として、「失踪」を利用しているのだ。

 逮捕された被害者がその後忽然と「失踪」してしまうという北部と東部での事件の多くは、政府軍の封鎖捜索軍事作戦の最中または終了後に起きた。LTTEの攻撃に対する政府軍の反撃軍事作戦である。

 この作戦の間に、軍は、人びとを拘禁した。あるいは、公的身分証明書を没収し、その後、身分証明書の持ち主に、軍のキャンプか関係部署に、当該公的身分文書の返却を受けるために、出頭するように通知した。いずれの場合も、一部の人びとは二度と戻ってこなかった。家族が、スリランカ軍に、所在について情報を求めても、徒労に終わっている。

 ジャフナで際立っているのは、軍隊のチェックポイントで止められた後、「失踪」するという事例である。または、当該被害者を狙って襲撃し、その後「失踪」させる事例もある。ときには、クレイモア地雷を使った攻撃や、同類の攻撃をされた後に「失踪」する人もいる。何件かのジャフナの被害者の家族は、EPDP幹部が、襲撃に加わっていたと考えている。なぜなら、襲撃してきた人びとが母語としてタミル語を話していたし、その容貌からしても、車両がEPDPキャンプの方向に戻っていったことからしても、EPDPの襲撃であろうと考えられるからだ。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、目撃者や人道援助関係者から、東部での「失踪」についての信頼できる報告を受け取っている。二〇〇六年の終わりから二〇〇七年の初めにかけて、戦闘から逃れて、数千人規模の人びとがLTTE地域から避難していたときである。報告によると、政府軍とカルナ派は、政府の支配地域に入ろうとする人びとをスクリーニングにかけ、LTTEメンバーを見つけようとした。

 このスクリーニングによって、多くの若いタミル人が拘禁され、「失踪」した。

 特にコロンボや、東部のバティカロア、トリンコマリー、アンパーラの各県では、政治的目的の「失踪」と身代金目的の拉致の境が、二〇〇六年後半以来はっきりしなくなってきている。さまざまなグループが、不処罰が蔓延していることに乗じて、資金を脅し取る手段として、拉致を働いているからだ。これらの拉致の裏には、犯罪組織の存在もあると考えられるが、カルナ派及びEPDPが、軍備強化の資金として拉致を実行しているという重要な証拠もある。ところが、警察はそのような見方をしていない。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは以前、スリランカ東部地域でのカルナ派による拉致について報告書を発表した。強制徴集の目的で、少年さえも標的にした拉致である。こうした事例では、被害者の家族は、夫や息子が連行され、兵士にされるとわかっていた。しかし、身内が連行された被害者が、生きているのか死んでしまったのか、あるいは、その消息について、連行後、知らされることはまったくなかった。

犯罪の不処罰

 強制失踪は、犯行状態が継続する継続犯に該当する。つまり犠牲者の行方や生死が明らかにされるまで、罪が犯されている状況が継続するのである。この犯罪の継続性のため、残された家族の犠牲は大きく、愛する人が生きているのか死んでいるのか、何ヶ月も何年もあるいは一生、思い患い、苦しむ。「失踪」した人は、処刑・拷問の跡のある死体となって発見される。あるいは、警察の留置場や軍事キャンプに拘禁され、生きていると分かる。あるいは、単に失踪ではなかったと判明することもある。しかし、ほとんどの場合、二度と姿を見せることはない。超法規的処刑の結果、あるいは、または何か別の理由で、拘禁中に死亡したと推定するしかないのだ。

 スリランカで「失踪」がなくならない最大の要因は、組織的な不処罰が蔓延していることにある。そのために、政府軍も政府側の武装グループも、違法行為をためらいなく犯す。

 警察は、ほとんどの事件を捜査しない。進捗状況を被害者の家族に伝えることも、滅多にない。犯人を特定し、被害者がどこにいるのか発見するのに、十分な情報がないと警察は主張する。しかし、本報告で詳細に報告しているように、家族側が、拉致に使われたと考えられる車両のナンバープレートや、関与していると思われる人物の名前や軍隊師団などの詳細な情報を警察に提供した時でも、警察は、調査をしようとしない。こうした具体的情報は、少なくとも捜査の端緒としては十分であるにも拘わらず、である。

 政府が公開した法的処罰(アカウンタビリティ)についての統計によると、罪を犯した者に、法の正義が適用されることは、ほとんどない。二〇〇七年一〇月に、スリランカ政府からヒューマン・ライツ・ウォッチが受け取った文書では、わずかに二件しか法的処理の対象になっていなかった。一件は、具体的に誰と記されていないが、軍の人員が二〇〇五年から二〇〇六年に犯した、人権侵害の事件(政府は事件を特定しなかった)、もう一件は、こちらも人数が具体的に記されていないが、何人かの軍の人員が二〇〇七年バブニヤで、五人の学生を殺害したという最近の事件である。その他この文書にある、拉致や「違法監禁」の起訴事例に、二〇〇六年半ば以降起きたものはないと見られる。

 二〇〇七年六月、空軍少佐ニシャンサ・ガジャナヤケと警察官二名、および空軍軍曹が逮捕されたが、近時の拉致事件で、逮捕された人びとはこれだけである。スリランカ当局は、これらの逮捕が、拉致実行者に毅然たる態度で対処している証拠だとして、広く広報し、容疑者たちを直ちに裁判にかけると約束した。ところが、二〇〇八年二月、容疑者らは釈放されてしまった。彼らに対する容疑も取り下げられたのかどうかは不明である。

(次号に続く)