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長谷川 一裕 西野喜一「裁判員制度の正体」を読んで
土井 香苗 スポーツ選手の権利はどこに?
―我那覇選手事件を通じて(4)
(我那覇選手弁護団の一人として)



西野喜一「裁判員制度の正体」を読んで

愛知支部  長 谷 川 一 裕

 「恐怖の悪法を徹底解剖」「日本の司法を滅ぼす、問題山積の新制度」等というタイトルに惹かれ読んでみた。著者は元裁判官であり、今は新潟大学教授を務めておられる方である。新潟県弁護士会が裁判員制度の導入の延期を決議したそうだが、「種本」は本書であろう。

 裁判員を免れる方法を市民に伝授すること等をキャッチコピーにしているからふざけた本かと思われがちだが、まっとうな中身も含まれている。日本の刑事裁判のことを(視野は狭いとしても)真摯に考えている姿勢は評価できる。陪審制や裁判員制度の問題点を具体的に指摘しており、裁判員制度の運用を考える上で参考になる点もある。

 西野氏は名古屋に在任していた時もあるが、誠実に刑事裁判に取り組んでおられた裁判官であったと思う。

 序言に西野氏の主張のエッセンス、この本を著した動機が端的に示されている、と思う。

 「裁判の対象となっているのは、犯罪という重大で、そして実際には極めて稀な現象です。普通の常識人なら誰でも体験していて、誰でもこれに基づいて健全な判断ができるというものではない。これに対して、裁判官は、専門的な訓練を受けているだけでなく、職務上膨大な数の事件、犯罪を見て、これを証拠に基づいて判断し、その判断の過程を合理的に文章で表現するという仕事を何十年もやっています」「このような彼らの仕事熱心さとモチベーションの高さを生かした訴訟制度を構成するのが一番合理的で賢い政策です」「しかるに、裁判員制度は、裁判官に対して、おまえたちの判断だけでは信用できない(中略)というメッセージを送っている。ですから、裁判官の士気が大きく落ちることも、裁判の内容が粗雑になってしまうことも確実と思われます」 

 どうやら西野氏は、裁判員制度が、プロとしての刑事裁判官に不信任を突きつけられたものと感じたようである。随所で、いかに日本の職業的裁判官が誠実で有能であるかを力説し、素人の参加への強い拒絶感を示している。専門家が独占していた分野に一般市民が参加しようと言うのであるから、当の専門家の一部に反発が生まれることは、それはそれとして自然というものである。

 そのプロとしての意気は大いに買いたいところだが、いささか職業裁判官の実態を美化し過ぎてはいないか。また、裁判員制度の導入の趣旨を正解してないのではないか。

 第1に、裁判員制度は、決して職業裁判官の専門性を無視した制度ではない。司法の国民参加については、様々な論議があり、陪審制の導入も強く主張されたが、裁判員制度は、裁判官の専門性を生かすととともに国民の良識を反映させ、両者の協働によって刑事裁判を行うというものである。

 西野氏は、職業裁判官の優秀性、誠実性を強調されるが、いささかエリート意識の匂いがしないではない。市民代表としての裁判員について「裁判員は小学校卒業しか要件とされていない」という言葉が繰り返し出てくる。その昔(と言っても最近退官したばかりだが)、名古屋には、「起訴状一本主義」あるいは「新聞記事一本主義」と弁護士仲間で揶揄されていた刑事裁判官がいた。言うまでもなく、起訴されただけで有罪と決めつけてしまうという、あるいは新聞記事だけで有罪と決めているのではないかという皮肉である。偏見を持った職業裁判官ほど、始末の悪い存在はない。余談から引き出した結論を、理屈を組立て合理化することに長けているからである。痴漢冤罪事件をテーマにした映画「それでも僕はやっていない」を見た人なら、これは判ってもらえると思う。

 西野氏は、毎日のように証拠に基づき事実を認定し裁いているから、真実を見抜けると言う。しかし、毎日同じ仕事を繰り返しているからこそ生まれる弱点、陥穽もある、と考えたことはないのだろうか。ルーティーンになってしまうと、どうしても、気の緩み、惰性や慢心が生じたり、思いこみが生じたり、自分の狭い経験から物事を判断する経験主義に陥る。その危険性を裁判官だけが免れていると考えるのは、楽観的に過ぎるというべきだ。

 法廷で「二度としません」と反省の弁を述べながら、刑務所と社会の往復を繰り返す常習累犯窃盗や寸借詐欺の被告人たち。鞄の中に覚醒剤を所持しているところを現行犯逮捕され、「自分は鞄の中にあることは知らなかった」「誰かが入れたに違いない」という覚醒剤取締法違反の否認事件は、一〇年以上のキャリアを持つ弁護士なら誰でも一度や二度は遭遇する(もちろん、これらの弁解をする被告人の中には本当に冤罪の場合もあるだろうが、全てが冤罪でないことも当然である)。こういう被告人を毎日裁いていると、どうしても、被告人に予断を抱いたり、偏見が生じたりすることは避けがたいところがあるのではないだろうか。そうしたなかで、無罪の推定という原則を堅持し、本当の冤罪事件を探り当てるということは、そんなに容易なことではない。

 裁判員制度は、裁判官の専門性を尊重、評価しつつ、その弱点を補強し、市民との協働により、よりよい刑事裁判を実現し、ひいては司法を市民に身近なものとし、司法の国民的基盤を確立することをめざすものである。

 裁判員は、はじめて経験する刑事裁判に緊張して参加する。裁判官は、審理が始まる前に、必ず、法廷にあらわれた証拠のみから有罪か無罪かを判断しなければならないこと、疑わしいだけでは有罪とはできず、合理的な疑いを容れる余地がない程度に検察官が立証した場合に限って有罪にすることができることを裁判員に懇切に説明しなければならない、とされている。その教示は、裁判官自身の心に生じた緩みを正し、改めて無罪推定の原則を心に刻みつける契機ともなりうるだろう。

 日本の職業裁判官というものは、大学を優秀な成績で卒業し、まっしぐらに司法試験の受験勉強に打ち込み、司法研修所を卒業して判事補になるところから出発する人が多い。私たちがいた頃は、東大法学部生で司法試験に進んだ学生の多くが人権派弁護士を志していた(団の中でも大いに活躍されている)が、最近は、裁判官や検事に任官するか、渉外事務所に就職する例が多いと聞く。

 法律の専門家だからと言って、必ずしも人間や社会の実情に明るいとは限らない。エリート街道を歩き続け、社会生活の幅も狭い裁判官に、社会の底辺を這いずり回るように生きている人々の生活や感情が理解できるだろうか。老々介護で苦しんだ挙げ句、殺人や嘱託殺人に走る事件が後を絶たないが、介護がどんなにしんどいものなのか、どんなに被告人が追い詰められた状態にあったのか、十分理解できるだろうか。裁判員には、専門的知識はないかもしれないが、人生経験では遙かに先輩である方や個性的な面々がいるであろう。是非、こうした人々の意見にも謙虚に耳を傾けてもらいたいと思う。

 西野氏は、裁判員制度導入は、裁判官は信用できないと言われているようなものだとか、士気が下がると言われる。しかし、そうむくれないでほしいと思う。むしろ、裁判員制度のもとでこそ、経験豊かな職業裁判官の腕が、力量が試される。事実認定と量刑のプロというなら、その自負があるなら、自らが形成した心証について、証拠と論理に基づいて裁判員を説明し説得できる筈であり、それはやりがいのある仕事ではないのか。

 裁判員制度の評議では、裁判官は黒子に徹すべきで、余り発言すべきではないという意見がある。そうだろうか。謙虚でなければならず、裁判員の率直な意見交換が行われるような雰囲気作りは重要だが、それは裁判員に迎合することではない筈だ。無罪の推定の原則を貫くために、証拠裁判主義の原則を擁護するために、裁判官の責任は重い。

 裁判員制度について、所詮、素人とプロの刑事裁判官は対等ではありえない、イチジクの葉に過ぎない等という意見を耳にすることがある。しかし、裁判官三名、裁判員六名により評議を決するという枠組みが意味するところは大きい。仮に、裁判官の発言がそれなりの重みを持ったとしても、裁判員が「イチジクの葉」等というのは当たらない。行政について「説明責任」ということが良く言われるようになった。行政の民主化にとって説明責任は極めて重要なキーワードになっている。裁判員制度は、控えめに見ても、司法の場で、裁判官に市民代表に対し事実認定と量刑判断について説明責任を果たすことを求める意味がある。

 同時に、裁判員になった人は、自ら裁判官席に座り、犯罪被害をこの目で見たり、被害者の心情を聞いたり、被告人の真剣な弁解を聞いたりする中で、裁判や司法をより身近に考えるであろう。刑事裁判とは何か、被疑者・被告人の防御権の重要性を知る契機になるかもしれない。さらには、犯罪がなぜ生まれるのか、民主主義とは何か、自己統治とは何かを考える機会にもなるだろう。市民に縁遠い司法を国民的な基盤の上に構築することにつながる可能性もある。裁判員制度導入は、こうした重要な意義があるのであり、その要の要諦として重要な仕事をするのが刑事裁判官である。

 西野氏には、裁判官室の蛸壺のなかだけで物事を考えるのではなく、日本の司法、引いては統治システムの変革という、もっと大きな視野に立って裁判員制度というものを位置づけて考察してほしいと思う。また、刑事裁判官の大先輩として、こうした重要な意義を持つ裁判員制度に携わることになるであろう刑事裁判官を叱咤激励し、その「士気を高める」ような発言を期待したいものである。



スポーツ選手の権利はどこに?

―我那覇選手事件を通じて(4)

(我那覇選手弁護団の一人として)

東京支部  土 井 香 苗

CASの審理を日本において日本語でできないのか?

 CASの審理は、原則、英語かフランス語で行われます。英語にしても、フランス語にしても、我那覇選手もJリーグも、それぞれの主張のみならず、日本語で書かれている証拠も全て翻訳しなければなりません。

 審理は、CAS本部であるローザンヌ(スイス)で行われるのが原則です。ローザンヌで審理するとなりますと、我那覇選手、証人、弁護団、通訳者などを同行することになりその移動の費用だけでも多額とならざるを得ません。

 しかし、CASの規定では、当事者が合意すれば、日本において、日本語で審理する道が開かれる可能性がありました。弁護団はJリーグに対して、審理の合理性・経済性を考えて、日本において、日本語による審理を提案しました。日本語での審理となると、翻訳・通訳負担が皆無になるわけではありませんが、軽減すると予想しました。

 Jリーグは日本での審理には応じたものの、日本語での審理は拒絶しました。

 我那覇選手と弁護団は、やむなく、日本における英語での審理に応じることとしました。この時点で、翻訳・通訳費用などの実費だけでも一〇〇〇〜一五〇〇万円はかかることを覚悟しました。我那覇選手は、「自分自身で親族、知人に頼ってでもなんとかするつもり」と決意を固めました。

 弁護団は、この事件が我那覇選手個人の権利救済にとどまらないスポーツ界全体へ影響を与える重要な事件と考えておりましたので、「何があってもCASの手続きを進めて、選手が必要な適正な治療を受ける機会を保障しなければならない」、「費用の点については、我那覇選手が一人で背負う事件ではない」、「この事件は、我那覇選手個人のためだけではなく、日本のスポーツ界全体の問題であることは分かってもらえる。きっと多くの支援を得ることができるはずだから」と考えて、我那覇選手が個人的に全費用をまかなうという決意は尊重するも、費用負担をどうするかは最終確定することなく、CASでの審理の準備を始めました。

 この事件が、我那覇選手一個人の問題でなく、スポーツ選手の正当な医療を受ける権利をめぐる日本のスポーツ界における重要な問題であることは、広く理解されたと考えています。多くの支援が得られているという結果が示しています。

CASの審理

 弁護団は、千葉選手の事例を踏まえて、

(1) 二〇〇七年一二月末まで(記者会見後三週間しかない)に仲裁申立、

(2) 二〇〇八年二月上旬までにJリーグの答弁書提出、

(3) 二月下旬に東京で審問、

という予定を立てました。

 ところが、千葉選手の時と比べるとCASの審理件数が一〇倍以上にふくれあがっている事情があり、CASの審理は大幅に遅れ、四月三〇日、五月一日が審理となりました。

 このため、弁護団には、二月中旬から四月末まで一か月半の余裕ができました。CASの仲裁では、我那覇選手の主張立証は、原則として仲裁申し立て時点で終了です。以後は例外的に追加主張・立証が許されるだけでした。

 困難は予想されましたが、我那覇選手は、この予定外の余裕が生まれたことを、無為に過ごすことなく、むしろ好機と考え可能な限りの立証準備を行いました。この結果作業量は増えました。この努力は、一部は実りませんでしたが(CASにおいて証拠不採用)、一部は証拠採用され、今回のCASの決定を導く上で重要な役割を果たしました。

 仲裁人は、小寺彰氏(東大教授)、ハンス・ナタール弁護士(スイス)、マルコム・ホームズ弁護士(オーストラリア)でした。

 審理では、我那覇選手と四名の医師が証言をしました。我那覇選手側が申請をした医師は、後藤前チームドクター、専門家証人の大西祥平医師(循環器科、慶應義塾大学スポーツ医学研究センター所長、教授、日本オリンピック委員会アンチドーピング委員会委員、全日本スキー連盟理事・情報・医・科学委員会委員長、日本相撲協会アンチ・ドーピング委員会委員)、Jリーグ側が申請した医師は、青木治人医師(Jリーグドーピングコントロール委員会委員長)、専門家証人のレフォー医師(外科、自治医科大学教授。外傷外科、腫瘍外科、救命救急外科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部外科教授)でした。

 さらに、山澤文裕医師(国際陸上競技連盟医事アンチ・ドーピング委員、日本陸上競技連盟医事委員長)、鈴木紅医師(東京都立墨東病院循環器科医長)及び大庭治雄医師(国立スポーツ科学センター非常勤内科医師、前国立スポーツ科学センター・スポーツ医学研究部内科)という日本のドーピングコントロールに精通している三名の医師が鑑定的意見を我那覇選手に寄せてくれました。

 また、Jリーグのチームドクターからは、寛田司医師(サンフレッチェ広島チームドクター)及び仁賀定雄医師(浦和レッドダイヤモンズチームドクター)が、JリーグチームドクターのアンケートやJリーグの事前の説明内容に言及をした意見書を寄せてくれました。

 大西医師をはじめとする全六名の医師の意見は、我那覇選手の症状は点滴治療を受ける必要性があったものであり、本件点滴が正当な医療行為であるという意見でした。

 CASの審理では、四月三〇日に、我那覇選手、後藤医師、青木医師、大西医師の尋問を行い、五月一日にレフォー医師の尋問を行い、双方が最終弁論をして審理を終結しました。

 レフォー医師を除く我那覇選手と三名の医師は、いずれも日本語で事実と意見を述べました。しかし、審理における言語が英語のため、双方の代理人が日本語で質問しますと、通訳がこれを英語に翻訳し、その後証人が日本語で回答し、さらに通訳がこれを英語に翻訳することとなり、日本語での審理と比べると二倍以上の時間を必要とする審理でした。

 CASの審理は五月一日に終了し、決定は二〇〇八年六月三日までに行われることとなりました。

 CASの審理が進められる一方で、Jリーグ選手協会は、二〇〇八年一月三日、我那覇選手支援のための募金活動を行うことを決めてくれました。Jリーグチームドクターも独自の募金を開始してくれました。我那覇選手の沖縄の支援者は、沖縄で募金活動するだけでなく、Jリーグの試合会場で「ちんすこう」を片手に募金活動を開始してくれました。支援の輪は次第に広がりました。

 主張・証拠関係文書の多くが医学・法律用語を含んでおり、医学・法学の点から正確な翻訳とするため、難しい翻訳作業となりました。証拠は、厳選して絞り込みました。JSAAの審理ならば翻訳負担を考えずにすみましたので、「出したい」と思う証拠も、翻訳負担を考えると見送らざるをえないものも相当ありました。CASに提出した証拠は、JSAAならば提出したであろう証拠の数分の一に絞り込みました。翻訳費用は予想を上回りました。審理も二日に及んだので審理の通訳費用も膨らみ、関係者も審理会場の都心のホテルに泊まり込みで作業をしなければならないなど、審問が終わった時点での実費は二二三〇万円と予定を超過しました。審問終了時点までの五名の弁護士の総活動時間は七六二時間に及びました。審問の後にも費用は生じています(次号に続く)。