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井上 正信 アフガニスタンは今どうなっているのか
九・一一事件七周年にあたり
萩尾 健太 派兵恒久法の問題点と闘いの課題
福田首相退陣表明を受けて
永尾 廣久 「地方の時代」が到来
〜三〇年続く「弱小辺境」交流会〜
田中 富雄
門屋 征郎
司法改革 過去からの教訓 (後編)
―司法における憲法理念の実現を目指して―
労働問題委員会 一〇・八国会議員要請行動 再度の参加のお願い



アフガニスタンは今どうなっているのか

九・一一事件七周年にあたり

広島支部  井 上 正 信

 ペシャワール会の現地日本人スタッフが誘拐され殺害されたことに、大変衝撃を受けました。日弁連の有事法制問題委員会の最中に飛び込んできた知らせに、あのペシャワール会までもが、と思わず絶句せざるを得ないほどでした。事件の真相はこれから徐々に明らかになるので、それまでは断定できませんが、すくなくともアフガニスタンの現状はそれだけ危険な状態になってきたということだけは断定できます。

 それにもかかわらず、日本の政界に目を向けると、自民党総裁選挙で各候補者は、相も変わらず給油新法の継続を掲げています。彼らには、アフガニスタンの情勢を踏まえて、復興支援のため日本がどのような貢献をすべきか、出来るのかということを真剣に考えるのではなく、対米貢献(従属)と重油供給ルートの安全を軍事力で守るという狭い国益観念に立った議論しかしません。もっと言えば権力闘争の手段として利用するのです。

 私は、更に、政府与党が臨時国会へ給油新法の継続法案を提出し、これに反対する民主党に対して米国から圧力をかけさせ、あわよくば次期通常国会で一気に自衛隊海外派兵恒久法を自公民で成立させようという政治的思惑が出てくるのではないかと予想しています。憲法九条に違反するこの政策は、日本を益々世界から孤立させ、かつ日本の安全を損なうものであると思います。

 元米国防総省情報分析官が書いた「アフガニスタンにおけるタリバンの活動状況:戦術の転換(二〇〇八年三月)」によると、タリバンは今年に入り明らかに戦術を転換したようです。これまでの自爆テロ攻撃、IED(Improvised Explosive Devise 即席爆弾)攻撃から、タリバン勢力圏内で孤立した前哨基地への攻撃を仕掛けるようになりました。タリバンの副司令官は「予想外の目標に対して攻撃を仕掛け、敵をアフガニスタンから追放する」と公式に表明しています。

 八月一九日、カブールからわずか東方五〇キロ地点で、ISAF傘下の仏部隊はタリバンから攻撃を受け、一〇名が戦死したと新聞報道がありました(八月二〇日付共同通信配信)。記事を見ますと、一八日偵察活動中の仏軍部隊とアフガニスタン国軍はタリバンの待ち伏せ攻撃を受け、一九日まで夜どうしで戦闘が続いたそうです。私はこれを読んで、アフガニスタンの軍事情勢は大きく変わったと感じました。タリバン部隊は、正規軍へ長時間攻撃を続行することが出来たからです。仏軍部隊とアフガニスタン国軍がどの程度の規模の部隊であったかは不明ですが、数十名以上であったことは間違いないでしょう。長時間の戦闘を行うためには、それだけの兵員と戦闘物資を必要とします。後方からの補給も必要でしょう。この事件は、タリバンがごく少数の部隊によるヒット・エンド・ラン攻撃から、正規軍と互角に戦闘できるだけの組織された軍事力へ成長していることを示しています。

 タリバンの戦術転換により、今年に入りNGOへの攻撃が増加しています。二〇〇八年一月から三月までの間に、直接攻撃は二九回(内タリバンが一六回、犯罪者集団一三回)、NGO職員一一名死亡、一二名が誘拐されています。これは、既に昨年度を死者の数で上回ります。タリバンの戦術は、カルザイ政権を打倒するため、海外からの援助や投資を阻止しようとしているのです。また、タリバンは犯罪者集団とも協力関係を結んでいるとも指摘されています。

 この情勢に対して、米国はイラクから兵力を引き抜いてアフガニスタンへ向けようとしています。民主・共和両党の大統領候補もアフガニスタンへ兵力を増強するという点では変わりありません。しかしながら、ISAFへ兵力を提供している国の中で、米国をのぞく最大の国である英国では、既に五月二八日までの死者が九七人に達し(現在では一〇〇名を超えます)、過半数の国民は撤退すべきであると考えています。このことは、英国に次ぐ兵力を送っているカナダ、ドイツ、フランスでも同様です(別紙「アフガニスタンでの各国兵士犠牲者数」参照)。軍事力によるアフガニスタン復興は不可能となっているというのが共通認識となってきているのです。この点を象徴的に示したのが、八月二二日ヘラート州でのISAF軍とアフガン国軍による軍事作戦で、民間人が九〇人犠牲になった事件でした。タリバン政権崩壊後最大の犠牲者となったこの事件に対して、カルザイ大統領もアフガン国会も強い抗議をしました。

 ISAFは国連安保理により組織され権限を与えられた国際部隊です。その本来の目的は、二〇〇一年一二月のアフガニスタン復興に関するボン合意を実行するための最大の障害であった、アフガニスタンの治安回復のため、アフガニスタン政府による治安回復・維持を援助し、アフガニスタン政府要員や国連要員の活動の安全を確保することでした(安保理決議一三八六号)。ところがISAFはその後アフガニスタン全土へ展開され、活動期限(六ヶ月)を何度も延長されて、現在のような米軍と一体となった軍事作戦を展開するようになりました。現在ISAF兵力は四万七〇〇〇、そのうち米軍は一万九〇〇〇で、ISAFの指揮権はNATOが執っています。しかしこの米軍はNATO指揮を受けず、米国のアフガニスタン攻撃作戦である「不朽の自由作戦(OEF)」へ組織された米軍へも所属するという二面性を持っているのです。つまり、ISAFはもはや米軍のOEFと一体となった作戦を担っているのです。ISAFを設置した安保理決議の趣旨を逸脱しているともいえるでしょう。アフガニスタンの混迷した情勢の中で、ISAFは問題解決どころか、それ自身が問題の一部となっているのだ。

 アフガニスタンに対して国連が執った集団的安全保障措置は、国連の歴史の中で大きな誤りを犯したと記録されるでしょう。このことは既に九〇年代に国連は手痛い反省をしているのです。ボスニア・ヘルチェゴビナ、ソマリアの国内紛争へ安保理は武力行使権限を付与した、いわゆる平和強制部隊を派遣しました。しかしながら、国連部隊は武力紛争の一方当事者になってしまい、惨めな撤退をしなければならなくなったのです。国連の集団措置はご承知のように、国連安保理決議により加盟国の軍事力を背景に国際紛争を解決するシステムです。米ソ冷戦時代のように、主権国家間の紛争であれば有効に機能する条件があったかもしれませんが、今日のようにほとんどの武力紛争が国内紛争であり、いかに国連の集団的措置といえども、武力行使を伴う措置であれば有効に機能しないばかりか、紛争を深刻化することにもなるのです。今日の世界で国際の平和を維持・創造するためには、国連といえども武力によるのではなく、非軍事的手段で介入すべき時代になってきているのではないでしょうか。その意味で、国連憲章が採択された直後に成立した日本国憲法九条、前文は、当時では先駆的意義があったといえますが、今日では現代的意義があるということを明確に示していると思うのです。

 このようなアフガニスタンへ日本が自衛隊を派遣して軍事的関与を深めることは、自らの安全を犠牲にして米国へ付き従うことに他なりません。これだけは絶対にやってはならないことです。

 ところで、政府はまったく宣伝しませんが、外務省ODA予算から今年三月までに、一三億八〇〇〇万ドル(一五〇〇〇億円近い)を支出しているという事実があります。この支援は、アフガニスタン政府への行政支援、警察組織支援、地雷対策、DDR(武装勢力の武装・動員解除、社会復帰支援)、道路、保健・医療、教育、難民対策、農業、などの基礎的インフラ整備、人材育成、日本のNGO活動への無償資金協力(日本国際ボランティアセンターなど)が含まれるのです。これは、英国に次いで日本は四番目にランクされ、ドイツ・カナダ・フランスよりもはるかに大きい援助となっているのです。

 これに対してテロ特措法による海上自衛隊の給油支援では、総額五八七億円をかけ、七九四回、合計約四九万kl(約二二四億円)の給油を行ったに過ぎません。給油新法での活動はテロ特措法による給油よりも更に実績が下回っているようです。

 この二つを比較すれば、アフガニスタン復興支援にとって日本が何をすべきかは明らかでしょう。国際社会に対して日本の立場を示すのであれば(ショウ・ザ・フラッグ)、この民生支援の実績こそがふさわしいのです。

 ところが、アフガニスタンの現状ではこれらの民生支援そのものが困難になっています。このような情勢の進展の中で、日本が陸上部隊を派遣するなど、私からすれば正気の沙汰とは思われないのです。護憲・改憲の立場の違いにかかわらず、このことは理解されるのではないでしょうか。アフガニスタンの現状をしっかり踏まえるならば、軍事力による復興は既に失敗し、国際情勢をいっそう不安定にすること、アフガニスタンから外国軍を撤退させ、非軍事力による復興支援が今求められていることは、明らかではないでしょうか。

 ましてや、九条改憲の口実として、アフガン問題を利用し、給油新法延長や、自衛隊海外派兵恒久法を制定し、集団的自衛権行使を容認へ突き進むことは、日本と国際社会にとって百害あっても一利もないでしょう。

 注記 以上の私の論述は、最近のアフガニスタン関係のいくつかの資料や新聞報道を基にするものです。不十分な記述や誤りがあれば、それは一度もアフガニスタンへ立ったこともなく、第一次情報もない私の限界として、ご容赦願います。

 この原稿は、「News for the People in Japan」へ掲載されたものです。http://www.news-pj.net/npj/9jo-anzen/index.html

(注)

※死者数は『Iraq Coalition Casualty Web Site』(http://icasualties.org/oef/)より作成した。(平成20年5月30日最終アクセス)

※ISAF参加人数は『ISAF Web Site』 http://www.nato.int/isaf/docu/epub/pdf/isaf_placemat.pdfより 作成した。ただし、参加人数は実際の地上部隊展開人数を反映したものではないと説明されている。(平成20年5月30日最終アクセス)



派兵恒久法の問題点と闘いの課題

福田首相退陣表明を受けて

東京支部  萩 尾 健 太

第一 福田首相の辞任の原因

 本年九月一日、福田康夫首相が辞意を表明した。同日の日経の世論調査では、内閣支持率が八月はじめの内閣改造直後の調査時の三八%から二九%に低下した。他方、不支持率は一四ポイントも上昇して六三%に達した。

 小泉内閣以来の構造改革路線を引き継ぎ、後期高齢者医療制度の導入、社会保障費の自然増の二二〇〇億円削減、原油高騰や物価高に対する無策、それらの結果としての一層の貧困の拡大などにより、国民の六割以上から不信任を突きつけられた政権が続けられなくなるのは当然である。この世論の勝利として、まずは福田首相打倒を喜びたい。

 しかし、喜んでばかりもいられない。福田首相がアメリカの意向に沿えなくなったために辞任を表明したという面も否めない。

 昨年九月の福田首相就任後、アメリカのアフガニスタン侵略戦争を支援するテロ特別措置法が期限切れとなり、インド洋での海上自衛隊の給油活動がいったん中断した。それにたいして、福田首相は、今年一月一一日、新テロ特別措置法案が参議院で否決されても直ちに衆議院で自公三分の二以上の議席による再議決を強行した。

 この新テロ特別措置法は一年間の時限立法であったが、今年七月の北海道洞爺湖サミットでの日米首脳会談の際、福田首相はブッシュアメリカ大統領に対して、新テロ特別措置法の延長を密約した。

 しかし、「再議決」の連発による国民の反発の高まりを恐れる公明党との間に亀裂を生じ、新テロ特別措置法案再議決に必要な八月中の臨時国会招集が出来なくなり、臨時国会召集は九月一二日となった。それがアメリカの逆鱗に触れたのではないだろうか。

 アメリカの意向に反したと言う点は、安倍前首相の退陣の経緯と相似している。改憲の旗振り役だった安倍前首相は昨年七月の参議院選挙で大敗した。安倍前首相は、その巻き返しを期して、インドネシア、インド、マレーシアを歴訪して、「自由と民主主義の価値」のもとに日本とアセアンが結束することを訴え、インドでは極東軍事裁判で無罪を主張したパール判事を讃えた。それはさながら大東亜共栄圏の再来の訴えであった。そうした安倍の態度は米国の考えとそぐわず、その後の日米首脳会談の直後に安倍は退陣した。改憲は米国が要求している面があるが、安倍としては「米国に押し付けられた憲法だから」とナショナリズムを前面に押し出し、従軍慰安婦の強制の証拠はないと述べて世界の顰蹙を買い、アメリカ下院では昨年六月に従軍慰安婦問題で対日非難決議が挙げられていた。

第二 現状をどう見るか 米日帝国主義の意向

 このように、安倍、福田の退陣の背後にアメリカの意向が見える以上、政権が相次いで倒れても改憲策動という点では決して安心はできない。改憲による軍拡は帝国主義の本質的な欲求である。自衛隊の海外派兵を執拗に狙う背景には米国と日本の帝国主義・財界の意向がある。

 二〇〇七年二月に発表されたアメリカの政策シンクタンクの政策提言報告「第二次アーミテージ・レポート」は、「日本への勧告」のなかで「一定の条件下で日本軍の海外配備の道を開く法律(それぞれの場合に特別措置法が必要とされる現行法とは反対に)について現在進められている討論も、励まされる動きである。米国は、情勢がそれを必要とする場合に、短い予告期間で部隊を配備できる、より大きな柔軟性を持った安全保障パートナーの存在を願っている」としている。自衛隊は既に「日本軍」と呼ばれている!

 また、日本経団連が二〇〇一年一月に発表した「希望の国、日本」(御手洗ビジョン)の中では、今後五年間に重点的に講じるべき方策として「憲法上自衛隊の保持を明確化する。自衛隊が主体的な国際貢献を出来ることを明示するとともに、国益の確保や国際平和の安定のために集団的自衛権を行使できることを明らかにする」と述べ、さらに、「憲法上、自衛隊や集団的自衛権に関する考え方が明確になったとしても、内外からの信頼を得るうえではそれだけでは不十分である」として、「場当たり的な特別措置法ではなく、一般法を整備するとともに、安全保障に関する基本法を制定」することを打ち出している。

 このもとで、自民党としては自衛隊の恒久派兵と憲法改悪は必ず果たさねばならない責務であり、そのため局面を打開すべく、首相の顔を挿げ替えようとしているのだ。

第三 政界再編と二面作戦

 本年五月の『読売』の世論調査では「憲法改正反対」が四三・一%、一五年ぶりに「改正賛成」(四二・五%)を上回った。「九条の会」などの草の根の改憲阻止の運動の成果は確かにあるといえよう。

 アフガニスタン派兵のためのテロ特措法に加え、今あるイラク特措法は来年一月末に期限切れを迎える。その状況を受けて、いつでもどこへでも自衛隊を派兵できるようにするために、自民党は海外派兵恒久法をつくろうとしてきた。しかし、世論と運動の影響で公明党が消極的になり、与党プロジェクトは通常国会の会期末に中間報告しか出せず、法案要綱を出せなかった。今度の臨時国会にも出せないだろう。

 そのもとで、改憲勢力はかく乱・再編戦術と二面作戦でやって来ると思われる。

 かく乱・再編とは、民主党の取り込みだ。既に、昨年一一月、福田首相は民主党の小沢代表と会談をして大連立を策した。その根はまだくすぶっている。本年八月末の民主党からの分裂と新党結成、また、前原誠治前民主党代表の動きもある。現状では、民主党は解散総選挙に向けて自民党と妥協することはないとも思われるが、政界は「一寸先は闇」。総選挙の結果、政権交代して民主党政権となっても、派兵が実現し、改憲へ向けて進む仕組みは準備されている。むしろそのための早期解散総選挙だと考えられる。

 まず、民主党、国民新党の議員らを巻き込んで新憲法制定議員同盟が作られ、同議員同盟では、七月二日定例会で臨時国会での憲法審査会設置要請を求めることを決めた。また、マスコミ対策として新聞各紙の政治部長を呼んで懇談するなどしている。

 また、今年一月に成立した与党の新テロ特措法に対する民主党の「対案」は継続審議になっている。総選挙後、または政権交代後にいったん廃案となってもこれが再浮上し、政界再編の道具とされる危険が高い。

 民主党の「対案」を自民党が丸呑みしたら、民主党は自分たちで出した法案なのだから反対するわけにはいかない。それを自民党が民主党を分裂させる格好の材料とすることも考えられる。さらに、派兵に消極的な公明党は弾き飛ばされる危険がある。

 そうした政局の混乱に乗じてさらに派兵恒久法の成立を狙うこともあるだろう。

 二面作戦とは、一つは、一つは迂回作戦、もう一つは正面突破である。迂回作戦としては、上記のような政治状況の中で、改憲のための環境を整備として、現在の派兵法を延長し、さらに派兵恒久法を成立させ、立法によって実質的な改憲をすることである。

 さらに、正面突破として、既に国民投票法=壊憲手続法が成立したもとで、憲法改悪が視野に入れられているのである。

第五 改憲阻止運動に求められるもの

 このような情勢からして、改憲に反対する運動の側が一服している場合ではない。

 現在、必要なのは、今年四月の名古屋高裁イラク派兵違憲判決が喝破したように、すでに日本はアフガン・イラク侵略戦争に参戦しているという現実への認識である。

 アフガニスタンで活動していた日本のNGO「ペシャワール会」の青年伊藤さんが殺害された。同会代表の中村哲氏が「自衛隊が行けば反日感情に日がつき、アフガンで活動する私たちの安全が脅かされる」と語ったとおりの事態になった。アフガニスタン民間人の犠牲者は二〇〇六年には九二九人、二〇〇七年には一六三三人と膨大な人数に上っている。

 英国の医学誌の統計では戦闘などで死亡したイラク人は推計六五万五〇〇〇人以上、難民になった人は約五〇〇万人だという。米軍でも四〇〇〇人以上死に、負傷者はその数倍に及び、帰還兵も戦争後遺症で精神を病む者が多い。

 他方で、二〇〇七年一二月に採択された国連安保理決議によれば、〇八年一二月三一日までが多国籍軍のイラクへの駐留期限となっている。米国は国連決議による駐留がダメなら地位協定などによる駐留を確保しようとしている。日本もイラクで自衛隊が活動するために、地位協定を結ぼうたが、今年九月、これを断念し、自衛隊は、撤兵せざるを得なくなった。次はアフガン戦争に荷担しているインド洋の海上自衛隊を撤兵させねばならない。「こんな侵略戦争に日本は加担していていいのか、伊藤さんの遺志に報いよう」と多くの人たちに訴えよう。そして、イラク・アフガン反戦・自衛隊撤兵を、派兵法反対と結びつけて、かつてのベトナム反戦運動のように攻勢的に展開していく必要がある。さらに、国民投票法反対や、無防備地域宣言など憲法を生かす運動と改憲反対運動を一体のものとして取り組む必要がある。

 加えて、今の日本社会は生活問題が表面化しているので、広範な層には憲法問題を生活問題と絡めて訴えることも必要だろう。その点で、軍事費の問題は重要だ。日本は年間五兆円という世界でもトップクラスの軍事費で、うち兵器の調達に年間一兆六〇〇〇億円をかけている。在日米軍再編で総額三兆円、米軍への思いやり予算で年間二〇八三億円、アフガンやイラクへの派兵費用が総額一七〇〇億円。私たちの生活を圧迫してこんな侵略戦争に税金をつぎ込んでいることを大衆に暴露していくことも大切だろう。

 そうした取り組みのなかから幅広い共闘を作っていくことが必要なのである。そのもとで解散総選挙を迎えなければ、たとえ政権が交代しても、戦争推進と改憲の動きを止めるには至らないことを肝に銘ずる必要があるだろう。



「地方の時代」が到来

〜三〇年続く「弱小辺境」交流会〜

福岡支部  永 尾 廣 久

嘉穂劇場で座長大会を鑑賞

 年に一度の全国座長大会を鑑賞しました。三〇分前には既に満員盛況、すし詰めの座席で弁当を食べながら開幕を待ちます。開演にあたっての口上のとき、照明を落とされて真っ暗となったため、せっかくの弁当も半ばで断念せざるを得ませんでした。

 やがて第一部のショーが始まります。絢爛豪華な衣裳に派手なアクションの振り付けの踊りが繰り広げられまていきす。一万円札が何十枚もつづられたレイが贔屓の役者の首に次々にかけられます。全国から追っかけファンがやってきたのでしょう。ふと、自己破産の依頼者の中に、借金の原因として有名歌手の追っかけをしていたことを挙げた女性がいたことを思い出し、ついつい心配になりました。大枚のレイが首にかかると、観客席は一瞬どよめきます。そんなことが何回となく繰り返されるのを見ると、ただただ恐れおののくばかりでした。

 第二部の劇は人情又旅ものでした。久しぶりに任侠劇を見ました。演目は「一本刀土俵入り」です。田川の中村博則団員は、私よりずいぶん若いのに、「年をとって涙腺がゆるくなって…」という感想をあとで漏らしていました。

 かつて筑豊には五〇もの芝居小屋があったそうですが、今は嘉穂劇場ひとり気を吐いている状況です。ところが、この嘉穂劇場の舞台に二度も立った弁護士がいるというのです。黒崎合同の安部千春団員です。筑豊じん肺訴訟を有利に展開するためには、ここで世間の注目を集める必要がある。そこで、この嘉穂劇場で一般市民の集まる劇をやれ。このように故松本洋一弁護士(北九州部会)に発破をかけられたのだそうです。安部団員は、もちろん悪役、鉱長として労働者を産業報国・増産競争に駆り立てる檄を飛ばします。懇親会のとき、安部団員は、そのセリフを身振り手振りも交えて再現・熱演しました。「兵隊さんが戦場で身を挺してがんばっている今日、銃後の諸君らは石炭増産にがんばってお国に尽くせ」というものです。ものすごい迫力で、さすがに悪役ぴったりでした。

 また、某団員夫人が若い男前の役者に見とれてケータイでツーショット写真を撮ったなどとうれしそうに報告すると、すぐそばに立つ夫団員は憮然として「バッカじゃなかろうか」と吐き捨てたのでした。その、いかにも「嫉妬心」丸出しかのような光景は懇親会を一段と盛り上げたことでした。(某団員、すみません、怒らんでくださいね。)

 以上、長々と紹介しましたが、これは今年九月一三日、筑豊で開催された「弱小辺境事務所交流会」のメーンイベントとしての観劇でした。

 この後、伊藤伝右衛門邸の見学に出かけました。炭鉱王の邸宅ですが、むしろ柳原白蓮の公開絶縁状で有名となった元夫の邸宅といったほうが分かりやすいかもしれません。大変な豪邸です。純和風建築ですが、九州初の水洗トイレがあったり、廊下まで畳敷きとなっていたり、珍しいつくりでもありました。

 交流会二日目の研修会のときの講師によると、筑豊の炭鉱では公式統計で五万人もの労働者が災害で死亡したとのことです。実数では、一〇万人になると見られています。ですから、伊藤邸はまさしく炭鉱労働者の血と汗と恨みで建てられた豪邸なのです。

新世代の到来

 今回の交流会には、福岡と佐賀の一八の法律事務所から一〇八人の参加がありました。もちろん、弁護士だけではありません。事務職員そして弁護士・事務職員の家族も参加しています。

 この交流会が始まったのは、今から三〇年前の一九七八年のことです。角銅立身、馬奈木昭雄、河西龍太郎という諸先輩、そして私などが呼びかけて始まりました。当時、福岡県内で大手の法律事務所だった福岡第一と北九州第一に対抗して、弱小または辺境の地にある団事務所の弁護士・事務職員が親睦と研修をかねて集まったのです。それから毎年、開催地を持ち回りにして三〇年間ずっと続いてきました。我ながら、すごいものだと思います。一度も欠けたことがありません。私は、アメリカ出張と日弁連副会長のときに欠席しただけで、ずっと参加しています。来年は北九州(黒崎)で開催されることが決まっています。

 交流会の二日目午前中は、法律事務の研修というより、一般教養の研修です。今回は、筑豊地方の現代史を学びました。川筋気質とは何かを考えさせられる内容でした。過去の研修会では、テレビのコマーシャル映像の戦後から今日までの変遷を見て勉強になったこともあります。故諌山博団員は、晩年、名画をビデオで熱心に鑑賞しておられましたが、その薀蓄を思い切り語っていただきました。このように楽しい企画が多いのもうれしいことです。

 今回の交流会の最大の特徴は、若手が圧倒的に増えたこと、とりわけ二世が参加したことです。弁護士法人奔流からは、池永満団員の長男夫妻(どちらも弁護士)が赤ちゃんとともに参加しました。佐賀中央の事務職員の野口さんの娘さんは赤ちゃんのときからの参加者ですが、今回はなんと●●ロースクール生として参加しました。二次会のとき、東大の授業を受けたときの衝撃というものを聞かされ、還暦を迎えようとする私なんかより、よほど鋭敏な人権感覚をもっていることに驚嘆させられたことでした。

 弁護士法人奔流は福岡県内の弁護士の少ないところに積極的に支店を展開しています。「うちは弱小辺境事務所の連合体です」と自己紹介していた池永団員の言葉が印象的でした。

 佐賀中央の東島浩幸団員は、福岡の名和田茂生団員の娘さんを迎えることになったが、これで女性弁護士三人となるので、女性協同法律事務所となってしまわないか心配している、と報告して同情を買っていました。女性パワーが地方でも炸裂しつつあります。

 二次会のとき、それまで話したことのない新人弁護士と話し込むことができました。そして彼が真面目に考え悩んでいることが分かりました。こんな人と一緒にやっていきたいと痛感したことでした。日常業務に埋没することなく、弁護士会の委員会活動にも参加するよう励ましました。

 ちなみに、私の事務所は若手事務職員の研修のため、久しぶりに他の事務所に一日研修に出かけてもらうことを計画しています。そんな発想になるのも、この交流会の成果の一つです。

 一九七八年に開かれた第一回の交流会は三〇人ほどの参加者でした。少人数で和気藹々という雰囲気でしたが、今回のように一〇〇人を超える参加者となると、まさに盛大で壮観です。しかも、赤ちゃんが三人も参加していて、それはにぎやかなものでした。生活保護問題でがんばっている北九州の高木健康団員の熱唱を久しぶりに聞くこともできました。

 司法試験に二〇〇〇人が合格する時代です。私たち地方の弁護士が大いに門戸を開いて彼ら合格者を受け入れ、地元の人々にさらに役立つ存在でありたいと痛感しました。

 私の事務所も本年末に待望の四人目の弁護士(女性)が入所することになっています。しかも、来年九月の入所者も早々と内定しました。そこで、奔流にならって、私の事務所でも法人化して、柳川や八女などの弁護士過疎地に支店を展開していこうと話し合っているところです。今や、まさに地方の時代が到来したという気がしてなりません。



司法改革 過去からの教訓 (後編)

―司法における憲法理念の実現を目指して―

東京支部  田 中 富 雄(二弁向陽会)

同     門 屋 征 郎( 同   )

(二〇〇八、九、五 文書・田中)

目 次

第一 戦後の団の先輩や弁護士会の改革方法(前号掲載)

第二 臨司反対運動」とその教訓(前号掲載)

第三 日弁連の司法改革運動と改革内容の複合的性格

第四 司法改革の前進のために

(前号の続き)

第三 日弁連の司法改革運動と改革内容の複合的性格

一 日弁連の姿勢転換

 臨司後、日弁連は、一九九〇年五月の定期総会から三年間、司法改革の宣言を出し続けた。宣言が掲げた改革の目標は次の四点である。

 第一に、司法を利用し易くするための立法の改革、

 第二に、裁判所を中心とする司法の制度と運営の改善、

 第三に、改革の主体となるべき弁護士自体の自己改革、

 第四に、これら改革を市民運動に依拠して行う、

(中坊公平「自由と正義」四三巻一〇号一九九四『司法改革を推進する日弁連の基本姿勢』)。

日弁連は、長きにわたる反対と抵抗の路線から、国民とともに国民のための変革に取り組む姿勢へ大きく転換したことを内外に鮮明にしたのである。

二 再び「木(「本質」)を見て森を見ない」誤り

(1) 危険性(「本質」)の一面的強調

 日弁連がこのような基本姿勢をもって臨んだ司法改革に対し、様々な批判がある。ある意味で当然と思う。ただ、次記のように新自由主義の貫徹これこそが改革の「本質」だと一面的に断定し、その危険性の故に改革に全面反対とする方法には賛成できない。

(1)弁護士激増について、食うや食わずでは民衆の権利を守れず逆に民衆を食い物にする弁護士が増える、うるさい弁護士を困窮に陥れて黙らせ国策に組み込む攻撃により被害者はほかならぬ民衆、また、裁判員制度は、戦時特有の簡易・迅速・重罰司法に民衆を参加させ、その心を治安思想で染め上げる(高山俊吉 日弁連「選挙公報」二〇〇八、二、八)。

(2)一連の司法改革の本質は、「新自由主義政策の要求そのもの…刑事司法改革が社会の刑罰化に結びつき…そうした警察国家と犯罪化・重罰化…という改革の流れのなかで弁護士会が影響力を維持・発揮するというのは、要するにそのような「改革」を弁護士会が主体的に後押しするもの」だ(米倉勉『刑事罰化社会と刑事司法改革―われわれが対決すべき相手は誰か?』「団通信」一二七五号二〇〇八、六、一一)。

(3)裁判員制度は「グローバル化した資本が求める,新自由主義政策を貫徹しつつ支配を維持するために、刑罰の強化を確保するための制度である。」(同『裁判員制度への抜本的修正の必要』「団通信」一二七九、二〇〇八、七、二一)。

(2) 裁判員制度への期待に応えるために

 逆に、裁判員制度に期待を寄せる意見も多い。

 松尾浩也教授は「調書裁判」を変革していく契機となりうるとし、池田修裁判官は刑事裁判の現状(調書裁判・精密司法など)を打破し公判の形態を訴訟法が本来予定していた姿に戻すための推進力となりうるとする(以上、岡 慎一「自由と正義」五六巻三号二〇〇五『公判前整理手続における弁護の課題』)。これらの期待が全て的外れとは思えない。

 裁判員制度が期待通り機能し始めると刑事司法改革の展望は画期的に開ける。確かに国民が職業裁判官の不十分な事実認定を追認・正当化させられ、適正手続の形骸化に利用される危険性もある。甘い幻想は捨てなければならない。刑事裁判の更なる改革は必至である。弁護人は、弁論能力を飛躍的に高め、周到な事前準備、綿密な法廷活動が従前にも増して強く求められよう。このような制度改革の課題と裁判闘争の実践課題の二つを両輪とし、時に試行錯誤を重ねつつも血の滲むような努力を粘り強く続ける。これらは、戦後頑固に続けられてきた日本の刑事司法の悪弊除去のための必然的な作業でもあり、当然の前提である。

(3) 「改革という名の森」を育てよう

 今度は、改革を「森」に例えてみる。「森」の中にはいろいろな樹木が繁茂する。花粉を出す木や有害な米国種も混在する。農薬の散布もある。「反対派」は、有害だから潰そうという。「推進派」は、「害毒」が混じっていても自然環境に有益な部分もあるし、工夫し大切に育てようと主張。

 司法改革は、新自由主義に基づく政治・行政・経済など諸改革の一環であり、アメリカの司法戦略であるとの見方もある。だが、日弁連は、そのような害悪を恐れず、広く国民と手を携えて、改革審に潜む「危険な野望」も封じ込め、司法の森が国民のため大きく育つよう不断に改革を進めかつ実行する。

三 複合的な改革内容と改革エネルギーの多様性・強大性

 私たちは、今次改革に至る経過、各界各層の多様な要求とエネルギー、日弁連の果たしてきた役割、複合的な改革内容、今後の展望などを事実に即し広く複眼的に見極めなければならない。

(1) 改革の経過と同床異夢性

 日弁連の一連の司法改革宣言後、内閣に司法制度審議会本部が設置された。その後各方面の改革案が複合的に練りあげられるまでには自民党を含め各界,各層の多様な動きがあった。

 例えば、自民党は、司法制度特別調査会を設置、「二一世紀の司法の確かな指針」を発表。この過程で同調査会は、司法制度改革について法曹三者や関係省庁、経済界らへも広く意見を求めた。経団連は、これを受け検討を開始。その結果、現在の司法には根深い疑問と批判があることに気づく。同時にこれが企業サイドの主張にとどまらず多くの国民と共有できる問題ありと確信。そこで自民党への回答を超え広く提言の形で公にするに至ったという(阿部泰久前掲書)。「財界の意見」といえども傾聴すべき点が全くないわけではない。

 日弁連が打ち出す改革は、あくまで官僚司法の打破と国民ための司法を目指すものであった。他方、政府や自民党側らは、規制緩和の新自由主義的イデオロギーに基礎を置き、規制緩和の安全弁となる司法を構想した。だから、同じ司法改革と言いながらも全く「同床異夢」の代物とも称される(宮本康昭『司法の閉塞状況と裁判官制度改革』憲法理論研究会「危機の時代と憲法」)。

(2) 各界各層意見の相乗的連関と有機的結合

 各界の要求を源とする夫々の改革案は、理念、目的、内容に異質性を含みながらも相乗し合い日本の司法を大きく変へつつある。団や、労働・消費・市民の各団体らも日弁連とともに闘った。特に日弁連は、各方面と理念・目的・立場の相違を超え、ひたすら「国民のため」「憲法理念実現のため」という一点で奮闘した。一〇〇万人署名運動は二六〇万を超え審議会にも大きな影響を与えた。ここに、臨司反対運動との大きな違いを見る。

 日弁連の中で改革運動の中枢にあった人は,今回の司法改革について、当然ながら自民党や財界の新自由主義的要求の貫徹、アメリカの司法戦略の下でのお膳だて、特定の組織,勢力が単独ですべてを計画・遂行といったものではないと明言し、さまざまな組織,機関、個人が複合的に二一世紀のあるべき司法を目指して攻めぎ合い、妥協し、中身を決めていったと強調する(大川真郎「司法改革」朝日新聞社二八七頁)。その通りと思う。

(3) 多様な改革エネルギーの爆発

 近時内外の情勢は急速に変化した。その間にありながら長らく放置され続けていた日本の司法への各界各層の改革要求はすざましいものがあった。

 臨司意見書が日弁連の反対で葬られた直後、我妻栄が前掲書で、日本の司法改革が何故実現しないかについて語る。根本理由は、司法関係者だけで改革案を作り実現を図るから関係者の利害の妥協以上に果敢な改革が行われないからとする。そしてアメリカのパウンドが民衆の不満の原因を探り、改革内容と実現の原動力を民衆の理解と支持に求める演説(有名な「司法に対する民衆の不満」)をし、アメリカの司法改革に火をつけたという話をひいている(一二頁以下)。

 今回の改革は、「新自由主義政策の一環」とか「うるさい弁護士を黙らせる」とかの一面的な説明で尽くせるものではない。社会の急激な複雑化、多様化、国際化の流れに司法は大きく立ち遅れていた。法曹不足、長期裁判、国民無視の門前払い・非常識判決、九九%超の有罪判決・・・。まさに司法版「失われた数十年」というところである。使い勝手悪い司法への各界、各層の不満は我慢の限界を超えていた。改革の流れは、ひとり日弁連の動向に関わりなく時代と情勢の反映でもあった。多方面の要求が巨大なマグマとなり、複合的な改革の「溶岩」がビックバンの如くに噴出したのである。

第四 司法改革前進のために

一 司法の民主化は単なる理念、理想の追求ではない

 司法の民主化は、単なる抽象的な理念、理想の追求ではない。それは、種々の改善を積み重ねながら総体的に達成される最終的な状況というべきである。

 分かり易く極論する。「法曹一元」が理想だとして仮にこれを一点突破的に実現したとする。だが、法曹の数が極端に不足し国民に無駄な負担をかけ、また、裁判官の質が悪く歴史に逆行する判決を続発させるようでは民主化の達成は程遠い。

二 司法の場での国民主権主義を骨太に

 尊敬する故谷口茂栄元裁判官(元仙台高裁長官)が、昔司法問題懇話会の席上で中堅・若手裁判官らを前に語った。

 政治活動や、表現の自由が問われるような事件、あるいは労働事件などでは判断に迷うことがある。「どこが事件を解決する鍵かが問題になってくる…日本の進路、進むべき方向…もわれわれの判断の基礎とすべき一つのフアクター…事件によっては社会の動き、日本の動き、世界における日本の進路…判断の中に入れなければ正しい裁判ができないこともある」(「判例時報」七九六号)と。そして、哲学などをよく学び正しい判断力を磨く、一人でも考えられる力をつけることの必要性を説かれる。

 因みに、同裁判官は、東京高裁の裁判長時代に田中らが担当した職場でベトナム戦争反対のバッチをつける権利が争われた事件で「ベトナム戦争の早期終結による平和の恢復は世界各国民の熱望…米国その他…大国が軍事介入することの停止を求めることも、わが国民大多数の切なる念願」であるとし労働者を勝たせた(団編「憲法判例をつくる」日本評論社四五P)。

 言いたいのは、今進みつつある司法改革においても弁護士たるものは、日本の進路、歴史の進むべき方向で役割を果たしてほしいということ。

 危険や欠陥が指摘される裁判員制度であっても、長い目で育てる。裁判員には、他に頼らず、独力で判断する力を身につけてもらう。それこそが、戦後実らなかった司法での国民主権主義実現の一歩ではないか。

 世の中は、難しき事を「する」人を尊き人、易きことを「する」人を賤しいという。本を読み、物事を考えて世間に役に立つことを「する」のは難しいこと。だが、人の貴さと賤しさの区別をただその人の、「する」仕事の難しさや易しさで決めてはならない。福沢諭吉が維新の頃幼児のために書いた「日々のおしへ」で説いた一節とされる(丸山前掲書一七四P)。

 三K労働者が今なお冷遇されるような日本では、裁判は難しく偉いプロが「する」仕事、素人「である」自分らが「する」仕事ではないと戸惑う。

 弁護士会は、平易で大衆的な刑事裁判手続への構造転換の努力を払いながら、難しいことを易しくしていく。そして是非あなたの市民感覚を裁判に反映させてほしい、この国の民主主義の担い手になってほしいと説得する。主権者で「ある」国民が被告人の人権に配慮しつつ自らの市民感覚で正しい判断を「する」よう骨太な啓蒙宣伝を繰り返す。そういう歴史的役割を弁護士会は果たすのである。

三 推進側が反対派に対しとるべき態度

 今回の改革作業には諸要因が複雑に絡む。弁護士であっても(弁護士だからこそ逆に)すべてを正確かつ速かに理解し尽くすことは至難である。長く少数精鋭の司法制度に「君臨」し慣れ親しんできた私たちの中には、権力への不信、そして不安感から時に疑心暗鬼となり、日弁連の方針に反対したり、距離をおくに至った者が少なくない。だから、改革推進の任にある者は、自らの歴史的使命の重大性に思いを致し、彼らをヒステリックに責めてはならない。故ありと十分に理解を示す度量こそが必要である。

 日弁連は、今後も憲法理念の実現を目指しつつ改革し続けるだろう。憲法理念の実現は、反対派にも推進側にも共通の目標のはず。双方は、流動的であり、憲法理念の実現という一点で一致できる。対立をいたずらに助長し、固定化し、相対峙してはならない。

 会内での双方の分断化、固定化は、改革の力を大きく減殺する。お互いの足を引っ張り合う対立状態を長く続けていれば社会的な役割を徐々に果たせなくなっていく。やがて「うるさくない」一業者団体へ自招的に転落する。その結果弁護士会は本当に「黙らせられる」。それを喜ぶものは一体誰か。

 推進側は、甘い幻想論を振り撒かない。川向こうの反対派と共鳴できる危機感は共有する。但し、どうしようもない絶対反対論者は除く。そして批判的容認派を増やし引き寄せ共同行動開始の準備をする。それが民主的な司法改革を進め、実践する当面のポイントと考えたい。



一〇・八国会議員要請行動 再度の参加のお願い

労働問題委員会

 現在、「一〇月三日衆院解散、一〇月一四日衆院選公示、一〇月二六日投票」等の日程が報道されており、国会議員要請行動日の一〇月八日は衆院解散になっているかどうか微妙な日程です。

 一〇月八日に衆院解散になっていた場合でも、国会議員要請行動は予定どおり行います。その場合院内集会を中心に行い、衆院選の一大争点である労働者派遣法抜本改正をめぐる情勢と各党の政策を明らかにしたいと思います。

 東京支部は、九月一二日に東京地評の役員と一緒に都内の労働組合に参加要請を行い、多数の労働者の参加が見込まれています。関東圏の各支部を中心に、団員・事務局の皆様の多数の参加を呼びかけるものです。

労働者派遣法抜本改正を要請する一〇・八国会議員要請行動

と き:一〇月八日(水)午後一時〜五時

ところ:衆議院第一議員会館第一会議室

    (午後〇時三〇分から入口階段のところで入場券を用意しています。)

内 容

(1)午後一時〜三時

 労働者派遣法抜本改正を要求する院内集会

 (1) 全労連、東京地評からの連帯あいさつ

 (2) 各政党からのあいさつ

 (3) 労働者派遣法抜本改正を考える学習・討論・経験交流

(2)午後三時〜四時 国会議員要請

(3)午後四時〜四時三〇分 総括集会

 (午後一時には時間厳守でお集まり下さい。なお、上記スケジュールは、状況に応じて多少ずれることがありすので、その旨ご了承下さい。)