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大山 勇一 「労働者派遣法抜本改正を要求する一〇・八院内集会」の報告
林  治 一〇・八 労働者派遣法抜本改正を求める院内集会・議員要請行動の参加して
中川 勝之 一〇・八派遣法院内集会・議員要請に決起して
柿沼 真利 一〇・八労働者派遣法抜本改正を要請する国会議員要請行動に参加して
吉原  稔 県営の二つのダム差止の省エネ裁判の、第一回弁論の後に、早くも県が、芹谷ダムの中止を決定
渡辺  脩 「司法改革 過去からの教訓」について
―憲法理念の実現を目指す」だけで済むのか―
松本 篤周 ― 書 評 ―
一読の価値あり
地域に生きる弁護士の事件記録を通した社会史・自分史「弁護士ムッチーの事件簿―街ベンが歩んだ三〇年」をお薦めします



「労働者派遣法抜本改正を要求する一〇・八院内集会」の報告

労働問題委員会 担当次長  大 山 勇 一

 一〇月八日に衆議院第一議員会館第一会議室において、自由法曹団主催の「労働者派遣法抜本改正を要求する一〇・八院内集会」が開催されましたので、ご報告します。

 日雇い派遣労働者をはじめとする派遣労働者がますます過酷な労働条件にさらされ、グッドウイルやフルキャストをはじめとする派遣会社による違法派遣も次々と明るみになっている中で、派遣法の抜本改正は焦眉の課題となっています。

 団はこれまで、今年二月には「派遣法Q&Aパンフレット」を発行し、三月には団本部会議室でシンポジウムを行い、さらに四月、七月には新宿駅西口にて街頭相談、アンケート、シール投票活動を行い、九月には団としての派遣法抜本改正案を発表し、現在は非正規雇用と貧困問題解決のためのブックレットの編集作業を行なうなど、非正規雇用問題、とりわけ派遣労働問題については、積極的に取り組んできました。今回の院内集会は、各政党が改正案を発表し、厚労省も改正に向けて動き出す中で、小手先の改正にとどまらせず、真の労働者保護の改正となるよう世論を高めるための企画でした。

 一〇月初旬は、まさに国会情勢の激動の時期と重なっており、周囲からは、「衆議院・参議院とも議員は誰もいないのではないか」「選挙を控えた忙しい時期に人は集まるのだろうか」との危惧の中で準備を進めてきました。しかし、解散時期が延び、また団東京支部および東京地評のみなさまによる都内オルグなどの成果もあり、当日は団員弁護士・事務局五〇名を含む合計一二〇名の参加者が集まりました。

 集会では、社民党近藤正道参議院議員、日本共産党小池晃参議院議員、山下芳生参議院議員が出席、挨拶され、それぞれ国会情勢の報告や労働政策審議会が発表した労働者派遣法改正についての「建議」に対する批判がなされました。また、全労連、東京地評からも労働者派遣法の抜本改正に向けての連帯の挨拶をいただきました。

 鷲見労働問題委員長から、自由法曹団の求める抜本改正案の紹介がなされ、労働者派遣は臨時的・一時的なものであり、常用雇用代替にしてはならないとの原則が強調され、その考え方に沿った抜本改正こそ実現すべきであるし、また実現できるとの報告がなされました。集会では、首都圏青年ユニオン弁護団がまとめた「労働者派遣黒書」や東京地評へ寄せられた相談をまとめた資料が配布され、それぞれ紹介がなされました。

 集会は約二時間行なわれましたが、違法派遣の生々しい様子や労働組合に寄せられた相談の報告を聞き、参加者はみな派遣労働の過酷な実態について認識を新たにしました。

 特に、首都圏青年ユニオンからは、一〇・五全国青年大集会に集まった青年らの深刻な労働の悩みについて発言があり、「派遣法の改正に取り組まない国会議員はいらない」と抜本改正への強い要望が述べられました。また、東京土建からも、建設現場への派遣の公募がなされるなど違法状態が常態化している実態が告発され、法改正による厳しい取締りが必要であるとの意見が出されました。

 その後、三人から五人が一グループになって、二〇組で約一時間、国会議員要請を行いました。今回要請したのは、各党の厚生労働委員と執行部のおよそ一〇〇名でした。要請後の反応としては、「自民党の議員も、今回は要請内容について比較的よく聴いてくれた」「民主党は態度が曖昧だった。これからの運動で民主党を動かそう」との感想が報告されました。

 団が労働問題について単独主催でこれだけの参加者と一緒に集会をしたのは近時なかったのではないかと思います。それだけ派遣法の抜本改正が強く求められている証左でしょう。今後とも、労働問題委員会は、前述したブックレットの出版などをはじめとして、派遣法をはじめとする非正規雇用問題に取り組んでいきます。最後になりましたが、今回の企画のために、事前オルグなど全面的にご協力いただいた東京地評の方々にお礼を申し上げます。



一〇・八 労働者派遣法抜本改正を求める院内集会・議員要請行動の参加して

東京支部  林   治

一 一〇月八日午後一時から労働者派遣法抜本改正を求める院内集会が衆議院第一議員会館で行われた。

 九月一日に福田前首相が突然政権を投げ出して、一気に解散・総選挙のムードが出てきたので「一〇月八日ってもう国会は誰もいないんじゃないの?」っていう雰囲気も充満していたが、労働問題委員会の鷲見委員長が「たとえ衆議院が解散しても参議院があるのだから、どんなことがあっても予定を変更することなくこれはやる」ということで開催された。

 鷲見委員長の先見の明は素晴らしく大方の予想に反して、衆議院が解散されることなくこの日を迎え、弁護士や労働組合の代表、司法試験合格者など会場いっぱいの一二〇名もの参加で大いに盛り上がった。

二 松井団長の挨拶のあと、鷲見委員長から労政審議会の労働者派遣法見直しの建議が、日雇い派遣も三一日以上であればOKで、登録型派遣を認めており、マージン率の制限もなく、常用型派遣は雇用申込義務の対象から除外していることなど、全く「改正」の名に値しないものであることが報告された。

 また、野党各党の改正案について、民主党以外の各党は日雇い派遣の禁止、登録型派遣の制限、直接正規雇用のみなし規定などの点で共通であり、民主党もホームページでは直接正規雇用のみなし規定を骨子案に設けていることが報告された。

 衆議院で補正予算案を審議している忙しい国会の最中であるにも関わらず、社民党から近藤議員が、共産党から小池議員と山下議員が参加し挨拶した。特に、山下議員は三月に団本部で行ったワーキングプア問題の集会にも参加していただいており、この日も院内集会に最後までお付き合いいただき、この問題に大変熱心に取り組まれている姿勢が感じられた。

三 その後、各地からの報告がなされたが、労働者のおかれている労働条件が思っていた以上にひどいというのが報告を受けての感想である。

 その中でも、東京土建の方から建設現場は派遣禁止業務であるにもかかわらず、派遣の広告がFAXで送られてきており、違法派遣が常態化しているとの報告や、公務職場での非正規労働者が、賃金が安くて生活できないので、他でアルバイトをしたところ、公務員の兼業禁止に反するとして解雇されたことなどの報告は衝撃的であった。

 使用者の底なしのモラルの低下と官製ワーキングプアの問題点が如実に浮かび上がる報告であり、「規制緩和」による労働者派遣を原則自由化・非正規雇用の拡大の結果がこういった事態を招いたと思われ、改めて構造改革路線による規制緩和に憤りを感じた。

四 この集会の五日前に、日弁連の人権擁護大会で「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」が全会一致で採択されていた。この決議は、労働分野の規制緩和により低賃金が固定化され、いったん失業や収入低下に陥ると、元々脆弱な社会保障が次々削減されたため社会保障からも全く救済されないことになり、貧困層が拡大再生産される構造が作られているとされており、社会保障の分野と労働の分野の双方の問題を鋭く指摘している。

 この点については、労働者の貧困が進んだことにより、「もっと貧困な人がいる」ということを口実に社会保障費を次々に削っていることを私が関わっている生活保護の老齢加算廃止の違憲性・違法性を問う「生存権裁判」で経験している。

 すなわち、国側はまさに、貧困層と比べて生活保護世帯の方が恵まれているということを理由に老齢加算を廃止しており、労働者の労働条件向上の闘いが社会保障を充実させる闘いにも結びついているのである。今後は社会保障の問題と労働問題を関連づけて世の中に訴えていく必要性を感じている。

五 その後に行われて国会議員要請では、すべて民主党の議員を回ったが対応したのは秘書だけであり「要請の趣旨は伝えます」という無味乾燥な反応しかなかった。それどころか「議員は厚生労働委員だが、派遣法のことはよく分からない」などという秘書もいるほどあり、民主党ではこの問題に対する取組が全くなされていないことを感じさせた。

 来るべき総選挙では、労働法制、社会保障の問題に取り組まない政治家はすべて落選させ、人間らしく生活できる労働環境、社会保障を実現させたいと思った院内集会と議員要請行動であった。



一〇・八派遣法院内集会・議員要請に決起して

東京支部  中 川 勝 之

 院内集会・議員要請といえば、法案への反対・抵抗運動の一つとしか思っていませんでしたが、今回の派遣法問題は改正を目指す積極的な運動として取り組んだという点で私としては初めての経験となりました。

 院内集会では、首都圏青年ユニオンの山田真吾書記次長が、派遣労働者の実態について、「労働者派遣黒書」(二〇〇八年一〇月八日発行・首都圏青年ユニオン顧問弁護団編)の事例を挙げながら紹介したので、私からは顧問弁護団の一員として発言させてもらいました。顧問弁護団としては派遣労働者の本訴や労働審判は今のところない、派遣法は業法で労働者の保護にならず、労働基準法レベルで争うのがやっと、是非とも今回の改正で派遣労働者保護法にしたいという発言をしました。本訴や労働審判で共に闘っている全国一般の組合員も来ていましたが、彼ら自身は派遣労働者ではなかったと思います。間接・有期雇用の問題は難しいかもしれませんが、労働条件の向上という点で派遣法改正に反対する労働者はいないと思います。派遣法改正の世論をいかに広げていくかがやはり大事だと思います。その意味で、「派遣労働のニーズ論」が意図的に形成・流布された点を指摘する発言は大変参考になりました。大げさですがイデオロギー闘争だと思いますので粘り強くこの闘争に取り組んでいきたいと決意を新たにしました。

 議員要請では、自民党議員と民主党議員に要請しました。いずれも秘書対応で自民党議員は預かりだけでしたが、民主党議員は様々でした。もちろん中身のない話をする秘書もいれば、有期雇用に問題あるのではないかと言いつつ党議拘束があるからねと話をする秘書もおり、また、青年雇用大集会(一〇月五日)の翌日の議員要請の資料に疑問があると言って見せてきて、就職したい会社に電話をしたつもりが派遣会社につながったという実態があるのは本当かと尋ねる秘書もいました。さらに、法科大学院で労働法を学んだ経験があって自分から議員に労働問題について話をするという秘書(今秋新司法試験合格)もいました。議員要請では東京地評の相談事例と前記黒書も渡しました。単なる労働条件が悪いというだけにとどまらない、モノ扱いされる派遣労働の実態の一端を届けることができたのではないかと思います。

 今回は団員及び労働組合役員中心の行動だったと思いますが、何といっても当事者の行動が重要です。新聞を読んでいると、よく政治家が役所・会社に申し入れとありますが、何かしっくりきません。ある学者が社会は労働者が支えているかはゼネストをやったら分かると言っていましたが、それこそ例えば工場で派遣労働者がストをすればいかに派遣労働者がその工場を支えているのか分かるのでしょう。多くの派遣労働者を励まし、共に闘う運動の構築が今後の課題だと思います。



一〇・八労働者派遣法抜本改正を要請する国会議員要請行動に参加して

東京支部  柿 沼 真 利

 私は、今回、一〇・八労働者派遣法抜本改正要請行動に参加させていただきました。私は、本年九月に弁護士登録したばかりの右も左もわからないような状態でありましたが、いま社会で取り沙汰されている格差社会、ワーキングプア問題の背後には、経営者側の利潤追求に迎合した労働法制の現状があることは明らかであると考えていたので、今回の国会要請行動は私の問題意識にあったものとなりました。

 ただ、私は、このような国会議員に対する要請行動をするのは初めてであり、足手まといにならないかとの心配もありました。

 当日は、まず、第一衆議院議員会館内の会議室で、院内集会が行われました。会場は熱気にあふれ、席は参加者で埋め尽くされており、この問題に対する関心度が高いのだと思います。新六二期修習予定の方も三名ほど参加しておりました。集会では、各政党所属議員、各労組の方々からの挨拶がされました。その中で、私の心に残った言葉としては、現在の日雇い派遣の問題は、労働者の労働条件の悪化、生活の困窮という経済的事象にとどまらず、人間が人間らしく豊かに生きていくための環境、それ自体の破壊につながるものであるというものでした。すなわち、日雇い派遣労働では、毎日毎日職場が異なることで、仕事上のスキルが集積せず、自身の仕事に対するやりがいを感じることもなくなってしまい、また、職場で人間関係を作っていくこともできず、労働者が孤立した状態に追い込まれてしまうということです。

 そしてこれらの事態を打開するため、労働者派遣を常用雇用の代替にしないことを原則とすることの明記、日雇い派遣の禁止、登録型派遣の限定、派遣労働者の労働条件については派遣先の直接雇用せれている従業員と均等待遇をはかること、派遣元の取得するマージンの上限率の規制を行うこと、等を、労働者派遣法の改正事項として求めていくこととされました。

 二時間の院内集会の後、いよいよ各議員に要請行動を行うことになりました。私は、まちだ・さがみ総合法律事務所の鈴木剛先生と労働組合の方々四人で、五人の議員の部屋を回りました。しかし、私のグループが担当することになった議員は、全部自民党所属の議員で、いずれも秘書対応で終わってしまいました。リアクションも淡々としたもので、とりあえず議員本人に伝えておくといったもの、与党は与党で改正案を考えているといったもの、などでした。

 私が、「こんなものなんですかね?」と同行していた鈴木先生に聞いてみたところ、先生は、「自民党に力があったころは、露骨に嫌な顔されて、早く帰ってくれとでも言うリアクションもあったよ。今は、自民党も余裕がないのかもね。」と言っていました。私としては、麻生首相よろしく「派遣労働ニーズ論」などを持って反論してくるのではとも思っていましたので、若干肩透かしでした。

 私は、まだ新人弁護士ですが、現在日の丸君が代強制訴訟や、東京大空襲訴訟の弁護団に参加させていただいております。今後このような事件の真の解決のためにも、国会要請行動が必要とされることもあるかもしれません。今回の行動は今後の自分のためにも有益のものとなったと思います。



県営の二つのダム差止の省エネ裁判の、第一回弁論の後に、早くも県が、芹谷ダムの中止を決定

滋賀支部  吉 原  稔

一.団ニュース八月一一日号で県営の二つのダムの差し止めの省エネ裁判を提起したと報告したが、一〇月五日嘉田知事は、その一つの芹谷ダムの中止を決定した。

 提訴(七月二八日)して二ヶ月で第一回弁論のあと、知事はダム中止を決定し、省エネ裁判の成果が実現した。

二.この訴訟は平成九年の河川法改正で河川整備計画が義務付けられたのに、河川整備計画が作られないのに、ダム工事を進めるのは、改正附則二条(経過措置)で既着手行為については旧河川法一六条の工事実施基本計画に載せられていれば、それが河川整備計画とみなされるのに、工事実施基本計画には載せられず影も形もないから救済規定の適用を受けられないので、ダム工事は違法だというものである。

三.県が芹谷ダムを作らないことを知っていて訴訟を出したのではないか、と言われそうだが、そうではない。私としては、県が慌てて河川整備計画を作って、「違法性の治癒論」に持ち込むのではないかと心配していたが、中止は予想外であった。

 この訴訟の第1回弁論でも、県は答弁書で本案の反論をしなかった。いや、出来ないのである。

四.北川第一ダムは平成元年、芹谷ダムは平成四年に、国の補助採択を受けて事業がスタートした。なぜ工事実施基本計画に二つのダムが載せられなかったのかと言えば、国土交通省への照会によると、改正前河川法一六条の工事実施基本計画の下位計画である河川法七九条一項のいわゆる全体計画(指定管理区間で知事の行う改良工事について、建設大臣の認可を得ること)について、北川第一ダムは、平成八年九月九日に申請し、平成九年一二月二四日に建設大臣の認可を得ている。しかし、改正河川法は、平成九年一二月一日に施行されているので、施行と同時に、改正前河川法一六条による工事実施基本計画は失効した。失効したあとに全体計画が認可されても、その全体計画の改良工事が工事実施基本計画に載るはずがない。北川第一ダムについて、改正法施行を前に駆け込み申請したが、失効までに認可が間に合わなかったのである。

 芹谷ダム(旧栗栖ダム)については、申請すらされていない。

五.このことについて、総務庁行政監察局は、平成五年八月に、「都市内河川に関する行政監察結果報告書」という行政監察結果を報告している。これでは全国で多くのダムが全体計画について建設大臣の認可を得ずに工事がされている違法性があることを指摘し、是正勧告をしている。それに従わず、是正をしなかったことの「つけ」がまわって「身から出た錆」となり、今回の失態を招いたのである。

六.芹谷ダムは中止になったが、もう一つの北川第一ダムについては未だ中止になっていないから、県の反論が楽しみだが、まともな答弁はあり得ない。訴訟の当事者としては第一審の差し止め判決が出てから芹谷ダムの中止を決めて欲しかったが、それは「贅沢」というものであろう。芹谷ダムについても主文は「却下」ではなくて、「目的実現により終了した」という「終了宣言」にするよう求めていく。

 却下ではなく終了宣言が出れば、朝日訴訟大法廷判決の「訴訟は原告の死亡により終了した」に次ぐ行政事件訴訟法の新判例である。

七.それにしても平成九年の法改正で、今頃になって違法性が顕現するとは、まさにヘーゲルのいう「ミネルヴァの梟は夕暮れに飛び立つ」の感を禁じ得ない。



「司法改革 過去からの教訓」について

―憲法理念の実現を目指す」だけで済むのか―

東京支部  渡 辺  脩

 私は、田中富雄さんと角屋征郎さんの「司法改革 過去からの教訓」(団通信一二八五号前編・一二八六号後編)について、意見を述べておきたい。本心をいうと、私の意見に対する反響がないので、団内の議論には余り立ち入りたくはない心境ではあるのだが、この田中・角屋意見を読むと、やはり黙ってはいられなくなった。信望厚く敬愛する田中さんと角屋さんの議論であるだけに、影響力が大きいと思う。困惑も覚えるが、言うべきことを言おうと思う。

一、私の基本的な立脚点 私は、もちろん「臨司反対派」であるが、同時に、かねてから、教条的な「臨司反対論」には強い批判意見を持っていたので、田中・角屋意見の前編には共感するところが多かった。問題は肝腎な後編である。田中・角屋意見は、次の通り、一九九〇年五月の日弁連定期総会以降にける日弁連・司法改革の四つの目標を挙げている。

 第一に、司法を利用しやすくするための立法改革。

 第二に、裁判所を中心とする司法の制度と運用の改善。

 第三に、改革の主体となるべき弁護士自体の自己改革。

 第四に、これらの改革を市民運動に依拠して行う。

 この四目標は、確かに、「新自由主義」とは逆の方向であり、私も、ここまでは賛成なのである。しかし、政府の「司法制度改革審議会」の路線は、これと全く別のものであり、日弁連の四目標は、その政府側路線に無原則的に融合してしまったのである。日弁連は、自ら掲げた当初の立脚点を現実に置き去りにして、中身を変質させながら、そのことを認めようとしない。日弁連の最大の誤りだ。

 その結果はどうなったのか。

 現状をみると、たとえば、(1)「裁判員をやりたくない」という国民は増え続けて、今や八二.四%に達しているのだ(「サンデー毎日」〇八年六月二二日号)。「利用しやすい司法制度」の提唱とは無関係なのである。(2)どこに、「市民運動に依拠した司法改革」があるというのか。(3)そして、この「司法改革」の具体化が進むにつれて、裁判所の訴訟指揮と管理権限の強化・審理の迅速化・弁護権の抑制と剥奪が顕著になり、現実の法廷では、よほど弁護人が腹をすえて闘わないと、容易に「被告人不在の法廷」に転化する。現に、「公判前整理手続」における弁護権の実質的な剥奪は目に余る。こんな状況で、「裁判所を中心とする司法の制度と運用」のどこが改善されたというのか。(4)また、このような状況下で、権力と闘おうとしない弁護士が増えていくとすれば、何が、「弁護士自体の自己改革」なのか。

 日弁連当初の「司法改革」四目的に反する「改革の中身」について、その変質を日弁連が認めようとしないことから、多数会員が混迷に陥り、国民の利益に矛盾する現状が生まれているのである。

 私にとって、「新自由主義」はどうでもよいのだが、「新自由主義の成果と評価されてもおかしくないような司法改革の中身になっている」との見解に反対はしない。

二、制度実施本部の方向 日弁連の「司法改革」における政府路線への無原則的な融合を端的に示している一例が、日弁連・裁判員制度推進本部(以下、推進本部)の〇六年六月一九日付「裁判員裁判における審理のあり方についての提言案(討議資料)」だ。

 問題の多い提言案だが、「弁護人に課せられる課題の基本点」を提起する(二頁)という「第五弁護活動の課題」(一四頁以下)から、次の二点を取り上げておきたい。

(1)「公判前整理手続における基本的防御方針の確立」

 提言案の第一課題は、無条件で、「公判前整理手続において、基本的な防御方針を確立することである」という。「その準備ができない場合はどうするのか」という最も肝心な問題に、この提言案は一言も触れていない。検察官が手持ち証拠を全部開示したとしても、虚偽自白等に基づく「ねつ造証拠」であるときには、その問題点と突破口を公判前の段階で把握することは不可能であり、公判前整理手続までに、被告人が弁護人に真実を語るという保証もない。「裁判員制度」であろうとなかろうと、弁護人が公判前整理手続を拒否せざるを得ない事件の場合、どのように弁護人の「争う権利」を保障するのかは、制度上も、最重要の問題である。「争点整理」が不可能な段階で、公判前整理手続を強行することは、「弁護人の実質的な弁護を受ける国民の権利」(憲法三七条3項)を侵害するものとして違憲・無効である(適用違憲)。青法協のシンポジュウムで、その問題を「準備ができないのは弁護人が無能力だから」と断ち切った推進本部幹部の発言に、私は激怒した覚えがある。無条件で「争点整理」を義務づけ、追加の主張・立証の禁止という弁護権剥奪を承認するのは、まさに司法権力の言いなりである。

(2)「直接主義・口頭主義の審理において求められる弁護方針と技術」

 提言案は、ここでも、無条件で、「核心司法論」を土台としながら、「直接主義・口頭主義」を提唱しているが、それは、当然、公判前整理手続論の土台でもある。その公判前整理手続では、密室の証拠調べが進むのであるから、どこに、「直接主義・口頭主義」があるというのか。欺瞞の論理そのものである。もともと、「核心司法論」は、事案の簡明化と審理の迅速化が目的とされているが、実際の裁判例では、弁護人が設定した眞の争点を省略・無視する機能を発揮している。これも、被告人・弁護人の防御権・弁護権を大きく侵害するものであり、そうならない保障が必要なのに、提言案は、この根本問題でも、司法権力の言い分を丸呑みしている。

三、東京地裁の審理方針 そういう「司法改革」の現在の到達点を示すものとして、東京地裁の公判審理手続検討委員会と裁判員模擬裁判企画委員会が〇八年六月に発表した「裁判員が関与する公判審理の在り方」がある。

 ここには、次の通り、恐るべき裁判所の見解が示されている。

「模擬裁判では、弁護人が冒頭陳述で無罪推定の原則や検察官の立証責任について言及する例が少なくなかった。これらは、前記ののとおり、裁判員に選任された段階で裁判長から説明される事項であり、弁護人が独自の主張をすることは許されない。」(六頁)

 日弁連は、「裁判員制度」アピールのパンフレッット三冊の中で、何よりも、「無罪推定の原則」の重要性を訴えているのに、この東京地裁の見解には、批判意見さえ表明していない。

 弁護人の意見の内容に裁判所が干渉すること自体が、既に、「弁護権否定」の思想の本質を露呈している。ところで、弁護団が公判前整理手続を拒否し抜いた大坂の殺人未遂事件で、私は、今、「起訴されて、無罪を主張する以上、無罪を立証せよ」と言わんばかりの検察官主張を経験して、闘っている。その動きは、「裁判員制度」の施行前に、もう現実にスタートしていいるのだ。

四、不可欠の分析の欠落 結局、田中・角屋意見は、日弁連の当初の四目標以後の議論を表面的に整理しただけで、現実の「司法改革の中身」の分析を欠いているし。議論の整理としても、最も検討を要する「推進本部」など日弁連側からの提言案等の分析を放棄している。最大の弱点は、法廷の現場で呻吟している弁護人たちに、「できない公判前整理手続は拒否して闘うべきだ」という具体的な方向付けを提起できていないことである。現実の弁護権侵害の実態には、「裁判員制度を長い目で育てる」(田中・角屋違憲)余裕などないのだ。「憲法理念の実現を目指す」(田中・角屋意見)というだけでは、眼前の状況が何も変わらないのである。私たちが掲げているのは、「争う権利を保障せよ」という単純・明快な要求である。公正な刑事裁判のイロハのイである。「さまざまな組織・機関、個人が複合的に二一世紀のあるべき司法を目指して攻めぎあい…」(大川眞郎「司法改革」)などという「諸要因が複雑絡む」(田中・角屋意見)話は本来的に別次元の問題である。そういう要因に左右されてはならないはずの、「公正な刑事裁判の原点」としての被告人・弁護人の「争う権利の保障が」主題になっているのだ。その単純・明快なテーマを攪乱する「複雑」論は罪が深く、大きな「まやかし」である。もともと、そのように複雑な課題であれば、いったい、どのようにして「市民運動」を広げていくことができるというのか。それは、致命的な矛盾と分裂を内包した議論である。田中さんと角屋さんに質問したい。「貴方がたは、現在の刑事法廷の実情を知っているのか。推進本部の見解に同調するのか。『無罪推定』の原則と弁護人の意見陳述に対する裁判所の侵犯・干渉を許すのか。弁護権擁護が現在の闘いの本質を構成することを認めないのか。」以上の理由で、この後編は、是非、撤回して練り直してもらいたいものだと思う。



― 書 評 ―

一読の価値あり

地域に生きる弁護士の事件記録を通した社会史・自分史「弁護士ムッチーの事件簿―街ベンが歩んだ三〇年」をお薦めします

愛知支部  松 本 篤 周

 今年八月に初版発行の愛知支部、支部長宮田陸奥男弁護士の初出版本です。愛知支部で彼が支部長、私が幹事長のコンビを組んで二年目になりますが、ある日の会合で、照れくさそうに「今度こんな本を出版したので読んでみて下さい」と渡されました。「ムッチー」とは「むつお」さんのニックネームであることは明白と思われますが、二十数年のおつきあいの中で初めて聞きました。

 まず、シャイで素朴な人柄をそのまま絵にしたような表紙のイラスト(上下バラバラの上着にズボン、分厚い眼鏡にがに股で、鞄と記録の風呂敷包みをを両手に抱えて、春日井市内と思われる住宅街を流れる川の橋の上を、人なつこい笑顔で歩く姿と「街ベン」の文字が実にマッチしている)が良く出来ています。

 早速読んでみると、これが面白い。人柄がにじみ出た渋い味がある。内容は前半三分の二が、日常の身近な事件の処理結果を物語風にまとめたまさしく「事件簿短編集」。二五年前にたった一人で設立した春日井法律事務所の友の会会報(年四回発行)に、「私の事件簿」として連載してきたものが五〇回の区切りになったので出版を思い立ったという。法律家向けではなく一般の読者向けに書かれただけに、分かりやすく、また事件をめぐる人間ドラマが綴られている。内容は、夫婦、親子、相続・遺言、手形から請負代金、個別の切実な労働事件、交通事故・刑事事件など、要するに私たちが日常接する事件での苦労話、失敗談・成功談が丹念に綴られている。一つ一つが弁護士ドラマになるような人生模様があり、なかなか読ませる。と同時に、法律書では学ぶことが出来ないような、自分の事件処理の参考になるところが多々あるのです。

 例えば、借家で小さな工場を営んでいた依頼者が、ふらっと訪れた大家さんから建物の権利証をもらい、建物をもらったものと思っていたが登記をしていなかったところ、大家さんは行方不明となり、その後大家の兄から連絡があり大阪で行き倒れでなくなったことが分かったという。その建物は春日井市の土地を借地しており、土地の払い下げは建物所有者に対してしか認められないという。大家さんにはたった一人の息子がおり、唯一の遺族であったが二〇年以上往来がなく遺骨の引き取りも頼めない。兄も高齢で大阪まで行けない。そこで遺骨引き取りの依頼を引き受け、事務員さんが区役所や警察を歩き回って、死亡届を出し、遺骨をもらい受け、さらに、宮田弁護士が遺族から所有権移転登記の書類を取り付けて、移転登記を受けることが出来、さらにめでたく春日井市から敷地の払い下げも受けることが出来たという事件。落ちは「ホネの折れる事件ではあった」。これなどは一見平凡だが、普通、遺骨の引き取りにいくことまで受けると言うことは躊躇するだろうし、権利証を持っているからと言って、遺族に移転登記を承諾させることについて依頼を受けるのも、見通しがないだけに、「勇気」がいるように思う。しかし、とにかく「困っている人がいて、確実な見通しがあるわけではないが、とにかくやってみよう」という志が底流に流れていることを感じる。こういうエピソードがふんだんに盛り込まれている。ご本人は後書きの中で「いわゆる読み物としては今一つだし、ノウハウ物としては中途半端」なので出版の意義について多少抵抗があった」とおっしゃっているが、ご謙遜。むしろ読み物として面白く、さらに「ノウハウ物」では得られない、庶民の憤りや悩みの解決過程、何よりも宮田弁護士のあくなき挑戦の姿勢が、日常の事件に「慣れ」て、適当なところで落ち着きどころが見えた気になる傾向を感じる自分には、とても刺激になる本でした。

 後半は、いわゆる社会的事件である公選法たちばな事件、民商弾圧事件、朝鮮女子挺身隊事件などにおける地道な取り組みが紹介されており、これが参考になることは言うまでもありません。その中の一つ、中川民商浅井事件の教訓の中で「経験主義を排し、やるべきことはやる」ということばがありました。これは労働事件、弾圧事件のみならず、庶民の日常の悩み苦しみを受け止めるべき事件の中でも(前述の「ホネの折れる事件」など)共通する教訓であることを再発見した次第です。愛知支部が誇れる出版物として推薦する次第です。