過去のページ―自由法曹団通信:1322号        

<<目次へ 団通信1322号(10月1日)



鷲見 賢一郎 自公政権崩壊・民主党中心政権成立のもと
長崎・雲仙総会で情勢を切り開く熱い討論を!
西田 雅年 裁判員裁判を経験しての感想
城塚 健之 団はただちにロースクールと司法試験合格者の大幅減員を提言すべきである
上田  裕 事務系派遣労働者のたたかい
日産自動車を提訴〜それは一本の電話から〜
言論表現の自由を求める一二・四日比谷集会



自公政権崩壊・民主党中心政権成立のもと

長崎・雲仙総会で情勢を切り開く熱い討論を!

幹事長  鷲 見 賢 一 郎

一 自公大敗と民主党中心政権の成立
  ―歴史は大きく動き出している

 〇九年八月三十日投開票の第四十五回総選挙で、自民党は公示前の三〇〇議席から一一九議席へ、公明党は三十一議席から二十一議席へと議席を大幅に減らしました。これに対し、民主党は公示前の一一五議席から三〇八議席へと大幅に議席を増やし、日本共産党は九議席、社民党は七議席と公示前の議席を維持しました。自民党大敗の原因は、貧困と格差の拡大、地方の疲弊等をもたらした同党の構造改革政治に対する国民の不満・反抗です。

 総選挙結果を受けて、九月十六日開会の特別国会で、鳩山由紀夫民主党代表を首相とする民主党・社民党・国民新党の三党連立政権が成立しました。鳩山内閣は、矢つぎばやに、温室効果ガスの二十五%削減、八ツ場ダム、川辺川ダムの建設中止、障害者自立支援法の廃止、日米核密約の調査、核廃絶の決意表明等の施策に着手しています。財界は、鳩山内閣のこれらの施策に対して、「(温室効果ガスの二十五%削減は)経済成長を妨げる」などといって、反対の動きを強めています。マスコミの一部も、「政権公約の見直しを」(読売新聞八月三十一日社説)などといって、民主党にマニフェスト(政権公約)を投げ捨てることを迫っています。

 いま、このような彼我のせめぎあいの中で、歴史は大きく動き出しているのです。

二 総会議案書、民主党マニフェスト、三党政策合意の学習・討議を

 民主党のマニフェストは、一方で、憲法改変の容認・推進、衆院比例定数の削減等の否定面を持っていますが、他方で、公立高校生の授業料無償化、生活保護の母子加算の復活、後期高齢者医療制度の廃止、取り調べの可視化、個人通報制度の関係条約の選択議定書の批准等の積極面を多数持っています。三党政策合意も、「沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む。」などの積極面を数多く有しています。団の総会議案書は、民主党マニフェストや三党政策合意の持つ意味を正確に分析しています。

 雲仙総会に向けて、総会議案書だけでなく、民主党マニフェストや三党政策合意を学習・討議することが重要です。九月二十六〜二十七日の団大阪支部総会では、「民主党マニフェストや三党政策合意にある積極政策の実現をどう勝ち取るか」等について旺盛な討論がされています。

 全国各地の支部・県・法律事務所で、総会議案書、民主党マニフェスト、三党政策合意の学習・討議を行い、その積極政策の実現に向けての実践を開始することが重要です。

三 雲仙総会に多数の団員・事務局の参加を

 雲仙総会では、全体会の後、四つの分散会に分かれて、「(1)憲法と平和・民主主義を守るたたかい、(2)労働と貧困をめぐる問題、(3)裁判員裁判、(4)合格者数と法曹養成、新人弁護士採用と新事務所づくり、支部・県・ブロック活動の活性化」の四つのテーマを中心に討議します。民主党中心政権成立の新しい情勢のもと、憲法と平和・民主主義を守り、権利擁護闘争の前進を勝ち取るため、情勢を切り開く熱い討論をしたいと思います。

 いま、私たち一人ひとりの力を発揮することが求められています。長崎・雲仙総会に集い、熱く、旺盛に議論しましょう!



裁判員裁判を経験しての感想

兵庫県支部  西 田 雅 年

一 事件の概要

 被告人は、平成二一年五月二四日、自宅で就寝中の父に対して、殺意をもって、ガラス製の灰皿(重量約五七〇グラム)で頭部を二回殴りつけて、加療一〇日間を要する後頭部挫創を負わせた、という殺人未遂の事件である。

 動機は、被告人は元々派遣等で働いていたが、二交代制などで労働時間が長く、家族との時間が取れない等を理由に退職し、以後六、七年間無職であった。被告人には、現在高二の長女と中二の長男がおり(妻とは早期に離婚)、親と同居していた(母親は認知症で入院中)。被告人は、厳格な父親に無職であることを言えず、パチスロで生活費を稼いでいたが、二年前からの規制で稼ぐことが困難となり、借金も増えたりして、前途を悲観して自殺しようと考えたが、自殺した後の家族のことを考えると可哀想になり、いっそのこと一家心中しようと短絡的に考えて、まず父親から殺そうとしたというものであった。この動機は非常に分かりづらく、被告人と何度も接見して、調書とほぼ同じ内容であることを確認した。

二 起訴後公判までの弁護活動

(1)捜査段階では、国選弁護人が一名(元裁判官)ついていたが、複数選任を求めたところ裁判所はこれを認めず、起訴を待って複数選任となった。

 まず被告人及び家族には、裁判員裁判であることを事前に説明しなければならない。通常でも初犯の場合は起訴されて動揺しているが、裁判員裁判という制度の概略を説明しておく。例えば、第一回公判までの期間が長いこと、始まれば三日程度で判決が出ること、「厳罰化」の傾向があること、被告人の主張が説得的でないと反発されること等である。それに加えて、本件は兵庫県の第一号事件(その後西日本第一号)となるので、マスコミの大注目を集めることも説明した。

 被告人は、裁判員裁判については訳が分からないし、ましてやマスコミの注目を集めることについては、納得がいかず、怒りさえもっていた(この点は父親も同じ)。

(2)公判前整理手続までは、非常に慌ただしい。事件が事件だけに、公判前整理手続はそんなに回数しないと予想された。実際には一回のみ。しかし、事前の三者での打ち合わせが三回あり、そこで事実上やり取りを行った。

 起訴が六月一二日、検察官の証明予定事実記載書面・証拠調べ請求が六月二五日提出。これを受けて、弁護人側の類型証拠開示請求が六月二九日、その回答が七月一日である。開示された被告人の調書は、弁解録取書を含めて一九通もあり、一部取調の録音・録画のDVDは二枚である(一枚は失敗)。これらを前提に主張予定事実記載書面及び主張関連証拠開示請求が七月七日提出である。このように急がされたのは、第一号だからであり、争点を早く知りたい専ら裁判所の都合である。もっとも、被告人にとっても執行猶予が予定されている事案で、長く勾留されるのはたまらないので、本件では法曹三者の意見は一致していた。

 七月一〇日に第一回公判前整理手続があり、同日に弁護人は被害者である父親の証拠調べ請求をし、同時に供述要旨記載書面を提出した。公判前整理手続終了後六週間以上を空けて、第一回公判期日となるが、お盆の休みが入るので、第一回は九月七日となった。

 公判前整理手続では、公訴事実については争わないものの、情状に影響しそうな写真の取扱には留意した。検察官は被害者の被害状況として写真二枚を請求したが、弁護人としては本来全部不要だとした。理由は、証拠を厳選する必要があることと、裁判員に対する精神的負担とした。裁判所からの説得で、一枚のみなら同意するとしたが、検察官はあくまでも二枚に拘った。立証趣旨は、被害者の血が大量に流れたこと(一枚は上着、一枚は下着にも血糊が付いている)という。結局、裁判所の裁定で一枚のみとなった。この際、裁判官は事実上写真は見ている。なお、公判では実況見分調書の取調において、検察官は血痕が点々と付いている図面と写真を詳細に説明した。

三 裁判員選定手続について

 裁判員裁判では、いろいろ初めての事ばかりであるが、その典型は裁判員選定手続である。事前に模擬裁判経験者に聞いてはいたが、全くピンとこない手続である。

 事前に裁判所から候補者名簿が来るが、名前しか分からないので、どうすることもできない。当日は、当日質問票の回答のコピーを受け取るが、ここでも、特に何かを記載してあれば判断できるが、そうでなければ全く情報が無いまま、質問手続に立ち会うことになる。今回、四二名出頭したので五名ずつの集団質問(最後二名)手続となる。実際の質問手続では、今回の事件はかなり報道されたが、報道内容に惑わされずに判断できるか、という質問がされ、「はい、できます」という人がほとんど。そして、特に記載してある人(辞退を希望する理由等)を残して、個別の質問手続に入り、ここで初めて、個人情報にふれる。ここでは、子どもや孫の送り迎えとか、血圧が高いだとか、ということが分かる。これを繰り返して、最後までいくと、次に不選任手続となる。

 以上から明らかなように、法三四条四項に基づく不選任請求はとてもできない。次に、裁判所による法三四条七項による不選任がされ、除外された残りの候補者について、理由無しの不選任請求となる。裁判所が辞退事由を認める場合はほとんどなく(今回は二名のみ)、残り大多数(四〇名)についてどうするのか、が現場での判断となる。

 その場で確認したのは、基本は、やる気のある人を信頼しよう、やる気の無い人は声の大きな人に引っ張られるので止めよう、裁判員にはなるべくいろんな人が入るのが好ましい、という基準を決めて、順番に検討した。

 そして、残り約三〇名の候補者からPCのくじで決める。結局、ここに偶然性が入るので、いくら事前に考えていても思い通りにはならない。

 そこで、公判前整理手続の段階で、当日の質問手続で聞いてほしい質問事項を協議しておくべきである(当時はそんな余裕はなかった)。

四 公判での弁護活動について

 公判での弁護活動は、基本は従前の裁判と変わらないが、裁判員をどれだけ意識した弁護活動をするか、である。しかし、結果からであればいくらでも論じられるが、因果関係は全く不明としか言いようがない。

 まず冒頭陳述であるが、厳しく事実関係を争う事件であれば格別、すでに事実を争わないとしているので、それほど重点を置く必要は無いかもしれない。本件では、マスコミから、検察官は証言台の前で、分かりやすい書面を見ながら、堂々と話していたと高評価であったが、弁護人は従前のやり方と同じと叩かれた。

 弁論については、被告人に対する裁判員の補充質問の内容と検察官の論告を聞き、補充しなければならないので、暗記をするということは到底無理である。ただし、評議で検討してもらうため、メモ(A4)一枚程度用意して、これを弁論後に配布した。

 被告人の最終意見についても、本件は元々裁判員の共感を呼びにくい事案であるが、分かりやすさと二度としないとの誓いを述べてもらうことに留意した。

五 終わりに

 検察官は、懲役五年を求刑した。その意味は不明であるが、予定された量刑であった。いくら未遂で、被害者が処罰を望んでいないとしても最低の刑はくるとの読みであった。弁護人から量刑を主張するか相当悩んだが、先行する事案では、量刑を言わないことや低すぎる量刑に批判があったこと、事前に検索した量刑の分布からすればほぼ範囲に当てはまること、元裁判官の弁護人の意見を尊重したことから、「懲役三年、執行猶予四年程度が、実務的にも被告人にとっても、最も適切な判断である」と結論づけた。

 判決は、懲役三年、執行猶予四年、ただし保護観察付きであった。最後の説諭を聞くと、社会に戻すことが相当ではあるが、他方では無職であることから心配なので、何とか被告人の心に「ヒモ」をつけたい、という裁判員の思いが伝わってきた。

 今回の裁判員裁判を受けた上での感想のまとめとしては、まず裁判員裁判で圧倒的に多い自白事件で、量刑では従前よりも多くの工夫をしなければ裁判員に訴えかけができないこと、他方裁判員が一般の市民であることから被告人ら家族がプライバシーをどこまで明らかにできるか難しいこと、元々裁判員に全部理解してもらうとか納得してもらうというのは無理があること、である。そして、事実関係を争う場合には日程がより厳しくなり、十分な弁護活動ができるか全く自信が無く、ものすごく不安である。



団はただちにロースクールと司法試験合格者の大幅減員を提言すべきである

大阪支部  城 塚 健 之

一 破綻が明白な弁護士大増員策

 二〇〇九年九月一〇日、今年度の新司法試験の結果が発表された。各方面で高まる闇雲な弁護士増員に対する批判を反映したのか、合格者数は昨年より減って二〇四三人、受験者全体に対する合格率は二七・六%だったという。制度設計当初の目論見でも合格率は七〜八割で、二〜三割は最初から論外だったということになるが、ロースクール生の多くは自分は七〜八割のうちに含まれると期待して、数百万円の授業料を支払い、さらにその間の生活費を借金や親の援助でまかなってきただろう。そのあげく、今年、三振アウトで行き場を失ってしまったのが五七一人。これでは国家的詐欺と言われても仕方がない。

 それでは合格者の能力はどうか。抜群にできる人はいつの世にもいるが、そういう頂上部分はともかく、正規分布曲線を考えれば、数を増やれば能力に乏しい者の割合が増えるのは当然のこと。以前、ロースクールで講義を担当した感想を書いたことがあるが(「ロースクールで教えてみて」(団通信一二九二号・二〇〇八年一二月一日)、当時、私が受け持った学生のうち、「よくできる」と「そのうち何とかなるかも」を合わせてもせいぜい一割〜一割五分どまり。その感覚からすれば、二割合格でも「水増し」感は否めない。二回試験不合格者が増えるのも当然である。先日、札幌高裁判事が母校の函館ラサール高校の同窓会ホームページに弁護士の質の低下を投稿して話題になったが、似たようなことは多くの弁護士が経験していることである。

 他方、新人弁護士の就職難はご承知のとおりで、これは団事務所の努力などといった精神論で何とかなるレベルではない。弁護士の所得も低下している。大阪弁護士会の会派である春秋会の調査によれば、新米弁護士の三割は年収五〇〇万円台以下という(二〇〇九年四月一八日朝日新聞)。なるほど、それでも新人サラリーマンよりは多いかもしれないが、これでロースクールでできた借金返済はたいへんだろう。弁護士になってよかったと思う人が六割止まりというのも、悲しいことだがよくわかる(なお、日弁連が政権交代を機に弁護士に国会議員の政策担当秘書への転進を勧めているが、これは就職対策ではなく、政官財のトライアングルに大手ローファームが戦略的に食い込むためのものだろう)。

二 団内の議論の停滞

 このように弁護士大増員策は完全に破綻している。それなのに、いまだに団が司法試験合格者数とロースクール定員の思い切った減員を言わないでいいのか。

 先日、滋賀の玉木昌美団員は、「法曹養成制度の問題点」団通信第一三一五号(二〇〇九年七月二一日)で、私が二〇〇七年「五月集会特別報告集」に書いた「仕方がないではすまされない」を“先見性”とほめてくれた。しかし、実はこれは先見的でも何でもない。こんなことになるのは最初から分かっていたことである。すでに当時も闇雲な増員がおかしいという意見は多数出されていた。にもかかわらず、私があれを書いたのは、団内には「司法改革は“民主的改革”であって善であるから、これに異を唱えてはいけない」という一種のタブーがあるように感じたからである。それは思考停止ではないか、いいかげんに目を覚ましてはどうか、という気持ちからである(そもそも「民主的だから善である」というのも短絡的である)。

 私の議論の要点は、弁護士のニーズは経済に規定されるということである。都市と地方、顧客の購買力、さらには景気の動向など。無料または著しく低廉であれば需要はある程度まで増えるだろうが、それでも低料金の紛争解決手段との競争にさらされる。供給が上回れば価格が低下し、特に市民事件を扱う弁護士の貧窮化をもたらすのは当然のこと。これは計測の困難な質の問題よりも現実的である(国民が質の悪い法律家でもいいというのならいくら増えたって構わないことになるからである)。このあまりにも当たり前の観点が団内の議論に欠けていたとすれば、それ自体が驚きである。

 もっとも、当の五月集会の討論では、努力をすれば新たな分野が開拓できるはずとか、地方ではまだ弁護士が足りないとかいう意見も多く、情けない思いをした。そんな観念論でどうするのとか、何で目先のことしか考えられないのかと思ったが、力不足だった。

 その後、事態がどのように進行したかは誰もが目にしているとおりである(ちなみに、私は「過払金バブル」が「破綻の先送り」の役割を果たしたと思っている)。

三 団はただちに大幅減員の提言をすべきである

 さすがにロースクール側も、このままではまずいと、国立大で定員を二割ほど、全体では現在の五七六五人から、少なくとも七〇〇人減らす見通しと報じられているが、現実の入学者はすでに減少傾向で実質的な意味は乏しいとの指摘もあり、この程度では話にならない。ロースクールは自浄能力をもたないのである(そもそも大学院は以前から問題となっているオーバードクター問題を解決できていない)。他方、誠実な法律学者からはロースクールのおかげで研究者養成ができなくなったとの批判も聞く。

 この事態に中教審大学分科会の法科大学院特別委員会は合格率の低いロースクールのリストラに乗り出すとのことであるが、これは勝ち組ロースクールの温存策にすぎず、弁護士大増員策を改めるものではない。

 そこで団は、一刻も早く、ロースクール定員の大幅削減を含めた司法試験合格者数の大幅削減を打ち出すべきである。これは団の社会的責任である。

 では、どの程度の数にすべきか。私の意見は一〇〇〇人まで。こういうと団内でも怒り出す人がいるのは承知している。しかし、大阪弁護士会の「三〇〇〇人問題アンケート結果」(二〇〇八年六月)では、「当面(五年間程度)司法試験合格者数は年間何人が適正だと思いますか」との問いに対し、回答総数一〇一七名中、「五〇〇人」が五一名、「八〇〇人」が一一六名、「一〇〇〇人」が三四一名と、一〇〇〇人以下とする意見が過半数を占めていたのであるから、穏当であろう(事態はこのアンケート時点よりもさらに悪化している)。ちなみに、日弁連の二〇〇〇人論では現在の就職難が永続することになり、失当である。

 そのために、まずは金ばかりかかるロースクールは廃止すべきである。そうしなければ、法曹は裕福な階層の子弟ばかりになるだろう。世襲制の問題は政治家だけではない。仮にただちに廃止できないとしても、合格率八割を標榜するのであれば(残り二割の卒業生の人生が気になるが)、ロースクールの総定員は一二五〇人に削減すべきである。当然、ロースクールの統廃合は免れない。また、設置箇所は十分な資質を持つ教員と学生の確保できる地理的経済的条件に規定されよう。財源の裏付けのない地方分権や道州制が幻想であるのと同様、あまねく地方にロースクールをというのは幻想である。資本主義というのは不均等に発展するものだからである。

(注 私の「仕方がないではすまされない−特に三〇〇〇人増員問題について」(二〇〇七年五月集会特別報告集)に対しては、萩尾健太団員が「三〇〇〇人増員には反対、問題はその論拠である」団通信一二四九号・二〇〇七年九月二一日で一部異を唱え、これに私が「萩尾団員の論考について」団通信一二五一号・同年一〇月一一日で反論し、他方、溝手康史団員が「弁護士の増加と司法支援制度」団通信一二五五号・同年一一月二一日で掘り下げているので、合わせて参照いただきたい)。



事務系派遣労働者のたたかい

日産自動車を提訴〜それは一本の電話から〜

埼玉支部  上 田   裕

一 すべての始まり

 弁護士登録して約二ヶ月が過ぎた平成二一年三月九日、この日は、日弁連主催の派遣切りホットラインが開催され、私は、相談担当の一人として参加した。そこで取った一本の電話が、正に、今回日産自動車を提訴するに至ったすべての始まりである。

 電話の先は、若い女性。それが原告の「藤 詩織(仮名)」さんである。平成一五年から日産自動車本社に派遣され、もう五年以上になるとのことであった。彼女の希望は、「日産の正社員として長く働きたい!」ということであった。

 彼女の担当業務の内容を尋ねると、電話対応、会議室の予約、コピー機の詰まり直し等、庶務・雑用が大半を占めた。しかも、平成二〇年四月以降は、正社員の担当業務を任されるようになっていた。

 しかし、彼女の手元にある就業条件明示書を確認してもらうと、彼女の業務は「五号 事務用機器操作業務」(専門二六業務の一つであり、派遣期間の制限を受けない例外的な業務)であると印字されていることが分かった。

 明らかな「業務偽装」である。日産自動車は、アデコと共同して、本来であれば、一年(若しくは三年)の派遣期間制限を受けるにもかかわらず、殊更これを回避するために形式を取り繕って、あたかも適法派遣を装っていたのである。

 後に分かったことだが、日産自動車は、平成一五年頃から人事制度を改定し、以後、正社員は全て総合職として扱われることになり、一般事務は派遣社員が行うことになった。つまり、日産は、基幹業務に付随する一般事務、つまり常用雇用の代替として派遣社員を利用していたのである。

二 労働局申告

 日産自動車の業務偽装による派遣期間制限を是正し、彼女を正社員として直接雇用するよう指導することを求めて、東京労働局に対し、四月一〇日に是正申告を行った。これをきっかけに、労働局は、日産自動車に調査に入るとともに、五月二八日に指導を行った。

 その内容は、「直接雇用も含めて、申告者(藤さん)の雇用の安定を図ること。また、そのために申告者本人と直接はなすこと。」というものであった。

 しかし、現在に至るまで、日産自動車から、彼女に対して接触を求めてきたことはない。それにもかかわらず、日産自動車は、労働局の指導に対して誠実に回答していると説明している。

三 原告の思いと、それを踏みにじる日産自動車による団交拒否

 彼女は、日産自動車への直接雇用に向けた交渉をすべく、首都圏青年ユニオンに加入し、五月一八日に、団体交渉を申し入れたが、応諾義務なしとして、拒否された(五月二二日)。労働局からの是正指導が入ったことを受け、再度、団体交渉を求めるも、その回答は変わらなかった。

 労働局の是正指導の前後に、代理人から、直接雇用とそのための団交に応じることを求め、宇田川さん本人も、日産自動車に対する思いを綴った手紙を送るなどしたが、いずれも直接回答はしないとの立場を崩さなかった。

 彼女が、日産自動車に宛てた手紙には、良い仲間に囲まれ、職場が好きであったこと、彼女が日産自動車で働くことに誇りを持ち、これからも働き続けたいことなどが記されており、このような思いをいとも簡単に踏みにじる日産自動車の対応は、不誠実極まりない。しかも日産自動車の回答では、世界不況を口実に、雇用は難しいとの主張が展開されていたが、日産は、実際には、平成二〇年度に二五億円を超える役員報酬を支払っており、同社の主張には整合性がなく、身勝手な主張である。

四 日産自動車を提訴

(1)請求の内容

 以上のような経緯により、もはや話し合い(団体交渉)によって本件を解決させることは困難であることから、司法の判断を仰ぐべく、本件提訴に至った。

 請求の内容は、(1)藤さんが日産自動車で期間の定めのない正社員として雇用されていることの確認、(2)日産自動車およびアデコに対する慰謝料の支払い、(3)日産自動車およびアデコに対する損害賠償(不当利得)の支払い(マージン相当分)等である。

(2)法的構成

 地位確認の法的構成は、(1)彼女とアデコとの派遣労働契約は、実質的には日産による直接雇用であるにも関わらず、派遣形態を偽装したものであることから、当初から日産との間に黙示の雇用契約が成立した。(2)彼女とアデコとの間の派遣労働契約は、派遣法(二六条一項一号、五,六項、四〇条の二第一項〜三項、三五条の二、三七条一項違反等)、職業安定法(四四条違反)に照らして無効であり、彼女と日産との間には、黙示の労働契約が成立していた。(4)派遣法四〇条の四,五による労働契約の成立しているというものである。いずれの場合も期間の定めのない雇用契約が成立しているとするものである。

 賃金請求の法的構成は、正社員としての地位を前提とすることから、藤さん本人の給与を基本に、平均のマージン率を加えたものを給与額として計算している。

五 最後に

 本件は、衆議院総選挙後、民主党中心の新政権結成を前にした労働者派遣法の改正が問題になる情勢下(民主党は期間制限違反に対して直接雇用のみなし規定を盛り込む改正をするとマニフェストに掲げ、民主・社民・国民新三党による政策合意においてもこの点は維持されている。)において、派遣先への直接雇用を求めた裁判である。

 日本を代表する大企業が、派遣法を悪用し、原告である藤さんら派遣社員を、常用社員の代替として利用してきた責任は厳しく追及されなければならない。



言論表現の自由を求める一二・四日比谷集会


 言論弾圧三事件(葛飾ビラ配布弾圧事件、国公法弾圧堀越事件、世田谷国公法弾圧事件)での勝利をめざして、集会を開催します。

 是非参加を!!

日  時 二〇〇九年一二月四日(金)午後六時三〇分〜

場  所 日比谷公会堂                

記念講演 ジェームス三木氏(脚本家、みなと・九条の会会長)
       「かけがえのない表現の自由―憲法を語る」