過去のページ―自由法曹団通信:1417号      

<<目次へ 団通信1417号(5月21日)


小山  哲 関ヶ原人権裁判控訴審 勝利判決のご報告
芝野 友樹 和歌山ALS訴訟〜二四時間の公的介護を求めて
吉田 悌一郎 放射能汚染地域の現状〜栃木県北部(那須)地域の取り組みと課題
橋本 祐樹 「二〇一二 憲法を語ろう!道民集会」に参加して
枝川 充志 「最高裁は『表現の自由』を守れるか」
六・三〇国公法弾圧事件シンポジウム開催のお知らせ
井上 耕史 借地借家問題学習会を開催します



関ヶ原人権裁判控訴審 勝利判決のご報告

岐阜支部  小 山   哲

 二〇〇八年岐阜下呂五月集会において、支援決議を頂いた「関ケ原人権裁判」は、本年四月二七日、控訴審において素晴らしい勝利判決を得ましたのでご報告致します。

1 事案の概要

 天下分け目の合戦で有名な岐阜県関ヶ原町内にある南小・北小の統廃合問題に関し、住民の反対運動が起き、二〇〇五年九月、反対派住民は、町民の過半数の署名を集め、町長に提出しました。

 しかし、町長は、署名に疑義があるとして、住民四二三世帯に対し、町職員三人一組での戸別訪問を行い、「本当に自署したのか」「誰の頼まれたのか」「今での反対の気持ちに変わりはないか」などの質問を行いました。

 かかる戸別訪問に対しては、岐阜県弁護士会も表現の自由などを侵害するとして町長に対して警告処分を行いましたが、町長はこれを容れず、戸別訪問の正当性を主張し続けるため、署名者及び署名活動者計八名の住民が、表現の自由、請願権、思想良心の自由、プライバシー権が侵害されたとして、二〇〇七年一一月三〇日岐阜地裁に国賠請求訴訟を提訴しました。

 二〇一〇年一一月、岐阜地裁で原告一部勝訴の判決が出されましたが、原判決は署名者への戸別訪問一般は容認するなど、問題を抱えていたため、住民側が控訴、町も附帯控訴していました。

二 控訴審判決

 控訴審判決は、本件戸別訪問の目的について、積極的で不当な目的であったと認定し、表現の自由・請願権・思想良心の自由・プライバシー権の四つ人権全てに対する人権侵害を認定しました。

(1) 表現の自由・請願権について

 表現の自由・請願権については、一般論として戸別訪問調査が許されるのかが控訴審での最大の関心事でしたが、控訴審判決は、「仮に署名者の署名が真正になされたか疑義があっても、請願者として署名がされているものを戸別訪問してその点を調査することは原則として相当でない。」として、原則として署名者に対する戸別訪問は許されないとの判断を示しました。

 また、本件の具体的な判断とも関連しますが、別の項では「署名の真正に疑いがもたれる場合の対処については、一般的に言えば、何らかの確認手段は必要となるが、前記のとおりの戸別訪問の一般的な弊害及び後記の通りの本件戸別訪問の個別的な問題からすると、この様な場合にも対処方法として戸別訪問が許容されることはほとんど考えがたいと言うべきである。」などとして、戸別訪問が原則として許されないことを重ねて判断しました。

 この様な判断は、まさに我々が控訴審で求めていたものであり、この判断により、一審判決で生じた署名活動一般への萎縮効果が払拭され、署名の自由が守られたと言えるのではないかと考えています。

(2) 本件戸別訪問の目的・手段について

 本件戸別訪問の目的については、「本件戸別訪問の真の目的は、民意を確認すると言うことではなく、統廃合に反対する住民が多くないこと、本件署名簿の記載が誤っていて、正しくは賛成者が多いことを直接的に聞き取り調査によって明らかにしようとすることにあったと言うべきである。そうすると、本件戸別訪問は、正当の目的を有しないにとどまらず不当な目的を有していたと認められる。」「本件戸別訪問による調査は、署名者及び署名活動者の表現の自由の制約を正当化するに足る目的を有していたとは認められないだけでなく、被控訴人の町長が自身の意見を実現するために自己に対立する一部の町民の意見を封じるという積極的で不当な目的のためになされたと言うべきである」と判断しました。

 本件戸別訪問の方法選択についても、戸別訪問の態様、質問の内容などを子細に認定し、「本件戸別訪問は被調査者が享受する市民としての平穏な生活を害する態様でなされた。」「意志の弱い者の中には、意見を変えて、賛成、どちらでもよい、わからないと答えたものが存在する可能性を否定出来ない」「本件戸別訪問後に、関ケ原町において、署名活動をすることが困難となっている」などの事情を総合判断して「本件戸別訪問はその手段としての相当性に欠けると言わざるを得ない」と結論づけました。

(3) 思想良心の自由について

 判決は、「憲法一九条が保障する「思想良心」とは、人の内心における考え方ないし見方であり、世界観、人生観、主義、主張などを含む」とした上で、「本件における小学校の統廃合に関する意見もその保護の対象となる」としました。

 そして、「本件戸別訪問の態様、とりわけ反対の意見が好ましくなく賛成の意見が好ましいと被控訴人が考えていることを被調査者に暗黙のうちに伝えて、その意見の変更を迫っていること」に鑑みると、実際に戸別訪問を受けた者の「思想良心の自由を侵害しているといわざるを得ない」と判断しました。

 さらには、本件戸別訪問が署名後の出来事であるとの点についても、「本件署名簿に署名して意見表明をした後に被控訴人がその署名者の意見について暗黙のうちに変更を迫ることも署名者の思想良心の自由に対する侵害となる」と判断しました。

 思想良心の自由に対する裁判所の判断は多いとは言えず、控訴審判決は今後の思想良心の自由をめぐる訴訟などでも活かせるのではないかと思われます。

(4) プライバシー権について

 プライバシー権については、町が署名簿から世帯毎の一覧表を作成していた行為については、プライバシー侵害を認めませんでした。

 しかし、(1)本件戸別訪問に際し、一覧表の一部が担当職員に交付され、戸別訪問に使用されたこと、(2)戸別訪問時には同一覧表を被調査者が遠目に見ることができたこと、(3)一覧表が未だ破棄されていないことの三点については、個人情報保護条例違反・プライバシー侵害を認めました。

(5) 故意・過失

 さらに、控訴審判決は、故意過失について、「町長は、本件戸別訪問がその目的の正当性、手段としての相当性を超える違法なものであることを十分に認識することができたから、本件戸別訪問の実施につき故意過失があると認められる」と判断しました。

(6) まとめ

 以上の通り、プライバシー権の判断について若干不十分な点があるものの、事実認定・法的評価の双方の観点から素晴らしい判決を得ることができました。

 なお、五月集会において、もう少し詳細な報告書を配布しておりますので、ご希望の方は岐阜支部 小山(連絡先は末尾)充てご連絡下さい。

三 上告審 弁護団の募集

 このように、素晴らしい控訴審判決がなされましたが、残念ながら町が上告しました。

 そこで、改めて上告審でも広く弁護団を募集致します。

 弁護団に名を連ねて頂ける方は、下記までご連絡下さい。

 〒五〇三-〇九〇六 岐阜県大垣市室町二-二五
              弁護士法人ぎふコラボ 西濃法律事務所
     TEL 〇五八四-八一-五一〇五
              FAX 〇五八四-七四-八六一三
              oyama-law@nifty.com
     関ケ原人権裁判 弁護団事務局長 小山 哲


和歌山ALS訴訟〜二四時間の公的介護を求めて

和歌山支部  芝 野 友 樹

一 はじめに

 一日一二時間の公的介護を受ける原告が、一日二四時間の公的介護を求めた裁判で、一日二一時間以上の公的介護の義務付けが認容され、一審判決が確定した。多くの障害者が、十分な公的介護が保障されず、地域での自立生活を断念し、あるいは困難な生活を強いられるなか、大幅な公的介護時間の増加が義務付けられた画期的な事例であるので紹介したい。

二 事案の概要

 和歌山ALS訴訟は、和歌山市内に住む七〇歳代の男性二名が、和歌山市を相手に、障害者自立支援法に基づく重度訪問介護の支給量一か月六五一時間(介護保険とあわせて一日二四時間の公的介護)を求めて提訴した事件である。

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、脳から筋肉へ指令を伝える運動神経が冒される病気である。原告らは、四肢が全廃するなど、体はほとんど動かない。人工呼吸器も装着している。声を発することもできない。しかし、痛みやかゆみなどの感覚や脳の機能は正常である。原告らの痰の吸引といった身体的ケアや人工呼吸器の管理のため、二四時間の介護を必要としていた。

 しかし、原告らには同居する妻が居るとして、市は介護保険とあわせて一日一二時間分、重度訪問介護の支給量はわずかに月二六八時間であった。確かに、原告らは、妻と同居するが、いずれも七〇歳代で、持病ももっており、到底ALS患者である原告らを介護することはできない。実際に介護事業者が、ボランティア的に二四時間ヘルパーを派遣して、原告らの介護がなされている状態であった。

 原告の一人は、二六八時間とする処分を不服として県知事に対し、審査請求をおこない、二度和歌山県知事による処分取消しの裁決を得たが、再度決定された支給量は二六八時間であり、二六八時間が事実上の上限となっていた。

 そこで、原告らは、二〇一〇年九月、その処分の取り消し及び二四時間分の支給量の義務付け並びに二六八時間の支給量しか認めてこなかったことについての慰謝料の支払いを求めて提訴すると同時に、二四時間分の公的介護を求める仮の義務付けを申し立てた。

三 仮の義務づけ決定

 和歌山地裁(煖エ善久裁判長)は、原告一人について、二〇一一年九月二六日、和歌山市に対し、重度訪問介護の支給量一か月五一一・五時間(介護保険とあわせて一日二〇時間の公的介護)を仮に義務付ける決定を下した。一日二四時間の公的介護までは認めなかったものの、和歌山市が七〇歳代の妻が介護できるとして重度訪問介護の支給量一か月二六八時間(介護保険とあわせて一日一二時間の公的介護)しか認めていなかったことを裁量権の逸脱として一日二〇時間の公的介護を認めた。(なお、もう一人の原告は、決定直前に死亡し、仮の義務づけ事件及び本案訴訟の行政訴訟部分は当然終了した。)

 障害者自立支援法に基づく介護給付費に関し、仮の義務付け命令が認められたのは全国初のことであり、画期的なものであったが、抗告審において、大阪高裁(八木良一裁判長)は、原決定を取り消して申立てを却下するとの不当決定をし、許可抗告受理申立て及び特別抗告も却下されたことから、仮の義務付けが実現することはなかった。

四 和歌山地裁判決

 しかし、二〇一二年四月二五日、和歌山地裁(煖エ善久裁判長)は、和歌山市に対し、二六八時間を超える部分について支給量として算定しなかった部分を取り消し、五四二・五時間を下回らない支給決定をするよう義務付ける判決を下した。判決は、原告がほぼ常時介護サービスを必要とすることや妻の年齢や健康状態、ALSの特質から、一日二一時間分については、職業付添人による介護サービスがなければ、「その生命、身体、健康の維持等に対する重大な危険が発生する蓋然性が高い」とし、裁量権の逸脱濫用を認定した。なお、一部請求は却下され、国家賠償請求も認めなかった。

五 判決後について

 原告弁護団は、判決報告集会後、直ちに和歌山市に対し、被告から控訴することのないように申し入れをおこなった。これを受けて、和歌山市は二七日に控訴断念を表明。原告・弁護団も、一審において一日二一時間以上の公的介護が認められたこと、被告が控訴を断念し、裁判の長期化は原告にとっても負担となることから、控訴をしないこととし、一審判決が確定した。

 二四時間の公的介護を実現できなかったことは残念である。しかし、係属中に原告一名が死亡したなか、すみやかに一日一二時間を大幅に上回る一日二一時間以上の公的介護を実現できることは大きな成果と考えている。また、個別事情に則した十分な介護支給量を保障すべきとしたことは、今後の判断にも影響するものと思われる。

 確定しなかったとはいえ仮の義務づけが認容され、また行政処分を義務付ける一審判決が確定して、早期に原告が一定の救済を得た事案として紹介する。


放射能汚染地域の現状〜栃木県北部(那須)地域の取り組みと課題

東京支部  吉 田 悌 一 郎

一 とすねっと、いざ那須へ

 私は、昨年三月一一日の震災発生以降に結成された東京災害支援ネット(とすねっと)のメンバーとして活動してきた。「とすねっと」とは、昨年の東日本大震災及び福島原発事故での被災者・被害者を支援するために弁護士、司法書士、税理士その他各方面の支援者などによって結成されたボランティア団体である。

 本年五月一日から二日にかけて、私は他の「とすねっと」のメンバーとともに、栃木県北部(那須)地域を訪問した。栃木県の那須塩原市、大田原市、那須町の三市町は県北地域と言われ、地理的に福島県に隣接していることから、昨年三月一一日の福島原発事故発生以降、放射線量が高いといわれて問題となっていた地域である。

 県北地域では、震災以降、「特定非営利活動法人那須希望の砦」(以下、「希望の砦」という。)と、「那須塩原放射能から子どもを守る会」(以下、「子どもを守る会」という。)という、地域住民による二つの民間団体が立ち上がり、行政に先駆けて放射線測定や除染問題への取り組み、また各種健康調査等放射線対策について行政のに対する要請活動などを積極的に行っている。

 今回は、この栃木県北(那須)地域への訪問・調査活動の報告と、それによって明らかになった問題点を整理したい。

二 空間放射線量の測定と除染の問題

 この地域では、原発事故以降各地で高線量の放射線が検出されたことなどが問題とされ、地域住民の不安が広がっていた。そこで、「希望の砦」のメンバーは、昨年八月から手分けして県北各地域の空間放射線量の測定を開始した。その結果、那須塩原市の一定地点で帯状に放射線量が高い地域(たとえば同市関谷地域、金沢地域など)があった。当時で、この地域の空間放射線量は軒並み毎時一マイクロシーベルトを超えていた(高い所は一・五〜六)。これは、原発事故発生後にこの地域の地上にプルーム(大気中に放出された放射性物質が水平・垂直に拡散しながら羽毛状に移動する状態)ができ、その後の降雨によってこの地域の放射線量が高くなったようである。「希望の砦」は、この詳細な測定結果を各自治体に持っていき、行政による放射線対策を要請した。

 こうした地元住民による活動に背中を押される形で行政も動いた。那須町は、町内の全小中学校の校庭の表土除去を行った。一方、那須塩原市は、当初は毎時一マイクロシーベルト以上が検出される小中学校について、校庭の表土除去を行うという基準を示していたが、住民らの度重なる要請行動などにより、現在は毎時〇・三マイクロシーベルト以上の小中学校において、施設の表土除去を行っている。

 また、那須町では、屋根の高圧洗浄など国の補助対象外の住宅除染を個人で業者に依頼する場合、一〇万円を上限として費用の半額を町が負担する支援金制度を設けている。

 しかし、こうした対策にもかかわらず、この地域では現在も毎時〇・五マイクロシーベルト以上の高線量が検出される地域が少なくない。また、私が聞いた「子どもを守る会」のメンバーの方の話では、自宅建物内でも〇・七マイクロシーベルトあるとか、自宅の芝生を全部潰してコンクリートに変えたなどという話もある。この地域で生活し続けなければならない住民にとっては極めて深刻な問題である。

三 食品類放射線測定

 上記の空間線量測定調査と並んで、「希望の砦」のもう一つの活動の目玉は、簡易食品測定器を購入し、食品類放射線測定室を開設して、地元住民から持ち込まれる食品類の放射線量の測定を行っていることである。

 「希望の砦」では、寄付を募って、ベラルーシのアトムテックス社製の一五〇万円の簡易測定器を購入した。測定料金は一検体二〇〇〇円で、ヨウ素一三一、セシウム一三四/一三七、カリウム四〇から放出されるガンマ線を計測し、検査結果を書面で渡し、危険性の有無、程度を確認するというものである。地元住民からの測定の依頼はかなり多いようであった。というのは、この地域では椎茸、タケノコ、コゴミ、コシアブラなどの茸類を自宅などで栽培している人が多いが、茸の収穫期であるこの時期、山菜類から放射性セシウムが検出され、出荷制限・停止措置が採られるなどの報道が相次いだ。それに伴い、不安に感じた地元の住民から食品類の放射線量測定の依頼が多数寄せられているとのことであった。

 ちなみに、五月二日の地元紙下野新聞の報道では、国の基準値(一キログラムあたり一〇〇ベクレル)を上回る放射性セシウムが検出されたとして、県内六市町の五品目について出荷停止指示が出され、特に那須町のコシアブラからは最高で二八〇〇ベクレルの高い値が検出されたとのことである。

 なお、各自治体(那須塩原市、那須町、大田原市)でも、食品類の放射線測定検査を行っている。特に那須塩原市は一台五〇〇万円の検査機を市の予算で四台購入し、市内の四箇所で測定所を設けている。ただ、各自治体が行う食品検査は不十分なもので、那須塩原市は一応測定結果を書面で渡すが、那須町と大田原市は口頭で結果を伝えるだけであるとのことであった。また、各自治体とも、仮に流通品などから基準値を超える放射線が計測された場合の対応は明らかにしていない。

四 那須町町長との面談

 五月二日の午前一〇時三〇分より、那須町役場町長室にて、私たちは高久勝町長と面談することができた。

 これまで述べたように、那須町では、率先して全小中学校の校庭の表土除去を行ったり、住宅の除染についての支援金制度を設けたり、また町の予算で定期的な健康調査(モニタリング)を行うなどしており、放射線対策についてはかなり先進的な自治体であるといえる。

 高久町長は、今回の原発事故は被害者には何の落ち度もなく、これは明らかに人災であり、これまで原発を推進してきた東電と国の責任であるとの考えを明言した。その上で、国の放射線対策の甘さについての非難を口にしていた。国の姿勢として、福島県の手当をやっておけば、その他の地域はそれほど真剣にやらなくてもよいのではないか、という雰囲気を感じるそうである。

 また、同じ栃木県内でも、放射線量の高い県北地域とそれ以外の地域とで、放射線対策を巡って相当の温度差があるようである。また、栃木県庁の意識もそれほど高くない。そのような中で、那須町独自で上記のような様々な放射線対策の施策を実行することはかなり勇気のいることであったようである。冗談半分ではあるものの、県北地域以外の他の自治体の首長からは、那須町がそのような施策をやると騒ぎになるのであまりやってくれるななどと言われたこともあったそうだ。

 高久町長の見解としては、県北地域は放射能汚染はあるものの、注意をすれば生活するのに支障はないというスタンスのようである。ただし、そのためには除染と定期的な健康調査(モニタリング)が欠かせないとの考えのもとに、様々な施策を実施しているそうである。

五 問題点

 今回の訪問・調査によって明らかになった点は、まず、この地域の放射線対策に対する国の姿勢の不十分さである。国は、放射性物質汚染対処特措法に基づき、除染特別地域に指定された地域の除染計画にしたがって、除染等を実施することになっている。しかし、那須町では、一般住宅の除染について、国の費用補助ななされるのは、壁の拭き取りや枝葉の剪定などに限られており、屋根の洗浄には及ばない(それゆえ、先に見たように、屋根の高圧洗浄については那須町の予算で半額の補助を出している)。しかし、放射性物質は地上から降下してくるのであり、いくら壁を拭いても屋根の除染なくして除染の効果は期待できない。子供騙しの方策であるとしか言いようがない。まさに、高久町長が指摘していたとおり、福島県以外の地域は手を抜くといった国の姿勢の現れであろう(一方、国が福島県内の対策を万全に行っているかというとこれも大いに疑問であるが)。

 次に、栃木県は明らかに放射能汚染の被害を被った地域であるにもかかわらず、先に見たように線量の高い県北地域とそれ以外の地域との温度差があり、それゆえ栃木県として一枚岩になれないことである。栃木県庁も、放射線問題で県の有識者会議を開催するなどしたものの、定期的な健康診断等の施策を行う必要はないと結論づけるなど、この問題に対する意識は低い。

 さらに深刻なのは、同じ県北地域の住民同士で放射線問題についての温度差があったり、考え方の対立が生じている点である。栃木県北地域は、もともと農業や酪農業が盛んであり、放射線問題でこれ以上騒いでくれるなという風潮も色濃くあるようである。地域では、生産者を潰す気か、地域で採れたものが食べられないのかなどといった同調圧力も強いと聞く。このような話は福島県内(特に福島市や郡山市といった中通り地域)でもよく聞く話である。本来は共にたたかうべきはずの被害者同士が、対立・分断させられてしまうという悲しい現実がここにもある。

 こうした地域的雰囲気の中で、「希望の砦」や「子どもを守る会」が運動を進め、行政に先駆けて先進的な行動を行っていくのは大変勇気のいることである。

 いずれにしても、被災地としても原発被害地域としてもあまり認識されていない栃木県北部(那須)地域。しかし、住民たちは放射能に汚染された地域で懸命に生きている。あらためて今回の原発事故の被害の広範さ、多様さ、深刻さを認識させられた。言うまでもなく、国と東電の責任は極めて重大である。


「二〇一二 憲法を語ろう!道民集会」に参加して

北海道支部  橋 本 祐 樹

一 メインは藤原真由美弁護士のわかりやすい特別講演

 平和憲法の六五歳の誕生日、札幌では、「二〇一二 憲法を語ろう!道民集会」が開催され、日弁連憲法委員会事務局長の藤原真由美弁護士に「危機に立つ憲法と民主主義」と題する特別講演をしていただきました。当日は約四〇〇人の参加があり、会場は満席でした。

 藤原弁護士は、三・一一の東日本大震災の前後での改憲をめぐる動きを解説されたうえで、四月二七日に発表されたばかりの自民党の「日本国憲法改正草案」の問題点を指摘されました。

二 三・一一前の改憲をめぐる動き

 藤原弁護士は、聴衆が今後使えるわかりやすい年表を作成され、これをもとに、二〇〇七年の改憲手続法成立から三・一一まで、改憲をめぐる動きが沈静化していたことを指摘されました。

 任期中に改憲を実現すると宣言していた安倍内閣下で改憲手続法が成立したものの、拙速かつ不十分な審議のため参議院で一八項目にわたる附帯決議がされたこと、二〇〇七年に成立した改憲手続法が不完全な内容のため二〇一〇年まで附則の内容を検討するための猶予期間があったこと、しかし、憲法審査会の委員のほとんどが一年生議員で不十分な議論しかなされず三年間何の検討もなされなかったことなどが紹介されました。これを聞いて、私を含む会場の聴衆は、これまでの改憲への危機感が薄らいでいた理由がわかりました。

三 三・一一後の憲法改正の大合唱

 藤原弁護士から、三・一一以降、改憲勢力が緊急権条項がないことを切り口に現憲法を攻撃しようとしていること、自民党改憲案、みんなの党改憲私案、たちあがれ日本自主憲法大綱もその延長線上にあることが示されました。

 しかし、震災後の政府の対応が後手後手で国民の理解を得られなかったのは、政府が情報を隠したり災害関連の法律を適切に使うことができなかったことに起因します。憲法に国家緊急権に関する条項がないこととは関係がないことを、聴衆は福島出身の藤原弁護士のお話から十分に理解できました。

 藤原弁護士は、現在の改憲勢力の共通点として、(1)基本的人権・国民主権などの基本原則は形式的にはそのままにしているが中身は換骨奪胎にしており、しかも(2)換骨奪胎っぷりが改憲の限界を超えていて、憲法の制限規範的性格をすっかり失わせ、憲法をして国家が国民を支配するための道具に成り下がらせていることが指摘されました。

四 自民党の「日本国憲法改正草案」

 自民党改憲案は、まさに(1)(2)の特徴を余すところなく有している、空いた口が塞がらない内容で、藤原弁護士が問題のある条文を指摘されるたびに、会場から溜息や笑い声などが漏れるほどでした。私自身は、憲法で国旗国歌を日の丸・君が代と規定し、国民に尊重義務を課す点(三条)や、国民に憲法尊重擁護義務を負わせる点(一〇二条)などを見て、「起草委員会には誰も憲法をわかってる人がいないのかな?」とお節介にも余計な心配をしてしまいました。

 団員の先生方はすでに問題点を理解されているとは思いますが、改めて自民党改憲案の前文、一条、三条、九条、九条の二、二一条、二四条、二八条、九八条、九九条、一〇二条などにツッコミを入れてみてください。

五 さいごに

 改憲勢力がこれまでのように九条などをターゲットに真正面から改憲を唱えるのではなく、震災に乗じて「いけそうなところ」「必要そうな」から改憲を実現しようとしていることがわかりました。

 しかし、その中身は、「憲法」の名に値しない、明治憲法も真っ青の時代錯誤的・非民主的人権侵害のオンパレードです。

 私たち自身がしっかり問題点を理解して周囲の人に説明し、「必要そう」などと安易に改憲案に賛成してしまうととんでもない社会になってしまうことを理解してもらわないといけないと思いました。


「最高裁は『表現の自由』を守れるか」

六・三〇国公法弾圧事件シンポジウム開催のお知らせ

東京支部  枝 川 充 志

 いわゆる国公法弾圧事件(堀越事件、世田谷事件)について、平成二二年三月二九日、東京高等裁判所は堀越事件については逆転無罪判決を、同年五月一三日、世田谷事件については原審を維持し有罪判決を下しました。

 両事件は現在、最高裁第二小法廷に係属しています。これら事件はほぼ同様の事案ですが、その帰趨は“指導的判例”などと評される「猿払事件最高裁判例」の命運を占うものとなっています。

 国公法弾圧事件弁護団は現在、国公法・人事院規則の法令違憲を目指し奮闘しているところですが、その一環として標記シンポジウムを開催します。このシンポジウムでは、「表現の自由」の重要性、警備公安警察の違法な尾行・監視の実態、最高裁に何が期待されているのか等を明らかにします。詳細は次のとおりですので、日程を手帳にメモして、是非ご参加下さい!

 ●日時:六月三〇日(土)、午後一時半〜四時半
 ●場所:星陵会館(東京都千代田区永田町二―一六―二)
 ●参加費(資料代):五〇〇円
 ●プログラム 
  (1)「国公法事件が憲法に問いかけるもの」 
    青井 美帆氏(学習院大教授・憲法学)
          東京大学政治学研究科修士課程修了。
          主な研究は憲法訴訟論、九条、平和主義と安全保障など。著書に「憲法学の現代的論点」(共著)等多数。
  (2)「公安警察の言論弾圧の実態」
    青木 理氏(ジャーナリスト)
          共同通信社で警視庁公安担当など歴任。
          「日本の公安警察」(講談社現代新書)がベストセラーに。二〇〇六年フリーとなり、テレビ朝日の「モーニングバード」の月曜日コメンテーターとして活躍。
  (3)「パネルディスカッション」
          青井教授、青木氏、弁護団の加藤健次団員によるパネルディスカッション。


借地借家問題学習会を開催します

事務局次長  井 上 耕 史

 「賃料増額請求をされた」「建替えを理由に明渡しを求められた」「定期借家契約を結んでしまった」等々、借地借家問題は、今なお市民生活の重要課題であり、私たちの日常業務でも出会うことの多い問題です。しかし、具体的にどう借地借家人の権利を守るか、ということについて、経験交流の機会は意外に少ないように思います。

 そこで、団本部市民問題委員会では、左記の要領で借地借家問題学習会を開催することとしました。団員が実際に担当した事件を通じて最近の借地借家紛争の実情と解決の方向性を学習します。解決方針で悩んでいる若手団員から経験を伝えたいベテラン団員まで、皆様のご参加をお待ちしております。

日 時 二〇一二年六月一五日(金)午後六時三〇分
場 所 団本部
内 容(予定)基調報告(最近の借地借家紛争の実情、注目すべき裁判例)事例報告、経験交流
事前申込 不要ですが、資料準備の都合上、予め参加の旨ご連絡いただけると助かります。